十四時限目『後夜祭』
~ 十四時限目『後夜祭』 ~
喫茶ジュエルズ。
まだ昼が少し過ぎた程度の時間。
店内には未だ客の姿は無い。
ただいまお昼休み中。
カランカラン…
そんな喫茶ジュエルズの店内に、扉につけられた鐘の音が軽快に木霊する。
「あら?」
小休止していたコゥがその音に反応する。
客が溢れ返るのはおそらく3時ぐらいだろう。
そう考えるならやや珍しい午後の部最初の客である。
「ケーン、お客さんよ」
そうコゥが声を上げるがケンの返事が無い。
「(っと、そうか、お昼買いに行ってるんだっけ)」
ハヤト達が先に休憩に出てしまったため、喫茶ジュエルズの運営要員はコゥとケンの二人しかいなかった。
だが、休憩の順番が後回しとは言え腹は減る。
ここにあるのはコーヒーと紅茶、クッキーは午前中で完売してしまった、よって飲み物はあれど食べ物はない。
当面の飢えを防ぐためにケンは食料の調達に行っていたのだった。
「いらっしゃい、悪いけど今バーテンダーが出ているの、好きな席に座って待っててくれるかな」
入ってきた客の前に足を運び、そう告げるコゥ。
そこに立っていたのはお嬢様風の衣装を着た可愛らしい犬人の少女であった。
耳の邪魔にならぬよう、長い髪を両端でくくったツインテールが印象的である。
「はい、えっと、じゃあカウンターでお願いします」
「ではこちらにどうぞ」
少女は礼儀正しく一度頭を下げ、コゥが案内するカウンターの席に座る。
「(…んー?)」
その少女を見る度、コゥは何とも言えぬ既視感を感じた。
「あの…」
そんなコゥに少女はやや控えめに声をかける。
「はい?」
「ええっと…」
少女が何かを尋ねようとしている。
何か聞きづらい事なのだろうか、どうにも態度がはっきりしない。
「こ、このクラスの方ですよね?」
「…ええ、そうだけど?」
このクラスの出し物に参加しているのだから、当然と言えば当然だが、文化祭では他クラスの出し物に参加する生徒も少なからずいる。
しかし、それを前提に置いてもこの少女が何を目的にそんな事を聞いてくるのかがコゥには解らなかった。
「実は私、今日は兄を訪ねてここに来たんです」
「お兄さんを?」
そう言われ、ようやくコゥは先程から感じていた既視感の正体に気づいた。
「ああ、もしかして貴方のお兄さんってケン?」
「はい…」
事前情報があったお陰でその結論に到達するのはそれ程難しくは無かった。
確かに、髪の色やフサフサした耳と尻尾など、良く見れば目の前の少女はどことなくケンと似ている所がある。
「へぇ、そうだったんだ」
「それでその、…兄は?」
「ケンなら今お昼を買いに出てるの、少しすれば戻ってくると思うから」
「はい…」
会話が微妙に続かない。
「…んー」
どうにも、コゥの方が彼女に興味をしめしたらしく
「私の名前はコゥ、貴方のお名前は?」
少し思案した後そう声をかけなおす。
この手のタイプはちゃんと向き合って話をした方が良いと推測したようだ。
「あ、リゼと言います」
犬人の少女、リゼはそう名を名乗る。
「貴方の話はケンから聞いてるわ、良く出来た妹さんだって」
「兄が…そんな事を言ってたんですか?」
「え、ええ…?」
コゥのその一言を聞いて、リゼは一瞬驚きの表情を見せた後、顔を曇らせる。
その後、リゼは何やら考え込む。
「…リゼちゃん?」
「…あのっ、コゥさんって、兄の恋人ですか!?」
「へ?」
いきなりそう来られるとは思ってもおらず、コゥはやや間の抜けた声で返事をしてしまう。
流石にこれは予想外である。
「あー、いやー、まだそこまでの関係では…」
