魔王の心境
宵闇に紛れて見るオリバーの表情は不気味の一言に尽きた。
ドロシーは唾を飲み込んだ。
最初からオリバーがオズを殺すと疑ってはいなかった。
そもそも、オズの死をドロシーは王女と聖騎士、彼らのせいだと思っていたのだ。
ジルが違うならば彼らしかいないと思っていた。
実際、ドロシーは彼らに殺されたことがある。
だから、オズが西の街を出た後、ジル達とともに追いかけた。
街道に入り、馬車が停まっても彼らはこなかった。そうするうちに、オリバーだけ外に出て馭者と何やら密談をしていた。
真夜中だというのに、馭者は馬車を置いて離れていく……。
「……この真夜中に、どこに行くんでしょうか」
ドロシーの言葉を半信半疑で受け取ったイヴは怪訝そうな顔をしていた。
イヴはドロシーを信じたわけではない。シャイロックという名前には驚いたようだが、それだけでは天使の声を聞いた証明にはならないと、突っぱねられた。
それでも主人であるジルの顔を立ててイヤイヤついてきたのだ。
「ここで本当に殺人が起こるのですか?」
「ほ、本当です。オズは……死ぬ」
「そのオズという孤児は何者なのですか。本当に魔王と顔が似ている? だから殺されるのだと?」
「ジ、ジルはどう思いますか? オズの……その顔は」
シャイロックは似ていると断言した。
宵闇の中、ジルの言葉を待つ。
オリバーと馭者が馬車を離れたので、ドロシー達は見つからないように離れた場所に置いた馬車を降りて、オズのいる馬車に近づいていた。
ジルは今回、遠目からしかオズを見ていない。それでも、ジルは何か言いたげにオズを見つめていた。
今のジルは黙り込んだまま、ドロシーを見つめている。
「魔王によく似ていますか」
ドロシー。
甘い声で名前を呼ばれる。何かを警告するように。
「どうだろう。一つ、確かなことは魔王は討ち倒されたということだけだ」
「でも、蘇るとされていますよね」
「世界の危機は事実だろうけれど。聖女が魔王を討ち取ったとこに間違いはない」
「魔王は不死身なんでしょうか」
よくよく考えればドロシーは魔王のこともよく分かっていない。蘇ると言われてはいるが、それがどういう意味なのかよく知らないのだ。
一度倒された魔王が再び世界に現れる……そんなことが本当にあるのだろうか。
「不死身ではない。確かに討ち取った。蘇りというのも正しくはない。次代の魔王だ。この時代に産まれる、新たな魔王のことをさす」
「ならば前の魔王と顔が似ているからと迫害されるのはおかしいですよね」
「まあ。……そうかもしれない」
「そうですよね!」
そもそも、ドロシーは魔王とオズの顔が似ていると言われても、魔王の顔を知らない。孤児だから、難癖だとすら思っていた。
五百年は前のことだ。知っている人なんて普通、いない。
「顔が似ているからなんて理由で殺されるなんて、おかしいですよね。オズは人を殺したこともないんです。口は悪くてぶっきらぼうだけど、人を傷付けるような人間じゃない」
「……ドロシーは。そのオズという男が好きなの?」
ざらりとした声に、肩が震えた。ドロシーは苦笑いをして、質問を誤魔化した。
「そもそも。……魔王はなぜ、世界を滅ぼそうとしたのでしょうか」
ジルの思考を外す目的もあったが前からドロシーが気になっていたことでもあった。
オズが魔王に似ていても、魔王のように世界を滅ぼすなんて考えるはずがない。
オズは錬金術師になりたいだけの孤児で、世界をどうにかしてやろうだなんて思っていないのだから。
そもそも前の魔王はなぜ、世界を滅ぼそうだなんて考えたのだろう?
魔物だったからだと人と考えることが違う。そう思っていたが、オズに顔が似ていたというのならば人の姿をしていたのだろう。
人なのに、世界を滅ぼしたかった?
「人を殺したかったから?」
「さあ。それを知ることさえできたら、何か変わっていたかもしれないが」
「この世を呪っていたからだと、教わりましたが。この世を黄金に変えたかったのだと」
イヴは仏頂面でそう言葉を落とした。
でも。
シャイロックが言っていた。オズマは医者だと。
オリバーを業病と言われる病から治したのだと。
この世を呪った魔王が人助けなんてするだろうか?
