十二時限目『火事、焼け跡、そして……』
~ 十二時限目『火事、焼け跡、そして……』 ~
一月五日、昼。
「……」
実家の居間にて、ケンは悩んでいた。
「ケン、どうしたの?」
テーブルを挟んで椅子に座っているコゥが悩むケンを不思議そうに見つめている。
「百歩譲って、まぁ、コゥがここに居るのはいいとしよう……」
去年の末、実家に帰って来たケンは風邪を引いてしまった。
一日経てば治るかと思いきや、日々のバイトによりどうやら地味に疲労が蓄積していたらしく、ケンの体調は優れず悪化せずの状態が続いたのだった。
都合が良いのか悪いのか、ケンのバイト先が年末年始は休みであったため、彼は無理をせず実家にて大人しく養生する事にしたのだ。
そんなケンを通い妻の如く看病したのがコゥだった。
彼女は宣言通り翌日からさも当然のように毎日家に通っては彼の看病をした。
好きにしろと言った手前、追い返す事も出来ず、尚且つ家族の誰一人もそれに異を唱えなかったため、今やこうやって家族の団欒に溶け込む始末である。
その甲斐あってか、年を越す頃にはケンの体調も回復し、迷惑をかけた母親と妹への恩返しとばかりに実家に留まっているのだが
「何であんたまでここに居るんだよ?」
ケンの視線の先には極自然にみかんの皮を向いている獣耳学園最速の黒豹、チタ先生がいた。
「ケン君、教師をあんた呼ばわりするのは関心しないなぁ」
駄目だぞ、っと言わんばかりににこやかに笑いながらそうケンの言動を指摘するチタ先生。
「けっ、学園ならいざ知らず、ここであんたの言う事を黙って聞く筋合いはないね」
自称不良の本領発揮か、ここぞとばかりにそう異論を唱えるケン。
「いやいや、まったくもってその通りだ」
「……は?」
チタ先生の言葉に、ケンは間の抜けた声を出してしまう。
同時に、ケンはその次の言葉に身構えた。
すでに九ヶ月近い付き合いである。
自分の言葉に対し彼がそう言った肯定の言動を取る場合、決まって次の手を用意してあると言う事をケンは知っているのだ。
「私も学園の外でまで君にとやかく言うつもりはない、今のはちょっとしたコミュニケーションってやつを取ろうとしただけだよ」
「……俺には喧嘩売ってるようにしか聞こえなかったが?」
流石にそれは自分でも被害妄想が激しすぎると思わなくも無いが、今は他に聞くべき事がある。
「まぁいい、……それで、何でここに居るんだよ?」
チタ先生が冬休み突入前に述べた言葉が真実であるならば、獣耳学園の先生方は年末まで書類作りで大忙しだったはずだ。
年が明けた今、それらが終った先生方は短い休暇を楽しんでいると言うのが普通ではないだろうか。
「ふむ、実は少々トラブルがあってね……」
チタ先生が言うには、書類作り自体は年末にきちんと完成させ然る所へ送付したものの、保護者への説明はしたのかとの返答が帰ってきたらしい。
書類に不備は無かったが、確かに言われてみればそれら書類に記載した出来事を保護者の方々へまだ説明していないではないかと言った事態が発生した。
「まぁ、要するに報告がてらのちょっとした家庭訪問って奴だ」
「迷惑な話だ」
年始に家庭訪問する教師がどこにいると言わんばかりにそう愚痴るケンだが
「他の先生方は始業日後に行う予定だよ、私は暇を持て余していたんで来たんだ、13クラスは人数が少ないしね」
「尚更迷惑だ」
「これでも一応気を使って四日目にしたんだよ?」
本当なら一日に来たかったと言うチタ先生。
「ハヤト君はお姉さんのご友人の所へ長期滞在しているそうだし、キユ君とミユ君のご両親は出張中だそうだ、手近な所でケン君かコゥ君の所へ行ってみようかと思い、まずはここへ来たんだ」
「ち、何でわざわざ家の方に来るんだ……」
愚痴を言おうと思い口を開くケンだったが
ガチャ
「先生っ!!」
ドアの開かれる音と共に大きな声を上げリゼが乱入してくる。
「ああ、リゼ君、あけましておめでとう、お邪魔してるよ」
「はいあけましておめでとうございます!!」
