七時限目『獣耳学園 VS 百獣学園』
~ 七時限目『獣耳学園 VS 百獣学園』 ~
パーンッ!!
獣耳学園の校庭にその大きな銃砲の音が鳴り響く。
皆、その音を聞き大きな声を上げ、騒ぎ出す。
「なぁ、ハヤト」
「何だよ、ケン」
「なーんでこうなったんだろな?」
「俺に聞くな、校長に聞け」
ハヤトとケンはその校庭に並べられた椅子に座りながらそんな会話を交わしていた。
時は午前10時、場所は私立獣耳学園の校庭、その校庭を二分しグラウンドを取り囲むように二つの勢力が向き合って座っていた。
獣耳学園と百獣学園。
そう、先のチタ先生の言葉通り、今二つの学園は合同体育祭を行っていたのである。
もっとも、それはただの名目、真の目的は二つの学園の影で行われている争いに終止符を打つ事であった。
「しかし、スポーツで決着をつけるって所が何とも半年前を思い出させるな」
「これでお前と敵同士ならあの時の決着がつけれるんだがなぁ」
「…お前、まだ根に持ってたのか」
校長が百獣学園にこの提案をしたのにはちゃんと意味があった。
例の傷害事件の根本は百獣学園の生徒が一方的に危害を加えられたという一点で立件されていた。
そこで校長はこう控訴した「我が学園の生徒は百獣学園の軟弱な生徒などでは相手にならんと言う事だ」、この発言に百獣学園は激怒、ならばそれを証明してみせろという話の流れになり、獣耳学園対百獣学園の図式が出来上がったのである。
その勝負方法がスポーツになったのは仕方が無い事で、公にしないために合同体育祭という形になったのはある意味自然であったかもしれない。
「ようはこの勝負に俺達が勝てば無罪が証明されると言う訳か?」
「ああ」
「でもよ、こっちが勝っても公じゃないって事は後で幾らでも難癖つけれるんじゃねぇか?」
「あの校長の事だ、その辺りは多分抜かりないだろう」
ケンの言った事は獣耳学園にも当てはまる、現状ではこっちが負けても後で幾らでも難癖をつけれる。
おそらく、そういった事態を回避するために裏でその手の書類のやり取りがされているはず。
「…で、実際の所、百獣学園の連中は強いのか?」
まだ始まったばかりなので先方の実力が窺い知れない。
「強いだろうな、国が態々優れた知能と肉体を持った連中を集めて作った学園だ、弱い訳が無い」
「優れた知能と肉体ねぇ」
ケンはそう言って笑う。
大方、例の狼人の三人を思い出していたのだろう。
「見た感じそうは見えなかったがなぁ」
「優れた知能を持っていてもそれは頭が良い事には直結しない、もっと具体的にいうならテストで満点を取れる奴の人格が必ずしも聖人君主ではないと言う事だ、知性と理性は同等のものではないし、健全な肉体を持つ者に必ずしも健全な精神が宿るとも限らない、天才と何たらは紙一重、書類上だけでその辺りを論議するのはまさに机上の空論と言えるだろう」
「…なるほど」
ケンは納得と言った表情でハヤトの方を見ながら頷く。
「…ところでハヤト」
「何だ?」
「お前、何かあったのか?」
ケンのその一言にハヤトは意表を付かれたような驚きの表情を見せる。
「…何でそう思う?」
「口数がやたらと多い、お前がそうやって良く喋る時は大抵感情が高ぶっている時だ…と俺は判断している」
「…なるほど、以後気をつけよう」
言われてみればとハヤトは自分の一面を教えられた気分であった。
「…で、何があった」
「あー、うん」
「まぁ、言いたくなければ言わなくてもいいぜ、病人を追い詰めてまた倒れでもされたらたまったもんじゃないからな」
「はぁ、誰が病人だよ」
ハヤトは一回だけ深い溜息をつき口を開く。
今朝。
ハヤトは何時ものように起床し、何時ものように身支度を整え、何時ものように学園に向かおうとしていた。
そんな時。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴らされる。
「?」
クエンチョンマークを頭に浮かべるハヤト。
こんな時間に家を訪ねてくる来訪者に心当たりが無かったからだ。
「はい?」
ガチャ…
扉を開き、そう声を出すハヤト。
「おはよう」
そこに立っていたのは猫人の少女、ミアだった。
彼女はハヤトの姿を確認するとそう挨拶をしてくる。
「…おはよう」
