二十六時限目『その痛みの意味を知れ』
~ 二十六時限目『その痛みの意味を知れ』 ~
三月中旬、日曜日。
私立獣耳学園の校庭に未だ着なれぬ獣耳学園の学生服を身に纏う若者達が集まっていた。
来年度、獣耳学園の生徒となる新入生達である。
その半数以上はすでに寮で暮らしていると言う話だが、こうやって一堂に集まるのはおそらく今回が初めてなのだろう。
皆、まだまだ周りは知らぬ顔ばかりと言った感じで、どう振る舞って良いのかが解らないと言った感じが伺える。
そんな新入生達の前に
「あー、テステス……」
スピーカーを手に持つ一人の男子学生が現れる。
「みんな、今日は体験入学に良く来てくれた。すでに見知った者も居るかと思うが一応自己紹介しておく、俺は私立獣耳学園生徒会長の人族ハヤト」
人族ハヤト。
その名を聞き、一瞬新入生達の中でざわめきが起こる。
ここに集まっている者達の中でその名を知らぬ者は居ない。
あの絶滅危惧の希少種族である人族であり、獣耳学園の数々の事件の中心人物である彼の情報は今や様々な方面で広がっていた。
「生徒会が正式に発足されるのは来年度からなんだが、今日と明日はとりあえず俺が司会進行をやらせてもらう事になる。解らない事や聞きたい事があったら遠慮なく聞いてくれ」
まるでこちらに敵意が無い事をアピールするように、フレンドリーにそう話しかけるハヤト。
人と人とのコミュニケーションで一番大切なのは第一印象である。
第一印象で「好感が持てる人物だ」と印象付けておけば、後のコンタクトもお互い取りやすくなると言うものだ。
「とりあえず今日はみんながこれから学園生活をする上で必要な情報を提供したいと考えている。世間様じゃ色々言われているみたいだが、イベントが無い限りは基本的に普通の学園だ」
そう言って、ハヤトはパンフレットの束を持つ新聞部と写真部の部員にパンフレットを配るよう指示する。
「まずはこの学園の施設を好きに見学してもらおうと思う。今日は試験直後で学園内に生徒は居ないし先生方も試験の採点で大忙しだ。見たい所や行きたい所があるなら気兼ねなしに行けるぞ」
その一言に新入生の間で笑いがこぼれる。
学園の学生とは言え、自分の関係のない場所へは足を運びづらいものがある。
特に上級生や先生が居るとなおさらだ。
皆をひきつれて一つ一つ見て回ると言う方法もあったが、それでは時間がかかるし興味がない施設を見るのは新入生にとっても苦痛であろう。
そう言った面を考慮し、ハヤトは自由行動で好きな場所を見学しても良いと形を取ったのである。
「昼食の時間に一度点呼を取るのでそれまでに校庭に戻ってくるのが最低限のスケジュールだ。今日一日学園がどんな場所かを楽しんでくれ、ではこれにて一先ず解散とする」
誰だって解りづらく長い説明を聞くのは嫌なはずだ。
スピーチは解り易く、短く、印象深くするのも好感度を上げる上で欠かせない要素の一つである。
そんな感じで、新入生体験入学の一日目がスタートするのであった。
新入生とは言え、すでに気が合う者達などによって幾つかのグループが出来つつある。
人は一人では生きられない。
余程捻くれた状況でない限りは群れを作ると言う事は外にも内にも有効に働く。
新しい環境に馴染むためには、まずそう言った輪の中に加わる事が一番重要となってくるのだ。
「……ふむ。第一フェイズ完了と言ったところかな」
思い思いの場所に向かう新入生達を見て、ハヤトはそう呟く。
「計画通り……と言ったところかしら?」
その呟きを聞いていたのか、コゥがそう問いかけてくる。
「概ねはね」
とりあえずはハヤトの思い描いていた筋書き通り事は進んでいた。
「今日の目的は新入生達に学園の場を覚えて貰う事にある」
人は場を知る事によってそこに渦巻く出来事を考えるように出来ている。
すなわちその場で何が起こるかを想像するのだ。
ある程度予測できていれば、それらに対応しやすくなるのは当然の成り行き。
「どんな些細な想像でもいい。自分の中で一定の水準を設けておけば人間関係も受け入れやすくなる」
期待が大きければ裏切られたときのショックも大きくなる。
だから、場を知ることによってその場に渦巻く出来事を想像し、期待を具体的な水準とさせる事がハヤトの真の目的なのだ。
「効果はあるかしら?」
「人によって効果はまちまちだろうけど、何もしないよりはマシになるはずだ」
と、ハヤトは考えていた。
「それにしても、やはり人手が足りないな」
新入生達の後姿を見送りながら、そう述べるハヤト。
「行事に関しては新聞部や写真部の協力を得られるが、いざ通常授業が始まった時には生徒会の都合につき合わせる訳にはいかない」
