七時限目『さぁ、願いを言え』
~ 七時限目『さぁ、願いを言え』 ~
四月八日。
入学式の翌日であり獣耳学園の始業式の日。
入学式は新入生歓迎のための式であり、この始業式を持って獣耳学園は本格的に新年度を迎える事となる。
そんなけじめとなるべき始業式は入学式と異なり実に型通りに行われた。
それが普通ではあるのだが、始業式の日にも何かあるのではと期待していた生徒達は裏切られた形となる。
だがそれも致し方ない。
始業式は入学式と異なり外に向けてもアピールされるべき行事だ。
前年度の一年間が余りに波乱多き一年間であり、その一連の出来事の筆頭となっているのが人族と言う事実は世間を騒がせるのに十分で、私立の他種族複合学園としては始業式ぐらいは真面目に取り行わなくては世間体が悪くなってしまうと言った理由があった。
そんな訳で始業式は恙無く取り行われた。
式の後、始業日のスケジュールは他の教育機関とそう変わりなく、新しいクラスの面々との顔合わせである自己紹介、後はオリエンテーションとディスカッション程度であった。
それらのスケジュールをこなし獣耳学園の生徒一同が帰路に着こうとした時
『一年8クラス、犬人エゼル。一年10クラス、狼人シロウ。まだ校内に居る場合は生徒会室に来て下さい』
そんな校内放送が響き渡る。
この二人が呼び出される用件が一つしかない事を知っている生徒達は彼等がどの様な選択をするかに思いを馳せるのであった。
生徒会室。
エゼルとシロウはそこで生徒会長人族ハヤトと対峙していた。
「始業日だって言うのに呼び出して悪かったな」
ハヤトはまずその非礼を詫びる。
「数日置いてから呼び出しても良かったんだが明日明後日は土日で休みだろ。先に特権に関する色々な条件を伝えて置いた方が良いと思ってな」
特権、それは新入生歓迎バトルロイヤルの勝者に与えられる報酬。
「と言ってもわざわざ口に出して伝える必要の無い常識的なものばかりだ。特権の数を増やして欲しいなどその特権を許した場合に際限が無い願いではない事、そして特権の内容に関しては生徒会ならびに私立獣耳学園の権限で叶えられる範囲の出来事である事、それらの条件を満たして貰えれば今の所は特に制限は無い」
「昔話に出て来るランプの魔人の三つの願いみたいですね」
「はは、確かにそれに近いかもな」
シロウの指摘にハヤトは笑う。
この手の願い事を叶えると言う類の話は基本的に能力以上の願いは却下されるのが常である。
それ以上にハヤトは堅物と思っていたシロウが昔話を持ち出してきた事に笑ったのでもあった。
「あの、ハヤト会長、今の所と言うのは?」
揚げ足を取るつもりはないがエゼルはハヤトのその微妙な言葉の言い回しに疑問を持つ。
「俺は今回行った新入生歓迎バトルロイヤルを恒例化するつもりだ。まぁ、バトルロイヤルの内容に関しては毎回変えるつもりだが、恒例化に当たって一つの制限を設ける事にしている。それは同じ特権は二度選べないと言う制限」
同じ特権を与えられてもつまらないだろうし、特権を考え悩むと言うプロセスをハヤトは大事にしたいと思っていた。
「初回である今回に限り君達二人はこの制限を受けない。まぁ、君達二人が同じ特権を望むと言うのであれば話は別だが、君達二人が同じ特権を望むとも思えない。今の所と述べたのはそう言った理由からだ」
エゼルとシロウ。
この二人に共通点は少なく、二人が望む特権が同じになるとは到底思えないと言うのがハヤトの考えだった。
「最後にこの特権の有効期間は一年、次の年度までの間とする」
一年の有効期間があるため今すぐ特権を述べて貰っても構わないとハヤトは付け加える。
「今述べた条件で君達が望む特権を申し出てくれ。可能な限りはそれを受理しよう」
ハヤトのその言葉を受けエゼルとシロウは少し考え込む。
この場で早々に結論は出せないだろうとハヤトは週明けにまた聞くと述べるが
「……ハヤト会長、一つ質問があります。よろしいですか?」
シロウはハヤトに問い掛ける。
「構わない、何だ?」
「有効期間は来年度までの一年間と言う話でしたが、来年度に影響を与える特権、いえ、権限を頂く事は可能ですか?」
