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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第03話「燃えろ、獣耳学園」
29/80

五時限目『好きな人』

 ~ 五時限目『好きな人』 ~


「家宅捜索とはいっても…」

 キユとの通信が途絶した後、ミアは部屋の中央に立ち、悩みこんでいた。

 家宅捜索、検察官・警察官などが、職権に基づいて、刑事事件の犯人や証拠物件をその住居に入って捜し求めること。

 まぁ、有名な検索サイトの辞書機能でその文字を調べるとそんな答えが返ってくる。

 どう言葉を取り繕っても家の中を調べますと言った事に変わりはない。

 さて、では何故ミアが悩んでいるのか、それは…

「…探せるような場所が無いんですけど」

 ハヤトの部屋があまりにも閑散としているからだ。

 片付いているというよりは何もないと言った方が良いだろう。

 1LDKの小さなアパート、リビングにはテレビとテーブル、奥の和室には小さな洋服タンスしかない。

 念のため押し入れも確認したが、中には布団しか入っておらず和室だけ見たらまるで囚人の部屋のようでもあった。

「でも調味料とか食器がきっちり揃えられてるあたりがハヤトらしいなぁ」

 そんな中で唯一キッチンだけは品揃えが豊富であった。

 キッチンには食器棚があり、そこには一人分以上の食器が綺麗に治められ、料理に使うであろう調味料等も充実しており、見た事の無いような物まで揃えられている。

 おそらく自分用ではなく、客人が来た際に礼儀を尽くすためであろう。

「トイレやお風呂場もキレイにしてるし、ハヤトって良いお婿さんになれそぉ、お嫁さんは大助かりだね」

 関心半分夢見半分でうっとりとしながらそう言うミア。

 無論、その言葉は「自分の」という前提での話である事は言うまでも無い。

「…と、いけないいけない、今はそんな場合じゃなかった」

 流石に今回は状況をわきまえているらしく、ミアは首を振ってその妄想を取り払う。

「んーっと、まずはハヤトの言ってた鍵の場所を確認しようかな、何かあった時必要だろうし」

 ミアはそう言って食器棚を開いて調べていく。

「お、発見」

 棚の一番上の段を開くと確かに鍵が置いてあった。

「…あれ?」

 そこでミアに疑問が生じる事となる。

 何故なら、鍵が2つあったからだ。

「(当然、ハヤトは鍵を持って出て行ったはずだよね、だったら何で2つもあるんだろ、予備に置いとくんだったら1つでもいいはずだけど?)」

 そもそも予備の鍵を用意してない人だって世の中にはいよう。

 この手のアパートであれば合鍵は大家さんが管理している場合だってあるのだ。

「(ハヤトは用心深いから1つは予備だとしても、このもう1つの方は…)」

 考えられるのはただ一つ。

「誰かのために用意している?」

 それ以外には考えられなかった。

「…って誰のため?」

 流石にここで「自分のため」と決め付けれるほどミアの思慮の浅くない。

 ハヤトの性格からしておそらくそんな事もないだろう。

「むぅ…」

 誰だ。

 ハヤトの家に常時入る事を許される許可証とも言える鍵を受け取る人物は一体誰なのだ。

 状況から考えればこの鍵を受けとる人物がいるはず、その事実を前に

「何か情報になりそうなものは?」

 ミアは俄然やる気になったらしい。

 次々と食器棚を開いていくが、めぼしい物は何も見つからない。

「洋服タンスは?」

 続いて洋服ダンスを開いていく。

 服ばかりである。

「えーっと、他にどこか探せる場所は…」

 押し入れの奥、テレビの裏、果ては食器を一枚一枚まで確認していく。

「駄目だぁ…」

 30分後、和室でそう言いながら倒れこむミア。

「良く考えてみたら必ずしも何かあるって決まった訳じゃないんだった…」

 どうにも頭に血が上っていたのかその事に気づかなかったようだ。

「でも変なの…」

 調べてみて解った事だが、この家には本当に生活必需品しかおいていない。

 人は生きていれば何らかの記録が残り、それは大抵の場合本人が所持する事となる。

 それなのにこの家にはその記録らしいものが一切なかった。

 写真はおろかビデオテープや何かしらの料金明細書すらない。

「(全部捨ててるのかな?)」

 まぁ、世の中には手元に何かを残すのを嫌う人だっているだろう。

 そうミアは途中まで考えていたが


『ハヤト君は高得点を取りたくても取れないんじゃないかと考えている』


 チタ先生の言葉が頭を過ぎる。


『そこで発想を逆転させ、彼には目立てない理由があるのではないだろうか、つまりハヤト君は自分と言う存在が公にならないようにしている』


「(発想を…逆転させる)」

 ミアは今までの考えを逆にして考えてみた。

「(記録がない、記録してないんじゃなくて、記録が残せないって事になるんじゃないかな、え、じゃあこの部屋だって物が置いてないんじゃなくて、物が置けないって事になる、…じゃあもっと突き詰めればハヤトが何も話してくれないのは話したくないんじゃなくて、話せないって事?)」

