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妖怪退治は楽じゃない  作者: 奈宮伊呂波
三章 島根の人狼

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三話 楽しい食事

 午前十時。

 光一は車のハンドルから手を、アクセルから足を離した。目的地に着いたのだ。

 それと同時に糸が切れたように光一はシートにもたれかかった。一晩中運転していたため疲労が溜まっているのだ。しかしここで眠るわけにはいかない。やるべきことがたっぷりとあるのだ。


「おい。起きろ。着いたぞ」


 運転していた自分がいるにも関わらず爆睡している薄情な男と半妖の女に妬みを込めた声を投げる。

 だが返ってきたのは「おはよう」ではなく「ぐうう」といういびきだった。

 光一は手刀を作った。


「起きろ!」


 隣の席で惰眠を貪る女に向けてチョップ。


「ぐうう!?」


 美柑は飛び上がった。その拍子に頭がルーフに激突した。シートベルトの根元から嫌な音が聞こえて光一は顔をしかめる。


「な、なに? 敵襲? 敵襲か。ちょっと翔君起きてー! 敵襲―!」


 美柑は後部座席に身を乗り出して翔の体を激しく揺さぶった。


「お前は酷い奴だな」


「あれ? 敵襲じゃないの?」


「違うわ」


「なんだー。それなら普通に起こしてよー」


「とりあえず翔を離してやってくれ」


「あ」


 美柑が翔から手を離す。


「まだ寝てるのかい翔君」


 いや、寝ているのではない。それは彼の口から漏れ出ている泡のようなものが示唆している。起床を通り越して気絶してしまったのだ。


「お前は酷い奴だな。後でそのルーフの修理代請求するからな」


「やだなーコウちゃんったら。私が無一文なの知ってるでしょー」


「体で払うんだよ」


「体!? いったいこの美少女に何を!?」


「美少女って年齢じゃないだろ。見た目的に。てかお前って何歳なの?」


 光一は実のところ美柑のことをあまり知らない。どこで生まれたのかとか、今までどうやって生きていたのかとか、交友関係とか、年齢とか。

 さりげなく聞いてみたこともあるが、


「レディに年齢を尋ねるもんじゃないぜコウちゃん。で、何すればいいのエッチなこと?」


 こんな感じではぐらかされる。

 無理に聞こうとは思っていないが、気になってしまうのもまた事実だ。


「働け」


「はーい」


 後部座席の方で翔がゆっくりと起き上がった。


「お、おはようございます。何だか首のあたりが猛烈に痛むんですが原因を知ってますか?」


「さ、さあー」


 美柑の白々しさと言えばこの上ないものだった。


「よし、とりあえず行くぞ」


「どこに?」


「決まってるだろ」


 そう言って光一は目的地を指で示す。

 指の先を辿るとそこは家族の第二の食卓、学生の味方、ファミレスだった。


「ちょ、ちょっと待って」


「どうした?」


「や、このまま行くのかなって。だってほら、私達結構汗臭いかもよ? 一晩中この車の中にいたんだからさ。先にシャワーを浴びたいな、なんて」


「俺はそれより腹が減ったんだが。運転疲れたし」


「そんなこと僕は別に構いませんよ?」


「翔もこう言ってるし先に飯にしようぜ」


「いやいやいやあり得ないから。こんな姿で他人と会うとかありえない!」


「先行ってるぞ」


 光一と翔は美柑の反発を聞き流しインパラの外へ。


「信じらんない。絶対二人とも彼女とかできたことないでしょ」


 わなわなと怒りに震える美柑だったが、仕方なく車から出た。光一は車の鍵を閉め、ファミレスへ向かう。自然に美柑と翔は光一の隣を位置どった。


「ちなみに俺は彼女がいたことがある」


「僕もありますよ」


「うるさい!」


 ◆ ◆ ◆


 ファミレスには光一たちの他に複数の客が席に座っていた。さすがに平日朝のこの時間帯、家族連れはいないようだがサラリーマンや老人夫婦やフリーターらしき男性など多種多少な客が散見できた。

 そんな中に光一たちのような若い三人連れがいるのが珍しいのか、心なしか奇怪な視線を美柑は肌に感じていた。


「いやこれ絶対、気持ち悪がられてるだけだし……」


「んなことねえって」


「そんなことなくは見えないんだけど」


 実際、光一と翔の肌や髪は若干絡まっていてべたついているように見える。光一の金髪には黒っぽい埃が混じっているし、翔の眼鏡のレンズも拭いていないせいで汚れている。はっきり言って汚らしい。

