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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第04話「華咲け、獣耳学園」
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二十二時限目『疑惑』

 ~ 二十二時限目『疑惑』 ~


 二月下旬、とある日曜日の早朝。

「いたた……」

 体中の筋肉痛をこらえながらキユは父親の部屋に居た。

「(しまったなぁ。こりゃ今日一日どこにも行けそうにないや……)」

 昨夜、突如整頓意欲に襲われたキユは父親の部屋を片付け始める事にした。

 父の部屋は兎に角片付いていなかった。

 いや、それは父に失礼であろう。

 父は滅多に家に帰ってくる事も無く、この部屋を使う事も無いのだから。

 キユとミユの双子にとって、父の部屋は俗に言う倉庫部屋な扱いなのだ。

 だから、この部屋が散らかっている原因の大半はキユが撮った写真にある。

「(……我ながら、良くこれだけ撮ったもんだ)」

 割と撮る事の方が専門なためか、それとも片づけが基本的に二の次なためか、キユは現像した写真を封筒にまとめて入れ父親の部屋に積み重ねていく癖のようなものがあるのだ。

 一度、それが行き過ぎまとめてミユに片付けられた事があったぐらいである。

 この場合、片付けられるとは破棄されるのと同意義であるため、キユにとっては死活問題だった。

 よって、そうなる前に片付けを開始した訳なのだが

「(器具を片付けた辺りまでは覚えてるんだけどなぁ……)」

 どうやら途中で力尽きそのまま父親の部屋で眠り込んでしまったようだ。

「我ながら体力の無さに悲しくなるね」

 ボサボサの髪を鬱陶しそうに掻き揚げながらぼやくキユ。

 片付けの途中で眠ってしまったからか、とても人様の前に立てる状態ではない。

 だからと言って別に人前に立つ予定も無いので、キユは寝起きのまま昨夜の片付けの続きを開始する事にした。

 前述したとおり、器具の片付けは終わっており後は写真をまとめるだけである。

「(……えーっと、確か体育祭辺りまでは文化祭の時に片付けてたはずだから)」

 無秩序に置かれている写真入の封筒を順に手に取り中身を確認していく。

 封筒には一応日付が記入されているが、自身が撮ったものを再確認したいと思うのは仕方が無いことだ。

「(……文化祭かぁ、思い出すだけで何だかなぁって気分になるけど)」

 自分にとって、色々と取り返しの付かない事の始まりであったがため、思い出すだけで色々と複雑な心境になる。

「まぁ、この際それは置いといて……」

 今更何を言っても始まらないし変わらない。

 文化祭の写真の束を他所に置き、今は写真を片付ける事に専念しようと続けて十二月分の封筒に手を伸ばす。

「(ここからは冬休みに入ってるから皆のバイト写真ばっかりか……)」

 封筒の中にはどれもこれもバイトの制服を着込んでいる獣耳学園の生徒しか写ってなかった。

「(……軽いコスプレカタログみたい)」

 道路工事、宅急便、スーパーのレジ打ちに喫茶店の店員。

 そのどれもが一応『制服』と呼んでよい外見であるため、否応無しにそういう写真集に見えてしまう。

「(ま、色んな意味で楽しめたからいいけどね……)」

 十二月分の最後の封筒に収められている一枚の写真を見るキユ。

「……」

 ハヤトの写真だった。

