四時限目『犯人は俺だ!!』
〜 四時限目『犯人は俺だ!!』 〜
ハヤト転校二日目、放課後。
つい先程まで対決していたハヤトとケンだが事態は一変していた。
今、彼等がいる場所は学園内において最も強い権力をもつ者がいるべき場所。
すなわち校長室。
そして室内にはハヤトとケンの他にミア、そして教師達の姿があった。
さて、ではなぜ彼等がそのような場所にいるのか、状況を説明する必要がある。
正午より開始されたハヤトとケンの勝負、その三本目の野球対決中に事は起きた。
ケンの打った球が校舎に向かって飛び、陶器の割れる音がした。
この段階ならばケンがガラスを割ったのだと決まるわけだが、その後、もう一度陶器の割れる音がする。
その音の発生源は両方ともに校長室、教師陣が校長室に駆けつけた時に現場にいたのがミア。
現場には割れた一枚のガラス、そして砕けた高級そうな壺。
ガラスだけならばともかく、壺が割れている事が事態を悪化させた。
そして、その壺を割った犯人の容疑が今、ケンとミアにかけられ、ハヤトはその証人として呼ばれていた。
ケンは当然の事ながら何故ミアが容疑をかけられているのか、それは彼女が現場に居た事に起因する。
全員がグラウンドにいるなか、何故彼女だけが校内におり、何故現場にいたのか、それだけでも想像するには十分だった。
「…つまり君は大きな音がしたので室内に入ったと?」
「はい」
「しかし校長先生はただいま外出中、校長室に無断で入ったのかね?」
「…はい」
無断侵入、その時点でそれなりの違法行為となっている。
『ふーむ…』
教師陣は首をかしげるだけだった。
確かにそのミアの容疑は明らかだった。
しかし、ここでの最も重要な問題は校長室にある壺を割ったのは誰かという事である。
この状況で考えられるのは結局2パターンのみ。
ケンの球で壺が割れたか、校長室に立ち入ったミアが割ってしまったか。
故意にせよ過失にせよ、その罪が消えるわけではない。
どちらにせよ状況は緊迫していた。
「…こうなってしまっては校長先生に判断してもらうしかありませんな、校長先生がお戻りになられるまで二人には自宅謹慎をしてもらいましょう」
老齢の羊人、教頭先生がそう言う。
「え…」
「ちょっと待てよ!!」
その言葉を聞いてケンとミアの顔が一気に険しくなる。
「それじゃまるで俺達が犯人みたいじゃねぇか、そりゃ俺達が疑わしいのは解る、この状況じゃしかたねぇかもしれないけど、これが事故って可能性だってあるんだし、証拠も何も無しにそんな…」
「では、他に良い案、もしくは犯人がいると?」
「そ、それは…」
ケンは何かを言おうとして口篭もる。
無いと言えばそこで終わり、かといって犯人が誰かなどケンには解らなかった。
「では…」
教頭が決を取ろうとした時
「…待ってください」
ずっと黙っていたハヤトが口を開く。
「…君は確か」
「昨日転校してきました人族のハヤトです」
「それで、どうかしましたか?」
「先程の案より良い案の提示と他の犯人の申告をしたいと思います」
教頭の素っ気無い態度をよそにハヤトは淡々とそう言った。
「…ふむ、聞きましょう」
その言葉に多少なりとも聞く価値があると判断したのか、教頭はここではじめてハヤトの言葉に興味を持つ。
「まず、先程の案の訂正から言います、状況から言って二人が共犯の可能性はありません、そうなると仮にどちらかが犯人だとしても片方は無実の罪の問われるので、どちらかに無用の火種を作る事になるでしょう、後々の事を考えればそれは学園側としても良くない事のはず…」
「…確かにその通りですね」
「そこでこの際、犯人を一人に絞りその人物を謹慎処分として、校長先生の判断を待った方が得策かと思われます」
つまりその人物を犯人最有力候補として、この際処罰を受ける人物としてしまおうと言うわけだ。
「…なるほど、そこで君は二人とは別の犯人を指定するわけだね?」
「はい」
「誰かね?」
そこが問題点だった。
