殺し合い
「そこにいるのはドロシーだろうか?」
努めて冷静な声だった。オリバーは殺気を殺してドロシーに微笑みかける。
「どうして君がここにいる? 着いてきてしまったのか。悪い子だ。オズはどこに? ……ああ、それに。どうして私がオズを殺すなどと?」
「貴方は、魔王オズマに業病を治してもらった患者だったのですよね?」
「……なぜ、それを」
「……私は天使ミカエルのお告げを聞いたので。半獣のケンタウロス。森の賢者が女を犯し、産まれた子供だったのですよね」
「あぁ……」
唸るような低い声だった。
腕がひかれた。一瞬、遅れて落雷が落ちたような音が響く。夜が見えた。星が光っている。
よく見ると、馬車は粉々になっていた。
「呪われた半獣か」
ドロシーはジルの腕の中にいた。ジルが向ける眼差しの厳しさにやっと頭が追いついてきた。
オリバーの体は倍以上に膨れ上がっていた。腰から下が馬の脚になっている。ケンタウロスと人のあいのこと呼ばれていたが、ドロシーは一度だって、人と違うとは思ったことがなかった。
ランプの光に照らされた影が異形を形作っている。
オリバーは人と何ら変わらない見た目に見えたし、温厚で優しかった。
だが、今の彼は魔獣と何ら代わりないように見える。
「ジル様!」
「イヴ、お前、ケンタウロスと戦ったことがある?」
「もう滅んだ種とどう戦えと!?」
腰に下げた剣を抜いて、イヴがジルの前に立った。言い合いをしても、イヴにとってジルは主人に違いないらしい。
「滅んではいないだろう。目の前にいる」
「それはそうですけど。はあ……。幼い頃に六英雄のように魔物と戦いたいとは思いましたが」
「叶ったね」
「ここではない!」
誓いをたてるように剣を立てて、イヴが唇を開く。
「慈愛と審判の神たるモナーク神よ、ご覧下さい。あなた様の慈愛よりこぼれた獣をこのイヴが屠って見せます」
「俺はモナークに額付くのはごめんだ。祈るならば、君がいい」
バチリ。火花が散るように瞳が合う。
暗い雲の下、鳥のようにジルは飛び上がった。背を逸らしながらオリバーに飛び乗った。
虫を払うように暴れ回るオリバーの首に手をかけると、そのまま首を折るような仕草をした。
「ところでケンタウロスの首の骨は素手で折れるものなのかな」
「――紛い物どもが!」
強引にジルを振り落とし、オリバーはドロシーを目掛けて突撃してくる。正しくはドロシーの先にいるオズに向かってだ。
イヴが正面に入り込み、剣を振ると、避けるように軌道が曲がった。
「竜の血を飲み、私を殺せると舞い上がっているのか? 烏滸がましい」
「魔獣とは違い、喋れるのですね」
「エルフのようなものだからね。魔獣とは成り立ちから異なる。とはいえ、ケンタウロスはもう皆死んでしまったのに、一人だけ生き残ってしまうだなんて」
可哀想に。言葉とは裏腹に嘲るような嫌悪が含まれていた。
「ケンタウロスはどうして死んだのですか、ジル?」
「魔女どもに殺されたんだよ。残ったのは、魔王に庇護された愚鈍だけ。さあ、悪魔に産み落とされた呪われた半獣。愛する魔王の姿をした青年を何故殺そうとしたのか、教えてくれる?」
「我らがセフィロト様を悪魔とはよく言った! 傲慢な審判の神に目を隠された憐れな道化ども。私の轡で一思いに潰し殺してやろう」
「価値と生命の神、セフィロト」
シャイロックが言っていた神のことを口にしていた。セフィロト様とオリバーが呼ぶのは、十中八九、その神のことなのだろう。
モナーク神とは別に存在する神。エルフやケンタウロスを生み出した、世界を貫く世界樹。
途方もない、ドロシーの知らない世界。理解できない理。
ドロシーがこぼした声に、オリバーはぴたりと動きをとめた。何かを探るように、視線が向けられる。
「ドロシー、なぜ異名を、知っている?」
「知れたこと。彼女が聖女だからに決まっている」
「聖女! 何の力も持たない嫌われ者の孤児をよくもまあそう祭り上げようとするものだ」
「——万死に値する」
孤児。嫌われ者。言われた言葉はすべて真実で、ドロシーは傷つくよりも納得していた。
誰もがドロシーをそう扱う。それでも、ジルは青筋を立てて、イヴから剣を取り上げて突き付けた。
「ジル!」
「呪われたその首を切り落とし、見せしめとする」
「ジル! 貴方は剣を持ってはいけない! 全く、ホラ手を放して」
「ドロシーを軽んじる者、悪意を向けるものは何度殺しても気が収まらない。彼女は嫌われ者の孤児じゃない」
「——オリバー様」
ジルを羽交い絞めにするイヴを横目に、オリバーに近付いた。
ジルには悪いがドロシーは自分のことがよく分かっていた。
嫌われ者の孤児。その通りだ。財布を拾ったら盗人で、たくさん稼いだ金も悪いことをして得たのだろうと難癖をつけられる。
瞳孔が縦に割れた動物の瞳が向けられた。殺意を含んだそれを前にしても、感じるのは疑問だけだった。
どうして、この人は。
「どうして、オズを殺そうとするんですか。オズは貴方が言う通り、私と同じただの孤児で、嫌われ者、ですよね?」
動揺にオリバーの瞳が揺れる。長いまつ毛がぱちりと閉じる。再び開いたときには理知的な人間の感情が覗いていた。
「オズは、モノを黄金に変えることができる。オズマ様の——先生の生まれ変わりであることは間違いない」




