十五時限目『義妹登場?』
~ 十五時限目『義妹登場?』 ~
早朝。
「第一回お宅訪問ー。今日訪問するお宅は私立獣耳学園の生徒会長、人族ハヤトさんのお宅でーす」
ノリノリでそう声を上げる猫人ミア。
その様を黙って見つめる兎人の双子、キユとミユ。
「ちょっとちょっとお二人さん、テンション低いですよ」
拍手の一つぐらいしてくださいと言わんばかりにそう訴えるミアだったが
「朝早くに起こされてテンション上げろって無理……」
「眠いよミアちゃん……」
キユ、ミユの抗議の声。
「大体、ハヤト君の家に遊びに行きたいんなら昼からにすればいいじゃない……」
何でわざわざ早朝に訪れなくてはならんのだ、と不満をもらすキユ。
「まぁまぁ、こう言うのはドッキリだからこそ面白いんですよ」
「それに巻き込まれるこっちの身にもなってって言ってるのよ……」
そう抗議の声を上げるが、まだまだ眠いのか声に力が篭っていない。
「行きたいなら一人で行けばいいじゃない」
「旅は道連れ世は情け、ご近所なのに二人ともまだハヤトの家行ってないないんでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
「んじゃ、突撃隣のハヤト宅、レッツゴー」
朝っぱらからテンションの高いこの猫人に何を言っても無駄だという事が良く解った。
そんなこんなでキユ、ミユの家から歩く事一分。
やや開けた土地にぽつりと建つ一軒家があった。
「んー? 何でここだけ隣家が無いかね?」
住宅地であるのに周囲に家が無いのは実に不自然である。
「木造建築二階建ての庭付き駐車場有り、普通に考えればお買い得な物件なんだけど……」
「けど?」
「曰く付きの物件なの」
「曰くつき?」
「聞いた話なんだけど、あの家に住む人って決まって体調が悪くなるとか運が悪くなるとか、どうも何か憑いてるんじゃないかって噂があるんだよ、実際昔から幽霊屋敷とか呼ばれてるし、でもまぁ、この辺りで事故や事件があったって記録は無いし、単に買い手がつかなかっただけかもね」
ジャーナリストとして、近所の情報収集も欠かしていないらしい。
「ハヤトそんな所に住んで大丈夫なの?」
「さぁ、直接本人に聞いた方が早いでしょ」
多少の会話と多少の運動によって目が覚めてきたのか、ようやくキユもその気になってきたらしい。
ちなみに、ミユの方はまだまだ覚醒には程遠いようだ。
「んじゃ、開けごまーとばかりにチャイムスイッチオーン!!」
ミアがそんな事を叫びながら門の所にとりつけられているチャイムを押すと
ピンポーン。
と、至極ありふれた音が建物の中から聞こえてくる。
程なくして
ガチャ……
門より少し進んだ位置に存在する扉が開かれる。
「お前ら、朝っぱらから騒ぐなよな……」
中から出てきたのは家の主であるハヤトであった。
すぐに出てきた所を見るとどうやら家の中にまでミアの声が届いていたようだ。
ちなみに、ミアの後ろで『騒いでいたのはミアちゃんだけだ』と目で訴えるキユとミユ。
「おっはよーハヤトー!!」
「あー、うるさい。もう少し静かにしろ、ご近所に迷惑だろ」
キユとミユも同意見であったらしくうんうんと頷く。
「ったく、とっとと入れ」
「おや、えらくあっさりご招待?」
「……お前な、前のアパートで俺がどれだけ恥ずかしい思いしたか知らんだろ。下手にここで騒ぐより家の中に入れた方がご近所様の目が厳しくならなくて良い」
どうやら前のアパートでの経験を生かした判断であるようだ。
『お邪魔しまーす』
そんな訳でハヤト宅に脚を踏み入れる三人。
そこで見た物は
ゴチャ……
