五時限目『神剣拝戴の儀、そして新たなる年の始まり』
~ 五時限目『神剣拝戴の儀、そして新たなる年の始まり』 ~
12月31日、夜。
厳かな雰囲気の中、その儀式は始まった。
鳥居より本殿に至る道の脇に明かり、かがり火が並び灯され闇夜を照らす。
その道の始まりにハヤトが立つ。
ここに至るまでに身を清め、一切の穢れを祓ってきた。
そんな彼の身には真っ白な服が纏われていた。
神道において、神社の神主は最も神聖な行事を行なう時には必ず真っ白な服を身に纏い、その素材には麻・大麻が使われる。
神道では麻は神の印、罪・穢れを祓う神聖な植物であるとされているためだ。
「……」
一歩前に進み、鳥居をくぐるハヤト。
その斜め後にハヤトと同じ白い服を着たスズネが控え、手には麻製の布に包まれた棒が握られていた。
一歩、二歩…。
ゆっくりと足を進める二人。
かがり火の隣を通る度に火が少し揺れ、すぐに納まる。
まるで夢現の中にいるかのように幻想的な光景。
そんな光景を見守る三人が居た。
ミア、キユ、ミユである。
三人はスズネに言われるまま巫女服を身に纏い、かがり火の外に立っていた。
当初はその物珍しい様式に声を上げていたが
『……』
儀式の始まりと共に息を呑み、無言となった。
空気が変わった。
神前、声を出す事すら恐れ多い神聖な空間。
ある程度の話は聞いていたが、三人はその場の雰囲気に完全に飲まれてしまっていたのだ。
やがて、本殿の前まで足を進めるハヤトとスズネ。
そこで一旦足を止め、再び礼をする。
スッ…
礼を終えた後、スズネはそのままハヤトの前に一歩足を進め、本殿とハヤトの間から少し外れた位置に立つ。
体を横に向け、身を屈めるスズネ。
サッ…
その手に握られていた棒を捧げるように両手に乗せ、頭を伏せたまま掲げる。
スズネの動作が終わったのを確認し、一歩前に出てスズネの前に立つハヤト。
スズネの掲げられた手の上にある棒を手に取り
シュル…
その布を取り外す。
中から出てきたのは棒ではなかった。
刀だ。
その刀に三人は見覚えがあった。
夏の合宿の際、ハヤトが手に取り祠に返したあの小刀だ。
ハヤトがそれを所持していた事を知っていたのはミアだけだったが、何故かその事に三人は驚かなかった。
その刀を掲げるように両の手で持ち
トッ、トッ、トッ…
一歩一歩、本殿の階段を上がっていく。
そのまま、ハヤトは本殿の中に姿を消した。
その先に何があるのか、皆知っていた。
本殿の奥にあるもの、それは御神体だ。
神体、神霊が宿っているものとして神社などに祭られ、礼拝の対象とする神聖な物体。
古代の神道では山岳・巨岩・大木などが神体または神の座として考えられたが、時が移り行くにつれ鏡・剣・玉・鉾・御幣・影像などが用いられることが多くなり、それら神体を総称して御霊と呼ばれる事もある。
御神体に神剣、つまり刀を捧げ、祝詞を読み上げる事により、神剣拝戴の儀は終了する。
『……』
内心で、少し気が緩まる三人。
その姿を見る事が出来ない面々にとってはこの段階でまずは一息と言った所だ。
「高天原に神留坐す…」
刀を捧げ終わったのか、張りのあるハヤトの声が聞こえてくる。
おそらくこれが祝詞と呼ばれるものなのだろうと漠然と認識する三人。
何故そのような認識かと言うと
「祓へ給ひ清め給へと申す事の由を…」
その独特の発音と音色。
加えてその意味を知らない三人にとってそれは不思議な唄のように聞こえたからだ。
しばらくの間、祝詞が読み上げられる。
その間、一同は動きもせずにハヤトの祝詞を聞き続けていた。
場の空気が、聞かぬ事を許さないようだった。
ただただ、聞きつづける。
「聞食しめせと恐み恐み申す…」
やがてその祝詞も終り、本殿の中より姿を現すハヤト。
階段を下り、ハヤトが本殿に対し最後の礼をする事によって、ようやく場の空気が緩くなったかのように感じた。
