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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第04話「華咲け、獣耳学園」
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十八時限目『届かない電話』

 ~ 十八時限目『届かない電話』 ~


 ハヤト宅、玄関口。

「押しかけた上に色々愚痴っちまって悪かったな」

 靴を履きながら、そう謝罪するケン。

「気にすんなよ、らしくもない」

「はは、だよな」

 そんなケンに軽くそう言葉を返すハヤト。

「……で、決心はついたか?」

「ああ、もう尻尾を巻いて逃げ出すなんてごめんだからな」

 そう言ってケンは軽く苦笑する。

 自虐的な笑い方ではない。

 どこか吹っ切れた感のある笑い方だった。

「そうか」

「マジで世話になった。今度飯でも奢るわ」

「おう、期待しないで待ってるよ」

「へっ、んじゃ……また明日な」

「ああ」

 そう言って、ケンはハヤト宅を後にした。

 そんなケンの後姿を見送り

「……やれやれ」

 カチャ……

 廊下途中に置いてある電話の受話器を手に取るハヤト。



 ガチャ……

「たっだいまー」

 玄関の扉を開け、大きな声を上げるミア。

「うるさい。それにただいまじゃなくお邪魔しますだろ」

 声を聞きつけ、台所から姿を現すハヤト。

「いいじゃんいいじゃん、細かい事気にしなーい」

「はぁ……」

 一度大きく溜息をつく。

 この猫人相手に常識を説く事が段々馬の耳に念仏だと悟り始めたハヤトであった。

 猫人相手に馬の例え話を出す時点ですでに終わっている気がする。

「ハー君、これ台所に置いとけばいーい?」

 続けて、巨大な買い物袋を両手に下げたアイが現れる。

「はい、台所の床下収納庫に入れといてください」

 米、味噌、その他飲み物の数々、軽く見積もって二十キロはあるだろう。

 男でもそれらを持ち歩くのはなかなかに重労働であるはずなのだが、アイは汗一つかかず、顔色一つ変えていない。

 ……この際、そこツッコミを入れるのは愚行であろう。

「この家、床下収納庫もあったんですか?」

 更に続けてスズカが現れる。

「地下室と隠し書庫は男のロマンだ。男だったら誰だって自分の家に欲しいと思う」

「……あるんですか?」

 ハヤトが言うのならばありそうだ、と言った顔をするスズカ。

「やっほー、お呼ばれしたので来たよー」

「お邪魔します……」

 最後にキユとミユの二人が入ってくる。

「ああ、いらっしゃい」

 手筈通り、ミア達が帰り際に呼んで来てくれたようだ。

「さて、メンバー揃ったし本格的に用意はじめるか」

 時刻はすでに日が沈もうとしている時間。

 皆の空腹度合いもそろそろレッドゾーンに突入しはじめる頃だろう。

 ダシの準備は出来ているとは言え六人分の鍋料理、それなりに作業時間を要する。

「ハヤト君、私も手伝うよ」

 そう申し出るミユ。

「ああ、じゃあ手伝ってくれ」

 それを承諾するハヤト。

 ミユが申し出たのは彼女自身が料理を出来、ハヤト一人では大変であろうという純粋な善意からである。

 そこに打算は無い。

 だからこそ、ハヤトもそれを承諾したのだが

『……』

 そのやり取りを見て、ミアとキユは非常に微妙な表情をしていた。

 悲しいかな、料理と言う分野ではミユに対し二人に勝ち目は無い。

