二十時限目『馬鹿が二人に増えた日』
~ 二十時限目『馬鹿が二人に増えた日』 ~
獣耳学園、生徒会室。
学園の空き教室をそれなりに装飾して作られた生徒会のための部屋である。
と言っても、前述通りただの教室にそれなりに使うであろう棚や小道具が設置された程度で特に普通の教室と差は無い。
加えて生徒会事態の発足は来年度からとされているため、今現在では生徒会員すら存在しない。
そんな生徒会室にて
カキカキ……
ペラペラ……
カキカキカキカキ……
ペラペラペラペラ……
黙々と書類を書き続ける生徒会長のハヤト。
「(生徒会の発足に至るまでの工程は整いつつある。必要な機材、人材も殆ど揃った。だが組織とは個人の集まりで出来ている。幾ら頭が優秀でもその手足が伴わなければ無意味だ)」
そのためにも、まずは学園の生徒達の信頼を得る必要がある。
「(獣耳学園はその特殊な背景なためか生徒達は皆部活動に積極的だ。殆どの生徒が部活に参加している。部活の士気がそのまま生徒達の士気に繋がると考えていいだろう。部費の調整によって今学期の士気が低下する事はもう無いだろうが、問題は来年度の新入生が入ってきた時だな)」
新旧相打つと言う訳では無いが、生徒達は新入生に敏感になっている節がある。
「(新設校と言う事もあり、生徒達は自分達が先駆者だと潜在的に思っている。そこに新しい要素、後輩が加わる事によって組織はより複雑化する事になる。否応無しに上下関係が生まれ、それに伴う不平不満が出るのは時間の問題だ。それをどう緩和させるか……)」
緩和。
上下関係を無くす事は不可能だ。
学園と言う場が人の集まりによって成り立っている以上、それは一つの組織に他ならない。
天は人の上に人を作らずと言うが、人は人の下に人を置きたがる。
それはこの獣耳学園とて例外ではない。
今でさえ、各部の内部で部活動の上手い者とそうでない者の差が生まれている。
それが表立った災いとなっていない事は有難いが、今後もそうであるとは限らない。
特に新入生の存在は大きい。
通常の先輩と後輩の関係で収まればいいが、後輩が必ずしも先輩より劣っているとは限らない。
同級生ならばまだしも下級生に劣ると言う現実を突きつけられた時、この学園の生徒達がどういう行動に出るかは今の所不明だ。
最悪、両者が対立するような事になれば生徒会の信頼も地に落ち、内部崩壊の危険性も十分ありうる。
「(やはり新入生歓迎のイベントは用意しておくべきだろうな。出来れば在校生と新入生が打ち溶け合えるようなイベントを……)」
だが、思案すれどそんな案はなかなか出てこない。
新入生が入学してくるまでまだ時間があるとは言え、悠長に構えている時間は無い。
そうやって手を動かしながら頭を悩ましていると
コンコン……
生徒会室の扉が叩かれる。
「ん、どうぞ」
原則として、生徒会室はノックによる入室が義務付けられていた。
と、言うより、ハヤトがそう義務付けた。
獣耳学園において教師以上の権力を持つ予定の生徒会長が初めて発行したお触れが、「生徒会室に入る時はノックをする事」と言ったまるで子供のやりそうな事だった事に生徒一同は苦笑したと言う。
「お邪魔するわ」
「ああ、委員長か」
扉を開けて入ってきたのは牛人コゥだった。
「久しぶり、……でいいのかな?」
書類を書くペンを止め、微妙な間の後にそう言葉を発するハヤト。
「そうね。久しぶり……」
少し躊躇うように、コゥはそう答える。
あの日以来、約二週間、コゥは学園に姿を現して居なかった。
建前上は病欠と言う事になっている。
「正直言うと、もう学園には来ないんじゃないかと思ってたよ」
特に顔色を変えずに、さらっとそう言うハヤト。