それは儀式の終わりを意味していた。
「ご苦労、見事な儀式じゃった」
「いえ、まだまだですよ」
苦笑いしながらそう答えるハヤト。
だが、その表情に曇りが無い所を見ると内心ほっとしているようでもあった。
「これで手筈は整った、後は…お主次第じゃ」
「はい…」
スズネのその言葉にハヤトはそう答えた。
「まぁ、余り難しく考えるな、それに今は他にやるべき事があるじゃろ」
「え?」
そう言って、スズネはハヤトの元に駆け寄ってくる三人を見る。
「ハヤトー」
「いやー、すごく格好良かったよ」
「うん、すごかった…」
三人のその盛り上がりに場は一気に日常の空間へと移ったようだった。
「ああ、サンキュー」
そう言って笑い返すハヤト。
「ふむ…」
そんなハヤトの表情を見て少し考え込むスズネ。
「ハヤト」
「はい?」
「後の事はもうよい、お主はその娘等の相手をしてやれ」
「え、ですが…」
「よいと言うておる」
「…解りました」
ハヤトの返事を聞き、スズネは本殿の中へと姿を消す。
「まだ何かあるの?」
そんなスズネの後姿を見送った後、ハヤトにそう問うミア。
「特に何かあると言う訳じゃないんだが、本殿の中にもかがり火があって、その火は年が明けて日が昇るまで絶やしてはいけない事になってるんだ」
神剣と共に、一年の穢れを祓い清めるためだとハヤトは言う。
「日が昇るまでって…、一晩丸々!?」
「ああ」
本来であればハヤトが寝ずの番をするはずだった。
「…そう言えば、どうしてハヤト君が祭司をやったの?」
「ん?」
「だって、この神社の神主さんってスズネさんでしょ?」
この神社で行われる行事なのだからして、普通は神主であるスズネが祭司のはずだ。
「確かに理屈ではそうだけど、…どう言ったらいいかな、本来であれば俺が神主のはずなんだと言えばいいのかな」
「んー、どういう事?」
それだけの説明では解らないと、キユは更なる説明を要求する。
「色々あるんだけど、基本的に人族の宗教ってのは男の方が高い地位につくんだ、特に古来の神道においては神職には男性がなるものだという風習があった」
厳密には風習ではないが、この場ではそう説明しておいた方が解り易いだろうとハヤトは言葉を取り繕う。
「神道の祖は自然崇拝なんだ、例えば山を神として崇めていた場合、その山は女人禁制と言われ女性の立ち入りが禁じられていたりもした、そんな感じで、余程の事が無い限り女性が神職につくなんて事も無かった」
「でも、それじゃ巫女さんとかはどうなる訳?」
歴史を紐解いても神に仕える女性というのは居た。
「…巫女は神にその身を捧げた女性を指す、けど、あまり言いたくないが…古代の巫女はどちらかと言えば神に捧げる供物に近い扱いだった」
勿論、直接的な意味合いではないが、古来より、生け贄は女性と相場が決まっている。
「歴史についてとやかく言い出したら切りが無い、今じゃそんな事はないけど、それでも俺がやるべきだとスズネさんに言われてね、だから引き受けたんだ」
断る理由も無かったし、と付け加える。
「神道って奥が深いのね」
一応納得してくれたのか、キユはそう言ってこの話を終りにする。
「それで、これからどうするの?」
スズネが一晩中火を見張るのは解ったが、自分達はこの後どうするばよいのか。
「流石にスズネさんだけに一晩任せるつもりはない、俺は用事が済んだら交代しようと思う」
「私達は?」
「参拝客をこき使う訳にはいかんだろ、家に戻って寝てていいよ」
ハヤトの言い分は解るが
「でも、別にいちゃいけないって訳じゃないでしょ」
「ここまでくれば最後まで付き合うわよ」
「うん…」
そこで引き下がる三人ではなかった。
「…そうだよな」
そんな三人を見て、ハヤトは溜息をつくように笑う。
「ハヤト?」
何時もと違うハヤトのリアクション。
「なら、俺の用事に付き合ってくれないか?」