 例えミユに他意が無くとも、差を着けられていると感じずには入られないのが悩める乙女の苦悩である。

 しかし、現実問題手伝ってもマイナス要因でしかないため、ここは黙ってリビングで大人しくしているしかないのであった。

「……あれ?」

 リビングに足を踏み入れた所でミアがテーブルの上のある物に気がつく。

「ハヤトー、このお酒何ー?」

 テーブルの上には各種缶ビールとカクテル等が並んでいた。

 内数本は空になっているが、半分以上がまだ開けられていなかった。

「ああ、ケンの奴が差し入れだって持って来た」

「あれ? ケンも来てたの?」

「皆とすれ違いでな」

 ハヤトはキユの問いにそう答えを返す。

「へぇ……」

 そう言っておもむろに缶ビールを手に取るミア。

「飲むなよ未成年」

 ミアの指がプルタブにかかる前にそう釘を刺すハヤト。

「えー、だって勿体無いじゃん。どうせ二人で飲んでたんでしょ?」

 現に数本空になっているとミアは問い詰めるが

「飲んでない。ってか飲めない。俺は下戸だ」

「嘘っ!! ハヤト飲めないの!?」

 ミアは心底驚いたかのようにそう声を上げる。

「……同じような事をそれを持って来た自称不良からも言われたな」

「だって、ハヤト君って如何にも飲めそうなんだもん」

 キユのそんな声に複雑な表情を見せるハヤト。

「よっぽど俺は酒が飲めると思われてるんだな」

 ケンにも同じ事を言われたと説明する。

「だって……」

「ねぇ……」

 ミアとキユは二人してそうアイコンタクトを交わし合う。

「自慢じゃないがビール一杯で潰れる」

 これまたケンに説明した時と同じ台詞であった。

「よし、んじゃ飲もう!!」

「人の話聞いてなかったのかお前は」

「私の酒が飲めないってのかー!!」

「聞けよ人の話」

「えー、だってハヤトって飲んだら速攻で潰れてくれるんでしょ? だったら潰れた後は介抱の名目でやりたい放題じゃん」

「この馬鹿猫は……」

 軽い頭痛を感じながらもテーブル上の酒類を回収し始めるハヤト。

「あー」

「あーじゃない。さっきも言ったが未成年が酒を飲むな」

「けちー」

「法律を守れと言っている」

 ハヤトは回収した酒類を冷蔵庫へと運ぶ。

「あり? 飲まないんじゃなかったの?」

「俺は飲まないが飲む人が一人居る」

 そんな会話を交わしていると

 ガチャ……

 リビングの扉が開かれる。

「あ、お酒だー」

「姉上……」

 露骨に、難しそうな顔を浮かべるハヤト。

 そこに立っていたのはアイだった。

 別段、それだけならばハヤトとてそこまで難しい表情はしないだろう。

 問題なのはアイの今の姿。

「シャワーを浴びるのは構いませんが、せめて服を着てから出てきてください」

 どうやら何時の間にかシャワーを浴びてきたようだ。

 端的に言えばバスタオル一丁。

 付け加えて説明するならばまだ髪が乾いておらず、しっとりと濡れた肌から蒸気があふれている。

 実に艶っぽい。

「いいじゃない。ここには女の子しかいないんだし」

「俺が居ます。ってか女同士でも限度があるでしょう」

 見れば、スズカを除いた女性陣は目を丸くしていた。

 簡単に言えば戦意喪失状態と言った所だろうか。

 タオル一枚では隠し切れないプロポーションを前にただただ立ち尽くす三人。

 自身のプロポーションに自身の無い者にとっては圧倒的な戦力の差を見せ付けられるような形であった。

「ハー君、私ビールがいい」

「少し待って下さい」

 そう言って手に持っていた缶ビールを冷凍庫の氷箱の中に入れ、コップをその隣に置き、冷凍庫の蓋を閉める。

