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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第03話「燃えろ、獣耳学園」
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十三時限目『彼女のために鐘は鳴る』

 ~ 十三時限目『彼女のために鐘は鳴る』 ~


 ハヤトがキユを連れて廊下を歩く事数分。

「とりあえず何か食べようか」

 昼と言う事もあり、まずは胃を満たそうと言う事になった。

「何か食べたいものとかある?」

「無い…」

 テンションの高いハヤトに対し、キユのテンションは低かった。

「じゃあ、俺の行きたい所でいいかな?」

「ええ…」

 キユのその返事を聞くや、ハヤトは真っ直ぐ廊下を始める。

 その後を着いていくキユ。

「(ん、こっちって確か…)」

 その道には見覚えがあった。

 いやいや、自分の通う学園なのであるからして見覚えがない何て事はないだろう。

 訂正しよう。

 その道はキユにとって馴染み深い道だったのだ。

「到着」

「調理室…」

 扉の上にあるプレートにはそう書かれていた。

 そう、ここは調理室、すなわち料理部の本拠地である。

 幾度か、帰り際にミユを迎えに足を運んだ事のある場所だ。

 文化祭の昼時と言う事もあって、辺りには何時もより良い匂いが立ち込めている。

「お邪魔しまーす」

 ガラガラ…

 扉を開けると中は大賑わいであった。

 普段であれば食堂に集まるであろう者達が今日ばかりはこちらに流れてきているらしい。

「あ、ハヤト君」

「いらっしゃーい」

 中に入るとハヤトの姿に気がついた女生徒二人がそう声をかけてくる。

 エプロン姿で料理を運ぼうとしている所を見ると、どうやら料理部の部員であるらしい。

「ちーっす」

 その二人に向かって手を振りながら、そんな軽いノリで返事をするハヤト。

 これにはキユも驚いた。

 普段教室で見慣れた彼のノリではないからだ。

「お呼びがあったんでちゃんと来たぜ」

「待ってたよー」

「ささっ、奥にどうぞー」

 二人はハヤトとキユを奥の準備室へと案内する。

 そこに待っていたのは各種様々な料理であった。

「さぁ、どれが一番おいしいかきっちりランキングしてってよね」

「OK、了解した」

 そういい残し、二人は調理室へ戻っていく。

 どうやら時間帯のせいもあって大分忙しいようだ。

「…ねぇ、どういう事なの?」

 一人だけ訳が解らないでいたキユは、ハヤトと二人になった事を確認するとそう尋ねる。

「んー、実は夏の合宿以降、何度か料理部にお呼ばれした事があってな」

 ハヤトが言うには、合宿の際に見せた料理の手際に感動した料理部の部員達が、特別技術監督としてハヤトを料理部へと招いたそうだ。

 だが部活に入る事を嫌がったハヤトは、代わりに月に何度か味見や手ほどきをするという条件を提案。

 それから約3ヶ月、今や料理部ではハヤトによる部員格付けランキングがブームになっているそうな。

「へぇ、そうだったんだ」

「文化祭は上半期の部活動の発表会でもあるしな、これを機に部内でのランキングを一度明白にしたいそうだ」

 キユもハヤトの腕は身を持って…いや、舌を持って体験したのでその件に関してそれほど疑問は抱かなかったが