 それはおかしい。

 それだとハヤトは行動の殆どを制限されているようなものではないか。

 現にハヤトは帰ってきたら話してくれると約束してくれた。

 彼は話せるのだ。

「あー、もう、何か訳解んなくなってきちゃった!!」

 考えがまとまらず、ミアは飛び起きるように体を起こそうとするが

 ガンッ!!

「はうっ!!」

 開いたまま放置していた洋服タンスの棚の一つに思いっきり頭をぶつける。

「き、今日は当たり日なのかな…」

 今朝同様、ぶつけた箇所を手で抑えながら畳の上に蹲るミア。

 ドサ…

「ん?」

 棚の中で何かが落ちる音がした。

「何だろ?」

 棚の中にそんな音がするような重い物は入っていなかったはず。

 ギ…

 棚をゆっくりと開く、するとそこにあったのは木刀であった。

 畳まれた服の上に置かれるようにそれがあった。

「…何でこんなものが?」

 ミアは不思議に思いその木刀を手に取ろうとするが

 ツ…

「え?」

 持ち手の部分と刀身の部分が分かれるように開かれ、その隙間から何か重く輝く物が姿を現す。

「…これって確か」

 ミアはそれに見覚えがあった。

 その手の類にはまったく興味がなかったミアだったが、この輝きは覚えている。

 夏の合宿の際、ハヤトが祠に返そうと言って返したあの小刀である。

「何でハヤトが持ってるんだろ?」

 頭にハテナマークを浮かべながら再び刀身をしまうミア。

「ってか、これはどっから落ちて…落ちて!?」

 ガバッ…

 ミアは身を屈めて洋服タンスを下から見上げるように見る。

 すると、棚の底の裏側に何か見える。

「これドラマで見た事ある、確か隠し棚か何かってやつだ」

 そう確信してミアは一つ一つの棚の裏側を見ていく。

「…写真だ」

 その棚の一つに一枚の写真が隠されていた。

「誰だろ?」

 中央にはややふて顔をしているハヤト、その隣に二人の人物が笑いながらハヤトを挟むように立っていた。

 一人は外見的特長から見て猫人族の男の子、もう一人はこれといった特徴が見当たらない女の人だった。

「人族…かな?」

 黒く長い髪が印象的で少し小さめの眼鏡をかけており、年齢は二人よりやや上ぐらい。

 見ればハヤトも今より大分幼い感じがする。

「中学生ぐらいの頃か、…あっ、この服ってハヤトが前に着てた学生服だ」

 ハヤトと猫人の少年は真っ黒な学生服を着ていた。

 どうやら二人は同じ学校のようだ。

「それにしてもこの人誰だろ、随分ハヤトと親しい感じだけど…」

 見れば女性はハヤトの腕に手を回し、ハヤトはあまり嬉しそうではないが嫌がっている様子がない。

 女性の胸は大きく、写真で見てもハヤトの腕に当たっているのが解る。

 少し…嫉妬を感じるミアであった。

「この人も人族みたいだし、もしかしてお母さん、…にしちゃいくら何でも若すぎるわよね、じゃあお姉さん…かな?」

 そういう視点で見れば似てなくもない。

 だが、今の所確証はない。

 あくまで想像の範疇で推理を続けることにしようとミアは考えていた。

 その後も棚を調べてみたが、結局見つかったのはこの写真だけだった。

 しかし、何の情報も無かったミアにとってこれは大きな情報であった。

「(そっか、家族か、もしかしたらあの鍵は家族の誰かに渡す物で、それがまだ渡せてない…うん、そう考えると大分しっくりくるよね)」

 あまり想像は出来ないが、ハヤトとて親がいるから今ここにいるのだ。

 そうなれば兄弟がいてもおかしくはないし、家族ならば合鍵を渡すのは寧ろ当然であろう。

「(こっちの子は友達かな?)」

 ミアは悶々としていた状況を脱出できたと喜ぶが

 ピンポーン

「にゃ!!」

 突然のその音にびっくりして跳ね上がってしまう。

