十三時限目『覆水盆に返らず?』
〜 十三時限目『覆水盆に返らず?』 〜
山中、ベアの山小屋。
「そうか、彼女は行ったか」
「ええ」
ハヤトは校長と向かい合って座っていた。
本来この小屋の主であるベアはどこかへ行っているようで、前回同様に校長は酒を飲んでいるようだった。
「俺が言うのもなんですが、…満足そうでした」
あの時の彼女の表情、しばらくは忘れられそうに無いぐらい、良い笑顔だった。
「…で、君がここに来たという事は彼女の事を聞きに来たのかね?」
「初めはそのつもりでした、…けど、今はもういいです」
「ほぅ…」
「人には誰だって触れられたくない過去が一つや二つはあります、校長、それは貴方だって例外ではないはずだ、そしておそらく今回の一件は貴方にとって触れられたくない過去の話のはず、だから聞きません」
「ふっ、よもや生徒にそのような気づかいをされるとは思ってもみなんだ」
ハヤトのその言葉を聞いて校長が酒を飲む手を止める。
「だが、ワシは君に言わなくてはならない事がある」
「何ですか?」
「まず、君も知っているだろうが彼女は人族、そして日本人だ、もう50年も前に亡くなってしまったがな…、全部を語るのは辛いがワシとベアは彼女の遺言でこの土地を護る事となった、だがあの手の類の輩にはワシ達は無力でな」
「それで、俺を利用したんですね」
「そうだ」
本来負い目が生まれるであろうはずのその事実を校長は簡潔にそう答える。
「恨むかね?」
「腹は立ちますがあの場合仕方ないでしょう、俺もあのまま立ち去るのは気分が悪かったし…」
何より、ハヤトの気質が見てみぬ振りという事を許さなかった。
「苦労性だな」
「自分でもそう思います」
その件について今更語る事もなかろう、口で何と言おうがハヤトはそういう男なのだ。
「後は君の推理に任せるとしよう、おそらく大筋に間違いはなかろう、ただワシが言いたかったのは…君には感謝していると言う事だ」
校長はそう言うと再び酒を飲み始める。
「君も飲むかね、…日本酒だ、おそらく口に合うだろう」
「未成年に酒を勧めないで下さい」
校長の言葉にハヤトはそうピシリと踵を返す。
「…ならば夜ももう遅い、他の面々はベアとチタ先生が運んでくれた、君も宿に帰って休みたまえ」
「ええ、そうします」
ハヤトはそう答えて立ち上がり、一礼して小屋を出て行こうとするが
「ハヤト君」
「何でしょうか?」
「これを持って行きたまえ」
校長は白い布に包まれた棒のようなものを放り投げてくる。
パシッ…
「これは…」
校長が放り投げた品には見覚えがあった。
日本刀だ。
だが、それは一昨日ハヤトが使った刀ではなく、滝の祠に祭られていた短刀の方だった。
「長刀の方があれば土地静めには問題あるまい、道具は使ってこそ道具、それは君が持っていた方が良かろう」
「ですが…」
「彼女が望んだ事だ」
ハヤトの異論を校長はそう言って打ち消した。
この状況で、これ以上の強制力のある言葉はないだろう。
「…解りました、これは責任を持ってお預かりします」
布を取り払い中身を確認する。
刀身を納める鞘の拵えが以前より随分とシンプルになっていた、見た目で言えば多少変わっている木刀ぐらいにしか見えないだろう。
「校長、一つ問題があります」
「何だ?」
「気を使ってもらってはいるようですが、世間一般ではこの刀を持っていると銃刀法違反です」
「そのような心配はいらん、すでに手回しはしている、今頃君の住所宛てに所持許可証が届いている頃だろう」
何から何まで校長の思惑通りだったようだ。
「はぁ、解りました、では失礼します」
少々うんざりしながらハヤトは再び一礼し、今度こそ小屋を後にした。
朝、まだ日が昇らぬ早朝。
『…はぁ』
ケン、キユ、ミユ、コゥの四人は深い溜息をついていた。