「うん、いいけど…」
彼がそんな態度を取る時、何かあると三人は知っている。
「何、すぐそこだ…」
そう言って、ハヤトは歩き出す。
普通に歩いているはずなのに、彼の後姿には言い知れぬ何かがあった。
戸惑う三人。
だが、迷う事は無かった。
三人はそんな彼の後をすぐに追った。
神社に至る石段の中腹より脇道にそれる事約30分。
山の合間に僅かな平地があった。
山をぐるりと回ったためだろうか、裏山にあるという河が海まで続いているのが良く見える場所だった。
昼間であればさぞ良い景色だっただろう。
ただ、今は夜の暗闇のせいで海は黒く、その光景はまるで…世界が闇に包まれているようだった。
ハヤトが持ってきた灯りが無ければ、見ているとその闇に飲み込まれそうで怖くなる。
そんな光景だった。
「ハヤト、…ここは?」
場に耐え切れなくなったのか、ミアがそうハヤトに尋ねる。
「悪い、少し待っててくれ…」
ハヤトはそう言うと灯りを地面に置き、近くに置いてあったバケツと柄杓を手に取る。
そして、そのバケツに水を入れて直方体の石の前に足を運ぶ。
三人もそれを追ってその石の前に立つと、暗闇の中、灯り照らされ石に刻まれている文字が僅かに見える。
クロ 帰幽 享年十二。
帰幽、死者の霊が神のもとへ帰ることを意味する。
それは神道の言葉だが、三人は何となくその石の正体が解った。
墓石だ。
周囲に同じような石が複数存在するところを見ると、ここはどうやら墓地であるらしい。
「スズネさん、ちゃんと綺麗にしてくれてたんだ」
ハヤトはそう言うとバケツの中の水を柄杓で掬い、まず石の上から水を流し、続いて横、最後に下に水をかける。
その行為にどんな意味があるのか、三人には解らなかったが、石を綺麗にしようとしている事は解った。
「あまり意味が無いかな…」
ハヤトの言う通り、石はそれ程汚れていなかった。
それでも、ハヤトは自分の手でその石を綺麗にしていく。
「すまない、ここに来るまでに三年もかかった」
少し苦笑して、石に対して謝罪する。
「でも、ようやく俺はお前の前に立てるようになった、またしばらく来れなくなるかもしれないけど、俺は前に進む事にしたよ」
石にそう語りかけるハヤト。
そのハヤトの姿を三人は黙ってみていた。
何がどうなっているのか、何をどうすればよいのか。
それがまったく解らない三人は、ただ黙って見ている事しか出来なかった。
「…この石の下には俺の友達が眠ってるんだ」
そんな三人の意思を察してか、それともその事を初めから説明するつもりだったのか、石の方を向きながらハヤトはそう話出す。
「四年前、交通事故で死んだ、当時、俺が心を許せる唯一の友達だった、ああ、ちなみに猫人族だ」
つまり、親友と言う奴なのだろうか。
少なくともハヤトがそう言うだけの人物だったのだろう。
「猫人族の…友達?」
ミアはそのクロというハヤトの友達に心当たりがあった。
ハヤトの家で見つけた写真、そこに写っていた一人の猫人族の少年。
「変な奴だった、初めて会ったのは俺が10歳の時だ、ある学校に転校した俺を周りの生徒達は物珍しそうに見るだけだったが、あいつはいきなり俺の背中を叩いて『お前、変わってるな』なんて言って来やがった、まぁ、それから妙に気が合って…本当、変な奴等だったよ」
そう言うハヤトの声は何かを懐かしむ、暖かいものだった。
それだけ、ハヤトの気持ちが現れているようでもあった。
「そして…」
ハヤトは一度クロの石に礼をすると、隣の石の前に立つ。
シロ 帰幽 享年十二。
石にはそう刻まれていた。
「シロ…」
クロの石の前で彼の話をしていた時の表情は何処へ、ハヤトは一転して感情が無くなったかのように無表情になる。
ただ、その石の下に眠る人物もハヤトにとっては大切な人だった事だけは解った。
「…ハヤト、その人は?」