「コゥさん、兄の事をよろしくお願いします、あの通りの兄だから滅多に自分の事喋ろうとしないし、見た目はちょっと悪そうで粗雑でぶっきらぼうだけど本当はすごく良い人なんです、滅多に自分の事を喋らない兄が私の事を喋ったって事はそれだけコゥさんの事を信頼してるって事で、ですから、その、…お願いします!!」
「は、はぁ?」
コゥが喋る間も無く、リゼはそうマシンガントークを続けていく。
「あの、いきなりそう言われても訳が解らないんだけど」
「あ、す、すみません、急にこんな事を言っちゃうなんて私…」
どうやら、種類は違えど彼女もケン同様に自分の意志を伝えるのが苦手なタイプらしい。
「そこで謝られても困るんだって…」
「すみません…」
「ああっ、だから落ち込まないでってば」
感情の起伏が激しく、先走り過ぎてうまく意思が伝えられない。
まるでケンとは正反対である。
だが、そのお陰でコゥは段々とこのリゼという犬人の少女との接し方が解ってきた。
コゥが次はどうアプローチをかけようかと考え出した時。
カランカラン…
店の鐘が軽快な音を立てる。
「悪い、待たせたなコゥ」
入ってきたのは食料を買い込んで戻ってきたケンだった。
「いやぁ、この時間はどこも混んでてよ、ろくな物が買え…」
「ケン兄っ!!」
「へっ?」
ガバッ!!
言うが早いか行動が早いか、リゼはそう声を上げると同時にケンにタックルと思えるような勢いで抱きつく。
「どわっ!!」
そんなリゼをうまく抱きとめるケン。
危うく、折角買ってきた食料を床に落として台無しにする所であった。
「ずっと探してたんだからっ!!」
「…え、リ、リゼ?」
どうやら兄妹の感動のご対面であるようだが。
「ケン兄が家を飛び出してずっと帰ってこないから私…」
「お前、何でこんな所に!?」
どうにも会話が噛み合ってないようだ。
「二人共、少し落ち着いたら?」
「コゥ…」
他所様の家庭の事情に口出しするのはどうかと思ったが、このままでは話がまとまりそうにないと思ったコゥがそう渡り舟を出す。
「こりゃ一体どういうこった?」
「まず、リゼちゃんはケンに会いに来た、ここまではOK?」
「あ、ああ…」
まぁ、それぐらいは解るとケンは頷く。
「それで、ケンはリゼちゃんが何でここに来たのかが解らない」
「…まぁな」
自分の意見はその通りであると更に頷くケン。
「…まさか、親父の差し金か?」
「ううん、単に私が兄さんに会いたくて来ただけ」
ケンの言葉に首を振るリゼ。
「ったく、それにしたって何でまた…」
「だって、ケン兄もう半年以上も家に帰ってきてないでしょ、連絡だって滅多にしてこないし、父さんも母さんもケン兄の事心配して…」
「母さんはともかく、あの親父が俺の心配してるとは思えねぇな」
「ケン兄…」
どうやらケンは父親と仲が悪いようだ。
「それでお前、どうして俺がここに居るって解ったんだ?」
普通に考えれば、宛てもなく人探しをするなど一般人にはできない。
「ケン兄の部屋にこの学園のパンフレットが置いてあったし、中学じゃ有名な話だから…」
先日の獣耳学園と百獣学園の体育祭でのやり取りはかなり有名な出来事として多くの者達に知れ渡っていた。
何と言っても多種族複合学園の私立と公立の争い。
話題にならないわけがない。
特に、これから進学を決める中学校では生徒達の関心が高く。
知らない者は殆ど居ないような状況だった。
「ケン兄の名前を聞いた時は本当に驚いたんだから」
その中でも、人気の話題は体育祭の無類の武勲を立てたハヤト、ケン、ミアの三人。
彼等は自分の預かり知らぬ所でかなりの有名人となっていたのだった。
