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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第01話「設立、獣耳学園」
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五時限目『呼べ、俺の名を』

 〜 五時限目『呼べ、俺の名を』 〜


 ハヤト転校三日目、朝、大抵の生徒が登校する時間。

 ハヤトは獣耳学園の門をくぐろうとしていた。

 予想通りか予想に反してか、学園からの電話は早かった。

 内容は単純、『明日の朝、校長室に来る事』。

 おそらく校長直々に最後の申告をするためであろう。

「…ん?」

 いざ門をくぐろうとした時、門の影からハヤトの前に立ちふさがるように一人の男子生徒が現れる。

「…よぉ」

 ケンだ。

「不良らしくないな、こんな時間にこんな場所にいるなんて」

「抜かせ、たまたまだ、どこかの誰かさんの最後の顔を見に来ただけだ」

 どうにもおかしな言葉遣いである。

 ハヤトが今朝学園に来る事など彼が知るはずも無い。

 と言う事は、数日中に再び学園に足を運ぶであろう事を予測して、今朝からずっと張り込みをする予定だった所にハヤトが来たので動揺している、と言った所だろう。

「…心配してくれてるんだ」

 言い方はともかく、ケンのその行動はそれ以外の何物でもなかった。

「なっ、誰が心配なんか!!」

 どうやら図星らしいが、面と向かって言われると否定してしまう辺りがケンらしい。

 まったくもって嘘がつけない奴である。

「…け、ここに来たって事はその減らず口も今日で聞き納めだな」

「そうだな」

「…否定しないのか?」

「まぁ、本当の事だからな」

「…ん、って事は、夕べのうちに呼び出されたって事か」

「どういう事だ?」

「すんなりと退学にはなりそうにないってことだ」

「え?」

「…はぁ、どうやら本当に知らないみたいだな」

 ケンは深く溜息をして校舎の方に手を伸ばす。

「あれを見ろ」

 彼が指差したのはその獣耳学園校舎の上の方だった。

 良く見れば校舎に何か大きな物がかかっている。

 文字が書いてる所を見るとどうやら大きな垂れ幕のようだ。

「…なぁ、ケン」

「気安く名前で呼んでんじゃねぇ…」

「あれは俺の目の錯覚か?」

「いいや、多分てめぇの目は正常だ、少なくとも俺にも見える」

 その垂れ幕には『ハヤト君を救おう』と大きく書かれている。

「頭かかえて逃げ出したり、鼻血出して倒れたりしちゃ駄目か?」

「駄目だ、現実を見ろ」

「…じゃあ、最後に一つ、あいつは一体何をやってるんだ?」

「俺が知るか」

 その垂れ幕の一番上、つまり校舎の屋上に一人の少女が立っていた。

 耳と尻尾でその少女が猫人である事はすぐに解ったし、それが誰かもすぐに解った。

 問題は、そう問題は彼女が、ミアが何をしているかである。

『あー、テステス、みなさんおはようございます』

 ミアがマイクに向かって軽く喋ると学園中のスピーカーがその声を拡大して全校生徒の皆さんに伝える。

 一番野次馬が集まったのはやはりグラウンドであろう。

『本日この場を借りて私ミアは、猫人族代表としてある事実を発表いたします』

 キレイに並ぶその生徒達と、それに向かって喋りかけるミア、その光景はまるで朝の朝礼か、どっかのアニメのお偉いさんの演説のようであった。

「勝手に代表になってるし…」

「てめぇじゃねぇけど俺も頭かかえて逃げ出してぇよ」

 知り合いがあんな事やってりゃ流石に恥ずかしいものだ。

『先日、つまり昨日起こった事件はすでにみなさんお聞きになったでしょうか、お聞きになってない人のためにこれから私がご説明いたします』

 その内容はまぁ、事件のあらましから発生までについて事細かに説明された。

『そして、その犯人として三日前に転入してきた人族のハヤト君に白羽の矢がたちました、確かにそれで全てが丸く収まるでしょう、ですがこれで良いのでしょうかぁ!!』

『オオォォー!!』

 何時の間にかグラウンドは生徒で一杯となり、その光景はさながらどこかの学生クイズ番組のようだ。

