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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第04話「華咲け、獣耳学園」
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十四時限目『三角形の中心の求め方』

 ~ 十四時限目『三角形の中心の求め方』 ~


 獣耳学園、第二作業教室。

「……よし、活動内容に問題無し、これなら部費の削減の必要は無いな。何か備品で欲しい物があれば聞いておくけど?」

 書類に記入をしながらそう問う人族、いや、生徒会長ハヤト。

「んー、出来ればミシンがもう二台欲しい所だけど」

 その問いに答える羊人の女生徒。

 周囲には他の生徒達がおり、教室内にはミシンが並べられている。

 だが、その個数の割合が取れていないのは一目瞭然だった。

「ミシンか、うーん、中古でいいのなら余っているのがないか各方面に呼びかけてみるけど?」

「うん、十分十分、お願いします生徒会長」

「オッケー」

 そう言ってハヤトは第二作業教室、通称手芸部の部室を後にする。

「これで九件目……っと」

 書類に書かれているリストの「手芸部」の箇所に○印を入れるハヤト。

 始業日より四日、ハヤトは宣言通り各部の活動内容の調査を行い部費の調整を始めていた。

 各部には事前に通達を行っているので作業は順調に進んでいた。

「文科系の部活は後四つか」

 ハヤトはまず文科系の部活を全て回ろうとしていた。

 特に理由は無い。

 強いてあげるならば、体育系の部活に比べ文科系の部活は活動内容が不鮮明である場合が多い、そのため先に調査をしておいた方が良いだろうと思ってだった。

 加えて更に理由を上げるならば、単に顔見知りが多いと言う理由もある。

 ガラガラガラ……

「どうも、お邪魔しまーす」

 調理室の扉を開けるハヤト。

「あ、生徒会長」

「いらっしゃーい」

「待ってたよー」

「ささっ、奥にどうぞー」

 そんなハヤトを出迎える犬人の四つ子。

「お前ら年が変わってもノリ変わらんなぁ」

 何時ぞやの文化祭でも同じようなノリで出迎えられた事がある。

 言わずもがな、ここは料理部。

 度々顔を見せているハヤトであるが、この四つ子は毎回毎回同じノリでハヤトを出迎える。

「部長ー、生徒会長がお見えになられましたよー」

 四つ子の一人がそう調理室の奥に向かえって少し大きな声を上げる。

「ん、部長って確かターナじゃなかったっけ?」

 四つ子の一人にそう話しかけるハヤト。

 ちなみに四つ子と表記しているがそれぞれにちゃんと特徴があり、クラスメートの双子程見分けは難しくない。

「ターナは降板したの」

「文化祭の後で、やっぱり料理が一番うまい人が部長でしょって話になって」

 その先を聞く前にハヤトは現部長が誰なのかが解ってしまった。

「あ、ハヤト君……」

「……やっぱり」

 案の定、奥から現れたのはミユだった。

 何故解ったのか問うまでも無いだろう。

 あの日、料理部のランキングで一番の投票権を持っていたのはハヤトであり、ハヤトはミユに投票したのだ。

 解らない方がおかしい。

「ささっ、部長」

「ここらで生徒会長に接待をして我が部の部費を向上させて下さいな」

「ちょっとぐらいお触りされても抵抗しちゃ駄目だよ」

 周りでそう盛り上がる四つ子達。

「え、ええっ!?」

