表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第04話「華咲け、獣耳学園」
61/80

二十一時限目『閑話休題』

 ~ 二十一時限目『閑話休題』 ~


 校長室。

 そこでハヤトは校長からの連絡事項を受けていた。

「体験入学?」

 教育施設に入学する事を考えている入学対象者に、その教育施設がどのような場所かを紹介または公開するイベント行事を指す。

「そうだ。すでに入学が決まっている生徒数名、すでに寮に住み始めている者達に先立って学園の雰囲気に触れてもらおうと思う」

「……良い案だと思います」

 体験入学をするには少々時期外れに感じるが、獣耳学園は新設校の特殊な学園だ。

 受験が終わり、期待と不安を胸に抱える新入生。

 個人差はあるだろうが、新しい学園生活に慣れるには時間がかかる事だろう。

 だが、新入生達には新入生達のコミュニティがある。

 例え今は無くともこれから必ず生まれる。

 先だって数名が学園がどのような場所かを体験していれば、そのコミュニティを介し他の新入生にもその情報が伝わり、結果として全体の適応が早くなる。

「そこで君にある新入生を預けたい」

「……出来れば前後の説明をお願いしたいのですが?」

 ある新入生を預ける。

 いきなりそんな事を言われれば誰だってそう聞き返したくなる。

 特に、校長は新入生達を預けると言わず特定の新入生を預けると言っているのだ。

「ふむ、ワシが西部の戦乱に参加していた事はすでに知っているな?」

「はい」

 年の初めにそんな話を聞いた覚えがある。

 だが、詳しくは聞いていないのでハヤトはとりあえず「YES」だけ答える事にした。

「あれは酷い戦いだった。兵の一人としてあの戦いに参加したワシは今でも多くの人を巻き込んだ事に罪を感じている」

 その言葉にハヤトは何の反応もしなかった。

 事前にハヤトは校長がその戦争に参加していた事を知っていたし、そこで何が行われたかも容易に想像できた。

 校長が罪を感じると言うのであればそうなのであろう。

 だが、それは校長の問題であって自分の問題ではない。

 ここで安易に言葉をかけようものならばそれは偽善以外の何ものでもない。

 だから、ハヤトは校長がその事に関して何を言っても反応はしなかった。

「戦いが終わった後も、ワシは度々西部を訪れては戦後の事後処理に参加している。そこでワシは施設の建設を行った。俗に言う孤児院と言うやつだ。戦いは大人が起こしたもので子供達に罪は無い。罪の意識に苛まれた大人の詭弁と思ってもらってかまわん。そこの子供達は何れこの学園に通えるように手配もしてある。……そこで、今年入学してくる生徒達の話になる」

「何か問題が?」

 前置きが長い。

 校長は回りくどい策を考える人ではるが、説明を無駄に長くしたりはしない。

 ハヤトはそう学習している。

「多くは普通の生徒と変わらん。……だが、一人だけ問題児が居る」

 ハヤトに見透かされたのが面白くないのか、それともその件に触れるのが嫌なのか、少し不機嫌そうにそう校長は述べた。

「問題児?」

「四十年前、ワシはとある部隊の一員として戦いに明け暮れていた。幾多の軍を退け負け知らずとまで言われた部隊だった」

 その話も聞いた事がある。

 確か「七色の悪魔」と呼ばれる部隊だ。

「だが、何と言ってもゲリラ部隊だ。武器や弾薬はそれなりに揃える事ができても人員の確保は難しい。当時は戦争はまだまだ続くと思われており、ワシが所属していた部隊は人員を現地で調達し、訓練して育てようとした」