「ほぅ、特権ではなく権限が欲しいのか」
権限、即ち決定権。
シロウが何を望んでいるのかはまだ解からないが、彼には何かしらの思惑がある様だった。
「……良いだろう。来年度までの間に決定出来る事なら特権を権限として行使出来る事も可能としよう」
「恐縮ですが、もう一点質問をしてもよろしいですか?」
「一々質問の許可を求めなくても良い。何だ?」
「特権の有効期間は一年、来年度までの間との事ですが、特権を述べる期限はありますでしょうか?」
「特権を述べる期限か、いや、何時までに特権を述べなくてはならないと言う制限は無い。だが有効期間が来年度までであるのだから必然的に特権を述べる期限は来年度までとなる」
「了解しました。回答、ありがとうございます」
満足の行く回答が得られたのか、シロウは感謝の言葉を口にする。
「シロウ、一体何を企んでいるんだ?」
「それを今申し上げる事は出来ません。ですが自分はこの特権、いえ、権限を年度末まで使用する事は無いでしょう」
シロウにどう言う思惑があるのかは解らないが、新入生歓迎バトルロイヤルの勝利者の片方が年度末までその特権を封印すると公言した事はすぐに生徒達の間に噂となって広り、皆はその事に対して驚きを隠せなかったと言う。
「さて、シロウはこう言っているがエゼルはどうする?」
「そうですね……」
エゼルはシロウが何を考えているのかに然程興味を抱いていなかった。
と言うより自分の特権を考えるだけで精一杯であった。
「さっきも言ったが今すぐ特権の内容を決定する必要はない。とりあえずこの土日でゆっくり考えてみたらどうだ」
「……いえ、俺も決めました」
意を決し、エゼルは自分の特権を述べる。
「ハヤト会長、俺は自分の特権をある人物に譲ります」
「ほぅ……」
エゼルのその言葉にハヤトは興味を抱く。
「俺が今回バトルロイヤルで生き残れたのはその人のお陰で、俺の特権は本来その人の物だった筈です。ですから俺は自分の特権をその人に譲りたいと思います」
「その人物とは?」
「虎人エリザベート」
その名前に真っ先に反応したのはシロウだった。
「エゼル、エリザが最後に君を庇ったのは事実だが、君がそこまでする必要はない。君が得た特権は君の物だ」
「シロウ、俺はほんの少し運が良かっただけだ。実力で勝ち得た物でない以上、この特権は俺の物じゃない」
「運も実力の内だ。生き残った者が権利を得る事は間違っていない。エゼルには特権を使用出来るだけの正当な権利がある」
シロウはそう語るが
「俺は人の犠牲の上に得た権利を黙って受け入れる事は出来ない」
エゼルは首を振るのだった。
「ハヤト会長、まだ確認していませんでしたが、特権を誰かに譲る事は可能ですか?」
改めて、エゼルはそう言った行為が可能かどうかを問う。
「可能だ」
「では、俺の特権はエリザに譲ります」
「解かった、受理しよう」
ハヤトの答えを聞き、エゼルとシロウは生徒会室を後にするのだった。
三十分後。
「と、言う訳だ」
ハヤトは生徒会室で一人の女生徒、虎人エリザベートに事の成り行きを説明していた。
「エゼルの奴め、余計な事を……」
説明を全て聞き終えた後でエリザはそんな悪態をつくのだった。
「そう言う訳でエゼルの特権は君の物だ。さっき言った条件を満たす好きな特権を述べてくれ」
「拒否します」
「何をかな?」
「私はエゼルの特権など要りません。私は彼の特権を拒否します」
「それは出来ない」
エリザはエゼルの特権を受け取る事を拒否するが、ハヤトはそれを許可しなかった。
「エゼルの特権は生徒会が与えたものであり、特権の移譲は生徒会が定めた条件を満たしている。そのため彼が望むならば生徒会には彼の特権を君に与える義務と責任がある。これらの事柄を全て生徒会が取り仕切っている以上、形式上で君はこの特権の移譲を拒否する事は出来ない」
「本人の意思を無視したものであったとしても、ですか?」
「君の意思は無視しているかもしれないが、君の権利を侵害はしていない筈だ。だからこそ生徒会はエゼルの申し出を受理した。まぁ、気に入らなければ特権を使用しなければ良い」
