八時限目『恐怖の身体測定・前日』
~ 八時限目『恐怖の身体測定・前日』 ~
四月十日、日曜日。
獣耳学園の生徒達は始業式を終え、飛び休となるが最後の春休みを満喫していた。
翌日の学園に備える者、自堕落に過ごす者、何時も通りの生活を送る者、各々思い思いに休日を過ごしている。
だが、この休日が明日の明暗を分ける事になる事を……実は結構な人数が気付いていたりするのだった。
昼頃、ハヤト宅。
「ハヤトー、お腹空いたー。ごーはーんー」
猫人ミアは今日も今日とてハヤトの家に訪れていた。
居間のソファーに寝転がりながら昼食を催促している姿は怠惰と言って良いだろう。
「少しは手伝おうと思わないのか、お前は」
そんなミアに家主であるハヤトは手伝えと述べるが
「手伝うのはミユだけで十分でしょ、私達が手伝ったら余計に時間掛かっちゃうかもよ」
ミアと同じ格好でそんな声を上げる兎人キユ。
「……ミユ、あの姉の姿に思う所は無いのか?」
ハヤトは隣で食器を運んでくれている兎人ミユに何らかの言葉を求めるが
「お姉ちゃん、家でもああだから……」
「……はぁ」
つまり今寝転がっている二人は余所様の家を自宅の様に我が物顔で使っていると言う訳だ。
「家の姉も相当だが、姉ってのは弟や妹に家事を頼る生き物なのかね」
自分の姉の姿を思い浮かべながらそんな言葉を述べるハヤトだったが
「兄様、そんな事より早く昼食を持って来て下さい。私はもう我慢出来ませんよ」
「……はぁ」
自称妹である狐人スズカの以下同文な姿を見てハヤトは深く溜め息を付くのだった。
「ハヤトシェフー、今日の昼食の献立は何ですかー?」
「カルボナーラとシーザーサラダだ」
ミアの問いに答えながらハヤトはその品々をテーブルに並べて行く。
「おー、今日はチーズ尽くしだね」
「商店街で乳製品フェアがやっていてな。安かったんで大量に購入したんで余す所なく使ってみた」
そんな事を述べている間に食卓の準備は整う。
「皆、飲み物は何が良い?」
「何があるの?」
「コーラ、烏龍茶、野菜ジュース、今冷蔵庫にあるのはそれだけかな。紅茶も作れなくは無いが今更作るのは手間だ」
紅茶を趣味とするハヤトとしては出来合いの紅茶を買うつもりは無いらしい。
「じゃあ私はコーラー」
「私もコーラで」
「烏龍茶……」
「野菜ジュースで良いですよ」
各々それぞれ飲みたい物を述べて行く。
「全部持って来た方が早そうだな」
結局ハヤトは全ての飲み物をテーブルまで持って来る事になるのだった。
そんなこんなで三十分後
『ご馳走様でしたー』
食卓の飲食物はそれぞれの胃袋の中へと消える。
「ぷはー。いやー、こってりとして大変美味でした」
「本当本当、もうお腹一杯」
食した料理達を賛美するミアとキユ。
「ハヤトとミユちゃんの料理ってそんじょそこらのレストランより美味しいよね」
「褒められるのは素直に嬉しいが、それを当てに来られるのも困る」
最早恒例となったミアの日曜訪問だが、以前ならば朝食を食べて来ていたのに最近では朝食すら抜いて来る始末である。
「あー、そう言われると私達も耳が痛いかな」
ハヤトのその言葉に反応したのはキユだった。
大宴会の一件以降、何があったのかは解からないがキユとミユも日曜日にはミアと同じようにハヤトの家に入り浸るようになった。
その件に関してはミアと言う前例があり、これと言って迷惑でも無いためハヤト自身は何も述べてはいない。
「どうしてこうなったのやら……」
「それは兄様の日頃の行いが悪いと言う事ですよ」
ぼやくハヤトに問答無用の追い討ちを掛けるスズカ。
「そんな事よりハヤト、デザートは無いの?」
「甘い物ならまだ入るよ」
「お前等な……」
そんなミアとキユの声を受け、先程お腹が一杯だと言っていたのは何処の誰だと問い詰めたくなるハヤトだったが
「ミア先輩とキユ先輩は余裕なんですね」
スズカがそんな言葉を述べ状況は変化する。
「何が?」
スズカが何に対して余裕だと言っているのか解からないと言わんばかりに問い返すミア。
「何がって、明日は身体測定ですよ。私などそれが怖くて何時もの半分しか食べられませんでした」
ザワッ!!