「姉上、とりあえず服を着て来て下さい。室内の気温が高いとは言え冬場です。その格好で居ると風邪を引きます」

 冷えるまでの時間もあると説明され、渋々バスルームへ帰っていくアイ。

「ハヤト質問ー」

「何だ?」

「お酒飲めないのにビール冷やす手際が良かったです」

「飲めないのと味が解らないのは別だ」

 ハヤト曰く、それなりに酒の味は解ると言う。

「正月にもお屠蘇を一口飲んでただろ。微量であれば飲めない事も無い」

「あー、あの凄い味のお酒」

 お屠蘇とは、一年間の邪気を払い長寿を願って正月に呑む薬酒の事である。

 数種の薬草を組み合わせた屠蘇散と呼ばれる延命長寿の漢方薬を日本酒に浸して作り、小・中・大の三種の専用の盃を用いて飲む。

 昔から、「一人これを呑めば一家病無く、一家これを呑めば一里病無し」と言われ、正月の祝いの膳には欠かせないものとなっている。

「あれはなかなかに強烈な味でした」

「良薬口に苦しって訳じゃないが、行事物の酒で薬酒だからな。本来は飲用に使われる物じゃないし、味を求める方が間違ってる」

 更に付け加えるならば、お屠蘇は客人にも振舞う事があるが、基本的には家族で飲むのが通例である。

「ハヤト君、鍋の準備が出来たよ」

 そうこう話し込んでいる内にミユが鍋の準備を終わらせていた。

「あ、悪い。何か任せちまったな。具はこっちで作るから」

「ううん、そっちも手伝うから」

「それじゃ、分担してやるか」

「うん」

 そんなこんなで家庭料理人二人の手によって鍋の具はあっという間に完成し、ハヤト宅における鍋パーティが始まるのであった。



 ブロロロ……

 海辺を走る一台の車があった。

 リムジン。

 乗用車で運転席と客席との間に仕切りのある型式の車をそう呼ぶ。

 富豪と呼ばれる人達の高級車で良く登場する車である。

「ここに来るのも久しぶりね」

 そのリムジンの客席にて窓の外を眺めながら牛人の少女、コゥがそう呟く。

「お嬢様が学園の寮に入られてからですから凡そ一年となります」

 コゥの向かい側に座っているスーツ姿の牛人の青年がそう答える。

 がっしりとした体型で車内であるというのに背筋を伸ばし、何時でも動けるような体勢を取っている。

 熟練のボディガードと言った印象だ。

「早いものねぇ」

「屋敷の者達もお嬢様がお帰りになられるのを心待ちにしております」

「あら、それはどうかしら」

 男のその言葉にコゥは嘲笑を浮かべる。

「カイは何時も無表情だからどうか解らないけど、クウは私の顔を見たら驚いて逃げようとするんじゃないかしら?」

「弟達が粗相を致しました場合、私が責任を取ります」

「リクは弟思いねぇ」

「恐れ入ります」

 そう言って牛人の男、リクは頭を下げる。

「……それで、誰が問題を起こしたの?」

「はっ、諜報部の報告では西部を受け持っている企業の者が不正に着服した物資を現地の住人に見つかってしまったらしく……」

「そこからその物資の流通先がバレないかと各々方は大慌て」

「はい」

「甘いわねぇ」

 やれやれと言わんばかりである。

「如何致しましょう」

「そうね、とりあえずその企業の責任者にはちゃんと責任を取ってもらいましょう。資産を一切合財剥奪、後はそのまま現地で働かせてあげなさい」

「は、ですが……」

 そんな事をすればどうなるか、火を見るより明らかだ。

「構わないわ。戦後地域で不正を働いて物資を着服するなど言語道断です。悪い事をしたのだからそれなりの報いを受けるのは当然でしょ。悪い事って見つかったらお終いなんだから」

