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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第04話「華咲け、獣耳学園」
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十六時限目『議会、雷、前方注意』

 ~ 十六時限目『議会、雷、前方注意』 ~


 今日も今日とて登校日。

 学生たるもの登校日には学園に登校するのが義務というもの。

 そう言う訳で今日も13クラスの面々は教室に集まっていた。

「では、第二回ハヤト君会議を始めたいと思います。議長は前回に引き続き私、牛人コゥが勤めさせていただきます」

 黒板に文字を書きそう述べるコゥ。

「議長、質問があります」

 手を上げ、議長であるコゥの許可を求めるハヤト。

「んー、本来ならば被告人の発言は弁明時にしか許されないのですが、よろしい。許可します」

「ありがとうございます。二点、質問させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 コゥの許可を聞き、ハヤトは述べる。

「まず、第二回との事ですが第一回は何時開かれたのでしょうか? また、自分が被告人として告訴されている罪状をお教えください」

「第一回は二学期の半ばに開かれました。被告人が学園を欠席していた時です。罪状に関しては原告より説明して頂きましょう」

 そう言って原告に発言を求めるコゥ。

「原告の猫人ミアです。彼は恋人である私を差し置いて他の女性を家に連れ込み、尚且つ同棲すると言い出しました。その罪状は明白です」

「平たく言うと浮気と言う訳ですね」

「その通りです」

 そう言うとミアは椅子に座る。

「では弁護人、犬人ケン。何か今の発言に対して質問はありますか?」

「ありません」

 向かい側の席に座るケンは端的にそう述べるだけだった。

「被告人、何か弁明はありますか?」

 原告の発言の後、被告人の発言を求める。

「勿論あります。まず同棲をする女性の件ですが、彼女は自分の恩人の遠縁にあたる人で、自分にとっては妹のような存在です。ここに自分とその女性との間にそれ以上の関係が無い事を明言しておきます」

 きっぱりとそう言い放つハヤト。

「今の発言を記録して下さい」

「は、はい……」

 コゥにそう促され、ノートに今のハヤトの言葉を書くミユ。

「次に、原告は女性を連れ込みと言いましたが実際は逆。女性が自分の自宅に押しかけ勝手に寝泊りしているだけです」

「ですが被告人はそれを容認しているとの証言を聞きました。証人をここに」

「はい。証人の兎人キユです」

 コゥの呼びかけに答え、現れたのはキユだった。

「証人、貴方の見聞きした事を包み隠さず話して下さい」

「はい。昨日被告人宅に私が訪れた所、件の女性は被告人の家で寝泊りしていました。確かに、彼は一見その女性を邪険にしているようでした。ですが、私は被告人がその女性のために料理を作る所を目撃しております」

「料理を作る所……ですか」

「はい。彼が人のために料理を作るのは稀です。然るに件の女性が住む事をすでに了承していると見て間違いないと思います」

「異議あり!! 議長、証人の発言には虚偽が含まれています」

 キユの発言の後、すぐにそう異議を申し立てるハヤト。

「どうぞ」

「確かに彼女と自分と件の女性と共に食事をしました。ですが、彼女は自分が料理を作る所は見ていません」

「証人、それは事実ですか?」

「事実です。私は被告人が実際に料理を行っている姿を目撃した訳ではありません」

「ふーむ……」

「議長、証人の証言には疑わしき点があります。よって証言の信憑性に欠けると思われます」

「いいえ、証人の発言には確かに虚偽が含まれていましたが、事実は変わりません。被告人がその女性のために料理を作った事実に虚偽は無いのでしょう?」

「うっ……」

 コゥの言葉にハヤトは反論出来ない。

「議長、それは確かに事実です。認めましょう。ですが重大な点がまだ一つ残っています」

「重大な点?」

「原告は自分と原告との関係を恋人と言いましたがこれは大きな間違いです。自分と原告はただのクラスメートです。即時撤回を求めます。同時に恋人関係で無い以上、浮気という罪状に関しても即時撤回を求めます」

