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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第03話「燃えろ、獣耳学園」
36/80

十二時限目『誰がために鐘は鳴る』

 ~ 十二時限目『誰がために鐘は鳴る』 ~


 文化祭当日、朝。

 目が覚めてまず思う。

 今日は文化祭だ、と。

 昨日の間に準備が済んでいる生徒達にとっては緩やかな朝にして、実に期待に胸膨らませる時間である。

 ハヤトとて、その例外ではなかった。

 普段は朴念仁でぶっきらぼうで何事に対しても興味なさそうな彼でも、今日だけは特別である。

 寝起きの悪さが類を見ない彼でさえ、今日と言う日の寝覚めはよかった。

 言い直すならば、ハヤトにとって今日は例外なのである。

「ふむ…」

 文化祭の出店で食事が出来る程度に朝食を済ませ、一息ついた頃。

 ピンポーン…

 室内にチャイムの音が鳴る。

「…誰だろ?」

 真っ先にハヤトが思い浮かべた人物はミアだった。

 朝っぱらから自分の家を訪ねてくる者などそうそう居ない。

 加えて今日は文化祭である。

 あの猫人がフライングして来訪してきても不思議ではない。

「やれやれ…」

 やや面倒そうに玄関に向かう。

 来客者がミアであろうとなかろうと、まだ誰かと応対する気分ではない。

 ガチャ…

「はい、どちら様で?」

 扉を開けて定例の言葉を言うハヤト。

 同時にその来客者が誰なのかを確認する。

 その先に居たのは彼の予想にまったく無かった人物であった。

「ミ…、キユ?」

 一瞬、その名を口にしそうになったが、慌てて訂正する。

「…おはよう」

 そこに立っていた兎人、キユがそう挨拶をしてくる。

「…あ、ああ、おはよう」

 完全に意表をつかれたハヤトはぎこちなくそう返事をする。

「どうしたんだ、こんな朝早くから?」

 すでに朝早くと言うほどの時間ではないが、ハヤトにとっては学校につくまでが朝早くなのである。

「……」

 それに対してキユはリアクションを返さなかった。

「…キユ?」

 妙な違和感を感じた。

 先程キユの姿を見た時、一瞬ハヤトは彼女をもう一人の片割れと見間違えた。

 それは今彼女が身に纏っている雰囲気が何時もの彼女のものではないからだ。

 そう、本当に彼女がキユなのかと疑ってしまうほどに。

「…ハヤト君は、間違えないんだね」

「え?」

 笑い、そう喋るキユ。

「今朝ね、親に間違えられたの、『どうしたんだ、ミユ』って、あはは、おかしいでしょ」

 何と乾いた笑い方だろう。

「キユ…」

 おかしい。

「何かあったのか?」

 どう考えたって今の彼女は何時もと違う。

「正直ね、ちょっとショックだったんだー」

 こちらの声が届いていないかのように、彼女は言葉を続ける。

「ねぇ、ハヤト君、ハヤト君はどうして私達を見分けられるの?」

「…前にも言ったけど、何となくだよ」

 口で説明できるような見分け方があれば誰も彼女達の見分けに苦労しないだろう。

