十ニ限目『納涼、肝試し大会』
〜 十ニ限目『納涼、肝試し大会』 〜
獣耳学園合宿六日目、夜。
浜辺には大きな炎を囲むように獣耳学園の生徒が集まっていた。
合宿恒例、キャンプファイアーである。
「海岸沿いとは言え、こんなに派手に燃やしていいのか?」
その炎は実に派手に燃えており、海岸と言う場所を考えずに端から見れば、大火事が起こっているようにも見えるだろう。
「校長が言うには近隣の家の人には予め伝えてるらしいし、ちゃんと消防局にも連絡してるそうよ」
「随分手回しのいい事だ、…だから派手にやれって命令か?」
「まぁ、そんな所だけど、どうしたの?」
何時もながらのコゥの説明を聞いて、ハヤトはやや不機嫌そうだった。
その理由は実に単純。
校長が姿を現していないからだ。
「今日も昨日も、一回も校長の姿を見なかった」
「ハヤトって結構根に持つタイプなんだね」
そんなハヤトの姿を見たミアは率直な感想を言う。
「約束は約束だ、守るのが当然だろ」
「そりゃそうだが、そうカリカリすんなよ、居心地悪いったらありゃしねぇぜ」
これから最後のお祭りだというのにハヤトがこんな調子ではやり辛い。
現にミユなどは先程からハヤトの挙動にビクビクしっぱなしである。
「大体ここで不平不満や怒りをばら撒いてもどうしようもねぇだろ」
「…まぁ、そりゃそうだが」
「だったら少しは楽しめよ」
「…解った、ケンの言う通りだ、ちょっと頭冷やしてくるよ…」
言葉通り、頭を冷やすために顔を洗いに近場の水道まで行こうとするハヤトだが
ガシ…
「ん…?」
服を掴み、その行動を止める者がいた。
「どこ行くの?」
ミアだ。
「どこって、ちょっと顔を洗いに行くつもりなんだけど」
「そうなんだ、てっきり例のラブレターの女の子と会いに行くのかと思っちゃった」
「…お前なぁ」
しつこい。
先程、この猫人の少女に根に持つタイプだと言われたハヤトだが、ミアのしつこさも半端ではなかった。
「俺に行動の自由は無いのかよ!!」
「無い!!」
「だから断言すんなよ!!」
あーだこーだと恒例のやり取りが始まってしまう。
「…どーやら元に戻ったみたいだな、あいつ」
「そうね、何だかんだいってあの二人相性いいのかも」
ケンのぼやきにコゥが答える。
これも恒例のやり取りである。
そう、恒例である、お約束である。
なればこそ、この次に待ち受ける展開は誰もが予測できるだろう。
数十分後。
「…何でこうなるんだよ」
ケンは頭を抱え込んでいた。
その手には1番と書かれた紙が握られており
「まぁ、お約束って奴ね」
そのケンの正面に立つコゥにも1番と書かれた紙が握られていた。
「いや、俺は猛烈な作為を感じるんだが…」
ケンと同じように頭を抱え込みながらハヤトがそう言う。
彼の手には2番と書かれた紙が握られている。
「いいじゃない、お約束って要するに王道って事だよ」
そのハヤトの前で同じく2番と書かれた紙を握るミア。
「私達は論外って訳?」
「お姉ちゃん…」
残った双子は揃って同じ3番と書かれた紙を握っていた。
まぁ、ここまできたらあまり状況説明の必要はないだろう。
キャンプファイアーの後、行事として肝試しが決行されようとしていたのだが
『肝試しは男女二人一組が恒例』
という学園側の取り決めにより、13クラスの面々も二人一組でパーティを組む事になった。
だがご存知の通り13クラスの男女比は1:2、同計算しても女性陣の方が余るため、厳選なくじ引きな結果、上記の組み合わせとなった。
厳選じゃない?