「状況判断としては正確だと思いますが、人道的にはどうかと思いますね」

 校長もその行為がどのような行為かは十分承知しているはずだが、ハヤトはあえてそう言わざるをえなかった。

「それで、その問題児は校長の部隊の訓練を受けていたと?」

 そう問うが、その問いにハヤトは自身で納得がいっていなかった。

 犬猿戦争が起こったのは約五十年前。

 約三十年程で戦争事態は終結したそうだが、その爪痕は深く、今でもゲリラが各地に潜伏しているという話だ。

 その背景を踏まえるならば、どの年代の兵士が居たとしても不思議ではない。

 だが、先程の言葉を聞く限りその訓練を受けた者達の年齢は自分より遥かに上であろう。

 少なくとも、とても新入生として入学してくる年齢のものは居ないはずだ。

「正確には彼の父親だ。父親と言っても義理の……しかも形式上だけのだがな」

 そう言って校長は一枚の古びた写真をハヤトに見せる。

 そこには泥まみれになりながらも笑顔で肩を組み合う男達が映っていた。

 その男達の中に若かりし日の校長の姿があった。

 今とでは体格も風貌もまるで違うが、その特徴的な白髪のおかげで何とか校長だと解った。

「ワシの右横に居る子供が今言った男だ」

 校長の右横には犬人の少年の姿があった。

「彼は実に優秀な戦士だった。いや、戦士としてだけでなく人としても誇って良いぐらいの男だった」

「随分お褒めになるんですね」

 普段から口数は多いが人をここまで褒める校長は珍しい。

「……笑ってくれて構わんが、ワシは彼の事を実の子供のように思っていた」

「子供……?」

 確かに、写真の校長は今より若いとは言え、子供がいてもおかしくないぐらいの年齢に見えた。

 そう言われれば、先程の二人が並んで立っている姿は親子か兄弟のように見えなくも無い。

「戦後、ワシは彼に自分と共に来ないかと誘ったが断られた。何故だと聞いたら彼は「自分は戦う事しか知らない」と答えた。彼はそのまま西部に残り地元のゲリラ部隊と共に姿を消した。……思えば、その事がきっかけでワシはこの学園の設立を考えたのかもしれん」

 どうやら思う所があったらしく、校長は少し一人で考え込んでしまう。

「……校長」

「む、ああ」

 考え込むのは校長の勝手だが、流石のハヤトもそろそろ本題の答えが欲しくなってきた。

「彼から再び連絡があったのは十四年前だった。ワシは彼と再会できる事を喜び西部へ向かった。……再開した時、彼の腕には一人の赤ん坊が抱えられていた」

 話の流れからして、その赤ん坊が件の問題児であろう事は容易に想像できた。

 だが

「(今、会話が飛んだな……)」

 校長の会話が途中で一気に飛躍した事に違和感を感じた。

「彼はその赤ん坊をワシに託すと再び姿を消した。連れて帰る事は簡単だったが当時のワシの身辺は色々と物騒だった」

「そこで西部の施設にその赤ん坊を預け援助をしたと?」

「うむ」

「なるほど……」

 これで、大体の話の筋は通った。

 だが、筋は通ったものの疑問の種は絶えない。

 その疑問の種を解消するためには疑問を質問に変えて校長に問う必要があったが

「……どうにも、複雑な事情があるようですね」

 その全てを問える程、ハヤトは厚顔無恥ではない。

 人には人の事情がある。

 特に、校長の場合その根が深そうだった。

「今の話でその新入生に特殊な事情がある事は解かりました。ですが問題児と形容する程の点が見当たりません」

 ならば、とりあえず自分に関係がある問いだけを選抜して問うのが得策である。

「何がそれほど問題なのですか?」

「出会った当時、彼はまだ赤ん坊だったが、成長するにつれ彼はある才能に目覚め始めた」

「才能?」

「戦いの才能だ。どこで聞いたかは知らんが、彼は自分の素性を知ったらしく、おそらく自分の命を救ってくれたであろう父親に対して尊敬とも憧れともとれる感情を抱いていた。彼は八歳の時に施設を抜け出し自らゲリラ部隊に参加し、以後六年間消息を絶った」

「……それは、今もどこかで戦っているかもしれない義理の父親を探すためですか? それとも戦いの才能とやらを磨くためですか?」

「解からん。彼はその件については頑なに口を閉ざしている。ただ、ワシが再び彼を見つけた時には彼は戦う事しか知らない兵士となっていた。いや、そう思い込んでいた。奇しくも……彼の父親と同じようにな」