あのハヤトの家とは思えぬほど散らかった廊下であった。
「散らかっているのには目を瞑れ、まだリビングしか片付けてないんだ」
ハヤトが言うにはこの土日で片付ける予定だったらしい。
とりあえずリビングに行こうとハヤトは散らかった廊下を進んでいく。
幸い玄関からリビングに至る通路はちゃんと確保されているようで、問題なく進む事が出来そうだ。
「ああ、そうだ、三人共朝飯は?」
ハヤトのその問いに首を横に振る三人。
「なら丁度いい、一緒にどうだ?」
少し朝食を作り過ぎたと説明するハヤト。
当然ながらキユとミユは先程目覚めたばかりで朝食を食べておらず、ミアに至っては普段から朝食を食べる習慣が無いらしい。
それならと三人は朝食のお誘いを了承する。
「ハヤトシェフ、今日の朝食は?」
そう尋ねるミア。
朝食を食べる習慣は無くとも用意されていたら食べるタイプらしく、尚且つハヤトの料理ならば喜んで食べるのが彼女であった。
「少し固めのパンとコーンポタージュにサラダ」
「おっとー、ホテルの朝御飯みたいだねー」
「物足りないようならベーコンを焼くか目玉焼きか卵焼きでも作るが?」
キユとミユにも視線を向け尋ねる。
「私達はさっき言ったのだけでお腹一杯だよ」
「うん……」
この辺りの料理に関する会話は年末年始で散々やり取りがあったためか、お互い配慮も遠慮も無く自然とやり取り出来る。
「多めに作っちまったからな、好きなだけ食ってけ」
「へぇ、朝御飯作りすぎるなんて、流石のハヤトも冬休みボケって感じですか?」
年末年始はずっと五人分の食事を作っていたのだから無理も無いだろうとミアは言うが
「いや、単にあれがどれだけ食うか解らなかっただけだ。……が、流石に作りすぎたと後悔していた所だった」
『……あれ?』
頭にハテナマークを浮かべる三人。
そんな会話をしている内にリビングに到着。
「イスに座っててくれ、もう用意してあるんだ」
ハヤトはそう言ってキッチンの方に足を向けようとするが
「ねぇハヤト、さっき行ってた『あれ』って何?」
「ああ、それ、起こしといてくれ」
ハヤトはそれを指差してキッチンに行ってしまう。
「それ?」
ハヤトの指差した方向を辿るミア。
キユとミユもその先を見る。
毛布の塊があった。
いやいや、正確には誰かが何枚もの毛布に包まっていた。
『……誰?』
視線を交差させる三人。
ハヤトが『あれ』とか『それ』とかと言った言葉を使う所を見ると目上の者ではないのは確かだ。
となると身近でかなり親しい者に候補が絞られる。
可能性として一番高いのはケン。
昨晩遅く何らかの事情で泊まりに来たものの部屋が散らかっているので仕方なく毛布に包まってリビングで眠っており、朝になっても起きないのでハヤトに「あれ」「それ」扱いされている。
十分ありえる可能性だ。
だが、その案はすぐに否定される。
まずケンはハヤトの家を知らない。
キユ、ミユの家の近くと言ってもケンは二人の家も知らないし、いきなり押しかけて止まらせてくれと言うような行為を彼はしないだろう。
そして何より対象があまりにも小さい。
少なくともケンが毛布に包まっているようなサイズではない。
「むぅ、新キャラ登場か……」
「ミアちゃんのそういう考えに至れる所に感動すら覚えるわ……」
ミアの台詞にそう小さくツッコミを入れるキユ。
「お待たせ。……って、まだ起きてないのか」
そうこうしている内にハヤトがキッチンから戻ってくる。
その手にはおそらくコーンポタージュが入っているであろう大きな鍋が握られていた。
「ったく、おい、起きろ!!」
鍋をテーブルの上に置くと、ハヤトはその毛布の塊の端を握り
バッ!!