ケンでもミアでもない第三者の。
校長室の中ににわかに沈黙が流れ全員がハヤトの次の言葉に注目する。
そして、その次のハヤトの言葉は誰も予想していない言葉だった。
「…犯人は俺です」
その言葉を聞いた全員が一瞬息を呑む。
『なっ!!』
そんな中、ミアとケンの二人だけは絶句するようにそう声をあげた。
それもそうだろう。
状況から言って彼が犯人であるはずがないのだ。
それに、有力な犯人候補を差し置いて、どこの世界に犯人でありえるはずのない人物が犯人だと名乗り出るというのだ。
「…それを立証する方法は?」
一瞬、ケンとミアの方を教頭が見るが、すぐにハヤトに振り返りそう尋ねる。
「仮に二人のどちらかが壺を割ったのだとして、そもそもそれは偶然だったのか、いや、偶然ではなかった、それは故意に引き起こされたものだった、すなわち真犯人の存在、真犯人は二人を煽り偶然と見せかけて今回の事件を起こした、この場合、割れた壺が高級なものであったのが幸いです、真犯人に幾らでも動機が出来ますから」
「おい、てめぇ何言って…」
スッ…
ハヤトはケンの言葉を遮るように彼の前に手を出し、一歩前に出る。
「何故彼が野球をしていたのか、何故彼女が校舎の中にいたのか、その理由は至極簡単、彼はその真犯人にこけにされた仕返しをするため、彼女はその真犯人に…酷い事を言われたためその人物の弱みが知りたく校長室に入った、これは確かに罪ですが元を言えば全ての原因がその真犯人にあるわけです、そしてその真犯人とは他ならぬ俺自身」
「…それだけでは屁理屈になってしまうね」
「では、こうしましょう、俺と二人のやりとりは多くの生徒が聞いています、みんなは二人を助けたいために一致団結してその情報を集めた、そして、その人物が投げた球は実は彼が打ちやすいようわざと投げた球だった」
そこまで言うとハヤトは一呼吸区切って
「…他にも何か例を作りましょうか?」
そう、小さく言う。
「…いえ、もう結構です、良く解りました」
教頭はそう言うときびすを返すように言葉を続ける。
「ではハヤト君、君には校長先生がお戻りになられるまでの間、謹慎処分を言い渡します」
「はい」
ハヤトはそれを聞くと教頭と共に校長室を出て行き、他の教師達も次々と出て行く。
「そんな…」
「な、何だよそれ…、おい、何なんだよそれはっ!!」
その様を見ていたケンが食いつくように講義する。
「おいっ!!」
「教頭先生っ!!」
ミアもケンに続いて声を上げる。
「待ってください、さっきの話だけでハヤト君が犯人だなんて絶対おかしいですよ」
「そうだぜ、あんなのただの屁理屈じゃねぇか、こんなの納得いかねぇ!!」
二人の言い分はもっともだった。
「彼は自分が犯人だと自首したのですよ」
「でもよぉっ!!」
「では君達が犯人なのですか?」
『……』
教頭のその言葉に二人は沈黙する。
この学園において事件を起こす事、それは種族の威信にも関わる事となる。
それは、あまりにも重い枷であった。
「…二人とも、止めとけ」
「てめぇ…」
「ハヤト君…」
「色々…悪かったな」
ハヤトは少しだけ笑いそう言うと、教頭先生達と共に再び歩きはじめる。
そんなハヤトに何も言えず、ミアは俯き、ケンは歯を食いしばっていた。
「こんなの…納得いかねぇ、納得できるはずがねぇ!!」
誰も居ない廊下にケンの声が虚しく響いた。
ハヤト転校二日目、午後7時30分。
ハヤト下校途中。
「…で、何でこうなってるんだ?」
「仕方ないでしょ」
その後方からハヤトの後を着けるミアとケン、二人の姿があった。
「直接ここで聞きゃいいだろうが」
「それじゃまたはぐらかされちゃうよ」
謹慎処分の書類を受け取ったハヤトが校舎を出たのはつい先程。
それまで二人は彼が出てくるのを待ち、今まさに尾行をしている最中であった。
「家まで押しかけて問い詰めないと…」
今までの推移上、そうやって追い詰めないと駄目だと言う事を学習したミアであった。
