十時限目『夕日の中で輝いて…』
~ 十時限目『夕日の中で輝いて…』 ~
体育祭も終り、三日が経った。
学園からようやく体育会系のノリが消えた頃、今まで影を潜めていた文化開花の足音が学園中に木霊する。
「ってなわけで、今日のHRは文化祭の出し物を決定したいと思います」
教壇に立ちながら黒板に「文化祭の出し物」と大きく書くコゥ。
幾つか候補が書けるように横に丸字を付け加えていく。
「では、挙手制で何か意見がある人」
『……』
シーン…
誰も手を上げない。
それもそうだろう。
このクラスは共同で何かをすることは多くても、共同で何かを始める事に関してはあまり積極的ではなかった。
ハヤト、実行時の行動力はあってもその初動となる発言は殆どしない。
ミア、元々体育会系のため文化祭には無頓着。
ケン、興味無し。
キユ、新聞部の出し物のためクラスの方にまで今は手が回らない。
ミユ、キユ同様に料理部の出し物のためクラスの方に手が回らないし、彼女が発言する事自体少ない。
と言うわけで、教室内には沈黙が流れていた。
「これは困ったわねぇ…」
流石に意見が無いのでは案を考察する事もまとめる事もできない。
「どうしましょう、チタ先生」
「生徒の自主性を尊重、好きにしてくれ」
教師自体がこんな有り様では仕方が無いかもしれない。
「では、私の独断と偏見で出し物を決めてもいいかしら?」
意見が出ない以上、委員長の発言に従うのが筋と言うものだろうが
「待った」
それに反発するように手を上げるハヤト。
「はい、ハヤト君」
「まずは委員長が何をするのかを聞いてから判断したい」
勝手に決められても困るので、コゥの案を先に聞こうという腹だ。
「とは言っても他に意見が無い以上、私の案が可決されるのは必然でしょう、意見があるなら別だけど」
「む…」
どうやらコゥは先に自分の意見を言うつもりはないようだ。
つまり、嫌だったら先に意見を出せ、出せないなら従え、と言った所である。
「コゥちゃんの言い出す事だからそれ程無茶な事は言わないと思うけど…」
「あーんまりコゥちゃんが言い出した事に良い思い出が無いのよねぇ…」
ミアとキユがそう言葉を交わす。
コゥは度々こうやって意見が出ない時に裁断を下す場合がある。
そう言った場合、確かに無茶な決定が下るわけではないが、その内容はやや異色のものとなる。
つまり普通ではないが、異常でもない。
やれない事はないが、やるのを躊躇う。
そんな白とも黒ともつかないグレーゾーン。
言い換えればギリギリのラインを行くような提案を彼女はするのだ。
「…喫茶店」
『ん?』
皆、ボソリと聞こえるその声の方に目を向ける。
「喫茶店とかはどうだ?」
その声の主はケンだった。
珍しい。
皆そういう目でケンを見る。
喫茶店、それは文化祭の代名詞、広い目で見ても文化祭三大出し物の一つと言ってよいぐらいメジャーな出し物だ。
「んー、そうね、悪く無いわ、でも出来れば理由が聞きたい所かしら」
コゥが一応案の一つとして黒板に喫茶店と書く。
「…特に無い」
そう素っ気無く言うケンだが
ピカッ!!
スタンドライトの眩い光がケンの顔を強く照らし
ダンッ!!
ケンの前に座り、机を強く叩くミア。
「嘘を言いなさんな、あんさんが理由も無しにそんな大それた事をやるお人たぁ思えねぇ」
「ケンさんよぉ、カツ丼でも食べるかい?」
カツ丼の丼を出す、…フリをするキユ。
二人の尋問にケンは
「すんません、ちょっとした出来心で…、ってどこの刑事ドラマだよ!!」
ゲシッ!!