一呼吸遅れてハヤトもそう返事を返す。
『……』
微妙に会話と会話の間に沈黙が生まれる。
その空間に耐え切れなくなったのか
「…あー、もう、埒があかない!!」
ミアがそう大きな声を出して立ち上がる。
「ハヤト!!」
「な、何だ?」
その豹変振りに戸惑うハヤト。
「今日は勝とうね!!」
彼女が言っているのはおそらく体育祭の事だろう。
「絶対に勝とうね!!」
「あ、ああ…」
いきなりそう言われたら誰でも返答に困るだろう。
「絶対だよ!!」
「解った、解ったってば」
ミアのその強引過ぎる言葉の連打にハヤトはそう了承するしかなかった。
「うん、絶対だからね」
それだけ言ってミアはハヤトの前を立ち去っていく。
「な、何だったんだ?」
その後姿をハヤトは呆然と見送るしか出来なかった。
「一体何がしたかったんだよ、あいつは…」
そこまで話、ぼやくようにうな垂れるハヤト。
「…何かけじめがつけたかったんじゃねぇのか」
「けじめ?」
「ここ一週間、お前等まともに会話してなかっただろ」
「…ああ」
獣耳学園が百獣学園と全面戦争に突入したあの日以降、ハヤトとミアの関係は微妙に気まずいままだった。
別にいがみ合うわけでもなく敵対している訳でもなかったが、以前に比べて互いに口数が少なくなり、まさしく微妙な距離が続いていた。
幸か不幸か、この一週間は合同体育祭の準備で殆ど授業が無かった。
それ故に問題が表面化する事も無かったのだが、今朝の一件で再び何かが浮き彫りになってきた。
「このままじゃまずいってお前だって解ってるだろ」
「…ああ」
この体育祭に勝てば学園は無罪、今まで同様に学園に通う事となるだろう。
そうなるとミアとは毎日のように顔を合わせなくてはならない。
正直こんな状態がずっと続くというのはあまり想像したくない状況だ。
「だったら、この体育祭に勝って心機一転しようって考えるのは、別段おかしい事じゃないはずだ」
「そうだな」
ケンの言う事は正しい。
確かにそういう事なら今朝のミアの言動も納得がいく。
「お前も少しは素直になれ、何がブレーキになってんのかは知らねぇが、もう少し気楽に生きてもいいじゃねぇか」
「…ケン」
「何だ?」
「お前さ、自称不良とか言ってる割には結構人の事見てるんだな」
ハヤトは関心したように少し笑いながらそう言う。
「悪いかよ?」
ケンは少しむすっとした顔をするが
「いや、何ていうか…すごく良い奴だなって思って」
「なっ…」
その言葉に対しケンはしまったと言った表情を浮かべる。
まさしく自称不良のケンにとってこれは不覚であった。
その後ケンは照れ隠しかしらないがハヤトにヘッドロックをかましたりと体育祭そっちのけでプロレスを始める。
そんなハヤトとケンの二人を遠巻きに見ている兎人と牛人がいた。
パシャ…
シャッター音が小さく鳴る。
「…良い絵ね」
ニヤっと笑いながらカメラを構える兎人。
「…良い絵だわ」
同じくニヤっと笑いながらそう息を呑む牛人。
「体操服で絡み合う男と男」
「その姿はまるでじゃれあう子犬のよう」
二人共うっとりとした表情でハヤトとケンを見ている。
「こういうのを集めて文化祭に出せば結構お客取れそうだよね」
その手に持っているカメラを見ながら兎人、キユがそう言う。
「いいわね、いっそ本でも作っちゃいましょうか」
対して牛人、コゥがそう返事を返す。
「コゥちゃんも悪よねぇ、彼氏をそんな事に使ってもいいの?」
「んー、まだ彼氏って段階には踏み込んでないわ、それにケンはね、あのちょっと困った顔がすっごく可愛いのよ」
身をくねらせながら何かを感じているコゥ。
「…コゥちゃんってサド?」
そんなコゥにそうツッコミを入れるキユであったが、当の本人は何を思い浮かべているのか、少しばかり精神があっちの世界に飛んでいってしまっているようだ。
13クラスのそんなやり取りがされていようがいまいが、体育祭は順調に進行していっていた。
そして競技は徒競争、100m走である。
「(…勝つ、絶対に負ける訳にはいかない)」
ミアは万感の思いを胸にスタートラインに立っていた。
進行係の合図に従いクラウチングスタートの構えをとる。
グッ…
今か今かとその力を解放する時を待ちわびながら、踏ん張る足に力が入る。
…パァン!!
