四時限目『各々の事情』
~ 四時限目『各々の事情』 ~
夜、スズネの家にて面々は夕食を取っていた。
「ほぅ、これはなんともうまそうじゃのぉ」
スズネはテーブルの上に並べられた料理の数々を見て感嘆の声を上げる。
白米に味噌汁、それに惣菜が幾つも添えられており、言うなれば純和風の食卓となっていた。
「まだ出しますけど、先に食べといてください、みんなも先に食べてていいぞ」
ハヤトはそう言って再び台所へ足を運ぶ。
「うむ、ではいただこうかの」
そう言って料理に箸を伸ばすスズネ。
「それじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
物珍しい料理の数々に、ミアとキユもすぐに箸を伸ばし始めた。
「へぇ、これが日本料理か、ふーん、変わってるね」
「まぁな、でも、それ半分ぐらいはミユが作ったんだぞ」
再び再び台所から戻ってきたハヤトがキユのその言葉に答える。
「そうなの?」
キユの隣で座っているミユが小さく頷く。
「驚いたよ、ミユって日本料理も作れたんだな」
ハヤトは素直にそう驚いた。
他の料理に比べ日本料理は知名度が低い。
「ハヤト君が好きかなって思って勉強したの」
「…そっか」
ミユの言葉にハヤトはどうとも取れない表情でそう答える。
一方、自分達には絶対に出来ない芸当だと微妙にダメージを食らうミアとキユ。
「してハヤト、ワシのリクエストがまだ見当たらんのじゃが?」
「ちゃんと用意してますよ、そう焦らないでください」
ハヤトはそう言って台所から皿を持ってくる。
「今日は他の品数が多かったのであまり手を加えないシンプルな作りにしてみました」
持ってきた皿の上には揚げが焼かれたものといなり寿司が乗せられていた。
「うむ」
スズネはその皿を受け取ると別の小皿にしょうゆを入れる。
まず、いなり寿司を食べ、その後に焼いた揚げをそのまま食べるかしょうゆをつけてから食べるか悩む。
「毎度思うんですが、たまには止めませんか、これ」
「何を言う、揚げは狐人族の好物、それなくして料理は語れん」
「料理するのは俺なんですけど…」
「腕の振るいがいがあるじゃろ、お主の作る飯はうまいからのぉ」
どうやら昨日今日の話ではなく、スズネは食事の度に揚げの料理をハヤトに頼んでいるようだ。
「レパートリーを考える人間の事を考えてください」
加えてハヤトは毎回料理の種類を変えているらしい。
「でも、そう言いながらもハヤト君ってマメだよねぇ」
そう言ってキユは自分の前におかれている料理を見る。
そこにあるのは肉じゃが。
だがただの肉じゃがではない。
色合いに赤色が多い。
ジャガイモの代わりに人参の比率が多いためだった。
「人参は確かに兎人の好物だけど、流石にやりすぎじゃない?」
「あー、悪い、気に入らなかったか?」
「いや、別にそういう訳じゃないけど…」
そこで謝られても困ると言わんばかりのキユ。
「こっちには焼き魚だもんねー」
ミアの前におかれているのは焼き魚だった。
これまた猫人の好物である。
「でも、どこから仕入れてきたの?」
ここは内陸部、海は遥か彼方である。
「裏山に川と池があって海が結構近いんだ、今の時期は丁度海から魚が戻ってくる時期でな」
話の流れからしてどうやら鮭の一種であるらしい。
「そう言えばさ、人族には好物とか無いの?」
そうハヤトに問うキユ。
各々の好物が食卓に並べられているのに、ハヤトの前にはこれといって特徴的な料理が置かれていなかった。
疑問に思うのは当然だろう。
「いや、どうなんだろ、人族って割と何でも食うからなぁ」
通常、種族によって素材の好き嫌いがはっきりと分かれる。
例を上げるならば猫人は柑橘類があまり好きではないし、犬人は野菜が好きではない。
食べれないと言う事はないが、それらの物を滅多に食べようとしないのは事実である。
「少なくとも俺自身に好き嫌いはない」
うまいものはうまいし、まずいものはまずい。
そこに好きや嫌いという感情は無いとハヤトは言う。
「ふーん、良いのやら悪いのやら」
好物があればうれしいし、嫌いなものがあれば悲しい。
そういった食事の醍醐味が無いのは少々物足りないのではというのがミアの主張だった。
「ああ、でも、米だけは食事に欲しいかな」
「何で?」
ハヤトの言葉に率直にそう質問するミア。
「日本人だからな」
「何それ?」
「日本人は米が食べたくなる時があるんだ、まぁ、好き嫌いとは別の習慣みたいなもんだ」
「ふーん、変なの」
そんなこんなな会話が続き、やがて夕食が終わる。
『ごちそうさまでしたー』
「はい、おそまつさまでした」
皆の言葉に料理を作った者を代表してハヤトがそう答え、一旦夕食という場を締めくくる。
そして食後の一息をつく面々。