 そんな中、ミユが困るのも当然だろう。

「おいおい、部長を苛めるなよ」

 そんな中、ハヤトがミユをかばうのも当然と言えば当然。

「えー、私達はただ応援してるだけなのにー」

「おっと、いけませんいけません」

「これ以上下手に生徒会長の機嫌を損ねてしまっては部の存続に関わります」

「むむ、それは確かに」

「ここは部長殿にお任せして私達は部活動に励みましょう」

「仰る通りで」

 そう決議が出た後『じゃあよろしくっ!!』とか言って四つ子は他の生徒達の所へ走って行き何か会話を始める。

「やれやれ、あいつら何時見ても楽しそうだな。にしても、ミユが部長になってたなんて知らなかったな」

「うん、ごめん……」

「いや、ここは謝る所じゃないだろ」

 寧ろ褒める所である。

 料理部の部員は多い。

 獣耳学園の調理室は広く、学食とも繋がっているためその全体を見通すだけでも結構手間だ。

 文化祭以降、人数の多い調理部が活動をきちんと続けられてきたと言う事はミユにはちゃんと部長としての才能があったと言う事だ。

 思い返してみればミユは人の些細な行動や変化に良く気が付くし、その物腰から余程性質の悪い人物で無い限りは協力して貰える。

 こういう部活においては適任なのかもしれない。

「さて、料理部の活動は俺も何度か参加させてもらってるから特に問題無いのは解ってる。他の部活でも聞いてるんだが、何か欲しい備品とかあるか?」

 勝手知ったるクラスメート。

 ここで生徒会長らしく振舞う必要は無いだろうとミユにそう尋ねるハヤト。

「えっと……、大きな鍋とかお皿が幾つか欲しいかな。パーティとかで使えるぐらいの」

「んー、使用目的とか聞いていいか?」

「獣耳学園ってイベント多いから、そう言う時にみんなに差し入れが出せたらと思って……」

「なるほど」

 確かに普通に学園に置いてる鍋とかは個人使用が目的で大勢向けには容易されていない。

「オッケー、そう言う理由なら大歓迎。そうだな、入学式に新入生に料理を振舞うって言うなら口実としても調達しやすいんだけど?」

「うん、大丈夫だと思う」

 ハヤトの答えにミユはやや明るい表情を見せる。

「そっか、それは良かった」

 返事を聞いてハヤトは書類に文字を書き込もうとするが、途中でその手が止まる。

「……んー、ミユ。さっき言ってたイベント時の料理についてなんだけど、材料費とかこのままの部費で足りるか?」

 通常、一般の教育施設では学生の部活動に対する部費は少ない。

 余程その施設に貢献している部活で無い限りは大体が固定額である。

 しかしここは私立獣耳学園、例外の集まりみたいな学園だ。

 基本的にこれまでの部費は人数×基本額を支給すると言う制度だった。

 この時点でも学生の部活動にしてはやや大目の支給であるのだが、今回の活動内容に対する部費の見直しで更にその部費が上がる事となる。

 建前上、ハヤトは部活動の活動内容に比例して部費を調節すると言ったが、実際には部費を下げられる部活は存在しない。

 それは心理的な策であった。

 金額を減らされて不満を述べない者はそうそう居ない。

 部費が調節されると聞けば、誰かが上げられ誰かが下げられると考えるだろう。

 この時点で上げられた者達は優越感を感じる事となり喜ぶ。

 正しく評価してくれた生徒会に対する好感度も上がる事となる。

 加えて学園施設の強化に調節された金額が使われたと言う事実が判明すれば、その時点で調節を疑う者は居なくなる。