「……なるほど」

 確かに、その新入生は問題児と呼ぶに相応しい経歴を持っているようだ。

「それで、その新入生を俺にどうしろと?」

 ハヤトにとっての問題はそこだった。

 いきなりそんな話を聞かされ、自分に何を求められているのかが解からなかったのだ。 

「別に再教育しろと言うつもりは無い。この一年で彼には必要最低限の知識と常識は教えてある。彼は目的のためには手段を選ばないが元々戦いを好む性格ではない」

 その言葉にハヤトはひっかかりを感じていた。

 ゲリラとして六年の時を過ごしたその新入生が今になって獣耳学園に通う意思を持ったのは何故だろう。

 話の経緯を聞く限りではゲリラが嫌になったとか言った理由ではない。

 校長の勧めや説得があった事は間違いないだろうが、やはり理由としては腑に落ちない点である。

「日常に戻るのにもそれ程苦労は無いだろう。後必要なのは……仲間だとワシは考えている」

「……校長が仰りたい事は解かりました」

 件の新入生の父親、義理の父親らしいが、その義理の父親を手塩にかけて育てたのは校長だ。

 訓練と言う名目であったとしても、やはり校長はその父親に対して並々ならぬ感情を抱いている。

 校長自身が言っていたように実の息子のように思っているのだろう。

 ならば、その息子が連れてきた赤ん坊、件の新入生は校長にとって孫にも等しい存在なのかもしれない。

 その新入生をどうにかして日常に戻してやりたい。

 戻せずとも、溶け込ましてやりたい、友を作ってやりたいと思うのは親心として解かる話だ。

「ですが、縁もゆかりも無い相手といきなり打ち解けろと言うのは少々無理がある話では?」

 その友として自分が選ばれたのであろうとハヤトは考える。

 校長がわざわざ自分を呼び出し事情を説明してくれたのだ。

 こちらとしても拒む理由もないし、可能であれば力になりたいとも思うが、いきなり面識の無い初対面の相手をしろと言うのは今述べたとおり少々無理がある話である。

 特にこちら側にその気があっても向こう側にその気が無い場合はなかなかに難しい。

「縁は無いかもしれないが、ゆかりはある」

「ゆかり?」

 その予期せぬ言葉にハヤトは意表を突かれる。

 縁もゆかりもない。

 この言葉の「縁」とはこの場合「血縁、親族、縁者」を意味し、ゆかりは「関わり、繋がり」を意味する。

 つまりその件の新入生はハヤトにとって血を分け合う者では無いが、何らかの因縁があると言う事になる。

「……彼は日本狼族だ」

「っ!?」

 日本を発祥とした種族は実は意外と多い。

 猫人で言うならば三毛猫族がそれに当たるし、他にも例を挙げればきりがない。

 人族の日本人はかなりの希少種族だが、ここに確かに存在している以上、珍しいだろうがその存在は確認されている。

 しかし、日本狼族となれば話が別だ。

「……すでに絶滅したと聞いていますが?」

 そう、彼らはもう何百年も前に絶滅したと言われていた。

「生き残りが居たのだ。いや、正確には生き残っていたのかどうかは解からない。兎に角、彼は遺伝上間違いなく日本狼族だった」

「……ああ、そう言う事ですか」

 校長のその言葉でハヤトはようやく事態の全容が掴めて来た。

「絶滅したはずの日本狼族が犬猿戦争が行われた地で発見された。……確かに、出来すぎた話ですね」

「傲慢な言い方だが、ワシはその事を知った時彼を保護出来たと思った。だが、現実は何も出来ず彼の未来を閉ざしている。どうにかしてやりたいと思うのが……道理ではないかね?」

