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『閑話:インナーネットの秋と、駅前の世紀末魔王決戦』

2027年秋(転移から1年半後) 東京・渋谷


各国の留学生たちが母国へ帰り、世界中で「手洗い」や「こたつ」による日本の外交が実を結びつつあった、2027年の秋。


海外ネットワークを完全に失った日本国内では、あるドキュメンタリー番組がインナーネット上を賑わせていた。海外へ公式派遣されていた日本政府の商船や自衛隊の艦船が、現地の克明な映像データをハードディスクに録画して持ち帰り、国内サーバーから『大江戸動画』の公式ニュースとして一斉配信したものである。


渋谷のカフェのテラス席では、転移の瞬間から等しく時間を過ごし、ともに1歳年をとって21歳になったレンとタクミが、サクサク動くスマートフォンを眺めながらコーラを飲んでいた。最新SNS『天下御免テンゴメ』のトレンド1位は、もちろんイギリスの手洗いブームと、フランスの『ドラゴンボール』流出のニュースだった。



「見ろよレン、イギリス人、日本の石鹸でめちゃくちゃ手洗ってるってさ。フランスじゃ

『オラ わくわくすっぞ』が流行語らしいぜ」

「マジ? じゃあ『テンゴメ』に一句ポストするわ」


レンは液晶画面をタップし、お気楽な五・七・五をタイムラインに放流した。


『【速報】 英国紳士 手を洗いすぎて ハゲかけてる #ウケる』


地球の裏側の激動すら、安全な2027年の国内でエンタメとして消費する若者たち。世界を相手に理想と責任感で働く官僚の裏側で、彼らは今日も今度の冬休みをどこで過ごすかや、秋限定で新発売されたサツマイモポテトの味について、最高にユルく、平和なバブルを爆走しているのだった。


同日夕方 秋葉原駅電気街口・駅前広場


一方、独自の進化を極め続けるサブカルチャーの聖地・秋葉原駅前には、半年前の悲壮感を完全に忘れた、凄まじい熱量のアウトドア・ステージが誕生していた。


「ウリャオイ! ウリャオイ! 負けるな勇者! 魔王を倒せ!」


煌々と輝く駅前広場。半年前は三人組、その後に五人組へと増殖していたオタクたちの集団は、ネットを通じて同志を巻き込み続けた結果、いつの間にか演者アクター裏方スタッフを合わせて総勢20人ほどの大所帯へと膨れ上がっていた。


広場の中央では、高いレベルの「ヒーローショー」が繰り広げられている。最初の転移直後から一人で「俺の青春を返せ」と段ボールを胸に下げて一人絶望していたあのアラサーオタクの男――佐藤賢治は、ついに念願が叶ったのか、本格的な『異世界勇者』のコスチュームに身を包んで剣を構えていた。


しかし、31歳の彼が率いる「勇者パーティー」のメンバーの1人は、何故か『ウルトラ警備隊』の制服でスーパーガンを構え。さらにその後ろでは、小柄な女性のオタクが、ピンクを基調としたレースをあしらったミニドレスの『魔女っ娘スタイル』で杖を掲げている。


このお気楽極まる混成勇者パーティーの3人が、ショッカー軍団を引き連れた、やたらとおぞましい造形の仮面をつけた『魔王』と、本物のヒーローショーさながらの激しい殺陣で戦っていた。


「がんばれーっ!!」


観客席の最前列には、持参したアウトドア用の折りたたみ椅子に腰掛けた、目をキラキラと輝かせた5〜6歳くらいの子供たちが10人ほど並んで大声援を送っている。その後ろには、微笑みながら見守る保護者と思われる大人たちと、スマホを掲げて爆笑しながら撮影している大量の野次馬が人だかりを作り、広場は文字通り活気に満ちあふれていた。海外サーバーの消滅を嘆いていた佐藤は、インナーネットのコミュニティの力によって、秋葉原の名物エンターテイナーとして完全に生き生きと覚醒していた。


同日 富士山五合目・登山道入り口


東京の若者たちが2027年の秋を謳歌しているその頃、日本のシンボルである富士山の五合目は、すでに冬の足音が近づく肌寒い風が吹き抜けていた。


そんな厳しい環境の登山道入り口に、場違いな大音量のスピーカーの音が響き渡る。


「日本政府は直ちに! 世界へ謝罪を! そして、この私に賠償をーーッ!」


見れば、渋谷からも秋葉原からも居場所を失った、例の高名な評論家――江藤諸尊が、何故かこんな標高2300メートルの山肌に、くたびれた革靴とスーツ姿でポツンと立って拡声器を握りしめていた。周囲には重装備の登山客がまばらに行き交っている。


「ちょっと、おじさん」

最新の防寒アウトドアウェアに身を包んだ登山客の男性が、あきれ果てた顔で足を止めた。


「そんな薄着と革靴で何言ってるんだよ。これから冬山になるんだぞ。世界への謝罪より、まずは山を舐めてる自分の服装を遭難救助隊に謝罪しなよ。あんた江藤さんだろ。テレビ干されて何やってんだ」

「そうだぞ! 早く下山してテンゴメ(SNS)で川柳でも詠んでろ!」


静まり返った富士の自然の中で、江藤の悲痛な「私への賠償」という叫びは、登山客たちの冷徹な正論マジレスの前に木っ端微塵に打ち砕かれ、ただ寒風に吹かれて虚しく消えていくのだった。


シーパワー戦略で平和を築こうとする国家の裏側で、日本の足元は、どこまでもユルく、逞しく、そして強烈なユーモアに満ちた日常を爆走しているのだった。






この3組の対比は書いてて楽しいです。

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