遠慮なく、思いっきり引っ張り上げる。
「きゃぁっ!!」
ゴロン……
途端、そんな可愛らしい声が聞こえてきた。
毛布の中から現れたのは金色の長い髪をした狐人族の少女。
見た所、年は面々より多少下ぐらいと言った所だろう。
身長もキユとミユと同じぐらいである。
特筆すべきはその容姿。
同性である三人の目から見ても頷けるぐらいの美少女だった。
パジャマ姿である所を見ると昨晩この家に泊まっていたようだが……
『……』
一同唖然である。
「いい加減起きろ、もう朝だぞ!!」
普段見せない怒りの表情でそう怒鳴るハヤト。
「まだ朝ですよぉ」
対して、未練がましくハヤトが持ち上げている毛布の下端に手を伸ばしながらそう声を上げる狐人の少女。
「日が昇って間もないうちは早朝と呼ぶのが適切なんですよ。そしてその時間はまだ眠る権利があり私はまだまだまだ眠た……」
「うるさい。居候の分際で家主に意見するとは何様だ!!」
ハヤトはそう言うと毛布に手を伸ばす狐人の少女の手を振り払い、手に持っていた毛布をリビングの端の方へ放り投げる。
「ああ、酷い……」
今にも泣きそうな表情である。
「うう、寒いですよ……」
「冬なのにそんな格好で寝てるからだ」
パジャマ姿と前述したが、冬場に着るには布地が薄くほぼ下着姿に近い。
そんな格好では朝の寒さは身に染みるであろう。
「お代官様ーご慈悲を……」
ハヤトの足にすがるように抱きついてくる狐人の少女。
「くっついて来るな、鬱陶しいっ!!」
ハヤトはそんな少女を無情にも振り払うように蹴り転がす。
「ひゃうぁ、うう、悪魔が、悪魔がここに居ます!!」
「寒いなら服を着ろ、それに人前で恥ずかしくないのか?」
「……はい?」
ハヤトのその一言で周囲を一度見回す少女。
ようやく、そこに見知らぬ三人が居る事に気づくのであった。
「……あら、どちらまで?」
何気ない一言。
だが、三人からすれば「それはこちらの台詞」である。
その一言が混乱の始まりであったのは言うまでもない。
約三十分後。
「スズネさんの親戚?」
「ああ……」
「なーんだ、それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」
「人の話を聞こうとしなかったのはどこの誰だよ……」
三人にたったそれだけの事情を説明するのにハヤトがどれだけ苦労したかは言うまでも無い。
あの後、ハヤト宅は文字通り戦場と化した。
ミアは話を聞かずにいきなりハヤトに襲い掛かるし、キユはカメラを握りプルプルと振るえ何やら自問自答し始め、ミユに至っては無言でポロポロと涙を流しだしてでさぁ大変。
ちなみに散らかっていた部屋が更に散らかった程度で被害がすんだのはハヤトにとって重畳であった。
「ご挨拶が遅れました、私はスズカと申します」
「ご丁寧にどうも」
経緯はどうあれ挨拶されたら挨拶を返すのが礼儀。
三人はスズカと名乗った狐人の少女の挨拶に自己紹介を兼ねて礼を返す。
「……で、ハヤト」
「ん?」
「やましい事はしてないでしょうね?」
「……お前な」
ニッコリ笑いながら発せられるミアのその言葉にハヤトはしかめっ面を浮かべる。
「聞き返すが、俺がスズネさんの血縁に何かすると思うか?」
真面目に問うハヤト。
「……時と状況によっては」
真面目に答えるミア。
スパァァァン!!