大きなその音と共に、持ち前のしなやかで力強い足が地面を蹴る。
大地を蹴る度にその体は加速し、決して衰える事はなかった。
「(今日だけは絶対に…勝つ!!)」
パァン!!
文句無しの一着。
2位との差が数秒空いている時点でぶっちぎりと言って差し支えないだろう。
「はぁはぁ…」
最後の走者がゴールラインを潜り抜け、点の集計が始まる。
「ミユちゃん大丈夫?」
「はぁはぁ、な、なんと…はぁはぁ、か…」
まさに息絶え絶え、喋るどころか立ってるのすら辛そうだ。
「そんなに必死に走らなくてもいいのに」
人の事は言えないとは良く言うが、人がそういう姿勢でいると思わず言ってしまう台詞である。
「だって…」
未だ乱れる呼吸の最中でミユはそう声を漏らす。
「ほらほら、早く戻って水分補給しよ」
正直、ミアはミユの言葉があまり良く聞き取れなかった。
その声がはっきり聞こえていたらミアはきっと驚いていただろう。
あのミユが必死になって走り、自分の意思を主張し、ミアの言葉に異を唱え様としたのだから。
「流石に速いな」
「ミアは名実共にこの学園のトップだからな」
ミアの走りを見ながら二人がそう会話をしていると
ザッ…
「ん?」
二人の後ろに誰かが立つ。
「よぉ、久しぶり…」
見れば狼人が三人、そこに立っていた。
「忘れたとは言わせねぇぞ」
その声には明らかな敵意が含まれていた。
「…どちら様でしょうか?」
それに対し、ハヤトはそう返事を返す。
「てめぇ!!」
「何故怒る、俺は忘れたとは言ってないが?」
売り言葉に買い言葉、ハヤトがわざと相手を煽る言葉を言っているのは明白だった。
「相変わらずふざけた野郎だ」
「一人じゃ勝てないから三人で襲い掛かって、三人じゃ勝てないから学園を巻き込んだりする連中よりは、よっぽど真面目で誠実な人間だと思っているが?」
「言わせておけば!!」
ガッ!!
