十七時限目『彼の言葉、彼の選択』
~ 十七時限目『彼の言葉、彼の選択』 ~
日曜日、ハヤト宅。
「……うん、良い味だ」
台所にて鍋の中身を一口味見し、そう唸るハヤト。
「やっぱりダシを取るタイミングが違ったんだな」
納得と言った表情で鍋の中身をかき混ぜる。
「ハヤトー、お腹空いたー」
リビングから声が聞えてくる。
「おー、今出来た所だ。持っていくから待ってろ」
ハヤトは熱い鍋の取っ手を布で包み、それを持ってリビングへ向かう。
リビングへ足を踏み入れると飢え死にしかけの猫人が仰向けになって倒れていた。
ミアである。
「っと、どけって、鍋ひっくり返すぞ」
「うわ、流石にそれは勘弁」
熱湯地獄に落ちたくないとばかりにゴロゴロと床を転がっていくミア。
「まったく……」
そうぼやきながらもハヤトはテキパキと食事の支度を整える。
「よし、それじゃ飯にしようか」
「おー、腹減ったぞー」
ハヤトの合図を機に、身を起こしテーブルに着くミア。
そんな時。
「……兄様」
「ん、何だ?」
その一部始終を見ていたハヤトの義妹、狐人スズカがそう問いかける。
「今のご自分の姿を省みて何かおかしな点はございませんか?」
「は?」
そう言われ、自分の行動を省みるハヤト。
丁度、茶碗に米を入れようとしている所だった。
「……飯の準備をしているだけだが?」
真顔でそう返す。
「……まぁ、料理が趣味の殿方も世の中には沢山いますのでその行為自体は決しておかしくありません。問題は別のところにあります」
「んー? ……お前、鍋嫌いだったか?」
「違います……」
ハヤトの的外れな意見を聞き、傍目から見てもスズカの怒りゲージが上昇していっているのが解る。
「じゃあ何だよ?」
「恋人でもない女生徒が日曜の昼間に家に上がりこみ、ゴロゴロと居間で寝転んでいる事にさえ注意せず、あまつさえ極々自然に人数分の料理を作っている兄様が変だと言っているんですよっ!!」
ゲージを一本消費するかのように立て続けにそう大きな声を上げるスズカ。
『……』
沈黙するハヤトとミア。
三呼吸間が空き。
「……なるほど、確かにそうだな」
そう答えを返すハヤト。
「大丈ー夫、ほら、一応学園じゃ私とハヤトは公認のカップルなわ……」
スパァァンッ!!
「はぶっ!!」
間髪居れず、ハヤトのスリッパがミアの後頭部を叩く。
ちなみにハヤトが使用しているのは食事時にも衛生的なツッコミ用スリッパである。
「まぁ、スズカの言ってる事は尤もだが、話は飯を食べながらしよう。折角作ったんだ、暖かい内に食わないと勿体無い」
作った者にしてみれば料理が一番おいしい時に食べてもらえないのは苦痛なのだろう。
とりあえず食えと命令するハヤト。
一瞬スズカが何か言いたげな表情をするが、すぐにあきらめたような顔をしてテーブルに着く。
「今日はミユの味付けを真似して作ってみたんだが……どうかな?」
「……うんっ、口に含んだ時の匂いがそっくり、味の方も申し分なしだよ」
「それは良かった」
その答えを聞いて満足とばかりにハヤトも箸を進める。
「やっぱり寒い時は鍋に限るな。体が芯から温まる」
そう感想を述べるハヤト。
自画自賛とまではいかないが、料理の出来に満足しているようだった。
「うーん、鍋は嫌いじゃないけど私にはちょっときついかも」
基本的に猫舌は猫人の定めである。
鍋から具を取り出し冷ましながら食べようとしているミアを見て
「そう言うと思って冷ためのツケダレを用意してみた」
台所からタレ入りの容器を取り出してくるハヤト。
「好みに合わせて使うといい」
「おおっ、流石はハヤトシェフ」
そう言ってハヤトの差し出すタレをミアが受け取ろうとしていると
「兄様……」
「ん、何だ?」
「……いえ、何でもありません」
奥歯に何かが挟まったような言い方をするスズカ。
「途中で言うのを止められると困る。言いたい事があるなら言っとけ」
それが同居する上でのルールだと言わんばかりにハヤトは言うように促す。
「……少し、昔を思い出してただけですよ」
「なるほど」