「……私も、そのつもりだった。来る資格何て無いって思ってた」
その言葉に対し、コゥは力なく答える。
「でも、ケンが言ってくれたの。それでもいいって……」
「……そうか」
そこにどのようなやり取りがあったのか、それはハヤトには解らない。
だが、それだけでケンはケンなりに筋を通したのだと解った。
いや、現在進行形で筋を通そうとしている。
「なら、それでいいんじゃないか?」
今更自分が言う事は何も無いとばかりにそう述べるハヤト。。
「……それで、いいの?」
「当事者の二人が納得しているんだ。俺が口出しする事じゃない」
ハヤトの言葉にコゥは一瞬驚きの表情を見せる。
「それでどうするんだ? このままじゃ各所が黙っていないだろ?」
「え、ええ……大丈夫、黙らせるわ」
ハヤトの言葉に強くそう答えるコゥ。
「今度こそちゃんと、二度と連中の好き勝手にはさせない」
「随分と強気だな」
「空元気も元気の内、やせ我慢も強さの一つよ」
「なるほど、恋する乙女は強い……って所か」
ハヤトは少し茶化すようにそう一言述べる。
「自分に自信を持とうとするのは良い事だ。でも、足元を掬われないように気をつけた方がいい。まだまだ委員長の周りには敵が多いからね」
「……」
そんなハヤトの言動を、コゥは実に不思議そうに見続けていた。
何故なら
「ん、どうかしたか?」
余りに自然だったからだ。
先程の言葉にも驚いたが、彼は極自然に……まるで第三者のような姿勢で自分と会話をしている。
それはおかしい。
主観的に見ても客観的に見ても、今回の一件に人族ハヤトは無関係ではない。
だというのに、彼は余りにも自然体で自分と会話をしている。
敵である連合の人間である自分とだ。
今回の一件でその溝は更に深まったはずなのに、彼は教室でクラスメートが雑談を交わしているかのような自然さで会話をしている。
「ハヤト君は……怒ってないの?」
彼に対して、連合は怒り恨み憎しみ全てを買うような真似をしてきた。
彼はその感情を連合に対して、コゥに対してぶつける事が出来る正当な権利を持っている。
それなのに、彼はそんなそぶりを見せようとしない。
以前からその傾向はあったが、以前と今とでは状況が違う。
だからこそ、彼のその余りに自然な態度が不思議で仕方が無かったのだ。
「怒ってるよ」
ハヤトは答える。
「まったくの無関係とは言わないけど、第三者まで巻き込む連合のふざけたやり方にはうんざりだ。今回の一件も正直腸が煮えくり返ってた。……そう、報復に連中の関係者を皆殺しにしてやろうかと思えるぐらいにね」
普段彼が口にしない嫌悪丸出しの直線的な言葉が室内に響く。
「でも、まぁ、月並みな台詞で悪いんだけど、俺は連合が嫌いなだけで委員長が嫌いな訳じゃない。だから、委員長に八つ当たりするのは間違いだと思った」
「……」
その言葉に、コゥはまたも驚きの表情を見せた。
「それに、頼まれたんだ……」
「……頼まれた?」
病院の一室。
つい先日、交通事故に遭い運び込まれてきた患者の病室である。
運び込まれてきた時は医師の誰もがさじを投げる酷い状況であったが、奇跡的に一命を取り留め今に至る。
扉には「犬人族ケン」と書かれたプレートが張られていた。
そんな病室に一人の見舞い客が訪れる。
「よぉ」
ハヤトだった。
軽く片手を上げながらそうベッドの上で暇そうな顔をしているケンに挨拶を送る。
「……よぉ」
こちらも、まだうまく動かない体を動かして挨拶を返す。
「元気そうでなによりだ」
「これが元気そうに見えるのか、お前は」
胴体が捩れない様に体をベッドに固定され、身動きが取れない状態だった。
