ラブユー
帰り道、手提げ袋の中には三枚のDVDがある。
二枚は俺と琴音がそれぞれ選んだ観たいもの。
もう一枚は静音が観たがっていたとかで琴音が追加で借りたもので、かわいいハムスター達が面白おかしく騒動を巻き起こすアニメ作品だ。
ふむ。
つまりはかつてゴ○ラと同時上映していたくらいなわけで。
俺にあんだけ言っておいて、妹には甘い琴音に文句の一つでも出ようものなのだが。
切れた琴音に再び登場されて罵られるのは御免だったのでやめた。
琴音さんまじ恐い。
「でも静音がハムスター好きってのは初耳ですね」
「そうだっけ?まぁ静音っぽくてかわいいわよね。昨年文化祭で何の劇をやるかって話し合いの時とか、友達が冗談で『ハムスター推してみたら?』って言ったら本当に静音そう意見しちゃって。危うくそれに決まりそうになっていたそうよ」
「それはかわいいっていうか、クラスの皆のノリが危険なだけなんじゃ……」
ところで静音は結構モテるらしい。
本人曰く琴音ほどではないらしい(そしてそれはなんとなくわかる)が、それでも年に何十人と、あるいは十何回と告白してくる男子がいるのだから大したものだ。
それに加えて同性からもよく好かれている。
これまた本人曰く琴音ほどではないらしい(そしてそれはなんとなくわかる)が、バレンタインや誕生日は大変だそうだ。
うーむ、これは俺の嫉妬なのかね。
モテたいってほうじゃなくて、静音のほうね。
かわいいのはわかるからモテるのはわかるんだけど、なんか嫌だなって思っちゃうのは。
やっぱり好きなんだろうか。
謎だ。
「――ねぇ、聞いてる?」
「へ、あ、いや、別の事考えてましたなんですか?」
「別の事考えてましたって……もういいや、でさ、静音と二人でいる時、柴山君私のことなんて呼んでるのかなって」
「え、ええと……たぶん、琴音さん、って呼んでると思うけど」
「琴音さん、かぁ」
「うん?」
「ううん、ただ、わかってはいても、っていうのかな。覚悟はしてても、やっぱり柴山君が静音のこと好きになってくのを見るのはつらいなって」
「――俺、は」
「ううん、いいの。それでいいんだ。それが静音の願いだし、それが私の願いだから。それでも私があきらめ切れないのは、二人が自分の気持ちに嘘をついてるからだよ。二人とも、わかってるのに、わかってるはずなのに、無理に否定するから。だから私は柴山君にとっても、静音にとっても一番でいれたらなって、そしたらどんなに幸せだろうって、やっぱり、思っちゃうな」
「俺、その」
「柴山由紀人、くん」
琴音が、立ち止まって俺のことを見つめる。
俺は、怖くて。
目を合わせることも出来ずに、自分の手を見てしまう。
琴音が、怖い。
人に好かれることのなかった俺を好きだという琴音が怖くて堪らない。
今は。
今の俺には。
何も。
藤崎琴音に対する言葉なんてなにも――。
「私は、あなたのことが好きです。初めて会ったときからずっと。きっと、会う前からずっと。過去も未来も、あなたのいる今の為に変えてやる、って思えるほどに好き。あなたには私がいて静音がいて、13がいた。それでも私を選んでくれるなら、私を一番にしてくれるなら、ずっと一緒にいたい。ううん、だから、私を、選んで、欲しい」
「――っ」
ごめん。
俺、何を、言ったらいいのか、わかんねぇよ。
ごめん。
琴音がいくら本気でも、その想いにこたえられるだけの想いは俺にはない。
なんにもなくて、それが、悔しい。
なんで、こんなに好きになってくれてるのに怖いんだよ。
なんで、俺も好きだって、言ってあげれないんだよ。
人を好きになるってもっと簡単なことじゃなかったのかよ。
ほら、俺の心、選べよ。
柴山由紀人は藤崎琴音を好きだろう?だから早く選べよ。
誓えよ。
目の前の女の子に、ずっと一緒にいようって誓えよ。
何やってんだよ俺は。
未来を取り戻すんだろ。
自分で未来を掴むんだろ。
幸せになってみせるんだろ。
ほら言えばいいだろ。
俺も、俺の好きな人も、って。
俺の、好きな人は。
俺の好きな人は――。
「俺は、さ、藤崎静音のことが好きなんだ。だから、琴音の気持ちには、応えることができない。ごめん……」
「うん、わかってたよ。ごめんね……じゃないか、ありがとう」
「あり、がとう?」
なんで、お礼を言うんだ。
こんな、俺なんかに。
「うん、こんな気持ちにさせてくれて、ありがとう、だよ」
「……こと、ね」
「こらっ、私の事は藤崎さんて呼びなさい。ただ大学おんなじのご近所さんなんだから」
びしっと指を突きつけてくる琴音。
「はぁ、でも柴山君ちょっとひどくない?もう少し考えてくれてもよかったのになぁ。だってライオンのくだりよりも私の告白の方が短いとか」
「そんなこと気にするなって……」
「きっとコメント欄にも『ゆっきー最低』ってたくさん書かれちゃってるんだから」
「どこのコメント欄だよ……」
ようやくいつも通りのやりとりに戻って。
もちろんそれだけでいつも通りの二人に戻れるかといえばそんなことはなくって。
映画の内容なんか、何一つ頭に残らなかった。
おーけい。
認めようじゃないか。
俺は藤崎静音が好きらしい。
だからどうこうってわけでもないが、琴音に対しても静音に対しても、これまでどおりとはいかなくなるだろう。
でも、せっかく得たこの感情、大事にしなければ琴音に失礼だろう。
俺はきっと、ようやく未来への切符を手にすることができたのだ。
そんなある夜。
ピロリロリーンと携帯が小気味よく電子音を奏でた。
……メールだ。誰だろ?
宛先を見ると、送信者は静音だった。
内容は、
『明日、私に一日付き合ってくれる?』
という簡素なもの。
琴音の告白から数日。
予想に反して、俺、琴音、静音に大きな変化はなかった。
琴音が俺に対して簡単に好き好き言わなくなった、くらいのものだ。
「明日って普通に学校だよな?高校生ってそうそう平日に休みとかないし……サボって話したいことがあるってことか……それも琴音に内緒、と」
なんとなく静音の真意を把握したところで、『わかった。近くのコンビニで落ち合うか。』とだけ返信をしておいた。
するとすぐに静音から『おやすむ』と返ってきた。
おやすむて。
どんだけ焦ってるんだ。
まったく。
「ま、今日はもう寝るか……」
俺は床についた。
本当はこの時点で気付くべきだったのかもしれない。
あるいは、俺は気付いていたのに無視しただけかもしれない。
とにかく、この時点で俺は、未来に踊らされていた。
否、この時点でなんて言わずに、もうとっくに俺は未来の思惑通りだった。
否否、俺はとっくに、藤崎琴音の思惑通りに動かされていた。
そしてそれが、終焉を迎えようとしていることにも。
俺は知ってか知らずか、気付こうとはしなかったのだった。




