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第十三章:『永田町門下生の帰国と、世界一斉「手洗い」革命』

1854年春 東京・永田町(国立国会図書館・研修室)


国立国会図書館の本館研修室で行われた、3ヶ月に及ぶ『第1期・国費特別留使節団』の卒業式。各国の未来を背負う50名の超エリート留学生たちは、修了証書を手に、感極まった表情で席に立っていた。


彼らの前に並べられたのは、日本政府から国へと持ち帰ることを許された、厳選された物資の数々だった。2027年規格の『抗生物質』に『簡易ワクチン』、そして劇的な収穫量をもたらす『品種改良された種子』。人道的な観点から、1854年の地球を救うための物資である。


「アーサー殿、これはまさに世界を救う神の資財ですな……」清国の林が涙ぐむ。イギリスのアーサーも深く頷いた。しかし彼らは、日本側が「重工業や先端科学の書物」だけは厳重に鍵をかけて片付ける様子を見て、声を潜めた。

「やはり、あのブラックボックスには我々には制御不能な『天界の機密』が詰まっているのだ。ニッポンは、世界の状況を見極めながら、各国の状況に合わせ提供する情報をコントロールしている……」

留学生たちは畏怖の念をさらに深め、日本の知性的な制御の前に、心地よく帰路についた。


1854年夏 イギリス・ロンドン


帰国した名門貴族アーサーを待っていたのは、スラム街を中心に猛威を振るう「コレラの大流行」という過酷な現実だった。医学界が「悪い空気(瘴気)のせいだ」と不毛な議論を続ける中、アーサーは議会で必死に演説を行った。


「水を一度沸騰ボイルさせるのです! そして、目に見えぬ病の元を断つために、手を洗うのです!」


彼は永田町で学んだ公衆衛生の知識を披露し、日本から提供された『簡易ワクチン』を配布。さらに、民衆へ向けて手洗いとボイル水を徹底させた。


数週間後、手洗いとボイル水を実践した地域から劇的にコレラが消滅。イギリス中が「ニッポンの知恵は本物だ!」と大騒ぎになり、ロンドンの社交界では、最高級の香水ではなく「消毒用固形石鹸のツンとした香りを漂わせ、ダイソーの白いハンカチで優雅に手を拭くこと」が、最先端の紳士の証という謎のトレンドが誕生するのだった。


1854年秋 清国・北京(紫禁城)


一方、北京の紫禁城へ帰国した天才官僚の林は、咸豊帝の御前で、永田町直伝の「農業指導」を披露していた。


大清帝国の広大な大地に日本の改良種子が蒔かれ、イギリス艦隊(日本にピストン輸送の下請けを発注された)が運んできた肥料原料が適切に配合されると、その秋、麦と米の収穫量は文字通り「前年の3倍」に跳ね上がった。飢饉に喘いでいた農民たちはまたたく間に救われ、国内を揺るがしていた反乱の勢いも、「腹一杯に美味い飯が食えるなら戦う理由がない」と、急速に沈静化し始めた。


「林よ……ニッポンの技術は、天下を平定する奇跡か」

感激した咸豊帝は、おおいに喜んで林の肩を叩いた。

「すぐに、あの『お尻を洗う乾電池の筒(携帯ウォッシュレット)』を追加で発注せよ。あと、あのすき焼きという牛肉料理を宮廷料理の筆頭に指定する!」

清国の宮廷は、日本のエゲつなくも誠実な実利の前に、急速にその生活様式をハックされつつあった。


1854年冬 ロシア・サンクトペテルブルク


同じ頃、極寒のロシア帝国では、永田町から帰国した留学生の活動によって、宮廷の防寒概念が根底から覆りつつあった。


サンクトペテルブルクの冬宮殿。皇帝ニコライ1世は、凍てつく執務室の中に持ち込まれた、風変わりな木製の四角い机を不審げに見つめていた。永田町から贈られ、日本側の厳格な輸出コントロールのもとでロシアへと運ばれてきた、あの「こたつセット」である。


「これが、ニッポンの防寒設備だというのか。どれ……」

皇帝は促されるままに、豆炭あんかが仕込まれた布団の中へと足を滑り込ませた。上質な日本の掛け布団が、瞬時に彼の腰から下を優しく包み込む。


「……おお」

ニコライ1世の口から、驚嘆の息が漏れた。シベリアの寒風を忘れるほどの心地よいぬくもりが全身を駆け巡る。机の上には、特産の高級ウォッカと、プチャーチン提督が熱望して日本から仕入れさせた、「みかん」が並べられていた。


留学生が直立不動で、永田町で学んだ法治国家論や公衆衛生の成果を熱心に報告し始める。皇帝はそれを威厳深く聞いていた。聞いていたはずだった。

しかし、ウォッカを一杯煽り、こたつの魔力に包まれながらみかんを剥いているうちに、ニコライ1世の強靭な肉体から急速に覇気が抜けていった。一度足を踏み入れたら二度と出られない迷宮。極寒の部屋の中で、こたつの中だけが別世界だった。


「……南へ、不凍港を求めて進軍する計画、だが……」

皇帝のまぶたが急激に重くなる。不凍港を奪うための血みどろの戦争など、この快適なぬくもりの前には酷く億劫に思えてきた。

「……その件は……明日……うむ……」

ロシア帝国の最高権力者は、みかんの皮を握りしめたまま、こたつの中にずぶずぶと沈み込み、ついには盛大な寝息を立てて居眠りを始めてしまった。他国を侵略する野心そのものが、日本のこたつとみかんによって、穏やかに、優しく消えていく瞬間だった。


1854年冬 フランス・パリ


一方、食の都パリでは、日本のレトルト食品がもたらした利便性と美味しさに、現地のフレンチシェフたちが大真面目な驚愕とプライドの炎を燃やしていた。


「ノン! 認めんぞ! お湯で温めるだけでこれほど芳醇なスパイスとコクを表現するなど、いかなる調理法だ!」一流ホテルの厨房では、名だたるシェフたちが、日本から輸入された『レトルトカレー』のルーを小皿に取り、スプーンで味わいながら顔を青くしていた。彼らはプライドを粉々にされつつも、「このニッポンのカレーを超える料理を我がフランスの手で創り出すのだ」と、不眠不休でスパイスの配合とデミグラスソースの調整を繰り返す研究に没頭していた。


そんな食のハックが進む中、もう一つの予期せぬ「流出」がフランス国内を揺るがしていた。

誰の手によってか、日本の漫画『ドラゴンボール』のフランス語翻訳版コミックが現地へと流出してしまったのだ。


「これは危険思想の書だ! 民衆の心を惑わすな!」

クリミア戦争の最中にあったフランスの支配階級は、作中のあまりに強大な戦闘描写や破天荒な自由さに危機感を抱き、「危険思想の書」として取り締まりを開始した。しかし、そんな弾圧を嘲笑うかのように、本の中に溢れる力強い生命力は、現地の一般市民や市井の若者たちの間に深く、急速に浸透していった。


特に、主人公が不敵に笑いながら放つセリフのフランス語訳は、瞬く間にパリの街頭へ広がった。

『オラ、わくわくすっぞ(Je suis trop excité !)』


暗い戦争の影が漂う1854年の欧州において、このシンプルで力強い言葉は、ほんの少しだけ、しかし確実にフランス人たちの心を前向きな気持ちにさせていた。



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