第十四章:『世界歴訪、あるいは未来の共和国』
1855年冬~1856年春(現代側:2028年~2029年春) 世界各国の空と海
柳田晴臣総理大臣の提唱した「世界一斉友好国首脳会談のための世界歴訪」は、2027年(1854年)のインフラ構築を経て、翌年の2028年(史実の1855年)の冬から2029年(1856年)の春にかけて、国家を挙げた一大外交イベントとして決行された。
200年先まで続く平和な未来をシーパワーで構築していく――。その永田町の揺るぎない覚悟と礼儀正しい姿勢を携えて柳田総理の、最後の外遊が始まった。
ワシントンD.C./ロンドン
最初の訪問地であるアメリカ合衆国・ワシントンD.C.では、すでにペンシルベニアやテキサスで油田を開拓していたミラード・フィルモア大統領が出迎えた。
「柳田総理、我が国は貴国との約束を違えず、原油の採掘を続けている。どうか、工業技術の開示と、我が国の民を救う薬の継続的な供給を認めていただきたい」
「もちろんでございます、大統領閣下」
柳田総理はどこまでも誠実に微笑み、持参した2027年規格の精巧な工業用契約書を差し出した。
日本側はアメリカに対し、さらなるモチベーション維持と現地化のため、『紙およびフリクションペンの生産工場の設立』と、エネルギー自給のための『石油プラントの技術提供』を約束した。ただし、ブラックボックスであるインクの化学配合やコア部品の製造権、プラントの基幹制御技術は日本が厳重に保持したままである。
「お互いの強みを活かし、未来永劫にわたる原油の永続的安定供給契約を更新いたしましょう。我が国は、あなた方の国に決して銃砲を向けることはありません」
大統領は安堵の汗を拭い、がっちりと握手を交わした。アメリカのエネルギー供給基地化が、ここに完全に固定された。
続いて大西洋を渡った政府専用機は、イギリスの首都ロンドンへ着陸した。ヴィクトリア女王との公式謁見に臨んだ柳田総理は、大英帝国のプライドを立てつつ、これ以上ない丁重な物腰で「世界海運同盟」の継続と発展を提案した。
「女王陛下。我が国の簡易蒸気機関とスクリューを組み立て、清国との海上物流を支える担い手として、大英帝国以上の適任は地球上に存在しません。世界の平和的な海を守る最高のパートナーとして、今後ともよろしくお願いいたします。我が国からは、その航海をさらに安全かつ確実なものにするため、『詳細な世界の海図』と、航海者の死病を防ぐ『壊血病対策のビタミンCサプリメント』を提供することを約束いたします」
2027年の衛星データからおこされた狂いのない完璧な世界海図と、飲むだけで壊血病を完全に抑える薄黄色の錠剤を提示され、ヴィクトリア女王は、日本の圧倒的な技術的アドバンテージが有りながら謙虚で誠実な態度に深く感銘を受けた。「大英帝国は、喜んでその栄えある役割を全うしましょう」と格調高く応じたのだった。
サンクトペテルブルク/北京(清朝)
長距離のフライトを経て、旅は過酷な冬が明けつつあるロシア帝国の首都、サンクトペテルブルクの冬宮殿へと進んだ。
会談の部屋に用意されていたのは、日本政府特製の大型「こたつセット」だった。
「よくぞ参られた、ニッポンの総理よ」
すでにすっかり炬燵のとりことなった、ロシア皇帝ニコライ1世が、柳田総理を中に迎え入れた。
プチャーチン中将から聞いてはいたが、この『こたつ』という設備は、我がロシアの凍てつく冬を快適に過ごす無類の傑作だな。……ただな、総理。我が国の人間は、あまりの快適さに自宅の床をぶち抜いて『掘りごたつ』にするのが空前のトレンドになっておるのだ。みんな自宅の床を破壊して困っておる」
皇帝の贅沢な悩みに、柳田総理はにっこりと微笑んだ。