「……はい」

「あ、そうそう。その企業のパイプラインの詳細、ちゃんと押えてる?」

「滞りなく」

「よろしい」

 そう言いながらにっこりと笑うコゥ。

 これにて話は終了とばかりに再び窓の外を見るが

 ブゥゥゥン。

 途端、そんな振動が体に加わる。

「あら?」

 どうやら携帯電話が鳴っているようだ。

 ポケットより取り出しディスプレイを開く。

「……」

 メールだった。

 ピッ……

 受信したメールを見るコゥ。

 少し、その表情が柔らぐ。

「……お嬢様、何方からのメールですか?」

「気になる?」

「はい、私はお館様よりお嬢様の……」

「はいはい、最近メル友になった子からよ。ついこの間行われたセンター試験の結果が良かったって喜んでるみたい。お兄ちゃんを驚かせるんだって張り切ってるわ」

 リクの言葉を遮ってコゥは携帯電話の画面を見せる。

 画面には「リゼちゃん」と表示されており、文章も大体コゥの言った通りの内容だった。

「差し出がましい真似を致しました」

「リクはそれがお仕事ですもの」

 謝るリクを別に咎めるつもりはない。

 もう十年近くそう言うやり取りが続いていたためだ。

 コゥにとってそれは何時もの事だし、後ろめたい事がある訳でもないので容認していた。

「お嬢様」

「何?」

「重ねて差し出がましいようですが、ご学友の犬人の少年が今朝方どこかへ外出したとの報告が……」

「……リク」

「は?」

「消されたい?」

 静かに、そう言い放つコゥ。

 微笑んでいるはずの瞳の奥には冷たい光が宿っていた。

「申し訳ございません」

「私が頼まない限り、そう言う事……止めてくれる?」

「はっ!!」

「リクは物分りが良くて助かるわ」

 にっこりと笑ってコゥはそう言う。

「……お嬢様、お屋敷が見えてきました」

 前方、運転手側の席からそう声が聞こえてくる。

「あら、珍しい」

 運転手、カイの言葉にそう答えるコゥ。

「カイがリクを助けようとするなんて」

「自分は事実を申し上げたまでです」

 確かに車のフロントガラス越しに大きな建物が見えていたが、どうにも愛想の無い……と言うよりは無感情な声が返ってくる。

「そうね、そう言う事にしときましょう」

 コゥは愉快そうにそう笑う。

 程なくして、車はその目的地に到着した。

 屋敷、と呼ぶにはその建物は大きく、ビルと呼称した方が良いように見えた。

 辛うじてその作りからビルではなく一個人の屋敷と呼称できる事が出来る程度である。

「何も変わってないわねぇ」

 車から降り、その建物を見上げてそう呟くコゥ。

 無表情だった。

 何の感情も感慨も感傷も無い。

 そんな無の表情だった。

「お嬢様っ!!」

 屋敷の中からそう大きな声を上げて走ってくる牛人がいた。

「あら、クウ」

 リク、カイと同じ格好をしているが、どうもまだ着慣れていないらしく、動きがぎこちない。

「お、お帰りなさいませっ!!」

「クウ、そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ」

 コゥはそう注意するが

「はいっ!!」

 どうにも効果は無いらしい。

「お嬢様、お荷物を……」

