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理不尽な話

 あの後、ロイゼは荷物を取り返して、南の国境にほど近い街で二人と別れた。ロイゼはひとり、ヴァナスから出て知らない国の街道を歩いている。

 カラッと乾いた空気に赤茶けた土の道。草はあまり生えておらず、木々もまばらだ。時々小型動物が走り去る姿が視界の端に映る。風がないせいか、気温は高く感じられる。

 ロイゼは南の街で下着などを新調し、レナとは服を一着交換した。友達と離れ離れになるときに服を交換するという、レナの故郷の風習らしい。今、以前まで彼女が来ていた白を基調に黒の縦ラインの入ったノースリーブのシャツに、レナが選んでくれたホットパンツを穿いている。その上にフード付きのマントを羽織って、全身を隠していた。肩からは大きなショルダーバッグを提げている。バッグのサイズよりも多くの荷物が入り、一定以上に重くならない不思議な物だ。

 ロイゼの視界には、大きな街が広がっている。彼女が見たことのないくらい大きな街で、見えている街角には外を見張る塔のようなものが建っている。そこでは軽装の男性がひとり外を監視していた。

 街に入るにもほかとは違い、審査を受けた。ロイゼは問題なかったようだが、たまに引っかかる人がいるらしい。


「それにしても、悪い時期に来られましたね」


 審査官はそう言って、警察があなたを守れるとは限りませんので、自警にお勤めいただくようにお願いします。と続けた。ここ最近治安が少し悪いらしい。


 入ってみると、街の至る所に張り紙や旗があり、かなりピリピリした空気に包まれていた。張り紙を読んでみると、革命を起こそうとか圧政から脱しようという文言が大きく汚い字で書かれている。いったいどういう理由で革命を起こそうというのかが細かく綴られている張り紙も、大きな張り紙の隣に貼ってあった。


「旅人さん! 革命に興味があるのか?」


 張り紙を読んでいると、三人の若い男女から声をかけられた。あまり着飾った服ではないが、食べるに困るほどの困窮は感じられない。他の街でも見かける「普通の人」だった。


「別に? ただ、こんな張り紙が堂々と貼ってあるのは珍しいと思うけれどね」


 ロイゼは本当に興味なさそうにそっけなく答えた。ただ、最後にわざと含みを持たせることで、三人の若者たちは頼まれてもいないのに話し出した。


「ここの街を支配しているのはとある貴族なんだ。だけど、そいつは戦争をしたいらしくて徴兵とか税金とかが年々厳しくなっているんだ。だから俺たちはみんなで立ち上がって貴族を街から追い出そうとしている! 革命はもうすぐだ、準備はできている!」


 茶髪の若い男性は高らかにそう言って、他の二人は拍手をした。見ると、近くから同意の拍手や視線が送られている。その数は十人を超えていて、民間人ばかりだ。


「ここじゃ政府の役人に気付かれるかもしれない。集会所に来てくれるか?」

「いいよ」


 ロイゼは即答した。すると、七、八人の民間人も一緒に歩いてきた。男性が言うに、彼らも革命のメンバーらしい。ちょっとした大所帯になってしまった。二名だけだが、女性も含まれている。二人とも若い。


「旅人さんに興味を持ってもらえてうれしいわ」

「興味……興味かな。ただ、街単位で革命を起こそうって運動は珍しいからね」


 金髪で背の高い女性は笑顔を浮かべて言った。ロイゼが少し迷いつつ返すと、女性は驚いたように「そうなの?」と聞き返す。


「うん。あまり明確に反抗してどうしよう、という考えはあまり聞いたことがなかった」

「私たちの考えは新しいという事なのね! やっぱり旅人さんはいろんなことを知っているわ」


 そうこうしている間に集会所という場所に着いた。表向きは小さな居酒屋で、店主は中年の男性だ。少年たちが入ると、奥の部屋に通してくれる。ロイゼは顔を隠したまま、店主に小さく頭を下げた。

 奥の部屋は広くない。ロイゼを含めて十二、三人が入るとすぐにいっぱいになった。店主が全員分のお茶を置いてくれる。


「さて……革命の手順を説明しようか」


 そう言って、若い男はいくつかの書類を取り出した。あまり質の良い紙ではない。


「ここを支配している貴族は政治も全部やってるんだが……ここ最近急激に税金を上げたり徴兵が多くなったりしているんだ。俺たちはこれが、戦争が始まるんじゃないかと思っている。理由? 貴族ってのは領土を広げたがるものだ。隣の国に攻め込むのだろうよ」


