十三時限目『新しい朝』
~ 十三時限目『新しい朝』 ~
一月八日。
チュンチュン……
鳥の囀りが聞こえる。
朝である。
始業日の朝である。
長い冬休みの終わりであり、今日から何時もの学園生活が始まる。
「……」
ベッドの中で目を覚ますキユ。
気分はあまり良く無かった。
別段、体調が悪いと言う訳ではない。
問題なのはメンタル面。
あのハヤトの衝撃の告白からまだ三日しか経っていない。
頭の中の整理をするには少々時間が足りなかった。
要するに、ハヤトと会う心構えがまだ出来ていないのだ。
だが、今日は始業日。
嫌でも学園に行かなくてはならない。
学園に行けば必然的にハヤトに会う事になる。
その時、自分は一体どういう表情をして会話をすれば良いのだろう。
いやいや、結論はすでに出ているのだ、と言うか、ハヤトが提示していった。
何時もと同じように普通に接すればいい。
それは解っている。
頭では解っている。
だが、往々にして人の心は理屈や理論で制御出来るものではない。
「(けど、行かなきゃなんないよね……)」
ここでどれだけ思考を張り巡らせても状況は変わらない。
こうなればぶっつけ本番。
なるようになるしかない。
そう決めるだけでも気分的に楽になれる。
「(よし……)」
そうと決まれば普通の朝に戻ろう。
隣で眠るミユを起こし、顔を洗い、制服に着替え、朝食を取り、家を出て学園へ。
普通だ。
何時も通りの普通の朝だ。
このまま学園へ行けばきっと普通に過ごせる。
そうすれば何の問題も無い。
……はずだった。
家を出て初めの曲がり角を曲がる時に
「あ、おはよう二人とも」
そんな声をかけられなければ。
その声をかけて来たのが誰かと言うと
「あれ、ハヤト君……?」
ハヤトだった。
ミユの問いかけにハヤトは「おはようミユ」と答える。
普通だった。
至って普通、非の打ち所の無い朝の光景だ。
だがしかし
「な、何でここに居るの!?」
学園に着くまでは安全だと思い込んでいたキユがそう声を上げる。
「んー、何でって言われてもなぁ……」
歩いてきた道を振り返り、軽く指差す。
「俺の家、あそこだから」
ハヤトが指差したのはキユとミユの家の丁度裏手にある一軒家であった。
「なっ……」
「なんですとぉぉぉーーっ!!」
学園の体育館にそんな大声が響く。
「何でそんなラブコメマンガみたいな設定にいきなりなってるんですか!?」
無論、声を上げたのは猫人ミアであった。
「何故と言われても、俺の住んでたアパート全焼したからな」
引越し先を探していたらたまたまその一軒家が空いていたらしいので入居したらしい。
「反対、断固反対、そんなクラスメートがお隣さんでしかも双子なんてどこの恋愛ゲームの主人公ですか!?」
「隣じゃない、距離的に多少は離れている」
一軒家と言うだけあって、キユとミユの家からは確かに多少の距離はあった。
だが、それでも窓を開ければ見える距離である。
「く、そんな窓越しに会話なんて今時ありえなシチュエーション!!」
「お前なぁ……」
流石に耳元で延々と叫ばれたのではうるさくて仕方が無いと言った感じのハヤト。
「勢い余って変なフラグが立ったら引き返せませんよ!!」
「いい加減にしろこの馬鹿猫!!」
スパァーンッ!!
「ふぎゃん!!」
伝家の宝刀、来客用スリッパ。
ゴム製のそのスリッパは猫人の頭を叩くと軽快な音を体育館内に響かせた。
「ったく、黙って聞いてりゃどこまでも暴走しやがって……」
「まぁまぁ」
ミアにそうお説教をしようとするハヤトにコゥがそう仲裁の言葉を入れる。
「これこそ獣耳学園名物って感じじゃない?」
「……嫌な名物だな、それ」
とは言え確かに恒例化してきているせいか、体育館内に居る他の生徒もすでに見慣れた光景と言った感じである。
ちなみに今は始業式前の集合時間。
体育館内には獣耳学園の全生徒が集まっていた。
「ところでハヤト」
「ん、どうした、ケン?」
「……いや、怪我とかしてねぇみたいだしいいや」
「何だ、心配してくれてたのか?」
「け、誰が……」
そう言って悪態をつくケン。
そんなケンを面白そうに見るコゥ。
二人が何を考えているのかは大体の予想がつく。
そんな気配を察したのか
「おやおやぁ、何かお二人の心の距離が近いですなぁ」
スリッパアタックから復活したミアがそうケンにちょっかいを出す。
「お前、少しは大人しく出来んのか?」
さっきの今でミアの行動は少しも留まる事が無かった。
「だって新学期だよ、しかも長ーい休み明けの、テンション上がらない方がおかしいですよ」
「普通逆だろ……」
一般の学生であれば休みが終わる事を残念がるものだ。
「にしても、校長遅ぇな」
ケンが体育館の大時計を見ながらそう声を上げる。
時刻はすでに九時。
何時もであればすでに姿を現していてもおかしくない。
