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私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第03話「燃えろ、獣耳学園」
28/80

四時限目『謎、深まる』

 ~ 四時限目『謎、深まる』 ~


 ピンポーン。

 部屋の中にインターホンの大きな音が響く。

 ピンポーンピンポーン。

「誰だよ、こんな朝っぱらに…」

 ハヤトは寝ぼけた頭を起こし、寝ぼけた体を起き上がらせてチャイムの鳴るドアへ向かう。

 時刻は午前8時、まぁ、順当な朝の時間と言った所だろう。

 これが平日であるのならばハヤトとて起きていたのであろうが、本日は土曜日、週休二日制の獣耳学園は休日である。

 ピンポ、ピンポーン。

 尚も続くチャイムの連打。

「はいはい、今出ますって…」

 どうせ勧誘か何かだろう、なら適当に断って二度寝をしようと決め込むハヤト。

 ガチャ…

 ドアの鍵を開け、「どなたですか?」とばかりに扉を開く。

 そこに立っていたのは

「おはよー、ハヤトー」

 朝だというのに妙にテンションの高い猫人の少女であった。

「……」

 一瞬、沈黙するハヤト。

 もはや誰だと言わずとも解るであろう、ミアである。

 学園では見る事の無い私服姿、ジーンズにパーカーと秋という季節の中で適度に温く、動き易そうな格好をしているのが実に彼女らしい。

「お邪魔しまー…」

 ミアはハヤトがリアクションをするより早く、先制攻撃とばかりにそう言って部屋の中に入ろうとするが

 バンッ、ガンッ!!

「はぶっ!!」

 ハヤトの対応も彼女に勝るとも劣らぬ速さだったため、ミアはハヤトの締めかけたドアに思いっきりおでこをぶつけてノックバックしてしまう。

「ち、遅かったか…」

 それでもそこは根性。

 ミアはノックバックから瞬時に立ち直り、ハヤトが再び行動に移る前に扉の間に入り込む。

「痛たた…」

 だが、流石に勢いよくぶつけたおでこが痛いのか、赤くなったおでこを痛そうに擦るミア。

「お、おはよう、ハヤト」

「…おはよう」

 本日二回目のミアの挨拶に、ハヤトはそう返事を返す。



 遡る事30分前。

 ザッ…

 街中にある普通のアパート。

 そのアパートを前にミアとキユは立ち尽くしていた。

『……』

 二人はやや沈痛な面持ちをしていた。

「意気込んでみたはいいものの、結局ハヤトから聞き出さないといけないってのは…」

「…私達の無能を証明しているようなもんよねぇ」

「だよねぇ…」

 そう、つい先日ハヤトの謎を暴くと豪語した二人であったが、結局、現状においてハヤトから聞き出す以外の方法が見つからなかったのである。

「でも、ここまで来たら後に引けないわ!!」

「ええ!!」

「前回の教訓を生かし、今日は正々堂々と正面からハヤトの家を訪ねる」

「…前回って、前に何かやったの?」

 詳しくは1話をご覧下さい。

 …とはキユには流石に言えないので、ミアは大まかに前回の出来事を説明する。

「…なるほど、なら苦肉の策であった直接聞き出すっていう方法も実は最善の手段であったかもしれない訳か」

 説明を聞き終わりキユはそう考え込む。

「その通り、さぁ、行きましょう!!」

「ええ、行ってらっしゃい!!」

「…はい?」

 キユの予想外の言葉にミアはそう聞き返してしまう。

「いやぁ、こういう場合複数で行くよりも単独で攻めた方が効果があるかと、勝手が解らない場所で無闇に行動するのは兵法的にみても愚作かと、それに私ハヤト君の家って初めてだし…」

 しどろもどろでそう言い訳をするキユ。

「…キユちゃん」

「な、何?」

「もしかして、こういうの初めて?」

「なっ!!」

 その一言でキユは思わずカッとなる。

「わ、私はミアちゃんみたいに堂々と朝っぱらから男の子の家を訪ねるなんて図太い神経してないだけよ、別に男の子の家を訪ねるのが恥ずかしいとか、そんな事はこれっぽちも…!!」

