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妖怪退治は楽じゃない  作者: 奈宮伊呂波
一章 生駒山の幽霊

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四話 大阪、あべのハルカスにて

 志川道長。

 彼は十年前、この大阪市の市長を務めていた。

 数々の政策を成功させ、市民からの信頼も厚かった。実績を重ねていた彼だったが、ある日、彼の秘書が行方不明になった。


 それを皮切りにして彼が打ち出した政策はことごとく失敗に終わり、ついには市長の座を他人の譲ってしまった。

 彼の大胆でド派手な政策の補助は長年連れ添った秘書でなければ務まらなかったのだ。


 その数年後、彼が秘書と愛人関係にあったことは雑誌の隅に掲載された程度で人々にはほとんど認知されることはなかった。


 志川は今、大阪に講演会に来ている。

 失脚の後、彼は実家の長野で過ごしていたが、縁あってそういうイベントを各地で開いて回っている。

 行方不明となった秘書は、まだ見つかっていない。


「その志川とかいう男に会いに行くぞ」


 美柑の話を聞き終えた光一の第一声だ。


「おっけー」


 向かうはあべのハルカス。

 その二十五階会議室で志川の講演があるそうだ。講演は明後日だが、志川は打ち合わせなど準備のため一週間前からハルカス内にある大阪マリオネット都ホテルに泊まっている。


「相変わらずおっきいねー」


 車を駐車場に停めて二人はハルカスの眼前に立っていた。巨大な建築物を前に美柑は間抜けな声を出した。


 大阪阿倍野駅の大きなロゴがど真ん中に居座っている。視界を少しスライドさせれば近鉄百貨店のロゴも並んでいる。

 今回の二人の目的地は正確には百貨店ではない。

 二人はホテルの看板がある場所に移動した。


「入るぞ」


 二人は中に入った。

 入ってすぐにエレベーターがあったのでそれに乗り、十九階のボタンを押す。他にもホテルを利用する客がいたが特に疑われるようなことはなかった。

 無機的な音が箱の中に充満し、数人を乗せて上昇する。外を見ると太陽の光と柱による影が交互に視界に入るのが光一は不快だった。


 ポン、という軽い電子音が鳴りエレベーターの扉が開く。


 十九階はロビーになっている。ロビーは白が基調となったインテリアで揃えられ、緩やかな曲調の音楽が空間に流れている。

 右手に見えるフロントでは女が二人何やら作業に勤しんでいる。ソファに座っている老男女が楽し気に談笑していた。


 光一たちと同じエレベーターに乗っていた人たちのほとんどは丁寧な挨拶を披露する受付を無視してさっきとは別のエレベーターに乗る。


「へえ。私、一回こんなホテルに泊まってみたかったんだー」


「こんなとこに使う金なんてねえよ」


「甲斐性なし」


「無駄金は使わねえ主義なんだよ。つかお前が金使ってるとこ見たことないけど何に使ってんの? 俺に入れろよ」


 出会ってからずっと美柑は光一の家に住んでいるし、どこか出かけるときも光一のインパラを使っていた。もちろん運転は光一が担当だ。死んでも譲らない。


 思い返せば、ガソリン代も食事代も電気代も光一は何一つ美柑に支払ってもらってない。食べ物もガソリンも電気も無尽蔵に出てくるわけではないので看過できる問題ではないのだ。