どこから持ってきたのか解らない自分を照らすライトを蹴飛ばしながらそう怒鳴るケン。
入学当初は無愛想だった彼だが、最近は結構ノリが良くなってきたとしみじみ感じる。
「はいはい、何だ、漫才がしたいのね」
漫才と黒板に書くコゥ。
「違う!!」
「じゃあ理由を言ってよ、じゃないとみんな納得しないよ」
「うっ…」
コゥのその言葉に押し黙って椅子に座るケン。
確かに、普段から発言の少ない彼が何を思って喫茶店と言ったのか興味ある所である。
「…バーテンダー」
「え?」
「バーテンダーがやってみたかったんだよ…」
『バーテンダー!?』
ケンのその意外な一言に皆声を揃えて聞き返す。
「んだよ、悪いか俺がそんな事言っちゃ!!」
バーテンダー。
バーで、酒類の調合や軽食の用意をする人。
バーとは言ったものの、この場合の意味合いは広い。
喫茶店も店によってはバーに分類される所もあるだろう。
「悪いとは言わないけど」
「意外よね」
ミアとキユがそう言葉を続ける。
「ちっ、もういい、今言った事は無しにしてくれ、…ったく、たまに何か喋ったらこれだ、やってらんねぇぜ…」
ぶつぶつ言いながら愚痴を言い始めるケン。
彼特有の拗ね方の一つである。
「…うん、それいいわね」
『は?』
少し、考え込むようにそう声を上げるコゥ。
「よし、じゃあ喫茶店をやりましょう」
「はーい、質問」
「何、ミアちゃん」
「何故そうなったかの理由が解りませーん」
もっともなご意見である。
「ケンがやりたいって言ったからね」
「それだけ?」
「それだけ」
まるでコントである。
ここで誰かのツッコミが入るかと思いきや
「…んー、なら良し!!」
ミアのその声を筆頭に
「俺も特に意義無し」
「こっちも賛成」
「賛成…」
皆口々に賛成していく。
「お前等それで良いのかよ!!」
一人、言い出しっぺのケンがそう声を上げる。
「まぁまぁ、文句言わないの、ケンが言い出したんだよ」
「う、そりゃ、そうだけどよぉ…」
ミアの意見にしどろもどろになるケン。
中途半端に真面目な彼は自分が言った事に責任がある事を自覚してしまっているようだ。
「では、賛成多数により、って言うか満場一致で13クラスの文化祭の出し物は喫茶店に決定ー」
黒板に書かれた喫茶店と言う文字に大きく丸をつける。
「けど、ただの喫茶店じゃ張り合いないし、出来れば目玉となるような企画が欲しいところだね」
キユがそう発言する。
いざやる事が決まればこのクラスの行動力は高い。
「通常、喫茶店の経営上でメインとなる物は大きく分けて二つ、料理等の客に出す物、もしくは客に対する接客サービス、客の好印象を得れれば足回りも早くなり売上に繋がる、出来ればその両方を両立させたいところだが、料理等は時間もかかるし文化祭の出し物として扱うのは衛生面においても少々厳しい、出来ればこのクラスが少人数である事を戦力に変えれる接客サービスを考えた方がいいな」
とりあえずの状況を分析するハヤト。
「例えば?」
聞き返すミア。
「このクラスの女子は人気があるから、個室を設けて指名式のウェイトレスサービスとか…」
「それじゃどっかの如何わしい店だよ」
「じゃあ客の要望に答えて衣装を変え、接客方法によって料金が変わるとか…」
「それもどっかの如何わしい店だよ」
「…ふむ、困ったな」
考え込むように腕を組むハヤト。
「ってかふざけて言ってるでしょ、ハヤト」
「ああ、もちろんだ」
ハヤトはにこやかに笑いながらそう言う。
すると
ヒュン…
突如、ハヤト目掛けて何かが高速で投げ飛ばされる。
「どわっ!!」
急速回避するハヤト。
…カッ!!