 どうやら、先程ミアが言った一言は見事に図星だったらしい。

 基本的に兎人族というのは奥手で小心者の種族。

 キユがいかにその種族の中で変わり者とは言え、やはり本能には勝てず、その辺りには抵抗があるようだ。

「へー、キユちゃんって意外と初心だったんだねぇ」

「ミアちゃんがそういうの気にしなさ過ぎなのよ」

 そのせいで何度心臓が止りそうになったか、…とは本人の前ではとても言えなかった。

「兎に角、今回の作戦は二重三重に張り巡らしていきましょう?」

「具体的には?」

「それは…」

 そんなこんなで朝っぱらから道の往来で二人の少女は作戦会議をはじめたのであった。



「…ミア」

 扉の間にミアがいるためそのまま締める訳にも行かず、玄関までの侵入を許してしまったハヤトだったが

「ん、何?」

「今すぐ帰れ」

「へ?」

 途端に態度が急変する。

「今日来たのは見舞いか?」

「え、う、うん」

「なら見ての通り俺は健康だ、月曜にはちゃんと登校する、…これで用件は済んだだろ」

 明らかに、ミアを帰らせようとする言動。

 拒絶。

 これまで、ハヤトがミアを拒絶する場面は多々あった。

 だが、それは相手を納得させようとする言わば対応する拒絶であり、今回のそれは普段のハヤトのやり方とはまったく正反対の冷たい印象を受けてならなかった。

「…ハヤト」

 その言葉を聞いてミアはハヤトをキッと睨む。

「何だよ?」

「一体どうしたの、何か変だよ」

「別に…」

 そう言ってハヤトはミアから視線を逸らす。

 この時ミアは確信した。

 ハヤトは何かを隠している。

 半年の付き合いとは言え、ハヤトのその態度はミアにそう確信させるのに十分であった。

「ほら、もういいだろ、とっとと…」

 帰れ、そうハヤトが言おうとするが

「嫌だ、帰らない」

「なっ…」

「私決めた、ハヤトが休んでた理由をちゃんと言ってくれるまで…絶対に帰らない」

 そう言って、仁王立ちのまま真っ直ぐにハヤトを見るミア。

「ミア…」

 そのミアの眼をハヤトは見返せなかった。

 その瞳に宿る力に体気圧されたからだ。

 静かな怒り。

 断固たる意思。

 決してくじけない心。

 それはあたかも今ミアが取っている構え、不動の構えを具現するかのようであった。

 仁王立ちとは良く言ったものだ。

「……」

 そのミアの姿を見て、ハヤトの目が大きく開かれる。

 ミアを見ている。

 そのはずなのに、彼の瞳はまるで別の誰かを見ているような、そんな印章を感じさせていた。

 僅かに数秒の間、沈黙が流れる。

「あー、もう、まったく!!」

 時間が一気に早送りになったように、ハヤトは頭を手で抑え、髪型が無茶苦茶になるぐらい髪をかき乱す。

「はぁ、ミア…」

 深く深呼吸をしてからそう声を発する。

「嫌だよ、何言ったって絶対帰らないからね」

「違う、部屋に入れ」

「え?」

「そんな所に立ったままでいられたら俺はこのアパートから追い出されちまう、帰る気がないのなら部屋に入っとけ」

「うん!!」

 ミアは嬉しそうにそう返事を返して靴を脱ぎ、部屋に入ろうとするが

「…ハヤト、何やってるの?」

 一方、ハヤトは靴を履き、玄関から外に出ようとしている。

「見れば解るだろ、家から出ようとしてるんだよ」

「何それ!?」

 家に入れと言っときながらその行動はあまりに失礼ではないか。

「私が帰らないからって自分が外に出て行きますとか子供の理屈をこねる気なの!?」

 喜びムードが一転して、ミアは一気に攻撃態勢へと移行する。

「違う、帰ってくるまでここで待ってろって言ってるんだ」

「は?」

 ハヤトの意図している事が察しきれずにミアは間の抜けた声を上げる。

「いきなりはいそうですかと話せる内容じゃないんだ、俺にも少し考える時間ぐらいよこせ」

「あ、あー、うん、まぁ、そういうことなら、でも、それなら私も…」

「ミアの頑固さは良く知ってる、逃げないでちゃんと話す、だから一人で頭の中を整理させてくれ…」

「…うん」

 押しかけて強引に話を聞こうとしているのだ、彼の主張は当然の権利であろう。

 ハヤトにだって思う所はあるだろうし、彼が話すと言っている以上、この場で無理に聞き出す必要性はない。

「合鍵が棚の引き出しに入ってる、もし出かけるんだったら使え」

「え、貰っていいの?」

「貸すだけだ」

「けちー」

「…行ってくる」

「行ってらっしゃーい」

 どうやら、幾分普段の調子を取り戻したらしく。

 ハヤトの表情は数分前とは大分変わっていた。



 プルル、プルル…

 どこかで聞いた事があるような無線コール音が往来に鳴り響く。

 カチャ、ファゥン…

「もしもし?」

 どこぞのゲームのように電柱で姿を隠しながら携帯電話の通話ボタンを押す兎人の少女。

「あ、キユちゃん、ミアだけど」

「何かあったの?」

 予め、そういう段取りだったために二人の会話はスムーズであった。

「…と、言う訳でハヤトは今外に出ていったんだけど」

「チャンスね、ハヤト君の家宅捜索がこれで思う存分できるじゃない」

「いや、んーっと、今更なんだけどさ…ハヤトの事調べるの止めない?」

「な…」

「ごめん、やっぱり何か悪い事してる感じがするの、さっき会った時も何ていうか言葉にし辛いんだけど、コソコソと調べまわるのは逆効果なんじゃないかって気がするんだ」

 姿は見えないが、今のミアの姿を想像できるような意思の篭った声だ。

「ミアちゃんの言い分は解るけど…」

 それではおそらくハヤトの全てを知る事はできない。

 彼の性格からして話す内容に嘘偽りはないだろう、だがそれ以上に彼の背景にはもっと深い真実が隠されている。

 キユの好奇心、記者魂、本能がそう訴えている。

 キユはその真実を知りたくてしかたがないのだ。

「兎に角、後ろめたいのは解るけど、こんなチャンスはもう無いかもしれないのよ、私はハヤト君の後を着けるから、ミアちゃんは部屋に何か変わった物がないか調べてて、それじゃ…」