ハヤトのその言葉を聞きエリザは露骨に不愉快そうな表情を見せる。
「ならば、私は私の特権をエゼルに譲ります」
意趣返しとは言わないが、エリザは突き付けられた物を突き返す事にした。
「ふむ、一応同じ特権は二度選べないと言う条件があるんだが」
「エゼルから私に、私からエゼルに、この二つは別々の特権だと思いますが?」
そうでなければ今後特権を移譲すると言う権利そのものがなくなる事になるとエリザは主張する。
「兎に角、私はエゼルから特権を譲られる事を了承しません。私からは以上です。失礼します」
エリザは自分の意思をはっきり述べて生徒会室を後にする。
再び三十分後。
「と、言う訳だ」
ハヤトは再び生徒会室に呼び出したエゼルに事の成り行きを説明していた。
「まぁ、エリザらしいと言うか何と言うか」
ある程度その反応が予想出来ていたのか、エゼルはそんな感想を述べるのだった。
「同じ特権は二度選べないと言う条件で言えば、君が特権を移譲した時点で他の者は誰に対しても特権を移譲する事が出来ないとし、エリザベートから君への特権の移譲を認めないと言うのも可能だ。と言うより元々俺はそのつもりだった」
誰かと言う不特定の人物に関わらず、 特権を移譲すると言う行為そのものを制限するための条件だとハヤトは述べる。
「だが、そうした場合でも彼女何とかして君に特権を返そうとするだろう」
「でしょうね」
エリザの性格を考えれば間違いなくそうなるだろうとエゼルも考える。
「生徒会としては折角用意した特権をキャッチボールのようにホイホイ渡されても困る。そこで君には一つ目の移譲の願いをキャンセルしてもらい他の特権を考えて欲しいんだ」
「そう、ですね……」
ハヤトの提案にエゼルは暫し考え込む。
「すみません。すぐには結論が出そうに無いので保留にして貰っても構いませんか?」
「ああ、ゆっくり考えてくれて構わない」
答えを急く理由は無いとハヤトは述べ、その答えを聞いたエゼルは生徒会室を後にする。
男子学生寮。
「と、言う話になった」
生徒達の憩いの場として設けられている広間の一角でエゼルはシロウやエオルに事の経緯を説明する。
「どっちもどっちだな」
真っ先にそんな感想を述べたのはエオルだった。
「エゼルは変に義理堅く、エリザちゃんは変にプライド高い。だからこう言う面倒な話になる。ってか本来ならお互いそこまで意固地になるタイプじゃないのに何でそこまで主張を譲らないかね」
「俺自身そう思わんでもないが、譲れない部分ってのもあるんだよ。エオルにだって一つや二つはあるだろ?」
「……まぁ、無くは無い」
それ以上突っ込まれるのも嫌なのか、エオルは話題を変えようとする。
「それで、エゼルは結局どうしたいんだ?」
譲ろうとした特権はエリザに拒否されてしまった。
ならば他の使い方を考えなければならないだろう。
「俺は今得ている特権を俺のために使う気にはなれない。俺が特権を得れたのはエリザや皆のお陰だ。出来ればエリザに譲りたいが、それが受け入れられない時は一年生全体に有益な何かを求める事になるかな」
「お人好しめ」
そう悪態を付くエオルだったが、それが自分にとっても有益な事ならば異論はなさそうだった。
「……エゼル、一つ問いたい」
エゼルの言葉を聞き、それまで黙っていたシロウが問い掛ける。
「仮にエリザが君の特権を受け入れたとして、エリザはその特権を何のために使うと思う?」
「え、あー、いやー、特権はエリザが使いたいように使ってもらえれば良いと思ってるだけなんだけど」
「エゼルは嘘が下手だな。言い方を変えよう、俺にはエゼルがエリザに特定の特権を使わせたいがために特権を譲ろうとしているように思えるんだ」
ずばり、シロウはエゼルの考えの核心を突いた。
「……体験入学の二日目、エリザは俺が無償で寝る事に付き合うと言ったら拒否した。まだエリザの事を良く知っている訳じゃないけど、多分彼女は一方的な取り引きが出来る様な性格じゃないんじゃないかな。だからあの日エリザは他の条件、他の方法を考えると言って無理に自分の要求を通そうとはしなかった」
「そうだな。彼女はそう言う性格だ」
