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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第04話「華咲け、獣耳学園」
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十一時限目『要塞陥落』

 ~ 十一時限目『要塞陥落』 ~


 チュンチュン……

 鳥の囀りが聞こえる。

 朝だ。

「……」

 ベッドの中で目を覚ますキユ。

 状況確認。

 自室だ。

 間違いない。

 視線を少し上に上げ、壁にかけられている時計を見る。

 八時十四分。

「(……んーっと、そろそろ慣らしとかないと)」

 今日は一月五日。

 一月八日に学校が始まるので冬休みは今日を含めてまだ三日ある。

 ここで二度寝しても、休みのため普通なら問題ないのだが、彼女の場合は事情が異なっていた。

 端的に言えばキユは朝が弱い。

 学園に通う日々であれば朝起きるというリズムを保っているためまだ起きれるが、一旦そのリズムから外れると起きるまでが酷いものである。

 長期の冬休みのせいでリズムはすでに狂っている。

 現に八時過ぎに起きてしまった。

 そろそろ生活のリズムを元に戻さなければならない。

「(とりあえず目を覚まそう)」

 ベッドから身を起こす。

 朝の冷気が肌寒い。

 すぐ隣のベッドで眠るミユを起こさぬよう、部屋を出て洗面所へ向かうキユ。

 勝手知ったる我が家。

 実にスムーズに身支度を整える事ができた。

 続いて台所へ。

 朝の食事は大切だ。

 一日の動力源となる。

 ミユのように料理は出来ないが、パンを焼いて食べるぐらいは自分でも出来る。

 そう思って台所へ向かうと

「ああ、キユ、おはよう」

 すでに食事の用意が出来ていた。

 台所に隣接するリビングにはテーブルと椅子があり、そのテーブルの上には少し固めに焼かれたパンにベーコンと目玉焼きがあった。

 サラダとコーヒーも添えられている完璧な洋食セットである。

 寝起きとは言え、焼けたパンの良い匂いが食欲を刺激してくれる。

「ミユはまだ寝てるのか?」

「うん、ミユは朝弱いから、多分しばらく起きてこないよ」

「そうか、じゃあ先に食べようか」

「そうだね」

 椅子に座り、テーブルの上のパンを一齧りする。

 うまい。

 パンのカリカリ感と目玉焼きの柔らかさが実にマッチしている。

 少し濃い味が欲しい時はベーコンを添え、舌休めにサラダを食べる。

 コーヒーは食後の余韻を楽しむために飲むのがこの場合ベストだ。

 そんなこんなで約十分。

「ごちそうさま」

 見事完食。

「おそまつさま」

 ミユの料理に不満がある訳ではないが、先に述べた通り彼女は朝が弱い。

 よって朝食は大体手間要らずのパン。

 しかも素のパンである事が多いため、こうやってセットで出されるとこの上なく嬉しいものだ。

「……」

 コーヒーを飲みながら朝食の余韻に浸るキユ。

 すると

「……?」

 コーヒーを口に運ぼうとする彼女の手が止まる。

 何かおかしい。

「…………」

 一秒、二秒、三秒。

 四秒目に掛かろうとした時、何かを思い出したかのように怪訝そうな表情を浮かべその人物を見る。

「……ハヤト、君?」

「うん、おはようキユ」

 ニッコリ笑ってそう答えるハヤト。

 ズガン、ダンダダン、ガラガラガラ、ドンッ!!