やんわりと挨拶するチタ先生に対し、リゼはまるで早口言葉でも言っているかのようなテンポでそう答える。
「今年もよろしくお願いしますってそうだ私まだ挨拶してなかったいらっしゃいませ先生母ももう少しで帰ってくると思いますごゆっくりしていってください」
間を置かず、立て続けにそう言葉を続けていくリゼ。
聞き取るだけでも大変である。
「……リゼ、少し落ち着け」
出足を挫かれたためか、それとも妹の暴走っぷりに目も当てられないのか、頭痛を押さえるように目元を押さえてそう一言述べるケン。
そう言われ
「え、あ、えっと、えーっと、クッキーを焼いてみたんです是非食べてください!!」
とりあえず自身の目的だけをはっきり伝えようと、リゼはクッキーの乗せられたお皿をチタ先生に差し出す。
「お前、さっきから台所で何やっているかと思えば……」
チタ先生が家に現れると同時にリゼは台所へ姿を消した。
事前の情報で、チタ先生とリゼに面識があると知っていたケンとコゥは、そんなリゼの行動にハテナマークを浮かべたものだが。
「ありがとう、喜んで頂くよ」
「はいっ!!」
そう頷きながら大きな声で答えるリゼ。
とりあえずのとりあえず、目的を果たせてそれが成功した事に大喜びしているようだ。
そんなリゼの姿を見て
「良かったわね、リゼちゃん」
今まで傍観を決め込んでいたコゥがそう言葉を発する。
「はい」
コゥの言葉にリゼはそう素直に答える。
仲良い女友達と言うよりは仲良い姉妹と言った感じである。
「……」
そんな二人の様子を複雑な心境で眺めるケン。
「おやおや、どうしたんだいケン君?」
そんなケンを面白そうに見ているチタ先生。
「うるせぇなぁ」
「リゼ君がコゥ君と仲良くしているのが面白く無いのかな?」
「知るかよ、俺はあんたと違って面白い面白くないで物事判断してないんでね」
面白ければそれでいいというチタ先生の主義をケンはそれほど認めていなかった。
彼の本質が真面目なのか、それとも単にそう言った見かたをするのが嫌いなのか。
どちらにせよ、彼がチタ先生に食って掛かるのはその辺りの性格の差が絡んでいる事は間違い無い。
それは本人も自覚している所なのだが、嫌いになれるほどチタ先生の人格は悪いものではないのが彼の悩みの種の一つなのだ。
「前々から思ってたんだが、何であんたみたいなのが教師やってんだよ?」
素朴な疑問だった。
以前、ハヤトの経歴が知りたいと言い出したことがあるチタ先生だったが、よくよく考えてみればこの先生の経歴もかなり謎である。
「偏見入ってるとは思うけど、どうにも教師って柄じゃねぇんだよ」
教職につく人間の思考が、いや、この場合は志向と書くべきだろうか、兎に角教職につこうとする人間の目的は誰かに何かを教える事にあると思う。
文字通り教師なのだからして、おそらくこの考えは間違っていないだろう。
だが、この目の前にいる豹人はそれに当てはまらない。
確かに教師としての仕事は行っているが、彼が目的としているのは教える事ではないようにケンには感じられた。
「……ふむ、面白い質問だ」
そう少し考え込むように答えるチタ先生。
この期に及んで面白いと言う辺り、実に彼らしいと言うべきなのだろうか。
「例えるならば果物を食べると言う目的があるとしよう、時間を無視し手段を問わない場合、そこらのスーパーで画一的な果物を買うのではなく育てて食べる方が面白いと思わないかい?」
「……それ、答えになってんのか?」
「さぁ、どうだろう」
「……聞いた俺が馬鹿だった」
ある程度、この人物はまともに答えを返してくれないだろうと思っていたお陰なのか、ケンの対応は冷静なものだった。
「ふむ、そういう対応をされると少し寂しいな」
流石にこれは面白く無いと判断したのか
「ならこれだけは教えておこう」
コゥとリゼには聞こえない程度の小声で、チタ先生はこう言葉を続ける。
「私は面白い事のためなら人をからかったりおちょくったりする事を躊躇わない、だが、これだけは断言しておくよケン君、私は決して面白い事をするために嘘をつく事はない」
