表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私立獣耳学園  作者: 御門屋運命
第02話「海へ、獣耳学園」
19/80

十時限目『月が弧を描く時…』

 〜 十時限目『月が弧を描く時…』 〜


 獣耳学園合宿四日目、夜。

 深夜、誰もが眠る丑三つ時。

 宿の屋上にハヤトは立っていた。

 見晴らしが良く、その場所からは海も山も空も見え、天に浮かぶ三日月が辺りを薄く照らしている。

 ト…

 小さな足音が階段の方から聞こえた。

「…やぁ、待ってたよ」

 ハヤトはそちらに振り向いてそう言う。

 誰かとか、どうしたのとかを尋ねるのではなくそう言った。

 三日月の弱い光のせいではじめはよく見えなかったが、その足音が近づくにつれその人物が誰なのかが解る。

 猫人の少女、ミアだった。

 しかし、その雰囲気は普段の彼女とはどこか違っていた。

「…これで三回目、内二回がミアって事はそっちの方が入りやすかったのかな?」

 そうハヤトが尋ねるがミアは何も答えない。

「まぁいいや、どうやら悪意があるわけじゃないみたいだし、君は…」

「…助けて」

「ん?」

 屋上にミアが現れてからはじめて彼女はそう口を開いた。

「何から?」

「やつ…らから…」

「もう少し具体的に教えてもらえると嬉しいんだけど」

「た…けて…」

 フラ…

 途端にミアの声は小さくなり、彼女の体は地に倒れようとする。

「おっと…」

 トフ…

 ハヤトはそうなる前にミアの体を抱きかかえる。

 耳を済ますとミアの小さな寝息が聞こえ、とりあえず無事を確認し安心する。

「…はぁ」

 ハヤトはそう溜息を一回つくと

「やれやれ…」

 何時ぞやと同じようにミアを背負って女子部屋へと向かった。



「…それで、一度ならず二度までも夜這いに来たと」

「委員長も結構懲りない性格だね」

 女子部屋にたどり着いたハヤトがコゥに言われたのはその一言だった。

「もう止めにしたんじゃなかったっけ?」

「んー、そう思ってたんだけど初志貫徹、2度やったんだから最後までやろうと思ってね」

「まぁいいや、とにかくこいつを頼むよ」

 ミアを背負ったままの格好でハヤトはそう言った。

「せっかくだから布団まで運んでよ」

「解った、お邪魔するよ」

 ト…

 靴を脱いで部屋に入るハヤト。

「いらっしゃいまーせー」

 そんな彼をそう言って出迎えたのはキユだった。

 布団の上に正座で座り、ご丁寧に指を揃えてお辞儀までしている。

「お客さーん、はじめてですか?」

「そんな格好で猫撫で声で如何わしい店みたいな言い方すると、ミユがまた気失うぞ」

 夜、しかも女子部屋に男子であるハヤトが侵入した時点でミユは緊張しまくっている。

 その上キユのリアクションが加わったためか、ミユは身動き一つ取れていなかった。

「ノリ悪いねー」

「そうそう、ハヤト君って夜はすぐ寝るタイプでしょ」

 ミユとは対照的にキユとコゥのノリは軽く、夜で先程まで寝ていたはずなのにそのテンションはやたら高かった。

 寧ろ寝起きだからなのだろうか。

「まぁな…」

 それに対してハヤトのテンションは低く、リアクションは薄い。

 コゥとキユは揃って「本当にノリ悪いんだから」と言った顔をする。

「よっと…」

 ハヤトはミアの寝ていたであろう布団の掛け布団をめくり、ミアをそこに横にさせようとするが

 ギュ…

「…ん?」

 眠っていても何かしらの本能が働いたのだろうか、ミアはハヤトの首に腕を回したまま抱きついて離れようとしなかった。

「…ったく」

 そう少し溜息をつくハヤト。

 その場にいた残りの面々が次に放たれるであろうハヤトの蹴りを想像していたが

「ミア、寝ぼけんなよ…」

 ハヤトはその想像を見事なまでに裏切った。

 トサ…

 ハヤトは自分の体をゆっくり傾け、ミアの体を布団の上に寝かせる。

 二人が抱き合っているせいなのか、その体勢はまるでハヤトがミアを布団に押し倒しているかのように見えた。

『っ!?』

 残りの女性陣は声にならない悲鳴を上げ、そのハヤトの行動を目を大きく見開いて見ていた。

 普段の彼からはとても想像できない行動であり、光景である。

 この時点でミユはすでに気絶寸前だったが、皆場の雰囲気に飲まれたのか目をそむける事が出来ないでいた。

 二人はものすごい密着状態で、ちょっとした衝撃があれば顔が触れ合ってしまいそうだ。

 寧ろ、角度によれば二人が唇を付け合っているようにも見える。

『……』

 パクパク…

 流石のコゥとキユもその二人の距離に唖然とする。

 口をコイのように動かし、声にならない声を上げようとするが、下手に声を上げるとその衝撃が切欠となってしまいそうで、残った面々は身動き一つとれず、ただただ事の成り行きを見ているしかなかった。