「…なぁ」
「何?」
ケンの言葉にコゥがそう返事を返す。
「夕べのあれ、夢じゃねぇよな」
「全員がまったく同じ夢を見る確立ってかなり低いらしいよ」
キユがケンの淡い期待を残酷にも打ち消す。
「じゃあよ、俺達が見たのってやっぱり…」
『それ以上は言わないで…』
昨晩の肝試しで情けなくも全員がその意識を失ってしまったのだ。
その原因は実に単純なものであった。
ミアの体より抜け出た幽霊が消えると同時に、山に異変が起こったのだ。
山中にある岩や木、大地から突如白い何かが無数に現れはじめ、四人に何かを囁くように消えていった。
どうやら人の脳というのは理解できる許容量を超えると自動的にシャットダウンがかかるらしく、理解を超えたその状況で四人が意識を保つのは不可能だったらしい。
気がつけば宿の医務室にて四人は眠っていた。
そして今調度目が覚めた所である。
兎に角、一眠りした事によってある程度脳の許容量が戻ったのか、昨夜の出来事をある程度は理解できる状態になったようだ。
「…で、肝心要のハヤトはどこいってんだ、後ミアは?」
自分たちがこうしてこの場にいるという事は、あの場で唯一状況を把握していたであろうハヤトが何らかの行動を取ったからだろう。
「解らないわよ、私達も今目が覚めた所なんだから」
「そりゃそうか…」
共に目覚めたばかりのコゥ達に二人の居場所が解るはずも無い。
「おや、みんな目が覚めたかい?」
そんな四人の前に現れたのはチタ先生だった。
体育会系だからだろうか、早朝だというのに彼は普段と変わらぬテンションを保っていた。
「チタ先生…」
「先生が私達を運んでくれたんですか?」
「ああ、ベアさんっていう宿の管理人さんが一緒に運んでくれた、後で礼を言っておくようにね」
キユの素朴な疑問にチタ先生はそう答える。
「おっさん、ハヤトはどこだよ、どうせあいつが何か関係してんだろ」
自称不良らしく、ここは捻くれた思考の見せ所だった。
「半分正解、まぁ、真実はともかくとして、ある程度の事実は当事者である君達の方が詳しいだろ」
「…先生、その言葉を聞いた限りでは先生もある程度は事の真相を知っているように聞こえますが」
コゥはチタ先生のその言葉を聞いてそう答えた。
チタ先生にはまだ幽霊騒ぎの事は話していない。
それなのに彼がその事を知っているという事は、彼もまた関係者の一人である可能性が高い。
「私も全ては知らない、おそらく今回の一件に関して、私達は真実を知ることはできないだろう」
「それは…」
何故ですか。
コゥがそう聞く前にチタ先生は指を口前に一本立てて言葉を遮る。
「だが事はこの一件だけで終わりそうに無い、今は黙して語らず時が来るまでは自分だけで考えるんだ、…いいね」
それはある種の忠告であった。
簡単に言えばこの事を他言するなと言う事だが、チタ先生は四人にそれ以上の意味を込めてその事を忠告していた。
四人もそれを感じ取ったのか、小さく首を縦に振る。
「…何か、色々悩むのが馬鹿らしくなってきたな」
ケンは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに立ち上がり
「集合まで時間あるよな、俺は部屋でもう一眠りしてくるわ」
そう言って医務室を出て行く。
「あ、ケン…」
コゥは何かを思い出したようにそう声を上げ、ケンの後を追って医務室を出て行く。
カコン…
ケンが部屋の鍵を開けノブに手をかけたところで、ようやくコゥがケンに追いつく事が出来た。
「ん、何だよ委員長」
何か用でもあるのか。
そう聞こうとするが
ズンズンズン…
コゥは普段なら立ち止まるであろう場所を越え、そのままケンの真近くまで接近してくる。
「え、お、おい?」
見事な流れ技というべきだろう。
バンッ、タッ…、ガチャ、ガコンッ!!