「なっ!!」

 ハヤトのその台詞を聞き、思わずそう声を上げるミア。

「酷っ、ちょっとハヤト、幾ら何でもそれ酷いよ。せめて友達以上恋人未満とかにしといてよ」

「……お前な」

 頭を抱えるハヤト。

 場の空気はミアのその言葉によって一気に崩れ去った。

「お前が言い始めた設定なんだから最後までやれよ」

「設定壊してるのハヤトじゃん!!」

「俺は嘘言ってないぞ」

「うわっ、そこまで言い切りますか!!」

 今にも襲い掛からんばかりに臨戦態勢へと変わるミア。

「議長、以上の点から採決をお願いします」

 そんなミアを他所に、ハヤトはあくまで会議を続けようとする。

「解かりました。では多数決にて判断しましょう。ハヤト君が有罪だと思う人。挙手をどうぞ」

 バッッッッッ!!

 一気に五人の手が上がる。

「はい、では満場一致でハヤト君は有罪。それでは判決を下します。被告人、人族ハヤトは死刑決定ー」

 にこやかに笑いながらそう採決を下すコゥ。

「うわー。納得いかねー」

「これにて会議は終了。次回の開催をお待ちください」

 そんな訳で第二回ハヤト君会議はあえなく終了したのだった。



 会議後。

「……で、何でお前まであっちの味方してるんだ弁護人?」

 立場上味方であるはずの弁護人、ケンを問い詰めるハヤト。

「ありゃどう見てもお前が悪いだろ」

 端的にケンはそう答える。

「そうそう。あんな事言ったら学園一致でハヤト君有罪になっちゃうよ」

「うん……」

 続けてそう同意するキユとミユ。

「ミアちゃんが言うようにせめて友達以上恋人未満だったら票は分かれたかもね」

 更に続けてそう述べるコゥ。

「そうだよ。私達の関係は学園の皆様が認める所なんだから。もっと胸を張っていかないと」

 最後にそう締めるミアだったが。

「ところでケン、委員長、現状は解かってくれたか?」

「スルーっすか!?」 

 ハヤトはミアのツッコミすらもスルーして話を進める。

「まぁ、まだ会って無いんでなんとも言えんが、現状は解かった」

「そうね。とりあえず会っても驚かないぐらいには承知したわ」

「それは良かった」

 先日の二の舞にならずに済むと安心するハヤト。

 そんな会話をしていると

 ガラガラガラ……

「何だ何だ、議会はもう終了か? 先生の出番も残しておいて欲しかったなぁ」

 チタ先生が教室に現れた。

「満場一致で死刑にされました」

「おおハヤト、死んでしまうとはなさけない」

「先生、年バレますよ?」

 チタ先生のボケは一秒の間も無くハヤトに潰されてしまう。

 死刑にされた事が不服なのか、少々ご機嫌斜めのようだ。

「しかしいきなり死刑とは流石に可哀想じゃないか? せめて情状酌量の余地ぐらいあっても良かったんじゃ?」

「いいえ、チタ先生聞いてください。ハヤトってば酷いんですよ」

 とりあえず事の経緯を説明するミア。

「なるほど、確かに酷いです」

「そうでしょそうでしょ」

「まぁ、休みの日に女生徒を三人も連れ込む時点で兄様の罪は深いです。学園と言う場においては許されざる行為ですよ」

「そうでしょそうでしょ……って、あれ?」

 頷いてはいるものの誰に頷いているんだと隣を振り向くミア。

「ご無沙汰しております、ミア先輩」

 そこに座っていたのは長い金髪の小柄な狐人の少女、スズカであった。

「ああ、スズカちゃん。こんちわー」

 そう挨拶を交わす二人。

『……』

 一時沈黙の後。

「って、何でスズカちゃんここに居ります!?」

 ガタタッ!!