「ああ、そろそろ時間か……」
ハヤトも同じように時計を見て、そう声を上げる。
すると……
「ん、お前、どこ行くんだ?」
ハヤトは歩き出し、生徒の列を離れて行こうとしていた。
「どこって、壇上」
「は?」
「まぁ見てろって」
そう言い残し、ハヤトは宣言通り壇上へと上がっていき
『あー、みなさんおはようございます』
そう、全生徒に挨拶する。
『年明け、冬休み明けで学園に来るの何て面倒でかったるいって感じですが、単位のため大人しく登校しましょう』
そのハヤトの言葉に随所で苦笑いが起る。
『さて、前置きはこれぐらいにして、今日は校長の代理で俺が始業日の挨拶をする事になりました』
そのハヤトの言葉を聞き、今度はざわめきが随所で起る。
『何故俺が代理で挨拶をするんだ、と、お思いの人が大多数だと思うので説明します、年も明けみなさんも学園に慣れたと言う事で、この度獣耳学園は生徒会を発足する事になりました、その生徒会長として俺、人族ハヤトが就く事になったのです』
ざわめきは一層高まる。
その反応は千差万別。
『通常、生徒会長は投票による多数決で決めるのが民主的と思いますが、校長の強い要望により俺が就く事になりました、無論、みなさんはこれに異を唱える事が可能です、この際なので、異論がある方はこの場で申し出てください』
『……』
皆、異論を唱えない。
そこには色々と理由があるが、端的にまとめるならばこうである。
ハヤトが生徒会長でいいと思う。
そもそも獣耳学園においてハヤト以上の適任者は考えられない。
ならば、これは異論を唱えるどころか自然の成り行き。
『みなさんの同意に感謝します、さて、一言で生徒会長と言いますが、獣耳学園における生徒会長は一般の生徒会長と意味が異なります』
この一言に、またざわめきが起る。
『それは、生徒会長は校長に次ぐ学園の実権を与えられる事、まぁ、これは同時に責任も発生しますので五分五分の権利と言えます』
それは一生徒が持つには過ぎた権利ではないのだろうか、と皆思う。
だが
『さて、ここで少し考えて見ましょう、校長に次ぐ実権、これが何を意味するかを……』
この一言で生徒達の目つきは変わった。
『今後の方針についてはまだ検討中ですが、事実上、学園の行事を生徒の手によって行えると言う事です、今後生徒会ではみなさんの意見を積極的に取り入れて行きたいと考えてます』
巧みな話術、と言うべきなのだろうか。
今の言葉を直訳すれば「生徒会に協力すれば今まで以上に面白い事が出来る」と言っているのだ。
この遠まわしな言い方の利点は受けての想像力を膨らませる事が出来る点にある。
ハヤトの言葉はまるで悪魔の甘美な声のように生徒達をその気にさせていった。
『みなさんの協力によってより良い学園生活が送れる事になるでしょう、ご協力、お願いします』
ハヤトがそう言って一礼した途端
パチパチパチ……!!
体育館内には自然と拍手の嵐が巻き起こっていた。
13クラス、ホームルーム。
「ふむ、初回の演説としてはなかなか好評価だったな」
ハヤトは先の演説の感想をそう語った。
「いや、ってか何でそう言う事になってんのか説明しろよ」
そんなハヤトにケンのご尤もな意見が投げかけられる。
「単純な話だ、校長に『生徒会長やるから好き勝手やらせてくれ』と交渉を持ちかけたら『許可する』の一言ですんだ」
「……良いのか、それで?」
「良いんじゃないか?」
「疑問系で答えるなよ」
ハヤトがこう言った答えを返す時、決まって二つのパターンがある。
素で答えているか、裏があってはぐらかしているか。
大抵の場合、そのどちらかであるかを受け手で判断できるのだが、今回の場合はどちらとも取れない。
「それでハヤト、他の役員は決まったの?」
バトンタッチと言わんばかりに代わってミアがそう問いかける。
「そうだな、副会長に委員長を抜擢ってのは決まってる」
「あ、そうなの?」
「ええ、もう了承済みよ」
らしいと言えばらしいと、皆頷く。
彼女はクラスに置いては委員長と言う立場だが、大きな組織においては副会長等の補佐役の方が向いているかもしれない。
「実行委員をミアとケン、書記と記録係をミユとキユに任せようと思っているんだが……」
「っておい、何勝手に生徒会員に加えてんだよ?」
案の定、ケンがそう反発の声を上げる。
「人の話聞けって、まだ思ってるだけだ、他に適任がいるならそっちに回すよ」
「本当かよ……」
疑りの眼差し。
「私は別にいいよ、部活入って無いし、何と言っても面白そう」
対して、ミアは乗り気のようだった。
「ミユは?」
「私も、書記なら……」
彼女の性格を差し引いて考えるならば、どうやらミユもある程度は乗り気であるらしい。
「キユは?」
「わ、私は……」
視線を逸らすキユ。
別に、記録係が嫌と言う訳ではない。