「あーあ、てめぇ、これどうるすよ…って、あれ?」

 何時の間にやらケンの隣にいたはずのハヤトの姿が消えていた。



 コンコン…

「入りたまえ」

 ノックの後すぐにそんな声が聞こえてきた。

「失礼します」

 ハヤトはそう返事をすると校長室の重い扉を力を込めて開く。

 …バタン

 室内にいたのはチタ先生、教頭先生、そして校長先生。

 そこには数ある種族の中でも百獣の王と称される種族、虎人族の男が座っていた。

 年齢は四十ぐらいだろうか、肉体的に劣りが見え初めてもおかしくない歳のはずなのに、目の前の虎人族の男にはその気配すらない。

 その輝く銀糸にも見える白い髪が彼の雄々しさ、威圧感を強めている。

「(…何て、プレッシャーだ…)」

 各国家が共同して学園を作る中、たった一人で学園を作り上げ、一代にして国家権力と張りあえる実力を持つ男。

 白虎、伝説や神話の中で神獣と謳われる者。

 目の前の男にはその言葉が相応しかった。

「そう警戒する事はない、とって喰おうと言うわけではないのだから」

「…はい」

 警戒するなと言う方が無理だ。

 蛇に睨まれた蛙、象が蟻を踏み潰そうとしているような圧倒感にハヤトは飲まれそうだった。

「さて、私が留守の間に色々と面倒な事があったようだな、教頭」

「は、はいぃ!!」

 校長の言葉に過剰に反応する教頭。

 ハヤトや教頭だけではない、最速と謳われる黒豹族のチタ先生でさえ身動きできないでいる。

「話は大体聞いている、学園としても君の案は実に魅了的で平和的案だと考えてる、無論、私自身もそう思っている」

「……」

「もっともそれは昨夜の段階での話、現状はたった一人の猫人の少女によって覆された、しかもかなり悪い方向へね」

『私は真実を話します、それは…』

 窓の外からミアの声が聞こえてる。

 その内容とは事件の時、彼女が見た校長室での出来事だった。

 彼女はハヤトの事が知りたくて校長室に無断で侵入した。

 理由はもちろん彼の事が知りたかったためだが、そこで彼女が見たのは物とは。

『壺は…はじめから割れていたのです』

 彼女が室内に立ち入った時にはすでに壺は割れていた。

『つまり犯人は私でもケンでもハヤト君でもなく他にいます』

 その事実は今回の事件の定義を根底から覆す発言だった。

『そして、その犯人は…』

 つまり通常、生徒が立ち入る事ができない校長室に入れるのは

『先生の誰か!!』

 学園関係者、教師しかいないのだった。

 思えば彼女が校長室に入れた事がそもそもおかしかったのだ、校長室は最高権力者がいるべき場所で留守の際には通常鍵がかけられている。

 何故、ミアが今までその事を黙っていたか、理由は単純、生徒が事件を起こすより教師が事件を起こした場合の方が騒ぎになるからだ。

 しかも、その事件を犯人が隠そうとしていれば暴かれた時の騒動は並ではなくなるだろう。

 そこで彼女は黙して語らずに徹しようとしたのだ。

「教頭、チタ先生、君達は彼女の説得に行きたまえ」

「は?」

「流石にこれ以上大胆なデモをされると学園側としては困るのでね、…行きたまえ」

「は、はい!!」

 そう言って教頭とチタ先生は校長室を出て行く。

「…さて」

 それを確認して校長はハヤトに鋭い眼光を向ける。

「犯人が誰かはこの際問題ではなくなった、問題は学園関係者から犯人が出てしまうという事だ」

 勿論、ミアの目撃や発言に証拠がないのも事実なのだが、ここまで大きく多くの生徒にその事実が伝わってしまった以上、否応でも噂は立つ。

「そこで君を呼んだ」

「…何の、ためにですか?」

「自ら犯人を名乗り出た君の事だ、もう予測出来ているのではないかね」

 今の現状では生け贄が生け贄の役目を果たせない。

 教師が犯人となっては生け贄の意味が無いからだ。

「…俺に道化を演じろと」

 ならば生け贄を別の方法で使い、別の波紋を作らなければならい。

「演じる必要はない、何故なら君がもし何も知らずにその状況に陥れば、必ず同じ行動を取ったはずだ、否定できるかね?」

「…出来ません」