コゥはケンが持っていたノブを一気に回して扉を開け、ケンをそのまま部屋の中へ押しやり、扉を閉めて鍵をかけた。
キッ!!
続けざまにコゥはケンを睨みつける。
「な、何だよ、委員長、一体どうしたってんだよ?」
予想だにしないコゥの連続コンボにケンはうろたえるばかりであった。
「夕べの続きが聞きたいのよ」
「夕べの続きって…」
コゥに言われて記憶の断片が蘇ってくるケン。
途端に気まずい雰囲気があたりを包む。
「…言ったじゃねぇか、勝手にすればいいだろって」
「じゃあ、いいのね」
「あ、ああ…」
何とも言えぬコゥの迫力に押され、ケンはそう生返事を返してしまう。
「ったく、夕べから変だぜ委員長…」
頭を抱えて愚痴を言おうとするケンだが
グィ
「どわ!!」
コゥに突然胸倉を引き寄せられ、喋る事を禁じられてしまう。
「コゥよ」
「はぁ?」
多少、凄みのある迫力でコゥはケンにずいっと言う。
「私の事はコゥって呼んで」
「な、何で?」
「私がそう呼んでほしいからよ」
「…委員長だから、とは言わないんだな」
「ケンが嫌だっていうからね」
「…何だかなぁ」
ハヤトの事を散々馬鹿にしてきたケンではあったが、女に強引に事を進められるとペースを崩され逆らえない辺り、彼もまたハヤトと同類と言えよう。
「だがな、先に言っとくけど俺はあんまりそういう気がねぇぞ」
コゥが目的としている事は幾らケンでも薄々気づいていた。
口に出すのも恥ずかしいし、もし間違っていたらもっと恥ずかしいのでそう遠まわしに言うしかないが、ケンはとりあえずそう言って自分の意志を強調した。
「いいのよ、…だって、私気づいたから」
「…何を?」
「欲しい物があったらもう少しアクティブに攻めた方が良いって」
「委員長、それ誰を参考に…」
ケンがその先に言おうとしたのは、言わずとしれた猫人の少女だろうが
ゲシッ…
コゥの容赦ない蹴りがケンの足を踏みつける。
「っっ!!」
「ケン、さっきの言葉もう忘れたの?」
「…わ、解った…コゥ」
「よろしい」
コゥはその言葉を聞いてにっこりと可愛く笑う。
「(…これって脅迫って言わねぇか?)」
少し青ざめながらケンは心の中でそうつぶやいていた。
ミアとは別の意味でしつこそうだ。
「…にぃ?」
多少けだるくも、朝日を浴びてミアは目覚めた。
少々体が重い気もするが眠気のせいだろうと割り切ることにした。
猫科独特の大きな欠伸をしながら体を伸ばし、とりあえず周囲を見回してみる。
どうやら女子部屋のようだ。
だが、本来そこに居ないはずの人物が居た事でミアは一気に目を覚ます。
「…お、目が覚めたか、ミア」
「ハヤトー!!」
スカッ…
ハヤトはミアのタックルを交わし、ミアはそのまま布団の中へと再び身を沈めていく。
「朝っぱらから元気だな…お前は」
何時もならば少し怒った顔をして叱咤するハヤトだが
「…ハヤト、どうしたの?」
「ん?」
「何か落ち込んでるみたい」
「…え?」
今回はどうやら状況が違うようだ。
「…はは、なーに、ちょっと嫌な事考えてただけだ、ミアの能天気な顔見たら考えてるのが馬鹿らしくなってきた」
「何よそれ」
「はは、それ、そういう顔」
ハヤトはそう言って笑う。
「さて、どうやらこっちは大丈夫そうだし、そろそろ集合の時間のはずだ、荷物持ってみんなの所に行こうか」
「うん!!」
そう言って二人は廊下に出ようとするが
カコン、ガチャ…
扉を開く前にノブが回され、開かれる。
『ん?』
調度2対2、面白い具合に出会い頭でにらめっこをする事となる。