 若い男は吐き捨てるように言った。その主張に周りの人も頷いている。

 ロイゼは無言で続きを促した。


「そこで、俺たちは行動を起こした。人が死んでから、生活が立ち行かなくなってからでは遅い。俺たちは兵役を拒否した! 国と繋がっている店では買い物をしない! そうして俺たちの発言力を増していくんだ! もう少し……もう少しであいつを追い出せる!」

「そうすれば、私たちで自治をするという目標が叶うのですね!」


 若い女性が、男の声に続けて言った。周りから唐突に拍手が起きる。ロイゼはふと気になったので、男に聞いてみた。


「軍隊が出てきたりはしなかったの? 権力者からすれば、そういうのは潰しておきたいのだと思うけれど」

「何度もあったさ。同胞が何人も逮捕されて、刑務所にいたり安否がわからなかったりする。かくいう俺も、一度刑務所に入ったことがある」

「僕もあるよ」「私も二回……」


 そう、口々に声が聞こえてくる。ロイゼはそれらを聞き流して、若い男に問いかけた。


「追い出した後は……自治でもするの?」

「ああ、そうだ。俺たちは自由派という組織を立ち上げている。張り紙にあっただろう?」


 男は即答した。たしかに、張り紙には自由派という組織名が記入されてあった。組織自体は珍しくなく、ロイゼはそこに興味を持つことはない。革命運動が珍しいだけだった。


「もうすぐ次の行動を起こす。あいつがまた徴兵を発表した……それも普段の倍以上の人数だ。これを断じて許してはいけない!」

「そうだそうだ!」「当たり前だ!」「もう我慢できない!」

「増税、徴兵……間違いなくここを戦場にする気だ! 俺たちが街を作り直すぞ!」


 その声に歓声が上がり、狭い部屋で反響して何重にも聞こえた。ロイゼはフードの下で顔をしかめる。はっきり言ってうるさい。

 若い男は、奥から書類の束を取り出してみんなに配って行った。ロイゼがそれを見せてもらうと、○○の日に一斉に行動を起こす旨が書かれてある。あと、今までの経緯やこれを最後に決めようなどど決起についてのことが長々と書かれてあった。ロイゼはほとんどの文を読み飛ばした。


「そうだ旅人さん、いつまで滞在するんだい? 俺たちの運動に参加してれないか!」

「そうだわ、旅人さんが参加してくれたら街も動くかもしれない!」

「部外者なのに?」


 ロイゼが皮肉ると、若い男は「そんなことはない!」と声を張り上げた。「あいつも旅人さんには強いことを言いづらいかもしれない」と言った。

「そう……。でも私は明日の朝にここを経つつもり。貴方たちの活動に参加できない」


 淡々とした口調でロイゼが言うと、男は落胆した様子を見せたもののすぐに立ち直り、「それなら仕方ない」と諦めたように言った。


 ロイゼは集会所を出て、宿泊場を探した。時はすでに夕刻で、空は薄暗い。

 流石に大きい街だ。人に聞いたら宿場はすぐに何か所も紹介された。そのうちの二番目に安く、部屋に鍵がかかるところを選んだ。赤い屋根の小さな宿だ。一泊で、明日の朝食だけを選ぶ。本当に安かった。

 宿の主人に、明日の朝を早くしてくれないか、と頼んでみると、快く承諾してくれた。主人は、頭が禿げ上がっていて太っているが、柔和な笑みを浮かべる中年だ。


「……ふう」


 部屋に入り、鍵をかけてから一息ついてフード付きマントを脱いだ。レナからもらったり選んでもらったりした服が露わになる。結構涼しい。

 そして、日記を手短に書いてからロイゼは早々に寝た。まだ働いている人たちが帰宅しているころだ。空は真っ暗になっておらず、街の喧騒も夜中のように酒気が入ったものでもない。

 夜は案外寒く、彼女は毛布を肩まで引き上げていた。


 朝、といっては少し語弊があるほど早い時間。早朝、まだ空は暗い。そんな時間にロイゼはベッドから降りた。濡れた布で体を拭いて、荷物を確認した。フード付きマントを羽織り、ショルダーバッグを掴んで部屋から出る。まだほとんど誰も起きていなくて、宿も街も無音に近いほど静かだった。どこかで野良犬が鳴く声が虚しく聞こえてくる。

