第十五章:『エピローグ:お気楽なる神々の春の宴』
最終章
2029年5月(転移からちょうど3年後) 首相官邸・特設スタジオ
2026年5月のあの突如たる世界転移から、等しく時を重ねてちょうど3年。
平和維持党総裁としての任期満了を迎え、退任を決意した内閣総理大臣・柳田晴臣(66)の、これが最後の国民向けテレビ演説だった。放送は国内すべてのテレビ局、およびインナーネット(Inner-net)の動画プラットフォーム『大江戸動画』をを通じて、1億2千万人の全日本国民へ向けて生配信されていた
柳田総理は、スーツの襟を正し、2029年の最新デジタルカメラのレンズを正面から見据えた。
支持率は相変わらず、3年間見事なまでに横ばいのままである。
「国民の皆様、内閣総理大臣の柳田晴臣です」
落ち着いた、どこか親しみのある声が、日本中のスピーカーから響き渡る。
「3年前、我が国はすべての海外ネットワークを失い、1853年という、文明の国境線の外側が暗黒に包まれた過去の世界へ丸ごと転移してしまいました。私たちはこの未曽有の事態の中、燃料の供給を制限し、深夜のコンビニの灯りを絞り、マクドナルドのポテトの絶滅を本気で嘆きました」
全国の茶の間で、あるいはスマホの画面の前で、1億2千万人の国民が総理の言葉に静かに耳を傾けていた。
「しかし、私たちは銃弾を一発も撃つことなく、他国を侵略することもありませんでした。現代日本の持つ圧倒的なアドバンテージを、世界各国の状況に合わせて提供することで、アメリカから原油を、清国から肥料と穀物を手に入れました。その他イギリス、フランス、ロシア、オランダからの協力を得られ、さらに留学生たち受け入れることで、1850年代の地球からコレラや結核、飢饉を劇的に遠ざけることに成功したのです」
柳田はふっと表情を緩め、国民に向かって丁寧にお辞儀をした。
「私は本日をもってこの職を退きますが、我が国の平和的な海上通商は不滅です。これからは、次の世代の皆さんが、このどの時代でも国民が人生を謳歌できる国を引っ張っていってください。……最後に。支持率が最後まで横ばいだったことだけが、私の深い遺憾の意であります。3年間、本当にありがとうございました」
その瞬間、インナーネット上のSNS『天下御免』のタイムラインは、退任する総理への涙と笑顔、安定した暮らしへの確信、あるいは無数の「退任記念川柳」で埋め尽くされ、サーバーが一時的に麻痺するほどの賑わいを見せたのだった。
同日 渋谷駅スクランブル交差点・カフェのテラス席
「よっしゃ、注文したマックのポテトLサイズ キター!」
うららかな春の陽気が気持ちいい渋谷のテラス席。転移の瞬間から3年の歳月を等しく重ね、23歳になったレンとタクミが、サクサクと動くスマートフォンを眺めていた。
清朝との貿易協定が完全に結実した結果、日本の食糧インフラは完璧に復活し、一時は絶滅を危惧されたファストフードのポテトも、今や2029年の最新流通網に乗って当たり前のようにテーブルへ並んでいた。
「見ろよタクミ、さっきの柳田総理の退任動画、大江戸動画で早くも2000万再生超えてるぞ」
「マジか。最後まで支持率気にしてたのウケるよな。おじさん、マジでお疲れって感じ」
レンは揚げたてのポテトを口に放り込み、手慣れた手つきで『テンゴメ』の画面をタップした。そして、最後の一句をタイムラインに放流する。
『【速報】 総理辞めたら 支持率上がる #お疲れっす』
地球の裏側のアメリカ陸軍が泥まみれで掘り当てた原油がタンカーで届き、欧州の民衆が「パンが無ければカップ麺を食べればいい」と呟いている激動の世界情勢など、彼らはインナーネットの極上の娯楽として平然と眺めている。二人は、今度の夏休みをどの近代リゾートで過ごすかという、平和で底抜けにお気楽な話題に、今日も新しい笑顔を咲かせていた。
同日夕方 秋葉原駅前・特設ステージ(佐藤賢治)
同じ頃、サブカルチャーの聖地・秋葉原駅前の広場には、大勢の子供たちの割れんばかりの歓声が響き渡っていた。
「ウリャオイ! ウリャオイ! 負けるな勇者! 魔王を倒せ!」