それは回避したハヤトの頭の横を通り過ぎバックボードに突き刺さる。
「危ないだろミア!!」
それはミアの投げた鉛筆であった。
「悪いのはハヤトでしょ、女の子を何だと思ってるのよ!!」
「だからってお前、これ、避けなかったら絶対死んでたぞ!!」
今だ突き刺さり続ける鉛筆。
「…完璧埋まっちゃってるね」
キユが試しに鉛筆を引き抜こうとするがかなり深くまで刺さっている。
ノーモーションから放ったにしてはあまりにえげつない威力だ。
「映画とかでよく見る古武術とかの暗器使いみたいだな」
そう感想を言うケン。
小石やパチンコ玉などを手の中に隠し持ち、指を弾く事によって射出する技。
俗称でこれを指弾と言う。
「大体それで可決されたらハヤトもそういう事やらなきゃいけないんだよ」
そんな事は他所に、今だ言い争いを続けるハヤトとミア。
「ふ、俺は別にいいぞ」
「なっ…」
「女性にその存在を求められというのは男としては本望じゃないか、ホストばりに接待してみせよう」
「私が幾ら求めても喜ばないくせに」
「男にだって選ぶ権利がある」
「何それ!!」
ヒュヒュヒュヒュン!!
先程と同じように鉛筆を投げるミア、今度は連射である。
カカカカッ!!
それを全弾回避するハヤト。
「ふっ、その技はすでに見切った、当たらなければどうという事は無い」
「ちょこざいな!!」
そんなこんなで教室の隅で漫才が開始された。
「…ねぇ、やっぱ大人しく漫才でもした方が受けるんじゃない?」
「そう言う訳にも行かないでしょ」
そのやり取りを見ながらそう感想を述べるキユとコゥ。
あれをずっとやられたのでは、備品代だけでも結構値が張るだろう。
「…でもあれだな、あいつら調子取り戻したみてぇじゃねぇか」
ケンのその一言に皆頷く。
体育祭以降、ハヤトとミアの関係は劇的に修復した。
体育祭の翌日には例の一件が起こる以前の状態となり、まるで何事も無かったかのようである。
「何か踏ん切りがついたのかな?」
「何かあったんじゃねぇか?」
「まぁ、何かあったとしてもそれは私達が追求していい事じゃないわよ、多分」
その点に関しては皆同意見であった。
「…で、結局どうするんだよ喫茶店は」
言い出しっぺのためか、それとも気がかりでたまらないのか、ケンは場の流れをどうにか変えようとする。
「それなら大丈夫」
「あん?」
「実は私が提案しようとして出し物も喫茶店だったのよ」
「……」
そのコゥの言葉にケンは何とも言い難い苦い顔をする。
「そこで提案、どうせやるなら本格的にやらない?」
「本格的に?」
「そう、道具や衣装全部揃えて本物の喫茶店みたいにするの、それならちょっとしたコスプレ間隔で出来るし客寄せもばっちりだと思わない」
コゥのその言葉にケンの表情が変わっていく。
「…いいな、それ」
珍しく、素直に賛同するケン。
「(本格的な喫茶店、…バーテンダーになれる、バーテンダーになれるバーテンダーに…)」
彼の頭の中ではその事だけが反復していた。
実の所、バーテンダーになるというのはケンの夢であった。
最終的な目標は自分の喫茶店を持つ事であったが、その大前提としてバーテンダーになるというのが彼の夢であり目標であり憧れだったのである。
例え文化祭とは言え、例え予行演習のようなものであれ、バーテンダーになれるという事実の前にケンの心は舞い上がっていた。
余談ではあるが、彼が学園に内緒でやっているバイト先も実は喫茶店。
彼は夢を叶えるための努力を日夜行っていたのだ。
もっとも、それはどう見ても彼の柄ではないと本人が自覚しているためその事をひた隠しにしてきたのである。
「おーい、お前等はどうなんだ?」
できるだけさり気なく、自分がわくわくしている事を隠しながらそう皆に聞くケン。
「本格派喫茶店か、面白そうだし異論は無いよ」
「私もいいよー、寧ろ賛成」
「こっちも賛成」
「賛成…」
皆の賛同を得る。
