『閑話:インナーネットのある日常と、駅前の絶望フェスティバル』
清国の全権大使が赤坂の料亭で携帯ウォッシュレットに涙し、霞が関の官僚たちが地球の未来を背負って大真面目に電卓を叩いているその頃、東京の街頭では、別の意味で逞しすぎる現代日本人たちの日常が流れていた。
2027年1月 渋谷駅スクランブル交差点
「よっしゃ、今ので1万『御免』獲得!」
渋谷のカフェのテラス席で、大学三年生になったレン(21)がスマートフォンを掲げて声をあげた。画面の中では、国内限定網『インナーネット』の最新SNS『天下御免』の通知が静かに、しかし確実に跳ねている。
前年の「エドッター」と呼ばれた時期の混乱を思えば、格段に快適な環境だった。何せ、国内限定ではあるが通信インフラは完全に維持されている。海外に繋がらない寂しさなど、若者たちは日々の生活の楽しさの中で忘れていた。
タクミが画面を覗き込む。
「レン、どんな川柳ポストしたんだよ」
「これこれ」
レンが見せた画面には、1854年の新年を迎えた若者の、極めてリアルな五・七・五が並んでいた。
『【悲報】マックの ポテトの代わりに サツマイモ #川越かよ』
「でも農水省が今、中国大陸から大豆とか小麦を調達する契約を取ってきたらしいから、そのうちポテトも戻るって『大江戸動画』のニュース速報で言ってたぞ」
「マジ? じゃあ次はそのニュースをネタに一句詠むわ」
若者たちは、飛ばされた過去の世界を嘆くどころか、完全に『インナーネット』のガラパゴス文化の住人として、2027年の日常をユルく、かつ最大限に謳歌していた。
同日 渋谷駅ハチ公前広場
そんな平穏な空気が流れる広場の一角に、場違いな大音量のスピーカーの音が響き渡った。
「日本政府は直ちに! 1854年のアジア諸国、および欧米各国に対して、過去・現在・未来にわたる謝罪と賠償を行うべきであります!」
見れば、かつて転移3日目のテレビ生放送で抗議の嵐を巻き起こし、スポンサーを全降板させたあの高名な評論家、江藤諸尊(58)が、自前の街宣車の上に立って拡声器を握りしめていた。テレビを干された彼は、ついに路上に飛び出してきたのだ。
しかし、インナーネットのおかげで世界情勢(アメリカが政治的判断で油田を開拓し、清国がすき焼きを食べて喜んでいる事実)を国内ニュース経由で知っている通行人たちの反応は、一様に冷ややかだった。
「おーい、おっさん! 日本はまだどこも侵略してねえぞ!」
通りすがりのサラリーマンが、缶コーヒーを片手に冷静な指摘を飛ばす。
「むしろ、相手の国に最新の種子を無償で提供して、飢饉を救おうとしてるんだぞ! 共存共栄のどこを謝るんだよ!」
「そうだ! 謝罪の先払いはもう流行らねえぞ!」
デモ隊すら見当たらない渋谷の街頭で、江藤の叫びは、ただの「元気な新春の風物詩」として若者たちの動画のネタに消費されるだけだった。
同日夕方 秋葉原駅電気街口
一方、サブカルチャーの聖地・秋葉原駅前には、別の意味で凄まじい熱量が渦巻いていた。
「ウリャオイ! ウリャオイ! カ・エ・セ! 青春を・カ・エ・セ!」
真冬の寒空の下、原発の電気で煌々と輝く駅前広場で、激しい光を放つ最新のLEDサイリウムを振り回し、猛烈な「ヲタ芸」を披露する男たちの姿があった。
半年前に「何故江戸日本なんだ。エルフはどこだ」と段ボールを掲げて一人絶望していた、あのアラサーオタクの佐藤賢治(31)だった。驚くべきことに、彼の横には「全く同じ目をした仲間」がさらに二人増え、総勢三人の集団になっていた。インナーネットの開通により、同じ葛藤を抱えていたオタクたちが、ネットワークを通じて奇跡の邂逅を果たしたのだ。
三人の胸には、それぞれ段ボールのプラカードがLEDで装飾されてぶら下がっている。
『剣と魔法の世界を返せ』
『俺たちの課金データを返せ』
『せめて黒船じゃなくて空中浮遊要塞が来て欲しかった』
彼らは、世界の不条理に対する怒りを、一糸乱れぬ超高速のヲタ芸という肉体の運動に変えて、大真面目に通行人に訴えかけていた。
「いや、言ってることはともかく、キレは抜群だな……」
「なんか、半年前よりちょっと生き生きしてない? 身体締まってるし」
「仲間が見つかって良かったね……」
周囲を囲む2027年のオタクや通行人たちは、スマホで彼らのダンスを穏やかに撮影し、次々と『大江戸動画』にアップロードしていった。
200年先までの世界の共存共栄を見据えて、大真面目に世界を導こうとする国家の裏側で、日本の足元は、ネットの復活によってどこまでもユルく、逞しく、そして強烈なユーモアに満ちた日常を爆走しているのだった。
この閑話に出て来る3組は、私のお気に入りのキャラです。特に佐藤賢治君ガンバレ!