 ハヤトの言う通り、何となく、こちらがキユでこちらがミユ、そう思うぐらいだ。

「何となくか…、そういう所、ミユも好きになったのかな?」

「キユ…」

 その言葉だけで、ハヤトは何となく解ってしまった。

 キユはミユの変化の原因を知っているのだと。

「あの子、そう言ったんでしょ?」

「…ああ」

「ハヤト君、何て答えたの?」

「…言えない」

「どうして?」

「その事を聞くって事は、ミユが何も言ってないって事だろ、だったら俺からは何も言えない」

「そう…」

 追求するでもなく、問い詰めるでもない。

 まるで彼女は自問自答しているようだった。

「(…大分心がまいってる、何があったんだ?)」

 そう、先程感じる違和感はそこにあった。

 キユはハヤトと会話をしているはずなのにまるで上の空、心ここにあらずといった感じなのだ。

「(このままじゃいけない…)」

 この状態が長く続けば彼女の心が折れる。

「……」

 どうすれば良いのか、少し考えるハヤト。

 その結論が出るのにそう時間はかからなかった。

「キユ…」

「…何?」

 呼びかけられて、返事をするキユ。

「今日、暇か?」

「え?」

「文化祭中、誰かと約束とかあるのかって意味だ」

「ううん、無いけど」

「そっか、それじゃ…」

 一呼吸置き、ハヤトは言葉を続ける。

「俺とデートしないか?」

「…え?」



 午前10時、文化祭開催。

 13クラス、いや、今や喫茶店と化した教室の前に彼女達は並んでいた。

『いらっしゃいませー、喫茶ジュエルズにようこそー』

「私達のモットーは」

「やる時は徹底的に、でーす」

 片や学園のヒロイン、片や13クラスに突如現れた謎の美少女。

 一見するだけでも価値のあるこの猫人のコンビ。

 看板娘である猫人の二人がそう声を上げるだけで、獣耳学園の男子生徒が押し寄せてくる。

「…何か、騙してるみたいで気が引けるな」

「こういう場合、騙される方が悪いと思いましょう」

 その光景を見ながら、ケンとコゥがそう会話を交わす。

 二人の見つめる先には客寄せをしている猫人の二人が居た。

 最早誰かと言わなくても解るだろう、ハヤトとミアである。

 今や喫茶ジュエルズの店内は客で溢れ返り、整理券すら配られるありさまである。

「誰だよ、勝手に店名決めた奴は…」

「私よ」

 ケンのぼやきにコゥが挙手しながらそう答える。

「あ、ダイヤちゃん、それ3番テーブルに運んでちょうだい」

「はーい」

 そう笑顔で返事をするダイヤちゃん、本当の名をハヤトと言う。

「誰だよ、どっかのいかがわしい店みたいなあだ名付けたのは」

「だから私だってば」

「コゥー…」

 うな垂れるケン。

 まぁ、気持ちは解らないでもないだろう。

 色んな意味で本格派の喫茶店になってしまったのだから。

「ちなみに私がルビーで、ミアちゃんがサファイア、キユちゃんとミユちゃんがアクアマリンとエメラルド」

 見ればハヤトやミアだけでなく、キユやミユも慌しく店内を駆け回っている。

「もういいって…」

 どうやらもう諦めたらしい。

「でも、ハヤト君も考えたわよねぇ」

 昨日、メニューに紅茶を加える話しが出た際にハヤトはある妙案を閃いた。