人間の体とは胴体を封じられると以外と動けないもので、手足を少し動かすのが精一杯である。
「まぁ、肋骨の片側が殆ど折れてる上に内臓が傷ついているんだ。生きてるだけでも元気って呼べるだろ」
「ち、言ってろ」
動けない自分をからかっているのが見え見えなために、相手にするだけ馬鹿らしいと黙秘を決め込むケン。
そんな会話を交わしていると
「あ、ハヤトさん」
病室内の人口が何時の間にか増えていた。
ケンの妹、犬人リゼである。
「やぁ、お邪魔してるよ。リゼさん」
久しぶりと挨拶をするハヤト。
「……」
「ん、どうしたケン?」
「いや、なんつーか、お前が人をさん付けで呼んでる姿に違和感を感じてな」
「それは激しい偏見だな」
まったくもってその通りなのだが。
今までケンはハヤトが誰かの名前をさん付けで呼んでいる所を見た事が無かった。
大抵は呼び捨てか敬称で呼んでいる。
この場合だと「妹さん」と呼ぶのが妥当かと思われた。
「あ、これお見舞いの品」
「ありがとございます」
そう言って果物入りのバスケットをリゼに渡すハヤト。
「
折角だから何か剥きましょうか、ナイフとお皿借りてきますから待っててください」
「ああ、ありがとう」
ハヤトの返事を聞き、リゼは再び病室を出て行ってしまう。
「……?」
その光景を不思議そうに見つめるケン。
二人ともそれほど面識はないはずなのに、不思議と自然な受け答えをしている。
特にリゼが初対面に近い人間に対してあれ程普通に応対している姿を見るのは珍しい。
「何だよ。さっきから人の顔じろじろ見て」
「いや、何でもない」
よくよく考えてみれば文化祭で色々接点は出来ているし、リゼとて何時までも自分が知っている頃のリゼではない。
単なる気のせいだろうと、ケンは自分で納得した。
「それで、今日は動けない俺を笑いに来たのか?」
「まさか、俺はそんなに暇人じゃない」
「じゃあ何だよ?」
「ケンの様子が気になってな」
ケンの皮肉に真顔でそう答えるハヤト。
「……けっ、どう違うんだか」
「照れるな照れるな」
「照れてねぇよ!!」
一瞬、大きな声を出してしまうケン。
すると
「が、ぎぎ……」
ケンは目に見えて苦痛の表情を浮かべ脂汗を流し始める。
「無理すると傷口が開くぞ?」
「う、うるせぇ……」
口では何と言っても痛いものは痛いようである。
「まぁ、一ヶ月は安静にしてるんだな。退院したらすぐに後期末試験だし、ああ、これ、試験範囲と関連のプリントな。時間はたっぷりあるんだ。少しはテスト勉強でもしてろ」
「土産持って来るならもう少しマシな物持って来いよな」
そんな物渡されても嬉しくないと言わんばかりにケンは愚痴を述べる。
「生徒会長としては生徒の学業の妨げとなる物を渡す気にはなれんな」
「まだ生徒会すら発足してねぇくせにもう生徒会長気取りかよ」
「四月には発足するさ。そのための書類ももう提出済みだ。来月までには新入生用のイベントの書類も提出する予定だし、来月には本格的に生徒会メンバーの選抜を行わなくちゃならない」
すでに予定は埋まっているとハヤトは述べる。
「何だよ。文句言いまくってた割には随分面白そうじゃねぇか?」
「ああ、割と楽しんでるな」
からかう様にそう述べるハヤト。
「ち、こっちは暇持て余してるってのに……」
「余程退屈なんだな」
「退屈だね。早く治らねぇかと毎日のように思ってるんだからよ」
「……ふーん」
そんなケンをハヤトは黙って見る。
「ところで……」
「何だよ?」
「委員長はお見舞いに来てないのか?」
そろそろ頃合とみたのか、ハヤトは本題を投げかける事にした。
「……ああ、一度も来て無い」
意識を取り戻した時に居たのは覚えてるが、それ以降、コゥは一度も見舞いに訪れてはいないとケンは説明する。