 神主姿のバイト写真。

 こうやって客観的な視点で見ると実に良く似合っている。

「(レアだよねぇ……)」

 普段写真に写ろうとしない彼の性格を考えるならば貴重な写真だ。

 何より、彼のカメラ目線の写真は自分が知る限りこれ以外存在しない。

「(…………これだけは別の所に入れとこっかな)」

 別に深い意味は無い。

 ただ単に、彼女にとってその写真がその他大勢の写真とは違うと言う良くある話なだけだ。

 その写真をプレイベートなアルバムの方に写し、正月以降の封筒に手を伸ばそうとするが。

「(……あ、そう言えば)」

 まだその写真を現像していなかった事を思い出す。

「(一月は忙しいからって先延ばしにしてたんだっけ)」

 これも彼女の癖みたいなもので、写真の現像は大体一ヶ月毎にまとめてする事にしてあるのだ。

 先月は忙しかったため実質二か月分の現像を行っていないことになる。

「うわぁ、結局出なきゃダメなのか……」

 普段ならそれ程気にせず現像に向かうのだが、筋肉痛の体には少々辛い。

 だが、流石にこれ以上現像を先延ばしにする訳にはいかない。

 ちなみに部活では自分の手で現像を行っているが、私生活では現像を写真屋に頼んでいる。

「(えーっと、確かデジカメの方にもデータが……)」

 現像するにしてもまずは現像する写真を確認しなければならない。

 普段はフィルム式のカメラを使っているキユだが、写真枚数が多かったり荷物が多くて困る場合はデジカメを使う事にしている。

 シャコン

 USBケーブルをパソコンに差し込み

 カチ、カチカチ……

 専用の画像管理ソフトを立ち上げ現像するデータをデジカメからパソコンに移そうとするが

「……あれ?」

 ふと、おかしな事に気づいた。

「……んー?」

 パソコン上には「一月」と書かれたフォルダがあり、その階下に各日付毎に何枚撮ったかのデータが表示されている。

 これまた彼女の癖なのだが、キユは一日に最低撮る写真の量を予め決めている。

 それは自身に対するノルマであり、特訓の意味を兼ねて一定枚数以上の写真を撮るようにしているのだが、その日の枚数だけがその一定枚数に届いていなかった。

「(一月四日、えーっと……)」

 一月四日。

 その日何があったのかを思い出す。

「あっ……」

 一ヶ月以上前の事だが、その事を思い出すのにそれ程時間はかからなかった。

 あの日だ。

 ハヤトの家が燃えた日。

 覚えている。

 あの夜は何枚も写真を撮った。

 間違いなく何時も以上に写真を撮っていたはずだ。

 キユはそれを確認するためその日のデータを一枚一枚回覧する。

「(夕方までのデータは残ってる。……夜撮ったデータだけが消えてる? この時は確か野次馬を……そうだ。何か引っかかって……)」

 写真を順に見ながら当時の出来事を思い出していく。

「(全部消えてる訳じゃない。部分部分消されてる)」

 あの時、キユは無造作に人垣を取り続けていた。

 その全てを記憶しているわけでは無いが、記憶と記録が明らかに一致しない。

「(何で?)」

 データが部分的に消える事はそうそう無い。

 あったとしてもここまで綺麗に一部分だけのデータが消えはしないだろう。

 そうなると……

「(消された? 誰に?)」

 何者かの手によって消された可能性が高い。

「(家以外じゃカメラを手放した事ないから外で消された可能性は無い。ミユは私のカメラには触らないし、父さんも母さんもあれから何だかんだで帰ってきてない。だったら……)」