「ちっ…」
そこまで考えていなかったとばかりにケンは舌打ちする。
「帰ったら父さんや母さんにはちゃんと報告するよ」
「止せ、そんなことしたらお前が…」
「するから…」
どうやら何か事情があるらしく、ここだけは譲れないとばかりに断固たる意思を見せるリゼ。
ケンも兄と言う立場上、彼女の性格を良く知っているのかこれ以上口を出そうとはしない。
二人の間で重い空気が流れ始める。
「…とりあえず、話は済んだかな?」
「コゥ?」
今まで兄妹の会話を静観していたコゥが口を挟む。
「出来れば、私にも説明して欲しいんだけど」
「…説明するほどの事じゃねぇよ」
予想通りの返答である。
「ケン兄、コゥさんにまでそんな言い方ないでしょ!!」
「リゼ?」
「折角ケン兄の捻くれた性格を解ってくれる恋人が出来たって言うのに!!」
「ちょっと待て、誰が誰の恋人だ!?」
「コゥさんに決まってるじゃない!!」
そう問われ、リゼは視線をケンからコゥへと移動させる。
流石に察したのか、ケンはコゥを「このやろうぅ…」とばかりに睨む。
対して、コゥは涼しい顔でにっこりと笑っている。
「リゼ、お前は大いなる誤解をしている」
「え…?」
「そうだ、コゥは俺のクラスメートで…」
「現在ケンの恋人候補をさせてもらってます」
ケンの言葉を遮りきっぱりそう言うコゥ。
「勝手に立候補してんじゃねぇ!!」
「まだ一回しかデートしてないんだけどねー」
「何だ、やっぱりそうなんじゃない、ケン兄って本当に捻くれてるんだから」
「だから違う!!」
どうにも噛み合っているような噛みあってないような、と言うかケンがからかわれているような会話である。
「あー、ったく、何でこう話がこじれるんだ!!」
収集をつかないと頭を悩ませ叫ぶケン。
このまま混乱が続くかと思われたが
カランカラン…
店の扉を開けて整理券を手に持った生徒が入ってくる。
「やべ、客だ…」
どうやら話し込んでいるうちに大分時間が過ぎたらしく。
客足が徐々に戻りつつあった。
「リゼ、話の続きは後だ、しばらくどっかで時間潰しててくれ」
「あ、ケン兄…」
ケンは大慌てでカウンターの中に戻り準備をする。
「ごめんねリゼちゃん、今他のクラスメートが出払ってて、ちょっと忙しいんだ」
コゥも急いで客の案内を始める。
二人共手際よく作業を行っているのだが、それでも手が回りそうにない。
そこでコゥが閃く。
「…ねぇ、リゼちゃん」
「何ですか?」
「今暇かな?」
「…はい?」
どうやらよからぬ事を思いついたようだ。
獣耳学園、廊下。
「あー、ハヤト発見!!」
廊下に大きな声が響く。
「ハヤト君…」
ワンテンポ遅れて兎人の声も聞こえてくる。
「…ミア、ミユ?」
そんな二人の声に反応するハヤト。
「どうしたんだ、二人共?」
「もー、探したんだからぁ…」
どうやらあちこちを探し回っていたらしく、若干表情に疲労の色が見える。
「ハヤト君、…お姉ちゃんは?」
「キユなら新聞部の出し物の当番があるって言って…」
部室に行ったと告げるハヤト。
「…本当?」
「あ、ああ…」
ミユの問い詰めにそう答えるハヤトだが、視線をそらしながら言っても説得力が無い。
「…ハヤトー、何隠してるのかなー?」
「いや、何も隠してないよ」
今度は悟られまいと視線をそらさずにそう答えるが
『…ふぅん』
先と今の対応では虚勢を張っているのが見え見えである。
「うぅ…」
二人の疑惑の視線が痛い。
「…はぁ、頼むから、今はあんまり胃が痛くなるような事を言わんでくれ」
そう言ってハヤトは胃の辺りをさするように手を当てる。