「ハヤト、お前何か知ってないか?」
「……」
「……何か、あったのか?」
こういう時のハヤトの態度は実に解りやすい。
彼は自分の事に関しては大小関係なくひたすら隠し続けようとするが、人の大事に関してはそう態度を隠そうとはしない。
文章だけを見れば酷く自分勝手な行動のようにも思えるが、実際はその逆である。
「表向き、お前は事故に遭った事になってるが、実際は事故に見せかけた人為的な殺人だった」
「……そうか」
ハヤトの言葉にケンは驚かなかった。
「あいつが自分を責める訳だ」
ケンも、ある程度そうではないかと予測していたようである。
「説明が不要なら話が早い。今回の一件を差し向けたのは次期連合会長の就任に意義を唱える反対勢力の一部の過激派だった。見せしめのつもりだったんだろう。本来であればトカゲの尻切りの如くその過激派が弾圧されてお終いなんだが、困った事に委員長はその反対勢力まで潰そうと躍起になっている。あれは完璧に怒りで我を忘れているな」
「……まずい状況なのか?」
「かなりな。相手は長年に渡って他方に手を伸ばし、地盤を固めている筋金入りの悪党だ。会長就任前の小娘にその勢力をどうこう出来る力は無い。殆ど孤立無援、首が回らず右往左往してって所だ。現会長の庇護があるとは言え、今のままだとそう長くは持たない」
「何とかならないのか?」
「……手が無いでもないが、リスクが大きすぎる」
とてもじゃないが実行する気にはなれないとハヤトは言うが
「ハヤト」
「ん?」
真っ向から、ハヤトの目を見つめるケン。
「……頼む」
決意を感じた。
全てにおいて優先される意思。
おそらく、体が動けば土下座すらしていた事だろう。
全身全霊、命を賭ける覚悟がある。
彼の目がそれを語っていた。
「……なぁ、ケン」
「何だ?」
「お前、委員長と何かあったか?」
「え、あ、いや……」
一瞬、驚きの表情を見せた後、露骨に顔を背けるケン。
「……ほぅ、なるほど」
「……何だよ?」
「いや、別に」
その反応を見れただけでハヤトは満足した。
「……やれやれ、仕方が無い」
そう言って席を立つハヤト。
「貸しにしといてやる」
何時か返せよとハヤトは軽く言う。
「すまない」
それが、大きな貸しである事は十分承知していると言わんばかりにそう声を返すケン。
ケンは義理堅い男だ。
彼は自分の価値をちゃんと解っている。
今回の貸しはおそらく一生をかけても返す事が出来ない借りとなる。
前述した通り、彼はその借りを命を賭けて返す気でいた。
「俺なんかの頼みを聞いてくれて……」
「よせよ、親友の頼みとあっちゃ断れないだろ」
「え……」
そう言い残し
「おい、待てよハヤト、今何て……」
バタン……
ハヤトは病室を後にした。
「たった、それだけの理由で?」
「ああ、たったそれだけの理由だ」
コゥの言葉にハヤトは即答する。
「……呆れさせたかな?」
「……ううん、ちょっと驚いてるだけ」
口ではそう言うが、その表情は明らかに呆れたと言った感じで……口元が笑っていた。
「すごいのね。……ハヤト君は」
自分にはとてもできない事だとコゥは言う。
「何、ただ馬鹿なだけだよ」
コゥの言葉にハヤトはそう笑って答えた。
そんなハヤトを見て、コゥは何かを決意したかのようにハヤトの正面から向き合うように立ち、一度大きく息を吸う。
そして
「……ハヤト君、ありがとう」
そう礼を言うコゥ。
その言葉に、ハヤトは一瞬驚きの表情を見せる。
いや、言葉にではない。
「本当に、ありがとう」
彼女の言葉と共に流れた涙にだ。
普段の彼女からはとても想像できないその姿に、ハヤトは驚く。
だが