 その音が玄関のチャイムの音だと気づくのにそれ程時間はかからなかったが

「(ハ、ハヤトもう帰ってきたの!?)」

 洋服ダンスを漁っている姿というのは流石に見られてはまずいと思い、慌てて小刀と写真を棚の中へしまいこむ。

 ピンポーン

 再び鳴るチャイム。

「…あれ?」

 そこでようやくミアは気づく。

「(ハヤトじゃない、ハヤトだったら扉開けて入ってくるだろうし…)」

 考えてもみれば当然なのだが、どうやら動転していた彼女にはその事に気づかなかったようだ。

「(お客さんかな?)」

 家主不在とは言え、先程から何度も押している所を見るとハヤトに用事がある人物なのだろ。

 留守を預かる身としては用件ぐらいは聞いておかねばと思い、玄関に足を伸ばすミア。

 ガチャ…

「はーい、どちら…」

 どちら様でしょうか?

 扉を開けてそう聞こうとするミアだったが

「ハー君!!」

「にゃ!?」

 突然何かに覆い被さられる。

 良くは解らないが誰かに抱きつかれたようだ。

「もー、会いたかったんだからー!!」

 なおも、力を込めて抱きつかれる。

 声からして女性のようだったがミアはその女性の顔が見れなかった。

 何か柔らかい物に顔を覆われ、呼吸すらできない状態でほとんどパニックと化していたからだ。

 ジタバタ…

 仕切りに手を動かして何とかしようとするが、女性の力は思ったより強く、抵抗できない。

 動いたのが災いしたのか、もとより呼吸が出来ない状態なのですぐに息がもたなくなる。

「…あら?」

 ようやく、女性がミアの事に気づいたようだ。

「ふにゃぁー…」

 だが時すでに遅く、ミアの意識は遥かかなたへ飛んでいってしまった後であった。

 ミアの意識があったのならば、女性の顔を見て何かしらのリアクションを返せたのだろう。

 何故ならその女性というのは先程ミアが見ていた写真の女性であったからだ。

 ちなみに、何か柔らかい物というのは言わずとしれた女性の胸、男であるならば嬉しい状況であっただろうが、女のミアにとってそれで意識を遠のかされたのでは屈辱以外の何ものでもなかった。



「…しまった、大分遅くなっちまったなぁ」

 家への帰り道。

 日が傾き始めた空を見てハヤトはそう呟いた。

「ミア、…まだいるかな?」

 ハヤトは人を待たせるのは好きではない。

 待っててくれと言った手前、早めに帰ろうとはしたが、どうにも踏ん切りが着かず今にまでずるずると至ってしまった。

「仕方が無い、とにかく謝って事情を説明するしかないな…」

 そう意を決してアパート付近まで来たのだが。

 モクモクモク…

 なにやら黒い煙が見える。

「…疲れてるのかな?」

 目をゴシゴシと一度擦ってもう一度目を開く。

「…幻ではなさそうだな」

 どうやら目にゴミが入っているとかそういうオチではないらしい。

 その黒い煙は、ハヤトの部屋から立ち上っているようだった。

 激しく嫌な予感がする。

 カンカンカン…

 アパートの階段を駆け上るハヤト。

 無論、目指しているのは自分の部屋。

 換気扇が慌しく黒い煙を排出している。

 どうやら火事というわけではないらしいが、この煙の量は異常だ。

「ミア、お前何やってるんだ!?」

 バンッ!!

 扉を強く開くハヤト。

「あ、ハー君おかえりー」

 バタンッ!!

 扉を強く閉じるハヤト。

「……」

 その強く閉じたドアのノブを握り締め、汗をダラダラとかくハヤト。

 ダッ!!

 脱兎の如く、ハヤトは今来た道を来た時以上のスピードで駆け抜けていくが

 ザッ…

 階段を駆け下りた瞬間、アパートの影から人影が現れ

 クルン…

 ハヤトの体は宙を舞った。

 景色が地から天へ、天から地へと回っていき

 ドスゥ!!