 椅子が倒れ、テーブルがずれ、食器が暴れ、キユが転がる。

 漫才でもここまで派手なリアクションはなかなか取れないだろう。

「な、な、な……!?」

「何故ここに居るのか、……か?」

 コクコク……

 ハヤトの言葉に首を縦に振るキユ。

 どうやら気が動転しているらしく、うまく喋れないらしい。

「やれやれ、どうにもキユは朝は記憶が飛ぶタイプらしいな、昨日家に来ないかって誘ったのは二人だろ」

「え?」

 以下、回想開始。



 一月四日、夜。

 ハヤト、キユ、ミユの三人は道の真ん中に立ち尽くしていた。

「燃えてるね」

「燃えてるな」

「うん……」

 メラメラメラ……

 三人の視線の先には今まさに炎に焼かれている建物があった。

 アパートである。

 そう、アパートだ。

 実に見覚えのあるアパートだ。

「何とも困った事になったもんだ」

「困ってるって雰囲気が全然無いんですけど?」

「気のせいだろ、自分の家が燃えてりゃ誰だって困るもんだ」

 そう、ハヤトの家だ。

 正確にはハヤトが一室を借りているアパートなのだが。

 そのアパートが燃えているのだ。

 一言で言うなら火事である。

 火柱が立ち、黒煙が舞い上がり、夜なのに灯りが必要ないぐらいに燃えていた。

「……はぁ、とりあえず俺は大家さんの所に行ってくる、何か手伝える事があるかもしれないしな」

 住人である以上、住んでいる場所が有事の際は協力するのは当たり前である。

「二人は先に帰ってていいよ」

 だがキユとミユは別に関係者ではない。

 夜も遅いし、火事場には何かと危険がつきものだ。

 ミアは寮暮らしなので途中で別れたが、二人はこれから自宅へ向かわなければならない。

 そう言ってハヤトは二人を帰そうとするが

「冗談、このまま家に帰って寝れる程悪い性格してないわよ」

「うん……」

 まぁ、案の定と言った返事である。

「解った、けどあまり危ないことはするなよ」

「大丈夫よ、もう消防車とか来てるみたいだし」

 見れば道のあちこちにはすでにパトカーや消防車がスタンバイしていた。

「私はちょこっと写真撮るだけだから」

 今からでも何か撮れるかもしれないと付け加えるキユ。

「ああ、じゃあミユはキユと一緒に居てくれ、事情聞いたらすぐ戻ってくるから」

 すでに消防隊の方々が火事の消火にあたっているのでハヤトに出来る事はそう無いだろう。

 現に道にはそんな消防隊員の活躍を見ようと野次馬が出来ている始末だ。

 この様子では程なく火事も鎮火されるだろう。

 それでも住人として最低限の行動をしなくてはならない。

「うん……」

「行ってらっしゃーい」

 二人の了承を得た所でハヤトは野次馬の中へと進んでいくのであった。

「さて、カメラカメラっと……」

 こう言うときこそジャーナリストの本領発揮。

 火事が発生してからまだ間も無いのかプロの方々の姿がまだ見えない。

 情報は早さが命、自分の撮影によって色々なものが補完できるかと思うと自然と気分が高揚してくる。

 パシャパシャパシャ……

 とりあえず、片っ端から写真を撮っていく。

 火事の炎、燃えた家、火に立ち向かう消防隊員、消防隊員によって動かされているホースや消防車、火事を見ようと集まっている野次馬。

 途中、レンズ越しに何かが見えた。

「(……ん?)」

 何か、引っ掛かるものが見えた。

 その何かが何であるのかまでは解らなかったが、何かがキユの脳裏に引っ掛かったのだ。

 パシャパシャパシャ……

 そこですぐにボタンを何度も押す。

 レンズ越しに何かが見えたのだ。

 ならば自分がやるべき事は一つしかない。

 写真を撮る事だ。

 その何かがキユの中から消えるまでキユはシャッターを切り続けた。

 それから数分後。

「二人共お待たせ」

 ハヤトが二人の下に戻ってきた。

「何か解った?」