 例えその事実に気づいた者が居たとしても、自分達に有益な事ばかりが行われている事実に異論を唱える者はそうそう居ないだろう。

 まずは生徒達の信頼を得る事。

 ハヤトの構想の第一歩であり大前提である事項だ。

 言葉を悪くすれば金で信頼を得る方法ではあるが、校長に好きにしてよいとの許可を貰っているためその辺りに遠慮は無い。

「厳しいならイベント用の経費の何割かを回すけど?」

 人数が人数なため料理部には少し大目に部費を支給するつもりだったが、先に言葉通りの事が進めば部費だけでは足りなくなる可能性がある。

 ミユがここで協力を申し出るようであればハヤトは先に述べたとおり経費の何割かを料理部に回していただろう。

 だが

「うん、大丈夫、やりくりするから」

 ミユの答えはノーだった。

 やりくりすると言う言葉に説得力がある辺りが、今後彼女が料理部の部長たる所以になりそうに思えた。

「……オッケー、部長の意見を尊重する」

 ミユの返事を聞きそう答えるハヤト。

 同時に少し反省する。

 今、ハヤトは「料理部がイベント時に大変だ」と言う理由からではなく「ミユが苦労するから」と言う理由で部費を回そうと考えていた。

 それは生徒会長としてやってはいけない事であった。

 公的な立場の人間が一個人のために公的な力を振るう。

 組織が個人で成り立っている以上、組織の頂点に立つ者は個人の意思を尊重しつつ組織のためになる事をしなくてはならない。

 組織の力はみんなのために。

 そのため、特定の個人に抱いている感情によっての行動は控えなくてはならないのだ。

 そう言う意味では、ハヤトは身内に対して実に甘い。

 ハヤトもそれは自覚している。

「鍋や皿の件は今月中に上に話を通しておく、来月には届くようにするから三月中に試作品を作って品評会をやろう」

「うん」

「さてと、じゃあ俺は次の部活を見に行……」

 そう言ってハヤトは料理部を後にしようとするが

「あ、ハヤト君……」

「ん?」

 ミユに呼び止められる。

 少し周囲を見て声が届かぬ事を確認する。

「……何かあったのか?」

 ミユは大人しい性格だが、ここまで人目を気にする事は無い。

 逆に言えば、大人しい彼女が人目を気にしてまで何かを伝えようとしているのである。

 何かあったと思う方が自然だろう。

「もう新聞部には行った?」

「いや、まだだけど」

「その、お姉ちゃんの事なんだけど……」

「キユがどうかしたのか?」

「最近様子が変なの」

 ミユが言うには一週間前ぐらいからずっと何かを考えてるというか悩み続けているらしく、最近は食事量も減ってきているらしい。

「何か、心当たり無い?」

 返事をするまでも無い。

 ハヤトとて、キユの様子が少しおかしい事には気づいていた。

 その原因にも心当たりがある。

「……解った、これから新聞部に行く所だったし、俺がどうにか出来るようならどうにかするよ」

「うん、お願い……」

 ミユだって薄々は感じていたのだろう。

 だから、ハヤトに話したのだ。



 ガラガラガラ……

 科学室の扉を開け、中に入るハヤト。

「お邪魔しまーす」

 そう挨拶がてら一声上げるハヤトだったが

「ありゃ?」

 誰も居ない。

 ここは新聞部の部室。

 新聞部と写真部はフィルムの現像を自前でやっている。

 写真部は写真を撮る事がメインの部活のため他の部室に専用の暗室を用意されているのだが、流石に新聞部はその活動内容から暗室を用意してもらえる事が出来ず、科学室の奥にある暗室を使う事によって活動を行っている。