「ごふっ!!」

 最後に天を見た時には、体に強い衝撃が駆け巡っていた。

「もー、駄目じゃない人の顔見て逃げ出すなんて」

 そこに立っていたのは女性であった。

 パクパク…

 ハヤトはその女性に何かを言おうとするが、強く叩きつけられた際に肺の中の空気を吐き出してしまったのか、痛みと共に軽い呼吸不全になり、うまく言葉を発する事が出来なかった。

「あ、ごめんねー、ちょっと強くやり過ぎちゃった、今治してあげるからね」

「っ!!」

 その言葉を聞いてハヤトの眼が大きく開かれ、何とかしてまた逃げ出そうとするが

 ドフッ!!

 女性は問答無用で地面に倒れるハヤトの鳩尾に掌低を叩き込む。

「がっ…はぁぁっ!!」

 残った僅かな空気が吐き出され、その直後、ハヤトはスポンジが水を吸い込むが如く空気を肺に吸い込んでいく。

「はぁはぁ…」

「はい、これで喋れるでしょ」

 女性が叩いた箇所は正確には横隔膜、呼吸を司るその箇所を叩き、無理矢理空気を排出させ吸気を行ったのだ。

「く、あ、姉上、何故このような場所へ…」

 今だ呼吸乱れる体だが、ハヤトは女性、姉にそう問いかける。

 一方、その光景を始終見ていたミアは、露骨に顔を歪めて苦笑いを浮かべていた。



 和室にてハヤト、ミア、そしてハヤトの姉の三人が座っていた。

「もう、紹介する必要は無いと思うが…」

 ハヤトは背筋を伸ばし、正座をしながらそう声を出す。

「ミア、こちらは俺の姉のアイ、当然人族で日本人だ」

「よろしくね」

 ハヤトの姉、アイはニッコリと笑いながらミアにそう言って頭を下げる。

「姉上、こちらはミア、俺のクラスメートで見ての通り猫人族の者です」

「よろしくお願いします」

 てっきりギクシャクするかと思いきや、ミアは丁寧に頭を下げそう挨拶をする。

「やだ、ハー君ってば、私の事は姉上じゃなくてお姉ちゃんって気安く呼んでもいいのよ」

「…では、姉さん」

 ハヤトは出来うる限り気安く呼ぼうとするがその固い姿勢は崩れなかった。

「二人で料理をしていたようですが、どうすればあのような異形の物体を創造できるのですか?」

 黒い煙の正体は…いや、正体不明の物体から発せられる黒い煙はと言った方がよいだろう。

 兎に角、黒い煙は鍋の中の怪しげな物体から発せられていたようだ。

 無論、それはとても食して良いものではない。

「んー、何か色々鍋に入れて煮込んでたらああなっちゃって」

「では、何故お二人で料理を?」

「ハー君を驚かせようとしたの」

「……」

 どう言う意味で驚かせようとしたのかはこの際問うまい。

 ただ、ハヤトがこれ以上ないぐらい驚いたのは事実である。

「あの、えっと、…アイさん?」

「やだ、ミアちゃんったら、気軽にアイちゃんとか呼んでもいいわよ」

「え、遠慮します…」

 ミアはそう言って言いかけた言葉を止める。

「ってミア、何で今更呼び方に困ってる…」

 ハヤトは小声でミアにそう問い掛ける。

 見た所、ハヤトが帰ってきた時間よりずっと前にアイが家を訪ねてきた事が解る。

「だって、いきなりベアハッグされて意識飛ばされて、起きたら料理しましょうって言われて料理して、何か会話が成立しなかったんだもん…」

「…納得した」

 その光景が容易に想像できるハヤトであった。

「んー、そうねぇ、アイちゃんって呼ぶのが嫌だったらお姉さんでもいいわよ、あ、アクセントに気をつけてお義姉さんでもOK」

「マジっすか!!」

「姉上、いきなり何を!?」

 訂正されたばかりなのにハヤトはアイの事を姉上と呼んでしまう。

 どうやら普段はそう呼んでいるようだ。

「えー、だってハー君はこの子と付き合ってるんでしょ?」

「違います!!」

 ここははっきりさせねばとハヤトは徹底抗戦の構えを見せ始めた。

「なら将来的にハー君と結婚したっておかしく無い訳だしー」

「勝手に話を進めないでください!!」

 だが、ハヤトの抵抗は余り意味を成していないらしい。

「お姉様、話がお解りになられる」

「私は良識ある姉ですもの」

 どこの世界に弟の意見を聞かない良識ある姉がいる。