 スッ…

 そんな彼女達をあざ笑うかのように、ハヤトはまたもゆっくりと動きだす。

 今度は自分の首に手を回しているミアの手を解こうと、それに添うように自分の手を伸ばして、腕と腕、手と手、指と指が絡み合うように解けていく。

「ん、ぁ…」

 意識はないはずなのに、ミアはそんな名残惜しそうな声を上げてハヤトの腕を抱きしめる。

「ぁぅぅ…」

 どうやらミユはその光景に耐えられなくなったらしく、その意識を失って布団に倒れこむ。

 年頃の少女達には聊か刺激が強すぎるようだ。

 無理も無い。

 今、彼女達の目の前で繰り広げられている光景はまるで、映画のラブシーンに匹敵するぐらいの官能的光景なのだ。

 ミユだけでなく、コゥとキユも顔を真っ赤にし、目を丸くしてドキドキしながらハヤトの行動を見ているだけだった。

 トサ…

 やがてミアの腕は力が抜けたかのように解け、彼女の体は無造作に布団の上で仰向けになる。

 …スッ

『っ!!』

 その次の動作で残ったキユとコゥは思わず声を出してしまいそうになった。

 ハヤトがミアの顔にかかっている髪を優しく払い、頬をその手で撫で、顔を近づけたのだ。

 誰もがその次の行動を予測するのに苦悩しないであろう状況。

「……」

 だが、ハヤトはそれ以上何もせずミアの顔を見て少し苦笑する。

 そしてミアの頬から手を離し、彼女の上に掛け布団をやさしく掛ける。

「やれやれ…」

 ハヤトのそんなぼやきでようやく事が終わったのだと気づいたコゥとキユは、ハッとして我に返る。

 場の雰囲気に飲まれていたのか、気がつけば二人とも部屋の隅まで退避していた。

「ね、ねぇ、わ、私達何かすごい物見ちゃったような気がしない?」

「う、うん、な、何か…すごかった…」

 未だ余韻から覚めていないのか、隅の方でドキマギしながらコゥとキユはそう小さな言葉を交わした。

「ハ、ハヤト…君?」

 恐る恐るコゥがそう声をかけ

「…今日は随分ミアちゃんにやさしい…ね?」

 その言葉の続きをキユが言う。

「…ん、ちょっと嫌な事思い出しちゃってな」

 ハヤトはそう言ってミアを見る。

 それでは逆なのではないか。

 キユとコゥはそう思うがハヤトの顔を見てその考えを一変させられる。

 ハヤトのその顔は彼が言ってる言葉とはまるで逆で、男の人がそんな顔が出来るのかというぐらい、何かを懐かしむように穏やかでやさしい表情だった。

 思わず、そのハヤトの表情に目を奪われる二人。

 しかし、そんな時間も束の間。

「キユ、委員長」

 ハヤトの顔からは穏やかさもやさしさも消えて、一気に表情が険しくなる。

 その眼光は文字通り真剣のような迫力があった。

『はいっ!?』

 そんなハヤトに名前を呼ばれたキユとコゥは、思わず背筋をピシッっと伸ばしてそう返事をしてしまう。

「悪いけど、二人を頼む」

「え?」

 ハヤトはそう言って立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

「ハヤト君?」

 二人はハヤトが男子部屋に戻るのだろうと思ったが

「少し、やらなきゃいけない事が出来た…」

「やらなきゃいけない事?」

 予想外の言葉にコゥはそう聞き返してしまう。

「…明日になったら説明するよ」

 ハヤトはそう言って部屋を出て行った。

 残された二人はハヤトの言い知れぬ雰囲気に呑まれたのか、その後しばらくの間呆然としていた。



 ザ…

 山の中腹を過ぎた辺りの場所に存在する山小屋。

 以前ハヤトとミアが熊人の大男から猪肉を貰った場所だ。

 コンコン…

 ハヤトはその扉を軽く数回叩く。

「…誰だ?」

 すると小屋の中から返事が返ってきた。

 扉を開けていないのでその姿は見えないが、おそらくあの熊人のおじさんだろう。

「ハヤトです、校長先生に会いにきました」

 ハヤトは迷わずそう言った。

「ほぅ…」

 そのハヤトの言葉におじさんはそう声をあげる。

