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妖怪退治は楽じゃない  作者: 奈宮伊呂波
三章 島根の人狼

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五話 犯人捜しのための情報収集

 死体安置所の職員である真鍋は頭を悩ませていた。

 原因は目の前にいる環境省の人間だと名乗る三人組。

 金髪の男に、茶髪のやたらと可愛い女、どう見ても学生にしか見えない青年。怪しい。何がかは分からないが真鍋の直感がそう告げていた。


「断るって言われましてもね。こちらも仕事なのでそういうわけにはいかないんですよ。ほら許可証だってここにあります」


 金髪の男がスッと紙を一枚渡す。真鍋はその紙を確認する。環境省が自然生物の生態についての指示書だ。一見おかしなところはない。だが怪しいことに変わりはない。まずこのような紙を持ち歩いているのがおかしい。大体環境省だか何だか知らないが、こんな美しい女が国の役員として動いていること自体怪しい。

 そうだ、そうに違いない。


「とりあえず。上の者が来るまで待ってください。今別件で手が離せないようでして」


「そんなこと言わずにさ。ちょっとご遺体を確認させてもらうだけでいいんですよ?」


 美しい、されであどけなさを残した女がするりと金髪の男の前に立つ。


「そう言われましても……」


「何も盗んだり、悪いことはしないよ?」


 渋る真鍋に、女はぐっと顔を近づける。真鍋の目が泳ぐ。女は真鍋の後ろに回り込み、耳元で囁き始めた。真鍋の背中にふわりと柔らかい物体が密着する。


「それどころか、私良いことしちゃうかも。お兄さんに、ね」


「むしろ悪役じゃねえか」


 金髪の男がぼそりと呟いたが真鍋には聞こえていない。


「ちょ、ちょっとだけですよ?」


「よっし! おっけー! 行こう二人とも」


 にへっと真鍋が頬を歪めると女はパッと離れた。

 勇み足で施設の奥へと進んでいった。真鍋は何が起きたのかわからずに「え、え」と女と金髪の男と青年を交互に見比べている。


「ま、そういうことです」


「なんか。申し訳ありませんね」


 金髪の男は真鍋の肩に手を乗せ、青年は軽く頭を下げ美しい女の後に続く。

 真鍋は釈然としない気持ちのまま、一人入り口に取り残されていた。


「良いことってなんだったんだ……」


 真鍋の人生において、彼女ほど美しい女性にあれだけ接近できたことはそれ以来なかったそうだ。

 

 ◆ ◆ ◆


 死体安置所の職員の許可も貰ったことで、光一たち三人は堂々と保管室へと入った。

 中にはステンレスでできた台が平衡に並べられており、壁には銀色の正方形の棚が埋め込まれている。


「どこから開けますか?」


「死体は新しい順に右上から入れられる」


「そうなの?」


「知らん。今考えた」


 探せば書類なども見つかるだろうが、どこにあるか検討もつかないため、とりあえず右上の冷蔵庫を引きずり出した。

 死体には緑色の布がかぶせられていて、光一はそれを丁寧にめくった。

 行方不明者として報じられていた広沢真司と同じ顔だった。


「当たったじゃん。さっすがー」


「後でトウモロコーンあげますね」


「いらねえよ」


 首元を確認すると、鋭い牙で噛まれた後のようなものが二つ。これで人狼に決定だ。


「そういや報道では広沢の同僚の西嶋という男も行方不明らしいですけど、どう思いますか?」


「死んでるだろうな」


「うんうん」


「人狼が人間を噛む意味は二つに分けられる。食事か、繁殖か。繁殖の場合、時間をかけて何度かに分けて噛むらしい。人狼の血に慣れさせるためだな。それでも拒絶反応が出れば死体になってしまうから奴らにとっても賭けなんだよ。だから今の人狼はあまり人間を噛まない」