納得したと言わんばかりの返事だった。
「……どういう意味?」
二人の間ではなにやら納得しあったようだが、事情の解らないミアにとってはちんぷんかんぷんである。
「ミア先輩にとっては面白くない話です……」
「まぁ、ぶっちゃけ昔クロとシロともこうやって昼飯食ってた時があったって話だ」
ハヤトの言葉を聞き、スズカは驚きの表情を見せる。
「あー、なるほど」
それは確かに面白くない話だと頷くミア。
「兄様……」
「どうした? 不思議そうな顔して」
「驚いてるんですよ。兄様の言葉に」
「……だろうな」
ハヤトはスズカの言葉を軽くそう流す。
「まぁ、昔は昔、今は今って事だ。何時までも後ろ向いてちゃ前に進めないだろ」
そう言ってミアを見るハヤト。
ミアは頷くように笑い返す。
「……なるほど」
そんな二人を見て何かを納得するスズカ。
「この話はこれで終わりにしよう。折角暖かい飯食ってるんだ。鍋はしんみり食べるんじゃなく楽しく食べるものだ」
そう言ってハヤトが話題を変えようとする矢先。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
「ん、誰だ?」
日曜の昼間、昼食の時間。
そんな時間に家に訪れる人物に心当たりが無かった。
「私が見てきます」
そう言って一番廊下に近い位置に座っていたスズカが席を立つ。
「勧誘かな?」
「飯時に勧誘が来るとは思えないが……」
来る場合もあるかもしれないが、確立的には低い。
確立で考えるならば、ハヤトの知り合いである可能性の方が高い。
となるとキユかミユ、次点でケン、大穴でコゥと言った所だろうか。
ガチャ……
玄関の方で扉が開かれる音がする。
スズカが開けたのだろう。
同時に応対の声が聞こえてくるはずだったが
「ハーくーん、会いたかったーーっ!!」
そんな声と同時にスズカの小さな悲鳴が聞こえてきた。
バキッ!!
さらに同時にハヤトの握る箸がそんな音を立てて折れる。
「……ハヤト、今のって」
「言うな……」
俯きながらプルプルと震えているハヤト。
かける言葉が見つからず、一瞬の沈黙の後
トタトタトタ……
玄関から廊下へ、そして居間であるここへ向かう足音が聞こえてくる。
ガチャッ。
「あ、ハー君見ーつけたっ」
居間への扉が開かれると同時にそんな声を上げ、長い黒髪の女性が入ってくる。
ハヤトの姉、人族アイである。
ちなみにその脇には失神中のスズカが抱えられていた。
……何があったかは想像に難しくない。
「姉上、来る時は事前に連絡を入れてくださいとあれほど……」
兎にも角にも、牽制の意味も含めてアイの行動に対して家主であるハヤトが一言述べようとするが
「あ、ミアちゃんも居たんだ」
「はい、あけましておめでとうございます。お姉様」
「あけましておめでとー」
「……」
ハヤトそっちのけでそう挨拶を交わす二人。
「あ、お昼ご飯中だった? お姉ちゃんも一緒していい? ハー君に早く会いたくてお昼抜いてきたらもーお腹ペコペコで……」
答える間すらなく、食器棚から自分の分の食器を取り出してくるアイ。
「……はぁ、好きにしてください」
相も変わらず姉の言動に振り回される弟であるようだ。
食後。
「それで、今日はどうしたんですか?」
そう問うハヤト。
まずはそこから入らなくてはならない。
「んー、ハー君がどうしてるかなーって気になって」
「見ての通り、普通に生活してます」
ハヤトは「そんな事か」と言わんばかりに素っ気無く返事をする。
「事情は説明したはずですが?」
「だってー、いきなりスーちゃんと二人暮し始めるなんて聞いたらお姉ちゃん心配になるじゃない」
それ自体は極々一般的な考えである。
「多少経緯は違いますが複数のクラスメートにも同じことを言われました。特にそこの馬鹿猫とか」
そう言ってミアを指差すハヤト。
「そろいも揃って同じような反応なのでいい加減飽きてきました。何故俺が何かすると決め付けるのかが理解できません」
そう不平不満を述べるハヤトだったが
「それはハー君が男の子でスーちゃんが女の子だからよー」