 時が動き出す。

 どうやら隣に居て気づかなかったミアが一番驚いているらしい。

「学園見学ですよ」

「なーる、って、いやいや今は一応授業中だよ」

 正確にはホームルーム中である。

 学園見学とは言え校内を無断で歩き回り、教室に侵入出来るはずが無い。

「ああ、私が許可した」

 あっさりとそう述べるチタ先生。

「昼食の時に、たまには外で食べるかと学園の外に出たらスズカ君が居てね。大そうお腹が空いていたようなので食事をご馳走したんだ」

「どこかで聞いた話っすねー」

 そう言ってハヤトの方を見るミア、キユ、ミユ。

「そんな訳で、聞けばハヤト君の同居人だと言うじゃないか。なら教師として保護者の下へ連れて来るのは当然と言えないかい?」

 そう13クラスの面々に同意を求めようとするチタ先生だったが

『そっちの方が面白そうだったからそうしたんでしょ(だろ)』

 と言い返される。

「うんうん。いよいよもってこのクラスの団結力も大したものになってきたね」

 その通りと笑うチタ先生。

「……で、スズカ」

「はい、何ですか兄様?」

「俺は家に居ろと言っておいたはずだが?」

「だって退屈だったんですもの」

 そのスズカの答えを聞き、大きく溜息をつくハヤト。

「そうだね。人生はもっと楽しく愉快に過ごすべきだ。退屈なのはとてもダメだと思う」

「流石はチタ先生。話が解かりますよ」

 同意を得た事に気を良くしたのか上機嫌で

「兄様、私チタ先生の事が気に入りました。この人の所に嫁いでもいいですか?」

 チタ先生の腕に抱きつきそう述べるスズカ。

「ああ、それは面白そうだね。どうかねハヤト君?」

 調子を合わせてそう述べるチタ先生。

 おそらくハヤトを困らせて面白がるつもりだったのだろうが

「……チタ先生、一つ、面白くない事を言います」

「何だね?」

「そいつ、結構マジで言ってますよ」

 そう言ってハヤトはスズカを指差す。

「……そうなのかい?」

「はい、勿論ですよ」

『……』

 一瞬の間が生まれる。

 その後

「……ふむ。それはそれで一興」

 そう結論を出すチタ先生。

『……』

 またも一瞬の間が生まれる。

 同時に、皆の白い視線がチタ先生に注がれた。

「先生質問ー」

 その視線を代表し、ミアが手を上げ質問する。

「何だねミア君?」

「リゼちゃんの時も思ったんですけど、先生って実はロリコンだったりしますか?」

「それは誤解だ。先生は女性であれば誰隔てなく愛する自信がある。何故ならば……その方が面白いからだ!!」

「うっわー、言い切っちゃったよこの人」

 快楽主義者だとは前々から思っていたが、どうやらこちらの想像をはるかに上回っていたらしい。

「ちなみにスズカちゃんはチタ先生のどこが気に入った訳?」

「食べ物をご馳走してくれました」

「……それだけ?」

「はい」

 実にシンプルな答えだ。

「でも、その理屈で行くならハヤト君も該当するんじゃない?」

 知的好奇心からか、以前の話を統合してそう質問を投げかけるキユ。

「ええ、今では恋愛対象から外れましたが。子供の頃に何度か告白し、何度も振られてしまいました」

『……ほぅ』

 全員、一斉にハヤトの方に振り向きそう声を漏らす。

「何だよ……」

 ハヤトは面白くなさそうに睨み返す。

「言っとくが、子供の頃の話だぞ」

 そんな昔の話を引っ張り出すなと弁論するハヤトだったが

「よく言いますよ。胸の小さな女と付き合えるかとか散々言ってたくせに」

 ピシャァ……!!

 そのスズカの一言に稲妻が走る。

「……スズカちゃん。是非、その話を詳しく聞かせてくれないかな?」

 ドドドドド……

 にっこり笑いながらそう問うミア。

 どことなく怖い。

「おいミア、言っとくが子供の頃の……」

「ハヤトは黙ってて……」

 ギランッ……

 ミアの眼が異様な光を放つ。

「……ぅ」

 珍しく、その光の前にハヤトが気負けする。

「その話、私達も是非聞きたいな」

「うん……」

 同じ眼光を携え、ユラリとそう立ち上がるキユとミユ。

 ……本気で怖い。

「詳しくと言われましても単に兄様は胸の大きな女性が好みと言うだけの話ですよ」

「その辺りを事細かく聞きたいな」

 スズカと話ているはずなのにその眼光はハヤトを射抜いたままだった。

「例えば、サイズとか……」

 女のプライドか、やはりまずはそこがポイントとなるらしい。

「そうですね。走っても揺れない胸に興味は無いとか言ってました」

 ギンッ!!