「おっさん達に家の場所を聞いた方が早いだろ」
「今先生達に聞いたって教えてくれるわけないじゃない」
「あー、そりゃそうか」
他の生徒ならばいざ知らず、この二人が聞いたのでは疑惑がありまくりである。
「とにかく、後を追うの」
そう言って約十分。
ハヤトの後ろをつけるミア、そしてその後ろを行くケン。
足取り軽いミアに対してケンは面倒だといわんばかりに歩いていた。
「…なぁ、ミア」
「何?」
「…お前、何か楽しんでねぇか?」
「え、な、何で?」
目に見えて動揺するミア。
「尻尾が揺れてる」
「どこ見てんのよ!!」
バリッ。
一閃、ミアの爪がケンの顔を切り裂く。
「いっ、んっんんー…」
堪らず叫びそうになるケンの口をミアが塞ぐ。
「大声出しちゃ駄目でしょ!!」
自分で引っかいてきた癖に、と目で訴えるケン。
「さ、行くわよ」
だが、当然無視される。
「もう帰りてぇ…」
散々な目に会って半分涙目になっているケンであった。
そして更に二十分が経過した時、ようやくハヤトがアパートの一室へ辿り着き、中に入っていく。
「あそこがハヤト君の家か…」
「はーん、意外と普通だな」
良くも無く、悪くも無く、普通のアパートと言った感じだった。
「…で、どうするんだ?」
「んー、まずは中の様子が知りたいな」
何と言ってまずは聞き出す状況が大切である。
それにまだあそこがハヤトの家であるという確証もないし、まだ聞いた事がないが彼に親兄弟がいた場合は流石に話がし辛い。
「よっ…」
トッ、タタタ…
ミアは軽く塀の上に跳躍すると忍者の如くアパートの窓際まで駆けて行く。
「おー、流石は猫人、軽業はピカイチだな」
「ちょっと待ってて…」
ミアのその言葉にケンは了解と無言で手を振る。
ハヤトIN室内
「…やれやれ」
鞄をベッドの上に放り投げそうぼやくハヤト。
「(…まさか転校二日目で謹慎くらうとはな、少し調子に乗りすぎたか、…けど、結局は自業自得か)」
校長室ではああ言ったもの、実際原因を作ったのは自分、言い逃れはできない、いや、したくなかった。
グー。
あれこれ考えている内に腹の虫が鳴る。
「…飯でも食うか」
時刻はすでに8時を回っている。
健全な生活を送っている男子学生にとって食事をとっていないと辛い時間だ。
数分後、出来上がったものを室内のテーブルの上に置き、さぁ食べようと思った時。
「あ、七味…」
大切な薬味を忘れていた事に気づき再び台所へ。
「(ああ、大分ボケてるな俺、疲れてるせいかな、昼間散々ケンと勝負したからなぁ、…いや、これは気疲れかな、…ああ、そうかな、そうなんだろうな、まったく俺もどうにかしてるよ、…そうだ、退学になるにしろ手続きで最低後一回は学園に行くんだよな、だったらせめてその時ぐらいはあいつに…)」
台所の棚に置いてある小さな瓶を取り、再び部屋に戻ろうとする。
すると…。
「にゃっ!?」
室内に不審人物がいた。
「…何やってんだ、お前?」
まぁ、その耳と尻尾を見ればその人物が猫人であると言う事が解ったし、容姿や体つきをみればそいつが女である事も解った。
ただ一つ分からなかった事は…
「お前猫だろ…」
その猫人の少女がハヤトの用意したきつねうどんの揚げを咥えている事だった。
「なーに揚げだけ喰ってんだよ」
「あ、え、えーっと、良い匂いがしていたもんだからつい、…っていうかここで突っ込むべきはそこではないと思うんだけどなー、なーんて…」
器用に揚げを咥えたまま停止し、そのまま喋る猫人ミア。
「狐ならまだしも猫が揚げ喰うか…普通」
「そ、そこが論点なの?」
「…お前がここにいるって事は」
ハヤトはミアの横を通り過ぎ
ガラ…
おそらく彼女が入ってきたであろう半開きの窓を全部開け、周囲を見回す。
すると
「…やっぱり」
予想的中、そこにはケンがいた。
頭痛がしているのだろうか、頭を抱え込んでうずくまっている。
まぁ、何故頭を抱えているかはここにいる間の抜けた猫人を見れば用意に想像できる。