狼人の一人が近くの椅子を蹴り飛ばす。
「ここで白黒はっきりつけてやってもいいんだぜ!!」
威嚇と挑発を兼ね備えた実に不良らしい言動。
並みの神経の持ち主であれば回避策を考え実行する所だが
「……」
今のハヤトを相手にしたと言う事は、非常に運が悪かったと言えよう。
「さっきから聞いてれば勝手な事ばかり言いやがって…貴様らのせいでこんな大事になったという自覚がないのか」
一変して、ハヤトの雰囲気が変わる。
「白黒はっきりだと、いいぜ、路地裏でこそこそやるなんて甘かった、この場ではっきりとつけてやろう、…ただし、今度は死を覚悟しろ」
『ぅ…』
そのハヤトの言い知れぬ迫力に気圧される狼人の三人。
言葉には力がある。
強さ、重さ、大きさ。
その微妙な変化で言葉に関わらず自分の意志を相手に伝える事も可能だといわれている。
今まさに、ハヤトが狼人の三人にぶつけたのは溜まりに溜まった鬱憤と怒りであった。
「どうした…かかってこいよ」
三人は過去にハヤトにやられているため、その実力の程を知っている。
そのため、即座に警戒態勢を取る三人。
まさに、一瞬即発の状況であった。
「そこまで!!」
その状況を回避させたのは、どこからともなく現れたチタ先生の制止の言葉だった。
「双方共に言い分があるのは仕方が無い、だがここがどういう場所かをもっと良く考えて欲しい」
確かに、何時の間にか生徒達が周りを取り囲み息を飲んで事の成り行きを見ていた。
「今回の合同体育祭は双方の言い分を解決するために開かれた、その当事者達がこの場で好き勝手やってしまっては困るだろ」
ここは公的な場であり、当事者である彼等が一度でも争えば、事は想像もつかないほど大事になってしまうだろう。
「言いたい事があれば手を出さずに口で言いたまえ、口で言えないのなら競技で白黒はっきりつければいい」
正論である。
そのための合同体育祭なのだ。
「ち…」
それが狼人三人が去り際に言い残した言葉であった。
「やれやれ…」
その三人の後ろ姿を見ながらチタ先生はそう溜息をつく。
「チタ先生…」
「ハヤト君、気持ちは解るが軽はずみな行動は駄目だよ」
「…はい」
ハヤトはそう言って反省する。
一時の感情によって大局を見誤るなど、愚か者のする事。
そのために、自分が何故ここにいるのかを肝に銘じなければならなかった。
「ただいまー、…あれ?」
ミアのそんな声が緊張した場に響く。
「…どうしたの?」
事の成り行きを知らない彼女がそう尋ねるのは無理も無い。
一方、解放された校門を潜り抜ける一人の女性がいた。
秋を感じさせる軽やかな服、まるでピクニックに持っていくようなバスケットをその手に持ち。
「ふーん、嫌な感じの連中だね」
「…ああ」
ミアの言葉にハヤトはそう小さく言葉を返す。
「ハヤトー、ちょっと暗いよ?」
「俺には明るいお前の方が不思議だ」
そう言って頭を抱え込むハヤト。
今朝の一件以来、ミアの雰囲気の変化は明らかで、それはハヤトを混乱させるのに十分だった。
「何時までも落ち込んでたって意味無いもん、明るい日と書いて明日と読む、前向きな姿勢が大事だよ」
「…まぁ、確かに」
彼女のそういう所は見習うべきである。
…とは言ったものの、それを即実行できる者などそうそういない。
頭の中では理解していても、ハヤトにはまだその辺りに対する踏ん切りがついていなかった。
「何はともあれ、ミアちゃんお疲れー」
コゥがミアにそう言いながらスポーツドリンクを手渡す、見ればミユも同じようにキユから飲み物を受け取っている。
「いやぁ、やっぱ100mと200mを立て続けに走るってきついね」
「それでも両方共1位とるんだからたいしたもんだぜ」
「おー、珍しくケンからお褒めのお言葉が」
「俺だって褒める時は誉めるさ」
ケンはそう言って立ち上がり、鉢巻を締めなおす。
「さーて、次は俺の400m走だな」
「ケン、頑張ってー」
「おう」
コゥのその言葉に素直に返事を返すケンだが
「勝ったら何かご褒美上げようか?」
「…勘弁してくれ」
一転して苦悩の表情を見せるケン。
コゥに言わせて見ればこれがいいのだとか。
そのみんなのやり取りを見ながらハヤトは少し笑っていた。
何を思っていたのかは解らなかったが、兎に角笑っていた。
その時のハヤトはとても良い表情していた。
だが
「ハーくーん」
ピキ…
一瞬にしてその表情が凍りつく。
バッ!!
