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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第03話「燃えろ、獣耳学園」
35/80

十一時限目『前夜祭』

 ~ 十一時限目『前夜祭』 ~


 文化祭前日。

 今日も今日とて学園は大忙しであった。

 何と言っても前日、されど前日、それでも前日。

 泣いても笑っても今日一日で全ての作業を終わらせなければならない。

 終わらせる事が出来なかった場合、折角の文化祭を何とも言えない気分で迎えねばならず、それは非常に勿体無い。

 お祭り好きの獣耳学園の生徒一同はお祭りのために労力を惜しまない。

 それはきっと、達成感と満足感に浸りながらお祭りを楽しみたいがためなのであろう。

 そう言う訳で、学園は今大忙しなのである。

「ミユ、そこの金槌取ってくれ」

「うん…」

「っと、そっちの釘抜きも頼む」

「うん…」

 ハヤトの言葉に従い、ミユは次々と道具を手渡していく。

 ハヤトは受け取ると同時に作業を行っていく。

 それは凄まじいばかりの連携プレイ。

 果てには

「んー、何か今ひとつだな、ミユ、悪いけど…」

「はい…」

「お、サンキュー」

 まさに以心伝心。

 言わずとも、彼が何を求めているかが解る。

 まるでハヤトの心を読んでいるかのようだった。

『……』

 その様子を作業の手を休ませず、器用に盗み見している二人が居た。

 ミアとキユである。

「…ちょっと、奥さん、何ですかあれは?」

「いや、私にもちょーっと解んないんだ…」

 どうやら今回は、奥様の井戸端会議風のようだ。

「どう見たって…」

「怪しいよね…」

 彼女達が疑問を抱くのは無理もない。

 先日、ハヤトとミユの二人が買出しから戻ってきた時からこの状態は始まった。

 とは言っても別に二人の挙動がおかしい訳ではない。

 寧ろ普通。

 普通、…過ぎるぐらいに普通にやり取りをしているからおかしいのである。

「ミユがああも普通にしてるなんて…」

 双子とは言え姉の立場、この事態はかなりショッキングな事態であった。

 自分以外とはろくに喋れもせず、内気で引っ込み思案、おまけに多少の対人恐怖症すら持っているあのミユが、ああも普通に異性と行動しているなど、今まで一度も無かった。

 それでも並みの女子生徒に比べたら口数が少ないのだが、その辺りは割愛しよう。

 兎にも角にも、今のミユは普通にハヤトと接している。

「んー、でもさ、ミユちゃんが普通にしてるって、別に悪い事じゃないよね」

 ミアが楽観的に、そして前向きに物事をそう捉える。

 確かに、ミアの言うとおりではあったが

「うん、まぁ…」

 ある程度の事情を知っているキユにとっては心中穏やかではなかった。

「悪い事じゃないだけど…」

 …けど、何だろう。

 この喉元まで出かかっている感情は。

 吐き出そうとすれば吐き出せそうなのだが、それを吐き出すと何か良くない事が起こりそうで、でもやっぱりそれは煮え切らないというか、今ひとつすっきりとしない感情で、キユは自分でもどうしてよいのやら解らない感情を持て余していた。

「(ここ最近、ミユの様子はおかしかった、いやいや、ここまで来て自分の考えにまでフィルターをかけて物事を隠すのはもうよそう、ミユはハヤト君の事が好きなのだ、それだけはすでにはっきりした事実)」