「何故、奴がここにいると思う?」

 彼の言う事はもっともだった。

 寧ろハヤトの言葉の方が常軌を逸していると言ってもよかっただろう。

 おじさんはそれなりの根拠があるものだろうと思っていたが

「勘です」

 ハヤトはきっぱりそう言った。

「……」

 飽きれているのだろうか、返事が無い。

「くっくっく、構わんよベア、開けてやれ」

 ガチャ…

 中からそんな別の声が聞こえ、扉が開けられた。

「どうも、えっと、ベアさん…でいいですか?」

 ハヤトは熊人のおじさん、ベアにそう呼び名の許可を確認する。

「好きにしろ…」

「はい、お邪魔します」

 ぶっきらぼうに答えるベアの後を追ってハヤトは小屋の中に入る。

 中に入ると案の定、校長の姿があった。

「ふむ、なかなか行動が早いな、ハヤト君」

「色々とありましたから」

 どうやら二人とも酒をかわしていたらしく、やや酒気が部屋の中に立ち込めていた。

「いけませんね、無断外出は規則違反ですよ」

「チタ先生…」

 見ればそこにはチタ先生の姿まであった。

「先生こそいいんですか、宿の見回り放ってこんな所にいても」

「そっちの方がみんな喜ぶでしょ、何かあればそれはそれで面白いでしょうしね」

 相変わらず面白い事を優先する人のようだ。

 どうやらチタ先生は酒を飲んではいないようだが、この面子はあきらかにおかしかった。

「それで、何をしに来たのかな?」

 酒のせいだろうか、何時もの校長らしくなく、結論を先に持ち出してきた。

「刀の在りかをお聞きしたいんです」

「刀…かね」

「はい、あの祠にあった小刀と対になる刀です」

「ふぅむ、君はどこまで知っているのかね?」

 酒が入っていても校長の威圧感は衰えていなかった。

 その威圧感がハヤトを襲うが、何時もと違い、ハヤトはその威圧感にまるで動じなかった。

「何も知りませんよ、ただ二本の刀は同じ場所にある方が良い事と、俺が彼女に助けを求められている事だけは解ります、そのために…刀がいるんです」

「よかろう、持っていけ」

 ビュン…

 校長は無造作に懐から一本の刀を取り出し、ハヤトに放り投げた。

 パシ…

「…校長が持っていたんですか」

 それは、形は違えど祠にあった小刀と同一物としか思えない作りの刀だった。

「昔、彼女より借りた物だ、結局は借りっぱなしになってしまった」

 キン…

 ハヤトは刀を僅かに鞘から抜き、その刀身を確認する。

 ザワ…

 その瞬間、得も知れぬ雰囲気が小屋の中に立ち込める。

 圧迫感。

 そう呼ぶのがおそらく正しいのだろう。

 チタ先生とベアはそれに押されるように押し黙り、ほぼ臨戦体勢とも呼べる状態に入る。

「…確かに」

 チン…

 確認が済んだのか、ハヤトは刀身を再び鞘の中にしまう。

 同時に先程までの圧迫感は一気に消え去り、チタ先生とベアは少し息を抜く。

「では、責任をもってお預かりします」

 ハヤトは刀を持ち、校長に一礼しながらそう言う。

「ワシに返す必要はない、それは元より彼女の物だ、事が済んだなら彼女に返すのが筋というものだろう」

「…出来れば後で事情を説明してもらえますか?」

「いいだろう、だが、今すぐ彼女を解放してやれ、それがワシからの条件だ」

「解りました…」

 そう答えるとハヤトは足早に小屋を出て行き、走り出す。



「…よろしいのですか?」

 ハヤトの立ち去った後、チタ先生が校長にそう尋ねる。

「何がだね?」

「彼一人で行かせて…です」

「構わん、どの道あの場所ではワシらに出番はない、それに日本人である彼にしかあれは扱えん」

 校長はそう言って酒を一口飲む。

 その姿は普段の校長とは明らかに違っていた。

「解りません、あんな刃物にどういう意味があるんですか?」

 チタ先生はなおもそう言って食い下がろうとしなかった。

 立場上なのか、それとも性格的になのか、ハヤト一人に全てを押し付けるようなやり方に納得できないでいるのだ。

「…君は、彼の事をどう見る」