「なるほど、それは大変でございますね、皇帝陛下。では、我が国から床を破壊しなくても快適に座れる『座椅子』を提案させて頂きます。これがあれば平らな床でも腰を痛めず団らんを楽しめます」「ほう!すぐそれも注文しよう!」
皇帝は上機嫌でウォッカを煽り、みかんを剥いた。ロシアの天然ガスの安定供給契約はこれで完全に固定された。
続いて南下し、清国(清朝)・北京の紫禁城へと向かった柳田総理。天才官僚の林が「農業改革」を成功させたことで、清国側は崇拝にも似た礼儀正しさで総理を迎えたが、咸豊帝からはどうしてもと泣きつかれる一幕があった。
「総理、あの携帯用の洗う筒の快適さは分かった。だが、どうしても紫禁城の中に、話に聞く永田町のような『自動で温水が出る本物の椅子』を設置したいのだ。どうか、お助けいただきたい!」
皇帝の並々ならぬ熱意に対し、柳田総理はどこまでも丁寧に対応した。「分かりました、陛下。貴国との共存共栄のため、紫禁城に限って『上下水道インフラ』と、それを維持するための『小電力水力発電の設置』を、我が国のゼネコンに特設受注させることを請け合いましょう」
皇帝は感嘆し、これでアジアの資源供給網も完璧に日本の制御下に置かれることとなった。
パリ(フランス)
外遊の最後を締めくくるのは、食の都、フランス・パリであった。
日本の即席めんとカレーに驚愕していたフランス政府に対し、柳田総理はさらなる文化交流のカードとして、日本の傑作漫画『進撃の巨人(フランス語版)』を贈呈した。
しかし、そのあまりにも緻密なストーリーと、壁に囲まれた世界の圧倒的な地政学的・思想的衝撃度の高さに、フランス政府は緊張。「これは一般に広めてはならん。国家を揺るがす禁忌の書だ」と恐れおののき、なんと皇帝だけが閲覧を許される秘密の特設書庫の奥深くに厳重に保管されてしまった。
だが、ナポレオン3世はひっそり一人で部屋にこもり、巨人の物語に大満足で読みふけって楽しんでいた。
楽しみにしていた進撃の巨人を取り上げられてしまった国民を代表してフランス政府から、柳田総理へ向けて別の切実なおねだりがあった。
「総理、我が国の婦人たちの間で、あの美しい月の戦士の物語――『セーラームーン』のコミックをぜひ読みたいという要望が強烈にございます。何卒当該書籍の開放を!」
「わかりました我が国の文化流出は厳しく管理していますが今回は特別に。後日、美しい装丁のフランス語版を必ずお届けしましょう」柳田総理は快く承諾し、未来の約束を交わした。
さらに、食の都のプライドを持つフランスの宮廷シェフたちに向け、柳田総理は「おもてなし」を伝授した。
「我が国には、科学的に証明された『うまみ(旨味)成分』という概念が存在します。今回は、その旨味の真髄である『昆布や削り節の製法』をあなた方に伝授いたしましょう」
1856年のフランスシェフたちは、日本の伝統的な「出汁」が持つ、アミノ酸の圧倒的な料理への応用力と科学的旨味の存在を知らされ、「これが、和食の神髄か……」と感謝した。
アメリカ、イギリス、清国、ロシア、フランス。柳田総理が残された2年の任期をかけて敢行した世界歴訪は、武力による征服ではなく、相手に最高の快適さと驚きを与え、状況に合わせて絶妙に制御する「完璧なシーパワー」の勝利をもって、地球全体の勢力図を永遠の平和へと書き換える足固めを完了させたのだった。
あとは、永田町へ戻り次の世代へ、このいつの時代でも国民が人生を謳歌できる国を引き継ぐだけだった。
柳田総理、、もっと活躍して欲しかったんですがここまでです。 まぁ事なかれ主義の集まり 平和維持党ですから総理が変わっても極端なことにはならないでしょう。