一閃炸裂、来客用スリッパ。
本日も良い音を立てております。
「断言して置こう、俺とスズカの間にそう言う事は絶対に起こらない」
「ツッコミ覚悟で言っといてなんだけど、もう少しやさしくツッコミできないの?」
自身の額の手を当てながら起き上がるミア。
「悪質なボケに対しては過激に対応する事にしている」
そう言って来客用スリッパを散らかっている部屋の片隅に投げ捨てるハヤト。
「いい加減お前のピンク色の脳細胞に付き合うのは飽きてきた。そろそろパターンを変えろ」
「むぅ、難しいリクエストですな」
そんなハヤトとミアのやり取りを横目に
「……あのー、兄様」
何かに気づいたようにそう声を上げるスズカ。
「何だ?」
「私お腹が減りました。そろそろ朝食にしませんか?」
「……この状況を招いたお前が言うなよ」
スリッパが飛ばない所を見るとこれは悪質なボケではないらしい。
約三十分後。
「んーっ、やっぱり兄様の料理はサイコーです!!」
パンをかじり、コーンポタージュを飲みながら満面の笑みを浮かべそう大きな声を上げるスズカ。
我が世の春と言った感じである。
その食べっぷりは凄まじく、何時の間にかベーコンや卵焼きや目玉焼きまでもが用意されていた。
「スズカ、食事中に大声を上げるのは行儀が悪い。喋るなとは言わんが静かに食え」
「いいじゃないですか、それにここは『そうだろう妹よ』とか言って喜ぶ場面ですよ?」
「うるさい、俺は遠回しに黙って食えと言っているんだ」
「無言では家族のコミュニケーションは取れませんよ。ただでさえ兄様は無愛想なんですから妹の言う事を黙って叶えてくれるぐらいの器量が無ければ」
「誰が誰の兄で誰が誰の妹だ」
そう言いながらもスズカの差し出す皿にコーンポタージュを注いだり次のパンを焼いたりと、まるで専属シェフのような働きを見せるハヤト。
そんな二人のやり取りに
「ハヤト質問ー」
「ん、何だ?」
「その兄様って何?」
そんな質問が飛ぶのは当然だと言えよう。
「大した理由は無い。子供の頃スズネさんの所で厄介になっていた時にこいつと会ってな」
所謂近所のお兄さん的な感覚だとハヤトは説明する。
「出会った時にすこぶる腹が減っていたらしく、仕方が無いから飯を作ってやったんだが……それ以来変に懐かれて困っている。どうも初めに餌を与えたのが間違いだったようだ」
迷惑な話だと付け加えるハヤト。
だが、その説明に対し
『……ふーん』
やや冷たい反応の三人。
「何だ、そのやけに何か言いたげな頷き方は……」
「別にー」
「ただ、『ハヤト君だなー』って思ってるだけ」
「うん……」
「お前等な……」
ハヤトにも流石に異論があるらしい。
「何度も言うが、こいつと俺の間にやましい事は一つも無い。変な勘ぐりは止めろ」
「……そうなの、スズカちゃん?」
初対面から約一時間、ミアはすでにスズカをちゃん付けで呼ぶようになっていた。
「やましい事ですか……具体的にどのような事でしょうか?」
「う、そう来たか」
思わぬ反撃だったのか、一瞬言葉につまるミア。
釣られてキユとミユの二人も言葉につまる。
「……失礼、少々冗談が過ぎました。兄様の仰る通り、私と兄様の間に恋愛感情は一切ございません。ご安心ください」
そんな面々の表情を見てそう答えを返すスズカ。
「そうなの?」
「はい」
ミアがそう再度確認するが、僅かの間も無くスズカはそう答える。
果たしてそれが本心であるのかどうかは解らないが、少なくとも二人の間ではそう言う関係である事が決まっているようだ。
その事実だけでとりあえず安心する三人。
「スズカは今年獣耳学園を受験するんだ」
「あ、じゃあ一つ下なんだ」
てっきりもう少し下の年齢かと思っていたとミアは言うが
「いや、俺達より二つ下だ」
「はい?」
「獣耳学園は来年度から編入制度を試験的に採用するらしくてな。成績が優秀な者に限り年齢に関係なく学園に通学できる。まぁ、要するに飛び級制度を取り入れるらしい」
多種族複合学園は次代の多種族複合国家の足掛けとなる学園、種族だけでなく年齢の面の考慮も必要だと言う理由で校長が採用したとハヤトは説明する。