凄まじく速い動作でほふく体勢に入り、椅子の下に移動する。
「…あら、見間違えたのかしら?」
声からワンテンポ遅れて一人の女性が姿を現す。
ハヤトの姉にして48の殺人技と52の関節技をマスターした女、アイである。
「お、お姉様!!」
「あ、ミアちゃんこんにちはー」
突然の乱入者に13クラスの面々はリアクションに困っていた。
話は聞き及んでいたが、この場で面識があるのはミアただ一人。
なまじ話だけ聞いていたからこそ、リアクションに困ったのかもしれない。
「どうしてここに?」
「合同体育祭だって聞いてハー君の応援しにきたのよ」
なるほど、親族が応援に来るのは別段おかしな事では無い。
「それで競技の前に一声かけようかなーって思ったんだけど、すれ違ったかしら?」
今貴方の後ろをほふくしながら移動しています。
…とは流石に誰も言えなかった。
「まぁ、仕方ないわね、じゃあ悪いんだけどミアちゃん、これハー君に渡してあげといてくれないかな」
「…これ、何ですか?」
ミアはアイよりそのバスケットを受け取り、中身を聞く。
「体育祭なんだからお弁当に決まってるじゃない」
ピキッ…
思わず、バスケットを落としそうになるが死守する。
「あ、あはは…、了解です、ハヤトに渡しておきます」
「そう、じゃあお願いね、私はちょっと知り合いに挨拶してくるから、また来るってハー君に言っといてちょうだい」
「はい…」
アイは一度手を振った後その場を立ち去っていく。
「…だってさ、ハヤト」
「…俺に死ねと?」
そのバスケットがハヤトにはパンドラの箱に見えたそうな。
「えっと、次は二人三脚か」
事前に配られているプログラムを見ながら、ミアがそう声を上げる。
「確かハヤトとケンが出るんだったよね」
「ええ」
女子の部が一息ついたため、休憩を兼ねて椅子に座る13クラスの女子四人。
「ベストショットが狙えそうね」
キラン…
キユの手にもたれているカメラのレンズが光ると同時に彼女の目も光ったかのように見えた。
「前から思ってたんだけど、キユちゃんってデジカメ使わないの?」
キユが持っているのは現在ではアナログとも言われるフィルム式のレンズ脱着カメラ。
「んー、デジカメも持ってるよ」
そう言って彼女は肩から下げているカメラバッグから小さなデジカメを取り出す。
「でも、デジカメって便利なんだけど何かしっくりこないのよねぇ、何ていうかこう、手ごたえが無いというか」
「手ごたえ?」
「うん、フィルム式のカメラとかってスイッチを押すたびにカチっとかカチャって音とカメラが動く時の振動があるでしょ、何ていうかそういうのって自分の手で撮ったーって感じがするの、私そういうの大好きなんだ、もちろん技術次第でデジカメより綺麗にとれる所なんかも魅力の一つ」
「キユちゃんカメラ好きだねぇ」
「ノンノン、私は写真を撮るのが好きなの」
なるほど、と皆頷く。
「…なぁ、ハヤト、一つ疑問に思ってる事があるんだが」
地面に屈み込み、足を紐で縛っているハヤトにケンがそう声をかける。
「何だ?」
「何で俺とお前が組まなきゃならんのだ?」
二人三脚とは二人のリズムを一致させ、その速度を競う事が目的の競技である。
リズムが狂えば走る事はおろか、歩く事すらもできなくなってしまう。
通常、この手の競技の場合は同じ種族同士が組む事が多い。
基本的に同じ種族の者であればリズムや気性が合いやすく、二人のシンクロ率が上昇するからだ。
それを考えるならばハヤトとケンが組むというのはミスチョイスではないかと思われた。
「チタ先生のご推薦だそうだ」
「何だかなぁ…、それで、どうする?」
「どうするって?」
「何か掛け声とか決め手歩調を合せた方がいいだろ」
二人三脚においては良く取られる戦法である。
「いや、別にいいだろ、面倒だしリズムが合わなかったら一緒だ」
「そりゃそうだが…」
そんなんで大丈夫かとケンが聞き返そうとするが
「ケン、全速力の8割ぐらいの速度で走れるか?」
「はぁ?」