「何があったのかは知らないけど、大分お疲れモードみたいだね」
「ああ…」
普段のハヤトからは聞けない弱音である。
「…それで、キユちゃんは?」
「ハヤト君…」
どうやら、今回ばかりは二人共そっちの方が心配らしい。
「…大丈夫だ、心配ないよ」
「本当に?」
「嘘だと思うなら新聞部に行って見ろよ」
ハヤトはそう言って新聞部の部室の方向を指差す。
「…そっか」
ハヤトがそこまで言い張るならば心配ないとミアは端的にそう結論を出す。
「良かった…」
同じく、ミユも安堵の声を上げる。
「やれやれ…」
二人のそんな様子を見て、ハヤトも一区切りついたような表情を見せる。
「じゃあハヤト、今度は私と一緒に文化祭デートしてよ」
「駄目」
「何で!?」
キユは良くて自分は駄目なのかと猛抗議するミア。
「馬鹿、四人も抜けちまったら店番が大変だろ、もう1時間以上経っちまったし、ケンや委員長が苦労してるはずだ」
「く…、無念」
まさかミユだけ返すと言う訳にもいかず、ミアは非常に残念そうにするのであった。
「解ったらとっとと帰るぞ」
「おー」
「うん…」
二人共、ハヤトの言う事に素直に返事をして従った。
「…行くぞ」
それを見て、…笑うハヤト。
自然な微笑みで二人に笑いかけている。
二人はハヤトのそんな珍しい表情を目の当たりして…驚く。
その真意は不明。
喫茶ジュエルズ。
『うわぁ…』
そこへ帰ってきたハヤト達が目にしたのは午前の部よりも更に多い野次馬達だった。
「な、何でこんなに?」
「おかしいな、整理券は配ったし今店内に見るようなものは無いはずだ…」
看板娘が不在なのだ、客足が遠ざかるのが自然のはず。
それなのに野次馬の数は減る所か増えている。
「仕方ない、裏から回って入るぞ」
『了解』
ハヤトの言葉にミアとミユは野次馬から姿を隠しつつ、近くの教室に入っていく。
念のために用意していた裏口。
それは窓から入るルート。
大抵の場合、校舎というものには窓の外側に足場となる個所がある。
獣耳学園もその例外ではなく窓の外に足場があり、同じ階であれば他の教室から窓際を伝って教室に入れるのだ。
「ミユちゃん、大丈夫?」
「うん、平気…」
理屈では何とでも言えるのだが、窓の外を歩くというのはなかなかスリリングである。
風が吹けば体がすぐにふらつくし、下を見ようものなら足が竦むだろう。
その辺りを考慮するならば、怖がりのミユが平気で居られたのは実に意外であった。
「よし…」
タッ…
外側から窓を開け、喫茶ジュエルズに進入するハヤト。
辿り着いたのは休憩室兼更衣室だった。
そこでハヤトは妙なものを目撃する。
「…あれ?」
自分達の制服とは別の衣服が置かれていたのだ。
スッ…
更衣室から店内を覗き見るハヤト。
飲み物製作に追われるケン、それを配るコゥ、そして客を案内する見知らぬ犬人の少女。
「(…ふむ)」
それだけで、何となく状況を理解したハヤト。
「どうしたの、ハヤト?」
「いや、どうやら臨時のアルバイターが入ったらしい」
「へ?」
どうやら野次馬のお目当てはその少女らしい。
午前中にキユが着ていた制服をその身に纏い、一生懸命に客を案内する姿は実に可憐で健気だった。
まぁ、男子生徒の望む理想のウェイトレスと言った所だろうか。
「兎に角、俺達もすぐに手伝おう、この状況は流石にまずい」
廊下に群がる野次馬は通行の邪魔以外の何者でもない。
このまま野次馬が動かなければ文化祭運営委員会が来て、下手をすれば運営能力不備で店の営業を停止される恐れがあった。
「変・装っ!!」
バッ!!