「……」
ケンはどういう意味だ、と聞き返したくなった。
今の言葉だけでは彼が何を言いたいのかケンには解らなかった。
何度もそう問いたくなったが、ケンはあえて聞かなかった。
今のチタ先生の言葉には普段の彼から感じられない信念のようなものが感じられた。
面白い事のためなら何でもと公言している者が、決してそれだけは行わないと断言したのだ。
だから、ケンも真面目な顔でその言葉を受け入れようとしたのだが
「……良いねぇ、その表情、そっちの方が面白い」
そんなケンの表情を見て、先の言葉が嘘のようにチタ先生はにっこりと笑う。
「あ、あんたって人は……」
その一言によって、一気に信じる気を失ったケン。
もはや怒りすらも込み上げない呆れ具合である。
同刻。
ハヤトはそれを眺めていた。
彼が住んでいるアパート。
彼が住んでいたアパート。
今や、彼の眼前に存在するのは剥き出しの鉄筋と焼け焦げた壁だけだった。
別段、ハヤトはこの建物に思い入れがあった訳ではない。
何時か述べたように、半年程度しか使用していない借家なのだから無理もない話だ。
加えて、自分にとって価値のある品はすでに持ち出していたため、彼にとっての物的損害は殆ど無かった。
そんな訳で、彼自身は至って冷静に実況検分に立ち会うことができた。
だから
「発火場所はハヤトさんの部屋であるようです」
捜査員やら調査員やらがそんな事を言ってもハヤトは冷静でいられた。
「おそらくストーブか何かの火の不始末日が原因で……」
黙って、その説明を聞くハヤト。
ここに至って、彼には事の顛末が読めてしまっていたからだ。
反論する気も起こらない。
彼はそれで良かったのかもしれないが……
「ちょっと待ってください」
大家さんがそう声を上げる。
少し小柄だがふっくらとした体格の犬人族の女性だ。
「何か?」
「ハヤト君の部屋から発火する事はありえません」
大家さんを一言で表現するならば良い人だった。
お節介とまでは行かないが、ハヤトは住人として彼女の心配りに度々感謝した事があった。
アパートの住人は皆彼女の気のよさを知っている。
「彼は十二月の初めからずっとアパートを空けていました、その際に火の元の確認を行ってます、私もその時立ち会ってました」
長期に渡り部屋を空けると言う事で、ハヤトは大家にある程度の事情を説明し部屋の鍵を渡していた。
「だから火の不始末なんて……」
「ですが彼の部屋から発火したのは間違いありません」
「放火の疑いがあるのではと言ってるんです!!」
大家であり証人である彼女の意見は正当なものだった事は間違いない。
立ち会っている他の住人達も同じ意見だった。
だが
「いえ、放火の疑いは極めて低いとの鑑識からの結果が出ています」
捜査員だか調査員だかはそう一言で大家さんの意見を否定した。
「そんな……」
おかしな話だ。
今、この場でその捜査か調査をしているはずなのに、どうしてここで鑑識などと言う単語が出てくるのだろう。
いや、そんな事は些細な事だ。
「大家さん、もうそれぐらいで……」
尚も食い下がらず証言を続けている大家さんをハヤトはそう言って止める。
「でもハヤト君!?」
「一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
ハヤトは大家さんと入れ替わりで捜査員にそう問う。
「なんでしょうか?」
「今回のケースの場合、まぁ、僕の住んでいる部屋が火元であるという話の場合ですが、このアパートや他の部屋の方々の火災保険は全て適用されますか?」
「アパート自体の火災保険は適用されますが、住人の方々の火災保険は適用されません、この場合火元になった人物に賠償責任が発生します」
「そうですか」
今の言葉を要約すると。
建物の保険は支払われるが、個人の保険は支払われない。
請求したければ火元となった人物、ハヤトに請求しろと言う事だ。
