二話 美柑の考え方
愛車のインパラで向かうは大阪市のとあるマンション。
そこには今回の事件の被害者である五人全員と直前まで時間を共にしていた女性が住んでいる。
目撃者に話を聞くのも大切だが、家に近いのがこちらの方だったのだ。
信号が青に変わり、インパラは緩やかに曲線を描きカーブを曲がる。
左座席のハンドルを握る光一は当然のように現代の日本にはそぐわない西欧じみた服を着ていた。
隣にいる美柑は対照的に若者らしいおしゃれな服をしている。少し肌寒い季節だというのに何の意地なのかミニスカートを装着していた。
「もう少し何とかならなかったのか?」
おしゃれなのは結構だがこれから妖怪の類を退治しようという格好ではない。
「半分鬼の私は服装なんてなんでもいいんですー」
「そうかよ」
「そんなことより。光一は今回の事件何の仕業だと思ってるの?」
「さあな。皆目見当もつかねえよ」
「ええー。光一は頼りないなあ」
「無理言うな。せめて死体ぐらい用意しろ」
見当を付けるにも情報がなさすぎる。
「無理言うなって、そっくりそのままお返しするよ、光一」
美柑はやれやれと手を振るう。カーブに差し掛かり美柑の体を揺らした。
「……その『光一』っての何とかならねえのか」
「呼び方?」
「そうだ。別に仲がいいわけでもない。馴れ馴れしく呼ぶな」
「冷たいんだね。こういっちゃん」
「それもやめろ」
「こうちゃん」
「やめろ」
「やないち」
「やめろ。待てなんだそれ」
「柳光一のやな、といち。じゃあコウ」
「だめだ」
「もう。なんなら言いわけ? お兄さん、とかはお断りだから。私、知り合った人は固有名詞で呼ぶ派だから」
「しばらく考えとけ。それと人名を固有名詞って言うな」
なぜ「柳さん」と呼ぶという考えに至らないのかわからず光一はため息を吐いた。
黒いインパラはいくつかの信号を通り、あべのハルカスの近くを走った。
のろのろと走る初心者マークの付いた車を追い越したところで光一のスマホが古臭い洋楽を鳴らし、光った。
スタンドに置いていたスマホを運転中にとるわけにはいかないため光一は後でかけなおそうと判断する。安全第一なのだ。
「出るよー」
「おい、お前の親は人の電話に勝手に出るなと教えなかったのか」
「電話に出んわ、なんてつまらないよ。二重の意味で」
「黙れ。スマホを戻せ」
「はいもしもしー。柳でーす」
「……この自由人が」
「え、ヒヨミちゃんじゃーん。私だよ。高島美柑だよ」
美柑の声が営業用から知人と話すときの声に変わる。
忘れている人もいると思うので補足しておこう。ヒヨミとは光一と美柑が入沢の件の際、助けた女子大生である。
彼女は光一が目覚めたときにわざわざ病室に駆けつけてくれ、光一にお礼を述べた。その時の彼女は衰弱している様子だった。サークルのメンバーが自身を除いて全員死んだとなればショックも大きいだろう。
彼女の「また改めてお礼をしたい」という強い希望により連絡先を交換した。
あれから二週間ほどしか経っていないが心の整理はついたのだろうか。
「うんうん。なるほど。うんわかった。伝えておくね。うん。え? 大丈夫に決まってるじゃん! 当たり前―。じゃ、またね。はーい」
美柑はスマホを耳から離し、スタンドに戻した。
「彼女、なんだって?」
「今度の土曜日食事でもどうですかって。デートだね。きゃー!」
美柑はわざとらしく黄色い声を上げる。
「お前も来んだろが。つか勝手に決めるな」
光一にだって予定がある。
事件がないか調べたり、妖怪の知識を蓄えたり、それに買い物も行くしたまには旅行だって行く。
光一に聞かずに約束するのは非常識だ。
「いや行かないし。デートだから。暇でしょ?」
美柑はそれが「当然」のように言う。あくまで質問という体をとっているが、ほとんど決めつけているなこいつと光一は思った。
だから光一は自信満々に答えた。
「暇だよ。悪いか?」
「いいね」
これで土曜日の予定が決まった。さて、忙しいぞー。
◆ ◆ ◆
七階建てのマンションの三階。
その一室の表札には園田と記されていた。
光一はカップに入ったコーヒーを一口呷り、ソーサーに収めた。
「つまり、彼らには何もおかしなところはなかったと?」
光一は話をまとめる。
前回は探偵として話を聞いて回ったが、今日はそうではない。前に失踪した三人の若者の友達という設定でここにきている。
「ええ。ちょっと怖い話をしたぐらいで。それ以外は特に」
「アルコールが入っていれば変な話題で盛り上がることもありますからね」