 コゥの少し後に立ち、リクがそう言葉をかける。

「無いわ。明日には帰る予定だったから、着替えぐらい幾らでもあるでしょ?」

「はい」

 コゥのその言葉にリクは端的にそう答える。

「それじゃ、行きましょうか」

 そう言って、コゥはその屋敷の中へと入っていくのであった。



「……ふぅ」

 大きな部屋の大きなソファーに腰を降ろし、コゥはそう溜息をついた。

「お爺様は相変わらずね」

 屋敷に入ってすぐ、コゥは自分の祖父と会った。

「お館様はお嬢様とお会いするのを楽しみにしておりましたから」

「まぁ、孫が可愛いって気持ちは一応解るつもりだけど、仮にも連合の会長ともあろう者がわざわざ入り口で孫を待ち構えなくてもいいと思わない?」

「返答致しかねます」

 自分が答えて良い問いで無い場合、リクは必ずそう答える。

「まぁいいわ……」

 そう呟いて一呼吸。

「リストを頂戴」

「はい」

 そう答え、リクは用意していた書類の束をコゥに渡す。

「一部でトラブルがありましたが西部の供給ラインは安定しております。各国とのコネクションも滞りありません。全て想定の範囲内と言った所です」

「そうみたいね」

 コゥは書類をパラパラとめくりながらリクの報告を聞く。

「やっぱり今年一番のトラブルは他種族複合学園同士の対決かしら」

「はい、件の出来事は様々な種族へ波紋を投げかけたものと考えられます。今現在表立った影響は見られませんが……」

「近い将来、人々の意識改革が行われるでしょうね」

 パサッ……

 コゥはデスクに書類を置き、そこにサインをしていく。

「まったく、余計な事をしてくれたものよね。藪をつついて蛇を出すって訳じゃないけど、ちょっかい出す相手も解らないなんて」

「報告によれば彼らは最後まで何も聞かされていなかったそうです」

「そりゃそうでしょ。知ってたらあんな真似するわけないじゃない。知るに相応しい人物でもなさそうだったし……まぁ、色んな意味で分不相応だったって事ね」

「狼人族へのペナルティは如何致しましょう?」

「……んー、半年程支援無しって事でいいんじゃないかしら。当事者達はもう相応の報いを受けてるわけだし。実際は連合の予定よりちょっと早かっただけで、それで一族諸共ってのは……ねぇ?」

「はい、お嬢様がそう申されるのでしたら」

 リクはそう答え、コゥのサインした書類を手に取る。

「……でも、私個人は彼等に感謝したいかな」

「は?」

「思わぬ所で思わぬイベントが発生したから」

 そう実に愉快そうにコゥは笑うのであった。

 ブゥンブゥンブゥン。

 テーブルにおいてあった携帯電話が小刻みに振動する。

 先程のメール着信時の振動とは違うパターンだった。

 携帯電話を手に取り、サブディスプレイに表示されている名前を見て一瞬意外そうな顔をするコゥ。

 ピッ……

「はい?」

 通話ボタンを押し、耳に当てる。

 どうやら電話着信だったようだ

「ええ、いいわよ。それにしてもハヤト君が私の携帯に電話かけてくるなんて珍しい、っていうか初めてよね。どうかしたの? ……え? ああ、ケンが……。それで? ……うん、解った。色々手間かけさせてごめんなさいね。うん、じゃあまた明日」