「ミユから聞いて無かったのか?」

 そのハヤトの一言がキユの胸に矢となって突き刺さる。

「ええ…」

「…まぁ、せっかく招待されたんだ、一緒に格付けでもしようぜ」

 そんなこんなでハヤトは皿の盛られている料理を一つ食べていく。

 キユも同じように食べていくが、いかんせん数が多く

「う…」

 体格に比例して基本的に食の細いキユは途中で挫折してしまった。

「…ハヤト君、良くそれだけ食べれるわね」

 ハヤトは丁寧に一つ一つの料理を食べていっていた。

 キユのために多少残してはいっているものの、その量は半端ではない。

「まぁ、招待された上にある意味俺のために作られた料理をないがしろにする訳にはいかないからな」

「ハヤト君ってさ、そういう所お堅いっていうか、結構義理堅いよねぇ」

「…それ、誉められてるのか?」

「一応誉めてるつもりだけど?」

「なら疑問系で答えるなよ」

 そう答えながらもハヤトは食事の手を止めない。

 そして全ての品を食べ終えた頃。

「…ふむ」

 ハヤトは一枚の紙に、おそらくおいしかった順番であろう料理の名前を書き込んでいく。

「作った人の名前じゃないんだね」

 それを横から覗き込むキユ。

「それだと不公平になる可能性があるだろ、何と言っても料理部には顔見知りが沢山居る訳だし、だからあえて作った人の名は伏せて料理を書くようにしたんだ」

「へぇ…」

 そういう所の心配りが彼らしい。

「んー、やっぱり一番はそっちのミートボールかな」

 ハヤトの指差す先にはミートソースがかかった肉団子があった。

「これ?」

 ハヤトが一番と言う料理に興味が湧いたのか

 パクッ…

 満腹気味にも関わらずキユはその肉団子を一つ口にする。

「…んー、普通って感じだけど?」

 特に珍しい味はしなかった。

 何時も食べているミートボールである。

「そりゃそうだろ、だってそれミユが作ったやつだからな」

「ふぐっ!?」

 ハヤトにそう言われて一瞬喉が詰まる。

「あー、ほらほら、何慌ててるんだよ」

「あ、ありがと…」

 差し出された水を飲み、呼吸を整える。

「まぁ、普通に感じて当たり前だろ、キユにとっては何時も食べてるミートボールだもんな、ミユから聞いたぜ、それキユの好物なんだって?」

「え、ええ…、でもどうしてミユのだって解ったの?」

「ミユの料理って割と独特でな、ダシの取り方が普通とちょっと違うんだ、だから味わい深い感じになって旨みもでる、ミユって本当に良い腕してるよ」

「へぇ…」

 キユにはその辺りの細かい違いは解らなかったが、ミユが誉められている事がなんだか嬉しかった。

「ダシってのは結構根気がいるんだ、その手間隙を惜しまない姿勢も俺好み、よって一番だ」

 順当な所と言った感じである。

「そう言えば、キユは何で料理とかしないんだ?」

「え?」

「いや、だってミユは料理するのにキユがしないって何か不思議でさ」

「それ偏見、双子だって得手不得手があるんだから、必ずしも同じ事が出来るって訳じゃないよ」

「…まぁ、そりゃそうだよな」

 言われてみれば確かにその通り。

「それにミユだって始めっから料理がうまかった訳じゃないわ、子供の頃はそりゃもう凄い料理の数々が…」

 

 ミユ、これ何?

 ミートボール…

 殆ど真っ黒じゃない

 ごめんなさい…

 …まぁ、食べれない事もないか、いただきまーす

 お姉ちゃん、…どう?