 そうなるとこっちの方が部屋が広いと言う事で科学室は新聞部の部室となっているのだ。

 ちなみに獣耳学園には科学部は存在しないためあっさり部室の申請が通ったらしい。

「んー?」

 二歩三歩と踏み込み、再び周りを見回すがやはり誰も居ない。

 一瞬、新聞部の部活日を間違えたかと思ったが、学園に提出された活動内容の書類にはちゃんと活動日であると記されている。

 人が居ないのでは仕方が無いと思い、ハヤトが出直そうとした時。

 ガタゴト……。

 置くの部屋で物音が聞えた。

「……ああ、暗室の方か」

 前述した通り、科学室の奥には暗室がある。

 コンコン……

「もしもし、生徒会だけど誰か居るか?」

 暗室の扉をノックし、そう呼びかけるハヤト。

「えっ!? ハヤト君!? ちょ、少し待って今開けないでね!!」

 中から聞き覚えのある声が返ってきた。

 キユの声である。

 何やら動揺させてしまったらしく、扉越しに聞えていた物音が格段の増える。

「解ってる、ゆっくりやっていいぞ」

 そう言ってハヤトは近くの机に書類を置き、椅子に腰をかけて一息つきはじめる。

 説明が長くなるので省くが、現像作業が暗室で行われる理由はフィルムを現像する際に使われる薬品が光を浴びると使えなくなるためだ。

 今ハヤトが暗室に踏み込むと作業中の印画紙や薬品がダメになってしまう。

 そんな訳で待つ事約十分。

 ガチャ……

 暗室の扉が開かれる。

「随分早かったな」

「後始末だけして出てきたの、流石に人を待たせてのんびりする気にはなれないでしょ。ごめん、ちょっと窓開けていい?」

「ああ」

 ハヤトの返事を聞いてキユは科学室の窓の一箇所を開ける。

 すると科学室内との温度差のせいか、冷たい風が部屋内に流れ込んでくる。

「ふぅー、何度やってもあの匂いはダメだわ」

 外の空気を吸い込み文字通り一息つくキユ。

 背を伸ばし、外に飛び出すように胸を張る。

 僅かに、彼女の長い髪を風が揺らしその姿を彩る。

「……」

 そんなキユを黙って見つめるハヤト。

「ん、何?」

「あ、いや」

 そんなハヤトの視線に気づいたのか、キユに聞かれハヤトは思わず視線を逸らしてしまう。

「ところで他の部員はどこに行ったんだ? 今日は部活あるんだろ?」

「ああ、取材に出てるんだよ、今回は獣耳学園生徒会発足を記事にするんだって言って、今各部の部長にどう思うかってレポートしに行ってる」

「そっか、間が悪かったかな」

 新聞部の部長は鼠人で、何時も何か特ダネが無いかと学園中を走り回っている事で有名であった。

「キユは留守番か?」

「いやー、それがさ『生徒会の記事を書くんだから生徒会長へのインタビューは欠かせない』とか言って『その大役は同じクラスのキユ君に一任する』とかとか言われてハヤト君待ってろって言われた訳よ、でもハヤト君来るって言うだけで何日の何時に来るとか言ってなかったでしょ、流石にその間ずっと待ってるってのは時間の無駄じゃない、だから現像してたんだけど……」

 始めていざこれからって時にハヤトが来たと言う事らしい。

「なるほど」

 合点がいったと頷くハヤト。

「じゃあ、部長が戻ってくるまではインタビューでも受けてた方がいいのか?」

「あー、そうしてくれると助かるな」

 そう言ってキユは質問用紙を取り出しハヤトに質問を投げかける。

「では、えーっと、種族とお名前をどうぞ」

「って、幾らなんでもそれは無いだろ」

 生徒の代表である生徒会長へのインタビューで種族と名前を聞くのは幾らなんでもおかしい。

「いや、だって書いてるし」

 そう言って用紙を見せるキユ。

「本当だ……」

 確かに質問事項の一番目に名前を聞けと書いてあった。

「はぁ、解った付き合おう、人族のハヤト、出身は日本」

「んー、あのさいきなり横道に逸れるんだけど、ハヤト君って日本人なのに何でここに居るの?」

「また随分な聞き方だな」

「あ、いや、別に他意があった訳じゃ……」

「解ってるって、悪い、少し言ってみたかっただけだ」

 そう言って笑い返すハヤト。

 別にキユの質問に対して気が悪くなったわけでは無いとアピールしているようだった。

「理由はあまり聞かされて無いが、姉上が俺を日本では育てたくなかったらしい。えーっと、確か四歳ぐらいの時にスズネさんの所に預けられた」

 日本。

 大陸の東の海上に存在する列島をそう呼ぶ。

 列島と言っても小さな島が並んでいるだけで、今では人が住んでいるという話は余り聞かない。

 何でも昔はそれなりの島国であったらしいが、異常気象によって地形が変わり島の大半が沈んだらしい。

 まぁ、要するに秘境と言った所だ。

「そう言えばスズネさんが育ての親とか言ってたけど、アイさんとは一緒に暮らしてなかったの?」

「ああ、年に何回か顔を合わせるだけだった、まぁ、嵐の如く現れては周りに被害を与え去っていく人だったから寂しいとかは感じなかった。それに何かと忙しい人だしな、会えるだけましって考えた方がいいだろ」

「忙しい? ……そう言えばアイさんって何してる人なの?」

「謎」

「は?」

「いや、俺も詳しくは知らないんだ。子供の頃に何度か聞いた事あるんだが、聞く度に職が変わってたし、金の儲けかたが半端じゃなかった。一度だけ、スズネさんに何やら大金を渡している所を見たことがある」