 そこまでは前にミユに問いただしたので間違えない。

「(問題は…この前の買出しの時にハヤト君と一体何があったのか)」

 原因はそれしか考えられない。

「(あの日を境にミユは変わった…)」

 ミユは何も言わない。

 キユがそれを聞いても少しはにかんで笑うだけだった。

「(いやいや、それだけでも十分何かあったのか解る、ミユは今…もの凄く浮かれている)」

 ミユは何も言わないが、その言動には明らかな異変があった。

 ケンと対峙した時は以前通りの反応なのに、ハヤトの前では普通にしている。

 単刀直入に言うと、ハヤトの前でだけ普通なのだ。

 それはつまり

「(つまりそこから推測するに、あの買出しの途中ミユはハヤト君と何かあった、そして、その結果はミユにとって喜ばしいものであった…となれば)」

 その答えを導きだすのにさほど時間はかからなかった。

「(そうなのかなぁ、もしそうだとすれば、それは姉として喜んであげるべき事だけど…)」

 キユの視線がミアの顔を捕らえる。

「(これからどうするのよぉ…)」

 もしそうだった場合、目の前の猫人の少女が黙っているはずがない。

 いや、彼女の事だから間違いなく実力行使にでるだろう。

 そうなれば弱肉強食の掟に従い、脆弱な兎人の少女に勝ち目は無い。

「(誤魔化し続けるのにだって限度はあるだろうし、…最悪の場合、血を見ない事を祈るしかないか)」

 今はそう祈るしかなかった。

「(それにしたってハヤト君はミユに何をしたんだろう…)」

 未だに推測の域は出ていないとは言え、ハヤトとミユの間に何かがあったのは間違いない。

 それが言葉なのか行動なのか、それは解らないが何かがあった。

 その内容が気になるのは双子の姉であり、記者志望の彼女にとっては至極当然。

「(あのミユがああも変わるとは、まったく、普段は女の子に気の無いような振りして実は結構女の子の扱いがうまいのかも…って、え?)」

 そこまで正常だった思考の連鎖が突如綻び始める。

「(ま、まさか…、いやいや、まさかよね、あのミユがそんな…、で、でも女の子が変わる要因で一番多いのはそうだって言うし、いやいや、その考えは早急と言うもので…)」

 その事を考えれば考えるほど、キユの思考は土壺にはまっていった。

「(そんな、いや、寧ろそうだからなのか、普段大人しい子程そういう事を体験すると劇的に変わると言うし、ああ、だからってミユがハヤトとあんな事やこんな事を、…あれ、でも、瓜二つの双子のミユがそんな事されたって事は、間接的にとは言えビジュアル的に私がハヤト君とあんな事やこんな事にもな…)」