 ピッ…

 キユはそう言って切ボタンを押す。

「(何か、どんどん悪党になってくなぁ…)」

 こちらの用件だけを言って行動を促す、卑怯かもしれないがこれしか方法がないのだ。

「(…よし、気を取り直して後を着けよう)」

 ハヤトの日常生活。

 これはこれでなかなか興味深い。

 人族の日常生活がそう大きく変わるとも思えないが、ハヤト個人の日常生活がどのようなものか、キユには想像できないでいたためだ。



 それから少し時は進み、駅前の商店街。

 丁度この辺りで一番活気ある街並みの場所である。

 そこに兎人の双子の片割れの姿があった。

 ミユである。

 獣耳学園では両者の見分けが非常に困難であるのだが、日常においての彼女達の見分け方はその服装によって一目瞭然であった。

 簡単に言えば性格がそのまま服装に反映されているからである。

 キユはポケットの多いジャケットにジーンズ、各ポケットに何かしらの道具が収められているようで、探求者の彼女らしいと言えばらしい。

 ミユはまだ秋先だというのに薄手のコートに少し長めのスカート、肌を極力露出しない衣装を選んでいる辺り、気の弱い彼女らしいと言えばらしい。

 そんなミユが何故こんな人の多い街並みにいるのかというと、文化祭の出し物となる料理の食材の下調べのためであった。

 キユが新聞部に所属しているように、ミユもまた料理部に所属していた。

 獣耳学園も一応公的機関である。

 文化祭で飲食物を出品しようとする場合、ちゃんとした許可を得なければならない。

 そのため、まずは料理の見本と使用する食材、その原価を全てまとめ、学園に提出しなくてはならない。

 それらの調査のためにミユは商店街に来たのだが、人の流れの激しさに目を回すばかりであった。

 そんな時、ミユは足を取られよろめきながらこけそうになる。

 ドンッ…

 こけると思った時、何かにぶつかる感触がする、どうやら人にぶつかったようだ。

「あ、す、すみま…せ…」

 慌ててミユはその人から体を離して謝罪の言葉を言おうとするが

「あん?」

 運が悪い。

 そこにいたのは、髪を染めラフ過ぎる格好をした若者だった、まぁ、もっと簡単に端的に言えばぶつかった相手は見るからに柄の悪い不良だったのだ。

「ぴっ…」

 ミユは小さく悲鳴を上げる。

 その日の彼女の運の悪さは際目付けだった。

 その不良は、気の弱い兎人族の天敵とも言える狼人族だったのだ。



 時を同じくして、商店街を歩くハヤト。

「(成り行きでああは言ったものの…)」

 ハヤトは苦悩していた。

 ミアに休んでいた理由を話す。

 それはすでに決めた事だ。

 一度約束した事を自分から破るなど彼の気質が許さない。

 問題はどう話しをするかであった。

 理由を端的に述べただけでミアが納得するとは思えない、かといって全てを話すのはあまり気が進まない。

 つまり要所要所を捉えた説明をしなくてはならない。

 その文章作りにハヤトは試行錯誤していたのだ。

 そんな考え事をしている時。

「ん…」

 クラスメートの兎人の姿を見つけられたのは運の良い偶然だったと言えよう。



「あーあ、服が汚れちまったじゃねぇか…」

 不良の男がわざとらしくそう声をあげる。

 どうやら手に持っていた飲み物がぶつかった際に少しこぼれて服にかかったようだ。