「食事の場合はどうなんです?」


「一瞬だ。後には骨も残らない」


 人狼が人間を食べるときは好みもあるがまず頭から喰らう者が多いという。鯛焼きを頭から食べる人間と同じだ。食事は人間と同じものでも生きられる人狼がなぜ人間を喰うのか。それはどんな食べ物よりも美味だからだ。本能に訴えかける味。人狼ならば避けることはできないだろう。それでも現代で人狼被害が少ないのは妖怪狩り(ハンター)が抑止力になっているからだ。もし人狼がいるとわかれば妖怪狩りは決して見逃さない。

 おそらく西嶋とかいう男はすでに姿形も残っていないだろう。この広沢は死体が残っているだけ運がいい方だ。


「うわあ怖い。あ、鬼も人間は食べるんですか? 美柑さん」


「ほとんど食べない。人狼と違って味も別に美味しくないらしいし、喰われる瞬間の表情が好きだから食うってやつもいたけど」


「妖怪なんてどのみち碌な連中じゃねえな」


「ちゃんと『だが美柑だけは特別だ。お前は最高の女だからな』って付け加えてもらえる?」


「それ、誰の真似のつもりだよ」


「どう考えても光一さんですね。口調がそっくりです。さすが美柑さんですね!」


「でしょ」


 いえーいと二人はハイタッチ。

 光一は馬鹿馬鹿しくなってきていた。

 検死も終えたので、死体を元の場所に戻し、三人は安置所から出た。真鍋とかいう職員が何やら美柑に話しかけてきたが「シーユー」とサムズアップでご挨拶。アゲインはないらしい。


 光一たちはインパラに乗り込み、安置所を後にした。

 死体検証が終わったら次は地元住民に聞き込みだ。目撃者に話を聞ければいいのだが、今回の目撃者は同窓会に来ていたらしく、彼らの行方は不明である。

 そのため地元住民に尋ねて回るしかないのだ。


「聞き込みはそれぞれで頼む」


 ここは効率重視で行く。三人一緒に行動するよりも別々に動いた方が情報も集まるというものだ。


「え、僕そんなのできませんよ」


「意外だな。翔は誰とでも仲良くべらべら喋ってるイメージなんだが」


「市長さんにも躊躇いなく話してたしね」


「あれは知りませんでしたし。僕ってそんなに社交的じゃないですよ」


「俺らの前じゃあんなに話してたじゃねえか」


「あれは、なんというか僕は興奮すると勝手に口が動いちゃんです」


「学校に友達とかいないのか?」


「いますよ。そんなに多くはないですけど」


「天才変態超人なんて如何にも友達いなさそうだもんね。しゃーない」


「そんなとこです。興奮しちゃうと大抵の人には引かれますし、よく思わない人も多かったですね。なんであんな奴が優秀なんだよってやっかみを―――すみません何でもないです。まあそういうわけで聞き込みは僕一人じゃちょっと……」


 そう言って翔は力なく視線を落とした。バックミラー越しに光一はうなだれた翔を捉えた。聞いてみたいことはあった。翔の様子は明らかにいつもと違う。もしかしたら学校で何かあったのかもしれない。

 光一は一度口を開いたがすぐに閉じた。翔が言いたくなさそうなのは見ればわかる。それならば言いたくなるまで待つべきだ。言いたくないことを無理に聞かれることほどウザいことはないだろう。光一自身がそうなのだから。

 日与美と会った日に気づかされた焦燥感。あれは未だに光一の中でくすぶっているし、それを打ち明けてもいない。自分自身の問題は自分自身で解決すべきだ。


「そういうことなら今日は俺と行こうか。美柑のはどうせ参考にならないだろうし」


「酷いなー、見たことないでしょ私の聞き込み」


「ないよ。ないけど容易に想像できる。色目使ってるとこがな」


「わあ何で知ってるんだろー」


 三人を乗せたインパラは街の商店街のような道路に入った。長い一本道で、昼飯時なためかかなり多くの人達がいる。

 光一は道路を進み、やがて駐車場を見つけた。停めた瞬間から料金が発生するタイプの駐車場だ。そこに車をごく丁寧に停車させる。ギアをニュートラルに変更し、ハンドブレーキをかける。エンジンを停止してキーを抜いた。