「考え、悩むのはおおいに結構、それが学生の本分だ、だが、今の君に選択肢は無い、それは君自身が一番良く解っているはずだ」

 強制、いや、脅迫に近いだろう言い方で校長がそう言う。

「…解りました」

「では、これを持って行きたまえ」

 校長はそう言うとハヤトに袋を渡す。

「これは?」

「ふむ、君はある程度予想がついているのに物事を確認する癖があるようだな、この事件の鍵となる物だ」

「…なるほど」

 ハヤトはその中身を確認してそうつぶやく。

「どうかね」

「まぁ、予想通りと言った所です」

「では何の問題も無いな、…行って彼女を止めたまえ」

「はい…」

 バタン…

 ハヤトは校長室から出て扉を閉めると誰にも聞こえないように大きく溜息をついた。

「…ったく、どこに行っても俺はこんな役かよ」

 ハヤトはそうぼやき、すぐに屋上へと足を向けた。



「ミア君、もう止めたまえ」

『止めませんっ!!』

 遠巻きにそう言うチタ先生の言葉にミアはそう答える。

 通常ならば取り押さえればよいのだろうが、興奮している者に不用意に近寄ると何をしでかすか解らない。

 勿論、チタ先生の速度ならば何かをしでかす前に取り押さえる事ができるかもしれないが、教師が演説をしている生徒を取り押さえる、そんな事を今この状況を見ている生徒達の前でするわけにも行かない。

 そういう理由で教頭とチタ先生はミアの側に近寄れず、説得するしかなかった。

『犯人じゃない人が犯人になるなんて絶対間違ってます、ハヤト君は犯人じゃありません、冤罪です、陰謀です、策略です、私は彼が犯人じゃないと証明されるまで抗議を止めません!!』

「君がやっているの校則違反なんだぞ」

 教頭先生がそう言うが。

『それが何だって言うんですか、私達のためにハヤト君が犠牲になろうとしているのにそんな事言ってられません、校則違反が怖くて人が助けられるって言うんですか!!』

『おおぉぉーー!!』

 ミアの言葉にグラウンドに集まっている生徒達が声を上げる。

 どうやら情勢は生徒側にあるようだ。

 彼女の言葉は生徒達の言いたい事を言っており、それなりに正論なため民衆受けがいいらしい。

「だからって校則違反していいって理由にはならないぞ、ミア」

 そんな彼女に更に正論を言ったのは屋上に現れたハヤトだった。

『ハヤト君!?』

「…頼むからあまりマイクで人の名前を呼ばないでくれ、恥ずかしいから」

 ミアの拡大された声は先程からずっとスピーカーを通して全校生徒へ流れていた。

『あはは、ごめんねー』

「人の話全然聞いてないし…」

 スタスタスタ…

 頭を抱えながらハヤトは自然な足取りでミアに近づいていく。

 それを静止しようと教頭とチタ先生が一瞬動こうとするがハヤトがそれを逆に止める。

「ミア、どうやら俺が犯人になる必要が無くなったみたいなんだ、だからそんな事する必要ない」

『え、本当!?』

「本当だよ」

『あぁ、良かったぁ…』

 ミアの安堵の声が校内に響く。

『あれ、じゃあ犯人が解ったの?』

 ミアのその言葉に生徒達がどよめく。

「ああ、それを今からみんなに説明する」

 ハヤトは何時の間にかミアの近くまで接近し、マイクを貸せと手を出す。

「ほいっ」

 ミアが軽くマイクを放り投げる。

「おう」

 パシッ

 ハヤトはそれを受け取りミアの隣に立つ。

『さてと、みなさんおはようございます、とりあえずこの学園の人族代表ハヤトです』

 下を見下ろすとグラウンドにいる全校生徒がこちらを見上げている。

 その団体から離れた所でケンが「何やってんだあいつら」と言わんばかりに頭を抱えているのが見えた。

『スケール小さいね、この学園で人族ってハヤト君しかいないじゃん』

 スペアマイクを持っていたのかミアが隣でそう突っ込んでくる。

『ミアの方が際限無くでかすぎるんだよ』

『そっかな?』

『そうだよ』

 二人のそんなやりとりに生徒達から笑いの声が上がる。

『おっと、話がずれましたね、さて、みなさん今回の事件に関して納得いかない点、…と言うか知らない点、解らない点が多いでしょう、先程ミアが説明していましたが、今度は俺、ハヤトが順を追って説明し、事件の真犯人を推理したいと思います』