 そこであえて道理と言う言葉を出す辺りが校長らしいと思えた。

「……解かりました」

 事情も経緯も理由も説明してもらった。

 ならば、ハヤトにはそう答える以外の選択肢は無い。

 何より、他ならぬ校長の頼みだ。

 ハヤトにしてみても、校長には色々としてもらっている身である。

「感謝する。……それと、君の彼に対する扱いに関して私は一切口出しはしない」

「……どういう意味でしょうか?」

「彼を好きに使ってよいと言う意味だ。彼は実に優秀だ」

「……」

 その言葉の意味を問いただす必要は無い。

「甘やかすために学園に招いたのではないのでな」

「そういう事にしておきましょう」

 少し苦笑してそう返すハヤト。

 そのハヤトの対応を見て校長は面白くなさそうに少し大きめの封筒を取り出す。

「彼の資料だ。興味があるなら目を通しておいてくれ」

「解かりました」

 そう答え、封筒を受け取るハヤト。

 その行為によってこの一件が一段落ついた事を確認し

「用件はそれだけでしょうか?」

 ハヤトは退室許可を求めるかのようにそう問う。

「何か用事があるのかね?」

「ええ、今日は商店街でタイムサービスがあるんです。家に大喰らいの下宿人が二人も居るため食費が馬鹿になりませんので」

「彼女は良く食べるからな……」

 その二人の片方には校長も心当たりがあるらしい。

 苦悶の表情を浮かべている所を見る限り、何やら一度痛い目を見た事があるようだった。

「たまには校長もご一緒に如何ですか?」

 無論、夕食への招待である。

 普段であれば誘う事は無いだろうが、今日のハヤトは俗に言う「気が向いた」状態だった。

「ふむ、興味はあるがワシもそう暇な身でないのでな。残念だがまたの機会に期待しよう」

「そうですね。新入生の歓迎会の時にでも腕を振るいましょう。ああ、これがその申請書です」

 自分の用件を忘れていたとばかりに書類を提出するハヤト。

「結構、好きにやりたまえ」

 書類に目を通し、許可を出す校長。

「はい」

 それを合図に、ハヤトは校長室を出て行った。



 商店街。

「悪いな、買い物付き合わせて」

 大量の買い物袋を両手に提げながら、そう礼を言うハヤト。

「気にしない気にしない」

「うん……」

 その礼にそう答えるキユとミユ。

「タイムサービスで人数制限を設けるのは普通とは言え、家の居候組は非協力だからな」

 どうやら二人は頭数を合わせるために呼ばれたらしい。

 その証拠に買い物袋を持っているのはハヤトだけだった。

 自分の荷物を手伝ってくれた者に持たせるほどハヤトは図々しくない。

「そう言えばアイさんって何時まで居候してるの?」

 そう問うキユ。

 特に他意は無かった。

 ただ、初期の予定では三日程度のはずだったのにすでに二週間が経過しようとしていたためだ。

「んー、今月一杯って話だから後一週間ってところかな」

 ハヤトもある程度の予定しか聞いていないため、詳しい日程は解らないと言う。

「ハヤト君、大変じゃない?」

 そう問うのはミユだった。

 何に対しての問いかと言うと、家事に対しての問いである。

「いや、もう慣れてるしなぁ」

 過去述べている通り、アイもスズカも家事は物の見事に出来なかった。

 アイに関しては料理が出来ず、スズカに関しては掃除洗濯が出来ない。

 ならば役割を分担すればよいのではと思われるが、世の中には出来ると出来ないの間が存在する。

 アイは掃除は出来なくもないが出来る訳ではなく、スズカは料理は出来なくもないが出来る訳ではないのだ。

 そんな訳で、料理も掃除も洗濯も出来るハヤトがそれら全てを担当する事になっている。

「それに今更あの二人が家事を出来るようになられても困る。一応自分の家だしな」

 何と言ってもハヤトの家はハヤトの物なのだ。

 基本的に自分のテリトリーに掃除のためとは言え他者が入ってくるのは好ましくない。

「……ねぇ、ハヤト君」

「ん?」

「下世話な話で悪いんだけどさ。ハヤト君ってアイさんやスズカちゃんの分の洗濯もしてるんだよね」

「ああ、そりゃまぁ」

 当然、ハヤトは二人の服の洗濯も担当している。

 三人分の洗濯を効率よくこなせるように新しい洗濯機を買ったほどである。

「……ハヤト君ってそういう事に抵抗無いの?」

「は?」

 キユの問いの意図する所が解らず、そう声を上げるハヤト。

「いや、だからほら……下着、とか」

 やや、恥ずかしそうにそう述べるキユ。

「……あー」

 その一言でようやくキユの言いたい事が解った。

「そう言う問われ方されるとこっちも恥ずかしくなるんだが」

「あー、ごめんごめん」

「抵抗ねぇ。特に考えたり意識した事は無いな。何と言っても身内の服を洗濯しているだけだし」

 どうやら、ハヤトにとって二人の服を洗うと言う行為はその程度の感覚でしかないらしい。

「だよね」

 何やらホッとしたような表情を浮かべるキユ。

 その後ろでミユも同じような表情を浮かべていた。