アイのそんな一言が返ってくる。
ご尤もな意見だ。
おそらく世間一般様から見れば、その意見の方が正論である。
「それに私を差し置いてハー君と二人暮らしなんて悔しいじゃない」
「そこの馬鹿猫からも同じような事を聞きましたよ」
そう言って再びミアを指差すハヤト。
「いやいやハヤト、これは女としての極々当然の嫉妬な訳ですよ」
何故か自信満々にそう答えるミア。
「そうよそうよー」
賛同するの声を上げるアイ。
「はぁ……」
そうやって講義の声を上げる二人を見てため息をつくハヤト。
「……」
そんな三人を黙って見つめるスズカ。
「ん、どうした?」
「いえ、口を挟む隙が無かったものですから」
どうやらミアとアイのタッグに翻弄されているらしい。
「無理も無い。あの二人が組んだら俺も口を挟む隙が無いからな」
「姉様とあれだけ相性が良い方は珍しいです」
何やら苦い思い出があるのか、苦虫を噛みつぶしたような複雑な表情を浮かべるスズカ。
「俺もそう思う……」
そんな感想を述べながら意気投合して会話を弾ませている二人を見る二人。
余程何かしらの波長か電波か振動かが一致するのだろうとハヤトは付け加える。
「あ、そうそうハー君」
「何ですか?」
「この家って部屋余ってる?」
「は?」
突然の質問に一瞬回答が出せなかった。
「一応客室が二部屋ありますが、今はちょっと物置となってます」
一階には居間と台所を除いて部屋が三つある。
その内の一つはハヤトが私的に使っているが、残りの二部屋は使う予定がないため客室として使おうと考えていた。
一月の半ばに掃除をして一旦は荷物が片付いたのだが、一度や二度の片づけで家の配置が決まるものではない。
あーだこーだと再び物を移動させているうちにその二部屋は物置と化してしまったのだ。
ちなみに二階には二つ部屋があるが、二つともスズカが使用している。
「んー、今日中に片方の部屋を片付けられない?」
「出来ない事も無いですが、何のために?」
「ちょっと今晩……んーっと、二日か三日ほど泊めて欲しいの」
「は?」
そのアイの言葉に虚を突かれるハヤト。
「……本気ですか?」
「大丈夫、迷惑はかけないわ」
にっこり笑ってそう答えるアイ。
「あ、なんならハー君の部屋でもお姉ちゃんオッケー。久しぶりに一緒に寝よっか」
「……夕方には部屋が使えるようにしておきます」
「やったー。ハー君大好きー」
そう言ってアイはハヤトをへし折らんばかりに力いっぱい抱きしめる。
男の面子で悲鳴を上げなかったのか、はたまた上げようにも上げれなかったのかは判断に苦しむところであった。
ハヤト宅、玄関口。
「……じゃ。頼み物はこの紙に書いてあるから」
そう言ってメモ用紙をスズカに手渡すハヤト。
本日は土曜日。
午後からの予定は特に無かったものの、アイの頼みで部屋を片付けなくてはならなくなった。
そうなると時間的にあれこれと手が回らなくなってくる。
予定は無くてもやる事はある。
具体的には買い出しだ。
買い置きが無い訳ではないが、アイも夕食に参加するのでは食材が足りないと判断し、ハヤトは女性陣に買出しを頼むことにしたのだった。
「ハヤト質問ー」
手を上げ、ミアがそう問いかけてくる。
「何だ?」
「何でメモをスズカちゃんに渡すんですかー?」
「……一応、この中で一番しっかりしてそうだからだ」
「がーん」
「付け加えるなら、この中でまだ一番料理が出来るのもスズカだからだ」
「ハー君ひどーい」
年上二人を差し置いて最年少者が一番しっかして料理も出来ると言われればそれなりにショックも受けよう。
「ってかハヤトー。女の子に買い出し頼むにしたって米十キロとか本気ですかって感じなんだけど……」
スズカが受け取ったメモを覗き見しながらそう声を上げるミア。
「ああ、十キロで足りるかどうか心配だ」
「はい?」
「気にするな、どうせ後ですぐにわかる」
「え、それってもしかしてマンガとかで良く見るあれですか」
その一言でミアはどうやら察したらしく、アイの方を見て関心したかのような声を上げる。