 それはケンの紅茶否定論を聞いた事が切欠だった。

 喫茶店という形式で店を出しても所詮は文化祭、品数には限度があるし対応にだって限界がある。

 ならばいっそ出す品は一種に絞り、客の意見を聞く形式にしてはどうか。

 そこで考え出されたのが「コーヒーと紅茶、貴方はどちらが好きですか?」というものだった。

 要するに客にはコーヒーと紅茶を出し、どちらが好きか、味はどうだったかのそのアンケートを取るというものだった。

 ケンとしてはバーテンダー気分が味わえれば今回は満足であったし、客の意見が聞けるという提案は魅力的であった。

 本格派の趣旨からはやや外れてしまったが、文化祭は楽しんだ者勝ち、皆この意見に反対はしなかった。

「俺のコーヒーの方がうまいに決まってる、見てろよハヤトの奴、店長直伝のコーヒーは伊達じゃねぇ、絶対俺の勝ちだぜ」

 別に勝負という訳ではないのだが、ケンはやる気満々のようだ。

「…ねぇ、ケン」

「あん?」

「前から気になってたんだけど、その店長さんってどんな人なの?」

「んだよ、やぶからぼうに?」

「だって気になるじゃない」

 ケンがそこまで誉める人の事。

 と、付け加えるコゥ。

「へ、焼きもちでも焼いてんのかよ」

「うん、とっても」

「…そういう事を真顔で言うなっつーの」

 やりづらいとばかりに顔をしかめるケン。

「別にいいじゃない、…と、ケン、更にお客様増加よ」

 整理券を配っているはずなのに客足は一向に引こうとしない。

 噂が噂を呼んでいるのだろう。

 おそらく噂の猫人の美少女を一目見ようと集まった者達が、押せばドミノ倒しができそうな勢いで喫茶店に長蛇の列を作っている。

「やれやれ、こりゃ午前中は大忙しだな」

 ケンの予測通り、13クラスの面々は午前中を客の対応に潰される事となった。



 午前11時30分。

 獣耳学園の校門をくぐる人影があった。

「(ここが獣耳学園かぁ…)」

 見た感じ12歳~14歳、どうにも見た目で年齢見極めどころが難しい。

 長い髪を両端でまとめた栗色の髪のツインテールにふさふさの耳と尻尾。

 まるでお嬢様のように整った服装。

 その身に纏っている雰囲気からも彼女が良家の出である事が伺えるようだった。

「(噂には聞いていたけど、活気のある学園なのね)」

 出し物の立ち並ぶグラウンドを歩く少女。

「(何だか楽しそう…)」

 獣耳学園特有といえる生徒達のノリ、その生徒達が運営する出し物はどれも人を引き付ける魅力のようなものがあった。

 少女も思わず近場の出店を覗こうとしてしまうが

「(…っと、いけないいけない、今日はちゃんと目的があって着たのに)」

 邪念を振り払い、気を引き締め直す。

「(まずは様子を見に行かないと…でもどこだろう?)」

 校舎というのはこれでなかなか厄介である。

 そこに通う者達からすれば慣れ親しんだ場所かもしれないが、部外者からみればまったく未知の空間。

 どこに何があるなど、初来訪の者に解るはずもない。

「(困ったなぁ…)」

 とりあえずどこかに地図はないだろうかと周りを見回しながら歩く。

 その時。

 ドンッ!!