「とりあえず住んでた人達は全員無事だそうだ、火事もアパート以外の場所には燃え移らないだろうってさ、……まぁ、不幸中の幸いと言うか何と言うか」

 火事において怖いのは被害の拡大である。

 そういう意味ならば今回の火事はまだマシだったのかもしれない。

「出火原因とかは?」

「まだ不明、明日の昼に現場検証があるらしいから住人は立ち会ってくれってさ」

「それってハヤト君も?」

「ああ、まぁ、ずっと家を空けてたからあんまり意味無いだろうけどな」

 確かに、ハヤトは十二月の初めからずっとスズネの所に居た。

 ついさっき家に帰ってきてみれば火事である。

 検証も何も無いだろう。

「ってかさ、ハヤト君自分の家が燃えたんだからもう少し動揺とかしたら?」

「住む家が無くなっただけだ、問題無いよ」

「いや、問題大有りでしょ」

 さらっと答えるハヤトにそうツッコミを入れる。

「結局半年程度しか使ってないし、大事な物は家を空ける時に持って出てたからな」

 そう言ってハヤトは自分の鞄を見せる。

 大きな鞄ではない。

 精々服の着替えが数着入る程度の鞄だ。

「けどまぁ、寝泊りできる場所がいきなり無くなったのは流石に困ったかな」

 時刻はすでに九時を回っている。

 この時期、通常のホテルは予約なしで宿泊出来ないだろう。

 かといってこの界隈にビジネスホテルやカプセルホテルは存在しない。

「大家さんが用意してるとかないの?」

 こう言った場合、一時的な借家が用意される事が場所によってはあるが

「いや、それは無理だろうな……」

 そう言ってハヤトは大家が居る方向を見る。

「大分、混乱してたっていうか堪えてるみたいだった、しばらくはそっとしておいた方がいい、怪我人が居なかったのは本当に良かったよ」

 ハヤトらしい感想と言うかなんというか、自分より人に気を使うのは実に彼らしい。

 しかし、同時にこの状況で平然としているハヤトの方がおかしいのだとも思う。

「じゃあどうするの?」

「んー、この時期に野宿したら流石に辛いだろうけど、まぁ、いざとなれば警察か消防に事情を説明して泊まらせて貰うさ」

 火事の被害者なのだ。

 それぐらいの融通は効かせてくれるだろう。

 ハヤトはそう苦も無さそうに言うが

「……じゃあ、私達の家に来ればいいよ」

 ミユがそうハヤトに提案を投げかける。

「……は?」

 思わず、ハヤトは自分の耳を疑った。



 以上、回想終了。

「そうだった、自分で誘っておきながら忘れるとは……」

 苦悩しながらそう感想を述べるキユ。

 結局、あの後キユもミユの意見に賛同し、家が燃えても困らなかったハヤトの困り顔を楽しみながら帰宅したのであった。

「確かに、寝起きに記憶が飛ぶのはちょっと問題あるよなぁ」

 そんなキユにそう告げるハヤト。

「普段はちゃんと覚えてるわよ」

 流石にそう思われるのが嫌だったのか、キユはそう反論する。

「休みとかが続くとこうなるだけ」

「そういえば合宿の時は寝起き良かったな?」

「合宿とかでぐっすり眠れる方がおかしいでしょ?」

 ご尤もな意見だが

「人の家でぐっすり眠るのはいいのか?」

「うっ……」

 つい数日前に人の家で前後不覚になってしまった身では説得力がない。

 その後もキユは数度に渡り反論するが

「……はぁ、降参」

 結局、無条件降伏する事になったのであった。

「……さて、他にも色々とツッコミを入れたい所だけど、俺はそろそろお暇させてもらうよ」

「え?」

 時計を見るキユ。

 時刻は九時過ぎと言った所だ。

「何か用事あるの?」

「おいおい、まだ寝ぼけてるのか?」

 十時から昨夜の火事の現場検証に立ち会う事になっているのだと、ハヤトは言う。

「ああ、そっか」

 キユはそう頷き返す。

 納得と言った声であり、少し残念と言った声であった。