 スズカの一言に更に眼光が増す三人。

 今にも殺人光線が発射されそうな勢いである。

「い、いや、ちょっと待てよ。だからそれは子供の頃の……」

 何度も何度も子供の頃と連呼するハヤト。

 だが、今更そんな言葉を三人は聞いていなかった。

 そんなハヤトを横目に

「……」

 ピョン、ピョン……

 二回、三回と自身の胸に手を当てながらその場でジャンプするミア。

「……ほっ」

 何やら安心した様子だった。

「大丈夫だよハヤト。私ちゃんとボーダーライン内だから」

「何がだよ……」

 今下手に反発すれば命が無いと悟ったのか、刺激にならない程度にそうツッコミを入れるハヤト。

 そんなミアを見て

『……』

 ピョンピョン……

 同じようにその場でジャンプし始めるキユとミユ。

『……』

 何かに絶望にしたようにうなだれ、表情を暗くする二人。

「あのな、俺の話聞けって!! スズカが言っているのはあくまで子供の頃の話だ」

「今は違うの?」

「当たり前だ」

 確認するミアにハヤトはそう断言する。

 その一言に救われたのか、キユとミユも明るい表情を見せ始めるが

「でも、兄様は小さいのと大きいのでは大きい方が好みでしょ?」

 そう問うスズカ。

 その問いにハヤトは深く考え込み。

「…………そりゃまぁ」

 ピシャァ……!!