 …うん、見た目はあれだけどおいしいよ、ミユ

 お姉ちゃん、顔が笑ってない

 う…

 おいしくなかったんだ…

 これから、これからおいしいのを作ればいいのよ、そしたらちゃんと私が食べてあげるから、また作ってよ、ね

 …うん、ありがと…お姉ちゃん


「…キユ?」

 突如言葉を止めたキユにそう声をかけるハヤト。

「え、あ、ごめん、ちょっと昔の事思い出してた」

「ふぅん…?」

 ハヤトはそう返事をするだけで深くは聞こうとしなかった。

「…私、ミユが作った料理だって気づかなかった、こんなに…食べ慣れてる料理なのに、ミユの料理なのに…」

「それが普通だろ、味の違いに何てそうそう気づかないさ」

「でも、これは…!!」

 キユは何かを言おうとするが、うまく言葉にならない。

「ごめん…」

 ただ、そう誰かに謝るだけだった。



 一方。

「やってきました新聞部」

 ミアとミユは新聞部の部室に足を運んでいた。

「ミアちゃん、どうしてここなの?」

「キユちゃんを連れてったって事はキユちゃんが必要だったって事でしょ、私が推理するに、新聞部の足りない人手を補うためにハヤトは誘拐されたと推測される」

 言っている事が結構あべこべである。

「ってなわけでGO」

 そんな感じでハヤトとキユが向かいそうな場所を想定してこの場所に来たのだが、どうやらかなり当てが外れたようだ。

 ガラガラ…

 扉を開け、部室内に入ると「新聞部の出し物は午後3時より行います」との張り紙があったからだ。

「まだ先だね…」

「むぅ、事件は迷宮入りか」

 ここで隣にいるのがミユでなければ何かしらのツッコミが入っていたところだが、流石にミユにツッコミ役は無理である。

「とは言え、すでに展示してるんだから誰か居てもよさそうなもんだけどねぇ」

 部室内にはベニア板に沢山の記事と写真が貼り付けられていた。

「…こうやって見ると、私達って結構色んな事やってきてるよねぇ」

「うん…」

 その殆どがここ半年、獣耳学園が創立してから今までの出来事をまとめたものだった。

 やはり記憶に新しい体育祭が一番大きな取り上げ方をされている。

「…んー、にしても、キユちゃんにしちゃやや押しの弱いラインナップだなぁ」

 記事としては申し分ないものではあるが、キユが企画した出し物にしては今ひとつ味がない感じがする。

「こう言う時は…」

 ミアはベニア板の裏に回り込んだり、部室の奥へと足を運んだりと何かを探し出す。

「…見っけ!!」

 発見したのはアルバム。

 中の写真には番号が振られ、それらを統括する紙には金額が書かれていた。

「ふっふっふ、キユちゃんも悪よのぉ」

 いえいえお代官様こそ、などと聞こえてきそうなぐらいニヤリと笑うミア。

 金色の菓子とまではいかないが、これこそ新聞部の影の部費。

 ブロマイドの販売である。

 無論、学園に無申請、よってこのアルバムは限られた者にのみ販売される品なのであろう。

「どれどれ…」

「ミアちゃん、見るのはまずいよ…」

 中を確かめようとするミアを止めるミユ。

「どうせ私達も後で見る事になるんだし、別に問題ないっしょ」

 キユの性格を考えるなら、後で13クラスの面々にもこのアルバムを披露する事だろう。

「でも…」

 それでもミユは気が引けた。

 こう言う時、損をするのは真面目な者ばかりである。

「人は素直に生きるべきだと偉い人が言いました、っと」

 ペラ…

 そう言ってミアはアルバムのページをめくっていく。

 ミユもやはり気になるらしく、後ろから覗き見する。

「ほほう…」

 中身の写真は流石は販売用、人物写真ばかりだ。

 まずは無難な所から日常のスナップショット。

 続いて授業中の姿や部活中の姿。

 中々に品揃えが豊富である。

 だが、そのアルバムにはある特徴があった。

「男子ばっかりだね」

 ミユがそう感想を言う。

 そのアルバムに載っている写真には男子しか写っていなかったのだ。

「流石はキユちゃん、解ってるねぇ…」

 ミアはそう感嘆の声を漏らす。

 そう、このアルバムは女子向けのアルバムなのだ。

 通常、学園等で売られるブロマイドの被写体は女子、ようするに男子が買う事を前提に撮られたものばかりだ。

 だが、最近はその傾向が一転し、女子向けのブロマイドも売られるようになってきたのである。

「お、夏の合宿編に突入」

 アルバムに載っている写真の風景が合宿のものへと変化した。

 被写体の男子達も良い感じで肌が焼けている者ばかりである。

「…あれ?」

 そんな時、ミユがある事に気づく。

「どうかした?」

「ハヤト君の写真ってあんまり無いね」

「…あ、本当だ」

 分厚いアルバムの中に、ハヤトの写真は僅か数枚しかなかった。