「何言ってんの?」


「あのなあ。人間、生きてくだけで金がかかってんだよ」


「え、私がいなかったら死んでる人が何言ってんの?」


 ぐ、と光一はたじろぐ。

 確かにあの時、美柑が来なければ光一は死んでいた。それは間違いないだろう。命の恩人だ。感謝してもしきれない。


 それはそうなのだが、それとこれとは別問題ではないだろうか。

 感謝はしてるが信頼はしていないし。

 光一は美柑を横目に見る。


 当然だろ、と美柑はにこりと笑う。

 光一は諦めることにした。


 二人はフロントを無視し何食わぬ顔で上階へ昇るエレベーターに向かった。ちょうど十九階で客を待っていたエレベーターがいたので入り、二十五階のボタンを押す。

 一階から昇るときよりも短い時間で到着した。


「どこの部屋かわかるか?」


「知らないよ。鬼だったら気配で分かるんだけどね」


「有益な情報ありがとよ」


 できれば今すぐに志川のいる部屋に乗り込みたいが、さすがにネットの情報だけでは部屋番号まではわからない。

 光一は少し考えた。


「よし、下に戻るぞ」


「下に?」


「部屋が分からないなら、わかるやつに聞けばいい」


 少々乱暴だが、フロントに尋ねることにした。

 普通なら教えるわけがない。客の個人情報をもらせば法的責任を課せられてもおかしくない。個人情報を取り扱う店で働く市民なら誰でも知っている常識だ。


 だがその常識を無視してでも情報を与える機関がこの国には存在する。


「警察だ」


 光一はフロントの女に偽の警察手帳を見せた。

 いきなりのことで女は戸惑った。だがすぐに仕事の顔に戻り手帳を眺めた。見せびらかしても変なので光一は手帳をしまう。


「ある事件に関係している人物がこのホテルに泊まっているという話を聞いた。志川道長という男だ。部屋番号を教えてくれ」


「……そちらの方は?」


 女はそう言って後ろにいた美柑に目をやった。

 真ん中にカラフルな英語の文字がプリントされた白いシャツに、ヒラヒラのミニスカート。しかもそれを道行く人が振り返るほどの美人が着ている。どう見ても警察の関係者には見えないだろう。


「私も警察です! ほら!」


 元気よく美柑は偽の警察手帳を取り出す。

 最近光一が作ったものだ。


 フロントの女の訝しむ目がより深くなる。

 光一は金髪にウエスタンな服を着ているような人間だ。正直光一だけでも怪しまれるのにそこに美柑が加わればより一層怪しさが増す。フロントの女がこのような態度をとるのも仕方がないだろう。

 まだ変わり者の俳優とその彼女の女優と言った方が信用されそうだ。


「こいつは最近配属されたばかりでね。服装については後程言っておく」


「はあ」


 反応は芳しくない。

 こうなることはわかっていたがかと言って美柑を置いてくるわけにもいかなかった。ロビーに入った時にすでにフロントの女と目が合っていたからだ。


 そもそも光一と美柑は金髪ウエスタンと若い美女という目を引くコンビなので一度見ただけでもその日一日は記憶に残る。


「お願いします。志川氏の証言があれば助かるかもしれない命があるんです。でも急がないと手遅れになるかもしれない。令状なら後からいくらでも持ってきます。だから、お願いします」


 光一はフロントの女の瞳を見た。突き抜けるほどまっすぐな視線を向けた。数秒たった。


「……わかりました。必ずですよ。部屋番号は二五六号室です」


 光一の誠実な瞳が功を奏したらしく、女が折れた。


「協力感謝します」


 光一と美柑はエレベーターに乗った。

 二十五階のボタンを押して壁にもたれる。


「うまいもんだね」


「だろ?」


「最初はため口で乱暴な口調。ここぞというときに丁寧な言葉に真剣な態度。まっすぐぶれのない視線は嘘じゃないことを証明している、ように錯覚する。警察だっていうならほとんどの人が言っちゃうもん」


 無茶苦茶な手口だが実際これで情報は集められる。前回のような無造作な聞き込みの場合はあまりにも光一が大学という場所に場違いだったためこの方法はとらなかった。万一不審者扱いされて本物の警察を呼ばれては敵わない。