 いや、それ以前にこれはまずい、このままではハヤトにとって史上最悪のタッグが結成されてしまう。

「姉上、此度は一体どのようなご用件でこられたのですか!?」

 少なくとも、ハヤトの身辺調査が目的ではないはずだ。

「あー、そうそう、忘れる所だった」

 そう言うとアイは手提げ鞄を開け、中から小さな瓶を取り出す。

「はい、そろそろ必要な頃かと思って持ってきたの」

「あ…」

 ハヤトはそれを見て複雑な表情をする。

 嬉しさ半分悔しさ半分、どちらかと言えば「しまった…」と言った感じの顔だった。

「あの、それは?」

 一人、状況が飲み込めていないミアがそう尋ねる。

「これはお薬よ」

「薬?」

 薬と聞いて、真っ先に何を連想するかで結構人の性格が分かれる所である。

 貴方は何を連想しただろう?。

 ちなみにミアは

「ハヤト、やっぱり病気だったの?」

 どうやら風邪薬とかその類の代物を連想したらしい。

「いや、体はどこも悪くない」

「じゃあ何で薬なんて…まさか麻薬、今風で言うとドラッグ!!」

「……」

 ミアの過剰なリアクションに、ハヤトは何のリアクションも返さない。

「…あー、えーっと、まさか、マジでそういうやつなの?」

 洒落のつもりで言ったはずなのに、こう無反応を返されるとボケ役としてはこの上なく困る。

「ミア、俗に言う麻薬とは何か、100文字以内に答えよ」

「んーっと、強い常用性があり副作用がある薬、種類は多種あるけど主な効果は精神高揚、そのため服用時に幻覚作用を引き起こす事がある」

「うん、俗に麻薬とはそう認識されているが、麻薬には強い麻酔・鎮痛作用があり、一定量以上を使用しなければ常用性もない、そのため医療現場では特殊な状況の場合、特例を持って使用される例がある」

 ハヤトはミアの説明にそう説明を加える。

「…つまりそれはその特例の品だと?」

「まぁ、そうなるのか…、これは精神高揚剤、それ程強くないやつだけどな」

「何でそんなのハヤトが飲んでるの?」

 ミアの当然の疑問にハヤトは返す言葉に悩む。

「ハー君、ミアちゃんに何の説明もしてないの?」

「姉上、この事は軽々しく部外者に話すのは…」

「もう一般人の貴方には関係の無い事でしょ」

「それはそうですが…」

 ミアはその二人のやりとりを黙ってみていた。

 何時もであるならば説明しろと問い詰める所だが、何かが違う。

「(何だろ、この雰囲気は…)」

 また彼女の本能が何かを告げていた。

 これは本来自分が踏み込んではいけない領域の話ではないのかと。

 だが、キユの言葉ではないが、ここで踏み込まなければ、おそらく今後ハヤトの真実に近づくはできない。

「あ…」

 聞こうとして口を開くが

「ミアちゃん」

「はい!?」

 思わぬ呼びかけに思わず背筋を伸ばしてそう返事を返してしまう。

 その呼びかけが先程までほにゃらとしていたアイの真面目な声だったからだ。

「ハヤトはね、ある病気にかかっててこの次期になると著しく精神力が低下するの」

「精神力が低下?」

「まー、簡単に言えば何もかもに対して気分が乗らなくなってどうでもよくなっちゃうのよ」

「…はぁ?」

 ミアはそう言われてもピンとこなかった。

 大体、そのような症状の病気は聞いた事が無い。

「そんな病気聞いた事無いって顔してるわね」

 どうやら表情に出ていたらしくずばり言い当てられてしまう。

「無理もないわ、これは人族特有の病気のようなものだから、もちろんそういう状態になる時期は人によってバラバラだし、中にはそういう状態にならない人だっていたわ」

 いた、過去形である。

「でもまぁ、今の世にいる人族は大抵この病気を持ってるのよ」

 アイの言葉をミアは真剣に聞いていた。

 人族というのは俗に言う絶滅危惧種族である。

 その情報は当然少なく、一般に出回る情報とはとてもいえない。

 つまり、今ミアが聞いているのはとても重要な情報と言う事になる。

「そして、その病気は精神的に追い詰められたりすると発病して、その後追い詰められた時の状況に近い状態になると再発するのよ、ハヤトはこの時期がそうなりやすい時期なの、まぁ、ハヤトの場合はちょっと違う感じなんだけどね」