「きゃ!!」

 余所見が災いしたのか、進行方向に居た誰かとぶつかってしまう。

 よろめいた少女はそのまま後ろに倒れるかと思われたが

「おっと…」

 パシ…

 手を握られ引き戻される。

「大丈夫ですか、お嬢さん」

 少女を引き戻したのはぶつかった相手であった。

「あ…、はい」

「それは良かった、ちゃんと前を見て歩かないとあぶないですよ」

 相手は少女を引き寄せながらにこやかに笑う。

 その相手とは獣耳学園最速を誇る男、チタ先生だった。

 その笑顔を見た時、少女の胸が一瞬高鳴る。

「そ、その、ありがとうございます」

「うん、素直なのは良い事だ、こんな事で怪我をしては面白くないからね」

「あの、一人で立てます…」

 照れながら、そう申し出る少女。

 何故なら

「っと、これは失礼」

 チタ先生は少女を引き寄せたまま会話をしていたのである。

「レディに対して少々無作法だったね」

「レ、レディだなんてそんな…」

 頬を染める少女。

「見た所何かをお探しのようですが、よろしければご案内しましょうか?」

「い、いえ、そこまでご迷惑をかけるわけには…」

「いいんですよ、私はこの学園の教師ですし、それにこういう時は相手の男を立てるのが良い女性の礼儀というものです」

「…あ、えっと、ではお願いします」

 チタ先生の言葉に思うところがあったのか、少女は少し考えて答えを返す。

 これが少女とチタ先生のファーストコンタクトとなる。

 この間、僅かに3分間。

 獣耳学園最速の男は文字通り最速で少女の心を掴んだのであった。

 …色々な意味で。



 午後0時。

「ふぃー、ようやく客が引き始めたか」

 流石にこの時間ともなれば飲み物よりも食べ物。

 客の流れが徐々に変わり始めてきた。

「整理券は一通り配ったし、午後はイベントを企画してるクラスが結構あからな」

 あせらず他所で時間を潰そうという者も多いのだろう。

 13クラスにとってはちょっとした昼休みである。

「俺達もそろそろ交代で休憩をとろう」

『おー』

 ハヤトの言葉に皆賛同する。

 午前は流石に全員文化祭を回る事が出来なかったが、客足の遠のいた午後ならばクラスの半数がいれば何とかなる。

「さて、そうなると、どういう順番で休憩とるかよね」

「はーい、はいはい、まずは私とハヤトが見て周りまーす」

 コゥの意見に真っ先に反応したのはミアだった。

 彼女にしてみればこの文化祭は是非ハヤトと過ごしたいイベントの一つ。

 否応なしに気持ちが先走る。

「誰がお前と行くって言った」

「私が決めた」

「勝手に決めるな」

「じゃあハヤトは誰かと行く予定でもあるの?」

 どうせ一人で回るつもりなのだろうと高をくくって言った台詞だったが

「ああ、もう先客がいる」

「何をぅ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げるミア。

「ははーん、解った、さてはケンとね」

 ビシっとケンを指差す。

「いや、キユとだ」

「何ですとぉ!?」

 再び素っ頓狂な声を上げるミア。

「今朝ちょっと約束してな」

「え…?」

 その言葉を聞いてミユがそう小さな声を上げる。

「お姉ちゃん、ハヤト君の所に行ってたの?」

「うん、ちょっと…ね」

 覇気の無い声でそう返事をするキユ。

 その様子を見る限り、この双子が別行動で学校に登校する事が余程珍しい事なのであろう。

「ま、そういう訳で俺はキユと回る、休憩は二人一組で1時間交代にしよう、悪いけど先に行かせて貰うぜ」

 そう言うなり、ハヤトは素早く男の姿に戻り。

「じゃ、行こうかキユ」

「うん…」

 キユを引き連れて出て行った。

「…ねぇ、これってどういう事?」

「いや、俺に聞かれても困るんだが?」

 後に残された面々は未だに事態が飲み込めずに居た。



「んー、やっぱり文化祭は活気があっていいな」

 廊下を少し歩くだけでもその雰囲気が伝わってくる。

「体育祭とかも盛り上がってたけど、あっちはちょっと殺伐としてたもんな、俺はこんな風にみんなでワイワイやる方が好きだ」

「そうだね…」

 対して、こちらはあまり活気が無いようだ。

 廊下をしばらく歩き、人通りの無い通路に差し掛かった頃。