「まぁ、そう言う訳で俺はもう行くよ」

「ん、解った」

 引き止める明確な理由が無い以上、用事があるハヤトをここに留める訳にはいかない。

 そう思い、キユは手を振ってハヤトを送り出そうとするが

「……」

 そんなキユを見て苦悩するハヤト。

「……あー、キユ、あのな、多分今度会うのは始業日になると思うから言っておく」

「何?」

 真剣な面持ちで、一呼吸間を置いてハヤトは言葉を続ける。

「あまり俺を信用するな」

「は?」

 一瞬、ハヤトが何を言っているのか解らなかった。

「昨日の晩、俺は確かに泊まる場所が無くて少し困っていた、キユもミユも多分善意で泊まらないかと言ってくれたんだと思う、けどな、そういう行動はあまりに無用心過ぎる」

「えっと……」

 まだ、キユにはハヤトが何を言いたいのかが解らなかった。

「……解ってないって顔してるな」

 そんなキユを見て、ますます苦悩の表情を浮かべるハヤト。

「いいか、ちょっとだけ第三者の視点で考えてみろ、ここ数日合宿紛いに一緒に寝泊りしてたから距離感が狂ってるせいもあるんだろうけど、親しい人間とは言え、親の居ない家に男を泊まらせるってのがどういう意味かを」

 ようやく、キユにもハヤトが何を言いたいのかが解った。

 確かに第三者の視点で見れば問題のある行動だ。

「いや、でもほら、ハヤト君だし……」

 大丈夫、と言おうとするが

「だから、あまり俺を信用するなって言ってるんだよ……」

 まだ解らないのかと言わんばかりに、キユから視線を逸らしてそう言うハヤト。

「キユ、どうやら回りくどい言い方するのは無理みたいだから、直球で勝負させてもらう」

 そして、何かを覚悟したように口を開く。

「これから言う事は俺の本音だ、この言葉を言った後、俺はすぐにこの家を出て行く、今度会う時、俺は何時も通りキユと接する、だからこれは警告だと思ってくれ、この話を俺は絶対ミアやミユには言わない、キユにだけ、しかも一度しか言わないから良く聞いて欲しい」

「う、うん……」

 彼がそう言うからには余程の事なのだろうと、息を呑み、次の言葉に構えるキユ。

 呼吸を整え、心を落ち着かせる。

 ……準備完了。

 その工程はまるで難攻不落の要塞を立ち上げるようであった。

 その心の要塞を持ってして、聞く体制が出来たとハヤトに目で合図するキユ。

 そして、ハヤトが告げる。

「俺は……キユを抱きたいと思ったことがある」

「……え」

 時が止まった。

 全ての思考がストップし、世界が停止する。

 難攻不落の要塞はハヤトのその一言によって一瞬にして崩れ去った。

 彼女の名誉のために言っておくならば、要塞の防御は完璧であった。

 如何なる攻撃であろうとも、その防御の前に阻まれたであろうと断言できる。

 唯一の敗因は、その言葉が攻撃と呼べるものではなかった事。

「キユが俺をどんな風に見ているかは解らないが、俺はキユが思っているほど完璧な人間じゃない、だから俺をあまり信用しないでくれ、過ぎた行動を取られると俺も自分を保てる自信が無い」

 そう言い残し、ハヤトは宣言通りに家を後にした。

「……」

 一人、時が止まったキユだけが残された。

 時は止まれど時計は回る。

 時計の長針が一回りしようとした頃。

「……お姉ちゃん?」

 ミユがリビングに姿を現した。

「どうしたの?」

 時の止まった姉が余程不思議に見えたのか、不思議そうにそう問うミユ。

「……えっと、ごめんミユ、私まだ寝てるみたい」

「え?」

「えーっと、そう、寝るときは布団で寝ないと、うん、じゃあ、昼過ぎになったら起こして」

 支離滅裂な言動をしながらキユはリビングから姿を消す。

「……うん?」

 良く解らないが二度寝するのだろうとミユは認識した。


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