そういうツッコミはこの際無しにしよう。
「お、俺できればキユかミユの方がいいんだけど…」
「あら、ケン、私じゃ何かご不満かしら?」
「い、いえ…」
最早この合宿でこの二人の主従関係が確立されてしまったようだ。
「…ねぇ、ハヤト」
「ん、何だよミア?」
「ハヤトは私とじゃ嫌とか言わないの?」
確かに、何時もの彼ならば確かに不平不満を述べていただろうが
「いいや」
「え?」
「今日に限ってはいいだろう、いや、今日だけはミアじゃないと駄目だ」
「ハ、ハヤト…」
ジーン…
珍しく、いや、おそらくはじめてであるだろうハヤトの了承の言葉にミアは感激した。
「ハヤト、やっと私を受け入れてくれる気になったのねー!!」
感極まってハヤトに飛びつこうとするミアだが
「甘い…」
スカ…
「にゃ!?」
ズザアァァ…
これまたお約束、ハヤトのスルーにより、ミアの体は地面をスライディングする事となる。
「ふにゃぁ…」
スライディングと共にに派手に土煙を巻き上げ目を回すミア。
「それとこれとは話が別だよ」
「えー、そんなー」
ハヤトのその言葉に不平不満を言うミア。
「び、びっくりした…」
「お、同じく…」
一方そんな二人のやり取りを見守っていたコゥとキユは互いにそう安堵の声を漏らしていた。
どうにもこの間の一見がトラウマになっているようだ。
「おーい、んないい加減見飽きたやり取りは止めにして、とっとと行こうぜ」
ケンはそう言って早く行動する事を提案する。
案外、夏休みの宿題など嫌な事は早めに済ませるタイプなのかもしれない。
「ああ、じゃあ1番手、行ってこいよ」
「おう」
「それじゃあ先に行かせてもらうわね」
ケンとコゥはそう言って懐中電灯を持ち、裏山へ歩いていく。
「やれやれ、それにしても肝試しとはなぁ」
山中を進むケンとコゥ。
「ケンは幽霊否定派だものね」
ケンの愚痴に答えるようにコゥがそう言う。
「俺は目に見える物しか信じない性質でね、幽霊とやらが目の前に現れたら信じてやるよ」
現実主義者と言う奴だろうか、どうやら完全否定と言うわけではないらしい。
「それにしても夜の山道ってあんまりいい気分しないわね」
「その点に関しては賛成するぜ」
暗い夜道は幽霊云々以前に不安を駆り立てる。
懐中電灯一本というのは実に心許ない。
「にしてもよ委員長」
「何?」
「俺が幽霊否定派なんてよく知ってたな」
確かに先日ハヤトの言動に対してケンは幽霊など居ないと否定はしたが、それほど強く否定した訳ではない。
それを考えればコゥの言葉は予めケンが否定派だと知っていた口振りだった。
「だって委員長だもの」
「け、またそれかよ」
ケンはそう言って悪態をつく。
「嫌だった?」
「別にんな事言ってねぇだろ、ただ委員長だからとかそんな理由で色々見透かされるのが嫌なだけだ」
「ふーん…」
コゥはそう返事を返すと並んで歩いていた足を少し緩め、ケンの死角である斜め後ろに移動する。
「じゃあさ…」
「んー?」
「…私がケンの事知りたいって言えば嫌じゃない?」
「え…」
その言葉に、ケンは思わず足を止めてしまう。
同じようにコゥも足を止める。
互いに足を止めるがケンは振り向かなかった。
少しの間、沈黙が流れる。
「私は…ケンの事もっと知りたいな」
「…そりゃ、委員長の勝手だろ、…俺に断りいれる必要なんてねぇよ」
周囲が静かなせいだろうか、互いの声が良く聞こえた。
「ケンの意見が聞きたかったのよ」
「…ったく、冗談はよせよ」
口ではそう言うが振り向けない。
コゥの顔をまともに見れる自信がなかったからだ。
「あんまりからかうと本気にして喰っちまうぞ!!」
照れ隠しか本音か、どちらにせよむきになって大きな声を出してしまう。
だが
ギュ…
突然、そのケンの腕にコゥが抱きついてくる。
同時にその年齢不相応な大きな物の感触もダイレクトに伝わってくる。
「いっ!?」
ケンの心臓の鼓動は一気にレッドゲージになる。
「い、い、委員長!?」
口では偉そうな事を言っていても実際はこの通り。
まるで金縛りにあったように直立不動してしまうケン。
…実に情けない。
「いや、さっきのは言葉のあやというやつで、お、俺は決して…」
「ケ、ケン…」
「…え?」
だが、コゥはそんなケンではなく、ケンの前の方を指差してそう声を出す。
「あ、あれ…」
「…あれ?」
何もないはずの闇の空間。
そこに一点の光が見える。
何だろう。
二人は様々な予測を立てながらもその光を目で追う。
光は大きく移動するでもなく、その場を漂いつづけるが、距離があって良く解らない。
意を決し、その光の正体を確かめようと同時に一歩を踏み出そうとすると
バッッッ!!
