二十三時限目『千客万来?』
~ 二十三時限目『千客万来?』 ~
二月下旬、日曜日の朝、午前十時。
ピンポーン。
ハヤト宅のチャイムを鳴らすキユ。
すると僅かな間ののち
「はい?」
インターホンから声が聞こえてきた。
聞き覚えのある少女の声だ。
「あ、スズカちゃん? キユだけど」
「ああ、キユ先輩ですか」
ガチャ……
玄関の扉を開け、スズカが顔を見せる。
「おはようございます」
キユの存在を確認し、そう朝の挨拶をするスズカ。
ご近所さんと言う事もあってか、顔を合わせる回数も意外と多く、スズカはキユとミユに対してすでに他人以上ご近所以上の認識を持っているようだ。
「おはよう。ハヤト君居るかな? ちょっと聞きたい事があるんだけど」
キユの方も挨拶を返しがてらこちらの目的を伝える。
「兄様なら先程センター街に買い物に出掛けましたよ」
「あ、そうなんだ」
どうやら一足違いであったらしい。
「んー、どうしよっかな」
ハヤトは携帯電話を持っていないので一度出かけると帰ってくるまで連絡は取り辛い。
かと言って自分にも写真を現像しなくてはいけない用時があるので、帰ってくるまで待っている訳にもいかない。
「じゃあ、また夕方ぐらいに来るよ。もしかしたらセンター街で会えるかもしれないし」
こうなったら偶然の遭遇に賭けるかアポイントメントを入れておくのが妥当な選択肢である。
そう言ってハヤト宅を去ろうとするキユだったが
「ああ、キユ先輩」
「ん? 何?」
キユを呼びとめるスズカ。
「そのご様子だとまだ連絡がいっていないようですので伝えておきます。今晩我が家で姉様の送別会を開きます」
「送別会?」
今月一杯で姉が居なくなるとハヤトから聞いていたので、その話だと理解するのに時間はかからなかった。
「はい、その送別会に姉様の要望でキユ先輩とミユ先輩、後ミア先輩もご招待したいのですが、お時間はありますか?」
「うん、私もミユも全然OKだよ」
特に予定は無いし、別段断る理由も無い。
ミユに関しても予定は無いはずだ。
「ではお二人は参加でよろしいですね」
「ミアちゃんには連絡した?」
「いえ、おそらく後一時間もすれば多分来ると思いますので、その時にでも伝えようと思ってます」
例によって例の如く、ミアは毎週土日のどちらかに必ずと言って良いほどハヤト宅に姿を現す。
そして昨日は姿を現わさなかったため、今日は姿を現すだろうと読んでの事だった。
「そっか、それじゃそっちの連絡もお願いするね。ミユには後で伝えとくから」
「はい」
ミアの携帯番号は解っているので連絡を取ろうと思ったら何時でも取れる。
だが、先に述べたとおりミアがここに来ると言うのであればわざわざ電話をするまでもないだろう、と言うのがキユの考えだった。
そんな訳で今度こそキユはハヤト宅を後にし、センター街へと向かうのであった。
午前十一時。
ピンポーン。
ハヤト宅のチャイムを鳴らすミア。
しばしの間ののち
「……はい?」
インターホンから声が聞こえてきた。
スズカの声である。
「やっほー、遊びに来たよー」
「鍵は開いてますので勝手に入ってきてください」
「うん、解ったー」
返事を聞くや否や
ガチャ
勝手知ったる何とやらとばかりにミアは玄関の扉を開けて中へ入っていく。
「おっはよー」
高いテンションで玄関先に立っているスズカにそう挨拶するミア。
「……おはようございます」
インターホンの受話器を置きながら低いテンションでそう答えるスズカ。
「あれ? もしかして寝てた?」
「はい……」
「あー、それはごめん」
睡眠を妨害されたとあってはテンションが低いのも頷ける。
ここは素直に謝罪するミア。
「ってかハヤトは?」
こうなったもハヤトのせいだとばかりにミアは声を上げる。
確かにハヤトが在宅であれば彼がインターホンに出ていただろうが