そんなハヤトにミアがそう声をかける。
興味本位からだけではない。
彼が自分達をここに連れてきたのきっと何かを知って欲しかったからだ。
そのきっかけを作るために、ミアはハヤトにそう聞いた。
「…ミアには話したけど、キユとミユにはまだ言ってなかったな、…俺さ、好きな女の子が居たんだ」
『え…?』
そう、声を上げるキユとミユ。
驚きの声ではない。
何故いきなりそんな話になるのかが解らないと言った声だった。
「猫人族の女の子で長い銀色の髪が綺麗だった、初めて会ったのはクロの奴の家に連れていかれた時だったな、今でも良く覚えてる、綺麗だと素直に思った」
そう語るハヤトの表情に尚も感情の色は無かった。
『……』
三人は鎮痛な面持ちでその話を聞いていた。
いや、その話を聞いている内に、三人の表情がそうなっていったと言った方がいいだろう。
「別に一目惚れとかそんなんじゃなかった、会う度に一緒に遊んで騒いで、気がつけば自然と好きになっていた」
『……』
聞きたくない。
そんな話は聞きたくない。
始めはまだ黙って聞いていられたが、三人にとってそれはまるで拷問のように思えた。
「…ハヤトは、その…ハヤトは今でもその人の事が好きなの?」
耐え切れず、そう、ミアがハヤトに問う。
キユとミユも同じだった。
この場でその事を聞くのは場違いなのかもしれない。
それでも、ハヤトの話を聞いてはおれず、その事を聞かずにはいられなかった。
「難しいな、彼女が生きていたなら好きと答えられたかもしれないが…」
「…え?」
ハヤトの言った言葉を、三人は一瞬理解できなかった。
「その子なクロの妹で…シロって言うんだ」
シロ。
目の前の墓石に刻まれている名前だ。
つまりは、すでにこの世の人ではないという事。
ミアは思い出す。
以前、ハヤトが自分以外の女性が好きだと言った時の言葉を。
『ミアを…好きだった奴と間違えて、あんな事をしたんだ…』
だった、過去形だ。
あの時は気が動転していて気づかなかった。
今だってそうだ。
ハヤトはシロの事を語る時、過去形で喋っていた。
「ごめん…」
「何でミアが謝るんだ?」
「その、私…」
知らなかったとは言え、ミアはシロに負の感情を抱いていた。
だが、相手は死者なのだ。
死者は何も言わない。
死者は何も語らない。
死者は何も答えない。
どんな感情をぶつけても、死者は反論すらできず、一方的な罵声を浴び、あらゆる烙印を押し付けられる。
亡くなった者を悪く言うなど筋違いなのだ。
そして、亡くなった者と自分とを比べ、他者に自分の感情をぶつける行為。
それはとても評価されるべきものではない。
ミアは過去に一度その行いをした事があった。
そんな自分が何とも情けなく思えた。
キユとミユも同じ思いでいた。
「…いいさ、過去は過去だ」
ミアの心中を察したのか、言葉をうまく紡げないミアにハヤトはそう言葉をかける。
「シロが死んだのは四年前、クロが死ぬ少し前…交通事故だった、正直言うと、俺は二人が死んだのを見て、後を追おうかと思っていた」
自殺、と言う事なのだろうか。
「何度も何度も、死のうとした、だが、俺は死ぬ事を許されなくて、辛い日々が続いた」
死ねなくて辛い。
それがどういう意味なのか、三人には容易に想像できなかった。
それでも、ハヤトの言葉から伝わってくる言いようの無い感情だけは解る事ができた。
「そんな時、俺はある人の紹介で獣耳学園にやってきた、そのから先は三人共知ってるだろ」
皆、無言で頷き返す。
「どうせ同じ事の繰り返しだと思って、自分なんてどうでもいいと考えてたんだが…、まさかこんな事になるとは思いもしなかった」
そう言って、ハヤトは少し笑う。
そして言葉を続ける。
「まぁ、今日は過去の話がしたかったわけじゃない、三人にわざわざ付き合ってもらったのは俺自身がけじめをつけたかったからなんだ」