「じゃあ決定ね」
コゥが黒板に詳細を記載していく。
「(…よっしゃぁ!!)」
心の中で小さくガッツポーズを取るケン。
「…じゃあ、そう言う事でいいですか、チタ先生?」
「ああ、許可証と申請書は私の方から提出しておくよ、後は好きにやりたまえ」
そう言って、さっそく書類を作り始めるチタ先生。
その辺り、この面白い事好きの担任に感謝せねばなるまい。
「さて、後は細かい事を決めましょうか、とりあえず役割分担を…」
そんなこんなで13クラスの出し物は喫茶店に決定し、次々と詳細が決まって行くのであった。
時間変わって夜、所変わってキユとミユの家。
カポーン…
場所は風呂場、今日も今日とて二人は仲良く入浴中であって。
詳しくは第1話の2時限目をご参照下さい。
「ふー、今週末には文化祭だねぇ」
「うん、そうだね…」
普段あまり喋らないミユであったが、自宅でキユと二人の時は比較的良く喋る。
「クラスの出し物も決まったし、後は準備が間に合うかどうかかぁ」
「…お姉ちゃんは大丈夫なの?」
それでも、やはりミユの口数は人に比べたら少なく、言葉足らずな事が多い。
「んー、一応新聞部としての出し物はまとまったかな、結局学園七不思議は出来なかったから体育祭特集になっちゃったけど」
そこを解る辺り、双子の成せる技としか言いようがないだろう。
「ハヤト君とケンのブロマイドとか高く売れそうだし部費を稼ぐには丁度いいかもね」
笑いながらさらっとそう言うキユ。
どうやらよからぬ商売を企んでいるようだ。
「…お姉ちゃん写真部に入れば良かったのに」
「んー、カメラも好きだけど、やっぱり私は記者になりたいんだ、だから今の内に練習しとかないとね」
どうやら彼女の場合、趣味と実績を兼ね備えた天職とも言える部活動であるらしい。
「そう言うミユだって別に料理部じゃなくても良かったでしょうに、もう十分に料理上手なんだから」
ミユの料理の腕は確かなものだった。
料理部でもトップレベルの実力である。
「うん、でも…」
「はいはい、花嫁修業の一環でしょ」
「お姉ちゃん…」
「あはは、ごめんごめん」
ミユをからかって笑うキユ。
二人のやり取りは大抵こんな感じであった。
キユが喋りミユがそれに答える。
良く喋るキユの応対をずっとしてきたため、その分ミユは人の挙動を察する事のできる技術を身に付けてきたのだろう。
「あ、ミユ、後ろお願い」
ミユに背を向け髪を束ねるキユ。
彼女達の体格は小さい。
その小さい体格の大半を覆うほどの髪、それを一人で手入れするのは大変である。
そのため、彼女達は共同して髪を洗う。
二人が未だに一緒にお風呂に入る理由の一つだ。
「でもさぁ、お嫁さんになりたいって言っても相手いないんじゃしょうがないよね、誰か気になる人とか居ないの?」
前髪を手入れしながらそう喋るキユ。
「まぁ、まずはその対人恐怖症をどうにかしないといけないか」
「うん…」
同じようにキユの後ろ髪を手入れするミユ
「大体うちのクラスの男女比が均等じゃないのがまずいのよ、おまけにハヤト君もケンもミアちゃんとコゥちゃんがいるし、また転校生でも来ないかな?」
すでにキユの中ではハヤトとミアだけでなくケンとコゥもカップリングとして扱われているらしい。
「…そうだね」
「ん…?」
ミユの反応が何時もとちょっと違った。
シャンプーが目に入らぬよう、目を閉じながら髪を洗ってるからミユの顔は見えないが、どこか違う感じがした。
「…でもまぁ、二組共なんともまだるっこしいよね、大体男連中が逃げ腰なのが悪い、何でミアちゃんやコゥちゃんみたいな女の子を邪険にするかな、男らしくないっていうか」
並みの男であればあっさりと落ちるであろうに、二人は未だに頑として自分の意志を曲げようとしない。
「二人共…」
「え?」
「二人共優しいんだよ、ミアちゃんやコゥちゃんの事ちゃんと思ってるから一歩引いてる感じがする」
「…ミユ?」