「兄様は出かけてますよ」
「ありゃ、どこ行ったの?」
「センター街です」
「んー、帰りは何時ぐらいになるって?」
「さぁ、聞いてませんがあちこち回ると思うので昼過ぎまでは確実に帰ってこないと思います」
「そっかぁ……」
それは困ったと唸るミア。
普段であればスズカと雑談したり適当に遊んだりして時間を潰す所だが、見ての通りスズカは睡眠を欲しているようなのでそれは忍びない。
「じゃー私も適当にセンター街で時間潰して来るよ。もしかしたら会えるかも、だし」
「解りました」
眠たそうに眼をこすりながらそう返事をするスズカ。
「んじゃ、おっやすみー」
バタン……
呼びとめる間も無く、玄関から姿を消すミア。
「……」
今晩の件を言うのを忘れていたと思うスズカだったが、今は脳が睡眠を求める時間であるらしく、加えてミアの事であるからまた家に戻ってくるだろうと思い。
「まぁ、本来兄様が連絡すべき事ですよ」
そう結論付け再び夢の世界へと旅立つのであった。
午後一時。
ピンポーン。
ハヤト宅のチャイムを鳴らすミユ。
やや間を空けたのち
「はい?」
インターホンからスズカの少々不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「あ……、ミユですけど…」
スズカの声の不機嫌さに気を使いながらそう述べるミユ。
すると
ガチャ!!
玄関の扉が素早く開かれ、スズカが姿を現し
「ミユ先輩!!」
縋りつくようにミユに抱きつく。
「は、はい!?」
突然の展開に驚くミユ。
「酷いんですよ兄様ったら、酷いんですよ」
泣きじゃくるようによよよと叫ぶスズカ。
何が酷いのかは解らないが、どうやら酷い事をされたようである。
「ど、どうしたの?」
とりあえず何が何やら事情が解らないミユにはそう尋ねるしか出来なかった。
「お、お昼が……」
「お昼?」
「お昼ご飯が用意されてないんですよ!!」
「……」
一瞬、思考が停止するミユ。
「酷いですよ。兄様は私を飢え死にさせるつもりなんですよ」
もうどう答えてよいやら解らないミユだったが
「ハヤト君、出かけてるの……?」
とりあえず今の会話でハヤトが不在である事は確かなようだ。
「はい、今朝方買い物に出かけたきり帰ってきてないんです」
ようやく落ち着いてきたのか、ぐずりながらもそう答えるスズカ。
「……あの、スズカちゃん」
「はい……?」
「これ、食べる?」
そう言ってミユは手に提げていたバスケットの中身を見せる。
するとそこにはおそらく牛乳をベースとした白いスープのようなものが入った鍋があった。
それだけでは何なのかはスズカには解らなかったが、その隣にパン等の食べ物が置いてある事からそれが何かしらの料理である事はすぐに解った。
とりあえず渡りに船、地獄に仏とはこの事だろう。
「……ミユ先輩!! 私先輩の事大好きですよ!!」
そう言って、目を輝かせながら再び力強くミユに抱きつくスズカであった。
同刻、センター街。
「……」
一人、街頭の片隅にてファーストフードを黙々と食べる少年がいた。
ハヤトである。
モグモグモグ……
程無くして、手に持っていたハンバーガーは彼の胃袋へと消える。
「ふむ……」
クシャ……
ハンバーガーの包み紙を手で雑に丸め、ごみ箱に捨てながら何かを考え込む。
何を考えているかと言うと
「(早い安いは良いが、やはり好みの味ではないな。まずいとまでは言わないが量産品にしては味にムラがあるし、何より健康に悪い。もう一手間かければもう少し客が増えそうなものだが、やはりコストの問題だろうか)」
とても十六歳の男子学生が真剣に考える事ではなかった。
「(さて、今晩の献立はどうしたものか……)」
ハヤトがセンター街に来た目的はただ一つ。
夕食の食材の購入である。
