本当の理由
「イヴ」
穏やかな声にすぐに従者は反応した。オズの首根っこを引っ掴み、オリバーの前まで連れてくる。
拘束されたオズは苦しそうに暴れたが、元々の力の差なのか、びくともしなかった。
「ジル! オズを離してください」
ドロシーはイヴに縋りつきながらジルを仰ぎ見た。
「オズは魔王の生まれ変わりじゃない」
「全てを黄金に変える術を持つならば、無害とも言えない。本当に、そのような魔術を使えるのか?」
オズは押し黙り、唇を噛んだ。違うと言って欲しいのに、いつまで経っても否定しなかった。
絶望がチラついた。本当にオズは魔王の生まれ変わりなのだろうか。
いずれ、沢山の人を殺すから、殺されるのか?
だったら、ドロシーはどうすればいい。
オズを、救いたい。生きていて欲しい。
それだけでここまできた。聖女にだってなってみせた。
今更、全てを諦められるわけがない。
「そんなこと、できるワケない。オズは錬金術師として優秀ですけど、そこまで人離れしていません。ジル、オズは孤児です。全てを黄金に変えられるのならば、彼の住む私達の家がボロボロな説明がつかないですよね。黄金に変えることができる魔王がボロボロの荒屋で寝起きすると思いますか?」
ドロシーは咳き込みながら早口で捲し立てた。
オズの喉元には剣が突きつけられている。
その状態ならば本当に黄金に全てを変えることが出来ても、出来ますとは首を縦にふらないだろう。
ドロシーはもちろん、信じていなかった。
全てを黄金に変えられるなんて馬鹿げてる。
「隠していただけだ。黄金に変えられるなど、異端審問官達が赦しはしない。私が隠すように助言した。ドロシー、信じられないのも仕方がない。幼馴染が魔王など、到底理解できないことだろう」
よく回る口だ。まるで、吟遊詩人のよう。
夢見る旅芸人だって、こうも饒舌に喋れはしない。
繰り返し練習されたような文言だった。
「私は魔王を許すことができない。かの方は、偉大なお方だ。私の命を救ってくださったこともある。だが世界の敵であり、人を滅ぼそうとしたことに変わりはない。オズが彼のように人を黄金に変えることがないように、私は手をうつ」
「そのために、殺す?」
「オズはこの先、深い絶望を知る。人を恨み、嫉み、やがてオズマのように成り果てる」
「そんなの、分からない!」
そもそも、オズにそんな未来はない。
オリバーがここで殺すから。
ドロシーは嫌になって叫んでいた。オズのことをとらえるイヴのことだって、嫌でたまらない。
「オズマは何万という人を殺し、この王国すら破滅させようとした。オズには彼と同じ力がある。孤児であるゆえ、世への恨みも深いだろう。悪の芽は摘み取らねば」
孤児だから、親なし子だから。
もう聞き飽きた言葉だった。
自分が言われてもそうだ、しかたないと諦められたのに、オズが言われるのは鼻の奥がツンと痛むほど悔しかった。
偏見も差別も慣れっこだと思っていた。
でも、こんなの嫌だ。オズが殺されるのは絶対に嫌だ。
「オリバー様、オズのことを妬んでいらっしゃるんだ」
「は……?」
間抜けな声だった。
じわじわとオリバーの顔が赤くなっていく。
「何を。妬む?」
「オズは先生ができなかった薬の調合ができて、鉄と銅の錬成に成功したのですよね? オズに教えることは何もないと、三日で教育を終わらせたのだと聞きました。自分よりも優秀な教え子が王都で認められるのが恐ろしいのですか」
「――愚かな。オズはどうせ、錬金術師にはなれない! 孤児がなれるわけもない高貴なものだ。どんな親から産まれたかも分からぬものに輝かしい座は用意されぬ」
「でも、自分より優秀なのですよね」
「それは。魔王の生まれ変わりだからだ」
「オズが優秀なのは、オズの努力です」
毎日、本を読んで勤勉に学んでいた。
生まれ変わりだからなんて関係ない。
オズの優秀さは努力で手にしたものだ。
ドロシーは頭が悪いから、オズがどれほど優秀で、オリバーがどれほど有能なのかを知らない。けれど、オリバーが出来なかったことをオズができる。
嫉妬するには最もな理由だ。
すくなくとも、魔王の生まれ変わりだから、みたいな荒唐無稽な話よりは人を殺す理由に思えた。
妬ましいから、オズのことを殺そうとするのだと、ドロシーは本気で思っていた。
妬み、嫉み。そういった分かりやすい感情しか、受け入れられない。
「詭弁だ。――そもそも、オズがなろうとしているものは錬金術師じゃない。医者だ。彼は魔王のオズマのように医者になり、人を治して、そしてやがてうらみ、殺すだろう」
「まだ誰も殺していないのにそういうことをいう。オリバー様の方が詭弁のように聞こえます」
ドロシーはオズしか知らない。魔王オズマなんて会ったこともない。知らない何かに重ねられて、言われもない罪で罰される。
死んでもいいと思われる。
オズは魔王という憎悪の入れ物なのか。
魔王ですら、ないのに?