 食堂に行くと、主人が存外眠くなさそうに「おはよう」とあいさつした。ロイゼはフードを脱いで「おはよう」と返す。テーブルには彼女の朝食と、数人分の食事が並べられていた。ロイゼの朝食の向かい側にはカップが置いてあって、コーヒーが湯気を立てている。


「ほかにも早い人が?」

「ああ、なんでだろうな。今日に限って旅人さんが何人も早く出ると言ってきたんだ。それで、一番若いアンタに聞きたくてな」


 そう言って、主人はカップの前に座った。ロイゼが向かい側に座る。

 朝食は結構な量があった。この付近は米を食べる土地なのか、白米が碗に大盛になっていて、野菜と鶏肉の野菜炒め、卵スープもある。別の浅い皿には果物が乗っている。ご飯と卵スープはお代わり自由らしい。この宿にはコックはいなくて、主人とその奥さんがすべて作っているそうだ。

 ロイゼはまずスープを一口飲んだ。カップを両手で持ち、そっと唇をつける。まだかなり熱くて、薄い味付けがされていた。唇を離して、ほうと一息つく。


「旨いか?」

 主人が聞いてきて、

「ええ、とても」

 ロイゼは正直に答えた。ここを紹介してくれた人はセンスがいい、とついでの評価をする。

 次に、箸をとって野菜炒めを食べた。香辛料がよく効いていて、目の覚める辛みがあった。すぐに全部食べられるわけではないので、箸を白米に移す。

 その間に、他の宿泊客が少しずつ現れた。若い人から年寄りまでまちまちで、旅慣れしていそうな様相が漂っている。たしかに、ロイゼより若そうな人はいなかった。


「……で、なんで早起きしたんだい? いや、旅人さんは早起きな人が多いが、今日は妙に早い時間に起きる人が多いな」


 店主が首をかしげて不思議そうな表情をしながら問うてきた。ロイゼは他人に分からないくらいほんのわずかに表情を暗くして、箸を置いた。


「街の支配者が軍事を強化している」

「ああ、そうだな。税金が高くて困る」

「……どう思う?」


 ロイゼは言いながら、一瞬笑みを浮かべた。


「戦争、だよな……。攻め込むって噂だ」

「逆」


 ロイゼは即答した。そのあと「憶測だけれどね」と付け足す。


「みんな攻め込んでくると思ってる。どこが攻め込んでくるかはわからない……私はエスト帝国が足を延ばすと思ってるけど」

 主人は固まっていた。顔は青ざめ、手が震えている。

「今なら逃げられる。今の住民の状態じゃ……はっきり言って勝ち目はない」

「お嬢さんよ、随分いい目してるじゃないか。俺もそう思ってるぜ」


 ロイゼの言葉を聞いていたのか、近くに座っていた二十代半ばくらいの男性が椅子を傾けて少し楽しそうに言った。ガルムに似た赤髪だが、身長は低い。


「俺たちは旅してる途中でいろんな危険と会ってきたんだけどな、ここは一見危険とは皆無なんだよ」


 旅人は椅子を傾けたまま、右手でイチゴを掴んで食べた。彼の言葉にロイゼが続く。


「そうね。でも、遠くから危険が来ている。そしてそのことに誰も気づいていない。いや……支配者だけが気づいている。貴方も避難した方がいい」


 主人は黙って聞いていた。カップを置いて、下を向く。旅人は「ごちそうさま」と言って食堂を出た。そして、彼に続けて数人の旅人が食堂を後にする。

 気づけば、食堂にはロイゼと主人の二人だけが残っていた。無音の時間が過ぎ、太陽は地面を照らしている。


「いや……残る。この宿を捨てて逃げることはできない。旅人さんのおかげで備えをすることができるよ、ありがとうな」

「死ぬよ」

「覚悟の上だ」


 主人は即答した。ロイゼは小さく「そう」と答えて、宿代をその場で取り出して手渡した。


「武運を祈るよ」


 ロイゼは宿を後にして、そのまま街を出た。もう少し買い物をしてからの方が良いかと考え直すも、次の目的地は国境を越えて別の国。エスト帝国と同じく、ここに攻め込む余地のあるところだ。ただ、エストほど覇権主義ではないと聞いている。

 日が頂点に昇った頃、ロイゼは振り返った。小高い丘の下に広がる大きな街。彼女はほんの僅かに目線を動かして赤い屋根を探し、見つかるとすぐに向き直って踏み固められた道を下り始めた。

読んでいただいた方々に感謝いたします。

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