三話 確信
大阪府東側に位置する八尾市。
大型ショッピングモールのアリオ以外は特筆すべきものがない街だ。
主に住宅街で構成されていて、時たま図書館とか市役所などがあるがそんなものはどこにでもあるので珍しくもない。
その住宅街の一つ。
他の家と何ら変わらない普通の家の前に光一と美柑はいた。
インパラは何のためにあるのかわからない駐車場に止めてある。
「ここが目撃者とやらが住んでる家か」
表札には鎌田とある。
SNSで事件に関連しそうなワードを調べれば一発だった。
生駒山、殺人、見た、などのワードを調べ、出て来たアカウントにアクセスする。後は過去の投稿を見ていけば簡単に住所まで分かった。
現代の闇である。ネットストーキングという言葉もあるくらいだ。ネットに投稿した内容からその人の生活が割り出されるということだ。
ブログを開設している光一にも無関係ではない。
「何か知ってるといいね」
「幽霊というのは間違いないと思ってる。こいつからはその確証が得られればいい」
「確証って?」
「本当に真っ二つにされたかどうかだ」
「それがそんなに重要なの?」
「ああ。妖怪が人間を襲うときは悪戯か食べるかが大体だ。そうでないということは幽霊の可能性が高い」
「へえ。さっすが妖怪ハンター」
「茶化すな。行くぞ」
「はーい」
インターホンを鳴らす。
「はい」
特に前触れもなく返事が来た。男の声だ。
「ちょっと生駒山の件で話を聞きたい。いいか?」
返事はすぐには来ない。
生駒山という言葉を聞いたからだろう。
警戒している。
「……またか」
「何?」
「いや。なんでもない。今開けるから待ってくれ」
インターホンが切れた。
ややあってドアが開いた。
出て来たのは中肉中背の男だった。年齢は大体三十歳ぐらいだろう。
「入ってくれ」
促されて二人は中に入る。
懐かしささえ感じるほどに平凡な玄関だった。靴が少なく、大人の男性物しかない。どうやら独身のようだ。一軒家を購入するぐらいだから既婚者だと光一は思っていたが違うらしい。
リビングに案内され、二人はソファに座った。
コーヒーは出ないようだ。
「最初に聞くがあんたら何もんだ」
「俺達は先日の五人の失踪者の中の一人の友人だ。行方が知りたい」
「そういうのはもういい」
いつものように光一はつらつらと適当なでまかせを並べ立てたが、鎌田の反応は想定したものとは違っていた。
「……どういうことだ?」
「つい昨日もそんなことを言う奴が来たよ。最終的には幽霊がどうとか言ってたな。俺としては、あれが同じ人間にできることはできることとは思いたくねえ。警察は半信半疑だし、そもそもあいつらはこんなに失踪者が出ながらまだ動こうとしねえ。信じらんねえ」
彼のいう通り警察は動いていない。
死体が一つも出ていないからだ。
被害者がいないのでは彼らは動かない。最初の失踪者が現れてからもう一か月がたつが、親族が「家出だろう」という安易な考えから失踪届が出ないでいる。
警察としては動きたくとも動けないのだ。もしくはそもそも動く気がないのか。
「幽霊だと?」
「ああ。そいつは今頃生駒山でなにかしてるだろうよ」
「なるほどな。一つだけ聞いてもいいか?」
「かまわねえ」
「本当にその何かは被害者、失踪者を真っ二つにしていたのか?」
「昨日の奴と同じことを聞くんだな。この目ではっきりと見た。間違いない」
決まりだ。
これは幽霊の仕業に違いない。おそらく、怨霊。何か強い恨みを持って山にいる。美柑に関係者の所在を調べさせたのもそのためだ。もしも怨霊となった人物の加害者が大阪もしくは奈良にいるのなら、それが人を襲うトリガーになっている。
「わかった。なら俺達も動く」
「なあ。あれは人間の仕業なのか―――いや。いい。聞いたところで碌な答えが来そうにない」
鎌田は頭を抱える。
彼自身、その問いの答えは薄々感づいているのだろう。それでもその存在を認めたくない。知りたくない。
だから聞くことをやめたのだ。
彼は声を震わせて言う。
「あの瞬間を見てしまってから頭の中から消えてくれねえんだよ」
「へー。何見たの?」