そもそも、オリバーはオズマに救われたのではないのか。
澱みなく語っていたように、魔王が悪だからオズを殺したいのか。
理もないことなのに、オリバーの感情が優先されるのか。
「人を殺してからでは遅い」
イヴやジルもそう思っているのだろうか。魔王のように人を殺すかもしれないから殺してしまおうと?
「……貴方はオズマが残しただろう何かを探している」
そんなの認められない!
オリバーの演説で真っ赤になった顔から一気に血の気が引いていくのがわかった。
ドロシーはシャイロックの言葉を思い出していた。
「黄金の鞄の中にオリバー様は何を期待していらっしゃったのですか?」
――あの様子ならば。治療薬か何かだろう。ケンタウロスもどきと言ったが、普通ならば、ケンタウロスにもどきは産まれん。ケンタウロスは世界樹からのみ産まれる。もどきは、森の賢者たるケンタウロスは性欲に負け、人を凌辱した証だ。
――セフィロトは価値と生命の神。そのセフィロトの樹たる世界樹から産まれ落ちるものは、セフィロトの眷属だ。生命を司る神が苦痛を上げる女の願いを聞き入れるのはおかしなことではあるまい。半分人間の血が混じっているものは等しく呪われる。異類婚姻譚など、幸せには終わらんものだ。あのもどきも呪われたはず。
――生まれながらにして病を得たはずだ。身が腐ったか、骨が溶けたか、あるいは加速的に老いていったか。それをオズマが治したのだろう。故に、セフィロトの千年樹が枯れた。生命、その神秘を解かれ、力を失ったのだろう。
……老いて再発でもしたのでは。仔細は分からんが、あいつが手紙か何かを探しているようには見えなかった。俺の鞄をひっくり返してあらためそうな顔だっただろう。
「違う。探していたのは治療薬ですよね? でも魔王オズマに治してもらったはず。オリバー様を見ても、病気をしているようには見えないですよね?」
シャイロックの言葉が正しいならばオリバーが探していたのは治療薬だ。業病を、オズマに治してもらった。
けれど、完全には治らなかった。
だから、薬を探している?
「……死期が近いなら、生まれ変わりだと思っているオズが医者になるのは、望ましいことのはずですよね? なのに、オズを殺そうとしている……」
「どうして、薬を探しているなんて知っているのですか」
イヴの質問にはうまく答えられなかった。
前の世界でシャイロックが言っていたからだと言っても誰も信じてはくれないだろう。
うやむやにしたくて、名前を呼んだ。
「イヴ様は自分を救ってくれる人を殺そうとしますか?」
「……質問を質問で返すのは失礼ですよ。……ですがまあ。そんな自殺行為をするものは多くはないでしょうね」
「なら、オリバー様はどうしてオズを殺そうとしている……?」
「そもそも、その前提事態を疑っているわけですが」
「ドロシー。発想を逆転してみては?」
イヴのようにドロシーの言葉を疑っているものだと思っていたジルは、一度、オリバーの顔に一瞥を向けてそう問いかけてきた。
「発想を、逆転」
「救ってくれるのではなく、死ぬ可能性がある。……探しているのは救いの薬ではなく、毒であると」
「毒?」
でも、確かにシャイロックは薬だと言っていた。
シャイロックが違えるなんてあるのだろうか。
ドロシーの推理はすべてシャイロックの言葉を元にしている。
彼の言葉は正しい。
その前提で話が進んでいるのだ。
疑っては、何もかもが崩れてしまう。
頭が痛んできた。
けれど、考えることを辞められなかった。
ジルの助言が喉に突き刺さった小骨のように抜けない。
毒。死んでしまったケンタウロス。たった一人の生き残り。
――生まれながらにして病を得たはずだ。身が腐ったか、骨が溶けたか、あるいは加速的に老いていったか。それをオズマが治したのだろう。
魔王によって業病は完治した。
完治した、はず。
治って、普通のケンタウロスになった。
……普通の、ケンタウロス?
「――ジル。ケンタウロスの寿命はどれくらいですか」
「二百年ほどだったはずだ。人よりも長いが、エルフほどではない。……ああ、質問の意図が分かったよ。オズマが生きていた頃に治してもらったというのならば、そのケンタウロスはもう寿命がきていてもおかしくはないのか」
ジルは艶然とした笑みを浮かべていた。同情するように、瞳は細められる。
「可哀想な、呪われた半獣。お前、死ねなくなってしまったのか」
イヴが首を傾げ、数秒して合点がいったとばかりに声を張り上げる。
「……不老不死だと?」
「オズマはお前の死の運命さえ曲げてしまったのか。死を恐れることがなくなったお前は、しかしオズマの復活でこう思った。――死ぬかもしれない」
答えを示すように、蹄が襲い掛かる。
オリバーがあげる咆哮が不気味に響いた。