「お嬢ちゃん、どう落とし前つけてくれるのかなぁ」

 不良の言い分はそれ程間違ったものではなかったかもしれないが、そもそも人の流れの激しい道の往来で飲み物を飲みながら歩く事事態が間違っている。

 だが、その事をミユが追求できるはずもなく先方は明らかにミユに因縁をなすりつけようとしているため、ミユは余計に恐怖を感じているのだ。

「あ、そ、その…」

 ミユは何とか声を出そうとするが、すでに体は恐怖で硬直し、口がうまく動かず歯がカチカチと音を鳴らすだけだった。

 同様に、逃げ出そうにも足が竦み、彼女は今蛇に睨まれた蛙のようになっている。

 今や彼女に出来るのは涙目で許してくださいと哀願する事だけだった。

「おい、何とか言えよ」

 そんな事はお構いなしに、不良の手がミユに伸びる。

 それはミユにとって死の宣告に等しい行為。

 もし、そのまま不良の手が彼女に触れようものなら、彼女はたちまち気を失って不良の成すがままになっていただろう。

 だが

 パシッ…

 手が触れる寸前、誰かが不良の手を鷲掴みにしてミユから遠ざけるように払いのける。

「悪いが、彼女に気安く触れないでくれるかな」

 それは誰か、この状況で彼を差し置いて現れられる者など誰もいないだろう。

 ハヤトである。 

「ミユ、大丈夫か?」

「ハヤト君!!」

 ガバッ!!

 ハヤトのその呼びかけを聞くと同時に、ミユはハヤトに抱きついた。

「ミユ?」

 意外な行動であった。

 危機的状況で顔見知りに助けてもらったからとは言え、気が弱く引っ込み思案な彼女が大きな声を上げて異性に抱きつくなど想像もしていなかったからだ。

 おそらく、それ程までに彼女は追い詰められていたのであろうとハヤトは解釈する。

 それは、目の前の人物が敵であるとハヤトが認識するに十分な理由であった。

「何だてめぇは!?」

 一方、邪魔をされた不良は実に不愉快そうな顔をして怒鳴り声を上げる。

「彼女のクラスメートだ、彼女は気弱でね、代わりに俺が事情を聞こう」

 抱きついたままのミユを後ろに隠すように、ハヤトはミユと不良の間に立つ。

「ほおぉ、ならその女の代わりにクリーニング代でも貰おうか」

「ふむ、だが見た所それ程汚れているようには見えない、それに一方的に金を払えと言うのは…」

「うるせぇな、汚れてるもんは汚れてるんだよ!!」

 聞く耳持たずと言った所のようだ。

「…そんなに汚れが気になるんだったら、早く家に帰ってママに洗濯でもしてもらったらどうだ、不良君」

「んだとぉ!!」

 ハヤトの明らかに敵意の込められたその一言を聞いて、不良の拳がハヤトの顔面めがけて繰り出される。

 だが

 クルン…、ドスゥ!!

「がっ!!」

 不良の拳はハヤトの顔面に触れる所か、その体ごと宙を一回転してコンクリートの地面に叩きつけられる。

「あ、が、はぁっ…」

 強く叩きつけられ不良は肺の中の空気がぶつかった際に全て吐き出されてしまったのか、痛みと共に軽い呼吸不全になっていた。

「ミユ」

 その事を確認したハヤトは今だハヤトに抱きついたままのミユを体から離し、小さく声をかける。

「はい!?」

「今の内に逃げろ」

「え?」

「いいから行け!!」

 少し強めの言葉と共にハヤトはミユの背中を押す。

 ビクッ!!