 想像は想像を生み、また新たな想像が生まれる。

 その点発想力が豊かだというのはマイナス要因としかならないだろう。

「(ああっ、そんな事まで!?)」

 次第に彼女の頭の中はオーバーヒートを起こしていく。

 まさに、思考回路はショート寸前。

 神経が今にも焼き切れそうになった時。

「おーい、キユちゃーん」

「ふぁっ!!」

 寸前の所で、ミアの呼び声に助けられるキユ。

「どうしたの?」

「あ、危ない所だった…」

「は?」

 我に返り、激しく脱力するキユ。

「おーい、こっちは終わったぞー」

 そんなこんなな脳内妄想の終りと共に、ハヤトとミユが作業を終えて二人の近くへ来る。

「飾り付けはクラシックな感じにまとめてみた、暗幕を張りムードが出るように照明を少し暗めに設定、店としちゃこんなもんだろ」

 古風で味のあるヨーロッパ系の喫茶店をイメージしたと付け加えるハヤト。

 確かに教室内は店内と呼ぶに相応しい内装が整っている。

「ふぇー、ハヤトって本当に器用だよねぇ」

 大まかな機材はレンタルで借りたものの、レイアウトや細かい飾り付けは全てハヤトが決めた。

 その出来栄えはデザイナーとしてやっていけそうなぐらいである。

「後は客に出す品と俺達の着る制服だな」

「今コゥちゃんが取りに行ってるよ」

 先日、ケンとコゥの二人はレンタルショップに衣装を借りに行ったのだが、運悪く皆の身長に合う服が無かったらしい。

「まだ時間かかりそうだし、少し休憩しようか」

『賛成ー』

 ハヤトの意見に皆そう声を揃える。

 時刻は午後3時。

 朝からずっと作業を続け、昼食ですら簡易にすませる程の追い込みだったため、全員流石に疲れが見え始めている。

 椅子に座り各自飲み物を手に取りながら雑談を交わす。

「ケンの方は大丈夫かな?」

「店のコーヒーの煎れ方を教わってくるって意気込んでたけど、そういうのって簡単に教えてもらえるのかな?」

 13クラスの中で密かに一番熱が入っていたのはケンだった。

 やるなら本格的にやりたいと、わざわざコーヒー豆まで買い揃えたはいいが、その煎れ方が今一つ納得いかなかったらしく、わざわざバイト先の店長の下へ聞きに行っているのである。