キユだから解る程の些細な違いだが、やはりミユの反応は何時もと違っている。
「ミユ、どうかしたの?」
だが、そういう事もあるだろうとあまり深く考えずに髪を洗いながら言葉を続けるキユ。
「え?」
「何か変だよ?」
「私、…変かな?」
「うーん、何ていうか…少しむきになってる気がする」
普段、感情をあまり表に出さないミユが今の会話の中ではどこか好戦的になっていた。
「…そう言えばミユってハヤト君と良く喋るよね」
「そうかな?」
「うん、普段は家族以外の人とあんなに喋ってないよ」
「…そうだね」
「……」
なんだろう、この微妙な間は。
いや、何となく、薄々キユは気づきはじめていた。
ここまで着たらそれを確認せねばなるまい。
「あー、あのさ…ミユ」
「うん?」
「間違ってたら悪いんだけど…」
「何?」
「もしかして、ミユって…ハヤト君の事好きなの?」
「…うん」
ぷぴゅ…
思わず、力一杯シャンプーの容器を握りしめてしまうキユ。
辺りに中身が飛散する。
だが、そんな事今のキユにはどうでもよかった。
「ミ、ミユ、本気…なの?」
共にこの世に生れ落ちてから約16年。
ミユが誰かの事を好きだと言ったのを始めて聞いた。
「うん…」
躊躇うことなくそう答えるミユ。
「(あっちゃー、マジっすか…)」
確かに、考えてもみれば思い当たる節が幾つかあった。
あの内気なミユが彼の前では物怖じせずに会話し、やけに積極的だった。
全て、彼の事が好きだったのならば説明がつく。
「…何時からなの?」
「合宿の時、私の料理を誉めてくれた…」
「(たったそれだけで…)」
キユは頭痛を抑えながらどうにか頭の中をフル回転させていた。
「ハヤト君は何度も助けてくれたし…」
「そりゃそうだけど…」
好きになる理由としてはあながち間違いではない。
寧ろ王道と言っても良いだろう。
だが、この場合はその相手が問題なのである。
「(よりによってハヤト君を好きになるなんて…)」
そうこうキユが悩んでいると
「お姉ちゃんはハヤト君の事好きじゃないの?」
「はぁ?」
ミユのその意外な言葉にキユは思わず間の抜けた声で返事をしてしまう。
「何でそうなるの?」
「嫌いなの?」
「あのねぇ、そりゃ嫌いじゃないけど、別に恋愛感情で好きって訳じゃ…」
ない…のか?
一瞬ハヤトの顔が浮かび
ドクン…
胸が高鳴る。
「(…あ、あれ、何、今のは、ストップ、ちょっと待った、落ち着け私、今何を考えた、それはまずい、幾ら何でもまず過ぎる)」
頭の中でレッドランプが点灯しアラートが鳴り響く。
「(そりゃ彼には度々何度も何度もドキドキさせられたけど、それは驚いただけであって別に…そう、これはようするに吊り橋効果よ、…って、それじゃ駄目じゃん)」
もはやパニックである。
「双子なんだもん、多分好きになる人だってい…」
「わー、待った待った、それ以上言わないで、大体冷静に考えなさいよ、だってハヤト君には…」
ミアちゃんがいるじゃない。
ズキッ…
「(…ああ、これ…か、さっきミユがむきになった理由は)」
胸の奥で何か苦いものがにじみ出る感覚。
じわじわとそれが心臓を鷲掴みにし、気分が悪くなるようだった。
「…はぁ、どうしよっか?」
大人しく、事実は事実として受け止めて未来を考えよう。
「私はさ、まだそれ程本気でハヤト君の事どうのこうの思ってないからいいのよ」
自己分析でそれが自覚できる。
まだ引き返せるレベル。
恋愛レベルで見れば、「仲の良い男友達から告白されたら付き合っても良い」ぐらいのレベルだ。
「でも…」
多分、ミユはそうじゃない。
悩むキユ。
それに対し
「私は…」
「え?」
ミユが口を開く。
「私はミアちゃんの事も好きだから、今のままが良いと思う」
そうする事が、多分一番良いのだろう。
そう付け加えて。
「私はハヤト君の事が好き、そう思えるだけでいい」
「それで…いいの?」
「うん…」