 その双方がやや強い刺激となったのか、ミユは少し体を強張らせた後、ハヤトの指示に従うように走り出す。

 街中での騒ぎとあり、周囲にはすでに野次馬の壁が出来ていた。

 ミユはその壁を掻き分けるようにして抜け出していく。

 それを確認してハヤトは倒れている不良の方へ振り返る。

「て、てめぇ…」

「一つ教えといてやるよ、…俺さ、お前みたいなクズが大っ嫌いなんだ」

 ハヤトは地面に這いつくばる不良を見下しながら、そうさらりと言った。

「んー、何やってんだ、おめぇ?」

「なーに地面に寝てんだよ?」

 野次馬の中からそんな軽い声が聞こえてくる。

 見れば、…おそらく一目瞭然、不良の仲間と思われる男が二人近寄ってきていた。

「いやなぁ、こいつが喧嘩売ってきてよぉ」

 その二人の姿を確認した途端、地面に倒れていた男の態度が強気になる。

「やっぱり、お仲間がいたか…」

 ハヤトは予想通りと言わんばかりにそうつぶやく。

「へ、おいてめぇ、許してくださいじゃもう済まさねぇぞ」

「許してください…だと?」

 同時に、ハヤトの様子も豹変していた。

「はっ、冗談、一人じゃ何もできないクズどもに、どうして俺が許しを乞わなくちゃなんねぇんだよ」

『っ!!』

 ハヤトはそう言って野次馬の壁の方へ歩き出す。

「ここでやると警察とか面倒だろ、あっちでやろうぜ」

 ハヤトはそういって人通りの無さそうな路地裏を指差す。

『上等じゃねぇか…』

 不良の三人もぶち切れ寸前と言った感じでそう返事を返す。



「…俺は休みの日に一体何をやってるんだ?」

 商店街の片隅にて、犬人ケンはそう天を仰ぎながら悩んでいた。

「もちろん、私の買い物に付き合ってもらってるんじゃない」

 その問いに答えるように牛人コゥが返事をする。

 そう、ケンの両腕にはこれでもかと言わんばかりの荷物が下げられていた。

 先のコゥの発言通り、ケンは買い物に付き合わされて荷物持ちをさせられていた。

「…俺は一体どこでどの選択肢を間違えてしまったんだ」

 こんなはずじゃなかった。

 そう言わんばかりである。

「もー、ケンってばそんなに私の買い物に付き合うの嫌だったの?」

「別に買い物に付き合うのが嫌な訳じゃねぇけど…」

「けど?」

「な、何で俺とコゥの二人だけなんだよ!!」

 そう、ケンが一番納得のいかない点はそこであった。

「俺はハヤトやミアも居るからと聞いたからきたんだぞ」

 昨晩、コゥから今日の買い物に付き合わないかと誘いが会った時、彼は間違いなくそう聞いた。

「あー、あれ嘘」

「なっ…」

「だってこうでもしないとケンは私と二人っきりで買い物なんてしてくれないでしょ」

「確信犯って性質悪いぜ…」

 ケンはそう言ってうな垂れていたが

「ほらほら、そんな嫌そうな顔しないで、せっかくの初デートなんだから楽しみましょうよ」

「んなっ!!」

 コゥのその一言で一気に冷や汗が流れ出す。

「何でそうなる!!」

「そりゃー、一組の男女が時間を決めて待ち合わせをして一緒に買い物してご飯食べてたら、誰がどう見たってデートに見えるわよ」

「た、性質悪過ぎだ…」

 自分の余りに軽率な行動に恐怖するケンであった。

「ま、ここまできたら諦める事ね」

「ほんとに、どうしてこんなことになっちまったんだ…」

 そう言って涙するケン。

「…あら?」

「ん、どうしたコゥ?」

 コゥの視線が人込みの向こうに向けられている。

 ケンもそれを追って人込みの向こうを見ると

「げ…」

 ケンの血は一気に引き、途端に顔が青ざめる。

 見れば一人の兎人がこちらに向かって走ってくるではないか、加えてその顔には見覚えがある。

「な、何でこんな時に!?」

 その兎人にこのどうにも言い訳できない状況を抑えられ、あまつさえ写真などを取られた日には、おそらく一ヶ月はネチネチと苛められる事間違いないであろう。

 どこかに隠れなくては、だが両腕の荷物が邪魔でどこにも隠れられない。

 ケンは慌てふためくが

「…待ってケン、あれミユちゃんだわ」

「え?」

 コゥのその一言を聞いて再びそちらを見る。

「…あ、本当だ」

 見ればその兎人は長いスカートを穿いているではないか、スクープ大好きの姉の方であるならば、スカートなどまず穿かないであろう。