 一人、思い当たる人物が居た。

 一晩だけこの家に招き入れ、自分達が寝てる間に行動していた人物。

 ハヤトだ。

「(……でも、何でハヤト君が?)」

 彼が意味無く自分のカメラに触るとは思えない。

 それに、彼が間違ってデータを消す何てこともまずありえないだろう。

 ならば、その行動には何か意味がある。

 尤も、それはあくまでハヤトが消した本人であるという前提での話である。

「(……んー)」

 時計を見る。

 時計の針は9時を回ろうとしていた。

「まぁ、ご近所さんだしちょっとぐらいはいいよね」

 朝の挨拶がてら、現像に行く前にちょっと尋ねてみよう。

 彼の秘密主義は今に始まった事ではない。

 彼が秘密にするのであればそれ相応の理由があるのだろう。

 聞くべきか聞かないべきかはその時の相手の反応で決める事にしよう。

 キユはそう思い、その場では深く考えずとりあえず外にでるならとシャワーを浴びる事にした。



 朝。

「ぅ……」

 カーテンより差し込む光の眩しさに目が覚めるハヤト。

 ムク……

 布団を僅かに退け、ベッドの上で身を起こした体勢のまま固まる。

「……ぁ」

 コンコン……

 何かを思い出したかのように頭を軽く叩く。

「いかん、寝てた」

 どうやら座ったまま眠っていたらしい。

 ハヤトの寝起きは悪い。

 途轍もなく悪い。

 知る者であれば彼が自発的に起きるまで側に近寄ろうとしないぐらい悪い。

 ハヤトもそれを自覚しているため、寝ている間は誰も周囲に近づかぬよう防犯とは別の意味で部屋に鍵までつけている。

 そんな寝起きの悪いハヤトだったが、その日は何時もと違っていた。

「……」

 額に手を当てるハヤト。

「熱は無い」

 自己検診の正確さはこの際置いておくとして、とりあえず体調が悪い訳ではないようだ。

「睡眠もとった」

 それだと言うのに

「眠い……」

 眠かった。

 目の前がクラクラするような直接的な眠さではない。

 起きているはずなのに妙に現実感が無い、夢現の中にいるようなそんな眠たさだ。

「顔洗って目を覚ますか」

 トテトテトテ……

 自室を出て、廊下を歩くハヤト。

 流石に二ヶ月住んでいれば寝ぼけた頭でも道に迷う事は無い。

 そもそも迷うほど広い家ではなく、程なくして洗面所に到着する。

 ガチャ……

「あら、兄様?」

 扉を開けるとそこにはスズカが居た。

「……スズカ?」

「はい?」

 一瞬、不思議そうな顔をするハヤト。

「……そうだ。今お前と一緒に住んでるんだったっけ」

「は?」

 そんなハヤトの呟きに疑問の声が上がるかと思ったが

「……兄様、寝ぼけてますでしょ」

「ああ、激しくな……」

 そう言いながら洗面所の前に立ち、蛇口を捻るハヤト。

 そして

 バシャバシャバシャ……

 まるで滝に打たせんばかりに水をすくい取っては顔に浴びせる。

 そんな状態が約一分続いた後

 キュ……

 水を止め、ハヤトは濡れた顔をタオルで拭く。

「……少しは目が覚めましたか?」

「ああ、大分マシになった……って、お前」

 改めて、スズカの方を振り向き声を上げるハヤト。

「朝っぱらから裸で何やってんだ?」

 そこには一糸纏わぬスズカが立っていた。

「朝風呂ならぬ朝シャワーを浴びてました」

 ほどよく濡れた髪が少女に年齢以上の色香を漂わせる。

「服ぐらい着ろよ。後、せめて隠そうとはしろ」

「着ようとした所に兄様が入ってきたんですよ」

 そう言いながらハヤトの目の前で下着を穿きだすスズカ。

「……はぁ。なるほど、それは悪い事をした。今すぐ出て行こう」

 寝ぼけていたとは言え、この状況で非があるのはハヤトの方なのは明確だ。

 謝罪は後でも出来るが、現状を変えれるのは今しかない。

「別にいいですよ。今更兄様に見られても何とも思いませんし、まさか私の裸で欲情でもしましたか?」

「まさか」

「ですよね」

 そうこう言い合っている間にスズカは服を着終わる。

「今更言う台詞じゃないが、年頃の女の子が裸を見られたんだ。悲鳴の一つぐらい上げても良かったんじゃないか?」

「兄様以外の殿方でしたら上げてましたよ」

「はぁ、嘘言え、お前がそれぐらいで悲鳴を上げる性質かよ」

 スズカのその答えを聞いて溜息をつくハヤト。

「あら、そういう兄様こそ年頃の女の子の裸を見たんです。もう少し動揺してもよろしいんじゃないですか?」

「お前が相手じゃな……」

「では、他の女性でしたら動揺したり興奮しましたか?」

