番外編 祝う街
「なに、これ」
ロイゼは、経験したことないほど動揺していました。普段の声は少し掠れていて、表情はあまり可愛げのないものなのですが(そもそも普段は顔をフードで隠しています)今は素顔を晒し、眼は文字通り丸くなっています。道行く人々が、その可愛らしい容姿に目を向けながら歩き去っています。
道路は石でできています。とてもよく舗装されていて、転びそうなデコボコは見当たりません。真っ暗の空からは綿のような雪がたくさん降ってきていて、道路をほんの少しだけ覆っています。ロイゼが歩くと、踏まれた雪は溶けます。
そして、道の両脇には大きな木が等間隔に植えられていました。それだけならば見る光景です。ですが、ここではその木に光る物体を取り付けて発光させていました。通りゆく顔の赤いおじさんが「ネオンが良いね」と笑いながら言っていました。どこからか音楽も聞こえてきます。大きなビルでは映像が動いていて、プレゼントがどうのこうの言っていました。
普段肩から提げているショルダーバッグは相変わらずパンパンなはずなのに、不思議とまだまだ入りそうな余裕があるように見えます。普段は手に何も持っていないのですが、今日は右手に飲み物の缶を持っています。よくわからないこの街に迷い込んだ時に持っていたお金で買ったものです。円という通貨です。
この街は信じられないほど技術が発展しています。ロイゼが見たことのない技術がそこら中に使われていて、自分が原始人なのではないかと錯覚してしまうほどです。
ロイゼはとりあえず歩いてみることにしました。ここの人はすごく元気があるようなので、そのうち声を掛けられるかもしれません。寒いのでフードを被りたいのですが――敢えて素顔を出しました。
「すごいな……ここは」
また、ぼやきました。道の真ん中、一段低くなっている道では、車がたくさん走っています。どれも見たことのないくらい小さなもので、そして綺麗でした。
そういえば、道行く人は男女のカップルが多いような気がします。このお祝いのような日にはカップルが街を占領しているのでしょうか。あと、お酒を飲み過ぎたと見えるおじさんの集団。
少し歩けば誰かが声をかけてくれると高を括っていましたが、一向に声をかけられません。時々おじさんが絡んできましたが、面倒なので逃げました。面倒ごとは嫌いな性質なのです。
もう少し歩くと、居酒屋がたくさん並ぶ場所に出ました。酔っ払いがたくさんいます。これから飲もうという人、次の店に行こうという人、出来上がってしまって、今にも倒れそうな人、これからそうなりそうな人がいました。客引きもあります。時々しつこいです。
それにしてもなんと明るい夜の街でしょう。普通ならば、夜は静まり返って皆寝ています。しかし、ここでは寝るという文字は初めから存在しないかのように活気づいています。路上でキスをしているカップルから目を背け、一軒の露店に立ち寄りました。
「いらっしゃい!」
店主はおじさんです。暖かそうなセーターを着て、ニット帽を被っています。おじさんは少し寒そうな様子で、「何にするんだい?」と聞いてきました。ロイゼは短く「おすすめ」と返しました。
おじさんは一瞬だけ困ったような表情になりましたが、すぐに唐揚げをいくつか、紙の小さな袋に入れて、最後に爪楊枝を差して手渡してきました。そして、「三百円ね」と言いました。
ロイゼはすぐに財布を開けて、いつの間にか入っていたお金――そのうちの百円玉を三枚取り出して、手渡しました。
「まいどあり!」
おじさんは嬉しそうに言って、ロイゼは店を出ました。すぐに、唐揚げを一つ頬張ります。
「あ……」
ロイゼはため息交じりの声を出しました。
その唐揚げは、今まで食べた唐揚げの中で一番美味しい物でした。今まで唐揚げと言えば、硬いか油が多いかであまり美味しいイメージはなかったのです。
しかし、そんなものどこかへすっ飛んでしまいました。さらに素晴らしいことに、アツアツです。噛むと、熱い肉汁が出てきて味が広がります。ロイゼは思わず笑みを浮かべて一つ目を飲み込みました。ほぼ間髪入れずに、爪楊枝を二つ目のから揚げに刺します。カップルとまたすれ違いました。本当に多いです。
と、いうか、いつまで待てど誰からも声をかけられません。そういう傾向の強い人たちなのでしょうか。仕方なく、ロイゼはベンチで何か四角いものを触っている若い男性に声を掛けました。黒っぽいコートのせいで容姿はよくわかりませんし、顔も下を向いていてよくわかりません。ただカップルに声をかけるのは迷惑な気がしました。
「ねぇ、ちょっといいかな」
ロイゼは普段街の人に声をかけるのと同じようにその男性に声を掛けました。いつもなら、「なんだい」や「旅人さんか、何か用か?」などと返ってきます。
しかし、その若者は違いました。顔を上げてロイゼの顔を見るや否や――。
「うおおおおおおおっ逆ナン!? 逆ナンなんか!?」
大喜びして急に立ち上がりました。周りの人はあまり驚いていないようですが、ロイゼは予想外の反応に次の句が出てきません。
男性は平凡な容姿をしていました。身長はロイゼより十五センチほど高く、優しそうな目をしていました。治安が良い所に住んでいる人特有の、甘い目つきです。
「え、えっと……何のこと。私はただ少し話をしたいだけ……」
ロイゼが慌てて言うも、若者はハイテンションなまままくし立てる。
「俺にも春が来たあ!」
若者のテンションは収まりませんでした。
ある街のことです。
一組の男女が夜中に歩いていました。道路と歩道の境目がはっきりしていて、とても歩きやすい道です。さらに、頭上からは電灯が足元を照らしてくれています。
道の道路に接する方を歩いているのは、背が高くて容姿の整った青年です。彼の名前はガルム。狼のように鋭い目は、今は警戒心を解いているような雰囲気があります。普段腰に差している剣は、今は荷物の中に仕舞っています。一応、常に所持しています。
道路から離れた歩道を歩いているのは、背の低い少女です。彼女の名前はレナ。彼女もまた、非常に容姿の整った美少女です。通りかかった二人の年配の女性が、「美男美女カップルねぇ」と言うのが二人には聞こえました。ガルムは聞き流しましたが、レナは少し下を向いて頬を赤くしています。
また、このふたりは黒髪ばかりのこの集団の中で非常に目立ちます。何しろガルムは赤髪、レナは銀髪です。その上相当な美形ということで、目を止めている人もいました。
「こんな夜中から、かなりの人が出かけているのですね」
レナは、小声でガルムに話しかけました。かなり騒がしいですが、ガルムにだけは聞き取れています。
「初詣、と言う行事らしいです。新年を祝うとか」
「新年祭ですか。こんな夜中からしているものなのですね」
と、そうこうしているうちに大きな柱を潜りました。偶然近くにいた親子連れの父親が子供に、これは鳥居だよ、と指さして教えていました。
その父親はそのあとも子供に、ここで手を合わせるんだよ、などと教えていました。ガルムたちははぐれないように手をつないで、人波に押し流されながら進みます。本当に人が多いです。
そして人波が止まったかと思うと、前の方からコインを落とす音が聞こえてきました。さっきの父親が子供を肩車して、「これはお賽銭を入れているんだよ」と教えていました。その意味はガルムたちにはわかりませんでしたが、神事の一環だと解釈しました。そして、周りの人がするに倣って二人とも手を合わせました。
やがて、人は再び鳥居をくぐって出て行きます。レナはかなり眠そうにしているので、ガルムは早めにホテルに戻ることにした。街の観光は明日でもいいだろう。