だが、そう言われるとどこか引っ掛かる。
「本当に?」
「うん…」
自分の半身であるミユがここまで誰かを好きになる何て事今まで一度もなかった。
それをこのまま何もせずに黙って見ていていいのか。
「んー、うーん、んんんーーーーーー!!」
「お姉ちゃん?」
「あー、もう、すっきりしない、大体ハヤト君が悪いのよ、とっととミアちゃんとラブラブしてりゃこんな事にはならなかったのに!!」
頭の中を駆け巡るどうしようもない、やり場のない感情がキユを苛立たせる。
「…あっ」
そこで原点に戻る。
「…実際、どうなのか?」
「どうって?」
「ハヤト君の気持ちよ」
実際、それが問題だ。
今の所、表立っての彼の意思が明確ではないとはいえ、少なからずあの二人の間には何か特別なものが生まれようとしている。
だが、彼はそれを隠すように表に出さない。
いや、見方を変えればあえてミアとそうなる事を避けているようにも見える。
「ハヤト君は…多分ミアちゃんの事好きだと思う」
そう言って肩を落とすミユ。
「どんなに乱暴な事しても、ハヤト君はちゃんとミアちゃんの事見てる、優しい目で…」
「ミユ…」
自分の半身はそこまで彼の事を見ていたのか。
そこまで彼の事を思っていたのか。
だと言うのに何故自分はその事に気づかなかった。
不甲斐なさが奥底から込み上げ、口の中が苦くなるようだ。
「だからいいの、私は見てるだけで…」
その答えに、キユは答える事が出来なかった。
翌、教室にて
「ハヤト君」
ミユはハヤトの前に立っていた。
文化祭も間近という事もあり、学園の至る所では生徒達による改装工事が始まっていた。
最早文化祭が終わるまで授業は無く、使用しない机や椅子、その他もろもろは次々と片付けられていっていた。
無論、13クラスとて例外ではない。
加えて、本格派喫茶店を主張する13クラスはわざわざ業務用レンタルショップに話をつけ、椅子やカウンターまでも輸入しようとするのだから、やる事は山済みである。
「何だ?」
作業の手を一旦止め、ミユの方に振り向くハヤト。
心なしか、ミユのその顔は紅葉しているように見えた。
当事者のハヤトだけでなく、全員が手を止め何事かとそちらに視線を向ける。
「付き合ってください」
ドンガラガッシャーン!!
ドリフ顔負けの崩れっぷりであった。
ある者は床へ、ある者は椅子から、ある者は黒板に。
兎に角、皆見事なコケっぷりであった。
「ちょ、ミユ!!」
いきなり何を。
そう言わんばかりに真っ先に立ち上がるキユ。
「ああ、いいよ」
あっさり了承するハヤト。
『……』
皆、目を点にする。
「文化祭の買出しだろ、ミユだけじゃ大変だもんな」
『…あぁ』
ポンッ…
と手を叩かんばかりに納得する一同。
「あー、びっくりしたー」
「さ、流石に今回はコンマ何秒か本当に心臓止ったわよ」
そう言って胸を撫で下ろすミアとキユ。
「料理部の方もあるの、本当はこの前の休みに済ませるはずだったんだけど…」
「ああ、それで連中に絡まれてたんだったっけ」
「うん…」
今思えば苦い思い出であり良い思い出である。
「解った、また何かあったら大変だもんなボディガードと荷物持ちは引き受けるよ」
快く、了承するハヤト。
「ありがとう…」
笑ってそう答えるミユ。
「それなら私もー!!」
「お前はキユと一緒に教室の飾りつけがあるだろうが」
「えー、それならハヤトだって一緒じゃん、何でハヤトが行かなきゃいけないのよー」
「材料の買出しってことは荷物持ちだ、ケンはこれから委員長と衣装を借りに行かなきゃならんし、お前やキユに力仕事は無理だろ」
「ちぇー」
「黙って準備しとけって」
ブーイングするミアを無視しながら外に出る準備をするハヤト。
「ハヤト君」
そんなハヤトにキユが話し掛ける。
「ん、何だ?」
「あー、えっと、…ミユをお願いね」
「え、ああ…?」
キユのその言葉の真意を読みきれず、ハヤトはそう曖昧な返事をする。