「ねぇ、ハヤト君」

「ん?」

 ようやくキユの方から口を開く。

「どういうつもりなの?」

「どういうつもりって?」

「解って聞き返してるんでしょ、何で私とデートするなんて言い出したの?」

「俺がキユと文化祭を見て回りたかった、それじゃ駄目かな?」

 屈託無く、そう答え返すハヤト。

「冗談で言ってるなら笑えないし、本気で言ってるなら許せない」

「許せない?」

「ハヤト君はミユの気持ちを知ってるんでしょ、だったらなんであの子を誘わないの!?」

 廊下にキユの声が響く。

「あの子はハヤト君が誘ってくるのを待ってるわ、絶対…」

「絶対…か」

「そうよ、だから私なんかを誘わないでミユを…」

「俺がミユを誘えば、キユはそんな顔をしなかったか?」

「え?」

 問われた意味が解らなかった。

「1時間、俺に騙されたと思って楽しまないか?」

 おそらく顔に出ていたのだろう。

 フォローするようにハヤトはそう言葉を付け加え

「そうすれば俺がキユの疑問を全て解決してみせる、だから…俺を信じてみないか」

 キユに手を差し伸べる。

「……」

 この手を取るべきなのだろうか。

 別に彼が信用できない訳ではない。

 彼のやる事だ、必ず何か意味がある。

 だが、今の自分に彼を頼る資格があるのだろうか。

 キユはそんなもやもやとした気持ちでいたが。

「ミユは…俺の手を取ったぜ」

「っ…」

 その単語に、キユは思わずハヤトの手を握ってしまった。

 何故、そんな事をしてしまったのか自分でも解らなかった。

 条件反射的に、そうしてしまったのだ。

「よろしい、じゃあ文化祭バージョン校内デートコース、行ってみようか」

 言うか早いか行動が早いか。

 そこから先のハヤトの行動は早かった。



 一方、喫茶ジュエルズにて

「くっ、迂闊、私とした事が目の前でハヤトが攫われるのを黙って見過ごすなんて」

 ようやく我に返った猫人が後悔していた。

「この場合どっちがどっちを連れて行ったのかってツッコミは無し?」

「ツッコミじゃなくてまんまだろ、ハヤトの奴今度は一体何やらかしたんだ?」

 コゥのツッコミを無視して、ケンがいきなり核心をついてしまう。

「んー、確かにキユちゃん今朝から様子おかしかったもんねぇ」

 ミアのその言葉にみな小さく頷く。

 どうやら思った事は皆一緒だったらしい。

「ミユちゃん、何か心当たり無い?」

「ぁ、その…」

 返答に困るミユ。

 彼女にしてみれば確かに思い当たる事があるのだろうが、それをこの場で言うわけにはいかず、かといって黙秘を続けられるような性格ではないのが辛いところだった。

「こらこら、二人共そんな聞き方したらミユちゃんが困るでしょ」

 流石は一応良識派の委員長。

 クラスメートを制止する。

「兎に角、ハヤト君がやる事だからあまり悪い事にはならないでしょ」

 コゥのその意見はもっともだった。

 ハヤトが確信をもって行動する時。

 それは彼に何らかの策がある場合である。

「私達は黙って見てるのが最善策よ」

「んー、そうは言われても…」

 それで黙って見ていられるならば今まで苦労はしなかっただろう。

「私、やっぱり見てくる」

 思い立ったが吉日が彼女の行動理念に違いない。

 案の定、教室を飛び出しハヤトの追跡を開始するミア。

「…ミユは、行かねぇのか?」

「え…?」

 ケンの言葉に驚くミユ。

「いや、何だか行きたそうな顔してっからよ」

「私、そんな顔してた?」

「ああ…」

 ケンの正直な意見だった。

「気付いてないかもしれねぇけど、最近良く表情が変わってるぜ、…良い表情するようになった、その原因…ハヤトだろ」

 ボッ…

 顔に火がつくとは文字通りこの事だろう。

「え、ぁ、その、どうして…」

 顔を真っ赤にして慌てふためくミユ。

 実に解りやすい反応である。

「気付く奴は気付くさ」

 屈託無く、ケンはそう言う。

「行けよ、気になるんだろ」

「でも…」

 それでも気が引けてしまうのがミユの良い所であり悪い所であるが

「行った方がいい、今行かなきゃ後悔するかもしれないぜ」

「…うん、ありがと」

 ケンのその言葉にキユは小さく礼を言い。

 タッ…

 駆け足で教室を出て行く。

