魔術師のいる城の話 前
なんと4年ぶりの投稿です。約4年前の内容をそのままにしています
国境を越えて南にかなり歩いたところにある小さな街で、ガルムとレナは骨を休めていた。
否、正確にはガルムが骨を休めている。現実として、宿場のベッドに寝転がっているのはガルムひとりだった。
ふたりが別行動を取ることは滅多にないのだが、今日のレナにはボディーガードが付いている。
遡ること一時間、街に入って宿場を探していたふたりは、偶然にもロイゼと再会した。いつも通りフードで顔を隠し、素顔を見せない彼女だが、レナと相部屋を取るとフード付きマントを脱いでガルムの部屋に押しかけてきたのだ。
曰く、ふたりで出かけたいとのこと――それを許可したばっかりに、ガルムは手持ち無沙汰になって寝ていたのだ。
「このまま一日終わってくれたらいいんだがな……」
ガルムは希望的観測をもって呟く。そうならないことをわかりきっているからこその、ほとんど愚痴であった。
ガルムの泊まっている宿場の料金は、この街の領主から出ている。おそらくはいつもより豪華な夕食にありつけるだろうし、浮いた金銭で余裕を持つことができる。
もうひと眠りしようかと考えて寝返りを打った瞬間、木製の扉が強くノックされた。
「時間だ」
ノックをした者は、ガルムの返事を待たずに用件だけを伝えて行った。
「ま、いいか……」
ガルムは上体を起こし、枕もとの双剣を手に取る。淀みない手つきでそれを腰に差し、新調したばかりの手袋をはめた。ここまで、一分とかかっていない。
最低限の荷物をもって外に出ると、すでに宿場にいるほとんどの人間が集まっていた。
「いたいた、遅いよ」
「ごめんなさい、ガルム。待たせましたね」
端っこで壁にもたれていると、ロイゼがレナの手を引いて現れる。ロイゼは余裕そうだが、レナはよほど連れまわされたらしく、彼女の表情には疲労が伺えた。
「いえ、今来たところです。お気遣いなく」
「それならよかったです」
それでもレナは笑みを浮かべてガルムの隣を占領し、手で顔に風を送っている。彼女の場所を作るために、ガルムがやや広く場所を確保していたので、すぐ近くに人はいない。
ロイゼはレナの隣、少しだけ間をあけて壁にもたれかかり、ショルダーバッグからフード付きマントを取り出している。あくまで顔を隠したいようだ。
それから数分が経った頃、徐々に周りがざわついてきたと同時に、大柄で禿頭の男が演説台に登った。
禿頭の男は群衆が静まるのを待ってから、だみ声で話し始める。
「諸君! 私は兵団長のオーラーだ! さて、諸君にお集まりいただいたのには、もちろん理由がある。ほとんどの者には説明したはずだが、改めて……この街は盗賊の襲撃を受けている。この街より西方に半日ほどしたところに、突如として謎の城塞が出来上がり、盗賊団が住み着いた。本来ならば領主ゼク・ラング様の手によって打ち滅ぼすところだが、生憎と兵数が不足している」
オーラーはだみ声だったが、自覚があるのかゆっくりと聞き取りやすいように配慮しながら話している。
「ああ、そういう話だったんだ」
「聞いていなかったのか」
ロイゼがうなずいているのを、ガルムは呆れ顔で問い直した。どうやら彼女も傭兵としてきたものの、話をろくに聞かなかったようである。もしかすれば話だけ聞いて立ち去るつもりだったのかもしれない。
「盗賊団が寝入る夜を狙って攻撃を仕掛ける。奴らは必ず昼に攻めてくるので、夜は寝ているはずだ」
「なんて雑な……」
自信満々といった風に拳を作るオーラーだが、ガルムはため息をつきたくなった。ある程度は自らの武勇で何とかするつもりでいたが、これは断ってしまった方がよかったのではとまで考える。
ガルムは話から思考を遠ざけ、ロイゼに耳打ちをした。