学園を出て、買出しのメモ用紙に目を通す。
「えっと、とりあえず業務用スーパーだな、そこで殆どが買えそうだ」
知らない人のために説明しよう。
業務用スーパーとは店舗で扱うための材料や素材を安価で大量に販売している店の事である。
通常のスーパーと比べると品がやや劣るかもしれないが、それでも材料として扱うならば何の問題もない。
中には電子レンジでチンするだけで店に並べられそうな加工品まで取り揃えている。
まさしく業務用のスーパーなのである。
業務用と連呼しているが個人で購入する際にもとっても有益。
何と言っても安く多くが売りだ。
これで家計も大助かり。
行った事が無い方は一度足を運ぶ事をお勧めします。
「実は俺も結構利用してるんだ」
「私も…」
「へぇ、やっぱり家でもミユが料理担当なのか?」
「うん…」
まだ日中のため人通りが少ない。
学生と言う身分を考えるならば、こうやって日中堂々と外を歩くというのはなかなか優越感を感じる。
まぁ、制服である事を除けばではあるが。
「あれ、じゃあ金銭とかの管理もミユが?」
買出しは家計に直結する。
それらを一手に引き受けているという事は彼女が家計を管理するという意味にもなる。
「うん、お父さんもお母さんも共働きで家にあんまり居ないから…」
「ふーん、まぁ、その点で言えばキユはあんまり当てにならないか」
どちらかと言えばキユは浪費家であろう。
彼女がこの会話を聞いていれば猛反発しただろう。
「ハヤト君は…」
「え?」
「家ではどんな暮らししてるの?」
「んー、どんな暮らしか」
今まで散々それを探ろうとした二人組がいたが、面と向かって聞かれたのは初めてかもしれない。
「俺は部活に入ってないから平日は家に帰ってまず炊事洗濯だな、あれこれやってたら夜だからそこから寝るまでの間は本を読んでる、休みの日は大抵昼前まで寝て起きたら買い物に出る、休みでもないと買出しにも出れないからな、それで業務スーパーに来るんだ」
「何か趣味とか無いの?」
「主に読書、ああ、後は紅茶を少々」
「紅茶?」
「唯一の趣味ってとこかな、これでもちょっとはうるさいんだぜ」
「珍しいね」
確かに、ハヤトがそういう何かにこだわる話をするのは珍しい。
だが、それよりもこうやって自分の事を喋る彼の姿の方が非常に珍しかった。
「そうかな、…そうだ、今度家来て呑んでみるか?」
「え?」
「料理上手のミユの意見が是非聞きたい、…あ、もしかして紅茶は嫌いかな?」
「ううん、好きだよ」
「良かった」
そう笑い返すハヤト。
「…え、家?」
「ん?」
「ハ、ハヤト君の家に行くの?」
見る見る慌てふためいていくミユ。
「え、そりゃ紅茶入れる機器が結構嵩張るから学園には…あ、そっか、そうだよな、流石にまずいか」
しまったと言った顔をするハヤト。
「悪い悪い、一人暮らしの男の部屋に来るなんて駄目だよな、ミアの奴が良く来るんでちょっと感覚ずれてた」
ミユの反応の方が正常なのである。
だが、ハヤトのその言葉を聞いたミユは
「…ミアちゃん、良くハヤト君の家に行くの?」
先程の慌てふためきはどこへ、一転して冷静さを取り戻していた。
「呼びもしないのにね、おまけに土日の午前に押しかけてくるから安眠妨害で迷惑この上ない」
迷惑そうにそう言うハヤト。
だが、その顔は笑っている。
「……」
複雑な表情をするミユ。
「どうかした?」
「ううん、何でもない」
「そう…?」
そうこう会話をしているうちに目的地についてしまったため、二人の会話は有耶無耶の内に終わってしまう。
「ぜぇぜぇ…」
ドッサリ…
そのような効果音が聞こえそうな程、ハヤトの両腕には荷物が下げられていた。
「はぁはぁ…」
量は格段に減るものの、同じようにミユの両腕にも沢山の荷物が下げられていた。
「二度手間が嫌だったから一度で済ませようと思ったけど…」
ハヤトは結構面倒くさがりやだ。