「へぇ、じゃあ今は中二って事か」
「はい、うまく入学できましたら後輩となります。その時はよろしくお願いします先輩方」
「お、いいねいいねぇ、その響き、妹キャラは後輩キャラも兼ねれますからなぁ」
そんなミアの台詞に
「……お前のそういう考えに至れる所に飽きれを通り過ぎて感心を覚える」
どこかで聞いたそんな台詞を返すハヤト。
「ハヤト君、一つ気になってるんだけど……ってか物凄く嫌な予感がするんだけど」
「何だ?」
「そのスズカちゃんがどうしてここに居るの?」
編入にしろ受験にしろ、試験が行われるのは二月から三月辺りだ。
何よりキユにはスズカがここで泊まっていたと言う事実が気になっていた。
「編入手続きには何かと手間がかかるからな。あんまり褒めたくないがこいつが受けると決めたんならまず受かるだろうし、それなら早めに住み慣れてた方がいいだろうとスズネさんが……」
「ちょっと待ったぁ!!」
説明の途中でミアのそんな制止の声が入る
「……どうした?」
「今、非常に聞き捨てならぬ言葉が聞えました」
「……まぁ、言いたい事は解る。あえて説明するのを避けていた事も認めよう」
「じゃあ今一度確認するよハヤト」
「どうぞ」
「住み慣れるって、……スズカちゃんと同居するって事ですか?」
「その通りだ」
「だっしゃあぁぁぁーーーっ!!」
ヒュオンッ!!
ミアの爪がハヤトの横を通り過ぎていく。
当然、ハヤトがミアの攻撃を避けた訳だが
「お前のその事ある度に襲い掛かる癖はどうにかならんのか?」
「私以外の女と一つ屋根の下に住む、そこまで言われて黙ってられますか!!」
両手より伸びたる爪をヒュンヒュンと揺らしながら何やら構えを取るミア。
「まぁ、口で言って納得するとは思ってなかったがな。散らかっている部屋がこれ以上散らかっても気にならないが、ここはあえて強気で行かせて貰うぞ……」
「強気?」
ザッ……
椅子から離れ、抵抗の意思を見せるハヤト。
「……力ずくでねじ伏せる!!」
「良くぞ言った、食らえ、私のラブジェラシーパワーを!!」
そんな台詞を叫びながら地を蹴るミア。
十分後。
「ふん、俺のテリトリーで戦ったのがお前の不幸だ」
部屋の隅で無数のスリッパに囲まれながら丸くなって倒れる猫人が確認されたとか。
「さて、二人には悪いが今日は家の片付けるをする予定、って言うか今日か明日中に片付けないと何時まで経っても片付かない気がするんだ」
掃除と言うのは決まってモチベーションの問題が絡んでくる。
ハヤトの場合、面倒な事を早めに片付けようとする性格のため、時間が経てたば経つほどモチベーションの低下が如実に現れる。
彼がこの家に引っ越してきたのが一週間前だと言うのならば、そろそろそのモチベーションも限界に近づいているはずだ。
「だからちょっと相手が出来そうにない」
折角来てもらったのに悪い、と付け加えるハヤト。
「んー、何なら手伝おうか?」
ハヤトの言葉にキユがそう言葉を返す。
「いや、流石にそこまでして貰う訳には……」
当然の反応だった。
あのハヤトが黙って自分達の手伝いを許すはずが無い。
そのぐらいの読みはキユに限らず彼を知る者ならば誰にだって出来ただろう。
だが、キユとて学習している。
「荷物多いんでしょ? 人手があった方が早く片付くし、ご近所なんだから遠慮する必要ないよ」
まず、ハヤトは正論に弱い。
彼自身がそうであるのか知らないが、全うな理由がある場合は自身の感情よりも論理を優先する傾向がある。
そして。
「それとも、私達に手伝われるのが嫌?」
ハヤトは押しに弱い。
ミアの例があるためそうではないと錯覚しがちだが、あれはあれでハヤトは困っている。
その回避策として現在のような対応を取っているが、こう言った正論+押しのコンボが来た場合、彼の説得はそう難しくない。
要は彼が納得する理由があり、反対できないような理由があれば良いのだ。
後はこちらの態度次第。
今回は引越しの手伝い+こちらの善意と言う組み合わせのためそれなりの有効手。
