四話 旅先での出会い
昼食を食べ終えると光一たちは美柑の強い要望により銭湯に向かうことになった。
銭湯などこんな田舎町にあるのかと光一は懐疑的だったが探せば意外とあるもので、車で十分ほど移動した。
「できるだけ早めに、そうだな。十分で出てきてくれ」
「十分!?」
「十分だ」
美柑が信じられないといった視線を向けるが、光一は理由もなく急かしているわけではない。
事件が起きたのが昨日。それから一晩でこの街に来たわけだが、最も早急に済まさなければならない要件がある。それは死体の確認である。
死体は多くのメッセージを残すと言われるように大量の情報を内包している。光一にとってはまず今回の相手の妖怪が何の妖怪か知る必要がある。それを手っ取り早く可能にするのが検死だ。
死体に入った傷が裂傷であれば爪や刃物を使う妖怪、刺し傷であればそれこそ人狼の可能性がぐっと上がる。
もっとも、今回は目撃者の「獣のような唸り声が聞こえた」という証言があるのですでに人狼だとあたりは付けているのだが、確信を持てるなら持っておきたい。
だが大きな問題が一つある。光一には検死を行う権限などこれっぽっちもないということだ。世間的に見ればしがないブロガーでしかない光一が、検死に立ち会える可能性などない。そのため、こういう時はしれっと身分を偽る。
それも日がたってしまえば正式な機関の人間がやって来て鉢合わせ、なんて事態に陥りかねない。
そういうわけで、銭湯などにゆっくり割く時間などないのだ。
「……わかりましたよ。でもちょっと遅れるかもしれないからそれは覚悟しておいてね」
「はいよ」
美柑が酷く不満げだった割にあっさりと了承したのが腑に落ちなかったが、光一は翔を連れて銭湯に入る。
それから十分後、光一と翔はさっとシャワーを浴び、湯舟に浸かりもせずに「男」の文字がでかでかとプリントされた暖簾をくぐった。
五分後。
「遅いな……」
「まあ、少し遅れるかもって言ってましたし」
さらに五分後。
「まだかよ」
「女の子は身だしなみに几帳面ですから」
さらに五分後。
「ちょっと見てくる」
「犯罪ですよ」
そしてさらに五分後。
「おまたー」
ホカホカと湯気を体から上げ、頬を薄いピンク色に染めた美柑がピンク色の暖簾をくぐった。
銭湯の外にいたのは光一たちだけではなかった。家族や友人、一人でいる者もいる。男女半々、と言った割合だろうか。しかし奇妙なことにその半数の視線がある一点に集中していた。
美柑という降りてきた女神へと。
半分人間であることを知り、興味がないはずの翔でさえ大好きなトウモロコーンを食べる手が止まり、我を忘れるほどの美しさだった。
しかし、ここにその色香に惑わされない男が一人。
「おっせえよ!」
誰もが色欲に狂っている中、光一だけは色欲ではなく憤怒の罪を背負っていた。
おそらく、待ちくたびれたのだろう。
「えー。これでも頑張ったんだよ? 本当なら後二十分は必要なのにそれをできるだけ少なくしてあげたのに、まさか文句を言われるなんて心外だなあ」
「知らねえよ。つか五十分も何するんだよ?」
「そんなこと言わせたいの?」
「洗顔とか化粧とか保湿とかだろ。どうせ」
「なんだ知ってんじゃん」
「それぐらいはな―――じゃ、ねえよ。約束は守れ」
「えー、でも言ったじゃん。ちょっと遅れるかもって」
「二十分はちょっとじゃねえよ」
「地球が生まれてから何年たったか知ってる?」
「小学生みたいな理屈を述べるな。常識的な尺度で測ってくれ」
「次からはそうするよ」
次などはない。光一は美柑がいるときは銭湯に行かないようにしようと決めた。
光一はため息を吐き、駐車場の方へと足を向けた。踏み出そうとした一歩は、ある男に阻まれる。
「よお」
光一の前に立つ一人の男。
茶色に染め上げた頭髪はワックスで丁寧に整えられており、生まれながの強面に拍車がかかっている。服装には金をかけているようで、生地は繊細そのものだ。年齢から見て学生ではないだろう。どう見ても堅気ではないが、ヤの付く職業であればまだ下っ端と言ったところだ。
「なんの用だ?」
「あんたには用はねーよ」
「ん? 私?」
男は光一の隣にいた美柑に目を移す。
「そうそうそこの可愛い姉ちゃんだ」
「やだなあ可愛いだなんて。お兄さん趣味がいいってよく言われません?」