着ている制服を翻し、瞬時にメイクアップするハヤト。
「早っ!!」
「じゃ、先に行くわね」
そこに居るのはすでに男子生徒のハヤトではなく、美少女のダイアちゃんであった。
「完璧主義すぎだよ、ハヤト…」
その姿を見て苦悩するミアだった。
「ミアちゃん、私達も早く…」
「変身よっ、とか言い出さないでね」
ボケのつもりであったが、相手がミユではツッコミは期待できない。
「ねー、順番まだー?」
「俺、整理券持ってるんだけど?」
入り口付近でそう声が上がる。
「あ、その、少々お待ち下さい!!」
そんな客達の対応をするリゼ。
不慣れだが、誠心誠意に対応する彼女の姿は実に眩しかった。
だが、その一生懸命さが逆に客達の悪戯心を刺激してしまう。
「君、何組の子?」
「もしかして誰かの妹さん?」
「可愛いじゃん、名前教えてよ」
リゼに対し質問を浴びせ掛ける待ち客と野次馬達。
「え、あの、その…」
混乱するリゼ。
見知らぬ学園で、突然頼まれた臨時のウェイトレス。
断る理由が無かったとは言え、ここまで大仕事だとは思っていなかった。
「え、ええっと…」
色々と運の悪い条件が重なり、リゼのキャパシティはそろそろ限界を超え始めていた。
そんな時。
トン…
「え?」
後ろから誰かに支えられる。
「大丈夫?」
同じウェイトレスの服を着ているため、その人がこのクラスの人だと言う事を予測するのに難しくは無かった。
長い黒髪と黒い瞳。
整った顔立ちはまるで男装の麗人のようだった。
「私達の留守の間ありがとうね」
優しげな微笑みがリゼに向けられる。
ドキッ…
胸の高鳴りを感じた。
「はいはい、整理券の無いみなさんは帰って下さいねー」
そんな事は露知らず。
ダイアちゃんは野次馬をそう言って次々と蹴散らしていく。
「それと、店員に声かけちゃ駄目ですよー」
続いてウェイターとなったミアが現れ、午前中話題を読んだ看板娘のコンビが復活する。
「喫茶ジュエルズのモットーは!!」
「やる時は徹底的に!!」
『運営を邪魔する人は私達が相手になります!!』
ビシッ!!
台詞だけでなく、決めポーズまでバッチリと息が合っていた。
まるでどこぞのアニメのようである。
『おおぉぉーーー!!』
野次馬達が悲鳴とも感動ともとれる声を上げ、蜘蛛の子を散らすように散らばっていった。
こちらもまるでアニメで敵がやられるが如くである。
「私達の完全勝利っ」
「ええっ」
これで中身を知らなければ純粋に感動出来た事だろう。
「か、格好良ぃ…」
中身を知らない少女は純粋にその二人の姿に感動していたとかいなかったとか。
嵐が去り、時刻は午後5時。
「へぇ、ケンの妹さんなんだ」
「はい、リゼと言います」
ようやく全員が落ち着いた所ではじめて自己紹介を交わす面々。
「本当にお疲れ様、ごめんね、私達の代わりに頑張ってもらって」
「いえ、丁度時間を持て余してましたし、お姉様のお役に立てて嬉しいです」
目を輝かしながらハヤトの言葉にそう応えるリゼ。
『は?』
ここに来て、ようやく面々はリゼがハヤトの正体に気付いて無い事を知る。
「…リゼ」
「何、ケン兄?」
「これ、男だ」
「…はい?」
後10分程、リゼちゃん狂喜と混乱の図が巻き起こるがこの際カット。
「し、信じられません…」
「いや、俺も誤解される格好をずっとしていて済まない」
リゼを説得するため女装を解いたハヤトがそう謝る。
「いえ、誤解した私が悪いんです」
「そう言ってもらえるとありがたいな」
どうやら一応場は収まったらしい。
カシャ…
「いやぁ、文化祭もネタの宝庫よねぇ」
そう言いながらカメラのシャッターを切るキユ。
新聞部の当番後、再び喫茶ジュエルズに参戦したのである。
見ての通り、何事もなかったかのような調子の戻り様だ。
「……」
ハヤトはその様子を見て沈黙する。
どういう顔をしてよいのか解らないとはこの事だろう。
「おいキユ、何勝手に撮ってんだよ」
カメラのシャッター音に反応したのは被写体のリゼではなくケンだった。
「何よ、別にいいじゃない」
「良くねぇ、どうせまた良からぬ事を企んでんだろうが?」
「噂の13クラスの喫茶ジュエルズに、謎の美少女が二人も現れた、その正体とは、…結構良い値で売れると思うけど?」
「売るなっつーの!!」
ビッ!!