「ハヤトって何でか写真残したがらないもんねぇ」

 写っている写真もカメラ目線で無い所を見るとキユが隠し撮りしたものなのだろう。

「だとすると値段とか倍率高そうだね」

「…ミユちゃんもさらっとすごい事言うよね」

 苦笑するミア。

「続いて体育祭編、ここらは記憶に新しいが…おおっとぉ!!」

「ひゃっ!?」

 小さく黄色い悲鳴が上がる。

 そこに載っていたのは男子殿方諸君のあられもない姿であった。

 一見して、それらは裸で組み合う男と男に見えた。

「…うまいわね、うまく上半身だけを写しあたかも裸であるような」

 まぁ、実際にはそんなもんである。

 体育祭の競技中に服が脱げたり、汗を流そうと服を脱いだり、その他諸々。

 海と水着のコンボではかもし出せない怪しさがそこにあった。

「こりゃ一部の女子が喜んで買いそうだわ」

 そう言う意味で考えれば体育祭はネタの宝庫なのであろう。

「お姉ちゃん…」

 姉の所業に流石のミユも顔を暗くする。

 見る物は見た。

 そんな訳でアルバムをしまおうとした時

 ピラ…

「ん?」

 一枚の写真がアルバムの端から飛び出る。

 その写真を拾い上げ見る。

「おお、バニーガール」

 そこに写っていたのは一人の兎人の女性だった。

 華美な格好はしていないが、その顔立ちやプロポーションは同じ女性のミアでも目を引かれるものがあった。

 ちなみに、この世界でのバニーガールとは兎人の美女の事を指す。

 誤解が無いように言っておくが、誉め言葉である。

「あ、お母さん」

「何ですとぉ!?」

 写真を見たミユの一言に派手なリアクションを返すミア。

「こ、これミユちゃんとこのお母さんなの?」

「うん…」

「え、だって、これ…」

「お母さんモデルやってるの」

「いや、私がツッコミたいのそこではなくて…」

 どう見ても、この写真の女性の遺伝子を引き継いでいるとは思えないギャップが目の前にある。

「お母さんも学生の頃は私達みたいだったんだって」

 ミユが言うには大学生辺りから一気に発育がよくなったそうな。

「ふぇー、そりゃ将来が楽しみだ…」

 ミユがそうなるならキユもそうだろう。

 そのうち双子のバニーガール伝説が生まれるが生まれるやもしれない。

「それより、そろそろハヤト君とお姉ちゃんを探さないと…」

「ああっ、そうだった!!」

 ミユにそう言われ、慌ててアルバムを片付けるミア。

 当初の目的をすっかり忘れていたミアだった。



 料理部を後にしたハヤトとキユは、比較的ゲーム系の盛んなエリアに足を踏み入れていた。

「飯の後は腹ごなしと相場が決まっている」

「決まってない決まってない」

 今日はハヤトがボケ役かと言わんばかりにそうツッコミを入れるキユ。

 どうやら大分調子を取り戻してきたらしい。

「んじゃまぁ、順番に回ってみますか」

 そんなこんなでまず一つ目の店へ足を踏み入れる二人。

「お、ハヤトー!!」

 入ってすぐにそう声をかけられるハヤト。

 声のする方を見ると馬人の男子生徒が立っていた。

「あれ、ここお前等の店だったのか?」

「んだよ、知らないで来たのか?」

「はは、悪い悪い」

 親しそうに話す二人。

「……」

 ここでもキユは驚きの表情を見せた。

 正直な話、キユはハヤトがここまで13クラス以外の生徒と関わりを持っているとは思っていなかった。

 自分達以外に彼とまともにコミュニケーションを取れるものなどいない…と。

 無論、根拠など無かった。

「(根拠の無い、ただの思い込み…か)」

 ただ彼の性格を考えるならばそうであるだろうと思い込んでいたのだ。

 だが、その根拠の無い思い込みは完膚なきまでに打ち砕かれる事となる。

「じゃあ、定番のあれ、やりますか?」

「やすますか…」

 ニヤリと笑い合う二人。

「お前等、作業止め、隊長が来られたぞ!!」

 その馬人の大きな声を聞き、教室内で出し物の整備を行っていた他の生徒達の手が止まる。

「アッテンション!!」

 ザ、ザッ!!

 声を出した馬人を筆頭に、生徒達は軍隊さながらの整列を見せる。

「ハヤト隊長に敬礼!!」

 ビシッ!!

 腕の角度に一部の狂いすらなく手を頭にかざし、軍隊さながらの敬礼をする。

 完全に統制の取れた行動。

 まるで訓練された兵士のようであった。

 良く見ればその手には皆ライフルが握られていた。

「な、何々々!?」

 その異様な光景にキユは思わずたじろぐ。

 何と言ってもハヤトの向かってというのはキユに向かってと言う事。

 一市民が目の前でいきなりそんな行動をされたらたじろぐのも無理は無い。

「よし、休め!!」

『イェッサー!!』

 ザザッ!!