「問題は俺一人でそれだけの量を作れるかどうかだが……」
女性陣を見るものの戦力外である事は明白だった。
「あ、ならミユちゃんに来てもらえば? 家近いんだしちょうどいいじゃん」
「料理作ってもらうためだけに呼ぶわけにはいかんだろ」
「ご近所さんなのにお堅いよハヤトー」
「ご近所さんだからこそ礼儀を忘れちゃいけないんだ」
そこまで言ってふと何かを思い出したかのように悩むハヤト。
「どったの?」
「……いや、料理作ってもらうかどうかは別として、この前手伝ってもらった礼をまだしてなかったなと」
口で礼は言ったものの、形ある何かではまだ礼をしていない事を思い出したようだ。
「……待てよ、さっきつくったダシがまだ残ってたよな。……よし」
ハヤトはスズカに渡したメモ用紙を手に取りペンで加筆していく。
「帰りにキユとミユを呼んで来てくれ、連絡は俺が入れとくから」
加筆したメモ用紙を再びスズカに渡す。
「うわ、味噌五キロって重量増えてるじゃん」
再びそれを横から覗くミア。
「んー? でもこれって何作るの?」
料理下手なためか、味噌を使った料理と言われれば味噌汁ぐらいしか思い浮かばないミアだった。
「ちゃんこ鍋だ」
「ちゃんこ鍋?」
「その昔、日本がまだ栄えていた頃の時代に相撲と言う格闘技を使う力士と呼ばれる格闘家がいた。相撲は一説には神々が戦う姿を人が真似たものとも言われており、格闘技と言う面だけでなく神々に捧げる神事の一面もあったと言う。そんな力士達が食べた物をちゃんこと呼び、彼らが強靭な肉体を作るのに鍋を多く食べていた事からその料理はちゃんこ鍋と呼ばれるようになった」
「ほぅ、それはまたなかなか格式ありそうな食べ物ですな」
実物をまだ見ていないミアは想像上のその料理に思いをはせうっとりする。
「おうけい。買い出し部隊は気合入れて買い出ししてきます」
「頼んだぞ、……あ」
そう言ってまた何かを思い出したかのように少し考え込むハヤト。
「どったの?」
「……ミア、ケンと委員長の携帯番号って解るか?」
「ん、解るよー」
そう言って自分の携帯を取り出しアドレス帳を開く。
「ああ、二人も呼ぶ?」
どうせなら大勢の方が楽しいもんねとミアは付け足すが
「……んー、あー、いや、やっぱりいい」
「あれ、何故に?」
「ケンと委員長はあんまり姉上と、っていうかこっち側の面々と関わり持って無いだろ」
確かに、面識があまり無い者同士を同じ席に座らせると言うのは少々リスクの方が強く感じる。
「キユとミユは何だかんだで一応こっち側の知り合いを沢山知ってるわけだしな。今回は二人と姉上の間に面識を持たせるだけに済ませておこう」
「まぁ、ハヤトがそういうなら私は別にいいけど」
そう言って靴を履き、玄関の扉に手をかけるミア。
「ああ、最後に助言」
「何?」
「米と味噌は姉上に持たせていいから、っていか持ってもらえ。姉上なら持てる量なら重さは関係なく持てるから」
「……それって助言?」
助言というより注意や命令に近く聞こえる。
「酷いわハー君、お姉ちゃんだってか弱い女の子なのよ」
「女性である事は認めますが、成人した人間が子供と言う主張は社会的に認められません。後、か弱いという言葉も適切ではないです」
「ハー君最近冷たい」
うるうると泣きながら玄関の隅にしゃがみ込むアイ。
「……いいの?」
後が怖いんじゃないか、とミアが問いかけてくる。
「いいんだ」
その問いに対してキッパリとそう答えるハヤト。
「何があったのかは知らないが弟に甘えてくる姉にはあれぐらいが丁度いいんだよ」
ハヤトはミアに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、そうボソッっとつぶやく。
「何か言った?」
「いや、何でもない」
気を取り直し。
「片付けの後で掃除もするから、夕方までは帰ってくるなよ」
「了解ー」
「スズカ、ついでからミアに商店街の案内でもしてもらえ」
「はい。では兄様、行ってまいります」
「姉上、あまりトラブルを起こさないで下さいね」