「……いや、礼を言われるような事をした覚えはないよ」
すぐに素っ気無い表情に戻ってしまう。
おそらく、そんな彼女の姿に自分が何かを言う資格はない。
言えるのは、多分自分が親友と認めた彼だけだ。
そう思ったからだろう。
「ううん。沢山してくれたわ」
コゥはハヤトの言葉を訂正する。
「どんなに言葉を積み重ねても、感謝できないぐらいの事をハヤト君はしてくれた。……だから、ちゃんとお礼が言いたかったの」
「……どう致しまして」
ハヤトは無愛想にそう返事を返す。
冷たい態度ではない。
こちらの感情を見せないための素っ気無さだ。
そのためか
「あーあ、シリアスな空気が一気に無くなったな」
白々しいまでの話のすり替えまでしようとしてしまう。
場の空気も何時の間にやら緩和され、このまま済し崩しに会話が進むかと思われたが
「いいえ、まだよ」
涙を拭い、コゥはそう否定する。
その表情には先ほどまでとは違った決意が感じられた。
「……どういう意味?」
再び、場に張り詰めた空気が流れる。
「ハヤト君……私と手を組まない?」
「……ほぅ」
その言葉にハヤトは不敵に笑う。
「訳を聞いても良いかな?」
「今回の一件で解ったの。新しい何かを始めるためには今までの何かを壊さなくてはならない。私達が望む未来を作るためには、今の連合を一度崩す必要がある」
私達。
コゥははっきりとそう言った。
「でも、私にはそれを成し遂げる力が無かった。生半可な権限があるだけで、私にはそれを活かせるだけの器が無かった。だから、私はハヤト君の力が欲しいの」
「部下になれと?」
連合は嫌いだ。
様々な経緯はあるが、ハヤトの連合に対する見解はその一点に集約される。
だからハヤトは連合を潰し、新しい世界を作りたいと思ったのだ。
その連合の傘下に加われと言うのであれば、ハヤトはおそらくこの申し出を断っていただろう。
「いいえ、これはあくまで取引よ。おそらく、どちらかの力だけでは今の連合を覆すことは困難でしょう、だから手を組んで内側と外側、二つの力で今の連合を崩し新しい連合を作る……どうかしら?」
「……悪くない。いや、非常に魅力的な提案だ」
コゥの提案はこれ以上無いぐらいハヤトにとって理想的な条件だった。
組織を完全に潰すためには外的要因だけでなく内的要因も必要となる。
組織とは同じ意思を持った人間の集まりであり、組織が壊滅したとしてもその意思が残る限り、組織は再び力を取り戻そうとする。
組織を完全に潰すためにはその組織を根本から覆すための協力者が必要なのだ。
そうしなければ、力で潰された者達、その関係者達には後々にまで禍根を残し、後の災いの火種ともなりかねない。
現状、ハヤトには立ち向かうだけの力も無ければ協力者も居ない。
「こちらに断る理由は無い」
寧ろ、こちらから願い出たいぐらいの好条件だ。
なにより、今の彼女の気質は自分に近い物を感じる。
おそらく彼女が望む未来と自分が望む未来は共通のものとなるだろう。
「じゃあ……」
「一つだけ、交換条件がある」
「……何?」
「さっき言った通り、俺には委員長の提案を拒む理由は無い。全面的に協力する事を約束する。ただし、それは俺個人の話であって俺に関係する人達……いや、言葉を取り繕う必要は無いな。今回の一件に姉を巻き込まない事。それが条件だ」
「解ってるわ」
ハヤトの言葉にコゥはYESの即答を返す。
「あの人にはケンの命を助けて貰った大恩がある。決して巻き込んだりしない事を約束するし、何かあれば力になるわ」
「それならいいんだ……」
「契約成立ね」
「ああ」
これで契約成立。
言葉の上での契約に過ぎないが、二人にとっては今はそれで十分だった。