だが、これはおかしい。
隣家もしくは隣室からの類焼である場合、失火法により重過失、すなわち焼身自殺・放火などの故意によるものでない限り、火元になった人物には賠償責任は発生しない。
この場合は各人の火災保険で、損害がカバーされる。
ちなみに、寝タバコの不始末やコンロの消し忘れ等による火災は重過失にはならない。
「解りました、色々とご苦労様です」
にっこり笑いながらハヤトはそう返事をする。
その返事を聞くと、捜査員だか調査員だかは大家さんへの礼も片手間に、あっと言う間に姿を消した。
「大家さん、すみません、どうも僕の火の不始末で火事が起こったようです」
「ハヤト君、そんな事は!!」
あるはず無い。
そう大家が言おうとするが
「いえ、そういう調査結果が出ている以上、僕の責任です、……皆さん、本当にすみませんでした」
ハヤトはそう言って他の住人に対しても頭を下げ、謝罪する。
「今回の火事の損害額を計算して僕に請求してください、責任をもって全額返済します」
余りにおかしい事の顛末に、住民達はただ混乱するだけだった。
アパートと言ってもそれほど大きくない。
ほぼ全員が顔見知りである。
そんな中で、不可解な火事の全責任をもっとも疑いの少ない一人の少年が負うなどという結果になったのだ。
混乱しない方がおかしい。
だが、そんな場の混乱を他所に、ハヤトの表情は穏やかだった。
一番の被害者であるはずの少年がそんな表情をしているのでは。
一番の被害者であるはずの少年が自分から全ての責任を取ると言っているのであれば。
誰も、異を唱える事が出来なかった。
「すみません、これから色々手続きが必要になると思いますので、先にそちらを済ませてきてよろしいでしょうか?」
ハヤトの問いに皆無言で頷く。
正確にはどう対応してよいのか解らず曖昧に頷いただけなのだが
「大家さん、俺、携帯電話持ってないんで、連絡先はこちらにしてもらえますか」
ハヤトはそう言って連絡先の書かれた紙を大家さんに手渡す。
「では……」
失礼しますと言い残し、皆の前を後にするハヤト。
全焼したアパートを迂回して道に出ようとした時。
アパートの片隅にて見知った少年が座っていたのが見えた。
アパートの住民の子供だった。
足元の少し黒い土と何かの燃えカスを見て、……落ち込んでいるようだった。
ハヤトは知っている。
あそこには多くの植物があった。
少年が毎日水をやり、夏の暑いときも冬の寒い時も世話をしていた多くの植物が。
その時の少年の表情も覚えている。
芽が出ると驚き、実が生ると喜び、花が咲くと笑うのだ。
少年が作った少年だけの世界がそこにあった。
それらが全て……昨夜の火事で燃えてしまった。
僅かに一晩。
少年だけではない。
多くの人達の思い出や大切な品々がたった一晩で消えてしまった。
「……」
ギリッ……
知らない間に、拳に力が込められていた。
「(損害額を計算なんて、できるはずが……)」
ハヤトは、少年に声をかけず、……かける事すらできずにアパートを後にした。
二度とここには戻らない。
いや。
もう、二度と戻って来れないと言う思いを胸に秘め。
夜。
「いやぁ、リゼ君は本当に料理がお上手だ」
「本当ね」
家族団欒の場であるはずの食卓には部外者二名の姿があった。
無論、コゥとチタ先生である。
「……ちょっと、うらやましいわ」
「おや、それはリゼ君のおいしい料理を毎日食べれるケン君がかい、それともケン君に美味しい料理を食べさせてあげる事が出来るリゼ君がかな?」
「本音を言えば両方です」
「おやおや、これは一本、いや二本とも取られたな」
すっかり馴染んでいる辺りが流石と言うかなんというか。
「……昼間も言った気がするけどよ、何であんたがここに居るんだ?」
「リゼ君によければ夕食もと誘われたので甘えさせてもらった」
「リーゼー……」
妹を恨めしそうに見る兄。
「だ、だってぇ……」
「ケン、リゼちゃんを苛めちゃ駄目じゃない」
「苛めてねぇっつーの……」