 再び教室内に稲妻が走る。

 色々と台無しだ。

「……どうやら、一度じっくり話さなきゃならないみたいね」

「右に同じく」

「うん……」

 ミア、キユ、ミユの三人に囲まれるハヤト。

「え、ちょ……」

 この場を何とかして切り抜けようと、とりあえず男であるケンとチタ先生にアイコンタクトを試みるが

 キーン、コーン、カーン、コーン。

 チャイムが鳴る。

「さて、ホームルームはこれで終わりだ。みんな、出来るだけ早く帰るんだぞ」

「おー」

「はーい」

 言うが早いか行動が早いか、チタ先生の言葉を聞くと同時にケンとコゥの二人も席を立ち上がっていた。

「どうかなスズカ君。良ければ先生に学園案内をさせてくれないかい?」

「チタ先生は紳士ですね。喜んでお願いします」

 そう言って教室を去っていくチタ先生とスズカ。

「あ、おい……」

 チタ先生やスズカが当てにならないのは解っていた。

 ならばせめてケンとコゥの二人に救いを求めようと、立ち去ろうとする二人に向かって手を伸ばすが

 ヒラヒラ……

 バイバイと言わんばかりに笑って手を振る二人。

 どうやら助けてくれる気はさらさら無いらしい。

「さ、ハヤト」

「放課後は長いし、ゆっくり話聞かせてよ」

「うん……」

 支援無し、援護無し、増援無し、救援無し、逃げ場無し。

 その日、日が暮れるまで女子三人に取り囲まれる生徒会長の姿が目撃されたと言う。



 帰り道。

 犬人ケンと牛人コゥ。

 授業が終わり、二人はたまたま一緒に帰っていた。

 普段は違う時間に帰っている。

 ケンはバイトがある日は授業が終わるとすぐに帰っており、コゥは委員長の勤めで何かと時間を取られる日が多かった。

 そんな理由のためか、不思議と今まで一緒に下校する事が少なかった。

 だから、二人が今日一緒に帰れたのは偶然だ。

 たまたまケンのバイトが無く、たまたまコゥの帰りが早かった。

 それだけだ。

 そんな帰り道。

「ったく、ハヤトの奴はどうしてああ素直じゃないかね」

 今日の一件についての感想を述べるケン。

「好きになるのと好みは関係無いってはっきり言やいいのに」

 それで、あの場はとりあえず収まっただろう。

「あら、ケンだって十分素直じゃないじゃない」

 その感想に対してそう答えを返すコゥ。

「……否定できねぇのが悔しいな」

 ケンはそう言って苦笑する。

「……そう言うのをあっさり認める所は素直なんだけどねぇ、二人とも」

「二人ともかよ」

「そ、二人とも」

 コゥはそうニッコリ笑って断言する。

 何とも説得力のある笑みだった。

「……あれだ。素直だとかそう言う言葉で分類しようとするからおかしくなるんだ」

 言い出した本人が根底を覆す発言をする。

「言い直してハヤトの悪い所にしよう。あいつは問題を突きつけられた時に出来るだけ周りに被害が出ないようやり過ごそうとする所が悪い」

「んー、被害かぁ」

 ケンのその言葉を聞き、コゥは少し考え込む。

「仮によ。ハヤトが素直に行動したらどうなると思う?」

「ハヤト君の心中がどういう状況か解からないからどうにも答えづらいわね」

「んじゃ更に言い直す。あの三人の中でハヤトは誰を選ぶと思う?」

 ハヤトの心の内がどうなのかは解からない。

 だが、少なくとも三人に対して何らかの感情を抱いているのは間違いない。

「……それも、容易に判断できないわね」

 それは仕方が無い事だった。

 傍目から見て、ハヤトは常に中立の立場を保っている。

 彼が誰か一人を贔屓している姿は見た事が無い。

「俺も判断出来ない。まぁ、あいつもまだ判断出来てないんだと思うが、……俺が思うにあいつは多分選べない。誰かを選べば誰かが傷つくのは目に見えてる。恋愛事ってのはそういうもんだが、あいつはきっとそういう選択が出来ない。さっきの件だってそうだ。ハヤトがきっぱり自分の好みを言ったら三人は多分良い顔しなかった。だから、ああやって答えを曖昧にして被害の方向を自分に向けようとするんだ」

 それでも何れ答えを出さなければならない問題もある。

「その時、あいつはどうすんのかな……」

 そう話すケンの横顔を覗き込み

「……ふーん」

 感心したように唸るコゥ

「何だよ?」

「ケンって本当に人の事良く見てるよね」

「は?」

「教師とかになったら良い先生になれるかも」

「馬鹿言うな」

 誰が教師になんかになるかと言わんばかりにそう反発するケン。

「あんな見るからに教えてますって面して人と話す奴に俺はなりたくなんてない」

 余程教師がお嫌いらしい。

 尤も、この場合は特定の人物を想定して喋っているように聞える。

 そこで一旦会話が途切れ、無言の帰宅が続く。

 そんな時間が数分流れた時

「……ねぇ、ケン」

 コゥがそう問いかけてくる。

「んー?」

「ケンも胸の大きな女の子が好き?」

 ズガンッ!!

 スライドするように電柱にぶつかるケン。

「……大丈夫?」

「あ、ああ、……いや、ってかいきなりなんだよその質問は?」

 冷静さを保とうとしているが、動揺しているのが手に取るように解かる。

「ほら、さっきそんな話してたでしょ。やっぱり恋人候補としては相手の趣味嗜好が知りたいじゃない」

 あっけらかんと本音を暴露するコゥ。

「お前な……」

 電柱に頭をぶつけたせいなのか、それとも苦悩しているせいなのか、ケンは頭を抱え込む。

「それで、どうなの?」

「答える義務はねぇ」

 ご尤もである。

「小さい方が好き?」

「いや、だから……」

 迂闊にも、反論しようとコゥの方を見るケン。

 それがまずかった。

 自称不良の自称たる所以は、その義理堅さにある。

 義務とは、果たさなくてはいけない責任を指す。

 義理とは、物事の正しい筋道の事を指す。

 この場合、ケンには答える義務は無く、一見義理も無いように見える。

 だが、コゥは冗談で聞いている訳ではなかった。

 彼女の瞳がそれを物語っている。

 真剣に、ケンに問いかけていた。

 ならば、男として答える必要があるのではないだろうか。

「いや、別に、大きいのが嫌いな訳じゃ……ねぇけど」

 そう答え、視線をそらすケン。

 その顔は見事に赤面していた。

 真顔で答えるには余りにも情けないというか自身の内面をさらけ出すような答えだったからだ。

「良かった」

 一方、コゥの方は満足そうだった。

「ちっ……」

 それが尚更面白くなかったのか、ケンはそっぽ向いたまま無言で歩き出す。

「……ねぇ、ケン」

「んだよ?」

「触らせてあげよっか?」

 ズ、ガンッッ!!