広場の一角に常設された立派な特設屋外ステージ。その中央で、見事な殺陣を披露しているのは、かつてボサボサ髪で「俺の青春を返せ」と段ボールを胸に下げて一人絶望していたアラサーオタク――佐藤賢治(33)だった。
転移から3年。現在の佐藤は、かつての薄汚れた面影など微塵もなかった。髪の毛をこざっぱりと整え、スウェットの上下から、ちょっとよさげなスーツを着ている彼の名刺には、『株式会社絶望エンターテインメント 代表取締役社長』の文字が輝いている。インナーネットでバズったヒーローショーをきっかけに、彼はコスプレイヤーやアクション俳優を多数抱える芸能事務所を秋葉原に設立し、今や社長として業界の人になっていた。
「世界の平和は、この俺が、いや、俺たちが守る!」
社長業の傍ら、今でも現役の『異世界勇者』として特設ステージに立つ佐藤。ウルトラ警備隊の彼や、今や人気コスプレイヤーとなった魔女っ娘と共に、ミスリルの聖剣で魔王と本物のヒーローショーさながらの激しい戦いを繰り広げていく。
最前列のアウトドア用折りたたみ椅子に座った、5〜6歳くらいの子供たちが20人ほど「勇者かっこいー!」と目をキラキラと輝かせ、その後ろでは保護者と思われる大人たちと、スマホを掲げて撮影している大量の野次馬が活気あふれる人だかりを作っている。かつて海外サーバーの消滅に絶望した男は、1850年代の地球で最もエネルギーに満ち溢れた、元気な名物社長へと変貌していた。
それから2ヶ月後(1856年7月・新暦) 神奈川県・大磯ロングビーチ
7月のプール開きを迎えた神奈川県の湘南海岸、きらめく太陽の光を浴びる『大磯ロングビーチ』
賑わいを見せる流れるプールの喧騒の向こう、あの天をも突くような巨大遊具の青い筒の最上階から、場違いな金切り声が、夏の風に乗って届いていた。
「日本政府は直ちに! 世界を平和にしてしまったことへの、謝罪と賠償をしなければいけないのであーる! はなせ! 私は滑らんぞ!」
声の主は、渋谷、秋葉原、あるいは富士山の五合目からも居場所を失い、還暦を迎えた元・高名な評論家、江藤諸尊(60)だった。何故かこんな常夏のリゾートに、よれよれの高級スーツと革靴を履いたまま現れ、滑り台の淵にしがみついて拡声器を握りしめていた。
「はいはい江藤さん、後ろ詰まってるからね。日本はいつも通り平和なんだから、グダグダ言ってないで滑って!」
日焼けした屈強な体躯に競泳水着の監視員の青年たちにガッチリと両脇を抱えられ、江藤は丁寧に、かつ迅速にスライダーの暗黒の筒へと押し込まれた。
「あああーーっ! 何をする、はなせーーーっ!」
凄まじい水しぶきと共に、頭からプールへ突っ込んでいく60歳のスーツ男。ずぶ濡れになりながらプールサイドへ進み上がってきた江藤に対し、周囲の一般客や水着美女たちから、容赦のないマジレス(総突っ込み)が浴びせられた。
「おじさん、世界が平和になって何が不満なんだよ!」
「謝罪と賠償の押し売りは3年前に終わったぞ!」
「スーツのままプールに入るな!」
江藤は鼻からプール水を吹き出しながら、濡れた拡声器を抱えて「うぅ、私の言論の自由が……」と呟いたが、売店で売られているかき氷のシロップの香りと、子供たちの笑い声に包まれるうち、ふと小さく破顔した。彼もまた、このお気楽極まる現代日本の平和な日常から、どうしても抜け出せない迷宮の住人の一人なのだった。
日本の青い空には、国内限定ネットに見守られた最新の旅客機が、静かに白い飛行機雲を描いていた。
その下には、世界で最も安全で、世界中を笑顔のトレードで完璧にコントロールしたハイテク・パラダイスが、どこまでも優しく、どこまでもユルく広がっている。現代日本があたふたすることから始まった1854年の奇跡。それは、これ以上ない幸福な「お気楽さ」に包まれて、未来永劫、続いていくのだった。
欧州のほかの国や南米、アフリカ大陸にも手を伸ばしたかったのですが・・まぁそれは次代の総理が柳田前総理の意思を汲んでやってくれるでしょう。
ここまで読んで下さった方には感謝申し上げます。
次ページに登場人物一覧をのせておきます。