「いやぁ、うまかったのぉ」
まずスズネがそう歓喜の声を上げる。
「ハヤトの料理もうまいが、ミユ、お主の料理はそれ以上じゃて」
「あ、ありがとうございます…」
「ワシ自身が料理をせんからの、こうしてうまい料理が食えると実に幸せな気分になれる」
どうやらスズネはミユの料理を大層気に入ったようだ。
「お主は良い嫁になれるぞ」
「え、は、はい…」
誉められているのは解るがこういう場合どう反応すればよいのか解らず、戸惑うミユ。
「ハヤト、ワシはこの娘が良い、この娘にせい」
「何の話をしているんですか!!」
そう大きな声を上げるハヤト。
「何を言うておる、お主の嫁の話じゃ」
「勝手に話を進めないで下さい!!」
放っておくと何を言い出すのか解らない雰囲気になってきた。
一方、そう言われたミユは顔を真っ赤にしている。
「そうですよ、ハヤトのお嫁さんには私がなるんですから」
ミアがそう横から声を上げと
スパァァン!!
「ふぎゃん!!」
本日累計三発目となるビニールスリッパアタック。
相変わらず良い音を立てる。
「話をややこしくするな!!」
「ハヤトー、何だかツッコミ厳しくなってない?」
「お前が悪ノリし過ぎるからだ」
「えー」
そんな事ないと抗議の声を上げるミア。
「わ、私後片付けします…」
流石に気まずくなったのか、それとも何らかなの危険を察知したのか。
その場を立ち去るようにミユは食器を持って台所へ向かう。
「あ、いいよ、後片付けは俺がやるから」
「ううん、量多いし私が…」
「だったら尚更ミユだけにやらせる訳にはいかない」
「でも…」
「解った解った、じゃあ二人でやろう、その方が早いし、それなら文句ないだろ」
「…うん」
そう言って二人で食器を片付けはじめるハヤトとミユ。
「こうしてみるとまるで新婚さんのようじゃのぉ」
食器洗いを並んでしている二人の後姿を見ながら、それを肴にニヤニヤ笑いながら茶を飲むスズネ。
『……』
そのスズネの言葉を面白くなさそうな顔で茶を飲みながら聞くミアとキユ。
本来であれば割り込んで行きたい所だが、自分達が手伝えば皿が何枚犠牲になるか解らない。
余談ではあるが夕食の料理の際、すでに計三枚の皿が犠牲となっている。
よって今の二人には見ている事しかできなかった。
そんな時
「…ねぇ、キユちゃん」
「ん?」
小声で、ミアはスズネ同様に茶をすすってふて腐れていたキユに呼びかける。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「何?」
「私さ、前から思ってたんだけど…」
「だから何よ?」
「ミユちゃんって、もしかしてハヤトの事好きなの?」
「ぶっ!!」
稲妻が走る。
そりゃ思わずお茶を吹き出し噎せるのも無理はない。
「どーも文化祭辺りから二人の態度がおかしいのよねぇ、何ていうか…妙にやさしいっていうか親しいっていうか素っていうか、ミユちゃんって何かハヤトの前では自然体って感じだし」
あのミユがハヤトの前でだけは普通の少女になる。
そりゃ気づくなと言う方が無理だろう。
寧ろ今まで気づかなかった方がおかしかった。
「あ、あは、あははは…」
苦笑いするミユ。
実は自分もです、とはとてもこの状況では言えない。
「ねぇ、そこら辺の話何か知らない?」
「え、あ、いやー、チョット解ラナイカナ、アハハ…」
実にぎこちないロボット口調の返事である。
人間いざとなれば平気で嘘をつけるものだ。
「ふーむ、でも、もしそうだとすると…困ったなぁ」
そう呟き、考え込むミア。
「(私の方が困ってますよー!!)」
キユ、心の叫びであった。
「ま、いっか」
「いいのかよっ!!」
一転してツッコミ。
漫才師顔負けである。
「だってさ、私ミユちゃんの事好きだし、そりゃハヤトを取られるのは嫌だけど、そう言う事で仲悪くなりたくないっていうか、出来れば仲良くしていたいじゃん、だったら無理に問い詰めるのもなんでしょ?」
「……」
苦悩の表情を浮かべるキユ。
「(二人そろって似たような事を…)」
ミアのその台詞は、以前ミユから聞いた言葉と同種の物だった。
そういう台詞が言えると言う事は、すでにそれだけの覚悟が出来ていると言う事だ。
「(これじゃ私一人がまだ不覚悟で苦しんでいるようなもんじゃない…)」
未だ二人に対して敵対する事も確固たる態度も取れない自分が情けないと言わんばかりである。
「ふぅ、お待たせ」
洗い物の済んだハヤトとミユが今に戻ってくる。
「ん、二人共どうした?」
耳打ちをし合うほど近くに座っているミアとキユを不思議そうに見るハヤト。
『何でもない』
「…そうか?」
そう言われたのではそう答えるしかない。
「キユ、ミユに聞いたけど、両親そろって仕事中なんだって?」
「え、うん」
何時の間にそんな話を?