 ベルトコンベアで流されていた荷物が障害物によって急に動きを止めるかのように、正面から電柱に追突するケン。

 流石に今回のはかなりのダメージが貫通したのか、しばらくそのまま動かない。

「お、ま、え、なぁ……」

 ケンはそう言いながらズズズとその電柱からずれるように体を離していく。

「冗談にも程があるぞ!!」

「あら、私は大真面目よ。御誂え向きにそう言った建物もそこにあるし」

 そう言ってコゥは少し先にあるピンクのネオンが光る建物を指出す。

「なお悪い!!」

 叫ぶケンだが

「私じゃダメ?」

 コゥのその一言で頭の中が一瞬真っ白になった。

 真っ向から目を見つめられてそんな事言われた日には並みの男なら即陥落だ。

「そっ……、ぐっ……!!」

 そこですぐに否定できないのが男の悲しい性でもある。

 それでもケンは自称不良とは言え理性的な男だ。

 必死に今の状況をどうにかしようと考えるが

「うがぁぁぁぁーーーっ!!」

 突然、叫びだし頭をワシワシと掻きながら一人で悩みこむ。

 どうやら彼の中に存在するシステムが何らかのエラーを発生したらしい。

「何でいきなりそうなるんだよ!!」

「私がケンを好きだからよ」

「真顔で言うな!!」

「本気なんだから真顔で言うわよ」

 まさに真顔。

 本気で真面目に真剣な顔だった。

 言い知れぬその気迫に押されるケン。

「……お前、今日何か変だぞ?」

 確かにコゥは押しが強い。

 こうと決めたら一歩も引かない所がある。

 だが、今日の彼女は何時もとは違う感じがする。

 押しが強いのと強引なのは少し違う。

 今日の彼女は、どこか強引に事を進めようとしている。

「何かあったのか?」

 それを感じ取ったのか、ケンはコゥと向き合う。

「んー、ちょっと家の方がゴタゴタして来て、やれる事はやっときたいなと思ったの」

 何時もの笑顔でそう答えるコゥ。

「家?」

「そ、実家」

「……何だよ。そのゴタゴタって?」

 踏み込んだ事を聞くようだったが、コゥの異変にそれが密接に関わっている事はすぐに解かった。

 ケンとて、ここで聞かない訳にはいかない。

「……はじめてね。私の事聞いてくれたの」

「……そうだったっか?」

 そう言えば聞いた事が無かったかと思う。

 ケン自身、自分の家が複雑な事情を抱えていたため、そう言った質問をするのもされるのも嫌っていた節があった。

「じゃあ質問」

「聞いてるのは俺だぞ」

「この質問に答えてくれたらこっちも答えるわ」

「……何だ?」

「ケンはハヤト君とどこまで関っていくつもりなの?」

「どこまで?」

 一瞬、何がどこまでなのかが解からなかった。

「ケンも薄々気づいてるんでしょ、ハヤト君が何かしようとしてるって。その何かにどこまで付き合うつもり?」

 コゥの問いにケンは少し黙り、答える。

「まぁ、そうだな。関わっちまった以上、途中で降りるのは性に合わねぇ。一応ダチだからな。腹くくって最後まで付き合うさ。あいつの役に立つかどうかは別だがな」

「それってハヤト君の味方をするって事?」

「味方って言えば味方かな」

 少し照れくさかったのだろうか、そう言って苦笑するケン。

 だが、その答えに嘘偽りは無いと言った顔だった。

「そう……」

 そんなケンを見てコゥは少し辛そうな顔をする。

「じゃあ、私達敵同士になっちゃうんだ」

「……は?」

 一歩、二歩、コゥはケンから離れて振り返る。

「私ね。……ハヤト君の敵なんだ」

 普通に会話するようにコゥはそう言った。

 友達同士が雑談するかのような気軽さでそう言った。

 ……まるで、恋人が別れ話をするかのようにそう言った。


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