『おおぉぉー−−!!』

 お祭り好きな生徒達はどうやらこのマイクパフォーマンスが気に入ったのか、話を聞いてくれるようだ。

『まず事件は昨日の正午、俺とそこで頭抱えこんでいるケンとの野球勝負の時に発生しました』

「気安く名前で呼んでんじゃねぇ!!」

 と、おそらく言っているのだろうが、ハヤトの居る場所からでは聞こえない。

 むしろハヤトがケンを指差して言ったがために生徒達の目は自然とケンの方へ向き、ケンはその視線に晒されて押し黙ってしまう。

『そして同時刻、何かが割れる音を聞いたミアが校長室に立ち入った所に教師陣が駆けつけてきた、ここまでは良いですね』

 そこでハヤトは一旦くぎり生徒達がこの流れについてきているかを確認する。

『しかしこの流れと実際の流れでは違う点があります、では次は違う点を上げていってみましょう、まず、ミアの発言からも解るように彼女は音が聞こえる前に校長室に入っていた、その理由や目的はこの際気にしないで下さい、解決済みですから、そして室内にいる彼女は突然のガラスの割れる音に驚きます、そのガラスが割れた原因はケンの打った球が原因、ここまでは何の問題ありません、問題は割れた音が二回聞こえた事、ここがおかしいですよね、教師陣は音が二回鳴ったがためにケンの球がガラスを割って壺を割った、もしくはケンの球がガラスを割りミアがその驚きのせいで壺を割ったの二つに容疑をかけました、まぁ、当然な成り行きです、そこで俺、ハヤトが事を全て穏便に済ませるため、二人の代わりに犯人役に名乗り出た訳ですが、ここの馬鹿猫のせいでその計画が破綻してしまいました』

『ば、馬鹿猫ぉ、ちょっとそれかなり酷いよ!!』

 ハヤトの言葉にカチンときたミアが喰いかかる。

『わ、馬鹿、ここからがかなり格好良い所なのに邪魔するなよ、だから馬鹿猫って言われるんだ』

『言ってるのはハヤト君だけじゃない!!』

 そこでまた生徒達から笑い声が飛ぶ。

『あー、お見苦しいところをお見せしました』

 ハヤトは暴れるミアをなんとか押さえつけ…もといなだめて話を続けようとする。

『えーっと、そこで学園側としては偽の犯人ではなく、真犯人の追求が必要となった訳です、そして俺は幾つかのの物的証拠を先程校長先生から頂き、それにより真犯人が誰なのかが解りました』

 全生徒が息を呑む。

『それは…教頭先生、貴方だ』

「なっ!!」

 バーン

 …と、推理ドラマやアニメなどでは効果音がかかりそうな所だが流石にそこまでは用意していない。

『まずミアが校長室に立ち入った時にはすでに壺は割れていた、と言う事は犯行は今回の事件より前に行われている事になります、校長室は基本的に防音なので窓が空いてない状態ならば、事前に壺が割れたぐらいで外に音は響かない、付け加えるならば校長室に校長先生が不在の場合、常時鍵がかかっており生徒が立ち入る事はできない、おまけに鍵自体の数もそれほど多くは無い、つまり犯人は校長室に普段から出入りする事ができる人間と言う事になる』

 教頭の顔が目に見えて歪んでくる。

『そして気になる二つの音、みなさんおかしいと思いませんでしたか、何故二つも同じような音が鳴ったのか、そう同じような音、ガラスが割れる音と壺が割れる音が似てはいても同じであるはずがない、そこでこの証拠を見せる事となります』

 ハヤトはポケットから一つのカセットレコーダーを取り出す。

 それをハウリングしないようにマイクに近づけて再生すると。

 ガシャァァァーーン

 ガラスの割れる音がスピーカーを通して響く。

『これは時間設定式のレコーダーで時間セットしておくとその時間に再生ができるタイプ、ようするに目覚し時計みたいなレコーダー、これが校長室前の木から発見されたそうです、犯人は調度俺とケンが勝負している時間にタイマーをセットして鳴らした、犯人にとって誤算だったのはミアが現場に居て、ケンが球を打ってその球が本当にガラスを割ってしまった事、それさえなければ試合の途中で音が鳴り大勢居た生徒の誰かが校長室に駆けつけ、何らかの理由で壺が割れたと言う、まあ、完全犯罪が成立したわけです』

 そう、それだけ考えるならばこの事件は実に単純なものだった。

 教頭が故意か事故か何らかの理由で壺を割り、それを偶然の事故に見せかけるはずだった。

 それなのにハヤト、ミア、ケンの偶然が重なり、大きな事件となってしまった。

 その結果こうやって事件が解明されてしまった。

 実に皮肉なものだ。

『さて、教頭先生、見たところご丁寧にレコーダーから指紋が検出されております、時間からいって昨日の午前中に事が起こったようですし、校長室を詳しく調べれば痕跡の一つ二つは軽く出てくるでしょう、後は、それが教頭先生のものかどうかを調べるだけです』

「……」

 両の目を見開き、こちらを直視する教頭先生。

『ですが…』

「うわああぁあぁぁーーー!!」

 ダッ!!