 その意気込みは皆が唖然とする程であった。

「店にもよると思うが、ケンの普段のバイト態度と店長の人柄によるだろ、まぁ、あいつがバイト続けられるような店なら大丈夫じゃないかな」

 皆、ケンの人柄は良く知っている。

 その彼が下働きとして扱われているのに今だバイトを続けられているのは、彼の夢への情熱以外にも色々と要因があるからであろう。

「もしかしたらその店長さんがケンの尊敬している人だとか」

「いやいや、案外バイトの子がお目当てとか」

「それコゥちゃんが聞いたら血を見そう…」

「実は弱みを握られているとか」

 どれもこれも当てはまりそうで想像するだけで笑えて来る。

 ガラガラガラ…

「みんなー、お待たせー」

 雑談に花を咲かせて数分、コゥが袋を背負いながら教室に入ってくる。

「わ、それっぽくなったわね」

 室内に入り、内装を見た彼女の第一声がそれだった。

 確かに、学校という空間においてはお目にかかれないような内装、ある程度知っていても驚くのも無理は無い。

「ふふーん、頑張りましたからね」

 胸を張って威張るミア。

「と言っても、私達は言われた通りに机や椅子を並べただけで、後は全部ハヤト君がやっちゃったんだけどね」

「キユちゃん、それは言わない約束よ…」

 お約束のコントである。

「委員長、そっちの守備はどうだった?」

「んー、それがちょっと問題が…」

 ハヤトの言葉に多少苦い顔をするコゥ。

「何かトラブルが?」

「ええ…」

 そう言ってコゥは一枚の伝票をハヤトに手渡す。

「…ちゃんと人数分揃ってるみたいだけど?」

 ハヤトが予測していたのは数の不足であった。

 数日前にレンタル出来なかったのであれば、今回も同様の事態に陥る可能性があるかもしれない。

 まぁ、二度目という事を考慮してレンタルは可能だとしても数が揃わないという事態は十分考えられる。

 だが、伝票にはちゃんと男物2着、女物4着と書かれており、コゥの持ってきた荷物と数も一致している。

「んー、数は揃ってるんだけど、サイズが…」

「え?」

 一見は百聞にしかず。

 聞くより行動の方が早いミアとキユがコゥの持ってきた荷物の中身を確認する。

「わ、小さい」

「ハヤト君、流石にこれは着れないでしょ」

 出てきたのはLとSサイズのバーテンダーの服だった。

「わ、これ大き過ぎない?」

「コゥちゃんこれ着れるの?」

 続いて出てきたのはL、M、S×2のウェイトレスの服。

 コゥはやや身長が高めとは言えMサイズ、ミアもMサイズでキユとミユはSサイズ、Lサイズは幾ら何でも大きい。

「今の時期はどこも文化祭だからレンタルの注文が多かったらしくて、どこかで手違いがあったらしいの」

「なるほど、これは予測の範囲外だ」

 ハヤトは少ししかめっ面をする。

「でもまぁ、その分レンタル料金は大分サービスしてもらったわ」

 にっこり笑ってそういうコゥ。

 …その表情から想像するに、どういうやり取りがあったのかは追求するまい。

「それで、どうするの?」

 このままでは数が不足し仲間外れが出る。

「とりあえず男物のLサイズはケン、女物のSサイズはキユちゃんとミユちゃんに着てもらって、Mサイズは私」

「あれ、じゃあ私とハヤトは?」

 残ったのは男物のSと女物のL。

 ハヤトとミアが着るには小さかったり大きかったりするサイズだ。

 ミアはコゥが女物のLを着ると読んでいたのだが、その予想は裏切られる。

「ここでこのサイズの問題を一発で解決するマジックを披露します」

 にっこり笑ってそう自信満々に言うコゥ。

 スッ…

「ここに取り出したるはハヤト君が着るには小さいSサイズ、そして、こちらにはミアちゃんが着るには大きすぎるLサイズ、あ、二人ともそこに並んで」

 その二着を一つずつ手に持ち、並ぶハヤトとミアに近づくコゥ。

「一見、このように二人が着るには無理のあるサイズですが…」

 寸法を合わせるように二人の前に服を重ね、キユとミユにそれを確認させる。

「あら不思議」

 クルッ…。

 その場で見を翻し反転。

「こうすれば二人とも服を着れるようになります」

 右手は左へ、左手は右へ。

 二人に重ね合わされていた服も、互いに行き来する。

 すなわち…。

「…俺にこれを着ろと?」

 目の前にある女物の服を見ながらハヤトはそう確認する。

「いいアイデアでしょ」

 にっこり笑うコゥ。

 確かに、これならばサイズの問題は一気に解決する。

 だが

『……』

 それは色々と問題があるのではとコゥ以外の皆が無言でそう訴えていた。

「んー、私は別に問題ないけどね」

 目の前の男物の服をコゥより受け取り、自分の体に合わせて寸法を測るミア。

「男物のSサイズだから割とサイズ合うし、体育祭で学ラン着てたから男装に抵抗もないしねー」

 ミアは結構乗り気なのか、サイズが合うと解ったら今度は前後を見比べたり、クルリと回って動きを確認したりと、着た際の動作まで考え始める。

「まぁ、ミアちゃんはそれでいいかもしんないけど、ハヤト君は…」

 彼にあれを着ろと?

 一見して、ウェイトレスだと解る服。

 基本は中世ヨーロッパのメイド服のようなデザイン。

 少し長めのスカートが印象的で、華美さを補うために少しだけフリルが付けられている。

「私とハヤト君は同じぐらいの身長だけど、やっぱり体格が違うからLサイズならぴったりでしょ、体型が隠れるようなデザインだからうまくやれば男だなんてばれないって、スカート長めだから上げ底の靴かなんか履けばピッタリ」

「…良く見たらカツラとか化粧品まで用意してるし」

「そう言えば、夏の合宿の時にケンがその餌食になってたっけ」

 女性陣は乗り気でそう話を続ける。

 すでに、ハヤトが女装するという前提で話が進められてるようだった。

 だが、それに対し

「……」

 沈黙するハヤト。

「…ハヤト?」

 そんな彼にミアはそう問い掛ける。

 普段であれば、何らかのリアクションで抗議を起こすはずのハヤトが今回に至ってはノーリアクション。

 …逆に怖い。

「んー、ちょーっと、悪ふざけが過ぎちゃったかな…」

 流石にまずかったか、そう思いコゥがどうにか場の空気を流そうとするが

「…委員長」

「な、何?」

「言い出したのは委員長だからな」

「…はい?」

 ハヤトの言葉の意味する所が解らず、コゥはそう聞き返してしまう。

「後で泣いて謝っても知らないからな」

「ハヤト、一体何を…?」

 嫌な予感がした。

「俺がみんなに無理矢理女装され、泣く泣く役を演じる事になったと言う事実の裏付けだ」

 ギンッ!!