「ハヤト君の教育費とかじゃなかったの?」

「子供一人育てるのにトランクにぎっしり詰まるような金がいるか?」

「……いや、多分いらない。……って言うか何て言うか怖い話だね」

「もっと怖い話がある」

「何?」

「……姉上もスズネさんも俺が子供の頃から年を取ってるように見えないんだ」

「……マジ?」

「マジ、それであれだろ。妖怪の類ではないかと何度疑った事か……」

 そんなこんなで会話は妙な方向で盛り上がり、経つ事約三十分。

「何か当たり障りの無い回答ばっかりなんですけど」

「質問の内容が普通過ぎるからだろ」

 二十問程の問答が終わり、質問項目も終盤に差し掛かっている。

 このまま、何事も無くこの問答が終わるものだと思っていたが

 パラ……

「ぁ……」

 何枚目かの用紙にキユが目を通した所で会話が途切れた。

「……キユ?」

 ハヤトが問いかけるもキユは黙って何かを考え込んでいる。

 その表情だった。

 ハヤトが度々目撃しミユが心配していた時のキユの姿。

 一見して考え込んでいるようにも見え、追い詰められているようにも見え、上の空のようにも見える。

「キユ」

 もう一度、呼びかけてみる。

「え、あっ、ごめん、ちょっと考え込んでた」

 その真意は解らないが、確かに彼女は今何かを考えていた。

「そろそろ最後の質問だろ」

「……うん」

 ハヤトにそう促され、意を決するように口を開く。

「今、……彼女とか居ますか?」

「居ない」

 キユの小さな問いかけにハヤトは即答する。

 隠す事も偽る事も無い。

 それが事実であるからだ。

 その事はキユだって知っているはずなのに、何故その質問で彼女が迷うのかがハヤトには一瞬解らなかったが

「じゃあ、……好きな人は?」

「……」

 なるほど、とハヤトは思った。

 確かにキユにとってそれは聞き辛い事だっただろう。

 例え事務的な質問であったとしても、ハヤトに対してその事を聞くという意味は、彼女にとって計り知れない問題のはずだ。

「……気になっている人はいる」

 ハヤトは端的にそう答えた。

 僅かな時間の間に考え、出した答えだ。

「あ、……うん、そうだよ……ね」

 その答えにキユはそう小さく声を出し小さく頷く。

 ハヤトはそんなキユの姿に見覚えがあった。

 何時ぞやの文化祭で彼女が追い詰められていた、いや、精神的に負担を抱えている時の姿。

 この状態の彼女は酷く自虐的になっている。

 自身から一歩が踏み出せず、自身を苦境に置こうとする。

 あまりに危うい状態だ。

「……悪かった」

「え?」

「俺があの日言った事、気にしてたんだろ。ごめん」

 素直に謝るハヤト。

 原因はとっくに解っていた。

 寧ろ、それ以外に考えられないというぐらいだった。

「キユがあまりに無警戒だったから少しだけ警戒してもらおうと思ってただけで、追い詰める程悩ませるつもりじゃなかった」

「あー、ああ、うん、いや、確かにその件で悩んでいたんだけど……」

 キユが手に持っていた質問用紙が少し歪む。

「ハヤト君が言う事は尤もだったし、言ってる事も良く解ったんだけど、いや、良く解って無いから悩んでて、考えても解らなくて答えが出なくて……」

 心と体のバランスが逸脱してきているのか、言動が不安定になり、思考すらも袋小路に迷い込もうとしている。

「キユ、少し落ちつけよ」

「あ、うん……」

 ハヤトにそう言われ、寸での所で我を取り戻すキユ。

「……あのさ、ちょっとだけマジで答えて欲しいんだけど」

 絞るように声を出すキユ。

「何で……私にだけあんな事言ったの?」

 それだけが解らなかった。

 ミアにしろミユにしろ十分無警戒だ。

 おそらく、ハヤトがその気になれば二人にだって同じ事が言えるはずだ。

 それなのに何故自分だけに言ったのか。

 それだけがキユには解らなかった。

「……キユには前に言ったよな、俺は『恋愛をしちゃいけない』って考えてたって事」

「うん……」

 覚えている。

 文化祭の時、彼が語った数少ない真実の言葉。

「極端に考えて、人を好きになるってのはその人との距離が縮まるまたは縮めたいって事なんだと俺は思ってる。だから俺は人との距離を常に一定に保つように心がけてきた」

 距離、即ち関係。

「ミアとは友達であろうとした。恋愛感情抜きにあいつは面白い奴だったから、比較的楽にそう言う距離を保つ事が出来た。ミユには妹みたいな感じで接していた。ほら、ミユって何かと放っておけない感じがするだろ。……正直、この関係が続けばそれでいいんじゃないかとも考えてた、でも、今は違う……」