 ハヤトの一言に瞬時に反応して敬礼を解き、手を後ろで組んで背筋を伸ばす生徒達…いや、兵士達。

「…OK、完璧だ」

 ニヤッっと笑って緊張を解くハヤト、それを見て兵士達も表情を緩める。

「どうだ、結構うまくなってきただろ?」

「ああ、敬礼は申し分無くなってきたな、もう少し動きを大きくすれば迫力でると思うぜ」

「了ー解」

 そう言って軽く敬礼をする馬人の生徒。

 だがそれは先程の緊迫したイメージの敬礼ではなく、軽く挨拶するような動作だった。

「…ん、どうしたキユ」

 隣で今にも卒倒しそうな表情のキユに気づくハヤト。

「な、何なの一体?」

「あー、ここサバ研何だ」

「サバ研?」

「サバイバル研究同好会、まぁ、見ての通り軍隊物が好きな連中が集まる所だ」

 そう言ってハヤトは教室の中を指差していく。

 良く見れば確かに軍隊物を連想させるグッズの数々が飾られていた。

 中でも目を引いたのは人型を模して作られた木の人形と、その前に置かれた銃器の数々。

 どうやらここの出し物は射的ゲームらしい。

「あ、あはは…」

 苦笑いをするキユ。

 一般から見れば十分異色な彼女だが、どうやら彼女もれっきとした女の子らしく、軍隊物のノリにはついていけなかったようだ。

「実はここもそうなんだけど、夏の合宿以降度々呼ばれてな、何回か集団戦闘やらサバイバル技術を教えている内に今みたいになっちまって、何時の間にか隊長呼ばわりだ」

 まんざらではないのか、笑いながらそう話すハヤト。

「男の子ってこういうの好きよねぇ…」

 キユは苦笑するしかなかった。

「体育祭の時に騎馬戦があったろ、あれはこいつらがうまく立ち回ってくれたお陰で勝てたんだぜ」

「へぇ…」

 影の功労者と言うべきなのだろうか、日頃ハヤトの指導を受けていた彼等の行動が他の生徒を引っ張ってくれたお陰で騎馬戦は獣耳学園の圧勝となったのだ。

 そう言う事なら、彼等に対する偏見の目を改めなければならないとキユが思い直そうとするが

「隊長ー、その可愛い子誰っすかー!?」

「かーのじょー、お茶しなーい」

「おいおい、そりゃお前幾ら何でも古すぎだろ」

 生徒達のそんな野次を聞いてすぐに止める。

「あ、もしかして隊長の彼女っすかー?」

「え…?」

 一人の生徒のそんな声がキユをドキッっとさせる。

 考えてもいなかったからだ。

 そして思わされた。

 端から見たら、自分達はそう見えるのだろうか…と。

「もしかしてデートー!?」

「えー、ミアちゃん差し置いて浮気っすか!?」

「馬鹿、違ぇーよ!!」

 冷やかしだと解っているので軽く訂正しようとするハヤトだが

「ヒューヒュー、うっらやっましー」

「職権乱用ー」

「そんな事やってっといつか誰かに刺されますよー」

 生徒達の野次は消えない。

 まぁ、実際の話その辺りのハヤトの評価はまちまちである。

 半ば例外であり学園の名物とはなっているものの、それを羨ましがる者が居る事を忘れてはいけない。

 だが、その手の誹謗中傷はハヤトの好む所では無かった。

「おい…、それよこせ」

「はっ!!」

 生徒の一人からライフルを受け取るハヤト。

 ジャキ…

「わぁぁ!!」

「隊長、たんま、それ洒落にならないっすよ!!」

「俺らが悪かったですから!!」

 謝る生徒達。

「上官に口答えした奴がどうなるか…身を持って味わえぇ!!」

 パパパパッ…!!

『ぎゃぁぁぁーーー!!』

 全段命中の蜂の巣状態である。

 もっとも、改造していないガス銃で服の上から当てているので、実際は痛い程度である。

「うーん、流石」

 それを見てキユは素直に感動する。

 素人目から見ても大した芸当であるからだ。

「さ、次行こうぜ」

 ライフルを生徒に返し、キユにそう呼びかけるハヤト。

「うん、そだね」

「…ん、何だよ、随分テンション上がったじゃねぇか」

 何となく、雰囲気が明るくなったようだった。

「んー、ちょっとね」

 笑ってそう答えるキユ。

「…まぁ、いいけどな」

 それを見てハヤトも笑い返す。

 暗いよりかは明るい方がいい。

「…んじゃ、このまま文化祭一週コース行って見ようか」

「おー」

 そう答えるキユの足取りは軽かった。



 約十数分後。

「ねぇ、ハヤト君」

「ん?」

「幾らなんでも飛ばしすぎじゃない?」

 サバ研を出てからのハヤトの行動は早かった。

 彼は次々とゲーム系を出店に立ち寄ってはそのゲームを制覇し、文化祭ゲームの覇者となっていく。

「だってよ、休憩は1時間しかないんだぜ、大分序盤で時間くっちまったし、もたもたしてると文化祭が終わっちまうよ」

「そりゃそうだけど…」

「お、次は文化祭の定番お化け屋敷」

 ハヤトの視線の先には暗幕で覆われた理科実験室があった。

 おそらくその手の機材を使った本格派を売りにしているに違いない。

「お化…」

 露骨にキユは嫌そうな顔をする。

「…あ、そっか、お化けとか苦手だったっけ?」

「誰のせいでそうなったと思ってるのよ…」

「えっと、…俺のせい?」

「そうよ!!」

 ハヤトのボケに対してツッコミを入れるキユ。

「ははは、悪い悪い」

 まったく悪気の無い笑顔で笑うハヤト。

 反省の色無し、かといってこうも軽快に笑われたのでは怒る事もできない。

「まったく…」

 正直、キユは呆れ半分だった。

 ハヤトに誘われて文化祭を回る事になった。

 色々あってそうなったのだが、彼のやる事だから絶対何かある。

 始めはそう考えていたのだが。

「お、見ろよキユ、あの出店ちょっと変わってるぞ」

 その実はただ単に彼が文化祭を楽しみたかっただけではないのだろうかと思えてくる。

「(何か、真面目に考えてた自分が馬鹿馬鹿しくなってきたなぁ…)」

 ハヤトと一緒に行動しているとそんな気がしてきた。

 彼は実に楽しそうに文化祭を満喫している。

 よく考えれば、こんなに表情の変わる彼を見るの初めてではないだろうか。

 表情豊かに驚き笑い楽しむハヤト。

 その変わっていく表情を見る度に、何度も心がドキリと高鳴り、色々と思わさせられる。

「(…いかんいかん、私は何を考えている)