そう言って、ハヤトはシロの墓石を背にし、三人の方へと振り向く。
「ミア、キユ、ミユ」
暗闇の中、灯りの影となってハヤトの表情は解らないが、そこには何かの決意を感じた。
「今年一年、三人には本当に感謝している、この一年で俺は変われたと思う、簡単に諦めるなと言われた、誰かを救えるんだと教えられた、何かに立ち向かう勇気を見せてもらった」
解った。
ハヤトという人物を三人は良く知っている。
約束を守り、契約は破らず、義理を果たす。
彼はそういう男だ。
「以前の俺は自暴自棄で、自分なんてどうなってもいいと思っていた、でも、俺はまだ立ち止まれない、俺にはまだ出来る事がある、皆が俺を必要としてくれている」
その彼が、自分達を前に宣言をしている。
「必要とされている限り、俺はもう迷わない、もっと真剣に生きてみようと思うんだ」
彼は自分達に向かって誓いを立てているのだ。
「だから、…これからも俺を見ていてくれ」
言葉に、彼の全ての想いが込められていたのだろう。
強く、そして深く、心に響いた。
その言葉に
『うん』
ミア、キユ、ミユの三人はそう答えるのであった。
そこに一瞬の迷いも無かった。
何故なら、もとよりそのつもりだったからだ。
「…ありがとう」
その三人の答えに、そう小さく呟くハヤト。
暗闇の中、ハヤトの表情は解らないが、三人にはその時のハヤトの表情が見えたような気がした。
そして、彼との間にあった距離が少しだけ近づいたような気がしたのだ。
今まで以上に、彼の存在が身近に感じられた。
「…えっと、じゃあ、…そろそろ戻ろうか」
少しだけ照れくさかったのか、ハヤトは灯りを手に持ち歩き出そうとする。
すると
ゴオォォーーーン…
辺りにそんな重低音が響く。
「何、この音?」
ミアがそう声を上げる。
耳にではなく肌に響くようなそんな音だ。
「除夜の鐘だ」
「除夜の鐘?」
オウム返しにそう聞き返すキユ。
自分達が知らずハヤトが知っていると言う事は、これも人族の年越し行事の一種なのであろう。
だが、神道の事を調べた時にはそのような単語は見聞きしなかった。
「除夜と言うのは一年の最後の夜の事だ、日本人の言葉では大晦日の夜と言う事になる、夜の十二時をはさんで寺々で鐘をつくことを除夜の鐘と呼び、百八回鐘をつき同じ数の煩悩を除去して新年を迎えると言う意味がある」
「百八って、滅茶煩悩多く無い?」
そんな驚きの声を出すミア。
煩悩ってそんなにあるものなのかと言わんばかりだ。
「百八って言っても一つ一つが全く別物って訳じゃないらしいが、それも色々な説があってな、まぁ、深く考えない方がいいだろう」
ここで討論しても結論が出ない話だ、と付け加える。
「それに除夜の鐘は神道ではなく仏教と呼ばれる宗教の行事なんだ、だから俺もそれ程詳しくない」
「仏教?」
「人族の宗教の一つさ、昔は色々と分化されてたみたいだけど、今では歴史の彼方と言った所だな」
「んー、じゃあこの鐘は誰が?」
ミアがそう問う。
神道で無いと言うのならばスズネが鳴らしている訳ではないのだろう。
そもそもスズネはかがり火の番をしているはずである。
「この辺りは割と人族の文化が根付いていた地域でな、まぁ、誰かがそういった古い文化を再現しようとイベント的に行っているんだろう」
お祭り好きな人間というのはどこにでもいるものである。
「…っと、そうか、除夜の鐘が鳴ったって事は年が変わったって事か」
思い出したかのように立ち止まり、三人の方向を見るハヤト。
「…えーっと、さっき似たような事を言ったばかりだけど、まぁ、その、けじめはけじめだ、ミア、キユ、ミユ」
何事、と言わんばかりにハヤトを見る三人。
「今年もよろしくな」
そう、笑いながら新年の挨拶をするハヤト。
それに対して三人は
『こちらこそ』
そう、笑って答える。
お互い、非の打ち所の無い満面の笑顔だった。