「まあな。どうだ? ちょっと俺と遊んでいかねえか? 俺は金田亮だ。よろしく」
「私は高島美柑。せっかくなんだけど、私これから用事があるんだ。お兄さんのお誘いは嬉しいけど」
「んー。用事か。それならしゃあないか。今回は諦めるとするか。代わりと言っちゃあなんだが、連絡先、交換してくれよ」
「いいよー」
美柑はスマホを取り出した。
「おい」
「いいじゃん別にそれぐらい。あ、それともー。私が取られるのが怖いのかなー?」
「んなわけねえだろ」
美柑は金田と二、三言交わしスマホを操作する。
「じゃあねー」
「必ず連絡するからなー!」
ぶんぶんと手を振り、金田は去っていった。見た目に反して思ったより爽やかな別れになっていた。
「美柑さん。すっごい大人っぽいですね。あんなにあっさり連絡先……」
「ま、よくあることよ」
美柑はにとっては当然のことのようで、さほど嬉しそうでもなかった。
「男ぐらい好きに作ってもいいが、遊びに来たわけじゃないんだぞ」
「まあまあ光一さん硬いこと言わず。僕も可愛い妖怪の女の子がいたら話しかけちゃいますし」
「そんな奴そうそういねえよ」
妖怪の女が気軽に出没していたら世間は大パニックだ。
三人は車に戻り、トランクに入れていたケースからスーツを三着取り出す。交代で人目に付かないように車の陰で着替えた。
美柑はここでも怒り心頭だったが大人しく裏に回った。翔が光一に「なんで銭湯にもっていかなかったんですか?」と質問。光一は「忘れてた」と回答。翔は思うところがあったがそれ以上何も言わなかった。代わりに「ちょっと覗いてもいいですかね」と言うので光一は「好きにしろ」と回答。
車の裏から「ぶっ殺すぞ」と正解が飛んできた。
そんな感じでインパラにはスーツ姿の三人組。中々いかつい風貌で、すれ違う車に乗っている人々が時々振り返ってしまうほどである。
向かう先は今回の事件の被害者の死体が置いてある死体安置所だ。そこに行けばいよいよ敵の正体が判明する。
光一はアクセルを強く踏み込む。それに愛車は健気に応えた。
◆ ◆ ◆
金田亮はとある居酒屋の扉を開いた。昔ながらの手動ドアは敷居と戸車が擦れる音がどこか懐かしい気持ちにさせる。
時刻は正午。
居酒屋は早くても夕方五時に開くため、当然今は開店前だ。にも拘わらず店内には数十人の人間いや、人間の形をした何かが寄り合っている。その中には田中春斗の姿もあった。
言うまでもないが、彼らは店員ではない。客席が数十席というそれほど大きくもない居酒屋だ。忙しいときでも厨房、ホール合わせても七人いれば十分といった程度だろう。
金田は彼らをかき分けて店の奥に進み、厨房の前で立ち止まる。
彼はそこに立っている逞しい髭を生やした大男に頭を下げる。大男はこの居酒屋の店主であり、彼らの長でもある。彼の隣では娘であり、店の看板娘としても働く女がいた。
「連中の一人にGPSを付けてきました」
金田は連絡先を交換しながら、美柑にGPSの装置を仕込んだのだ。敵の居場所を知る方法を獲得したという功績を上げた金田の声は、心なしか震えている。
大男はゆっくりと口を開く。
「よくやった」
そこで一拍置いて、
「とでも言うと思ったのか」
ズン、と空気が重く変わる。金田はとうとう体まで震わせた。
「そもそもお前が西嶋とかいう男を襲わなければ、奴らはやって来なかった。本来ならすぐにでもお前を消してやりたいが、まずはみんなの安全を確保する方が大事だ。そうだろう?」
「そ、その通りです!」
金田だけでなく、周囲も賛同の声を上げる。
「妖怪狩りを殺して即解決ってわけにもいかねえ。妖怪狩り共はゴキブリだ。一匹殺せば、また一匹、二匹、三匹とどんどん数を増やす。キリがねえ」
「ど、どうしましょう」
「奴らを捕らえろ。それから俺達を攻撃しないように交渉する。お前は覚悟しておけ」
「……はい」
「よく聞け! 俺達はこれより連中を捕縛する。目的は交渉だ! 殺すことは許可しない。できるだけ傷も負わせるな! いいな!」
大男が店中に響き渡る大声を上げる。「うおおおおおお!」と店中の人間らしき生き物が雄たけびを上げる。
ここにいる彼らの正体は人狼。
店の中には少なくとも二十人いるが、数はこれだけではない。地道に数を増やしてきた彼ら人狼は実にこの街の一割を占めている。
この瞬間、光一たちは数千人の人狼から狙われることが決定した。