「何を考えてるかは知らないが、俺にとって二人は姉と妹でしかないぞ」

「いやほら、今のご時世身内であっても何があるか解らないし、えーっと、俗に言うシスコンってやつ」

「どっかの馬鹿猫みたいな事言うなよ」

 苦笑してそう答えるハヤト。

「……さて、これで全部だ」

 会話を続けながらも三人は買い物を続けていた。

 とは言っても、実際に買い物をしていたのはハヤトのみ。

 許容量限界まで詰められた買い物袋をもう一つ手に提げるハヤト。

「……すごい量だね」

「これぐらい買わないと足りないからな」

 ハヤトの両腕には買い物袋が二つずつ提げられており、その全てが食料品だった。

「姉上もスズカもあの体のどこにこれだけの量が入っていくんだか……」

 おかげで食費が馬鹿にならないと嘆くハヤトだった。

 マンガやアニメでは大喰らいキャラもいいだろうが、実生活でやられては家計がもたない。

「でもまぁ、今日のタイムサービスで大分節約できた。サンキューな」

「だからいいって」

「うん……」

「二人は何か買い物とかないのか?」

 自分の買い物にばかり付き合わせては悪いと思い、そう問うハヤト。

「あ、私ちょっとカメラショップにフィルム買いに行きたいんだ」

「そうか、それじゃあそれが終わったらどっか喫茶店でも入ろうか、ケーキセットぐらいなら奢ろう」

 今日の礼の意味を含めてとハヤトは言う。

「本当? じゃあ入口の所にある喫茶店にしようよ。最近新しいケーキが出たって聞いたんだ」

「ああ、いいぞ」

「OK、先に行って席取っといてよ。即行で買ってくるから」

「解った」

 ハヤトのその返事を聞くと、キユは文字通り即行でショップへと走って行った。

「じゃ、俺達も行こうか」

「うん」

 二人はキユの後姿を見送り、喫茶店へと向かおうとするが

「あの、すみません」

 そう、声をかけられた。

「はい?」

 声の方へ振り向くと、犬人の少年が一人立っていた。

 良く言えば平凡、悪く言えば特徴の無い少年だった。

「道を教えてほしいんですが……」

 地図をメモしているらしき紙を片手にそう訪ねて来る少年。

 どうやら道を尋ねられているらしい。

「どちらまで行きたいんですか?」

 年下とは言え、礼儀には礼儀をもって対応するのがハヤトである。

 丁寧に尋ねられれば丁寧に答えるのが礼儀であろう。

「えーっと、獣耳学園の男子寮まで」

 そう問われ、目を合わせるハヤトとミユ。

「あの、解りませんか?」

 そんな二人の動作を見て道を知らないのではと思ったのか、少年がそう問いかけてくる。

「いえ、解ります」

 そう答え、商店街から男子寮までの解り易い道のりを説明するハヤト。

「で、大通りを真っすぐ進めば看板が見えてきます」

「ああ、なるほど。ありがとうございました」

 少年は頭を下げ礼を述べると、ハヤトに教えられた道を進んで行った。

「……新入生かな?」

「多分な」

 獣耳学園の男子寮は学園と百獣市中央駅の丁度中間に位置する。

 多くの生徒が駅から学園へと通うため、学園の生徒であれば男子寮の場所が解らないはずがない。

 そうなると、この時期に男子寮への道が解らない者と言えば新しく学園に来る者達、新入生ぐらいしか居ない事になる。

 無論、人を尋ねて来たりと言ったパターンも考えられるが、今の少年の挙動を見る限り新入生と見て間違いはないだろう。

「私達ももうすぐ二年生なんだね」

「そうだな」

 もう一年が経つのかと言わんばかりの気分だった。

「それにしても今の子少し変わってたな」

「そう?」

「ああ、俺の顔見ても驚かなかった」

 正確にはハヤトの風貌、頭を見てもと言う意味である。

「普通、人族を前にしたら大抵の場合は不思議そうに頭を見てくるんだがな」

 過去、初対面でハヤトの頭を見て何のリアクションも返さなかった者は居なかった。

 興味も嫌悪も驚きもしなかったのは今の少年が初めてである。

「ハヤト君、何か嬉しそうだね」

「ん、……そうか?」

 自覚が無かったためか素でそう聞き返してしまう。

「うん」

「……そうか」

 自分の顔を少し手で触り

「そうかもしれないな」

 自分に言うようにそう答え、ハヤトは笑った。

 互いの種族を気にせず暮らせる世界。

 それこそがハヤトが思い描く新しい世界。

 だから、今の少年はハヤトの理想なのだ。

 何時の日か、今の少年のように初対面でも自分の種族を気にせず話し合える世界が訪れる。

 ハヤトはそう信じて今を生きている。

 あの少年はハヤトにそう信じ続ける勇気を与えてくれた。

 それが、ハヤトは嬉しかったのだ。

「獣耳学園の新入生ならまたどこかで会えるだろう」

 だからあえて名前は聞かなかったし、話もしなかった。

 すぐに会う事になる。

 そんな予感がしたのだ。

 事実、その予感は当たる事となる。

 ハヤトが想定していた予定よりずっと早く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