 ピッ……

 終了のボタンを押す。

「んー?」

 携帯電話を握ったまま、何かを考え始めるコゥ。

「……お嬢様、どなたからのお電話で?」

 少し間が空いた後、そう問うリク。

 出来るだけコゥの考えを邪魔しないようにとの配慮だったが、役割上ここで聞かない訳にはいかない。

「え、ああ。件の人族、ハヤト君からよ」

 そう言ってコゥは着信履歴を見せる。

「ちょっとした情報を提供してくれたの。でも、彼が私に電話してくるなんて思っても無かったから少し勘ぐっちゃった」

「情報……ですか?」

「ええ、情報」

 にっこり笑ってそう答えるコゥ。

 どうやらそれ以上はリクに話すつもりが無いらしい。

「何か問題が?」

 よって彼に推測できるのはその情報によってコゥが何かしら悩みを、問題を抱え込んたと言う事ぐらいだ。

「問題? うーん、問題って言えば問題かな」

 また少し悩み。

「ねぇリク、少し聞きたいんだけど?」

 リクに問う。

「何でしょうか?」

「仮に貴方が学生だとして、同級生の女の子が実は連合の会長の孫娘だって知ったら、貴方はどうする?」

「……どうもしません。おそらく住む世界が違うと思うだけでしょう」

「そうよねぇ」

 模範解答だった。

 それぐらいはコゥだって予想できた。

「普通ならそうなるんでしょうけど……」

 今回ばかりは模範解答などあてにならない。

「問題は山積みね」

「書類の方も山積みですが」

 何時の間にか、カイによって運び込まれた新たな書類がコゥの前に積まれていた。

「……はぁ、何で書類のサインを私がしなくちゃならないのかしら」

「お館様のご推薦により、お嬢様が次期連合会長となられるからでしょう」

「冷静な解説ありがとう」

 そう言いながらコゥは書類の一つに手を伸ばす。

「まったく、お爺様が突然何か言い出すのは今回に限った事ではないけれど、今回のこれは余りにも急過ぎない?」

「返答致しかねます」

「……はぁ」

 一度だけ深い溜息をつき、目の前の書類をテキパキと処理し始めるコゥ。

 山程ある書類が残り僅かになるまで時間が流れた時。

 ブゥンブゥンブゥン。

 テーブルにおいてあった携帯電話が小刻みに振動する。

 先程の電話着信時と同じ振動パターンだった。

「誰かしら?」

 こう言うのも何だが、自分の携帯電話の番号は余程親しい人にしか教えていない。

 何より、小用であればメールで事足りるため、一日に何回も電話がかかってくる事は珍しかった。

 真っ先に連想したのはクラスの面々の誰か。ミア、キユ、ミユとはメールの方が多いが良く連絡を取り合っている。可能性としては高い。

 続いてハヤト、今まで彼から電話がかかってきた事はないが、先の一件でそのルールはもう通用しない。何か状況に変化があり、再び連絡をしてくる可能性も十分考えられる。

 最後にリゼ、教えている面々の中では電話でのやり取りは一番少ないが、メールでのやり取りは多い。メールで伝えきれない事がある時には電話で話す事もあるため、これまた可能性としてはまだ考えられる。

 そんなコゥの連想の答えは携帯電話のディスプレイに表示されている。自分なりに当たりをつけて携帯電話を手に取り、答えあわせとばかりにディスプレイを見る。

 すると

「っ!?」

 予想を大きく裏切る答えがそこに表示されていた。

『着信:ケン』

 目を見開き、目に見えて動揺するコゥ。

 まず、彼女は自分の携帯番号を彼に教えてはいなかった。

 いや、それは少々誤解を招く。

 彼が携帯番号を聞いてくるのを待っていたのだ。

 今の時代、携帯電話の番号やアドレスは個人のプロフィールの一部である。彼が自分の事を知りたがるその日まで、自分の事を彼に教えない事にしよう、そう心に決めていたのだ。

 そんな彼からいきなり電話がかかってきた。

 驚かない方がおかしい。

 ちなみにコゥの方は割と早い段階でケンの番号を携帯に登録していたため、着信に表示される事となっている。

「ちょっ、リク!!」

「はい、何でしょうか?」

 近くで書類チェックの手伝いをしていたリクに叫ぶ。

「耳を塞ぎなさい!!」

「は?」

「私が許可するまで後ろを向いてて」

「はい」

 言われるがまま。

 両耳を手で塞ぎ、後ろを向くリク。

「……」

 ブゥンブゥンブゥン。

 振動し続ける携帯電話。

 緊張しながらそれを手に取るコゥ。

 状況から言って、ケンはハヤトより全ての話を聞いたはずだ。

 それを踏まえた上で、自分の携帯番号を誰かから聞き、本人が直接かけてきたのだ。

 何か話しがあると考えるのが自然である。

 その内容に関して様々な憶測が頭の中を駆け巡る。

 だが、全てを知った上で自分にコンタクトを取ろうとするのであれば、その話は自分にとって良い話である可能性が高い。

 期待と緊張が膨らむ。

 一度息を大きく吸い込み吐く。

「よし……」

 ピッ……

 携帯電話を耳にあて、通話ボタンを押す。

「はい?」

 冷静を装いながらそう声を出し、相手の出方を伺うが

「……」

 返事が無い。

「……もしもし?」

 喋るのが早かっただろうかと、再度呼びかける。

「……」

 だが、それでも返事が無い。

「…………」

 少し考える。

 そして、携帯電話を耳から離し、ディスプレイを見てみると

『着信あり』

 と表示されていた。

 ブンッ!!

 手に持っていた携帯電話を思いっきり放り投げるコゥ

 ガンッ!!