「どうなるか予想もできんな。そもそも突如できた城塞って何だろうか」
別段、答えを期待したものではなかったが、ロイゼは「魔法による結界だろうね」と即答する。
「どれくらいの大きさかはわからないけれど、廃墟を屋敷に見せかける結界ぐらいなら私にもできる」
「見せかける?」
レナが問うと、ロイゼは小さく頷き、杖で地面を引っ掻いて円を描いた。
「例えば……あの宿場に結界を張ったとして、外側に『これは城に見える』という魔法を付属させたら、見た目だけは城になるよ。見た目だけだから、中に入ったらただの宿場だし、破られたら見た目から宿場に戻る」
「不思議だな。壊れた瞬間の違和感が凄いんじゃないか」
「うん。何度見ても、見慣れないと思う」
ロイゼは苦笑いを浮かべて肯定した。それと同時に、杖でひっかいた跡を足でかき消す。
「でも、自分で言うのもなんだけど、手間はかかるしただの見掛け倒しだからね」
「使い物にはならんのか」
ガルムの問いに、ロイゼは肯定とも否定とも取れない表情を見せた。
「何とも言えない。威圧目的なら、効果あると思うし。でも盗賊団が本気で城塞って信じ込んでるなら、むしろ隙になっていそう。……説明が難しい。それに、こんなこと議論しても意味ないよ。もし結界だったら、魔法でちょっかいを出してたら壊れると思う」
「自信満々だな、ロイゼ」
「魔法使いだからね、どんな魔法がどんな弱点を持ってるか、くらいは他のひとよりも詳しい自信あるよ」
最後だけ、ほんの少し得意げな表情に見えた。
「では、諸君は各自準備を整えてもらいたい、月が天に昇ってから移動を開始する! では解散!」
オーラーが演説台を降りる。それと共に、他の傭兵たちもその場を離れるが、ガルムたちはその場に留まっていた。特に大きな理由ではなく、人ごみを避けるためである。道が空いてから宿に戻ると、食堂は宿泊客でごった返していた。
「ね、屋台で買って部屋で食べるべきだって」
「本当ですね、さすがです!」
「まさか食堂がこれほど混んでいたとは」
ロイゼが紙袋を床に置いて、明確なドヤ顔を見せる。フードは脱いでいて、素顔が完全に露わになっていた。
ロイゼが袋に右手を突っ込んで、植物の葉でできた包みを取り出す。丁寧に開くと、焼いた肉で白米を包んだ握り飯がふたつと、五センチ程度の見慣れない植物の茎が一本入っている。
「なんなんだ、これは」
ガルムが問うと、ロイゼが茎を摘まみ上げて観察する。その様子を、レナが隣で見ていた。
「植物には詳しくないから、知らない」
「あら、これは獄炎房の茎です。ものすごく辛いのですが、柔らかいので、たぶんこの包みにこすり付ければすりおろせると思いますよ。何しろ辛いので、ちょっとにしてくださいね、燃えますよ」
「ふうん」
ロイゼは興味があるのかないのかわからない返事をして、獄炎房の茎を軽く舐めた。「あっ」とレナの声がして、数秒静止する。
「かっっっっら!! やば!! みず、みず!」
ロイゼは茎を放り出して、慌てて自らのショルダーバッグに飛びつく。中から水筒を取り出し、旅人にあるまじき勢いで飲み下していく。五秒ほどかけて水を飲んで水筒から口を離し、
「ガルムに食べさせたら良かった。なんで自分で試したんだろう」
「殺す気か?」
「そんなに辛いんだ……あの店主さんが、しきりに甘味も勧めてきた理由が分かりました」
レナは袋から同じような包みを取り出し、開く。こちらには餡で包まれた菓子がみっつ入っている。それに続いて包みを二つ取り出し、ひとつをガルムに手渡す。
「ありがとうございます、レナ様」
ガルムは律儀に頭を下げるが、レナは少々不満そうにしている。ロイゼからの視線がわずかに冷たくなり、そして彼女からの視線は外れた。
「まぁ……いいです、いただきます」