生徒会の行動を記録すると言う事であれば、寧ろ彼女の本分だ。
ただ、キユが視線を逸らしたのは単に彼女のメンタル面が未だ安定していないためだった。
「べ、別にいいけど」
とりあえずそう答えを返すのが精一杯であった。
「ねぇ、ハヤトー」
「ん?」
「さっき『今後の方針についてはまだ検討中』とか言ってたけど、本当に何も考えて無いの?」
「ああ、とりあえずは地盤固めをしていこうかと思ってる」
「地盤固め?」
「まずは生徒達の信頼を得る事が第一だ、当面は各部活の部費の調整かな、新設校って事で今のところ共通の部費にしてるが、やはり活動内容に比例して支払うのが妥当だろ、調整によって浮いた費用は施設費に回す、これは一般の生徒への恩恵が強いため好感を持ってもらえる可能性が高い、生徒会の初活動としてアピールにはもってこいだ」
「うわぁ、腹黒」
「聞こえが悪いな、一石二鳥とか最も効率の良い方法と言ってもらおう」
どっちもどっちだと苦笑いを浮かべる一同。
「まぁ、本格的な活動は二年になってからだな、新一年に獣耳学園がどんな所かを早く解って貰える様なイベントを考え中だ、それまではさっき言った通り地盤固めに徹する、これは俺一人でも出来るから生徒会としての活動は春休み辺りからかな」
以上が今の所の計画だ、とハヤトが説明していると
キーンコーンカーンコーン。
学園のチャイムが鳴り響く。
「っと、ホームルームももう終わりか、始業日は半日だから楽でいいな」
どこの学校でも大体そうだろうが、始業式の後のホームルームで今日の所は解散となっている。
「何だ、結局おっさん顔出さずに解散かよ」
始業式後、本来ならば担任であるはずのチタ先生が現れるはずなのだが、今日は所用で不在であるらしい。
「ちっ、顔見たら一言言ってやろうと思ったのによ……」
以前ケン宅にて、火事の一件で何か解ったら連絡すると言い残したきり、チタ先生からの連絡は無かった。
会ったら文句の一言もいってやろうと思っていたのだが、その思惑は叶わなかったようだ。
「まぁ、校長もチタ先生も忙しいんだろ、色々と……」
「そうね、それじゃ委員長として今日はこれにて解散宣言しましょう」
コゥのその一言にて、ホームルームは終了した。
放課後、校長室。
「ふむ、ようやく一年間の成果が出たと言った所かな?」
書類に目を通しながら校長がそう声を上げる。
「いえ、評価は一年が終わる時にして下さい、まだ成果と呼べる程の結果が出ていません、これからやらなくては行けない事が山積み何ですから」
そんな校長にそう答えを返すハヤト。
「当面の計画はその書類に記載されている通りです、おそらく校長の意向にそった内容であると思いますが、修正が必要であればすぐに直します」
「無用だ、ワシは君個人を高く評価している、好きにやりたまえ」
そう言って校長は書類を机の上に置き、視線をハヤトに向ける。
「新しい家の住み心地はどうかな?」
「一人で住むには少々広すぎますが、悪くないです、何と言っても……色々と条件が揃ってますからね」
「同居人を住まわせるつもりは無いのかね?」
「校長、俺は姉上と一緒に暮らすつもりはありません」
「……そうか」
校長はハヤトの言葉にそう一言返すのみだった。
「……校長、例の一件の礼がまだでした、改めて、ありがとうございます」
ハヤトはそう延べ校長に一礼する。
「姉がご迷惑をおかけしました」
「礼も謝罪も必要は無い、あれは取引だ、尤も、ワシとしてはフェアではない取引だったと思っている」
「ご冗談を……連中を黙らせるのにどれぐらいの力が必要か、俺が知らないとお思いではないでしょう」
「冗談ではないさ、君達姉弟にはそれだけの価値がある」
「価値……ですか」
露骨、とまでは行かないが、ハヤトは失笑するようにそう声を上げる。
「先程も言ったが、あれはフェアな取引ではなかった、君の提案は確かに魅力的であったが、おそらく君が取引を持ち掛けなくてもワシは何らかの策を行使していただろう、ワシは状況を利用したに過ぎん、我ながらあくどい取引をしたと思っている」
「それは違います」
「……どう言う意味かね?」
「俺はクラスメートの善意に甘えて行動が遅れただけで、俺の提案は俺が実行していたであろう行動の事後処理にしか過ぎません、ですから……俺は姉を口実に校長に取引を持ちかけたんです」
ハヤトはそう言って、少し沈黙する。
「……俺は、姉にあんな事をさせるつもりは無かった」
「君達は……本当に姉弟なのだな」
「は?」
「同じような台詞を君の姉からも聞いた」
「……そう、ですか」
そう答え、ハヤトは喋るのを止めた。
「ハヤト君、済んでしまった事をとやかく言うのはよそう、経緯はどうあれ状況は深刻になってきている、君が成すべき事は唯一つだ」
「はい、承知してます」
そう答えるハヤトの瞳には決意があった。