「どっかの半人半鬼にも今度同じことしてみるわ。金払えって」


「署に連絡して照合してもらうから」


 二十五階でエレベーターを降りると、二人は真っ直ぐ二五六号の部屋に向かった。

 高級感のある絨毯は足音一つも許さない。


「私、実はタップダンス出来るんだ」


 美柑が小躍りしても音は吸い込まれた。


「あーそうかい」


 絨毯だけではない。白い壁に掛けられたいくつかの絵画が部屋まで歩く客を飽きさせないように工夫されている。

 ドアの前に立ち、インターホンを鳴らす。

 ややあって女が応答した。


「どちら様でしょうか」


「新聞記者の者です。市川氏とお会いしたく参りました」


「本日はそのような予定は入れておりません。お引き取り下さい」


「八年前の生駒山での殺人事件について、とお伝えください」


「……わかりました」


 女の声が消える。

 志川に光一の言葉を伝えに行ったのだろう。

 彼が光一たちとの面談を許可する可能性は低いだろう。


「新聞記者?」


「俺のブログは新聞みたいなものだからな」


「あの悪趣味なグロい記事と同じにしないであげて」


「失礼な奴だな。結構人気あるんだよ。あれでも」


 光一の妖怪関連のブログはそこそこ人気が高い。

 数年前に何事も妖怪のせいにするアニメが流行ったこともあり、マニアから子供まで閲覧している。

 マニアは創作物として、子供はリアルな妖怪を見るために。妖怪狩りに余裕があれば写真を撮ることもあるので話題性も高い。


 だがあまりにもジャンルが偏っているし、私見も多い。新聞と同等に扱うには無理があるだろう。


 扉が開いた。


「志川が申し出を受け入れました。どうぞお入り下さい」


 スーツを着た秘書らしき女に大阪の街が見下ろせる部屋に案内された。

 志川は窓際に立ち、外を眺めていた。


「先程お伝えしたお二人を連れてきました」


 志川はゆっくりと振り返った。

 彼はニコリと笑い、恭しく頭を下げた。

 老齢の男だった。頬などは垂れ、皺がいくつも出来ていた。その数だけ苦労してきたのだろう。


「上川君。下がってくれ」


 志川は秘書らしき女に一瞥をくれた。


「ですが―――」


「下がりたまえ」


 志川が語気を強めると女は一礼を残し部屋から去った。

 去り際に光一を睨んでいた。不審者二人だけを上司の部屋に残すのが気になるのだ。

 しかし外に出してしまえばこちらのものだ。盗聴器でもない限りどんな話をしても平気だろう。


「で、君たちは?」


 志川はソファに座り対面のソファに二人を促した。


妖怪狩り(ハンター)ですよ」


 光一はソファに座る。美柑もその隣に腰を下ろした。


「……耳に挟んだことはある。悪霊を退治している人間が少なからずいると」


「話が早くて助かる。今回の俺達の相手はその悪霊だ」


「ふむ。それが私にどんな関係が?」


 チッと光一は舌打ちする。


 そもそも志川がここに光一と美柑を入れたのは「八年前の殺人事件」のことを聞いたからだ。何のことか察しているくせにあくまでしらを通す気だ。

 光一たちが何をどこまで掴んでるのか、それだけを確認したいのだろう。


「別にあんたが誰を殺したのか教えてほしいわけじゃない。その死体をどこに埋めたのか知りたいだけだ」


 幽霊の退治法はいくつかある。

 神主や霊能力者によるお祓い、幽霊の心残りの解消、後は幽霊の本体の火葬。

 光一は三番目の手段をよく用いている。

 幽霊の本体、それはつまり死体だ。


「私を糾弾しに来たのではないのか?」


「そんなことして何の得があるんだよ。いいから行くぞ。今すぐに」


「……断ることはできないのか」


 あまり行きたくはなさそうだ。

 そりゃあそうだろう。彼にだって予定がある。特に彼のような立場のある人間ならそう簡単にスケジュールを狂わせることはできない。

 光一は大げさにため息を吐いた。


「美柑」


 ボンと破裂音が鳴った。


 志川は驚き、音のなった方を見た。

 彼に視線の先に床に木片が散らばっていた。美柑が座っていた側の肘掛けが壊れたのだ。まるで鈍器で潰されたかのようにひしゃげている。

 志川は目を疑い美柑を凝視するが、当然何も持っているわけがない。そこには笑顔の美少女がいるだけだった。


「断るか?」


 十数分後。

 光一はあべのハルカスを後にした。

 ただし、二人ではなく三人で。

投稿時間が遅くなりました。決して忘れていたわけではございません。決して。

というわけで、今回もよろしくお願いします。

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