それはキユとミユだった。
「…ハヤト君、何やってるの?」
「二人ともどうしたんだ?」
「キユちゃん、ミユちゃん、おはよー」
「…おはよう」
見事なまでの会話のすれ違いである。
「…えっと」
どうやらこの中では一番キユが頭を悩ましているようだ。
「私達は荷物を取りに来たの」
「俺はこれから荷物を取りに部屋に戻ろうとしている所だ」
「うん、それはOK」
そこまでは理解したとキユは頷く。
「どうしてハヤト君が女子部屋から出てくるのかって事が問題なのよ」
「ミアの様子を見にきただけなんだが」
「そうじゃなくて、部屋には鍵がかかってたはずじゃないの?」
言われてみれば確かにその通りだ。
チャリ…
何しろキユはその手に部屋の鍵を持っており、先程扉の鍵を開けて部屋の中に入ってきた。
つまり、ハヤトは鍵の掛かった扉を開けて中から再び鍵をかけた事になる。
「ああ、その事か…」
言い忘れてたとばかりにハヤトがそう言う。
「んー、どうせなら全員揃ってから説明するよ、ケンや委員長も同じ事聞いてくるだろうし…そういや二人は?」
そのハヤトの問いに兎人の双子は同じ顔で同じ表情をしていた。
「なぁ…委員…、じゃなかった、…コゥ、そろそろ離れてくんねぇか?」
「え?」
「その…、この体勢は…非常にまずいと思う」
二人はただいま密着状態。
扉には鍵がかけられており密室。
付け加えるならば床にはまだ片付けられていない布団がご丁寧にしかれている。
「…あー、えーっと」
ようやく自分の置かれている状況が解ったのか、コゥはそのままの体勢で少し考え込む。
「…ふむ、時間的に考えれば無理な話じゃないわよね、でも流石にタイム制限付きじゃムードが無い…か、それなら無理にこの場で事を進めなくても後日…」
「…何の計算してんだよ、おめぇは」
ミアに振り回されるハヤトの気持ちがちょっとだけ、…いや、良く解ったケンであった。
「ふーん…」
「何だよ」
「今、私の考えてる事解ったんだ」
「はぁ?」
「嬉しいな、うん、無理に進めなくてもいっか、少しずつでいいから仲良くなって行きましょ」
「…やりづれぇなぁ」
何でこう言う事になったんだと今更ながらに考え込むケン。
「兎に角離れろよ」
「そうね、誰かに見られたらまだまずいし…」
そう言ってコゥがケンから離れようとした時。
カコン、ガチャ…
宣告も予告も無しに部屋の扉が開かれた。
鍵のかかっていたはずの扉がである。
無論、開かれた扉の向こう側に立っていたのはケンとコゥを除いた残りの面々、ハヤト達四人であった。
『……』
一同沈黙。
流石にこれは誰も予想だにしなかったシチュエーションであろう。
誰も彼も下手なリアクションが出来ないため沈黙を保つしかなかった。
だが
ズル…
「ひゃ…」
元々ケンから離れようとしていた不安定な体勢でいたためか、コゥは足元の布団にバランスを崩され倒れようとする。
「どわっ!!」
そうなると、襟元を捕まれていたケンもコゥ同様に地面に落下。
結果。
見事に、布団の上で折り重なり合う男女の出来上がりだ。
「あー、ケンがコゥちゃんを襲ってるー」
「襲われてるのは俺の方だ!!」
ミアの言葉にケンはそう反発した。
「…んー、悪いがそういうのは人目の無い所でやってくんねぇか?」
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ!!」
何時ものお返しとばかりにハヤトはケンをそう冷やかす。
「朝っぱらから何やってんだか…」
「……」
残った兎人の双子は同じ顔でちょっと違う表情を見せていた。