と、一瞬考えるが洗い物の途中で話したのだろうとすぐ気づく。
「二人だけで留守番なんて心配だな、明日には帰ってくるのか?」
「うーん、多分無理じゃないかなぁ、二人が一緒に仕事にでるとなかなか帰ってこないのよねぇ」
「ん、二人が一緒にって、同じ会社なのか?」
「あー、いやいや、そうじゃなくて、実は…」
キユが説明するに、父親がカメラマンで母親がモデルをやっているらしく会社は一応別。
だが、双方の会社は割と交流があり、知れた二人を一緒に仕事させる方が効率が良い事を知っているのだ。
よって父親は母親の専属カメラマンとし、旅行がてら撮影に行って来いと仕事させる事が多いらしい。
「へぇ、珍しいパターンだな」
通常、そういう場合は公私混同を避けるためわざと別々の仕事を与える。
「まったく、お陰で私達は子供の頃からずっとお留守番、親の旅行中ずっと家にいなくちゃいけないのよ…」
「そういう時って、一緒に連れて行って貰えないのか?」
「残念ながら、一応仕事だしね、『仕事場に子供は連れて行けない』とか言ってお断りよ、まぁ、実際の所は自分達が二人っきりで旅行したいだけなんでしょうけど」
やれやれと言わんばかりである。
「まぁ、その代価として、家にある物は自由に使って良いって許可を取り付けたんだけどね」
そう言ってキユは自分のカメラを手に取る。
「ああ、それで…」
キユのその言葉を聞いてハヤトは合点がいった。
彼女が代わる代わる持ってくるカメラ。
そのどれもがそれなりに質の良い品々であった。
そして、質の良いカメラというのは高級品である。
本体もさることながらレンズや脚立、各種オプションにフィルム等の消耗品。
とても一学生がどうこうやりくりできる金額ではない。
その財源がどこから来るのかがハヤトはずっと疑問だった。
だが、それらが父親の物であるならば納得が行く。
「私が自腹で払っているのはせいぜいフィルム代と現像料、後はどうしても欲しい備品ぐらいね、本体なんて高くて買えないわ」
「なるほど」
納得したとハヤトは頷く。
「まぁ、そう言う訳で、両親は南の島でバカンスでもしながら年越しするつもりでしょうね」
キユは最後にそういう両親なのだと付け加える。
「どこのご家庭でも事情があるんだねぇ」
そんなキユの言葉に対してミアは感慨深くそう呟く。
「そういうお前はどうなんだ?」
その呟きに対し、そう問うハヤト。
「どういう事とは?」
「実家がこっちって事はわざわざ遠くの獣耳学園を受験したって事だろ、まぁ、当時から話題性とか色々目立った学園だったけど、そこまでして獣耳学園に入学しようとした理由が今一つ見当たらないじゃないか」
その理由が家庭にあるのでは、とハヤトは読んでいた。
「ハヤトよ、それは勘ぐりすぎじゃ」
ミアの返答より先に、スズネがそう口を挟む。
「この娘は単に祖父の進めであの学園に入学しただけじゃて」
『え?』
スズネの言葉に対し、ハヤトとミアがそう声を上げる。
「…って、本当にそうなのか?」
同じように声を上げたミアにそう尋ねるハヤト。
「うん、私も一人暮らしとかって興味あったし、反対する理由もこれと言って無かったから」
どうやらスズネの言った事は真実であるらしい。
「…それで、何でスズネさんがそんな事を知っているんですか?」
「何、少々その娘の祖父と縁があっての、そんな事だろうと思うたんじゃ」
「…はぁ?」
解るような解らないような。
「まぁ、そんな話より、キユとミユは明日帰るのかの?」
「え、はい、そのつもりですが」
スズネに突然話を振られ、一瞬言葉に詰まるキユ。
「ふむ、どうじゃ、良かったら年越しまでここにおらんか?」