「ハー君ってば心配性。大丈夫だから、それじゃ、行ってくるねー」
そんな感じで面々を送り出すハヤト。
それを確認し、一人部屋の片付けをすべく奥の部屋へと向かうのであった。
客間改め物置。
「まぁ、片付けっつってもこの荷物をもう片方の部屋に移動させるだけなんだがな」
部屋のあちこちに点在する荷物を一眺めして少し肩を鳴らす。
元々片付いていた部屋に持ち運びやすい荷物を少々押し込んだだけなので、片付け自体はそれほど苦になる作業ではなかった。
この際もう片方の部屋は物置にしても構わないだろう。
掃除も同じく、元々片付いていた部屋を物置にしたので邪魔な荷物を退かせば掃除機をかける程度で十分きれいになる。
実際、ものの一時間程度でその作業は終了した。
「さてと、後は布団を干して洗い置きしてたシーツを被せれば客間としては十分だろ」
ハヤトは主夫並みの手際のよさでそれらの作業をテキパキとこなしていく。
「よし、んじゃ晩飯の準備でも始めるか……」
と思った矢先。
ピンポーン。
「ん?」
玄関のチャイムが鳴った。
「(今度こそ勧誘かな?)」
先程の来訪者は姉であったが、三時前のこの時間、今度こそ勧誘かもしれない。
何にしても今家に居るのはハヤト一人である。
出ないわけには行かない。
ガチャ……
「はい?」
扉を開け、そう問いかけるハヤト。
普通ならば続けて「どちら様ですか?」と問いかける所だが、その必要は無かった。
「……よぉ」
「これまた珍しいお客さんで……」
見覚えのあるやや茶色いフサフサした犬の耳と尻尾。
犬人ケンである。
「どうしたんだ? お前が休みの日に来るなんて珍しいじゃないか」
ケンがハヤトの家を訪ねてくるのはこれが初めてではない。
前のアパートの時も、ケンは度々ハヤトの家に上がりこんでは夕食を食べていった事があった。
当初は給料日前でひもじい思いをしているケンに食事を与えるためであったが、何時の間にやらその習慣が定着してしまったらしい。
だが、それらは決まって月の半ば過ぎで、しかも学校帰りと相場が決まっていた。
余談だが、ケンはそれらの食事の材料費をきちんと後日支払っており、その辺りが実に自称不良の彼らしい所である。
「まぁ、とりあえず上がれよ」
立ち話も何だとハヤトは上がるように促す。
居間。
「これ、差し入れだ」
居間につくなりケンは手に持っていたレジ袋をハヤトに差し出す。
「お、これまた珍しいな」
来訪時にケンが差し入れを持って来た事はこれまで無かった。
前記の通り、来訪時は彼の懐がとても寒い時のためである。
「丁度掃除が終わった所でな。一息つきたかっ……って」
重さから飲み物であるのだろうと思ったハヤトは早速それを一本飲もうとするが
「酒じゃねぇか」
袋の中から出てきたのはビールやカクテル等の酒類だった。
「しかも全部」
しかも全部である。
「たまにはいいだろ」
飲むつもりで持ってきたケンはその内の一本を手に取り
プシュ……
躊躇うことなく空ける。
「おい、そこの未成年」
「固いこと言うなよ」
どっかの教師じゃあるまいしと付け加える。
「悪いが俺は下戸でな。酒は飲めん」
「マジか?」
「ああ、ビール一杯で潰れる」
ケンは一瞬驚きの表情を見せた後、笑い出だす。
「生徒会長様ともあろう方が飲めねぇとはな」
「笑うなよな」
笑うケンを少し不機嫌そうな顔で睨むハヤト。
「だって笑えるじゃねぇか。お前、いかにも飲めそうって感じなんだからよ」
ハヤトと言う人物をある程度知る者であれば、おそらくそう言った印象を受けるだろう。
獣耳学園でアンケートを取れば高確率で皆が飲めると答えるに違いない。
そのネタでしばらくハヤトを笑い続けるケン。
「未成年なんだから飲めなくて当たり前なんだよ。ったく、自称不良のくせに不良っぽい真似しやがって」
「酒飲んだからって不良って訳じゃないだろ。それに……酒は何かと便利なんだよ」
五本目の缶が空いた辺りで少し会話が止む。
「……今日はどうしたんだ?」
頃合と見たのか、そう問いかけるハヤト。
「やっぱ解るか?」
「バレバレだ」