 アイの説明を聞き終わってミアはハヤトを見る。

「ハヤト、それって…」

「関係無いとは言わない…」

 ミアの言おうとしている事が解ったため、そう牽制するハヤト。

「あれは…その、俺が悪かった、すまない」

 ハヤトは一言、頭を下げながらそう言うと、すぐにそっぽを向いてしまう。

 ミアはそんなハヤトを見て少し笑う。

「何の話?」

「実はですね…」

「あ、待て、ミア」

 ハヤトの静止を聞かず、ミアはアイにこの一週間の出来事を説明する。

 ス…

 その全てを聞き終わったアイは立ち上がり、ハヤトの襟を掴む。

 すると

 グルン…、ドンッッ!!

「ごふっ!!」

 ハヤトの体は座っていたにも関わらず、まるで何かに持ち上げられたかのように浮き上がり、壁に叩き付けられる。

「ハヤト!!」

 流石に、ハヤトが受けた衝撃が如何ほどのものかが解ったミアはそう声を上げる。

「立ちなさい」

 ヨロ…

 ハヤトはよろめきながらもアイの言う通りに立ち上がる。

 フワッ…

 同時に、アイが体が飛んでいるかのようにかろやかにハヤトの目前に移動し

 ガッ…

 ハヤトの頭をその手で鷲掴みにし

 ズガァァン!!

「がぁ…」

 床に叩きつける。

 上にあったはずの頭が下へ、下にあったはずの足が上へ、まるで奇妙なオブジェのような形で固まるハヤト。

「ちょ、一体何やってるんですか!!」

「ごめんねー、ミアちゃん、家の弟がとんでもない馬鹿な事しちゃって」

 にこやかに笑ってそう答えるアイだったが、その笑いが今は逆に怖い。

「だ、だからってこれはちょっとやり過ぎです!!」

 ミアは床に奇妙なポーズで倒れこむハヤトを抱き起こす。

「駄目よ、この子はとっても悪い事をしたんだから、ちゃんと罪は償わないと」

 行動は過激だが、アイのその怒り方が通常の反応なのだ。

 その点で言えばミア達の反応の方がおかしかったのかもしれない。

「そ、そりゃあの時は驚きもしましたけど、これはあまりに一方的過ぎます!!」

 抱き起こしたハヤトは僅かに呼吸をしている。

 一応、息をしている所を見ると生きているようだが、意識はとっくに飛んでいってしまってるようだ。

「それにお姉さんは私の意見を聞いてません!!」

「ミアちゃんの意見?」

「私、ハヤトに噛まれて別に嫌だったわけじゃありませんから!!」

 ミアはアイに対してそう断言する。

「……」

 アイは目をパチクリさせ、ミアを見つめ

「…ぷ、あはは、あははははは」

 そう、笑いはじめる。

「何がおかしいんですか!!」

 ミアは言い終わった後で顔を真っ赤にし、そう怒鳴る。

「あはは、いやー、ごめんごめん、うん、私が悪かった、ミアちゃんの意見の方がよっぽど重要だわ、やっぱりそういう気持ちは大切にしないとね」

 ミアの言った台詞、それはとてつもない事であった。

 以前述べた通り、耳は種族の象徴であり、本人の象徴である。

 それを踏まえた上で噛まれても嫌ではないと言う事は…。

「ハー君も大したものね、こんな可愛い子をここまで惚れ込ませるまで調教するなんて」

「ちょ、調教って…」

 そのあまりの言葉に流石のミアも表情を歪める。

「うん、今日の所はミアちゃんに免じて許してあげましょう」

 そう言ってアイはハヤトの背を押さえつけ

「よっと…」

 ゴキッ!!