一度で済ませられる事は多少無理でも済ませようとする。
「ちょ、ちょーっと無理があったかな」
「う、うん…」
買出しメモにかかれている品は業務用スーパーに全てあった。
見落としていたのはその量。
クラスの分と料理部の分、双方合わせるとかなりの量となっていたのである。
それらを持って学園に戻ろうとしていたのだが、その重さが今となって響いてきていた。
二人共、秋も終わろうという次期なのに額に汗を流している。
「す、少し、休憩していこうか」
「うん…」
懸命な判断である。
学園の少し手前の公園。
そこに二人は一時的に非難し、ベンチに座って体力を回復させていた。
「ほい…」
近くの自販機にて購入した飲み物をミユに手渡すハヤト。
「ありがとう…」
受け取った缶が冷たい。
運動直後のほてった体にはそれが心地よかった。
「日が落ちる前に学園にたどり着かないとなぁ」
間もなく日が落ちる。
おそらくミア達はハヤト達が戻ってくるまでは帰らないだろう。
文化祭前なので門限は大目に見てもらえるだろうが、夜遅くに女の子を帰宅させるのは心苦しい。
「…ハヤト君」
「ん?」
「ちょっと、聞いてもいいかな?」
「何を?」
「ハヤト君はどうして私と喋ってくれるの?」
「え?」
質問の意味する所がハヤトには解らなかった。
「私、無口で臆病だから、…その内、みんなお姉ちゃんと話すようになって…」
おそらく、会話の得意でないミユが誰かと喋って困った時、キユが守るように代わりに喋っていたのだろう。
そんな節が今まで確かに何度もあった。
瓜二つの双子故に、二人は一組として見られ、どちらか片方ではなく、二人に向かって話し掛けられる事が多かった。
その度に、キユが受け答えをする。
その果てが、今の状況なのだろう。
皆、キユに話し掛けその答えを待つ。
もしかしたら、ミユはそんなキユにコンプレックスのようなものを感じているのかもしれない。
「こんなにお姉ちゃん以外の人と喋ったの、久しぶり…」
「その言い分だと、昔はミユも普通に喋れてたんだ」
「…うん」
そう言われてミユは思い出す。
何時の頃だろう。
人と向き合って喋れなくなったのは。
無理に喋ろうとすればする程喋れない。
昔は下手なりに何とか喋ろうとしていたはずなのに。
何時の間にか人の反応が気になって、喋るのではなく黙り込むようになった。
「別に、いいんじゃないかな」
「え?」
「人と話すのが苦手な人なんて世の中に沢山いる、言葉が喋れない人だっている、そのせいで人付き合いが悪くなる事もあるだろうけど、それは個性であって決して一方的に非難される事じゃない」
まるで心を読まれたかのように。
「何を考えて何を思うか、大切なのはその人の意思なんだ、話せなくても堂々としてればいいんだよ」
ハヤトはミユの疑問に答えていく。
「っと、始めの質問にまだ答えてなかったな」
ハヤトは思い出したかのように最初の質問に戻る。
「何で俺がミユと喋るのか、それは…俺がミユと喋りたかったからだよ」
まるで子供の屁理屈のような論理。
「ミユが黙ってたっていいんだ、俺がミユと喋りたかった、だから無理に喋らなくてもいい、大切なのはミユがどう思っているかなんだから」
でも、得てしてそれこそが正論。
「それに俺も自分の事をこんなに喋るのは久しぶりなんだ」
そんな風に笑って答えるハヤト。
「ハヤト君…」
「ん?」
自分が悩んでいた答えを教えられ、自分が望んでいた答えを言われ、自分が…言って欲しかった事を言って貰え。
ミユの思考は真っ白になっていた。
何を考えるでもなく真っ白に。
「あの、私…」
口が、自然に動く。
「私、ハヤト君の事が…」
今なら言える。
今まで言えなかった事が。
今まで言いたかった事が。
自然に…言える。
「ハヤト君の事が、好きです…」
沈み行く夕日が辺りを照らす中。
兎人の少女は確かにそう言った。
全ての思いを込めて…。