「いや、しかしだな……」
悩むハヤト。
彼の中で手伝わせては悪いと言う感情と手伝ってくれると言っている相手に対する悪気がせめぎあっている。
「(後一手……)」
それで今回は陥落出来るはずだ。
「ねぇ、ミユもそう思うで……」
その一手を片割れであるミユに担当してもらうつもりだったが
キュ……
長い髪をゴムでくくり、誇りをかぶらぬよう布を巻くミユ。
『……』
沈黙するハヤトとキユ。
そんな二人を横目にミユはまず朝食の片付けを始める。
「うわぁ、ミユがやる気になってるや……」
「……珍しいのか?」
「ああなったら誰も止められないよ」
ミユに聞えぬようヒソヒソと話し合うハヤトとキユ。
キユが言うには、あれでミユも融通が利かない所があるらしい。
性格によるものなのか、特に部屋の掃除・片付けについてはキユも口が挟めないそうだ。
何でもキユとキユの父親の趣味であるカメラコレクションを根こそぎ片付けられた経験があるらしい。
「はぁ、解った。手伝ってくれ。ただし、無理が無い程度にだ」
「了解」
流石のハヤトもこれ以上粘るのは無理だと判断したのか、そう了承する。
「やると決まったからにはテキパキやるぞ。家具はある程度配置済みだからみんなは小物を片付けて言ってくれ、俺は残った重いものを運ぶ」
そう言ってハヤトも掃除用の身支度を整え、ミユには台所付近を、ミアとキユには荷物の分別を、スズカには自室を片付けるよう指示を出す。
一時間後。
「……にしてもすごい荷物だよね、ハヤトってこんなに物持ってたっけ?」
あちらこちらに点在する本をダンボールに詰めながらそうハヤトに問うミア。
「大半がスズカのだ」
何でも引っ越してきた翌日にスズネさんの運転するトラックがやってきてはこの荷物群を置いていったらしい。
ハヤトが言うにはそれまではそれなりに片付いていたそうだ。
尤も、何も無かったと言う意味ではあるが。
「あいつ、ダンボールからあれやこれやと使う物を引っ張り出しては片付けないし、あーだこーだと言って二言目には『ご飯まだですか?』って言うし、挙句の果てに『部屋が散らかっているのでリビングで寝ます』ときやがった」
珍しく、ハヤトが愚痴を言う。
これ程ストレートに誰かの愚痴を言うハヤトは実に珍しい。
「それにしたってこれはちょっと多くない?」
同じように本を片付けながらそう述べるキユ。
大半と言うのだからおそらく四分の三ぐらいのはずだが、一人の所有物にしては多く、片付けても片付けても荷物が減らない。
「うーん、二階に全部収まりきると良いんだがな……」
元々二階はスズカしか使わない予定だったらしく、プレイバシー等の問題があるだろうとの事で二階の片付けはスズカに一任している。
「あいつ片付けとかも下手だからなぁ」
「も、ですか?」
「も、だ。あいつに家事をやらせるぐらいなら全部俺がやる」
どうやら自分が家事をやる労働力とスズカが家事をやった後始末の労働力の比率がその言葉の源となっているようだ。
「んー、私物って言っても本ばっかりだね」
「しかも何か難しそうな本ばっかり」
本の片付けをする上でそのタイトルが気になるのは仕方の無い事だが、見ているだけで興味がそがれるようなタイトルの本ばかりであった。
「あいつは学者志望だからな」
「学者? 何の?」
「んー、確か主に薬草学か薬品学、後は機械系も専攻してたはずだが、何を目指しているのかは聞いてないな」
どうやらハヤトも学者としか聞いていないらしい。
「ってかさ、ハヤトの私物とか無い訳?」
「俺のはもう片付けてある」
「えー、つまんなーい」
「男の私物何ぞ片付けさせられても困るだろ」
ハヤトも男であるからして、女性陣にはそれなりに色々と見られたくない物だってある。
と、言ったニュアンスに受け取れる。
「いやいや、それはそれで私的には十分楽しめ……」
「解った、もう黙ってろ」
何時もであればスリッパで叩く所だが、手伝いをしてもらっている身でその行為は流石にありえない。
「……ってか、ハヤト君ちゃんと私物とかあったんだね」
グサッ!!