「え?」
これまた突然な申し出だった。
「スズネさん、何を言ってるんですか!?」
先に声を上げたのはハヤトだった。
「明日は…」
「お主は黙っておれ」
小さく一喝。
そう言われたのでは何とも言えず、ハヤトは黙り込む。
「家に戻った所で二人だけでは折角の年越しも味気無かろう、折角こんな遠くまで来たんじゃ、観光するような場所はないがしばらく泊まっていかんか?」
「えーっと…」
そう言われたキユは悩む。
明日帰るにしても、ハヤトのバイト姿を撮るなりなんなりしていたら家に着く頃には日が暮れているだろう。
そのままミユと二人で年越しを迎えるにしても慌しい事この上ない。
付け加えるならば新聞部のバイトも自分のやるべき事は全てやり終えているので、学園の始まる日までやる事も無い。
対してこのままここに留まれば年越しをハヤトと共に過ごせるし、自宅にいるよりかは面白そうだ。
今の所、無理に帰らなければならない理由は見当たらない。
「ミユ、どうする?」
「…うん、居させて貰おうよ」
キユの言葉にそう答え、頷き返すミユ。
「…そうだね」
それだけでミユが自分と同じ考えだという事が読み取れた。
「じゃあ、もう二日か三日程ご厄介になります」
「うむ」
その答えにスズネは満足そうに頷く。
三人を寝床の用意した客間に連れて行った後。
「一体どういうつもりですか!?」
ハヤトはスズネに言及していた。
「何じゃ、一晩は我慢できて二晩は我慢できんのか、若いのぉ、まぁ、可愛い娘ばかりじゃて無理もな…」
「茶化さないで下さい!!」
声を荒げるハヤト。
「明日の夜には神剣拝戴の儀があるんですよ!?」
「だから何じゃ?」
その答えを聞いて、ハヤトはスズネがわざと言っている事に気がつく。
「…まさか、あの三人を儀式に参加させるおつもりじゃ!?」
「もちろん、そのつもりじゃ」
「反対です、あの三人は部外者ですよ!?」
「…違うの」
ハヤトの言葉を遮り、スズネがそう言葉を発する。
「違う、何がです?」
「お主の言い分は大きく間違っておる、そもそも神剣拝戴の儀は古来より一般に公開されておった、今更部外者が立ち行った所で問題にはなるまい」
「今と昔では状況が違います」
「そうじゃの、今では神道やら儀式やらを知る者など数えるぐらいじゃろうし、参加者などまずおらん」
「それなら…」
「部外者を参加させるな…と?」
「…はい」
一呼吸溜め、そう答えるハヤト。
その言葉には普段の説得力は無かった。
自分で言った言葉なのに、どこか説得力を欠いている事を自覚していたためだ。
「この馬鹿者が!!」
そんなハヤトをスズネの怒号が貫く。
「そこが違うと言っておる!!」
眼光が一転して鋭くなり、声に張りが生まれる。
「お主の言っている事は順序が逆なのじゃ、部外者だから参加させたくないのではなく、参加したら部外者ではなくなってしまう、だから参加させたくない、お主が懸念しているのはあの娘等が関係者となる事であろう!?」
「っ!?」
ずばり、核心であった。
スズネの一喝は寸分違わずハヤトの言わんとしていた事、隠していた事を貫いた。
「ハヤトよ…、もういいじゃろ、あれからもう何年経つ、過去を忘れろとは言わん、じゃがいい加減死んだ者ではなく生きた者達を見てやれ、過去に捕らわれるな」
「ですが、俺は…」
「でなければ、お主ではなくあの娘等が可哀想じゃ、もっとあの娘等を見てやらんか」
「っ…」
スズネのその言葉は何よりも重く、ハヤトは愕然とする。
「よいな、ハヤト?」
「…はい」
沈痛な面持ちで、ハヤトはそう答えた。
まるで、ハヤトの覚悟が現れたかのような重い表情であった。




