五話 やばい少年初登場!
時刻は午後六時。そろそろ太陽が沈みかけている。
奈良側の生駒山の中腹のあたりに光一はインパラを止めた。
「出ろ」
後部座席に振り返り、光一は指で外を示す。
「……君のような年下の小僧に命令される日が来るとはな」
「なんだよ。気に障ったか?」
「いや、いい」
志川が出たのを確認し、光一と美柑も車から出た。
後ろのトランクを開き、必要な道具を取り出す。今回使う道具は六つ。清めた塩と燃焼速度を上げる油―――油はどうなのかと光一も考えたが焼き切るまでの時間があまりのも長いので試してみたところ恙無く除霊は完了した。
微妙に罰当たりな気もするがそもそもそう言ったものを退治するために光一は生きているのだから気にしても仕方がなかった。
他にはマッチと道を照らす懐中電灯、死体を掘り起こすためのスコップ、護身用の鉄パイプ。
「鉄パイプなんかどうするの?」
美柑が尋ねる。
霊的なモノを相手にするのに物理的な武器など意味があるのか、という意味だろう。
「幽霊を構成する要素は大部分が電磁波だ。これは錬鉄でできたパイプで、攻撃すれば一時しのぎにはなる」
「へー」
「つかお前はなんか出来ねえの?」
「私? できるわけないじゃん。まあ中にはそういうのもできる鬼もいるかもしれないけど」
「そうかよ」
鬼の能力があれば幽霊を食い殺すぐらいできるのかと思ったが無理らしい。
案外、鬼も万能ではないようだ。
「たしか、そう。こっちの方だ」
志川が行く先を示す。
光一は懐中電灯を当てて先頭を務める。その後ろに志川、最後尾を美柑が務める。
一時間ほど歩いた。
暗い夜道を懐中電灯の明かり一つで進むのは難しいし、今回は運動などいかにもできなさそうな志川も一緒だ。いつもよりも時間がかかる。
「おい、まだつかないのか?」
虫のさざめきと鳥か何かのさえずりと、三人の歩く音だけが取り残されたような空気を裂くように光一は志川に問いかける。
生駒山はそんなに広い山じゃない。
公道が多いし、山のどの場所でも一番近い公道から行けばそんなに時間はかからないはずだ。
「まだだ。というか、正確な場所は私も覚えていない」
「なんだと?」
「見つからないように山の奥深くに埋めたし、カモフラージュもした。それも何年も前だから地中深くに沈んでるかもしれないんだ」
「それはパワー担当がいるから問題ない」
「任せな」
スコップを肩にかけた美柑がぐっと親指を立てる。
悪霊退治で最も体力と時間を使うのが死体を掘り起こすことだ。今回は美柑がいるためそう時間はかからないだろう。
「そーいえば」
「どうした?」
「なんで懐中電灯なんか持って来てんの? スマホのライトでよくない?」
「あー。それはだな」
色々理由があるのでどれから言ったものかと思案し始めた。
だがその思考は中断せざるを得なくなった。
懐中電灯の光が消えた。
「いる」
悪霊だ。
彼らは現世への深い怨念と記憶が集合し成り立っている。その要素は電磁波であり、そのため近くにいると電子機器を狂わせる。
だから光一は懐中電灯を持っていたのだ。以前スマホを壊されて苦い思いをしたことがある。
「―――!!!」
誰かの叫び声だ。
これも近い。
「俺は向こうを見てくる。お前らはここで待機だ。この塩を円を作るように撒いてその中に入ってろ。まず安全だ」
光一は塩の入った袋を美柑に渡す。
「待って、私も行きたい」
「だめだ」
「なんで? 私、幽霊を倒すことはできないけど人間よりは強いよ」
「ならその力はそこのおっさんを守るために使ってやれ。元はと言えばそいつの撒いた種だが、一応人間だ。死なすわけにはいかない」
塩の結界も完全じゃない。
怨恨の強い悪霊なら念力で落ち葉や石ころを動かして塩をどけるかもしれない。
そうなればただの人間である志川はあっという間もなく息を止められるだろう。ここにいる時点である程度覚悟はしているだろうが、死なれてはあまりに寝覚めが悪い。
「……わかった」
美柑は頷いた。
叫び声の人物を助けたいという思いもあるのだろう。それを押し殺して役割を果たすのは簡単ではない。
美柑が塩を撒き始めたのを確認して光一は駆け出した。叫び声は連続している。
近い。
そう思った時、光一は視界に地面に尻もちをついている少年を見つけた。
彼は斜め上を見上げている。その先には、幽霊。
幽霊は青白い肌で、足がなく、白装束を着ているとはよく言われているが、実際の幽霊は少し違う。
肌は青白いが、服は死の当時着ていたものや最も思い入れの強い服で足はある。後は悪霊や地縛霊など霊の種類によって姿が細かく異なる。
「やべえな」
光一は独り言ちた。
少年はライトを振り回し、木の枝や落ち葉を手当たり次第に悪霊に投げていた。その様子に何か違和感を光一は覚えたが、それが何かまではわからなかった。
急いで光一は悪霊の背後をとるように移動した。
少年は無意味な抵抗を続けた。訳の分からない言葉を叫んでいる。本当に! とか信じられない! とか物理はだめなようですね! だとか挙句の果てに笑い始めている。
どうやら気が触れてしまったようだと光一は判断し、手に持った錬鉄のパイプを握りしめる。
「うおおおおおやべえええええ!」
少年が叫ぶ。
まさに悪霊が襲い掛かるその直前、光一は思い切りパイプで空を切った。
幽霊を叩く感触などもちろんない。
鉄に触れたことで悪霊は弾けるように霧散した。
「あ、あれ……?」
少年は困惑した様子で周囲を伺う。
霊がいなくなったがまた恐怖は払拭できていないようだ。ややあって光一の存在に気づくと、悲しいような嬉しいような微妙な表情になった。
まるでお気に入りのおもちゃを取り上げられさらに興味深いおもちゃを与えられた子供のような、そんな表情だ。
ここで光一は違和感を抱いた。
「幽霊が、消えた……? それをあなたが……? す、すごい。信じられない! 幽霊の存在だけでなくそれを消し去ってしまえる人にまで出会えるなんて! ああ、やっぱり大阪に来て正解だった! やったああああ!」
状況を理解したと思ったら今度はなぜか歓喜に震えている。
妖怪や霊など未知の存在から助けられたとき、人は感謝するか安堵するかの大体どちらかだ。
いや、喜ぶ人もいないわけではない。だが少年のように感激する人は光一の記憶の中にはいない。
未知の存在に遭遇した人を助けに来たはずが、なぜかこちらが未知の存在と遭遇してしまった。光一はそんな気持ちになった。
「やべえな……」
数秒前と同じセリフだ。
どちらの「やばい」がよりやばいのか考えるまでもなかった。
やばい少年初登場! はい。新キャラです。重要人物なので次回、紹介します。




