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第二章:『じゃあどうすんだ、と彼らは叫んだ』

転移2日後:平和維持党政府の公式発表


日本列島がまるごと173年前の過去へ飛ばされたという未曾有の事態から、四十八時間が経過した。


政府内での大真面目な混乱――超法規的措置の連発、旧米軍基地の領有権や残置物資の管理を巡る各省庁の縄張り争い、法解釈の議論を経て、ついに平和維持党の柳田晴臣総理大臣による臨時の記者会見が行われた。


「我が国は、西暦1853年の地球に、領土および全国民ごと転移いたしました」


その公式発表に、国内のインターネット空間は大きな騒ぎとなった。各ニュースサイトのコメント欄や国内掲示板のサーバーはアクセス集中によって一時的に応答を停止し、タイムラインは「嘘だろ」「江戸時代ってマジか」という国民の動揺で埋め尽くされた。


同時に、ネット上である不整合が指摘され、徐々に波紋が広がり始める。


「あの有名インフルエンサーの公式アカウント、昨日から一切更新されてなくない?」


「ていうか、テレビによく出てた国際弁護士の先生も連絡取れないらしい」


出入国在留管理庁のデータベースを確認した防衛省と外務省の官僚たちは、静かに目をそらした。日本全土と「日本国民」だけを正確に抽出して過去へ転移させた未知の法則は、冷徹だった。これまで各界で精力的に活動し、メディアで平和や人権を叫んでいた一部の著名な『自称日本人』たちが、この世界から忽然と完全消失していたのだ。国籍の不整合による消滅という現実に、人々は言葉を失うしかなかった。


転移3日後:テレビ局の混乱


転移三日目。国内のネット空間が生きていたからこそ、メディアや言論界はさらなる混迷に陥った。


なぜか国内に残留したある高名な評論家、江藤諸尊(57)が、朝のワイドショーの生放送でカメラを睨みつけながら熱弁を振るっていた。


「平和維持党政府は今すぐ、1853年の周辺諸国、および欧米各国に対して、過去・現在・未来にわたる『世界への謝罪と賠償』を公式に表明すべきです! 21世紀の技術という暴力を近世に持ち込んだ責任を」


スタジオの空気は凍りついたが、海外ネットを失い、国内のテレビや生配信を見るしかない視聴者からの現実的な怒りは、それを遥かに上回った。国内サーバーに繋がっているテレビ局のマスターコントロールルームの電話回線、および番組の公式メールフォームに、一斉に抗議の連絡が殺到したのだ。


「お前は何を言ってるんだ! まだ転移して三日だし、日本は誰も傷つけてないだろ!」

「むしろ今からペリーに脅されて開国を迫られる側だぞ! 番組は不適切だ!」

「謝罪の先払いは新しいビジネスモデルかよ! 江藤を今すぐ降ろせ!」


自動音声の受付システムも桁違いのアクセス数によって麻痺し、局員たちは対応に追われた。この抗議の嵐に、番組のスポンサー企業がイメージ悪化を恐れて一斉にCM枠から撤退。テレビ画面には延々とACのCMが流れ始めるのだった。


転移4日後:首相官邸前の「マジレス」


安全な国内回線を通じて、事態はエネルギーの物理的限界という、最も冷徹な現実をさらに突きつけてきた。


海外からの資源輸入が完全に途絶したため、国内のガソリンスタンドは一斉に営業を制限され、電車の本数は三割に激減。深夜のコンビニから灯りが消えたその日、柳田総理はテレビを通じて「国内の全原子力発電所の緊急再稼働」を発表した。事なかれ主義の平和維持党といえど、日本の息の根を止めないための、背に腹は代えられない超法規的措置だった。  


夕方、首相官邸前には、いつものように「原発反対!」「命を守れ!」と書いたプラカードを掲げる反対派の団体が集結した。彼らは太鼓を叩き、拡声器でシュプレヒコールをあげる。


しかし、そのデモを見る周囲の一般国民の目、昨日までとは全く違っていた。


「おい、ちょっと待てよ」


通りがかりの通勤途中のサラリーマンが、デモ隊の前に立ち塞がった。


「石油が半年で切れるんだぞ? 電車も止まって、冬には暖房も使えなくなるんだ。原発を動かさないなら、じゃあどうすんだよ! 代替案を出せよ!」


その現実的な怒号を皮切りに、周囲の主婦や学生からも次々と痛烈な指摘が飛び火した。


「そうだ! あんたたちが自転車漕いで一千万世帯分の発電をしてくれるのか!?」

「今だけはイデオロギーを言ってる場合じゃないだろ! 石油がないんだよ!」

「じゃあどうすんだ!」


「じゃあどうすんだ」という声に包まれたデモ隊は、強烈な現実主義を前に、ぐうの音も出ず、そそくさとプラカードを畳んで解散せざるを得なかった。


同日:秋葉原駅前の絶望


同じ頃、電力が制限され、駅前の巨大LEDビジョンが消灯した秋葉原の電気街。


『何故江戸時代の日本なんだ。異世界転生なら剣と魔法の世界だろう。エルフはどこだ。俺の青春を返せ。』


世界がひっくり返ったというのに、国家の存亡やエネルギー危機など目もくれず、ただ自分の信じていた海外サーバーのオンラインゲームが遮断され、課金データにアクセスできなくなったことだけに絶望している男。無理もない引きこもりの彼はほとんど以前と変わらない生活をしているのだから。


駅へ急ぐ通行人たちは、物資不足への不安でギスギスする中、その男を一瞥し、

「いや、気持ちは分からんでもないが……」

「転生先が実家(日本)のままってのはキツいな」

「強く生きてくれ、お兄さん」と、

奇異の目と、ほんの少しの同情の眼差しを向けて通り過ぎていく。


令和の技術と、国内ネットワークだけが静かに稼働する奇妙な環境を抱えたまま、173年前の冷酷な地政学の中に放り込まれた日本。大真面目にあたふたする大人たちと、電話回線を麻痺させる視聴者、テレビから干された江藤、正式な抗議すら意味を失った空間、および駅前で絶望するオタクの佐藤を乗せて、運命の時計はペリー来航へと進んでいくのだった。


 





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