 携帯電話が何かにあたって音を立てる。

 そして

「もうちょっと待っててくれてもいいじゃないっ!!」

 コゥは力の限り叫ぶのであった。

 ちなみに、携帯電話に当たったのはリクであったが、彼は言いつけ通り耳を塞いだまま一歩も動かなかったと言う。



 一人、夜道を歩くケン。

「……さーて、ああ言ったもののどうすっかな」

 ハヤトに対して啖呵を切って出てきたのはいいものの、具体的にどうするかはまだ考えていなかった。

「とりあえず電話でもかけてみっか」

 ポケットの中に入れてある携帯電話を取り出す。

 ピ、ピ、ピ……。

「って、俺あいつの番号解らねぇし……」

 てっきり登録してあるものだと思っていたが、携帯電話のアドレス帳に該当する名前が無かった。

「……はぁ、知ってるつもりだったのに何にも知らなかったって事か」

 誰に言うでもなく一人でそうぼやき、歩きながら携帯電話を操作する。

 プルルルプルルル……

「あ、リゼか? 何だよ。俺がお前に電話かけたらおかしいのか? いや、特に何かあった訳じゃねぇよ。ああ、いやな、お前コゥのメールアドレス知ってたよな。電話番号とかも解るか? あん? うるせぇよ。……ああ、まぁ、ちょっと色々あって連絡取りたいんだ。……なっ!? 違っ……わなくもねぇけど、兎に角、知ってたら教えろって!! ……ああ、頼む」

 ピッ……

 会話を一旦打ち切り、終了のボタンを押す。

 程なくして

 ピロロォン……

 メール受信の着信音が鳴る。

 ディスプレイに送信者「リゼ」、件名「コゥさんの電話番号」と表示されていた。

 ピ、ピ、ピ……。

 メールを開き、添付されている電話番号をアドレス帳に登録する。

「(よし、これで……ん?)」

 添付されていた電話番号の下の方に「追伸」の文字が見えた。

 ピッ……

『追伸:コゥさんを泣かせちゃ駄目だよ、お兄ちゃん』

 わざわざ大きなフォントでそう書かれていた。

「……泣きてぇのはこっちだっつーの」

 少々げんなりとしながらもそのメールを閉じ

「……ふぅ」

 深く、深呼吸する。

 出来るだけ落ち着いた状況で、万全の体制で電話をかけたかったからだ。

「よし……」

 ピ、ピ、ピ……。

 携帯電話を操作し、先程登録したアドレス帳を開いて通話ボタンを押す。

 プルルルプルルル……

 コール音が聞こえる。

 今間違いなく、コゥの下へ連絡が行っているのだと考えると緊張が更に高まる。

 プルルル……

 まずはどうやって会話を切り出そう。

 プルルル……

 とりあえずこの緊張をどうにかするために他愛無い話でもするか。

 プルルル……

 何はともあれ第一声から決めなくてはならない。

 プルルル……

 普通に「よう」とか「おう」とかから入るのが無難だろう。

 プルルル……

 よし、心の準備は出来た。

 プルルル……

 後はコゥが出るのを待つだけ。

 プルルル……

 そう決心したのは良いが。

 プルルル……

 コール音だけが何度も鳴り響く。

「出やがらねぇし……」

 ピッ……

 終了ボタンを押すケン。

「はぁ、何か間が悪いな、俺……」

 コゥとて一日携帯電話を持ち歩いているわけではあるまい。

 何よりもう夜だ。

 食事や風呂の最中であったかもしれないし、何か用事があって携帯を手にしてないのかもしれない。

 早いに越した事は無いのだろうが、今日の今日に連絡を入れなければならない訳ではない。

 後でまた掛け直そうとポケットに携帯電話を入れ

 タッ……

 歩き出そうとする。

 その時



 プァアアァァァァーーーーンッ!!



 大きな音が聞こえた。

 甲高い音だった。

 多分、車のクランクションの音だったと思う。

 おそらく、そうだったと思う。

 きっと、そうだったと思う。

 そうだったと思う。

 何故なら、そう思った時には目の前が真っ白になっていて、体が動かなくなっていて。

 ……音が聞こえなくなっていたから。


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