まるでどこぞのゾンビゲームよろしく、四方八方、地面、木々、岩から無数の青白い手が飛び出してくる。
『っっっ!?』
「…ねぇ、今何か聞こえなかった?」
「さぁな…」
ミアの問いにハヤトは少し笑ってそう答える。
「さて、そろそろ時間だな、俺達も出発しようか」
ケンとコゥが出発してから15分が経過していた。
学園側の取り決めで各組が山の中で会わない様考慮しての時間配分だそうだ。
「じゃ、キユ、ミユ、また後でな」
「…うん」
「んじゃ、また後でねー」
ハヤトはそう二人に言って、裏山の方へと歩み出す。
その後を追ってミアも歩き出す。
こうして裏山に入る事になったのだが
ハヤトとミアが山道を登り始めて約10分。
『……』
二人は懐中電灯の明かりを頼りに黙々と道を進んでいた。
そう、一言も言葉を交わさずにである。
お喋りであるはずのミアがハヤトと二人っきりというこの状況で何の行動も起こしていないのだ。
彼女はずっとハヤトの服の裾を握り、着かず離れずの距離で歩き続けていた。
しきりに周囲をキョロキョロと見回し、端から見れば実に挙動不審である。
「…ミア?」
疑問に思ったハヤトがミアにそう声をかけると、彼女は少しビクッっとしてハヤトの方を見る。
「な、何ハヤト、びっくりさせないでよ」
「びっくりって、少し話し掛けただけだろ」
「え、ああ、うん、そうだよね」
受け答えもしどろもどろ、その反応を見れば誰とて容易に彼女の心境を察する事が出来ただろう。
「…ミア、もしかしてお前、こういうの苦手なのか?」
「…うん」
答えるミアは素直だった。
彼女は怖がっていたのだ、この山を取り巻く闇の深さを。
「怖いのって…ちょっと駄目なの、だから本当は幽霊とか怪談とかの話ってあんまり好きじゃなくて」
人は自分の弱さを隠すためにその原因を否定する事が良くある。
彼女にとって幽霊がそうだったのだろう。
「そうだったのか…」
その事に関してハヤトは何も言わなかった。
ただ…
「それは悪い事したな」
そう、謝罪の言葉をつぶやく。
「だから…ハヤト、今日だけは…」
俯いて、そう小さな声でぼそぼそと喋るミア。
何時もの彼女はどこへいったのだろうか、今の彼女は脅える子猫のように汐らしく見える。
「その…」
意を決してハヤトに言おうと、ミアが顔を上げるが
「え…?」
そこにハヤトの姿は無かった。
「ハヤ…ト?」
周囲を見回す。
だがハヤトの姿は見つからない。
彼が持っていたはずの懐中電灯が地面に落ちている。
そのお陰で周囲は真っ暗ではないが、それはこの場からハヤトが居なくなった事実を残酷にも物語、ミアに突きつけられる。
「……」
そうなると残るのは不安と恐怖。
「ね、ねぇ、ハヤト、…ハヤト、どこなの!?」
懐中電灯があるとはいえ、この暗い山中に一人で要るという事に対する絶望感。
「ヤダ、…ハヤト、ヤダよ、一人にしないでよ!!」
今のミアに計り知れない心的プレッシャーを与え、絶望は徐々にミアの精神を蝕み、彼女の心を取り乱させていく。
「ハヤト…」
ミアは何度もハヤトの名を呼ぶが返事はない。
やがて
チ…、チカッ…
「嘘っ!?」
地面より拾い上げ、ミアの手にしていた懐中電灯の光が点灯しはじめる。
電池が切れようとしているのだろうか、断続的に光が途絶えていく。
「お、お願い、消えないで!!」
だが、そんな彼女の望みも虚しく。
フッ…
懐中電灯はその光を失った。
「……」
光は無く、頼れる人すらいない。
カラン…
「ひっ…」
視覚をほぼ奪われているせいで他の感覚が何時もより鋭くなっていた。
僅かな音にすら過敏に反応してしまうミア。
天には三日月があるもののその光は弱く、寧ろ中途半端な光が辺りを照らしているため逆に恐怖を煽り立てた。
「ハ、ハヤトォ…」
すでにミアは半泣き状態であった。
暗闇のせいで足元が見えず、恐る恐る足を動かす。
恐怖のためかその足はうまく動かず、前に進もうとした足はよろめき、立ち直ろうとして後ろに後退してしまう。