笑顔が一転、ミアとキユの瞳から光が消える。
「何が怖いだ。ミアやキユと同じぐらい食べてたじゃないか、それだけ食べれば十分だろ」
そんな二人を他所にハヤトはスズカにツッコミを入れる。
「ノンノン、お兄様は何も解かっておりません。女子生徒にとって身体測定とは一年間の公式記録を取り決める重要な儀式なのです。後で幾ら痩せたとしても学園においてはその公式記録が採用され続け、更には大人になってもあの頃はと持ち出される可能性まである悪魔の記録なのです。乙女であればこれを気にしない訳がないのですよ」
スズカが言葉を述べれば述べる程にそれらは矢となってミアとキユに突き刺さって行くのだった。
「ハ、ハヤト。ハヤトは明日が身体測定だって知ってたの……?」
突き刺さる沢山の言葉の矢を振り払う様にハヤトにその事実を確認するミア。
「ああ、一応学園行事の一つだからな。生徒会も多少は協力する事になっている」
「じゃあハヤト君は全てを知りながら私達にあんなこってりした食べ物を振る舞ったの!?」
「不味かったか?」
「凄く美味しかったよ、いや、不味いよ」
既に何が何やらである。
「まぁ、炭水化物は消化が早い。一晩飯を抜けば何時も通りの体重に戻ってるだろ」
「おお、なるほど」
一瞬光明が見えたような表情を見せるミアとキユだったが
「ただし腹につくものはしっかりつくだろうけどな」
「酷いっ、鬼、悪魔」
一転してハヤトを罵る事になるのだった。
「気付かなかったお前達が悪い、ミユやスズカはちゃんと気付いて自制してただろ。腹一杯喰った上にコーラまでがぶ飲みしてた連中が今更何をって感じだ。普段から心掛けていればこんな事にはならなかった筈だぞ」
「食べる前に言われれば私達だって我慢したよ」
「そうだそうだー」
ハヤトの言葉に異論を唱える二人だったが
「なるほど」
チーンッ
丁度良いタイミングで電子レンジの音が鳴り響く。
「さて、ここにデザート用に用意していた出来立てのケーキがあるんだが……二人はいらないんだな」
電子レンジから取り出したるケーキの何と魅惑的な事か。
その形、その色、その匂い、何れをとっても街のケーキ屋に勝るとも劣らない出来であった。否、作りたてである分こちらに部がある事は明白。今この場で食べなければ後悔すると断言出来る程であった。
『ぐぬぬ……』
悩む二人。
悩んで悩んで悩み抜いて
「ええい、死なば諸共謹んで頂きますっ!!」
「ちくしょー、毒を食らわば皿までだーっ!!」
戻れぬ道を突き進む事を選ぶのだった。
そう言う訳で更に三十分後。
「ふ、ふふふ……」
「終わった。何もかも……」
洗面所より帰還したミアとキユの目は死んでいた。
二人が洗面所に言っていた理由はそこに体重計があるからであり、二人の様子を見ればその結果がどの様な結果であったかは問うまでも無いだろう。だが
「で、どれぐらい増えてたんだ?」
「ふぎゃぁぁっ!!」
ヒュンッ!!
問い掛けるハヤトの目の前をミアの爪が通り過ぎ、ミアは声にならない声を上げている。
「危ないな。ちょっとした冗談じゃないか、そう怒るなよ」
ハヤトとしては軽い冗談だったのかもしれないが
「いいえ、今のは兄様が悪いですよ」
「うん……」
何時もであれば中立である筈のスズカとミユも非難の声を上げる。
「こ、こうなればいっそ吐き出してしまった方が……」
プルプルプル……
思い詰め、自分の口元に指を持って行こうとするキユ。
「わぁぁー、こらこら、俺が悪かったから止めなさい」
それを止めるハヤト。
「食べた物が勿体無いでしょ。それに女の子がそんなはしたない事をするんじゃありません」
流石に洒落にならない状況である事を理解したのか、ハヤトはあの手この手の言葉を並べてキユを止めようとする。
「兄様、それはもうキャラ崩壊ってレベルじゃありませんよ」
そんなキユを止めようとするハヤトの姿を見てスズカは半ば呆れるのだった。
「どうもここ一年で俺のクールなキャラが崩壊してしまったらしくてな。最近ではこんな役回りばかりだ」
ハヤトが獣耳学園に転校してから一年、正確にはまだ一年経っている訳では無いが、とにもかくにもこの一年でハヤトは変わった。
「何はともあれ二人とも落ち着け、暴れたって結果は変わらないだろ」