今回に関しても、新聞部や写真部の協力は取材や記録を取る上での協力にしか過ぎず、生徒会員として動いている訳ではない。
実際問題、今回の自由行動においてもトラブルが多発した場合、対処しきれるかと言った不安要素が残っている。
「もう少し自由に動かせる駒が欲しいな」
確率は低くとも、そう言う事が起こりうる可能性がある以上、それに対応できる手札は持っておきたい。
「例の校長ご推薦の子は?」
「……流石と言うか、耳が早いね」
「いえいえ」
その話をコゥにした覚えはないし、校長がするとも思えない。
彼女自身がどこかから得た情報なのであろう。
「昨日会ったよ」
「どうだった?」
「やや頑固そうな面もあったが、俺の印象は悪くなかった。向こうはどう思っているか解らないけどね」
ハヤトは端的にそう感想を述べる。
困った様子がない所を見る限り、ハヤトの評価は高いように思われた。
「だが、あいつ一人に全てを任せる訳にはいかない。もう何人かスカウトしないとな」
「生徒会長様は気苦労が絶えませんね」
「はは、全くだ」
そう苦笑するハヤトの元に
「ハヤト君」
キユが駆け寄ってくる。
「とりあえず全員にパンフ配り終えたよ」
人数分きっちりだったと報告してくるキユ。
「ああ、サンキュー」
「お疲れ様」
生徒会行事に付き合ってくれた新聞部員に対して、生徒会長と副会長が揃って生徒会として礼を言う。
「さっき言った通り昼までは自由行動だ。キユも好きに部活動に回ってくれていいぞ」
まだ発足されていないが、キユには生徒会記録係の肩書きがつく予定であるため、生徒会員として生徒会が行動する場合には出来るだけ同行して貰わなくてはならない。
だが、それは生徒会として行動する時だけの話。
自由行動の時まで拘束するつもりはないとの思いの言葉だった。
「うん。じゃあそうさせて貰う」
キユはそう言ってカメラを取り出し
パシャ……
ハヤトとコゥを一枚撮る。
そして
「では生徒会長さんに副会長さん、今回の体験入学の意気込みなどをどうぞ」
メモ帳を手にそう質問を投げかけてくる。
「そう来たか」
新聞部としては新入生達の取材はもちろん、その主催者である生徒会の取材も行うのが道理なのであろう。
新聞部員でありながら生徒会員であるキユにその任が託されるのは自然の成り行きだ。
「なかなかどうして、公式の場で知り合いに取材されると言うのは恥ずかしいものがあるな」
「今後こういう事増えると思うから慣れといた方が良いと思うよ」
「今後……ね」
その言葉に苦笑するハヤト。
思わず少し想像してしまったからだ。
今後、自分が行う事を考えれば、学園を卒業した後もこうやってキユに取材される日があるのだろうか……と。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
今はそんな事を考える時と場所ではないと我に返るハヤト。
「そうだな。意気込みか……」
目的はあれどそれはハヤトの中で考えている事であって、改めて考えると文章にしていなかったため少しの間どう答えるべきかの間が空く。
キユもそれが解ったのか、ハヤトの返事を待つ。
そんな時
「ハーヤトー!!」
遠くから、ハヤトの名を呼ぶ軽快な声が聞こえた。
ビクッ!!
一瞬、キユの体が震え、固まる。
「(ん?)」
その硬直をハヤトは見逃さなかった。
「あ、ごめん、ちょっと用思い出しちゃった。後でまた来るね」
「ん、ああ?」
キユはそう言い残し、あっという間にハヤトの前から姿を消す。
入れ替わるように
「やっほー、遊びに来たよー」
ハヤトの前に現れたのはミアだった。
「遊びに来たなら帰ってもらうぞ」
「うわ、何ともツレナイお言葉」
だがハヤトの言い分は正しい。
この体験入学は私立獣耳学園の正式行事であり、本来であれば教師陣が運営すべきイベントだ。
その運営を生徒会長とは言え学園の生徒であるハヤトが行っているのだ。
その責任は重く、失敗は許されない。
「暇なら手伝ってくれると嬉しいんだけど?」
「おおぅ、コゥちゃんまでシリアスだね」
コゥもハヤトと同じ立場であるため、今回ばかりはミアの味方とはならなかった。
「まぁ、別にいいよ。どうせ暇だったから来た訳だし」
コゥの申し出を快く了承するミア。
「じゃあ現状を説明しておこう」
元々ハヤトとコゥ、新聞部と写真部、後一部の生徒のボランティアで行われるはずだった行事であるため、ミアには詳細を伝えていなかった。
そんな訳でざっと概要を説明するハヤト。
「なるほど、今日は通常の新入生に学園に慣れてもらって、明日はみんなでお花見をすると」
「まぁ、そんな所だ」
今回の体験入学を要約すればたったそれだけの事である。