「仕方ない、おーい、ケン、お前も上がれよ」
そう少し大きな声でハヤトが言うと
「気安く名前呼んでんじゃねぇ!!」
と、言う声が遠巻きに聞こえた。
ドンッ…
「…ほら、食え、二人とも腹減ってんだろ」
二人の目の前に先程用意したものと同じものを置く。
「…何だこれ?」
ケンが珍しい物を見るかのように目の前のそれを凝視する。
「うどんっていう日本の麺料理だ」
揚げが入っているので正確にはきつねうどんと言った方が正しいのだが、二人にそこまで説明しても意味が無いのでハヤトはそう簡潔に説明する。
「ラーメン…とは違うのか?」
「麺とダシがまったく違うから別料理だ」
「はーん」
種族の性格上かケン自身の性格なのか、どうやら彼は食べ物に対しての警戒心が強いらしい。
ケンはしばらくの間初めて目にする食べ物をを観察するよう見続ける。
「いただきまーす」
一方、ミアの方は自分の欲求に対して素直なのか、迷わず箸をつけ食べようとする。
だが…
「あ、そうそう、熱いから気をつけ…」
「…ぁぉ、…ぉ…ぅ…」
ピクピク…
「…遅かったか」
ハヤトの視線の先、そこには熱い汁のかかった熱い麺を勢いよく口に放り込んだ哀れな猫人が、床にのた打ち回って痙攣していた。
「…熱いのか?」
「見りゃ解るだろ…」
ケンの言葉にそう答え、ハヤトは麺を口にいれる。
猫人族は種族的に熱いものが苦手、つまり慢性的な猫舌だ。
「…わ、私このお揚げだけでいいよ、ねぇ、ケン、この麺あげるからそっちの揚げちょうだい」
「お前猫だろ!!」
ドン!!
テーブルを叩く音が室内に響く。
「…おー、同じ言葉なのに違うリアクションしてる」
ケンのその見事な突っ込みにハヤトは素直に関心した。
「ええい、何で俺達はこんな所でこんなもん食ってんだよ!!」
「腹が減ってるからだろ、それにしたってこんなもんとは酷いな、うどんに失礼だぞ」
「そういう意味じゃねぇ!!」
「じゃあどういう意味なんだ?」
「俺達はてめぇに聞きたい事があって態々後を着けて来たんだ」
「なんだ尾行してたのか?」
「…うっ」
ケンの言葉に対してハヤトは次々と揚げ足を取っていく。
「止めなよケン、…私達はハヤト君がどうしてあんな事言ったのか聞きたかっただけなの」
それを見かねたのかただ自分が質問したかったのか、ミアが会話に割り込んでくる。
「あんな事?」
「校長室での事…自分が犯人だなんて」
「ああ、あながち間違いじゃないだろ」
「だが、本当でもねぇだろ」
「……」
ズッ…
ハヤトはお茶をゆっくり一口含み、飲み込む。
「回りくどい事を聞くつもりはねぇし、誤魔化しやはぐらかしも無しだ、てめぇは何であんな事を言った?」
「…教頭先生にも言ったけど、あれが一番良い案だったからな」
「誰にとってだ、お前はそれで退学になるかもしれねぇんだぞ!!」
ケンの一番納得がいかない点はそこだった。
会ってまだ二日目、友人と呼ぶには仲が悪く、知人と呼ぶには日が浅い。
犬人のケンは納得がいかなかった。
何故ハヤトがそんな仲間とも呼べない自分達の代わりに犯人となる事を選んだのか。
「…みんなにとっての一番良い案だからな」
「みんな?」
「獣耳学園のみんなだよ、多種族複合学園ってのは今微妙な立場だから波風立たせたくないってのが学園側の本音、それは生徒だって同じ、俺はみんなにとって一番良い選択をしたんだ」
「なっ…」
ハヤトの言葉にケンは愕然とした。
彼は思い違いをしていたのだ。
ケンやミアなどという小さな個人規模の話ではない。
「どうしてだよ…」
「何が?」
「だって、お前はまだ学園に来て二日目だろ、学園の事何も知らないくせにどうしてそんな…」
ハヤトはケンのためでもなくミアのためでもない、学園のために進んで犯人になろうとしていたのだ。
ハヤトにしてみれば転校僅かに二日目の学園のためにだ。
「そうだな、…気に入ったからかな」
「気に入った?」