「ぐっ!!」

 いい感じの音と呻き声を立て、ハヤトの意識が戻る。

「ハー君、ミアちゃんを大切にしなさいね、こんな子滅多にいないんだから」

「それだけは了承できません…」

 意識を取り戻したばかりだが、アイのその言葉にハヤトはそう反応を見せる。

「ハヤトの通ってる学園にはミアちゃんみたいな子が他にもいるの?」

「…えーっと、まぁ」

 ミアはその問いにどう答えてよいのか解らず言葉を濁すが

「ふーん、なるほど、面白そうな学園なのね、獣耳学園って」

 アイは一人でそう納得する。

「今日はミアちゃんに会えて良かったわ、また会いましょう」

 納得したと思ったら今度はそんな台詞を残して早々にハヤトの家を立ち去ろうとする。

「…途中までお送りしましょうか?」

「心配御無用」

 ハヤトの言葉に笑ってそう答えるアイ。

 確かに、彼女に護衛は必要なさそうだ。

「あ、そうそうハー君」

「はい?」

 何だろうとハヤトはそう返事をする。

 ハヤトの視線がこちらに向いたのを確認して、アイはハヤトの眼を見る。

「男として、けじめは…きっちりつけなさい」

 アイのそう言った時の眼。

 それは紛れも無くハヤトの血縁である事を証明するものであった。

「…はい」

 ハヤトもそれに短くそう返事をする。

「じゃ、まったねー」

 そんな言葉を残し、アイは今度こそハヤトの家を後にした。

 二人は玄関に立ち尽くし、そんなアイの後姿を見送る。

『……』

 しばらくの間、沈黙が流れる。

 それは、嵐の過ぎ去った後を連想させるに十分な沈黙であった。

「…ミア」

 先に沈黙を破ったのはハヤトだった。

「けじめは…つけないといけない、本当の事を話すよ」

「ハヤト?」

 いつもと雰囲気が違う。

 開く口が重たそうで、覇気が感じられない。

 先程まではこんな空気は微塵も感じさせなかった。

 まるで、今朝のあの冷たいハヤトに逆戻りしたかのようだ。

「姉上が怒ってたのは耳の事じゃないんだ、いや、耳の事は…本当にすまないと思っている、謝って許されるような事じゃないことも解ってる」

「うん、いいよ、私は気にしてないから」

 笑って答えるミア。

 本心だった。

 今朝の時点でそう言われれば答えに困ったかもしれない、だが先程のアイとのやりとりでミアが言った台詞、あれが本心だとミアは気づいたのだ。

 そう解れば何も迷う事はない。

 ミアのその吹っ切れ様は実に清々しかった。

「違う…」

「え?」

 逆に、それがハヤトを追い詰める事になる。

「そうじゃない、違うんだ、俺はあの時寝ぼけてて…」

 苦しそうに声を上げるハヤト。

「ミアを…好きだった奴と間違えて、あんな事をしたんだ…」

 声は大きくなかった。

 だが、その声はまるで叫び声を上げるかのように悲痛な声だった。

「え…」

 一方、ミアはまだハヤトの言葉がうまく飲み込めていなかった。

「ごめん…」

「…ぁ、えっと、…ハヤト、好きな人が…いたの?」

 少しずつ、浸透するように言葉の意味が伝わってくる。

 ハヤトはミアの言葉に黙って頷く。

「それで…私を、その子と間違えて…」

 また、ハヤトは黙って頷く。

「っ!!」

 キッ!!

 ミアはハヤトを睨みつけ

 パァァン!!

 大きな音が部屋の中に鳴り響く。

 ミアの手がハヤトの頬を叩いた音だった。

「…ごめん」

 ハヤトの反応は、ただその一言だけだった。

 一瞬の間が空く。

 その間、ミアの瞳は動く事なくハヤトを見つめ、ハヤトはミアに視線すら向けることが出来なかった。

「私、帰るね!!」

 バンッ!!

 玄関の扉を叩き開け、足早にハヤトの家を出て行った。

「……」

 それを、黙って見送るハヤト。

 …パタン

 開いていたドアがゆっくりと閉まる。

 その音で、ハヤトはミアが自分の前から居なくなったという事が実感できた。

 そして、自分がミアを傷つけてしまったと強く実感させられた。

「…っ!!」

 ズキィッ…

 途端、言いようの無い激しい痛みがハヤトの胸を駆け抜ける。

「っがぁ…」

 ドッ…

 次の瞬間、ハヤトは床に倒れていた。

「(解っていた…はず…だ、ろ…)」

 床を這いずりながら、ハヤトはテーブルの上においてあった瓶に手を伸ばす。

 アイの持ってきた薬瓶だ。

 パラパラ…

 痛みで指がうまく動かず蓋が回せない。

 ハヤトは撒き散らすように薬を取り出し、それを口の中へ放り込む。

「(…まさか、貰った日に使う事になるなんて…)」

 意識が遠のいていく。

 それは、薬のせいなのか痛みのせいなのか、それとも他の何かのせいなのか。

 どちらにせよ、ハヤトの意識は最悪の状態で遠のいていった。


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