「人間が、真っ二つになった人間が俺の方を見ていた……。空中に飛んだ上半身が車を運転している俺の顔を見たんだよ! いや、実際たまたまだったのかもしれない。でも、その時のあの男の絶望の表情が脳裏に焼き付いてやがる……!」
ここにいる鎌田に危険は迫っていない。
妖怪も幽霊も真昼間に出現することはまずないし、彼が生駒山で事件を見てから数日が経っている。それだけ時間があって襲われていないということは、おそらくその犯人が鎌田を狙うことはない。
にも拘らず。
鎌田は恐怖を露わにして体を強張らせている。
それほど人間が死ぬ瞬間というものが恐ろしいのだろう。
「犯人を見たのか?」
「いや、見てねえ。ちょうど木に隠れていたからな。鎌か何かだったぜ」
その時の光景を思い出したせいか、鎌田は身を震わせた。
これ以上この話をするのは彼に悪い。
二人は鎌田の家を後にした。
駐車場の料金を支払い、二人はインパラに乗り込む。普通の車よりも大きなエンジン音を鳴らし、街を進む。
「面白い話だったね」
「どこがだ。あんな悪趣味な話二度と聞きたかねえよ。まあ、あいつは気の毒だが」
「そうだよね。人が死ぬところを見るなんて、鬼でもないとそうそうないよ」
光一が言ったのは幽霊を見たことに関してだが、それよりも気になったことがあった。
「お前が言うと冗談に聞こえねえよ……冗談だよな?」
「私は食べたことないよ?」
鬼は基本的に人間と同じく雑食だ。
なんならその辺の道草でも食べられるため人間よりもより雑食だといえる。そのあたりが人間と違うが最も違うのは、人間がおいしいということだ。道草からでも栄養は得られるため鬼は人間を食べる必要はないが、食べる。
それは人間がお菓子を食べるのと同じようなものだ。
ハーフである美柑の味覚がどうなっているのかはわからないが、今のところ人間を食べたことはないようだ。
「本当かよ。どっちでもいいけどよ」
光一は別に美柑が人間を喰っていようが食っていなかろうが、気にしない。
もちろんいい気はしないが、光一とて何匹も鬼を殺している。彼女にとって鬼も同族であることに違いはなく、それを殺してしまっていては光一にとやかく言う権利はない。
「殺したことはあるけどねー」
「そうかよ」
軽く。あまりにも軽く美柑は言う。
殺す。これは光一にとってとても重い行為だ。は妖怪であっても同じであると光一は考えている。
悪い行為だとは思っていない。光一は人間を守るために妖怪を狩る。それ自体は善行であるとさえ感じている。同種を危険から遠ざけるのは当たり前のことだ。
だがそれと命の重さは別だ。それらに貴賤はない。
妖怪を殺すときは無駄に痛めつけない。これが最低限持つべき礼儀だ。自分の安全のためにもなる。
だがそれはあくまで光一個人の価値観だ。それが他人のましてや鬼と人間のハーフである美柑も同じであるとは限らない。
「で、今から行くの? 生駒山」
「いや」
「あれ? じゃあどこに? 私達の前に鎌田に会いに来たやつもそっちに行ったんでしょ?」
「そいつがどこにいるかなんて俺は知らねえよ。それより、さっき頼んだ調べ事は終わったか?」
「それならもう終わってるよ。でも絶対こいつってわけじゃないかも」
「どうして?」
「誰かを殺した記録がないから」
「ならそいつじゃねえ。他を探してくれ」
「でも、関係者は行方不明になってる」
「ならそいつだ。もったいぶらずさっさと話せ」
「えー。私、ただ働きはしない主義なんだよね」
「めんどくせえ。何が欲しい?」
「武器」
「なんだと?」
「実は私、武器ないんだよね。素手。目的のためには武器が必要なの。だからそれを取りに行くの手伝って」
「わかったよ。教えろ」
光一がお手伝いとやらを承諾すると美柑は「やっりー!」と拳を高らかに突き上げた。
ゴンという鈍い音が鳴った
「おい! ルーフ殴ってんじゃねえよ!」
「ごめんごめん」
「軽く謝ってすむ話じゃねえよ。見ろ! ちょっとへこんでるじゃねえかどおしてくれるんだ!」
愛車を傷つけられ涙目になる光一。
珍しくマジ切れアンドマジ泣きという醜態を晒してしまっているが百ゼロで美柑が悪い。
「ご、ごめんって。修繕費は出すから……」
「当たり前だちくしょうめ!」
「ごめんね……。とりあえず大阪市の方に行ってもらっていいかな」
光一は無言のまま車を走らせた。