「だから、お前が全力で走る時の8割ぐらいの速さに走りを速度調整できるかって聞いてるんだよ」
「…まぁ、出来ない事もないが」
「よし、じゃあそれぐらいで走ってくれ」
「何でそんな事、大体そんなんじゃ勝てないんじゃねぇか?」
「大丈夫、二人三脚ってのは二人の速度とリズムが一致しないとタイムが出ない、必ずしも二人の最高速度から平均タイムを出せるってわけじゃないんだ、どちらか片方の最高速度に必ず限界が生じるから最高速度の底辺の方に合わせる方がいい、二人の最高速度が近ければ近いほどタイムが出やすくなるからな、そしてリズムが一致していればしている程最高速度が高まる、単純に式にするならば算出された最高速度のリズムのシンクロ率が減算されるといった感じの式になる」
「は?」
いきなりの理論説明にケンは一瞬ついていけなかった。
「つまり、ケンは俺より足が速いんだから俺の速度に合わせてくれって言ってるんだよ、後は俺がケンのリズムに合わせるから」
「…つまりのつまり、俺は最高速度の8割ぐらいの速度で走っとけばいいってことか?」
「ああ」
「それならそうと…」
「ちゃんと説明しないとすぐに聞き返してくるだろ、お前」
「…まぁ、そうだけどよ」
何か腑に落ちねぇな。
といった表情をするものの、すぐに競技が始まってしまったため愚痴を言う暇もなかった。
結果は言わずと知れたハヤト&ケン組の圧勝。
以前より人気の高い13クラスの面々の勝利に獣耳学園側の応援は一層高まる。
一方、校長室では。
「…ふん」
その歓声を面白くなさそうに聞いている男がいた。
スーツを着ていても解る筋肉質の肉体、黄金を思わせるような金色の髪、そして獲物を見るかのような鋭い目。
まさに百獣の王を思わせる姿だった。
獅子人族、虎人族に並ぶ数は少ないがこの世界で最も優れた種族の一つである。
「また、ワシの生徒が勝ったようだな、ルドルフよ」
その男、ルドルフに校長が声をかける。
どうやら彼こそ百獣学園の長、校長であるようだ。
「あれが、わざわざ高い金を払って買ったという人族か…確かに大した性能だ」
「ルドルフ、言葉が過ぎるぞ…」
校長はルドルフの言葉に対し、溜息を漏らすようにそう口を開く。
互いに睨みあう二人。
大型肉食獣最強と誉れ高い金色と白銀の獣が今にも死闘を繰り広げそうな印象だ。
「どう言葉を取り繕った所で、お前が金を出した事に変わりは無い、それはすなわち買うと言う事だ」
「…はぁ、ルドルフ、お前は変わらんな」
校長は一度深い溜息をついてそう言葉を続ける。
「その何事も誤魔化さない一本気な所は昔のままだ」
「ジークフリート、お前が変わり過ぎたんだ」
ルドルフは校長の、ジークフリートの言葉を真っ向からつき返す。
「何故こんな学園を作った、各国を敵に回してまでお前は何をしようとしている?」
「無論、新しい時代のためだ」
ルドルフの問いに校長はそう答え返す。
「ならどうして各国と共にプロジェクトに参加しない、目指す物が同じならば皆で成し遂げた方が良いはずだ、今からでも遅くはない、俺達の所へ来い、プロジェクトの傘下に加わりこの学園を公立として申請すれば…」
「ルドルフ、今のプロジェクトでは駄目なのだ」
「何?」
「お前の百獣学園を見てみろ」
学園祭はまだ中盤、それなのに百獣学園には明らかな士気の衰えが見え始めていた。
応援の声はまばら、競技に至っても協力体制がまるでとれていなかった。
「功を焦り、自分が上に立とうと弱い者を突き落とし這い上がる、同じ学園の者であるにも関わらず協力すらしようとしない、あれがお前達の目指す物の姿か?」
「プロジェクトが始動してまだ半年も経っていない、その成果が見られるのには時間がかかる、このプロジェクトは長期を見越して構想されているんだ」
「今のままでは何時まで経っても変わらんと言っているのだ」
校長はそう言ってルドルフを一睨みする。
「新しい時代を作るというのに国だの人種だのと言っていては駄目なのだ、この合同体育祭がそれを証明している」
今回、両学園が対立すると言う形で競技が進行しているため、少なからず選手の選定が全体の勝敗に関わってくる。