シロウ自身それ程までにエリザの内面を知っている訳ではないが、長い付き合いの経験上エゼルの考えは当たっていると判断する。
「ここで問題だったのは俺がエリザの要求に対して等価値の対価を提示出来なかった事にあると思うんだ。実際彼女は最初にはっきりと要求を述べてそれに対する対価も提示してきた。まぁ、その対価が不釣り合いだと思ったから俺はそれを断ったんだが、要は彼女が納得出来る答えを俺が用意出来なかった事に問題があると思うんだよ」
「エゼル、それは余りにも自分を卑下し過ぎではないか」
エゼルの言い分を聞くとまるで彼の方が悪いように聞こえてしまう。
「え、いや、別にそんなつもりはないんだけど、兎に角だ。エリザは自分の要求に対して何かしらの対価を求めて欲しかった。だが俺はそれを拒否した。その拒否を取り除く手段を彼女は考えた」
「なるほど、そこで生徒会の特権が出て来る訳だな」
「エリザは新入生歓迎バトルロイヤルに積極的だった。彼女がどんな特権を望むかは実際には解からないけど、それに関連した特権を望むんじゃないかな。例えば『全校生徒は自分の要求に対して正当な対価を提示するようにしろ』とか。まぁ、そう言う訳で俺はエリザに特権を譲ろうとしたんだが」
エリザはそれを拒否した。
「そう言う経緯で言うならエリザちゃんがエゼルから特権を受け取る筈がないな」
「だよなぁ」
そう思ってはいてももしかしたらと言う気持ちがありエゼルはハヤトに特権移譲の話を提案したのだった。
「……エゼル、一つ提案があるんだが」
「ん、何だ?」
「ここまで話が拗れているのはエリザがエゼルに要求を突き付けているからであって、それを逆転させれば案外簡単に事が進むんじゃないか? エリザは一方的な関係を好まない。少なくとも彼女から誰かに対してこの一点は曲げる事は無いだろう。だがそれが逆転して自分の利害と一致した場合なら話は異なって来るかもしれない」
「俺からエリザに何か要求しろって事か? エリザが相手じゃ一筋縄じゃいかなそうだけど……」
シロウの提案はこれまでエゼルが考えて来たパターンの中に無い案だった。
その案に関してエゼルは再びあれやこれやと思考を巡らせるが
「引いて駄目なら押してみろ、男女の駆け引きにはそう言う方法もあるとこの前とある本で読んだ」
シロウのその言葉にその思考は停止せざるを得なかった。
「ん、どうかしたか?」
シロウは自分を見るエゼルやエオルを不思議そうに見返す。
「いや、シロウの口から男女の駆け引きとかそう言う言葉を聞くとは思ってなかったから」
まだ半月程度の仲ではあるが、狼人シロウと言う人物からは想像できない言葉だった。
「それ程までに意外だったか? ふむ、まだ学習中だが驚かれると言う事はまだまだ勉強不足と言う事か」
何かずれている。
少なくとも今のエゼルの言葉に対するシロウの反応はそれを感じさせるに十分だった。
「何だよシロウ、学習中とか勉強不足とかそう言う話にちゃんと興味あったんだな」
だがそんなずれを気にせず話を進める者が居た、エオルである。
「何々、そう言う事調べるって事は気になる女の子でも居るのか?」
「なっ!?」
単に驚いたのかそれとも反論しようとしたのか、シロウは思わずそんな大きなリアクションを取ってしまう。
それがまずかった。
「お、図星? 何だよ水臭いな。恋バナの一つや二つ健全な男子なら恥ずかしがる事じゃないって。で、誰なんだその気になる子って。俺達が知ってる子か? あ、そう言えば前にエリザちゃんが女に誘われて入る部活を決めたとか言ってたけど、もしかしてこれから入ろうとしている部活の子? オッケーこれは要チェックだね。いやー、シロウも隅に置けないなぁ……」
これはうざい。
水を得た魚の様に良く喋り続けるエオルだったが、これをうざがらない者はいないだろう。
無論、シロウとてその例外ではない。
「……エゼル」
「何だ?」
「少し目を閉じててくれないか」
「解かった、好きにしろ」
そう述べ静かに目を閉じるエゼル。
その直後に聞えてくる激しい悲鳴。
エゼルが再び目を開けた時にはシロウとエオルの姿は無かったと言う。