キユの言葉に微妙に傷ついたのか、心理描写の矢が見えそうな音が聞える。
「おい、今のは何気に酷い台詞だぞ」
「あはは、ごめんごめん」
「……まぁ、そういう風に見られる生活送ってたから反論できんが、俺だって一応人間な訳だし個人的な物の一つや二つはある」
「へぇ……」
それはそれで興味をそそられる。
「一つ二つと言わずにそれなりにある。折角家を買ったんだ、俺だって私生活を楽しむぐらいの……」
以前のハヤトのアパートでの生活を考えると以外な言葉であったが
『家を……買った?』
二人が気になったのはそっちの言葉だった。
「……あれ、言ってなかったっけ? この家俺の名義で買ったんだけど」
そんな話聞いてないと言った表情をする二人。
「マジ!? んじゃこの家ってマイホームって事!?」
「って、ハヤト君って実はお金持ち!?」
当然と言えば当然の反応である。
「いや、それなりに金は持っているが、今回は運が良かった」
「どういう事?」
「ああ、実は知り合いが大手会社の経営者やっててさ。不動産もやってるって話を聞いて家を探してるって事情を説明したら良い物件があるってここを紹介してくれて、しかも破格で売ってくれたんだ」
「だからって、それなりに値は張ったでしょうに……」
何と言っても家一件である。
「アパートで一人暮らしを続けるのよりちょっと割り増しって所かな、まぁ、大学卒業するぐらいまで使わないと元取れないけど」
今からだとざっと六年から七年と言った所だろうか。
それでも幾らなんでも破格過ぎる。
「……そう言えばハヤト君」
「ん、何だ?」
「この家って曰く付きって聞いたんだけど、住んでみてどう?」
例の噂の件をできるだけ遠まわしに聞くキユ。
「……んー、その話は俺も聞いたけど。まぁ、今の所特に何がどうって事は無いぞ」
「それじゃガセだったかただの噂だったのかな?」
住んでいると言ってもまだ一週間程度のはずだが、兎に角住んでいる本人がそう言うのだからそうなのだろう。
「そうですよ、幽霊なんて存在するわけないじゃないですか」
途端、階段の方から声が聞えた。
スズカである。
「スズカ、片付けは終わったのか?」
「まだですよ。ちょっと飲み物を取りに着ただけです」
ハヤトの諭すような声に少しムッっとした返事をするスズカ。
「スズカちゃんは幽霊信じてない口?」
「特に信じても信じてない訳でもないです」
「んー、なら何で存在するわけないなんて?」
「現実的に幽霊が存在しているのであれば何らかの科学的立証が行われていてもおかしくありません。だと言うのに今日に至るまでその立証が無い。……居ないと考えた方が理論的じゃないですか?」
スズカの言い分は正しい。
現実的に居ると言う証拠が世の中には無いのだ。
「ハヤトの妹名乗るにしては随分な仰りようですが?」
そうハヤトの方を見て意見を求めるミア。
「別に間違った事は言ってないだろ。俗説的にそう言うのが見える人は見える、見えない人は見えない。見えない人にとってはそう言うのが居ない訳なんだからな」
ハヤト理論ではそういう捕らえ方であるようだ。
「私にはその手の超感覚が無いので幽霊の存在をいまいち信じる事が出来ません」
残念ながらと付け加えるスズカ。
どうやら、幽霊完全否定派ではなく居たら会ってみたい派であるようだ。
「まぁ、そう言うわけだ。二人だって居るって断言できる訳じゃないだろ?」
『いや、まぁ……』