ドン…
背に何かがぶつかった。
思わず恐怖に顔が引きつる。
恐る恐る、振り向かずに手で確かめる。
硬い、どうやら木だったようだ。
「(な、何だ…)」
少しホッとするミア。
だが
ズッ…
「っ!?」
頭の両側面を何かが通り過ぎていく。
何か、良く解らないが薄く光る青白い何かだ。
良くは解らないがそれは自分の体を抱きしめるように、ゆっくりと肩から胸にかけて垂れ下がってくる。
恐怖で膝がガクガクと震える。
気が遠のいていきそうだ。
それでも目は開いているので見える物は見えてしまう。
見ればその青白い何かは、まるで人の腕のようだった。
だが、そんなはずはない。
自分は今木に持たれかかっているのだ。
後ろに誰かがいるはずなどないのだ。
それに、手が青白く光っている人間などいるものか。
この後ろには誰もいないのだ。
振り向きたくない。
けど、後ろに何か居る。
それだけは確実なのだ。
このままではいられない。
確認しなくてはならない。
「はぁはぁ…」
呼吸が乱れる。
額から汗が流れ落ちる。
意を決して、ミアは大きく振り返ろうとするがその瞬間
バッ!!
自分が背にしていた木から無数の青白い手が飛び出してくる。
「きっっ!!」
山中を木霊する女性の悲鳴。
最終グループであるキユとミユは、その声をはっきりと聞いた。
「…ねぇ、今の、間違い無く聞こえたよね?」
キユがミユにそう確認を求めるとミユはビクビクしながら小さく首を縦に振って頷く。
「時間からしてハヤト君とミアちゃんかな?」
ケンとコゥのグループとは30分もの時間差があるので接触はするまい。
ならば一番可能性が高いのはハヤトとミアのグループだ。
「行って見ましょう」
目を輝かせてキユはそう決断した。
彼女は恐怖心より好奇心が強いタイプである。
この手のスクープになりそうな出来事は自分の目で確かめなければ気がすまなかった。
「噂の幽霊に二人が出会ったのか、それともとうとうハヤト君が野獣と化したのか、どちらに転んでも面白そうよ」
しかし、この手のタイプは周りの迷惑と自分の身の危険をあまり考えないというのが世の常であった。
その証拠に、隣のミユは今にも泣き出しそうな顔で嫌々と首を振って哀願していた。
「…はぁ、ミアにはかなり悪い事しちまったなぁ」
気を失って倒れているミアの体を抱き起こしながら、ハヤトは溜息をついてそう言った。
「ハヤトさんは優しいんですね」
その言葉に答えたのはハヤトに抱かれているミアだった。
「ふふっ、ちょっと悪戯が過ぎちゃいましたね」
「こいつが怖いの駄目だって前もって知ってたら、他に方法を考えてたんだけど」
喋るミアに向かってそう答えるハヤト。
「よっと…」
ミアはハヤトの体を離れて自分で立ち上がる。
「今日は大分調子いいみたいだね」
それを確認したハヤトがそう声をかける。
「ええ、ハヤトさんのお陰です、みんなとても感謝していますよ」
「みんな…ねぇ」
ハヤトはそうつぶやいと先程腕の飛び出してきた木を見る。
「ちょーっと調子に乗ってるようの気がするけどな」
苦笑いしながらそう言うハヤト。
「夏の夜に怪談は付き物ですよ」
「付き物の字が憑き物の間違いだと思うぞ」
「大丈夫です、やり過ぎたりしませんから」
「…まぁ、肝試しに本物が加わってくれてるんだから臨場感やリアリティは文句なしだろうけど、流石のケンと委員長も今回ばっかりは苦労するだろうなぁ」
やれやれといった感じで、ハヤトは山の頂上を見上げた。
「はぁはぁ…」
激しく息を乱し、大きく呼吸するケン。
それもそのはず、今彼は背中にコゥを背負って山道を駆け上ってきた直後なのだ。
「ね、ねぇ、今の何だったのかしら?」
「お、俺が知るかよ…」
あの後、場が場であるためにコゥを背負ってケンはその場をダッシュで逃げ出した。
確認するとかそういう事を考える前に本能が走れと告げたような気がしたのだ。
「やっぱり、幽霊って奴なのかしら…」