駄目だ。
どうにもこの二人が揃うと自分のペースが狂ってしまう。
そんな事はもう何ヶ月も前から解っていた事だったが、ここに来てリゼと言う要素が加わり更に自分のペースが狂ってしまった。
「いやいや、しかしケン君が羨ましい、こんなに美味しい料理を食べさせてくれる人がいるとは」
「……あのー、チタ先生にはそういう人が居られないんですか?」
「うん、残念ながら自由気ままな一人暮らしでね、こう言った手料理を作ってくれる人は居ない」
「そ、そうですか、それは残念ですね!!」
同情の言葉のはずなにどこか嬉しそうにそう大きな声を上げるリゼ。
「……」
一方、それを面白くなさそうな顔をしながら眺めるケン。
「ケン」
「んだよ?」
「そういう表情してるとシスコンって言われるわよ」
「ぐっ……」
コゥの一言がケンの胸に突き刺さる。
「それでも文句言わないのがケンらしいけど」
「うるせぇよ……」
基本的に、ケンは人の人間関係に口出ししない。
彼自身が自分の人間関係を他人に口出しされる事を嫌うからだ。
その関係に悪意が無い限り、彼はそれを許容する。
「まぁ、そう言う所が好きなんだけどね」
「……勘弁してくれ」
コゥの言葉にしかめっ面を浮かべるケン。
「ったく、何でこんな状況になっちまったんだか……」
思い返すがこれと言った原因は見つからない。
何となくでここまで来てしまったような気がする。
「そうねぇ、私としては二年かけてようやくここまでって感じだけど……」
「ん、二年?」
計算が合わない。
自分がコゥと面識を持ったのは去年の四月、入学式後のクラス編成の時のはず。
仮に入学試験の時にコゥが自分の事に気づいていたとしてもせいぜい一年であるはずだ。
「ふふ、ケンは知らないでしょーね、ケンが私の事を知るずっと前から私はケンの事知ってたんだから」
「何だそれ、そんなの聞いてねぇぞ」
「言ってないからね」
「ち、どっかの誰かみたいな言い方しやがって」
コゥもわざとらしくそう言う口振りで言っていたため、からかわれている事がすぐに解った。
「……って事は中学の頃か、部活か何かか?」
「さぁ、どうかしら」
コゥは笑ってそう答える。
「お前、最近性格悪くなってきてねぇか?」
「気のせいよ」
どちらにせよ、どうやら教える気は無いらしい。
「もう少しケンが私に興味を持ってくれたら教えてあげる」
「なら教えてくれなくていい」
裏が見える取引には応じられないとそう切り返すケン。
そんな感じで雑談に花が咲き約一時間。
そろそろ会話の種がつき始めた頃。
『八時のニュースをお伝えします』
テレビでニュースが流れ始めた。
天気がどうの、お偉いさんが何かしただの。
そんな何の変哲も無い日々の出来事を伝えるニュースだった。
だが、そんなニュースが三十分程流れた辺りで
『……今、臨時ニュースが入りました、今日午後八時、百獣市で火災があった模様です』
そんな特報が入ってきた。
「ん、百獣市?」
それはどこだと問う必要は無い。
ケン達の住む街の事だ。
『火災があったのは郊外の住宅で、そこに住んでいたと見られる少年三人が火傷を負い重症、警察の調査では放火による……』
ニュースレポーターが尚も説明を続けるが
「……物騒な話だな」
「本当にね」
これが市街地であるならばハヤトかキユ、ミユの心配をする所だが、百獣市の郊外に知り合いは住んでいない。
そうなると所詮は人事である。
テレビ越しで伝えられる情報であるため余計にそう感じてしまう。
ニュースレポーターは記事を全て読み上げると出演しているコメンターに早速その話題を振る。
『放火と言う事で住民の方々は……』
『そうですね、犯人とは別に冬と言う事で火の元の確認を……』
『昨夜も百獣市の市街地で火災があった模様ですが……』
『ああ、アパートが全焼した件ですね』
『はい、その時の映像……出ますでしょうか?』
レポーターのそんな言葉の数秒後。
パッ……
その映像が映し出される。
「なっ!?」
ガタッ!!