 兎に角、そんな彼を見ていると「ひょっとして自分の考えていた事などちっぽけなもので、もう少し肩の力を抜いて楽に考えた方がよいのでは?」と思えてくる。

「(これも全部ハヤト君の思惑通り…んなわけないか)」

 幾ら何でも考えすぎだと思い返すキユ。

「っと、そろそろ時間か…」

「え、あ、本当だ」

 時計を見れば、時が経つのは実に早いと言わんばかりに時間を押し迫っていた。

「(折角面白くなってきたのに…って、だから私は何を考えている)」

 どうにも、今の精神状態のまま彼といると邪念しか生まれないようだ。

「じゃあさ、最後に一箇所だけ寄って行ってもいいかな」

 その姿はまるで子供が親にお願いをしているようだった。

「はぁ、どうぞご自由に、どうせ私が反対しても行くんでしょ」

「ああ」

 これだから男は馬鹿だと言われる。

 こういう場所では中身は子供の変わらないのだから困った者だ…と。

 そう考えて、笑っている自分がそこにいた。



 ガチャ…

「…ここは?」

「ミラーハウス」

 扉を開けて一度その部屋に踏み込めば、そこには前面鏡張りの世界が広がっていた。

 無限に続く鏡面世界。

 自分の姿があちこちに現れているというのは、正直あまり気持ちの良いものではない。

「校舎側の体育室を丸ごとアトラクションにしたってチタ先生が行ってた」

 獣耳学園には体育用の部屋が二つある。

 校舎にある体育館と校舎にある体育室。

 体育室はあくまで補助的な部屋で、通常の体育では体育館を使う。

 そのためこの部屋が使われる事は滅多に無い。

 文化祭では少しでも学園のスペースを活用できるようにと、教師達の企画でミラーハウスが設置される事となった。

 もっとも、他の生徒達は他所に出払っているらしく、ハヤトとキユ以外に利用者はいないようだ。

「さて、んじゃ行くか」

「ちょ、ハヤト君」

 早々に、スタスタと歩きじめるハヤト。

 手探りでミラーハウスも中盤に差し掛かった頃。

「あれ、ミユ?」

「え?」

 ハヤトの視線の先に見覚えのある兎人の姿があった。

「もしかして後を追って来たの?」

 ハヤトの視線を追い、キユもそちらを見てそう声を上げる。

 考えられない事ではない。

 昨日の今日で自分がハヤトと一緒に文化祭を見て回るなどどう考えても怪しい。

「ミユ、どうして…」

 ミユに向かって、そう声を上げるキユ。

「あ…れ?」

 だが、その声が途中で途切れる。

 キユが再びそちらを見た時、ミユの姿が消えていたからだ。

「今そこに…」

 そこにはミユを指差すキユの姿が。

 いや、キユを指差すキユがあった。

 正確には、キユの姿を映した鏡があったのだ。

「引っ掛かったな、キユ」

「ハヤト君…?」

 隣に立つハヤトがそう言葉を発する。

「鏡に映った自分の姿がミユに見えた…そうだろ?」

「うん…」

 キユは素直にそう答える。

「実はさ、それが見せたくてキユを引っ張り回してたんだ」

「…なるほど、そういう事か」

 ここに至り、キユはハヤトが何をしたかったのかを悟った。

「正直計算外だった、本当だったら落ち込んでいるキユに一喝くれるなりなんなりして立ち直らせようと思ってたんだ」

 ハヤトはそう今回の一件の真相を白状する。

「俺はここでキユに本音を言わせたかった」

「本音?」

「ああ、今朝会った時のキユが、…すごく辛そうに見えたから」

 ハヤトはそう言って少し苦笑いをする。

「一度自分の気持ちに気付けば、始めは辛いかもしれないけど楽になれる、抱え込むよりずっとましだ、少し前の俺がそうだったから…」

 哀れみでも同情でもない。

 おそらく純粋な気持ちで彼はそう言葉を口にしていた。

「そこでハヤト君は私を無理矢理連れ回し、本音を言い易くしようとしてたんだ、そして自分にそれをぶつけさせる予定だった」

「ああ…」

 もしかしたら憎まれ役になるかもしれない。

 その事も承知の上の行動だった。

「だけど、キユは自分で悩みを解決してしまった、ほんと、余計なお節介だったな、…キユは俺が考えている程弱く無かった」

 また、苦笑するハヤト。

 だが

「違うわ」

 キユは否定する。

「逆よ、私はハヤト君が考えている程強く無い、私はハヤト君が居たから、悩んで、考えて、そしてここまで来れたのよ」

 ハヤトの言葉を打ち消すように、キユはそう声を上げる。

「そう、逆だったのよ…」

「キユ?」

「これから、私は本音を喋るわ、聞いてくれる?」

 まっすぐ、ハヤトを見るキユ。

「ああ…」

 ハヤトは静かに頷きそう答える。

「私とミユはずっと一緒だった、生まれた時からずっと一緒、得手不得手があったけど私がやってミユがやらない事はなかったし、ミユがやって私がやらない事は一つもなかった、違うのは性格だけ、まるで鏡で正反対の自分を見ているようだった」

 彼女の言葉に淀みはない。

「見ての通りの引っ込み思案で軽い対人恐怖症、だからミユには私が必要なの、…そう思ってた、でも実際には違った、誰かを必要としてたのは私、私にミユが必要だった、強い自分を維持するためにミユと言う守るべき存在が必要だった」

 彼女の瞳に曇りはない。

「その関係がずっと続くと思ってた、でも、ある時それが一変する、ミユが私に出来ない事をしてみせたの、その日を境にミユは強くなった、ミユに私はもう必要ない、そう考えるだけで自分が駄目になりそうになった、弱かったのは私の方、その時…私はミユが羨ましくなった」