「ま、まぁ、見ちまったもんは見ちまったから完全否定はできねぇけど」
未だ、二人とも頭の中は混乱したままであるようだ。
拒絶や理解の前に落ち着く事が必須であったのだが
ガサガサ…
奥の草むらが音を立て僅かに揺れる。
『……』
どうやら性質の悪い幽霊達はその状況すら与えてくれないらしい。
ガタタタタタ…
木々の上から地面の底から何かが音を立て這って来る。
二人の本能が更に危険を感じた時。
生と死、天国と地獄を賭けた登山の第二ラウンドが始まるのであった。
「…やってるなぁ」
再び山中に木霊する悲鳴を聞きながら、ハヤトはそう声をもらした。
「それで、今晩のこの趣向はどういうつもりなんだ?」
彼女の言を信じるならば二人に危害はあるまい。
そう判断したハヤトは彼女の方に振り返り、そう問う。
「お礼がしたかったんです」
「礼?」
「ええ、私達はすでに現世に姿現す事すら困難な身、月の輝きが消えると同時に行かなくてはならないでしょう、ならせめてこの時を使い何かをして差し上げたかった、だって最後ぐらいぱーっとやりたいじゃないですか」
そう言う彼女の顔は実に良い笑顔だった。
「…なるほど、校長が肝試しのイベントを組んだのは君のためか」
何となく解ってしまった。
校長が今までハヤトの前に姿を現さなかったのは、この時の事を感づかせないため。
「そして、直接お礼が言いたかったんです」
「礼なんていいよ、俺は俺がしたい事をしただけだ」
ハヤトはそう言って彼女に笑う。
「でも、俺からも君に一つだけ言いたい事と聞きたい事がある」
「何ですか?」
「ミアやミユの体を使った事だ、悪意が無かったとは言え個人的にあまり好きな行為じゃない」
「…すみません」
「いや、責めるつもりはないんだ、それだけ切羽詰った状況だったみたいだし…ただ、何でミアやミユだったんだ?」
ハヤトはそう疑問を問う。
「わざわざ二人じゃなくても、同じ部屋のケンの体使って言えば良かっただろうに」
「体を使わせて頂くのにも条件があるんです」
「条件?」
「まず、本人の意識が無い時とか、同性じゃないといけないとか」
「…あー、なるほど」
微妙に納得してしまう条件である。
「後、心に隙間がある人じゃないと駄目なんです」
「隙間?」
「まぁ、隙間と言うか隙というか、何かに固執していたり、何かに気を取られてたり、そう言った心が他所に向いてる人じゃないと同じ体に二つの魂が入る事が不可能なんです」
「隙間ねぇ、そういうのって君からは見えたりするの?」
「はい」
幽霊の視点と言う奴がどのようなものかは解らないが、とにかく彼女には人のその隙間とやらが見えるらしい。
それを聞いたハヤトは
「…それなら、さぞ俺の隙間は大きいんだろうな」
そう言って苦笑する。
やや自虐的にそう苦笑する。
「…貴方の心に隙間なんてありません」
そんなハヤトを見て、彼女は悲しい顔をした。
「ただ、大きな穴が…ぽっかりとあるだけ、…ここにいるのが不思議なぐらい、大きな穴が…」
彼女はそう言ってハヤトに近寄り、寄り添うようにその胸に手を当てる。
「自覚してる」
ハヤトはそう答えるだけだった。
「でも…」
「ん?」
「私はここに来てからのハヤトさんしか知りません、でも…ずっと見てました、…良い方達なんですね」
「ああ、少々お節介が過ぎる所もあるけどな」
ハヤトはそう言って少し微笑む。
「だから、貴方は大丈夫、何れこの子がこの穴を埋めてくれます、そんな気がします」
彼女はハヤトの胸から手を離し、ハヤトの手を握って笑う。
「それは…どうかな」
苦笑するハヤト。
だが、先程のような苦笑ではなく、微笑み混じりの照れが入った苦笑であった。
一方、草陰に隠れる二つの影があった。
片方は目を見開き拳に力を込めて事の成り行きを興味津々で見守っている。
もう片方はおろおろとうろたえてどうすればよいのか解らずにただただ混乱している。
そう、兎人の双子である。