 ハヤトの眼が見開かれ、閃光を放つ。



 数分後。

 教室の一角に作られた給湯室兼休憩室兼更衣室。

 シャ…

 そこのカーテンが音を立てて開かれる。

 シャララーン…

 現れたのは長い黒髪の猫人の少女。

 そのなびく長い髪は光を放ち、その身はウェイトレスの服に覆われていた。

 それは、まるで物語に登場するような姿。

 おそらく、絶世の美女とまではいかないまでも美少女とはこういう時に使う言葉なのであろう。

『……』

 それを見て、呆然とする女性陣。

「ふむ、まぁ、こんな感じかな…」

 最早説明の必要もあるまい。

 彼女、いや、彼の正体、それはハヤトである。

「どうかな、変装も兼ねて猫人風にしてみたんだが?」

 そう女性陣に問うハヤト。

「(う、嘘ぉ…)」

「(これは…)」

「(何か悔しいかも…)」

 思い思い、そう心の中で叫ぶミア、キユ、コゥ。

 そう思っては居ても消して口には出来ない。

 それは、自分達の敗北を認める事になるからだ。

「ハヤト君、似合ってるよ…」

 一人、ミユだけがそう答えを返す。

「…そう言われると男として自信が無くなるな」

 まぁ、女装が似合ってると言われて喜ぶ男は少ないだろう。

「ごめんなさい…」

「いや、別に責めている訳では…」

 そう慌てて弁明するハヤト。

「…何か、こうやって見てると女同士にしか見えないよね」

「同感、ってかはまりすぎ」

 口々にそう感想を述べるミアとキユ。

「で、委員長、これで満足かな?」

「ええ、ちょっとだけ自分の言った事を後悔してるわ…」

 ここは大人しく負けを認めよう。

 そう謙虚な気持ちで答えるコゥであったが。

「ちょっとか、じゃあもう一押しだな」

「え?」

 ハヤトの言葉に虚を疲れるコゥ。

 その意図を聞き返そうとした時。

 ガラガラガラ…

「よー、遅れて悪い」

 教室の扉を開け、ケンが入ってくる。

 コーヒー豆を抱えて現れた所を見ると、どうやらうまくコーヒーの擦り方を伝授してもらってきたようだ。

「お、すげぇな、良い感じじゃねぇか」

 開口一番、教室内を見回したケンがそう感想を言う。

 だが

「あ、おかえりなさい、ケン」

 そんな彼に近寄り、話し掛ける者が居た。

「…へ?」

「遅かったね、ちゃんと店長さんに教えて貰ってきたの?」

 ハヤトである。

『(キャラ変わってるぅ!!)』

 女性陣、唖然である。

 皆、驚きの表情を隠せないでいた。

「え、あ、ああ、…ってかこの子、誰?」

 視線を女性陣に向け、そう尋ねるケン。

『……』

 皆、苦い顔をする。

 声色を変え、完璧なまでの言動。

 ケンが解らないのも無理は無い。

「やだ、ケンったら私の事忘れちゃったの?」

「いや、忘れたも何も初対面だし…」

 うろたえるケン。

「酷いっ!!」

 目に涙を浮かべ叫ぶハヤト。

 無論、嘘泣きである。

「えぇぇ!?」

 更に、うろたえるケン。

「ちょ、なぁ、どうなってんだよ!?」

 いやはや何ともな光景である。

 普段不良を気取っている彼が女?の涙の前にここまで脆いとは、しかもその相手がハヤト。

「頼むから何か説明してくれぇ!!」

『……』

 皆、更に苦い顔をする。

 まさしく苦渋を舐めたような表情である。

 そんな時

「す、すみませんでした、私が悪かったです、もう勘弁してあげてください」

 嫌な汗をかきながら深々と頭を下げそう言うコゥ。

 流石にこれは堪えたのであろう、珍しく彼女が折れた。

「泣いて謝っても駄っ目だよー」

 一方、こちらはまだまだこれからと言わんばかりにノリノリである。

「ハヤト、そろそろ許してあげなよ」

 見かねたのか、ミアがそうハヤトを説得する。

「え、ハヤ…、え、えぇぇ!?」