「……弟が、よく言っているのだけど」
ジルはまるで何か予防線を張るようにそう前置きした。
「弟って……」
イヴを見遣る。そういえば、ジュダがジルには双子の弟がいると言っていなかったか。
グレイス家。頭の中の王様とかなんとか。
「人を殺すのは金か怨恨か、――あるいは愛ゆえなのだと」
「魔王もそうだったと?」
「さあ。本当のところはどうだったのか。竜たるシャイロックは知っているのかもしれないが。魔王の気持ちなんて考えたこともなかった。そもそも人外のことに想い馳せるだけ無駄だと思っていたから。ドロシーは優しい子だね」
機嫌を取るように微笑みかけられて、内心固まった。
敵対する魔王の肩を持っていると思われただろうか。
「魔王のことを人間のように感情があるものだと定義するのも危険な気がしますが」
「ないと定義することも侮りだ。確かにドロシーのいう通りだ。なぜ、世界を滅ぼうとしたのだろう? 人とは見ている視座が違う。そう考えていた。……だが、この思想は魔王への理解を深めようとするものだ。イヴのいう通りあると定義することは確かに危険かもしれないね」
人外ーーたとえば、シャイロックも確かにそのようなところがあった。
人に何と思われようとどうでもいいと。
騎士達を殺し、屋敷を乗っ取った。領主を民衆に殺させ、国を敵に回して、それでもなお平然としていた。
国家転覆だの、世界征服だのと、ふざけたことを言っていた。
おおよそ人の考えることだとは思えない。
魔王もそうだと捉えるべきなのだろうか。
だが、シャイロックが語った言葉が邪魔をする。
医者だった。
ーーあれ?
何かがひっかかり、記憶を思い出すために悩む。
そうだ。シャイロックが言っていた。
「魔王と呼ぶが元々は魔法使いーーいや、錬金術師だ。物を黄金に変える力を持ち、懸命に学ぶ者だったときく。純然たる人だ。人々を生かし、医神とまで讃えられた」
……シャイロックの言葉を真実だとするならば。
オズマは、人だ。
魔物じゃない。純然たる人。
「人が過ちを犯すのが金か怨恨か、――愛なのだというのならば。人ならざるものが過ちを重ねるのはなぜなのだろうね」
一気に記憶の蓋が開く。殺されるばかりの醜い記憶が蘇る。
胸がドクドクと音を立てる。
吐き気、頭痛。オズに拒否されて、死にたくなった熱のあつさ。灰になりかけた体を動かして、しゃがれた声を出した悪夢。
逃げるために馬車に飛び乗って、死んだ。街中の人を跪かせて戦争を起こした。
そしてドロシーは最初の……ドロシーのオズが殺されたときのことを思い出す。
オズはあの日、オリバーとともに街の外に出掛けた。
なのに、あの場所にオズの遺体しかなかった。
二回目の生でオズと共に街に出たとき、オリバーも死んでいたから気がつきもしなかったがよくよく考えればおかしい。
どうして、一緒にいたはずのオリバーは磔刑になっていなかったのか。
オズが死んだとき、彼はどこにいた?
閃いた妄想に背中を押されるように馬車の扉に向かって走り出した。ジルの制止を振り切り、扉を開けてオズを叩き起こす。
「な、ナニ!? ドロシー!? なんで、街にいるはずじゃあ……」
「オズ、聞かせて。まだ、錬金術師になりたい?」
「……ハ?」
まっすぐ見つめると、オズは寝起きの髪を何度も掻いて口を尖らせる。まるで、言葉を探すように視線が彷徨って、ぴったりとドロシーに向けられた。
「なりたい」
「うん。オズ、私もなって欲しい」
「そんなことよりドロシー、どうして、ここにいるんだよ」
「その話はあとで。……ねえ、オズ」
ドロシーに注がれていたあの熱っぽい瞳をオズには感じない。当たり前だ。ドロシーのことが好きなオズはいない。
あのオズはもう死んでしまった。
ドロシーを好きになってくれた優しいオズはもう返ってこない。
わかっていたことなのに、心が苦しい。
それでも笑った。高らかに。
だって、ドロシーのこの感情は偽りじゃない。
本物だからだ。
何度死んでも、最初にもらった幸福が忘れられなかった。
家族になりたかった。帰るべき家が欲しかった。幸せな夢の中で生きたかった。
愛される人間になりたかった。恋してくれる眩いものになりたかった。
捨てられない価値のあるものになりたかった。
誰かに必要とされる女の子になりたかった。
そんなこと、孤児のドロシーが望んじゃいけなかったのにね。
「ーー大好きだよ」
今度こそ助けるんだ。
驚くオズを馬車から降ろして、座席に腰掛けた。
目を閉じる。
オリバーじゃありませんように。
でも、その願いは届かない。
「オリバー様、貴方だったんですね」
名前を呼ぶ。彼の瞳は殺意を帯びていた。
「オズを殺すのは」