二人は偶然にもハヤトと彼女のやり取りを目撃し、草むらに隠れて事の始終を見ていた。
声は聞こえないが、二人の只ならぬ状況にキユは脳内補完を開始し初め、勝手にアフレコをした結果、これはミアの告白タイムだと勝手に決め付けたのである。
そして、今まさにミアがハヤトの胸に飛び込み、手を取って愛を告げたと勝手に解釈をした。
「おおぉぉ…」
決して声には出していないが、手に汗握る拳といい、音声にすればそんな感じの音だったはずだ。
キユはそこだやれと言わんばかりに、まるでプロレスを観戦しているかのような熱の入れようだった。
「お、お姉ちゃん、駄目だよ…」
対してミユはこの場を去ろうと姉の腕を引っ張っている。
「何言ってるのよミユ、ここまで来て最後まで見なかったら気になって夜も眠れないわ」
経験者は言うである。
「で、でもぉ…」
それでもミユにとってはこれはあまりにあまりな光景であった。
更に一方、ハヤト達を挟んで双子からの反対側では
『……』
やや気まずい雰囲気の犬人の少年と牛人の少女がいた。
双子とはやや経緯が違うものの、ケンとコゥも途中よりハヤトとミアの二人のやり取りを見ていた。
ここで何故二人が気まずい雰囲気となっているかというと、自分達もつい数十分前に同じような事をやっていた事を思い出したからだった。
幽霊騒ぎのためあやふやになってしまった事が更に気まずさを煽っていた。
何はともあれ、この状況で何が出来る訳でもなく。
『(何やってんだろ…)』
などと考えながらハヤト達の成り行きを見ているしかなかったのであった。
「私が生きていれば、ハヤトさんともっとお喋りして貴方の心を埋めてあげる事も出来たかもしれない、…ちょっとだけ、この子が羨ましいです」
彼女はハヤトを見つめている。
「その事に関して、俺は何も言えない、何も知らないし、何も出来ない」
「優しいですね…ハヤトさんは、でも…」
嘘を並べればいくらでも彼女を騙す事ができたかもしれない。
だが、ハヤトはそうしなかった。
解っているからだ。
これが彼女にとって最後の時だという事が。
「一つだけ出来る事があります、私の我が侭、聞いてくれますか?」
「…俺に出来る事なら」
ハヤトは小さく頷いてそう答えた。
「じゃあ、目を閉じて…」
「…こうか?」
彼女に言われるがまま、ハヤトは素直に目を閉じる。
そして
スッ…
本の一瞬だけ、彼女の唇がハヤトの唇に重なった。
一方。
いや、二方にてその様子を見ていた一同は驚きの表情を隠せなかった。
あのハヤトが、ミアからのキスを受けいれたのだ。
少なくとも、みんなにはそう見えていた。
つい数ヶ月前の不意打ちのキスとは意味も状況も違う。
今回のは余りにも皆にとって衝撃的な出来事であった。
だが。
その次の出来事がその衝撃すらも忘れさせる衝撃を皆に与える事となる。
「…ふ、あはは」
唇を離し、彼女はくすくすと笑いだす。
「何がおかしいんだ?」
「だって、ハヤトさん解っててやってくれてるんですもの」
「…こういうの、苦手でね」
ハヤトは少しそっぽを向き、照れ顔でそう答える。
「我が侭言ってごめんなさい、でも、お陰で何かすっきりしちゃいました」
トッ…
ハヤトから離れ、笑う彼女。
「…行くのか?」
「はい」
「そっか、向こうでも元気でな」
「ええ、縁がありましたら、またお会いしましょう」
「ああ…」
ハヤトはそう答えて彼女を見続ける。
やがて、彼女の体は青白く発光し、それはやがて肉体を離れ、人の形を形成する。
幽霊。
そう表現するのが正しいだろう。
白い着物を着ており、長い黒髪が印象的だった。
ハヤト同様にその頭には種族の象徴である耳はなく、尻尾もない。
ハヤトは黙って彼女を見続けた。
彼女はハヤトを見ると柔らかに微笑み、僅かに口元が動く。
そして、何かが弾けるように彼女はその姿を消した。
声は聞こえなかったが、彼女が何を言ったかをハヤトは解っていた。
彼女が言ったのはたった一言の感謝の言葉。
ありがとう、ハヤトさん