「うん、獣耳学園に転校してたった二日、仲良くなろうとする奴もいれば喧嘩しかけてくる奴もいたけど、…俺に話し掛けてくれる奴が沢山いた、初めは色々驚いて態度があやふやになっちまったけど、本当は…それがすごく嬉しかったんだ」
「お前…」
「俺はあの学園が好きになったんだ」
「二日しか通ってないくせに…」
たった二日、されど二日。
「好きになるのに時間は関係ないさ、気に入るか気に入らないか、それだけだ」
「そんなの屁理屈じゃねぇか」
「俺もそう思うけど、現実的に考えてみろよ、俺一人と約三百人、どっちが重たいだろう」
ハヤト一人と獣耳学園。
比べるのは酷かもしれないが、その重さは明らかだった。
『……』
事を起こしたくないがために黙っていた二人には、その言葉に反論する資格はなかった。
少なくともミアはそのハヤトの言葉に対して言える言葉が見つからなかった。
「…けどよ、それじゃただの自己犠牲の自己満足じゃねぇか」
それでも納得できないケンはどうにかそう言葉を発する。
「言うと思った…」
たった二日だがハヤトはケンのそんな性格を見抜いていた。
「じゃあ、もっと現実的に考えてみよう、俺じゃなく二人のどちらかが犯人にされたとしよう、そしたらどうなると思う?」
「どうって…」
「まぁ、少なくともどちらか片方にとっては面白くない結果となる、事が事だけに世間が黙っていないだろう、そうなると犬人と猫人の仲は悪くなるだろうな、それが火種となって国家間の争いになれば、下手すれば戦争…」
「んな馬鹿な!!」
それは彼の想像を遥かに越えた最悪の状況だった。
そのためか、その単語に対して過剰に大声を出してしまう。
「それぐらい多種族複合学園ってのは微妙な立場なんだよ、特に犬人族と猫人族ってのは様々な種族の中でも数の多い種族だからな、ま、そこで第三者、中立にして無力な犠牲者が必要になる、幸いといっちゃ皮肉だが、人族は絶対数が多種族に比べて圧倒的に少ない、国家らしい国家すらない、つまり取るに足らない出来事として終わるわけだ」
「でも、そうなったらお前の立場がねぇだろ」
「転校したての俺に立場なんてないし、退学になったらまた転校すればいいだけだ、それぐらいの手続きは教頭先生がしてくれるさ、…あの人はそういう打算で俺と取引したんだから」
「取引?」
「だからさ、教頭ははじめからそのつもりだったんだ、どっちが犯人だとしても犬人でも猫人でもない真犯人の存在をつくる、波風立てないためにそういう生け贄が学園にとって必要だと考えていた、そこに俺が立候補、そこで取引が行われ契約成立って訳、簡単だろ」
「馬鹿げてるぜ…」
「それでみんな幸せになれるんだからいいじゃないか」
「お前はそれでいいのか?」
「だから良いんだって…」
ハヤトは再びお茶を一口飲み言う。
「……」
その間、ミアとケンは必死に考えていた。
色々な事を思い、悩み、考えた。
「理解したかい?」
数分間、ハヤトはそんな二人を見続け適度に声をかける。
「理解は…した、だが納得はできねぇ、けど…」
「けど、他に手がない」
「……」
そのハヤトの言葉にケンは答えられなかった。
「それでいいんだよ、何もする必要はない、明日か明後日か数日後か、校長先生が学園に戻ってきたら全てに片がつくさ、そうすりゃ嫌でも納得できるようになる」
「…気に入らねぇ」
ケンはそういうとそっぽを向いてしまう。
「…そっちは納得したかい?」
ミアの方を見てそう言うハヤト。
「……」
だがミアは俯いたまま黙っている。
「おやおや、こっちも納得してないか」
どうしたものかと言った感じでハヤトがそう言うが
「…駄目だよ」
「え?」
「それじゃ駄目だよ!!」
ミアは突然そう大声を出す。
「どうして?」
「だって、それじゃ本当の事を隠して都合の良い事だけを言ってるだけじゃない!!」
「…そう言うからには何か本当の真実がある訳だ」
「…っ」
ミアの顔が一瞬曇る。