「私達の気分が晴れるじゃないっ!!」
「かくなる上は私達の怒りをハヤト君にぶつけるしかないっ!!」
「駄目だこいつ等……」
最早理屈ではないのだ。
この状況では何を言っても聞き入れないだろう。
「あー、俺が悪いのは解かった。何時もならそれに付き合う所だが、今日は客人が来るんだ」
「客人?」
珍しいと言わんばかりに声を上げるミア。
「誰が来るの?」
続けて問い掛けるキユ。
真相究明とは言い過ぎだが、疑問解決を優先させる辺りは実に彼女らしい。
ちなみにこの時点で二人の気は完全に横へ逸れており、ハヤトとしてはしてやったりだったりもするのだった。
「今度生徒会に入る一年で名前はシロウ、狼人族だ。校長の推薦で事前に生徒会に入る事が決まっていて、明日の身体測定の手伝いをして貰うために打ち合わせをする予定なんだ」
ハヤトとしてはシロウが来る前に面識の無い面々に説明を済ませてしまおうと言った考えだったが
「へぇ、シロウ君って生徒会にも入るんだ」
キユのその言葉に意表を突かれる事となる。
「あれ? キユちゃん知ってるの?」
「うん、二ヶ月ぐらい前にセンター街のカメラ屋で知り合ったの。凄いカメラを注文してる生徒が居るって店長から聞いて、どうせならそのカメラ新聞部で使ってみないってその場でスカウトしたんだ」
「なるほど、シロウが入るって言ってたのは新聞部だったのか。ミアも顔を見てる筈だ。ほら、新入生歓迎バトルロイヤルの時に最後までケンとやりあってた奴だ」
「ああ、あの元気の良い子か」
互いの情報を交換し合い情報が補完されあって行く。
「で、性格的にはどんな子なの?」
「やや無愛想だが受け答えははっきりする奴で、コミュニケーションが取れない奴じゃない。あれは慣れだな。慣れれば面白い奴って思えてくる、そんな奴だ」
「そうだね、そんな感じだったね」
ハヤトの言葉に相槌を打つキユだったが、ミアは今一つピンと来ていないようだった。
「ちょっと前のハヤト君みたいな感じだよ」
「おー、なるほど」
そこでようやく合点が行ったと手を叩くミア。
「……俺はあそこまで極端じゃなかったと思うが?」
「そうかな? 私はハヤト君とシロウ君って似てると思うけど」
キユのそんな感想にやや面白くないと言った表情を見せるハヤトだったが
「まぁ、とにかくそのシロウがもうすぐ来る筈なんだ。あまりダラダラした姿を新入生に見られるのは面白くないだろ。出て行けとまでは言わないが少しは体裁を取り繕ってくれ」
シロウが来る前にリビングだけでも片付けておきたいから協力してくれ説明する。
「ここまで来たらその新入りの顔を拝むのも悪くないか、オッケー、協力する」
「新聞部としてはネタになりそうなの見過ごせないっしょ」
ミアとキユはそんな感じで了承の意を見せ、ミユとスズカも特に問題ないと述べる。
そんな訳でシロウがハヤトの家を訪れる事となるのだが、この時点でハヤトはある計画を企てていた。
それは現在ハヤト宅を取り巻く戦力バランスの平定化。
今現在、ハヤトの立場は非常に弱い。
単純な戦力差だけを見ても男性一人に対して女性四人だ。
これではハヤトがどんな意見を述べようとも民主主義の名の下に多数決と言う暴力によって揉み消されてしまう。
当初はケンを当てにしたハヤトだったが、彼は彼で最近何かと大変なようで当てには出来ず、ハヤトは別の人物に白羽の矢を立てる事にする。
それがシロウだ。
シロウとはこれから長い付き合いになる。
それが解かっているハヤトは早い段階で彼を現在の勢力図に加え、味方に取り入れようと考えていた。
ハヤト以外の男性の目が入るだけでも現状が打破出来る。
今現在もシロウが現れると知った女性陣は体面を取り繕うべくその怠惰な姿勢を止めた。
計画は功を奏した。
そう思えたハヤトだったが、世の中そう上手く行く様には出来ていない。
まだまだ後日の話になるが、シロウはあの手この手で段々と女性陣に懐柔され、最終的にはハヤトの味方とはならなくなってしまう事になる。
策士策に溺れるとはまさにこの事だろう。
そんな未来を知らないハヤトは現れたシロウを暖かく出迎え家に招きいれるのだった。
無論、これが狼人シロウにとっても苦難の始まりであった事は言うまでも無い。