散々言ってきた事であるが、ケンは自称不良だ。
自称不良と言う事は、周りが彼を不良だと認めていないと言う事である。
何だかんだいっても、彼の根本的な部分はその域に達する事がない。
そんな彼が休みの日の昼間に酒を持ってきて付き合えと言うのだ。
何かあると考える方が普通である。
「お前は酒飲んで嫌な事忘れるタイプじゃないからな。大方、何か言いたい事か聞きたい事があって酒の力を借りたんだろ?」
「見透かされてんなぁ……」
やれやれ、と軽く笑うケン。
そして
「…………あのよ。お前……何やろうとしてんだ?」
少しの沈黙の後、そう問う。
「会話の前後が抜けてるぞ。それだけじゃどう答えたらいいのか解らん」
「……だな」
そう答え、ケンは腹を括ったかのように事情を説明しはじめる。
「……で、あいつはお前の敵だって言ってどっか行っちまった」
「そうか……」
事情を全て聞き終え、そう相槌を打つハヤト。
「聞かせろよ。どういう事だ?」
こっちは喋った、次はお前の番だと言った意思が言葉にせずとも伝わる。
「言葉通りだ。俺は委員長の敵で、委員長は俺の敵なんだ」
「だから、どうしてそうなるんだって事を聞いてんだよ!!」
ケンの怒声が居間に響く。
「……ケン、一つ聞きたい」
「何だよ?」
「お前、どこまで関わるつもりだ?」
「っ!?」
ケンの表情が凍る。
目を見開き、ハヤトを見る。
同じ言葉をコゥから問われた時、自分は答えを出す事が出来た。
出来たのに
「俺は……」
今は、答えることが出来なくなっている。
「悪いな。ここから先は回りくどい言い方なんて出来ない、部外者が踏み込んでいい領域じゃないんだ」
「……」
会話が途切れる。
こういう時のハヤトの言葉には力がある。
聞く者に有無を言わさぬ、いや、有無しか言わせぬ何かがあるのだ。
これと同じ雰囲気をケンは何度か体験した事があり、その何れもが何か大きな選択をする時だった。
それはハヤトが、そしてケン自身が逆境に立たされている状況だったがために感じた雰囲気だったが、今回は違う。
ハヤトはケンにその選択を投げかけているのだ。
一対一の真っ向勝負。
「答えを聞かせてもらうぞ、ケン」
十分の時間が流れた。
その時間が長いのか短いのかは用意に判断は出来ない。
だが、彼が決断を下すのには十分な時間だった。
「どいつもこいつも自分の都合ばっかり押し付けやがって……」
ケンの握る拳が震えている。
「何かすげぇムカついて来たぞ。上等だぜ、聞かせろよハヤト。今更知らない振りなんて出来るか!!」
選択を迫られた。
その事実だけを見れば、自分と相手の立場は対等に見えるかもしれない。
だが、実際は違う。
相手にしてみれば、選択を迫る必要が無い場合だってあるのだ。
それが今だ。
ケンの答えなど聞かずに、ハヤトが決断を下す事だって可能なはずだ。
そうだというのにしない。
それはケンの様々な立場、心境、事情を考慮してのハヤトの判断だった。
その事をケンは十分知っているし、その行動の意味には自分の事を案じる意味が含まれていることも解っている。
だからこそ、彼は怒りを感じているのだ。
「それは、最後まで付き合うって受け取っていいのか?」
「くどいぜ。お前もコゥも回りくどいんだよ!!」
「……」
ハヤトにしてみれば、それは当然の配慮だった。
彼の性格を考えればそれは当然の事だったし、彼は常に誰かと関わりを持つ事を避けてきた。
誰かを巻き込むのが嫌だったからだ。
だから、今の今までハヤトはケンにその事を言わずに居た。
以前のハヤトならば、そこで止まったままだっただろう。
「……解った。ケン、俺に力を貸してくれ」
しかし、今の彼は違う。
彼は決めたのだ。
迷うことを止め、先へ進む事を。
「俺は……連合を潰し、新しい世界を作る」
これは、ハヤトの意思表示だ。
思いを口にする事に意味はある。
言葉は力であり、約束であり、誓いである。
心で思い描いた言葉を口にする事により、言葉には魂が宿る。
その時、言葉はただの音ではなくなり、思いを実現する力となる。
その言葉を、言霊と言う。