 二人がそうなのだから美柑だってそうに違いないのだ。


「俺はこのハンバーグセットでいいや」


「僕は当然このサンマ定食ですね」


「おいおいここは一応ハンバーグの店なんだぜ? 向こうの老人でさえハンバーグを頼んでる」


「ええ、ですが僕はできるだけ化学薬品の入っていない食物が食べたいんです。この中ならまだサンマ定食ですね。本当は嫌ですけど」


「トウモロコーンはいいのかよ?」


「ええ、あれだけは別です」


 翔はかつてないほどに精悍な顔つきをしていた。よほどあのお菓子が好きなのだろう。


「美柑はどうする?」


「玄米ご飯とかないのかな?」


「あるわけないだろ」


「ええー。じゃあドリアでいいや」


「はいよ」


 光一は机に置かれていたボタンを押した。店の奥の方で軽い音がなり、ややあって男の店員がやってきた。

 光一たちはそれぞれ料理を注文した。店員が聞き終えると料理名を復唱し確認をとる。店員は三人の下を離れ、厨房へ戻っていった。

 しばらく時間を過ごす。


「お待たせしました」


 店員がワゴンに乗せて料理を運んできた。

 さっきとは別の店員が来たが光一たちは気にすることなく、自分の料理を受け取った。


「ごゆっくり」


 店員が去る。

 テーブルには湯気を上げたハンバーグや魚、ドリアが並んだ。手を合わせることを忘れずに、三人は食事を始めた。

 食事中でも喋ることはやめない三人だが、この日は朝ごはんを抜きにしていたので自然と食事に集中していた。

 光一はハンバーグと付け合わせのジャガイモを食べていると、ふと思い出した。


「そういや聞きたかったんだけどさ」


 二人が顔を上げる。


「美柑って人狼の気配とか感じねえの?」


 体の半分に鬼の血が流れているなら、人知を超えた能力を持っているかもしれない。もしも妖怪やその類の気配を感じ取れるのならば、これ以上楽なことはないだろう。


「無理に決まってるじゃん」


 バッサリだった。


「妖怪って言っても、ほとんどが生き物だからね。別に特殊な信号を発しているわけでもないし。鬼だってテレパシーとかは持ってないんだから、それ以外の妖怪ならなおさら無理だね。あ、でも酒呑童子とかはできたかもしれない」


「美柑さん。酒呑童子と知り合いなんですか?」


「まあ、ちょっとね……。とにかく、気配とかは感じられない。無理」


「そうか。ならいい」


「何か手段でもあるんですか?」


「人狼は銀に弱い。まあ邪悪な生き物なら大体そうだんだけどさ」


 人狼や吸血鬼、西洋の妖怪又は怪物にはおおよそ銀が通用する。日本ではそうもいかない妖怪が多いが。鬼などは柊が必要になるし、河童なら皿を割ればいいし、天狗は火に弱い。弱点が分かりやすいものが多いが、それは多岐にわたる。それぞれに適した対応が求められる。


「それならば食器とかかあればわかりやすいですね」


「ああ。殺すときはナイフか、弾丸でだ。後はまあ首を一刀両断でもしてやればとりあえず機能停止にはできるんじゃねえの」


「あ、それなら私もできる」


 美柑が軽く腕を振るう。

 どうやら刃物を使わずに両断するつもりのようだ。やはり鬼は恐ろしいな、と光一は再認識する。

 三人が作戦会議とも談笑ともいえる会話をしていた、その数分前のことだった。

 厨房には光一たちの注文を受けたスタッフと三人の調理担当のスタッフがおり、作業に集中している。いつもなら。

 彼らにとって今は通常通りではない。


「おい。どうするよ」


「一先ず手は出さないほうがいい。奴らは妖怪狩り(ハンター)だ。生半可な戦力で行けば殺される」


「そうだね。とりあえず(おさ)に報告に行こう」


「ならお前が行ってくれ。俺達はここで通常業務に徹する」


「わかりました!」


 注文をとった店員が了承する。彼は服を着替えることもせずそのまま裏口に回った。

 残った三人はそれ以上、外敵に触れることなく単調に料理を始めた。

 まるですでに問題は解決済みであるかのように、いつも通り。

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