話を聞く限り、失踪者たちにおかしな様子はなかった。妖怪に憑りつかれた線はなしだ。
考えられるのは切る性質を持った妖怪だ。
だが心当たりがない。髪切りは名前の通り髪しか切らないし、鎌鼬なら人体を真っ二つにするほどの切断力はない。鬼なら可能だが、切断というより引きちぎられるという方が近い。
目撃者は綺麗に二つに分かれていたと証言をしたらしいが、これは後で確認する必要がある。
もちろん髪切りも鎌鼬も鬼も、様々なタイプがいるため一概に違うとは言い切れないが可能性は薄い。
そうなると……。
「でも、あなたは助かってよかったですねー! 幸運です。ミラクルですね!」
「おい」
不謹慎だぞ。
「いいんです。実は私、みんなが行方不明になったって聞いて安心したんです。ああ、行かなくてよかったって。心配したのはその後です。私って薄情な人間ですよね」
そう言って園田は乾いた笑みを浮かべた。
彼女はその日、楽しみにしていたアニメをリアルタイムで視聴するため先に帰ったという。
「そんな―――」
ことはありません、と光一は言おうとした。
「いいんじゃないかな」
「え?」
「命が助かって安心するなんて当たり前だよ。まずは自分の命。他はその後。それが人間のあるべき姿だよ。もしそうじゃないってやつがいるならそいつは人間じゃなくてただの馬鹿だよ」
身を賭して誰かを守る行為。それは創作物の中ではよくみられる行為だ。自分が犠牲になろうとも危機に直面した誰かを助ける。結果は様々だが、光一が見てきたものは往々にして酷い結末になっている。
意外にも光一はそういった自己犠牲とも呼べる行為に対して悪い感情を持っていない。
美しいからだ。
もちろん、ただ無為に終わることもある。自分が犠牲になった後に改めて守りたかった人を攻撃されることもある。本来強い者がわざわざ攻撃をもらいやられることもある。
無駄だ。犬死だ。それはわかる。
でも美しいと思う。誰かを守りたい、自分が死んでも守り通したい。そう思うのはとても難しい。それができるのは死を恐れ他者との交流を断ち自分だけの世界にこもる弱いものではなく、死に立ち向かい生に逃げず他者を受け入れた強い者だけだ。
その生き様を、心を光一は美しいと思う。
それを美柑は馬鹿だと切り捨てた。
真剣な表情だった。普段はへらへらとしている美柑には似合わない表情だ。
「ま、死んだら駄目だよってことです」
パッ、と明るい顔に変わった。
光一も園田も呆気にとられる。
「……まあいい。他に何かおかしなことは?」
「いえ、ありませんでした」
園田に不審な点はない。
事件に関わっていたり何かやましいことがある人間はこうして質問攻めにすると動揺するものだが、彼女にはそれがない。
これ以上は何もないと光一は思った。
「そうですか。ではこれで失礼します。コーヒー、ご馳走様でした」
光一は、美柑を連れて園田の部屋から去った。
見送る園田に再度礼を述べ、ドアが閉まるのを待つ。
ガチャリという鍵が閉まる音を合図にエレベーターに向かった。
「犯人の目星は付いた?」
「大体な」
「おお。すごい。誰? というか何?」
二人は到着したエレベーターに入り、一階のボタンを押した。
「幽霊だ」
幽霊。
その存在は各種メディアにより広く人々に浸透している。
一口に幽霊と言ってもその種類は様々で生霊、死霊、怨霊、地縛霊、浮遊霊、船幽霊などに分類される。
幽霊がいるのか、いないのか議論は終わらないが光一は断言する。幽霊はいる、と。
なぜならこれまでに何体か退治したことがあるからだ。
いないと思っている人間には気の毒だがこれは歴然とした事実である。
「おそらく地縛霊だろうな。誰かを探している。おい、お前パソコンは使えるか?」
「使えるけど?」
なぜか喧嘩腰になっている美柑に光一は怪訝に思ったがとりあえず気にしないことにした。
「……なら調べものを頼む。生駒山で発生した殺人事件や行方不明者。後、その事件に関わった人間が生駒山付近に今いるのか」
「やるけどさ。それって誰に頼んでるの?」
「お前しかいないだろ」
光一は当たり前のように言った。
確かにそれは当たり前だったが、光一も鈍い。
さっき名前の呼び方について文句を言っていたのかもう忘れてしまったのかもしれない。
「まあいいや。やったげる」
「悪いな。俺は運転だからさ」
到着音が鳴り、扉がゆっくりと開く。
二人はマンションを後にした。
人の考え方にはそれに辿り着くまでの過程がある。蜜柑もそうだと思います。