百獣学園は比較的身体能力の優れた者を全面に押し出してきているが、それに対して獣耳学園はうまく長所を使い分け、体力の消費すらも考慮にいれ均等になるように選手を選んでいる。
無論、全員参加を前提としてだ。
如何に優れた者でもその体力は無限ではない。
そういった側面から百獣学園は獣耳学園に押されていた。
「違う、それは俺の学園がお前の学園より劣っているせいだ」
「お前達の言うエリートばかりを選定して作られた学園がか?」
「く…」
「最早子供の言い争いだ、結果はすぐに出る、その時にまた話をしよう」
「…解った、ここは潔く引き下がろう」
そう言い残し、ルドルフは部屋から立ち去る。
一見して負け惜しみを言って立ち去ったようだが、この場でこれ以上の論議すればルドルフの立場は弱くなる一方だっただろう、それを考えるならば彼のその去り際は実に見事であった。
彼もまた、学園という群れを率いる長なのだ。
「ふぅ…」
そんなルドルフが去る様を見送り、校長が一息ついていると
コンコン…
壁を叩く音が屋内に響く。
「お疲れ様ー、お休みの所いいかしら?」
見れば、部屋の一角に一人の女性が立っていた。
「アイ!?」
アイはにこやかに笑いながら校長の元へ近づいていく。
「お久しぶり、ジーク」
気軽に、校長の名をそう呼ぶアイ。
「驚いた、何時からそこに?」
「んー、ルドルフがお金がどうこう言ってた辺りかしら、二人共会話に熱中してたみたいだから気づかなかったのね」
「良く言うな、何時も思うのだが、どうやったら音を立てずに扉を開け、部屋の中に入ってこれるんだ?」
「それは企業秘密って事で」
アイはニコッと笑ってそう答える。
「やれやれ…」
校長はそんなアイの顔を見てそう声を漏らす。
「それにしても久しぶりだ、何年振りかな、君と会うのは」
「ざっと五年ぐらいかしら、それにしてもルドルフと対立してるって話本当だったのね、噂には聞いてたけど…」
ルドルフはすでに居ないが、アイはルドルフが出て行った扉を見る。
「ここ半年程奴とはあんな感じだ、余程ワシがプロジェクトに参加しなかったのが不満らしい」
「二人共あんなに仲がよかったのに、それに喧嘩するなら自分達だけですればいいじゃない」
「大人になるとそうもいかんようになってな」
そう答えて校長は少し笑う。
それは、何時もの笑い方と少し違っていた。
少しだけ、気を許した笑い方をしていた。
「それで、今日は弟君の応援かね?」
「ええ、何か面白い事になってるみたいね」
「彼から聞いたのか?」
「いいえ、そんな気がしただけ」
「姉弟揃って食えないな」
校長のそんな声を聞きながら、アイは窓から外を見る。
「…ジーク」
「何だ?」
「あの子の事、礼を言っておくわね、ありがとう」
アイの見つめる先には、丁度競技を終えて13クラスの所へ戻っていくハヤトの姿があった。
…笑っている。
「あの子がまたあんな顔して過ごせる何て思ってもいなかった、色々あるみたいだけど、本当に…感謝してるわ」
アイはそう微笑み、校長に感謝の言葉を言う。
「でも、どうしてあの子を?」
「君とまた会うために…などと言ったら君は笑うかね?」
校長はアイの言葉にそう答える。
「じゃああの子は私へのプレゼント代り?」
アイはその答えを聞いてまた笑う。
「随分と高いプレゼント代になったんじゃない?」
「この学園を設立するよりは安かった、それに…」
「それに?」
「愛はお金じゃ買えんだろ」
校長の言葉に、今度はキョトンとするアイ。
「アイと会いと愛をかけてるの?」
「…まぁな」
「ふふ、嬉しいわジーク、まだ私にそんな事言ってくれるのね」
アイは再び笑うが
「茶化さんでくれ」
「…ごめんなさい」
校長のその一言に対し、アイは真面目な顔でそう答える。
「何度も何度も、貴方はそう言ってくれる、すごく嬉しいわ、私もそれに答えたい、でも…ごめんなさい」
「そうか…」
校長は短くそう感想を言う。
実に、寂しげな表情で…。