当然、夕食のメニューが決まらなければ材料を買う訳にはいかない。
「(店を見て回れば何か案が出るかと思ったが……)」
市場の物価変動は激しい。
一度見て回らなければ解らない事も多く、午前中はメニューを考えながら各食材売り場を見回っていた。
だが、夕食のアイデアは一向に浮かばず、昼を迎えた所でファーストフードのチェーン店が身に飛び込んでき、そのまま軽い昼食と言う流れになったと言うのが現状だ。
「……あ」
ふと、何かを思い出したかのように声を上げるハヤト。
「(そう言えばスズカの昼食用意してきて無かったな)」
家を出る際、姉もどこかへ外出する予定があったらしく、加えて夕方まで帰ってこないと言っていたので、今家にいるのはスズカのみのはずだ。
「(……ま、いいか)」
今朝は一緒に食事を取り、その後寝ると言っていたから昼過ぎまでは起きはしないだろう。
一度昼食を抜いた程度で人は死なない。
こちらとしても夕食の準備があるためセンター街に長いするつもりはない。
おやつがてら何か買って帰れば、夕食まで胃袋は持つだろう。
そんな訳で
「(さて、今晩の献立はどうしたものか……)」
ハヤトの思考はふりだしへと戻るのであった。
さらに同刻、ハヤト宅リビング。
「おいしい。おいしいですよ!!」
そこでミユの料理を幸せそうに食べるスズカ。
ミユが持ってきた料理はチーズフォンデュ。
チーズフォンデュとは、簡単に言えば細かく卸したチーズを白ワイン等で煮溶かし、少し固めのパンにからめて食べる料理の事である
パンの他に野菜等をからめて食べる場合があるが、今回ミユが持ってきたのはパンのみであった。
だが、パンは一種類だけでなく複数種類を用意してあり、その辺りでバリエーションを出しているようである。
「本当はチーズをお酒で溶かすんだけど、ハヤト君がお酒駄目だって言うから牛乳とかで代用してみたんだけど……どうかな?」
「全然問題ないですよ。お店とかに出せそうなぐらいおいしいです!!」
どうやらスズカは至極ご満悦なご様子である。
その証拠に先程からパンを食べる口と手が止まっていなかった。
「そう、良かった……」
その答えを聞き、笑顔を見せるミユ。
「……」
その笑顔を見て、食事の手をピタリと止めるスズカ。
「……ミユ先輩、もしかしてこれは兄様のために作ったものなのですか?」
そうであるならば、これは本来自分が食べてよい物ではない。
それぐらいの分別はスズカにだってある。
「ううん、まだ練習中なの……」
そう述べ、スズカに食べるよう促しながら事情を説明するミユ。
何でも今朝目が覚め朝食を食べている途中、テレビを見ているとチーズフォンデュの特集がやっていたらしく、おいしそうだと思ったミユは早速アレンジを加えながら料理の作成を開始したと言う。
その料理が昼になってようやく完成し、まずはキユに試食してもらおうと父親の部屋でまだ寝ているはずの姉を起こしに行ったのだが姿が見当たらず、一人で食べるには多いこの料理をどうしようと考えていたらしい。
そこで、試作品ではあったが納得が出来る品であったため、直接ハヤトに試食して貰おうと思いここを尋ねた……と言うのが事の顛末だそうだ。
「だから、スズカちゃんに食べて貰って良かったかも」
どうせなら完成品をハヤトに食べさせたいとミユは言う。
「……」
そんなミユをじっと見つめるスズカ。
「え、どうかした?」
見つめられる事に慣れてないのか、何故スズカが自分を見ているのかを問うミユ。
「……ミユ先輩、もしかして兄様の事好きなんですか?」
「ふぇっ!?」
思わず、ミユは妙な声を上げてしまう。
「え、えええ、ええっと……」
目に見えて、動揺するミユ。
以前にも同じような問いをキユにされた事があったが、あの時と今とでは状況が違うし、問われている人物も異なる。