 半瞬間を置いて、一番の被害者が悲鳴に近い声を出す。

「忘れてた、ハヤトって結構根に持つタイプだったっけ」

 おそらく、このケンの行動すら彼の予測の範疇だったのだろう。

「案外、本気で怒ってたのかな…」

「かもね…」

 ミアのその言葉にキユは頷きながら短くそう答える。



 数分後。

「…と言う訳で、服のサイズの都合上ハヤト君とミアちゃんの衣装を交換する事になりました」

 とりあえずの事情をケンに説明する。

「どうだ、似合うだろ」

「あえてノーコメントとする」

 ハヤトの言葉にケンはぐったりしながらそう答える。

「やん、ケンったらつれないんだからぁ」

「頼むから勘弁してくれ…」

 先程の今である。

 ある意味弱みを握られたといっても過言ではない状況で、ケンがハヤトに言えるのはそんな謝罪の言葉だけだった。

「それで、ハヤト君は本当にそれでいいの?」

 言い出しっぺの自分が言うのは何だが、という顔でハヤトに確認を取るコゥ。

「んー、まぁ、この格好なら俺が誰なのか解らない事も証明されたし、お祭りなんだからこれぐらいはいいだろう、ミアだって男装するんだ、仮装パーティやコスプレ喫茶だと思えばいい」

 そう言って、ケンが擦ったばかりの一番搾りコーヒーを一口飲むハヤト。

 ケンが自慢するだけあってなかなかに深い味わいだ。

「それにしたって、…ハヤトちょっと似合いすぎ」

 ミアがまだ熱いコーヒーを手元で冷ましながらそう言う。

 こうやって会話をしていても違和感がある。

 いや、こうやって会話をしなければ目の前にいるのがハヤトだと認識するの難しい。

「やるなら徹底的にが俺のモットーだからな、演技で役になりきるつもりでやれば苦じゃない」

「まったく、どこでそんな芸当覚えたの?」

「んー、昔ちょっとな…」

 ハヤトはまた一口コーヒーを飲んでそう答える。

「しっかし、それなら初めっからそういう趣旨で企画組んでも面白かったかもね」

 今更だがと付け加え、キユがそう声をあげる。

「どういう企画?」

「題して、性別入れ替えコスプレ大会」

 また怪しげな企画である。

「お前が真っ先に参加するなら考えてやるよ」

「言ったわね、私が参加したらケンも参加するって事よ、それ」

 ケンの言葉にそう反撃をするキユ。

「ま、どの道もう無理だけどな」

 確かに、時間的にもう不可能である。

「来年があるわよ、来年が、その時はちゃんと参加しなさいよね」

「へいへい」

 気の無い返事である。

「んー、私としては来年は劇がやりたいわね」

『劇?』

 コゥの言葉に全員が声を揃えてそう言う。

「ええ、本当は今回その提案をしようと思ってたんだけど」

『……』

 今回ばかりはケンに感謝と言わんばかりの一同であった。

 コゥの企画した劇、何が出るかまったく解ったものではない。

「しかし、店に出す物がコーヒーとクッキー数種じゃやや厳しいかな?」

 メニューに書かれている品はその2種だけ、文化祭の喫茶店とは言え少々品数が足りない感じがする。

 クッキーは当日ミユが料理分から横領して持ってきてくれる手はずだが、限度があるだろう。

 そうなるとコーヒーだけというのは流石に問題である。

「とは言ってもなぁ」

 13クラスの今回の売りは本格派であると言う事。

 すなわち、店頭で販売されているような品を出すのは少々その趣旨から外れる。

 要するに出す物は手作りオンリーにしたいと言ったところだ。

「…あ、そうだ」

 何かを思い出したかのように、ハヤトが自分の鞄を引っ張り出してくる。

「どうかしたの、ハヤト?」

 その行動を見ながら声をかけるミア。

「いや、実はちょっとミユに持ってきた物があるんだ」

「何ですと!?」

 ハヤトがミユに?