 ケンとコゥはそんなクラスメート達の後姿を見送る。

「…ちょっと意外、ケンって結構見てるのね」

「何か最近そういう台詞良く聞くなぁ、そんなに俺は気が回らない奴に見えるのか?」

 そうぼやきながらケンは手を動かす。

 時間は昼。

 小休止で客足が無いとはいえ、午後のためにやる事は沢山ある。

 コゥは店の片付けを、ケンは午後に控えて色々と準備を始める。

「まぁ、ケンは自称不良だからね、他にも色々ぶっきらぼうな所あるし、不器用っぽく見えるのよ」

「好き勝手言われてんなぁ…」

 客足途絶えた教室内にて、二人の会話だけが響く。

 そんな時間が少し過ぎた頃。

「器用な奴ってのはさ…」

「え?」

 ケンが独り言のように喋り出す。

「多分、そういう事が解っていても黙っていられる奴の事を言うんだ、逆に不器用な奴ってのは思った事がすぐに口にでるか、思った事を口にできない奴の事を言うんだと思う」

「…そうなのかな?」

「ああ…」

 ケンがそう答え。

 少し、会話に間が空く。

「…俺さ、昔それで一回失敗してるんだ、だから言いたい事が言えない奴は放っておけなくてな」

 初めて聞く話だった。

 コゥは何も言わなかったが驚きの表情を見せている。

「不器用な奴はとことん不器用で、不器用過ぎて…全部捨てて逃げ出すんだ、そうやってこの学園に来た馬鹿な奴がいる、…本当、馬鹿だよな、逃げたら器用でも不器用でもなく、…ただの負け犬だってのに」

「ケン…」

 何時もの彼の口調ではない。

 …その言葉に、とても重いものを感じた。

「…ち、俺も文化祭で浮かれてるな口が軽いぜ」

 言い終わった後。

「この話、あいつらにはするんじゃねぇぞ」

 我に返ったのかケンはコゥに顔を見られぬようにそう言う。

「うん、解った」

 コゥは笑って答える。

 ただの了承の返事、それなのにケンは少し安心したような表情をする。

「…でもさ、ケン」

「あん?」

「さっきの話だけど、別にいいじゃないかな」

「何がだよ?」

「その馬鹿な奴ってのは今は楽しくやれてるんでしょ」

「…さぁ、どうかな?」

「きっとそうよ、そうやってみんなと楽しくやっていく内に不器用さも消えて、その内捨てたものを取り戻せる日がくるかもしれない」

「…だといいんだけどな」

 ケンは苦笑してそう答える。

「…ああ、そっか」

「ん?」

「私今気付いた」

「何を?」

「ケンとハヤト君って似てるのよ、そうやって何か隠そうとしているくせに誰かに知ってもらいたそうな所が」

「…あー、なるほど」

 そう言われてケンも合点がいったようだ。

「それで初めて会った時どうにもあいつが気に入らなかったのかな?」

「まぁ、同属嫌悪って奴ね」

「今となっては懐かしい話、…ってのもおかしいか、まだあれから半年も経ってねぇんだもんな」

「この学園色々目まぐるしいものねぇ」

 その点は獣耳学園の誰に聞いても同じ答えを返すだろう。

「まぁな、…っと」

 そうこう会話を交わしている内にポットの水がお湯になった事を知らせるマークが点灯する。

「さてと、それじゃそろそろ午後の部いってみっか」

「二人じゃ大した事できないけどね」

 クラスの大半が外出中ではろくな事ができない。

「ま、その内帰ってくるだろ」

「そうね」

 そんなこんなな会話をしていると

 キーンコーンカーンコーン。

 文化祭午前の部の終了を告げる鐘の音が学園に木霊する。

 その音を聞き、学園の生徒達は午前が終わった事を自覚する。

 ある者は安堵を、ある者は危惧を。

 何と言っても文化祭、されど文化祭。

 このイベントを黙って過ごせる者など獣耳学園にはいない。

 文化祭という限られた時間をどう使うか、皆その事だけを考えていた。

 そう、生徒達にとってこれはある種の戦いなのだ。

 やがて鐘が鳴り終わる。

 それはすなわち午後の部、後半戦の始まりを意味していた。

 それぞれの思いを胸に生徒達は戦いに赴く。

 ある者は誰かの元へ。

 ある者は夢を叶えに。

 ある者は思いを遂げるため。

 学園の時を支配する鐘は、一体誰のために鳴ったのだろう…。


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