 そうであれば良いと思い。

 そうであろうとし続けてきた。

 だが、あの日を境にハヤトはそう考える事を止めた。

「すると、困った事が起きたんだ、急にみんなとの距離感が解らなくなった」

 前提が覆され、ハヤトは再び自身の立場を振り返った。

「ミアとミユはいいんだ、前までそれでうまくやれてたからその延長だと思えた。でも、……キユだけは違った」

 一度だけ、キユから視線を外すハヤト。

「クラスメート、友達、兄妹、どれもピンとこなくって、自分の中でどうキユを位置づけしていいのか解らなかった」

 ハヤトが視線を外す時にはパターンが三種類ある。

 言い辛い事がある時と、真実を話す時と、照れ隠しをする時。

「困ったよ。自己分析だけど、性格的にそう言う曖昧な時が一番危うい。なのにキユはまったくの無警戒で近づいてくるんだから、俺がどれだけ我慢してたか解ってないだろ」

 我慢。

 何を我慢していたのかと一瞬追及したくなったが、聞くまでも無いだろう。

 寧ろ、聞けば後戻り出来ない。

「……いや、すまん、今の聞き流してくれ」

 言った後でそう言葉を濁すハヤト。

「くそ、どうも俺はキユの前だと本音が出易い。こんな話をするつもり何て無かったんだ」

 喋れば喋る程ボロが出てきているように感じる。

「……あー、兎に角だ。俺の問題はこの際置いといて、キユは無警戒過ぎる」

 形勢不利と判断したのか、話を逸らそう、もとい、話を戻そうとするハヤト。

「無警戒が一番怖い。ミアはあの通りだからやり過ごす事が出来るし、ミユはあの通りだからこっちが動かい限り何とかなる。けど、キユのその無警戒は困るんだ。その、こっちがその気の時に不用意に間合いに入られると保障出来なくなる」

 今のハヤトの言葉が言い辛い事だったのか真実だったのか照れ隠しだったのかは容易に判断出来ない。

 だが、少なくともそこに自分に対する思いが込められていた事をキユは感じた。

「……あー、えと、……ありがと」

「何でそこで礼を言うんだよ……」

 キユの返事に頭を抱えるハヤト。

「いや、何でだろ、……何か、嬉しかったからかな」

 嬉しかった。

 今までキユは劣等感を抱いていた。

 ミア程一途では無かった。

 ミユ程健気では無かった。

 自分の立ち位置が解らなかった。

 彼にとって自分の存在とは何なのかが解らなかった。

 でも、それもそのはず、彼自身が解らなかったのだから。

 嬉しかった。

 彼にとって自分は解らない存在だったのだ。

 そして、彼はその事を気にしている。

 彼は自分の事を気にしている、悩んでいる。

 その事実が素直に嬉しかった。

 その事実に気づいた時。

「うん、解った、出来るだけ気をつけるよ」

 そう答え、自然と笑みを浮かべていた。

 ハヤトの言いたい事は解ったと伝えるかのような満面の笑みだった。

「……まぁ、出来ればそうしてくれ」

 視線を少し外すハヤト。

 こう言う所は実に解りやすい男である。

「……あー、くそ、何か形勢が不利だ。一旦出直して来る。部活の調査はまた明日来るからって部長に言っといてくれ」

「了解ー」

 ハヤトの言葉にキユはそう軽く答えた。

 そこに表情を曇らせ悩んでいた兎人の姿は無い。

 逆に、今度はハヤトが学園内で頭を悩ましている姿が度々目撃されたそうな。


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