「なるほど、言われてみればミユ先輩は実に兄様のタイプですよ」
まじまじとミユを見るスズカ。
「うん、ミユ先輩なら納得です」
そして一人で何やら納得する。
これがミアかキユならばツッコミの一つも入れるところなのだろうが、ミユにはその手のスキルを持ち合わせてはいなかった。
「はて、しかしそれではミア先輩とは三角関係と言う事なのでしょうか?」
毎週毎週土日に現れるミアは疑いようなくハヤトに好意を抱いている。
あの性格からして、ハヤトが他の女性と親しくしているところを黙って見ていられる訳が無いとスズカは推理する。
「と言う事は、ミユ先輩はまだ兄様に何も言ってないと言う事ですね」
「あ、ううん……」
スズカの言葉を小さく否定するミユ。
「……?」
その否定がどういう意味なのかはスズカには解らなかったが
「……どうにも、複雑な事情がおありのようですね。私の介入して良い話ではなかったようです。すみませんでした」
とりあえずそれぐらいの空気は読めた。
「でも、あの通りの兄ですからミユ先輩はもう少し積極的になった方が良いと思いますよ」
だが、助言するぐらいは良いだろうと思い。
「私個人の意見としては、ミユ先輩のような人が兄様の恋人であって欲しいです」
そう述べる。
そんなスズカを見て
「スズカちゃんは……」
「はい?」
「ハヤト君の事が好きなの?」
そう問うキユ。
「好きですよ」
その問いにスズカは穏やかに答える。
「
優しくて家事も出来、血の繋がっていない妹の世話を文句を言いながらもしてくれる。自慢の兄です」
初めから答えが決まっていたかのように。
だが、ミユはその答えを聞いて
「……本当に?」
再びそう尋ねる。
その問いにスズカは同じ答えを返そうとしたが
「……」
目と目が合う。
先程とは打って変わってミユは視線を逸らそうとしなかった。
寧ろ、ミユの視線にスズカは圧倒され
「……はぁ」
そう溜息をつきながら折れる。
「ミユ先輩は不思議な人ですね」
こういう時のミユは言葉では表せない独特の雰囲気を出している。
「好きですよ。まぁ、好きと言う期間が長かったせいか恋愛感情とはまた違った感覚になってますが、好きでも無い男性と同じ屋根の下で暮らせるほど無神経ではありません。これでも兄様を好きでいる期間は誰にも負けないと思ってます」
まるで何もかも見透かされたような感じ、だが、不快感はなく思わず答えてしまうそんな雰囲気だ。
「でも、兄様は兄様で……兄様にとって私は妹なんですよ」
私はそれで良いと思っているとスズカは言う。
その言葉の裏には何か秘められた物が感じられたが、そう喋るスズカに負の念は無い。
「どんな形であれ、兄様は好きでも無い人と長く付き合えるほど器用な人じゃないですから、そう言う意味では割と満足してます。まぁ、ほんの少し私を妹としてでなく女として見て欲しい気もしますが……」
そこまで喋り、つい余計な事まで口走ってしまったと少し自嘲するスズカ。
「まぁ、以前申し上げたとおり今では恋愛対象外となってますのでご安心ください」
先にも述べたとおり、そこに負の要素が見当たらなかったため、スズカの言っている事は嘘ではないとミユは思う。
そして同時に
「ハヤト君って……結構女たらしなんだね」
そう率直な感想を述べるミユ。
彼女にしては珍しく直球な言葉だった。
「ふ、ふふふ……」
その感想を聞きスズカはさもおかしそうに笑い出す。
「それ、ミユ先輩の口から本人に言ってあげてください。おそらく近年稀に見る事もできない兄様の表情が見れますよ」
「……かもね」
そう言って笑い合う二人。
その後も二人してハヤトの事をあーだこーだと話し合う。
予期せぬ昼食会となってしまったが、これはこれで悪くない。
そう思えた午後の一時であった。