「けど、ミユがあんなに必死になって走ってるなんて…」

「きっと何かあったのよ」

 コゥはそう言うと少しでも早くと、ミユの方へ駆け寄っていく。

「はぁはぁ…」

 息絶え絶えでコゥの前でへたり込むミユ。

「ミユちゃん、一体どうしたの?」

 その様を見るからに尋常ではない出来事があったに違いない。

 コゥはまずはそれを聞かねばとそうミユに尋ねる。

「ハ、ハヤト君が…」

 今にも泣き出しそうな涙目でミユはそう声を上げる。



 同刻。

 商店街を見回しながら歩く兎人、キユがいた。

「しまったなぁ、まさか見失うとは…」

 一生の不覚と言わんばかりに、キユは困っていた。

 商店街までハヤトの後をつけてきたのはいいものの、キユは別に尾行の達人ではない。

 つまり人込み溢れる商店街でハヤトを正確に着ける事など無理の二文字。

 ものの数分でキユはハヤトの姿を見失ってしまったのだ。

「ここに来たって事は何か用事があったって事かな、いやいや、ただの気晴らしにと言う可能性もあるし…」

 所詮は推測の域を出ない推理であるのだが、こんな事でも考えていなければやってられないというのが現状である。

 そしてそうこうして探索を続けているうちに現在に至る訳だが、未だにハヤトの姿は見当たらなかった。

「仕方ない、ここは大人しく諦めてまたミアちゃんと合流を…」

 尾行は止めてハヤトの家に戻ろう。

 そうキユが思った時。

「…ん?」

 キユの大きな兎人の耳が動く。

 僅かに喧騒の音が聞こえたのだ。

 周囲の人達が気づかないぐらいの音。

 兎人であるキユにしか聞こえないぐらいの小さな音だった。

「…路地裏の方かな?」

 音の大きさ、位置合いから考えて間違いないだろう。

 通常であるならば路地裏での喧騒の音など、厄介事や面倒事以外の何者でもないのだろうが

「面白そうだわ!!」

 目を輝かせながらそう声を上げるキユ。

 彼女にはその常識が当てはまらないらしく、一層彼女の好奇心に火をつける事となる。

 潜入任務を受けた特殊工作員並に、キユは出来るだけ音を立てぬよう路地裏に入っていく。

 近づくにつれ音は大きくなっていく、どうやらまだ喧騒の真っ只中のようだ。

「(…どれどれぇ?)」

 壁に背を付け、顔半分だけをスッっと覗かせその現場を見る。

「っ!!」

 過ぎた欲は身を滅ぼす。

 この場合、過ぎた好奇心は身を滅ぼすと表現すべきだろう。

 実際に滅びたわけではないが、彼女はそこで世にも珍しく、ありえないであろう光景を目にする事となる。



 それから間もなくしてケン達がキユの前に現れる。

「はぁはぁ、キユ、お前どうしてここにいるんだ!?」」

 ケンは息を切らしながらそうキユに問い掛ける。

 どうやら大分慌ててきたようだ。

「あ、ケン…」

 一方、キユは少々放心状態のようにそう返事を返す。

「いや、それよりハヤトが不良三人に絡まれたってミユに聞いたんだ、何か知らないか?」

「あっち…」

 キユは通路の角の奥を指差す。

「え?」

「…見れば解るよ」

 ケンはキユの指差す先、角を曲がった奥に足を進める。

「っ!?」

 そこには並んで地面に倒れこむ狼人の三人、おそらく件の不良の三人であろう、その三人が倒れていた。

「こ、これは…」

 辺りに多少の血が飛び散っている。

 狼人の所々の怪我を見る限りでは、おそらく彼らの血痕なのであろう。

「…ハヤト、ハヤトはどうしたんだ?」

 再びキユの所に戻ると後から追いついてきたコゥとミユが一緒に居た。

 だが、キユの様子は先程と変わっていない。

「…キユ?」

「あのさ、ケン、…私、やっぱハヤト君の事調べるの止めるよ」

「どうしたんだよ、一体何があったんだ?」

 その後、ケンは何度か同じ質問をキユにしたが、キユは押し黙ったままだった。

 どうやら軽いショック状態にあると判断したコゥが、後日また聞く事にしようと提案、皆それに従った。

 後日、ミユがキユを連れ添って家に帰る姿は、「まるで二人が入れ替わったように見えて仕方が無かった」と、ケンとコゥは口を揃えて言った。


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