「で、ハヤト、お前なんで鍵が無いのに入ってこれたんだ?」
一応の段落を見せ、状況が落ち着いた所でケンがハヤトにそう尋ねた。
「あー、見せた方が早いな」
そう言うとハヤトは扉の所まで歩いて行き。
「ここをこうして…」
扉を持ち上げるようにノブを上げ
「こうスライドさせると」
そのまま扉を横に引く。
すると
カコン…
鍵の開かれる音がノブの奥から聞こえてくる。
「な、こうすれば簡単に開けれるんだよ」
ハヤトは簡単そうにそう言うが
「…どうなってんだ、これ?」
鍵を再び閉め、ケンがハヤトと同じようにノブを上げて引っ張るが鍵は一向に開かない。
「昔の日本の技術に隠し錠前ってのがあってね、手順とちょっとしたコツを知ってれば鍵が無くても開けれるんだ」
「コツねぇ…」
ケンはなおもノブをガチャガチャと動かすが一向に開かない。
どうやらこの手のギミックは一度自分で解かないと気がすまないタイプのようだ。
「しまったなぁ、この方法を知ってれば幾らでもハヤトに夜這いできたのに…」
と、お決まりの台詞を言うミアだが
「この方法を知っている奴はもう殆ど居ない、多分この仕掛けが使われる事ももうないだろ」
ハヤトはお決まりのツッコミを入れずにそう言った。
「残念」
「ミアの考えが甘いんだよ」
「じゃあ、手っ取り早く行動に…」
ダッ…
振り向きざまにハヤトに抱きつこうと足に力を込めるが
「前言撤回、考えが甘すぎる」
スカ…
例によってハヤトにかわされる。
「にゃ!?」
ゴロゴロゴロ…
今回は床だったためミアの体は廊下を転がっていく。
…ちょっと痛そうだ。
「んじゃま、集合場所に行くか」
『おー』
リーダーの呼び声に残りの面々がそう返事をする。
「私は無視なのー?」
そんなミアの声は当然無視された。
『お世話になりました』
集合後、獣耳学園一同は宿に向かってそう言い、頭を下げる。
まぁ、よくある学園側の合宿等の締めと言う奴だ。
面倒だと言う奴もいるが、一応礼には礼を尽くすのが礼儀というものである。
「順番にバスが出るから、順次乗り込めよー」
教師陣が各々そう言って生徒をバスに乗せていく。
とは言えハヤト達のクラスは13番目、バスの発車も他のクラスより若干遅い。
「…ケン」
「あん?」
「悪い、ちょっと荷物預かっててくれ」
「え、おい…」
ハヤトはケンの足元に鞄を置くと宿の方に走り出す。
タッタッタ…
宿の階段を一気に駆け上がるハヤト。
彼の目的地は屋上。
視野の悪い通路を駆け上がったせいか、そこに辿り着いた時一気に世界が広がったような気がした。
「…君か」
「どうも、…ベアさん」
そこに立っていたのはベアだった。
宿の管理人であるはずの彼は一度も獣耳学園の生徒の前に姿を現す事をしなかった。
「もうすぐバスが出る、戻った方がいい」
「はい、用が済んだらすぐに」
「用?」
「一言、貴方に礼が言いたかったんです、ありがとうございました」
ハヤトはそう言って頭を深々と下げる。
「君に礼を言われる筋合いはないが…」
「いいえ、あります」
ハヤトはキッっとベアを見据えてそう言う。
「俺の推測ですが、この宿…彼女の家じゃなかったんですか?」
「む…」
「家と言う表現はちょっとおかしいですけど、おそらく彼女は名のある家柄のお嬢さんだったんでしょ、じゃなきゃ色々と説明がつきません」
そう考えるならば、確かに色々な事に対する説明がつく。
「そして貴方はその家の者達となんらかの繋がりがあった、だから未だにこの宿を管理者としての形で守っている、宿だけでなく彼女の家が納めていたであろうこの土地も」