 ただただ、ありのままの彼女がそこに居た。

「羨ましくて、少しだけ悔しくて…嫉妬してた、そんな事考えてる内に、私は何時の間にかミユになっていた、ミユになろうとしてた…」

 鏡に映る自分の姿を見るキユ。

「矛盾してるよね、色々と…でも、私はミユになれなかった、何故だか解る?」

「…いいや」

 問われ、そう答えるハヤト。

「ハヤト君が…私をミユと間違わなかったからよ」

 そう言って、キユは笑った。

「実は凄く嬉しかったんだ、世界が輝いて見えるぐらい」

「大袈裟だな」

「ハヤト君は自分を過小評価し過ぎよ、貴方の一言で一喜一憂する女の子が少なくとも三人はいるわ」

「三人?」

 思いがけない数字だったのか、そう聞き返すハヤト。

「誰かは自分で考えなさい」

 この鈍感男と言わんばかりにそう切り返すキユ。

「兎に角、私は私、ミユはミユ、双子だとそう言った当たり前の事を見失いがちになって駄目ね」

 当然の事が当然でなくなり、当然の事が当然になる。

「ハヤト君のお陰で色々吹っ切れる事ができた、ありがとう」

 笑うキユ。

 …実に良い笑顔になった。

「どう致しまして」

 キユの感謝の言葉に対してハヤトはそう答える。

「私の本音はここまで、…うん、喋ったら本当にすっきりしちゃった」

「俺もキユの本音が聞けて良かったと思ってる」

「どう致しまして」

 ハヤトの言葉に対し、キユは笑いながらそう答える。

「代わりに、俺の本音も聞いてくれるかな?」

「え?」

 今度はキユが意表をつかれた。

 彼の口からそんな台詞が飛び出すとは思っても居なかったからだ。

「聞いてばかりだとフェアじゃないだろ?」

「…私はそうは思わないけど…まぁ、ハヤト君がどうしてもいうなら」

「サンキュー」

 その時のハヤトの気持ちが、キユは何となく解ったような気がした。

 彼が自分に対して喋りたいのだ。

 フェアとか不公平とかそんなのはただの方便で、彼が自分に何か伝えたい事がある。

 そう感じた。

「解りやすく言うと、…ミユとの事なんだ」

「ミユとの?」

「あの日、何があったかは言えないけど、俺はミユにとても酷い事をしてしまった」

「え?」

 これも思いがけない言葉だった。

「責められる覚悟はあったし絶対嫌われると思ってた、俺は確実に彼女を傷つけてしまった」

「ちょっと待ってよ、だったら…」

 だったら何故ミユはハヤトの前で笑顔でいられるのだ。

 それもキユにすら見せる事のない笑顔で。

「それは…俺も不思議に思ってる、でも、俺は多分酷い事を言ってしまった」

「…どんな?」

「今は答えられない…って」

「え?」

 ハヤトはそう言葉を続ける。

「人族って立場上色々と不便でさ、大抵の奴が色々な理由で国の色々な施設で育つんだ、そこで色々あって『俺は恋愛をしちゃいけない』そう思い込むようになった」

「ハヤト君…?」

 彼が言う『色々』が何なのかは解らない。

 ただ、その言葉を使うたびに彼が苦痛に耐えているように見えた。

「それからまた色々あって、俺は色々な束縛から解放された、そして俺はこの学園に転校してきた、でも…」

 思い出すようにそう喋り続けるハヤト。

「俺はまだ自分に正直に生きれる程気持ちに整理が出来てない」

 ハヤトの眼は真剣だった。

「だから、俺はミユの思いに対し答える事すら出来無かった、彼女は勇気を振り絞って俺に思いを伝えてくれたはずなのに…酷いだろ、俺は彼女の気持ちを蔑ろにした」