「人並みにな」

「嘘ばっかり、兄様がそっち方面で驚く姿など見た事がありません」

 スズカはそう言いながら先程の仕返しとばかりに薄笑いを浮かべる。

 だが

「いいや、それがそうでも無いらしい」

「え?」

 逆に、ハヤトの言葉に驚きの表情を見せるスズカ。

「ここ一年で二回ばかり動揺した事がある。まぁ、内一回は余りに馬鹿馬鹿しい状況だったが、残り一回は自分でも驚く程驚いていた」

「……初耳です。どなたですか? その兄様を動揺させた女性と言うのは」

「答えると思うか?」

「いいえ。でも、出来れば詳しくお聞かせ願いたい所ですよ」

「自分の恥を晒せと? それこそごめんだね」

 そう言って洗面所を出て行こうとするハヤト。

「どうせ今から寝るんだろ、朝飯はどうする?」

「食べてから寝ます」

「解った。リビングで少し待ってろ。すぐ用意するから」

 スズカの返事を聞き、自室へ戻ろうとするハヤト。

 そんなハヤトの後姿を見送るスズカ。

「……」

 彼の姿が見えなくなるまで、ずっと見続けていた。



 数分後、リビング。

 食卓を囲み朝食をとるハヤト、アイ、スズカ。

 そんな中

「でね。お姉ちゃん就職先が決まったの?」

「は?」

 姉のその言葉に間の抜けた声を上げたのはハヤトだった。

「就職よ。これで弟の家に居候しているろくでなしとかニートだなんて言わせないんだから」

「そんな事誰も言ってません。それより、就職活動をなさってたんですか?」

「ええ、そうよ」

 ここ一ヶ月、アイはハヤトの家に居候していた。

 確かに昼間はどこかに出かけているようだったが、まさか就職活動を行っていたとはハヤトは思いもしていなかった。

「今度はどのようなお仕事なんですか?」

 純粋な疑問をアイに投げかけるスズカ。

「んー、分類上はお医者さんかな」

「分類上は……ですか」

 それ以上は追求しないほうがお互いのためであろう。

「何時から出るんですか?」

 今度はハヤトがアイにそう問う。

 無論、出立日時の事である。

「うーん、明日の朝一番からかな」

「明日ですか……また急ですね」

「ごめんねー」

「いいえ」

 この姉が急に現れたり急に居なくなったりするのにはもう慣れているのか、ハヤトは至って冷静にそう返事をする。

「では、またしばらくお会いできませんね」

「ううん、今度の就職先は近場だからちょくちょく顔出せそうなの。嬉しいでしょ」

「いえ、別に……」

「何か言った?」

「……嬉しいです」

 若干血の気が引いた顔で笑顔を作るハヤト。

「まぁ、そう言う事だから、今晩はパーティしましょう」

「言うと思いました」

 姉は現れる時は突然だが、居なくなる時は事前にある行動をする。

 居なくなる前日の夜に決まってパーティを開くのだ。

 パーティと言っても大々的なものではない。

 せいぜい何時もより少し豪華な食事と何時もより少し騒がしくする程度のパーティ。

 本人に言わしてみればちょっとしたお祭りのようなものを開きたがる。

「何か要望はありますか? 食べたい物とか」

「んー、料理はハー君に任せるわ」

 パーティの料理を用意するのは毎回ハヤトであることは言うまでも無い。

「でも、ちょっとお願いがあるかな」

「何です?」

「ミアちゃんとキユちゃんとミユちゃんを呼んでくれないかしら」

「え?」

 またどうして?

 そう問いたくなるが

「……解りました」

 そう即答するハヤト。

「誘ってはみますが急な誘いですし先方にも予定があるかもしれません。その時は諦めてください」

「うん、お願いね」

 アイのその返事を聞き、空いた食器を片付けはじめるハヤト。

 口で何と言おうとも、ハヤトにとってアイは心許せる数少ない人物の一人だった。

 姉と言う存在だからではない。

 ハヤトにとって彼女は特別なのだ。

 いや、それも正確ではない。

 ハヤトにとって特別と言う意味は他と変えがたい何かであると言う意味だ。

 本来、特別とはそう言う意味なのだが、ハヤトにとっての特別は本来の意味を更に凌駕する。

 だから、ハヤトは口で何と言おうともアイの願いを断らない。

 絶対にだ。

 だが、そうだからこそ、アイのその願いに対して疑問も抱く。

 余計な疑念と言ってしまえばそれで済むのかもしれない。

 しかし、今回の件は余計に勘ぐってしまう。

 姉は、何故彼女達を誘ったのだろうか……と。


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