「いいよ、それ以上は言わなくても、言ってももう結果は変わらないわけだし、言えば君の立場が悪くなる、いや、どんな答えだったとしても言えば俺以外の誰かの立場が悪くなる」
「でも…、それじゃハヤト君が…」
「だからいいんだって、転校するのは慣れてるから」
「……」
僅かな沈黙が生まれる。
「…もう遅いな、二人ともそろそろ帰った方がいい」
沈黙を破り、ハヤトは二人にそう促す。
「…ああ」
その言葉にケンは素直に従った。
「……」
ミアも黙って立ち上がり玄関まで行く。
だが、その足取りは目に見えて重かった。
「…なぁ、ケン」
「気安く呼んでんじゃねぇ…」
「ちょっと先に行っててくれないか」
「…けっ、解ったよ」
ケンはそう言うと扉を開けて先に出て行く。
「…やれやれ、そんな顔されると俺が困るんだけど」
「ごめんなさい…」
今にも泣き出しそうな顔のミアがハヤトの前にいた。
「私が余計な事したからハヤト君が…」
俯き、ハヤトの顔が直視できなかった。
「別に君のせいじゃないよ」
「でも…」
罪悪感だろうか。
ミアはハヤトの言葉に対してただただ謝るだけだった。
「…はぁ」
スッ…
ハヤトは深く溜息をつくとミアの前に手を出してグッ握る。
「…ハヤト君?」
「さて、この手の中には何があるでしょう」
「え?」
ミアの注意が手に移ったのを確認してハヤトは手を開く。
ポンッ!!
「わっ!?」
ハヤトの手はまるではじけたような音を立て、その手には一輪の花が握られていた。
「え、何これ!?」
はじめてみるその現象にミアは驚きの表情を隠せないでいた。
「…まぁ、人族の特殊能力って所かな」
ハヤトはそう言ってその花をミアに差し出し
「本当は退学受けてから言うつもりだったんだけど」
深く一呼吸して言う。
「…ごめん」
「…え?」
ハヤトのその突然の言葉に思わずミアは顔を上げて彼の顔を見てしまう。
「悪かった、猫が嫌いなんて言って、…その、昔ちょっと猫人の知り合いがいて…どうしても先入観みたいなものがあったんだ、きまぐれで、自分勝手で、…でも、君は違うみたいだ、俺の事を心配してくれた、だから…ごめん」
謝罪なのだろうか、それとも自分自身への懺悔なのだろうか、その表情からそれを伺える事はできなかったが、ミアはハヤトの言葉を聞き入っていた。
「そんな…事、だったんだ」
「勝手な言い分なのは解ってる、俺のせいで色々嫌な思いをさせたのも迷惑かけたのも解ってる、でも、これだけは会えなくなる前に言っておきたかったんだ」
少し照れながら、しかし真剣な眼差しでハヤトは
「…ミアの事は嫌いじゃない」
確かにそう言った。
ミアもその言葉ははっきりと聞いた。
「だから、そんな顔はしないでくれ」
「……」
その言葉を聞いてミアの顔が一瞬驚きの表情を見せる。
「…どうかした?」
「…ハヤト君、はじめて私の事名前で呼んでくれたね」
少しだけミアの表情が明るくなったような気がする。
「あれ、そう…だったかな?」
やや自信なくそう答えるハヤト。
少しだけ照れも入っていたかもしれない。
「…それで、そろそろ手が疲れてきたんだけど」
ハヤトは先程から花を差し出したままだった。
「あ、ごめん」
ミアはそう言ってハヤトから花を受け取る。
「謝るなよ、仲直りのつもりなんだから」
「…うん、じゃあ、ありがと」
そう答えてミアは笑った。
「ああ…その、本当に悪かったな…」
「もういいよ、私、ハヤト君が本当の事言ってくれて嬉しいんだ、これで私も踏ん切り付いた、ありがとう、ハヤト君」
「…もう大丈夫みたいだな」
ミアの顔に、その瞳に光が戻ったのを確認してハヤトは微笑む。
お互い憑き物が落ちたように素直に笑えた。
「さ、外でケンが待ってる」
「うん」
そう答えるとミアは扉を開けて外に出る。
「あ、そうだ、この花何て名前なの?」
「秘密」
「けちー」
「今度また会えたら教えてやるよ」
「うん」
そして、ミアは扉が閉まる前に振り向き。
「またね、…ハヤト」
満面の笑みでそう言った。