カメラを奪い取ってフィルムを抜き取るケン。
「きゃー!!」
悲鳴を上げるキユ。
「酷い、それ酷すぎ、ああぁ、まだ半分も使ってなかったのにぃ…」
「代えのフィルムぐらい買ってやる」
「時間はお金じゃ買えないのよ、くぅぅ、他にもベストショットが何枚か含まれてたのに全部台無し…」
鬼、悪魔と言わんばかりにケンに喰らいついていくキユ。
「やかましい、人の妹を売り物にしようって魂胆が気に入らねぇんだよ」
と、そこまで格好良く啖呵を切るケンだったが
「ケン兄…」
「あ、違う、別にお前の事をどうのこうのって話じゃなくて一般的にだな」
感動するリゼを前にうろたえるケン。
面白い光景である。
「あーあ、結構お兄ちゃんなんだねぇ、ケンって」
「ミーアー、てめぇ喧嘩売ってんのかぁ!?」
怒り爆発寸前、拳がプルプルと振るえている。
「リゼちゃんの前で暴力ふるってもいいのぉ?」
「うぐ…」
悲しいかな、リゼの名前を出された途端拳を収めてしまうケン。
この時点を持って、ケンはシスコンという新しい弱点の烙印を押されるのであった。
「何はともあれ、文化祭ももう終りだな…」
少し寂しそうにそう声を出すハヤト。
文化祭も残り1時間。
最後に校庭で行われるフォークダンスが終われば幕引きである。
「それなりに楽しかったじゃねぇか」
「ああ」
どたばたした一日だったが、思い返せば退屈しない一日だった。
「フォークダンスかぁ、ハヤト、私と踊ってー!!」
「決定権は俺にある」
「ケチー!!」
「そもそも自由参加だ、参加しないという選択肢もある」
「またそれぇ?」
聞き飽きたと言わんばかりにミアがそう唸る。
「じゃあ止めよう」
「お、新リアクション?」
違うパターンで来たかと、ミアは思わず食い入る。
何かしらのボケアクションをするとばかり思っていたため、ツッコミ準備をしていたミアだったが
スッ…
「ミア、俺と踊ってくれるか?」
そう言って、手を差し伸べてくるハヤト。
「…え?」
一瞬、状況が理解できなかった。
「俺とじゃ嫌か?」
「い、いいに決まってるじゃない!!」
思いもよらぬハヤトのリアクションに動揺し、動転するミア。
「ちょ、ちょっと驚いただけで…」
「じゃ、決まりだな」
「う、うん…」
結果、すっかりしおらしくなってしまった。
言い忘れていたが、皆このやり取りを呆気に取られながら見ていたとか。
まぁ、そんなこんなで、何かと波乱続きであった文化祭も最終局面となるのであった。