 その言葉を前に、黙っていられるほど彼女は大人しくない。

「何故にハヤトがミユちゃんにプレゼントを!?」

「いや、別にプレゼントって訳じゃ…」

「私を差し置いてミユちゃんにプレゼントなんて、どうも最近ミユちゃんに優しいと思ってたらそう言う事だったのね!!」

「人の話を聞けってのっ!!」

 スパーン!!

 久々炸裂、ハヤトスリッパ。

「のぉぉ…」

 どこから取り出したのかは解らないが、ハヤトの手に握られているスリッパがミアの額を快音と共に強打する。

「ったく、俺は以前約束してた品を持ってきただけだ」

 まぁ、その行為事態は毎度の事なのだが、ハヤトの姿が女性のそれであるからしてどうにも違和感がある。

「……」

 一方、その光景を見ていた兎人の片割れの心中は穏やかではなかったというのは言うまでも無い。

「ハ、ハヤト君、何持ってきたの?」

 かろうじて、そう尋ねる事が出来た。

「ん、茶葉だよ」

「茶葉?」

「ああ、紅茶の葉、前にミユが紅茶好きだって言ってたから持ってきたんだ」

「ミユ、そうなの?」

「うん…」

 まぁ、本人がそう言っているのだから間違いはないだろう。

 それにしたって心臓に悪いと、心の中で愚痴をもらすキユであった。

「お湯、沸いてたよな」

 そう言うのが早いか、行動が早いか。

 ハヤトはポットに手を伸ばし、お湯の温度を確認する。

「紅茶をおいしく入れるコツは幾つかある、基本的に紅茶を入れる際の水は軟水を使い、ポットはお湯を先に少し入れて温めておく、これはお湯を冷めにくくするためだ、お湯の温度変化を抑える事ができればポットの中での対流が長続きうまみがより引き出される」