思わず、立ち上がってしまうケン。
「……ケン?」
そう、ケンに問いかけるコゥ。
「どうかしたのかい?」
続いてチタ先生もそう問う。
「これ、ハヤトん家だ……」
「え?」
「間違いねぇ、……そっか、コゥは行った事ねぇのか、おっさんは?」
「いや、私も彼の家までは把握していない……」
「おいおい、冗談じゃねぇぞ……」
そう言って、ケンはすぐに廊下に設置してある電話機を手に取り、ハヤトの家の番号を押すが
トゥルルル……
一向に出る気配が無い。
「くそっ!!」
受話器を置き、そう唸るケン。
ガタッ……
「さて、私はそろそろお暇するよ」
椅子を引き、立ち上がるチタ先生。
「おっさん?」
「流石に担任として行動しないわけにはいかないだろ」
ニッっと笑うチタ先生。
だが、そこにいつもの笑顔……余裕はなかった。
「待て、俺も行く」
チタ先生の後を追うように上着を手に取るケン。
口には出さないが「ダチの家が火事にあったのにじっとしていられるか」と言った雰囲気が如実に出ていた。
「駄目だ」
「何でだよ!?」
「聞けば今日はご両親が不在だそうじゃないか、リゼ君一人を残して行くのかい?」
「ぐっ……」
チタ先生が知っていてそう言った訳ではないのだろうが、そう言われてはケンは逆らえない。
「あの、先生……」
「リゼ君、夕食おいしかったよ、機会があればまたご馳走してくれるかい?」
「はい、喜んで!!」
チタ先生の言葉にそう嬉々として答えるリゼ。
「ケン、私もお暇させてもらうわ」
「コゥ?」
「そろそろ時間も時間でしょ、チタ先生が帰るのならボディガード代わりに丁度いいわ」
コゥは駅までは一緒だからと付け加える。
「そうか……まぁ、気をつけて帰れよ」
「ありがとう、ケン」
そう言って、チタ先生とコゥは上着を羽織玄関まで向かう。
「おっさん、何か解ったら絶対連絡しろよ」
「おやおや、命令口調は嫌われるよ?」
「うるせぇ、ハヤトが無事かそうでないかだけでもいいんだ」
「……解った、流石に洒落にするには重たすぎる話だ」
今回ばかりは真面目に受け答えしようとチタ先生は言い残し、玄関から出ていく。
「……ケン」
「ん?」
「今日まで連日通い続けたけど、明日からちょっと用事が出来て来られそうにないの、だから今度会う時は始業日ね」
「……そうか」
コゥの言葉にケンは端的にそう答えた。
「じゃ、またね、おやすみなさいケン」
「ああ、おやすみ」
そう受け答えし、コゥも姿を消す。
「……」
二人が姿を消した後、ケンは玄関でしばらく考え込んでいた。
チタ先生の行動は教師と言う点で見れば正しい行動だ。
理由や理屈も筋が通っている。
幾ら彼が日頃不真面目な態度を取っていても、有事の際には生徒のために行動出来る事をケンは知っていたから納得できた。
ただ、一つ引っかかるのは
「(コゥ……)」
コゥの行動だった。
確かに彼女は何時も九時頃に帰宅していた。
それが今回少しばかり早まっただけの事に過ぎない。
普通に考えればおかしな所は無い様に見える。
だが
「(何で今日に限って……)」
彼女はこの家に通い始めて一日たりとも九時以前に帰った事は無い。
まるで別れを惜しむように、ギリギリまでこの家に、ケンのそばに居た。
それなのに、今日に限って早めに帰るのは違和感を感じる。
そして、彼女が明日から来れないと言う理由も何時もの彼女であれば言って……。
「ケン兄?」
「……え?」
リゼの一言で我に返るケン。
「どうかしたの?」
「……あ、いや、……何でもねぇ」
何を考えていたのだろう。
どうにもおかしな事を考えてしまったようだ。
ハヤトの一件でどうにも動揺してしまっているらしい。
「はぁ、風呂入って寝るか」
ここで自分に出来る事は何も無い。
そう考え、ケンは日常通りの行動を取る事にした。