そこに様々な目的はあれど、今回に限っては新入生が学園に早く馴染めるためのイベントに相違ない。
「んー、ちょっと遠まわし過ぎない?」
ミアにしてみれば、それをもっと大々的に宣伝してしまった方が効率が良いのではとの意見だった。
「人によってはそうお膳立てされると気が引ける場合もある。あくまで自然に事を進めるためだ」
ハヤトとて、その案を考えはした。
だが、少しでもトラブルを回避するためには多少遠回りでも慎重に事を進める必要があるのだと説明する。
「まぁ、余計な気遣いかもしれないがな」
「ふーん、まぁ、私は別にどっちでもいいんだけど」
ハヤトのプランに異論を唱えるつもりはないとミアは賛同の意を見せ
「んじゃ、今日のところは先輩として新入生達にこの学園がどんな場所かを説明すればいいって事だね」
自分の役目を再確認する。
「ああ、俺と委員長は本部であるここを動けない。新入生達には困ったときにはこの腕章をつけている者に聞くようにと説明してあるから、これをつけて適当に学園内を歩き回ってくれ」
「うん、了解」
そう答え、腕章を受け取るミア。
「昼に一度戻ってきてくれ、昼食は料理部が作ってくれているから」
「おー、ミユちゃん達が作ってくれるなら期待大だね」
料理部の作る品々は今や学園内で高い評価を得ていた。
「オッケー、じゃあちょっくら行ってきます」
そう言ってミアはハヤト達の前を立ち去ろうとするが
「あ、ミア……」
「ん、何?」
ミアを呼び止めるハヤト。
「えーっと……」
呼び止めたものの、一瞬迷うハヤト。
だが、意を決し
「……お前、キユと何かあったのか?」
そう尋ねる。
「……何で?」
ミアの表情から笑みが消え、無表情となる。
別段、それがおかしいと言う訳ではなかったが、ただ、普段の彼女から考えると少しおかしな感じがした。
ハヤトもそれを察し
「いや、さっきまでキユが居たんだが……ミアの声を聞いて居なくなったような気がしてな」
咄嗟に出来るだけオブラートに包んで説明しようとするが、そう表現するのが精一杯だった。
「……ふーん」
そう相槌を打つミアの態度に変わった所は見当たらなかった。
何時もの彼女だ。
ただ、何かを知っている。
そう思わせる反応だった。
「……お前、何かやったのか?」
少し考えた後、ハヤトがそう問うと
ペチッ……
ミアの平手がハヤトの頬に触れた。
「ミア?」
強くではない。
軽く触れ、音が鳴る程度だ。
だが
ギュゥゥゥゥ!!
そのままハヤトの頬を掴み思いっきり抓るミア。
「……痛いんだが?」
微動だにせず抓られながらそう述べるハヤト。
「いやぁ、原因を作った人があまりにも無神経この上ない事を言うもんだからちょっとお仕置きをしてみました」
パッ……
そう述べると、ミアは掴んでいた頬から手を離す。
ヒリヒリヒリ……
掴まれた頬は余程強く捻られたのか真っ赤に染まっていた。
「つまり、俺が悪いのか?」
ヒリヒリする頬を擦りながらそう述べるハヤト。
「んー、別にハヤトが全面的に悪い訳じゃないって私は思ってる。……でもまぁ、結果的には悪いんだろうね」
「事情を聞いていいか?」
「ダメ。まぁ、その痛みはキユちゃんの心の痛みだと思ってよ」
「……解った」
未だに状況は飲み込めていないが、自分が原因でキユが苦しんでいると言うのであれば、この痛みは甘んじて受けようとハヤトは答える。
「んー、でも。……そっか、キユちゃん……私を避けてるのか」
そう唸り、考え込むミア。
何時に無く、真剣な表情である。
「何か、出来る事はあるか?」
真摯にそう思い、支援を申し出るハヤトであったが
「無いよ」
一言で断られてしまう。
「手出し無用で口出し無用。ってかややっこしくなるからすっこんでろって感じ?」
「……解った」
どうやら地雷とまでは行かないものの、逆鱗に触れかけているようなのでハヤトはこれ以上の追及や関与を止める事にした。
だが
「最後に一つだけ、いいか?」
「どうぞ」
「……大丈夫か?」
「……さぁ、ハヤト次第かな? とりあえず、その痛みの意味ぐらいは知ってよね」
そう言い残し、ミアはハヤトの前を去って行った。
「……」
先にも述べたとおり、今だに状況は飲み込めていないが、ミアのその言葉である程度の事は解ったような気がした。
頬を擦るハヤト。
触れるたびに走る痛みが現実を思い知らせてくれているようだった。
「……ツケが回ってきたってところかしら?」
横で、その一部始終を聞いていたコゥがそう述べる。
「どうにも、胃が痛くなってきた」
そう言って胃の辺りを押さえて見せるハヤト。
「自業自得よ」
「厳しいお言葉で」
そう言ってハヤトは苦笑する。
一見して、平然として見せてはいるものの、今の彼の心中は穏やかではなかった。