「どうとは?」

「以前、君は彼が恐ろしいと言ったな、それは得てして正しい」

「…どういう事ですか?」

「身体能力は我々に及ばず、身体的特徴もこれといって持っていない、そう、言うなれば彼ら人族は劣等種と言ってもいいだろう、そんな彼ら人族が、数は減少したとは言え何故今日まで絶滅せずに生き延びてこられたか」

「…何か理由があるのですか?」

「あるのだよ、彼らには」

 カン…

 手に持っていた酒のカップをテーブルに置いて校長は一呼吸いれる。

「彼ら人族の中には極稀に特殊な能力を持って生まれてくる者がいる、その能力は我々の想像を遥かに越え…凌駕する」

「そんな馬鹿な…」

「そう、馬鹿げた事だよ、だが、現実に彼は常に我々の想像を上回る行動をしているではないか、そして、君は先程その断片を垣間見たはずだ」

 校長のその言葉にチタ先生は返す言葉が見つからなかった。

 確かに、校長の言う通りだった。

 ハヤトが刀を抜いた時、チタ先生は身動きが取れなかった。

 それは本能的にハヤトの事を危険と感じたからだ。

「…お先に失礼します」

 チタ先生は話を打ち切るように立ち上がり

「私は一応宿の見回りをしておかないと行けませんので」

 校長にそう言って一礼すると小屋を出て行った。



 山を降りながらチタ先生は考えていた。

 いや、ある種の確信を持ち始めていた。

「(校長は何かを知っている…)」

 あの時、校長が人族について喋った時、チタ先生は校長の何時もと違う違和感の正体に気づいたような気がした。

「(校長は、ハヤト君に対して、いや、人族に対して嫉妬や負い目のような、何かしらの特殊な感情を持っている)」

 その理由、訳は解らないが

「(…そして、それは何かしらの形でハヤト君と密接な関係を持っている)」

 おそらくそれこそが校長がハヤトに固執する理由でもあるのだろう。

「(だが何だ、あの人族の少年に一体何があると言うんだ、校長は彼に何をさせるつもりなんだ?)」

 現状で答えが出るはずも無い疑問をずっと考えつづけるチタ先生。

「(ハヤト君…君は一体何者なんだ…)」



 ザッザッザ…

 一振りの刀を持ち、山道を駆ける者がいた。

 その動きはまるで風の如く草木の間を通り過ぎ、その瞳は獣のように鋭く光っていた。

 ズザッ…

 しばらく走りつづけた彼は滝を目前にし、足を止める。

 彼以外誰もいないその場所で、彼の瞳は一点に絞られていた。

 何も無いはずの空間、されど彼は何かを睨み、ゆっくりと刀の柄に手を伸ばす。

 キィ…

 刀が鞘からゆっくりと引き抜かれていく。

 その刀身は月の光に照らされ、まばゆいばかりの光を放つ。

 ザワザワ…

 途端、滝の音すら掻き消し、山の草木が音をたててざわめきはじめる。

 まるでその光に反応しているようだった。

「…大人しくこの山を去れ、さもなくば…斬る」

 彼は小さな声だが良く通る声でそう言った。

 ザワザワ…

 言い知れぬ威圧感のあるその一言に、山は更にざわめきを増す。

「そうか…」

 そう言うと、刀は弧を描くように天に向けて掲げられ

 ザンッ…

 大きく振り下ろされる。

 オオォォォ…

 それは風のうねりだったのだろうか。

 深く低いその音は山々を木霊し、まるで断末魔の悲鳴のように掻き消されるように消えていった。

 …チン

 刀を再び鞘に戻す音があたりに響く。

 すると、辺りには一転して静寂が流れ始める。

 虫は鳴かず、風の音や木々のざわめきは消え、滝すらもその流れを止めているかのように音を消した。

 まるで時が止まっているのではと錯覚してしまいそうなまでの静寂。

 そんな中、唯一月だけが煌々と輝き、辺りを照らしていた。

 明るい。

 見れば天に浮かぶ月は弧を描いていた。

 静寂の中、彼を照らし輝きつづけるその月は、まるで彼に感謝の歌を歌っているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