細かい話など後で幾らでもすればいい。
今重要なのは、お互いの意志を確かめる事だ。
「……ふぅ、それにしても、まさかこうやって委員長と話をする日が来るとは思っても無かったな」
「それはお互い様よ」
「だな。この一年、お互い距離を取り続けてきたからな」
会話に一旦の区切りが付いたためか、二人とも少し肩の力が抜け、適当な雑談を交わし合う。
そんな時
「……ああ、そうか」
何かを思い出したかのようにそう声を上げるハヤト。
「どうかしたの?」
「いや、委員長のお陰で新入生歓迎の良いイベントを思いついた」
早速、その思いついた案を紙に書き連ねていくハヤト。
「……ハヤト君、それ、本気なの?」
その走り書きのような断片的な内容から全容を把握していくコゥ。
「もう少し練る必要はあるけど、獣耳学園がどんな場所かを知ってもらうって意味じゃ良いイベントだと思わないか?」
「……そうね。言われてみればそういうのもあり……かな?」
未だ疑問形であるが、反対意見ではないらしい。
「よーし、興が乗ってきた。どうせならもっとルールをシビアにして……」
ハヤトが更にペンを進めようとすると
ピーンポーンパーンポーン。
『13クラスのハヤト君、校内に居ましたら至急校長室まで来てください。繰り返します……』
そんな校内放送が聞えてきた。
「校長室?」
となると校長のお呼び出しに間違いないはずだ。
「やれやれ、また厄介事か?」
あの校長がただの用事で自分を呼び出すはずが無い。
どんな無理難題を言われるのかと、ハヤトが苦悩していると
「生徒会長様はご多忙ね」
コゥがそんな冷やかし半分の言葉をかけてくる。
「委員長は来ないのかい?」
「あら、呼び出されたのは13クラスのハヤト君よ」
「やれやれ……」
そんなコゥの言葉を聞きながら生徒会室を後にしようとすると
「ねぇ、ハヤト君」
「ん?」
「その委員長っての、いい加減止めない?」
ハヤトは今までコゥの事を名前で呼んだ事は無い。
それは、知らず知らずの内に彼が彼女に対して作っていた壁であった。
「生徒会長に委員長って呼ばれるのもなんだしね」
「えーっと、……じゃあ、何て呼べばいい?」
無意識とはいえ、一度固定された呼び方と言うのは案外変え辛い。
特に当人が自然とそう呼んでいたのだからして、もし変えるとするならば当人以外がそれを決定した方が呼びやすい。
「皆が呼んでる呼び方でいいわ」
「皆って、クラスじゃ『コゥ』か『コゥちゃん』以外の呼び方聞いた事無いんだけど……」
幾らなんでもハヤトにはそのどちらも呼び辛い。
「んー、じゃあハヤト君の呼びたい呼び方で、ただし委員長以外」
「それじゃ……コゥさん、かな?」
相手も自分の事を「君」付けで呼んでいる以上、妥当な呼び方である。
「……何か、自分で言っといてなんだけど、すっごく呼びづらいな。これなら呼び捨ての方がましか」
自分で宣言しておいてなんだが、やはり今までの経緯を考えると言い辛かった。
「はは、気が向いた時だけで良いわよ」
強要はしないとコゥは言う。
「そうさせてもらうよ。コゥさん」
ハヤトもそれに甘えさせて貰った。
呼び方一つ変わった程度、呼び方一つ許した程度だが、それだけでも人の関係とは変わっていくものだ。
とりあえず、クラスメートから友人へ。
だが、結局ハヤトは翌日からコゥの事を「委員長」と呼び続け、学園を卒業するその時までその呼び方は変わらなかった。
それでも、この日より二人の距離は以前より近いものとなった事は間違いない。
この二人の共同戦線が本格的に活動を開始するのはこれより二年後となる。
後に、二人はこの日のやり取りを「馬鹿が二人に増えた日だった」と語ったと言う。