 叫び声を揚げながら教頭先生が猛烈な勢いでこちらにダッシュしてくる。

『なっ…』

 ある程度はこうなる事は予測していた。

 極限の状況下でそうそう人が大人しくする訳が無い。

 当然教頭先生の暴走も予期していた。

 だが…。

「(何やってんだ、そっちじゃねぇだろ!!)」

 そう、教頭先生はハヤトに向かってきたのではなく、ミアに向かっていったのだ。

『ミア、避けろぉ!!』

 マイク越しにハヤトがそう叫ぶ。

 だが、羊人の教頭のダッシュ力は思ったより速く、ハヤトがそう叫ぶ時にはすでにミアの近くまで迫っていた。

 ハヤトにとっては予想の範疇であってもミアにとってはそうではない。

「きゃぁ!!」

 しかし、そこは猫人。

 悲鳴を上げながらも反射的にその場を飛び退いて教頭のタックルをかわす。

 けど、その行動が更に状況を悪化させてしまった。

「馬鹿、そっちは…」

「え…」

 反射的に飛んでしまったせいなのだろうか、ミアが飛びのいた先には地面がなかった。

「ぁ…」

 そう、ミアは…後ろに向かって飛んでしまったのだ。

「ミアぁぁーーーーっ!!」

 パシ…

 間一髪でミアの手にハヤトの手が届く、だがそのハヤトの体も同じように宙に投げ出されていた。

「く、先生ぇっ!!」

 ヒュ…

 残った片方の手でハヤトはどこからともなく重りのついたロープを取り出し、屋上の中央に向かって重りを投げる。

 どこにも引っかかる場所が無いロープは狙い通り屋上の中央に落ち、見る見るハヤトとミアの落下に合せて引きづられて行くが。

 ズザァ…

「ぐっ…」

 そのロープをチタ先生が即座に引き寄せる。

 これもハヤトは前もって予測していた。

 教頭が暴走した場合を想定してロープを隠し持ち、それを最速のチタ先生が反応してくれて拾い引き上げてくれる。

 だが、そこにミアの重量までは計算に入っていなかった。 

 ズ、ズズズゥ…

「がぁ…」

 チタ先生の体がどんどん引きづられて行く。

 素手でロープを握り、二人分の重さを支えているせいでその手が赤く染まっていっていた。

「(何か、何か手は!?)」

 必死、文字通り必死の思いで何か手段を探すハヤト。

 周囲には掴むものもなければ、窓すらない。

 いや、窓はあったのだろうが垂れ幕のせいでどこに何があるか解らなかった。

 あるのは垂れ幕によって覆われた壁のみだった。

 垂れ幕は掴まるには幅があり過ぎるしハヤトだけの力ではミアを支えきれない。

 その様子を見た生徒達がグラウンドの端にある用具室から慌ててマットを持って校舎に走ってこようとしているが、とてもじゃないが間に合わない。

 それ以前に必死のハヤトにそんな事が解るはずも無かった。

「(くぅ、そぉぉーーーっ!!)」

 ループを巻きつけた腕が千切れてしまいそう熱い。

 二人分の重量を片手で支えているためか、腕はすでに赤くうっ血しており、内出血は間違いない。

 いや、それ以前に気を抜けば折れるか外れるかして、意識が焼き切れてしまいそうだ。

 そんな狂いそうな意識の中で

「ォー…」

 僅かだが、空気の振動がそれを伝えてくる。

「ハ・ヤ・トォォォーーーーーーっ!!」

 聞こえた。

 ハヤトはその声をはっきりと聞いた。

 その位置から聞こえるはずの無い声がはっきりと聞こえた。

 それはまるで咆哮のように力強く、仲間を呼ぶ狼のように気高い声。

 一人だけ居たのだ。

 グラウンドではなく、生徒達から離れて校舎に近い位置に一人だけ。

「(ケンっ!!)」

 姿は見えないが確信していた、彼が居る事を。

「木に向かって飛べぇ!!」

 ありったけの声でケンが叫んでいる。

「っ!!」

 考えるより先に、体が反応していた。

「ミア、しっかり掴まれ!!」

 グ、グググ…

「おおぉぉぉぉ!!」

 火事場の馬鹿力というのだろうか、最後の力を全て振り絞りハヤトは片手でミアの体を自分の体の所まで引っ張り上げ、しっかりと抱きしめる。

「いっけぇぇぇーーーーーーー!!」

 そして…

 ダンッ!!