「確かに…その通りだ」
「人族として、人族のために何かをしてくれた人に礼を言うのは当然でしょ、ですから…それに対する礼です」
ハヤトはそう言うとベアから視線をそらそうとしなかった。
「…君と始めてあった時、どことなく彼女の面影を感じた、見た目もそうだが、何というか…雰囲気が良く似ている、…もしかすると君は彼女の血縁か何かか?」
「解りません、ですが可能性はあると思います、…何と言っても、人族は数が少ないですからね」
ハヤトはそう言って多少声のトーンを落とす。
「君はもしかして…」
その様を見ていたベアが何かを言おうとするが
「ハアトー!!」
そんな能天気な声に場の雰囲気が一気にぶち壊される。
屋上から下を見下ろすと、大声で叫ぶ猫人の少女の姿が見えた。
「あの馬鹿…」
どうやらバスの発車時間が迫っている事を教えてくれようとしたようだが、ハヤトはその声に頭を抱えていた。
「ふふ…人族というのは皆やる事が似ているらしい」
そんなハヤトを見てベアは初めて彼の前で笑った。
「え?」
「礼は確かに承った、もう時間だ、行きなさい」
「はい」
ハヤトはそう返事をすると屋上から立ち去ろうとするが
「あ、ベアさん」
「ん、何だ?」
ハヤトは一度立ち止まってベアに話し掛ける。
「俺、来年もまた来ます」
「もう来る必要があるとは思えんが?」
「…ベアさん、今日が何の日か知ってますか?」
「いいや、知らないが」
「日本人の習慣で、まぁ、ちょっと意味は違うんですが、今日は死者の霊に対して礼と念を送る日なんです」
「ほぅ…」
「ですからまた来ます、どうせ校長がまた何か企みそうですし、そうすればまた賑やかになりますよ、その時はまたよろしくお願いします」
「ああ、そうだな…」
「それじゃあまた!!」
そう言って、今度こそハアトは一気に階段を駆け下りていった。
「ふふふ、ベアよ、見抜かれたな」
ハヤトを見送っていたベアに、どこからともなく現れた校長が不敵に笑ってそう言う。
「大方、寂しくなるとお前の顔に書いてあったのだろう」
「抜かせ、お前とてあの子に何かと気を使われたくせに」
「それはお互い様だ」
大男同士が互いに笑い合いそう言い合う。
「…良い子だな」
「ああ…」
「ちゃんと校長してやれよ」
「解っている」
短いやり取りだがそれだけで二人は言いたい事を大体言い合ったらしい。
「今度来る時はもっと上質の酒をもってこい、あの程度では酔うに酔えん」
「日本酒は数が少ないんだ、そう簡単に手に入るものか」
「大体お前は酒に弱すぎる、酔ったら酔ったでベラベラと喋るし」
「熊人に良い酒はもったいない、水のようにガバガバ呑むだけだろ」
「ケチケチするな、たんまり裏で稼いでるんだろ」
「人聞きの悪い事を言うな、たまたまだ」
「ふん、良く言う、…まぁいい、とっとと行け、お前は一応校長なのだろう、まぁ、校長がお前みたいなのでは生徒が苦労するだろがな」
悪態を付き合うのも飽きたとベアは会話を打ち切るように言葉を続けた。
「…ああ、それと彼に言っといてくれないか、来年来る時はまた蜂蜜を持ってきてくれって、あの蜂蜜はうまかった」
熊人の好物、それが蜂蜜である。
以前、ハヤトがベアとの肉の交換として差し出した物の正体はこれだった。
「断る、ガキじゃあるまいし手紙でも書いて自分で伝えろ」
「そう…だな」
「じゃあ、また来年だ」
「おう」
ガッ…
二人の大男は拳を軽くぶつけ合い、振り返ることなく別れの挨拶をした。