 完全に車が動かなくなると、三人は車を降りた。


「俺達はあっち、美柑はそっち」


「はいはーい」


 道路を二方向に別れ、光一は翔を連れる。

 歩きながら光一は自分流の聞き込み方法を翔に伝える。


「俺が聞き込みするときは必ずレストランとか居酒屋、飯を売っている店に入る。なぜなら彼らは日々の大半をそこで過ごしているからだ。同じ場所にいるからそこで起きた事件はまず知っているし、客商売だから地元の人間にも顔が利く」


「なるほど。ではさっそくそこの食堂に入りましょう」


「そうだな」


 若干古ぼけた建物に、汚れがこびりついている看板のいかにも大衆食堂と言った風貌の店構えだった。

 光一はスモークガラスが張られた引き戸をずらし、一歩踏み込む。

 営業中のようで、ちらほら席が埋まっている。この時間に客が少ないのであまり繁盛してなさそうだが、光一にはまったくもって関係がない。客だと勘違いされようがお構いなしだ。


「いらっしゃい。好きなとこ座ってね」


 人の好さそうなおばちゃんが温かい声で光一と翔を迎える。

 おばちゃんはニコニコと笑顔を浮かべ、光一たちが座るのを待ちながらお手拭きやお冷をそろえ始めた。


「悪いが客じゃない。環境省の者だ。聞きたいことがあって入った」


 平淡な口調で光一が言うとおばちゃんは、まず唖然としだんだん言葉の意味を理解していった。

 若干眉を歪めたが、環境省という公的な言葉に思い直したのか元の笑顔とはいかずとも営業スマイルを取り戻した。


「お役人さんが何の用だい」


「先日、動物に襲われた事件について聞きたいんですが。ここらで牙が二本生えた生き物何なんて見たことがありますか? もしくは見たことがあるやつを紹介してほしいんですが」


 おばちゃんはしばし考える。いきなり来て飯も食わずに質問をしようなどという無礼、追い返されても仕方がないが、一応考えてくれている当たりやはり人がいいのだろう。


「……残念だけど私は何も知らないね。そうだね。相談事ならこの店を出て右方向にしばらく行ったらある、そうだね、ちょうど二十軒ほど先にある居酒屋を尋ねな。何か知ってるかもね」


「なんで居酒屋が知ってるかもしれないんですか?」


「あの人たちは三年ほど前からこの街に来てね。街のみんなの相談によく乗ってくれるんだよ。頭がよくて物知りで、経験も豊富なようだからね。あそこの店主さんを知らない若い連中ならはいないよ」


「へえ。随分慕われてるんですね。ありがとう。また今度飯食いに来ます」


 光一はそう言って店を出た。翔も後に続く。

 おばちゃんも他の客も「まじで飯食わずに帰りやがった」と呆れていた。それでも数秒経てば「ま、いいか」と興味を失ってしまった。


「いいんですか。お礼もせずに」


「お礼は言っただろ」


「……いいですけどね。別に」


 言われた通り道路を進むと、光一たちは居酒屋に辿り着いた。他にも居酒屋はあったが、食堂のおばちゃんは二十軒ほど先と言っていた。

 一応数えながら歩いていたのだが、二十軒先にあったのはただの雑貨屋で、その隣に居酒屋があった。ここで間違いないだろう。

 光一はその店の暖簾をくぐり、ドアを叩いた。まもなく返事が返ってきた。


「はいはーい。ちょっと待ってくださいねー」


 若い女の声だった。

 光一は翔と何げなく顔を見合わせ、そして店に視線を移した。

 そういえばここ最近酒なんて飲んでねえな、と光一はアルコールの味を思い出す。店の看板には大きく『酒処鰐瓦』と記されていた。

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