 彼の言葉はその言葉以上に、重い何かを感じさせた。

「キユには本当に悪い事をしたと思ってる、俺の曖昧な態度がキユまで巻き込んでしまった」

 長い本音の末に

「…ごめん」

 彼はそう一言付け加える。

 おそらく、彼はその一言が言いたかったのだろう。

 キユに対する謝罪の言葉。

 自分の行動に対し絶対的な責任を取る。

 それがハヤトだった。

「それで…ミユはどう答えたの?」

「ミユは『それでもいい』と言ってくれた、俺はどう答えていいか解らなかった」

「そう…」

 ハヤトのその言葉を聞いてキユは息をつく。

「なら、いいんじゃない」

「え?」

「ミユはハヤト君が返事してくれるのを待ってる、ハヤト君は『今は答えられない』ってだけでしょ?」

「…そういう事になる」

「だったら答えられるようになってから答えればいいのよ」

 キユのその言葉に、ハヤトは目をパチクリさせる。

「…それで、いいのか?」

「いいの、今のミユはそれで満足してるんだから」

 そうでなければ彼女が笑顔でいられる訳が無い。

「そりゃ端から見れば結構残酷な事言ってるかもしれないけど、ハヤト君が即答できないってことは少なからず脈有りって事でしょ」

「…まぁ、そうなるの…かな?」

「ミユが一番恐れていたのはハヤト君に拒絶される事、とりあえずそれ以外の結果だったら何でも良かったんでしょ、きっと」

「キユがそう言うと説得力あるな」

 双子の姉の言葉だ。

 他の誰の口から聞くよりも説得力がある。

「でも、けじめは何れきっちりつけてよね、あんまり待たせるのも駄目よ」

「…努力するよ」

「よろしい」

 その返事だけで今は十分とばかりに、キユはそう了解の言葉を言う。

「…ところで、ハヤト君」

「ん?」

「その、お互い本音を言い合ったところで今までの話は一区切りついたって事よね?」

「ああ、そうだな」

 後を引くのも何だし、気持ちの上でもこれでお互いすっきりしただろう。

「それで、その、掘り返すようで悪いんだけど…ミユの事は嫌いじゃないのよね?」

「当たり前だろ」

 即答するハヤト。

「それは、えっーと、見た目も含まれる?」

「見た目?」

 言われて少し考えるハヤト。

「んー、まぁ、客観的に見てもミユは可愛いと思うよ」

「じゃ、じゃあさ、その…私の事は?」

「え?」

「私、キユの事は嫌いかって聞いてるの?」

「そんな訳ないだろ」

 何を言い出すんだと苦笑いしながら答えるハヤト。

「そ、そうだよね」

 ハヤトのその言葉を聞いてなんとも表現しがたい表情をするキユ。

「どうしたんだよキユ、何か変だぞ?」

 流石にキユの挙動不審っぷりに疑惑を抱くハヤト。

「さ、最後に質問」

「何だよ?」

「人は…素直に生きるべきだと思う?」

 キユのその質問に

「ああ、自分の気持ちを正直に表現できる奴が俺は好きだからな」

 ハヤトは笑ってそう答えた。

「…うん、よし、決めた」

 それを見て、キユも覚悟を決めたようだ。

「ハヤト君!!」

「ん?」

「私、ハヤト君の事が好き!!」

 緊張のためか、キユの大きな声がミラーハウスの中に響き渡る。

 反響が終り、辺りがまた静かになる頃。

 ハヤトは文字通り目を丸く見開き、呆然とするのであった。


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