言葉を濁すミアとキユ。
去年の夏の事を考えるならば『居ない』と断定は出来ないが、かといって『居る』とも断定できない。
それは先に述べたとおり証拠が無いからである。
「ほら、飲み物持って早く上に上がれ。後でこの荷物全部上に持っていくんだから、早めに今の荷物を片付けておけよ。どうせまだまだ散らかってるんだろ?」
「肉体労働は私の分野じゃありませんよ」
「部屋の掃除は肉体労働じゃない。屁理屈言うな。それにこれは労働以前の問題だ」
「片付けられなかったら手伝ってくださいな」
「断る」
「そう言っても最後には手伝ってくださるんでしょ?」
「手伝わん」
「私、兄様のそういう所好きですよ」
スズカは笑いながらそう言い、階段を駆け上がって行く。
「まったく、あいつは……」
一方、ハヤトは不機嫌そうに荷物を再び片付け始める。
『……』
その光景を見ていた二人。
「キユさん、今のどう見ます?」
「いやはや、ハヤト君の性格を知り尽くしてるって感じですな。最後にはハヤト君が手伝ってくれる事を確信してらっしゃるように見えました」
「やはりそう見えますか。むぅ、なかなかの手練。出来れば敵に回したくないですな」
「ええ、伊達に義理の妹は名乗ってませんね」
そうやって井戸端会議風の会話をしていると
「お前ら、全部聞えてるぞ」
ハヤトがそう声を上げ、片付けを続けろと言う。
そんなこんなで日は傾き。
夕方。
日が傾き始め、辺りが薄っすらと赤く染まっている。
「悪いな。こんな時間までつき合わせちまって」
玄関際でキユとミユの二人にそう礼を言うハヤト。
「いいって、これからお隣さんだもん」
「うん……」
「……そうだな、んじゃ言い直そう、手伝ってくれてありがとな」
そう言ってハヤトはこれからよろしくと付け加える。
「ミアもサンキューな」
「おっと、ハヤトに面と向かって礼を言われるのは久しぶりだね」
「礼ぐらいはちゃんとするさ」
何時もの態度が態度なだけに誤解されがちだが、ハヤトは義を重んじる男である。
「本当、助かったよ。まさか今日中に片付けられるとは思わなかった」
家の片付け作業は滞りなく進み、当初二日かかるであろうと思われていた工程は僅かに一日で終わってしまった。
それは三人のお陰だとはっきりと言うハヤト。
「明日辺り筋肉痛に気をつけろよ」
片付けと言うのは結構見えない所の筋肉を使っているもので、作業内容にもよるだろうが、翌日変な所が痛くなったりするケースが多い。
「出来れば夕食でも振舞ってやりたかったが……」
二階を見上げ、溜息をつくハヤト。
「スズカちゃん結局片付かなかったね」
「予想はしてたけどな……」
あの後、一階の片付けは終了したのだが、結局二階のスズカが担当している片付けは終わらなかった。
今、二階には所狭しと本が詰められたダンボールが置かれている。
後はダンボールから本を取り出し本棚などに納めていくだけなのだが、経験がある人なら解かるだろう、その作業は地味に辛い。
そんな訳で、とても夕食一緒にどうだと言える状況ではなかった。
「手伝ってあげるの?」
「手伝わない」
ミアの問いにハヤトはそう断言する。
「ハヤト君にしては珍しい」
「あいつは甘やかすと調子に乗るからな。少し冷たいぐらいが丁度いいんだよ」
やれやれと少し首を振り、そう述べるハヤト。
スズカの扱いには慣れていると言いたげな感じだ。
そのハヤトの言葉に、少しだけ嫉妬する三人だった。