 ハヤトはロープを手放してその場で唯一使える道具、壁に足を着け、思いっきり力を込めて真横に飛んだ。

「(頼むぞ…ケンっっっ!!)」

 その先には大きな木。

 バサ、バサササ…

 木の枝が幾分かのクッションになり落下速度が緩む。

 だが、その全てを殺しきるには枝の数、落下期間が短すぎる。

 そしてハヤトとミアが木を抜け地面にぶつかる時。

 ケンの姿が見えた。

 ドオォォーーーン。

 落下と同時に砂煙が舞う。

「…つぅー」

「あいたた…」

「間一髪だったねぇ」

「ああ…」

「おい、お前等呑気に話してないで早くどけよ…」

 砂煙の中に三つの重なり合う人影があった。

 もちろんハヤト、ミア、ケンの三人だ。

 ケンが一番下で次にハヤト、ミアの順に重なっている。

『おおおぉぉぉーーーーー!!』

 それを見た生徒達が歓声を上げる。

 九死に一生とか、奇跡の瞬間とかいう特番に送っても恥じないような場面だ。

「ミア、とりあえずお前がどけよ、重い…」

 一番下のケンがさも重そうにそう言う。

「えー、それ酷いよ、私体重軽いんだよ」

 そう言って一番上にいたミアが退く。

 木を突き抜けてきたせいで擦り傷だらけだが大した事はなさそうだった。

「おい、てめぇも早くどけ」

 今度はハヤトに退けとケンが言うがハヤトは退こうとしない。

「…もう一度名前を呼んでくれたら…退くよ」

 少し小さめな声でハヤトはケンにそう言った。

「あ、甘えてんじゃねぇ!!」

 ケンは真っ赤な顔をしてそう怒鳴る。

「酷いなぁ、ケンは、でも、そう言う所が…」

「…ん、どうした?」

 途中で途絶えるハヤトの声。

「…おい、おいてめぇ、まさか!!」

 ケンがハヤトの体を動かさないように身を起こすと

 ヌル…

 ハヤトを支える手にまだ温かい液体がこびりつく。

「ハヤト…君?」

 ミアのそんな声が小さく聞こえる。

「ば、馬っ鹿野郎っっ!!」

 ケンは自分の上着を脱いで地面にしき、その上にハヤトをゆっくりと寝かせる。

「てめぇ、何で早く言わなかった!!」

 おそらく落下の際に木の枝に引っ掛かったのだろう。

 ハヤトの脇腹が大きくえぐれていた。

 無論、そこから大量の血が流れ出ている事は言うまでも無い。

「心配…かけたく、なかった…」

「馬鹿かてめぇは、どっちにしろ心配するに決まってるだろうが!!」

 自分の白いシャツを強引に引きちぎり、ハヤトの傷口に当てるがすぐに赤く染まってしまう。

「くそっ!!」

「そうか、そうだよな…そう…」

「おい、何目ぇ閉じてんだ、寝たら死んじまうぞ、起きろ…おい、ハヤト!!」

 ハヤトの返事は無い。

「誰か、誰か救急車を呼んでくれ、誰でもいいから、…ハヤトが死んじまう!!」

 ケンは立ち上がってそう叫びながら駆けて行く。

「ハヤト…君…」

 腰が抜けたように、ハヤトの隣に崩れるミア。

 ケンが当てた布地から血が流れ落ちる。

「ぁ…」

 ミアも同じように自分の服を使いハヤトの傷口に当てて血を止めようとするが

「ぁ、ぅあぁ…ぁ…」

 同じようにすぐに血が滲んでくる。

「ハヤト…」

 滲んだ血が手につく、その感触、その匂い、その温もりが、ミアに現実を突きつける。

「死なないで…ハヤト、ハヤト…」

 動かないハヤトが残酷に…ミアに現実を教える。

「ハヤトォォーーーーー!!」


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