 まるでハヤトの紅茶講座と言わんばかりに手際よく準備をしていく。

 ポットがお湯により温まったところで一旦お湯を捨て、茶葉を入れる。

「茶葉は1人分につきティースプーン1杯を入れる、お湯の理想温度は95℃ぐらい」

 続いてお湯をポットに注ぐ。

「お湯を入れた際、茶葉が容器の中でお湯によってクルクルと飛び回る現象、これをジャンピングと言う、これは紅茶のうまみを引き出す上では重要なポイントだ」

 そして待つこと約3分。

「カップに注ぐ前にスプーンで底からすくい上げるようにひとかき、これで完成だ」

 出来上がった紅茶をカップに注ぐハヤト。

 ちゃんと人数分の紅茶が作られる。

「…中々手際がいいな」

「ああ、唯一の取り柄でね」

 ハヤトは紅茶を配りながらケンの言葉にそう答える。

「お前な、それが唯一の取り柄だったら、今までお前がやってきた事は何なんだよ」

 その答えに、ケンはそういちゃもんをつけた。

「世の中には謙遜って言葉があるんだよ」

「なら、それには自信があるって事か?」

「まぁ、そういう事になるな」

 これはハヤトにしては珍しい言葉だった。

「コーヒーだけで物足りないんなら、紅茶も出したらどうかと思ってね、これでもちょっとは自信あるんだぜ、飲んでみてくれよ」

『……』

 皆、ハヤトに促される一口紅茶を飲む。

「…ふむ、まぁ、即席だったらこんなもんだろう」

 まず作った本人がそう感想を漏らす。

「おいしい」

「本当、香りもすごくいい」

「これって茶葉は高級な奴なの?」

 続いてミア、キユ、コゥの三人がそう感想を言う。

「そんな高級品は流石に買えないよ、まぁ、悪い品じゃないとだけ言っておこう」

「悔しいがまぁまぁだ…」

 そう仏頂面で感想を言うケン。

「何だよケン、さっきからやけに突っかかってくるな」

「…俺はコーヒーが好きだ」

「…それで?」

 ケンの言いたい事が解らず、聞き返すハヤト。

「だから、俺はコーヒーが好きなんだ」

「…ああ、なるほど、いるねぇそういう奴」

 世の中には飲食物にこだわる人が多い。

 中でも飲み物に関して有名なのは、コーヒー派か紅茶派かである。

 そして、この二つの派閥は対立しやすい。

「おいしければどっちでも良さそうなもんだが」

「やかましい、俺はコーヒーが好きなんだよ!!」

 どうやらケンは代表的コーヒー派であるようだ。

「ミユ、どうだった?」

 流石にその件で争うつもりは無いのか、ハヤトはミユに感想を求める。

「出来るだけミユの好みに合わせたつもりなんだけど?」

「うん、おいしい…」

 にこりと笑い。

「ありがとう、ハヤト君…」

 そう答えるミユ。

『……』

 皆、その笑顔に思考を持って行かれる。

 13クラス発足以来、彼女のそんな笑顔を見たのは皆初めてだったからであった。



 カポーン。

 時は流れ、夜。

 例によって例の如く、今日も今日とて一緒に入浴中の兎人の双子。

 だが

「やっぱりおかしい…」

「…何が?」

 キユの言葉にミユがそう聞き返す。

「ミユ、最近ちょっと変わったよ」

「そう?」

「何だか…」

「何?」

「何ていうのかな、お喋りっていうか前向きっていうか」

 うまく言葉にならない。

 始めはハヤトの前でだけそうなのかと思ってた。

 それならそれでまだ納得がいっていたのかもしれない。

 ミユはハヤトの事が好きだから、彼であるならばとキユも納得できた面もある。

 だけど違う。

 ミユは彼だけではなく、皆に対してもその行動が変わっていた。

 その事に気づいたキユの心中はとても形容しづらいものだった。

 分身であり片割れである自分だけしから知らない分身であり片割れである彼女の顔。

 それを皆に見られるというのはある意味彼女自身の一側面を見られたような気分。

 それは、ある種の嫉妬であったのかもしれない。

「兎に角、何か違うのよ」

「そうかな?」

「そうだよ…」

 自分でもそれがはっきり言えないため、あまり強くは言えないが。

 それでもミユのその変化にキユは頭を悩ませていた。

「ねぇ、一体何があったの?」

 ここ数日、何度もこの質問をしてきた。

「……」

 その度、ミユは何も答えず少しはにかむ。

「私に、言えないような事なの?」

「え…?」

「ハヤト君に何かされたの?」

「お姉ちゃん?」

 姉の言っている言葉の意味が解らなかった。

「だってそうでしょ、ミユを見てれば解る、何か違うのよ」

「違わないよ…」

「だったら何で、何で何も言ってくれないの?」

「それは…」

 言葉に、一瞬つまるミユ。

「ほら、答えられない、ハヤト君が何かしたんでしょ、何されたの、私に言えないような事なの、もし何かされたんなら私が…」

「違うっ!!」

 ビクッ…

 お風呂場にミユの少し大きな声が響き、その言葉にキユの体が一瞬震える。

「ミユ…」

 キユは驚愕した。

「ハヤト君は何も悪くないよ」

 強い意思。

 瞳に宿る力強きその光。

 何時以来だろう。

 彼女のそんな姿を見るのは。

「あっ…」

 我に返り。

 自分がした事が何なのかを思いだすミユ。

「…ごめんなさい、私、先に出るね…」

 タッ…

 そう言い残し、ミユは足早に浴室を出て行く。

「ミ…ユ…?」

 後に残されたキユは、今何が起こったのかをまったく理解できなかった

 あたりを見回し、隣を見る。

 ただ、頭の中が真っ白で、一人で入る浴槽がこれほど広いものなのかと漠然と感じていた。


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